東京地方裁判所 昭和59年(ワ)4706号 判決 1988年1月26日
原告
隈崎英孝
被告
生田一夫
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、二一四九万八四七一円及びうち一九五四万八四七一円に対する昭和五七年一一月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第一項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
原告は、昭和五七年一一月二四日午後六時三五分ころ、横浜市神奈川区金港町五丁目三二番先の国道一号線の交差点手前において、自ら運転していた軽四輪自動車(八八多摩え一四〇〇、以下「被害車」という。)を赤色信号のために停車させ青色信号に変わるのを待つていたところ、後続していた被告運転の普通乗用自動車(横浜三三た六七一八、以下「加害車」という。)が毎時約五〇キロメートルの速度で、しかも無制動の状態で追突した(以下「本件事故」という。)。
2 責任原因
被告は、本件事故当時加害車を保有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、原告の後記損害を賠償すべき責任がある。
3 原告の傷害及び治療経過
原告は、本件事故の衝撃により、頚椎捻挫及び腰椎捻挫のほか、第四腰椎と第五腰椎間及び第五腰椎と第一仙椎間の各椎間板の線維輪亀裂の傷害を負い、昭和五七年一一月二四日と昭和五八年一月三一日の二日間済生会神奈川県病院に通院し、昭和五七年一一月二六日から昭和五八年一月二九日までのうち三〇日間加藤整形外科病院に通院し、同年二月二日から同月二一日までのうち三日間東京都立府中病院に通院し、同月二日下浜病院に通院し、同月三日警察病院及び国立桂病院に通院し、同月五日から同年一二月一三日までのうち二〇日間T・H鍼灸院に通院し、同年二月一七日から同月二四日までのうち三日間武蔵野赤十字病院に通院し、同月二七日から同年六月一二日までの一〇六日間同病院に入院し、同月一六日から昭和五九年一月三一日までのうち七五日間同病院に通院し、昭和五八年七月八日湯河原厚生年金病院に通院し、同月一五日から同年八月二四日までの四八日間同病院に入院して治療を受けたが、前記の椎間板線維輪に生じた亀裂から徐々に脱出した髄核がヘルニア腫瘤を作つて神経根を圧迫し、腰椎椎間板障害(第四腰椎と第五腰椎間及び第五腰椎と第一仙椎間の脊髄の前方からの圧迫によるもの、以下「本件後遺障害」という。)を残して昭和五八年一二月一日症状が固定した。原告には、(一)腰椎椎間板障害に特徴的な他覚所見である(1)ミエログラフの検査(脊髄造影検査)において、第四腰椎と第五腰椎椎間板と第五腰椎と第一仙椎椎間板につき造影剤が前方から圧迫を受けている映像の存在、(2)左下肢についてのラセーグテスト陽性、(3)左下腿外側と左足背に他覚鈍麻、(4)側彎及び脊椎の前後屈制限、(5)左長母趾背屈力の低下等が存し、また、(二)腰椎椎間板障害に特徴的な自覚症状である(1)腰痛及び左下肢痛、(2)腰に力を入れる動作をする場合における腰痛左下肢放散痛、(3)左下肢後面のしびれ感、(4)左肢知覚鈍麻等が存するのであり、原告に本件後遺障害の存することは明らかである。原告の本件後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)の一二級一二号に該当する。
4 原告の損害 合計二五〇六万四九二一円
(一) 治療費 一六万九六七〇円
(二) 入院雑費 一五万四〇〇〇円
武蔵野赤十字病院に入院した一〇六日間と湯河原厚生年金病院に入院した四八日間の合計一五二日間につき一日当たり一〇〇〇円の割合で計算した。
(三) 通院及び入退院交通費 六万五七二〇円
(四) 診断書等文書料 二万六七〇〇円
診断書料金一万八二〇〇円、事故証明書その他の料金八五〇〇円
(五) コルセツト代等 二万三六五〇円
コルセツト代金二万〇九五〇円、リハビリ用靴代金二七〇〇円
(六) 休業損害 二八四万四〇〇六円
原告は、本件事故当時株式会社大塚商会(以下「大塚商会」という。)に勤務していたものであるところ、本件事故により受傷したため、本件事故の日の翌日である昭和五七年一一月二五日から本件後遺障害の固定した昭和五八年一二月一日まで休業を余儀なくされ、そのために同年一月二九日から同年一二月一日までの間大塚商会から給与を受けることができなかつた(同年一月二八日までは給与を受けたが、翌二九日からは無給休職となり、同年七月二八日依命退職した。)。
ところで、原告は、昭和五七年三月国士館大学を卒業して直ちに大塚商会に就職したものであるところ、原告と同時に大塚商会に入社した大学卒の五名の昭和五八年度における平均年間給与収入は三二〇万七四九〇円、同年一月分の平均給与収入は一七万三八七〇円(一日当たり五六〇八円)、同年一二月分の平均給与収入は二一万三三七〇円(一日当たり六八八二円)であつたから、原告は右無給休職期間中次の計算式のとおり、二八四万四〇〇六円を下らない収入を得ることができたものというべきである。
(計算式)
三二〇万七四九〇円-(五六〇八円×二八日+六八八二円×三〇日)=二八四万四〇〇六円
(七) 入通院慰藉料 二三〇万円
本件事故は、赤色信号のため交差点の手前で停止中の被害車に加害車がわき見運転という一方的かつ重大な過失により時速約五〇キロメートルという高速度で追突したものであること、入院日数は通算一五四日、通院日数は通算二一九日(治療実日数一三六日)に及ぶこと、被告は、原告の治療中、治療費、通院交通費及び休業補償費の支払を途中で打ち切り、本件事故による傷害で苦しむ原告をさらに苦しめたこと、原告は、前記のとおり、昭和五七年三月大学を卒業と同時に株式会社大塚商会に就職したものであり、同会社は、資本金五億一〇〇万円、従業員二五〇〇人の各種コンピユーター及び周辺機器の販売及び保守並びに各種コピー、フアクシミリ、ワードプロセツサーの販売等を営業内容とする年商五七八億円の大企業であつて、将来における成長発展が見込まれたものであるところ、原告は、被告の一方的過失による本件事故によつて長期にわたり欠勤をせざるをえなくなり、入社後わずか一年四か月で依命退職を余儀なくされ、有利な就職先を失い社会人としての門出を本件事故によつて挫折させられたことを考慮すると、本件事故による受傷により原告の被つた精神的損害は極めて大きい。
(八) 逸失利益 一五一三万一一七五円
原告は、前記のとおり、四年制の国士館大学を卒業後、本件事故当時、資本金五億一〇〇万円、従業員二五〇〇人、年商五七八億円の大企業である大塚商会に勤務していたものであり、本件事故に遭遇しなければ、昭和六一年賃金センサス男子労働者大学卒企業規模一〇〇〇人以上の平均年収六一一万九一〇〇円を下らない収入を得られたはずであるところ、本件事故により等級表の一二級一二号に該当する本件後遺障害を残すに至り、これが固定した昭和五八年一二月一日(原告二三歳)から就労可能年齢である六七歳までの四四年間右平均年収の一四パーセントに相当する得べかりし利益を失つた。
したがつて、ライプニツツ方式に従い年五分の割合による中間利息を控除して原告の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、一五一三万一一七五円(一円未満切捨て)となる。
(計算式)
六一一万九一〇〇円×〇・一四×一七・六六二七=一五一三万一一七五円
(九) 後遺症慰藉料 二四〇万円
原告が本件事故により等級表の一二級一二号に該当する本件後遺障害を残すに至つたことは前記のとおりであるから、その精神的苦痛に対する慰謝料は二四〇万円を下らない。
(一〇) 弁護士費用 一九五万円
原告は、被告が損害賠償請求に応じないため、本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人に依頼し、弁護士報酬として一九五万円の支払を約した。
(一一) 損害の填補 三五六万六四五〇円
原告は、被告から、本件事故による休業補償費として一三六万七〇二〇円、諸雑費として一〇万九四三〇円、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から二〇九万円の支払を受けた。
5 結論
よつて、原告は、被告に対し、右損害の残額二一四九万八四七一円及びうち一九五四万八四七一円に対する本件事故の日である昭和五七年一一月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否及び主張
1 請求原因1(事故の発生)の事実のうち、加害車の時速が約五〇キロメートルであつたこと、加害車が無制動の状態で被害車に衝突したことは否認するが、その余の事実は認める。
2 請求原因2(責任原因)の事実のうち、被告が本件事故当時加害車を保有し、自己のために運行の用に供していた者であることは認める。
3 請求原因3(原告の傷害及び治療経過)の事実のうち、原告が本件事故により受傷したこと、原告に後遺障害が残つたことは認めるが、後遺障害の原因及び内容についての原告の主張は否認し、その余の事実は知らない。
原告の腰部及び左下肢に関する症状は、腰部椎間板損傷によるものではなく、仮に同損傷によるものであつたとしても、同損傷は、本件事故後、本件事故と関係なく原告の体質により発症したものであり、本件事故と因果関係がない。
4 請求原因4(原告の損害)の事実のうち、(二)(損害の填補)の事実は認めるが、その余は争う。
原告主張の損害のうち、腰部椎間板損傷による損害は、同損傷自体本件事故と因果関係がないのであるから、本件事故と因果関係がないものというべきである。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)の事実のうち、加害車と被害車の衝突前における加害車の速度と制動状態に関する事実を除くその余の事実は当事者間に争いがない。
二 また、請求原因2(責任原因)の事実のうち、被告が本件事故当時加害車を保有し、これを自己のために運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがないから、被告は原告に対し、自賠法三条により、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償すべき責任がある。
三 そこで、請求原因3(原告の傷害及び治療経過)について判断する。
1 請求原因3(原告の傷害及び治療経過)の事実のうち、原告が本件事故により受傷したこと、原告に後遺障害が残つたこと(但し、その原因及び内容を除く。)は当事者間に争いがない。
そして、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、第五号証、第六号証、第一〇号証、第一一号証、第一三号証、第二三ないし四一号証及び第五八ないし六一号証、乙第三号証、第四号証、第五号証の一、二、第六号証、第七号証及び第一二号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証、第七ないし九号証及び第一二号証、乙第一号証及び第八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証、乙第二号証及び第一一号証、慶応義塾大学病院に対する鑑定嘱託の結果(以下「鑑定嘱託の結果」という。)、証人高橋雅足の証言、原告及び被告各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ(但し、原告本人の供述及び前掲甲二号証の記載のうち後記採用しない部分を除く。)、原告本人の供述及び前掲甲二号証の記載中右認定に反する部分はいずれもこれを採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告は、本件事故の直前加害車を運転して横浜市神奈川区金港町五番地三二先国道一号線(片側四車線、下り勾配一〇〇分の三)の第三車線を横浜駅東口方面から青木橋方面に向かつて毎時約四〇キロメートルの速度で走行し、交差点を左折するため第二車線を走行していた被害車の後方に車線変更したところ、被害車が赤信号に従つて停止しようとしていることにその後方約一二メートルの位置に至つて初めて気が付き、急制動の措置を採つたが間に合わず、加害車の左前方を被害車の右後方に追突させた。これによる被害車の損傷は右後部バンパーが凹損した程度であり、加害車の損傷も前部バンパーが凹損した程度であつた。
(二) 原告は、本件事故直後には、本件事故によつて受傷したという自覚がなかつたため、救急車を呼ぶこともせず、被告と協議して物損事故として処理することとし、警察による事情聴取後勤務先である大塚商会藤沢支店の営業部に戻り、本件事故の昭和五七年一一月二四日午後七時三〇分ころまで仕事をした後自宅に帰つたが、その後頭痛と嘔吐感を覚えたため、同日午後一〇時ころ付近の救急病院である済生会神奈川県病院に通院した。
(三) 原告は、同日同病院整形外科において、自覚症状として頭痛と嘔吐感のみを訴えていたが、反射は正常で頭部の動きも円滑であり、スパーリングテスト及び頚部レントゲン撮影の結果にも異常はみられず、担当医から頚椎捻挫の診断を受けた。
(四) 原告は、同月二六日から勤務先に近い加藤整形外科病院に通院し、昭和五八年一月二九日までの間に二九日間にわたり同病院において治療を受けた。同病院において、原告は、両頚部から肩にかけての疼痛及び緊張感、頭重感、右手の軽度のしびれ感、軽度の腰痛等の自覚症状を訴えていたが、上腕二頭筋及び三頭筋の反射並びに上腕の筋力は両側とも正常であり、ラセーグテスト、膝蓋腱反射及びアキレス腱反射にはいずれも異常はみられず、下肢の知覚及び筋力も正常であつた。原告は、同病院においては、頚椎捻挫及び腰椎捻挫の診断を受け、頚部に湿布と介達牽引、腰部にホツトパツク、その他投薬及び注射などの治療を受けたが、症状は改善せず、同病院に通院した最終日である昭和五八年一月二九日から勤務先を欠勤した。
その後、原告は、同月三一日再び済生会神奈川県病院に通院し、頭痛、頚部痛、右前腕と指のしびれ、嘔吐感、めまいなどの自覚症状を訴えたが、腰部に関する自覚症状を訴えたことはなく、頚椎捻挫と診断されて頚部にポリネツクを巻くなどの治療処置を受けた。なお、このときに撮影した頚部レントゲン写真では、原告の第四頚椎と第五頚椎との間に角状亀背がみられたが、該当部分の頚部に腫脹はみられなかつた。
(五) 原告は、同年二月二日と同月二一日の二日間東京都立府中病院に通院し、同病院において、頭部、肩部、腰部及び背部の疼痛、耳鳴、嘔吐感などの自覚症状が同年一月末ころから悪化してきたこと、同年二月二日ころから左下肢に疼痛があることを訴えており、同月二一日の左下肢のラセーグテストが陽性に転じ、頚部の運動制限や長母趾伸筋、前脛骨筋及び腓腹筋の筋力低下がみられたが、頚部には神経学的及びレントゲン撮影上異常はみられず、膝蓋腱反射及びアキレス腱反射も正常であつた。原告は、同病院では、頚部腰部挫傷及び頭頚部外傷後遺症の診断を受け、服薬等の治療を受けたが症状は改善せず、同月二日下浜病院に、同月三日警察病院及び国立桂病院に、同月五日から同月二六日までのうち一八日間にわたりT・H鍼灸院にそれぞれ通院し、各地の病院を転々とした。
(六) 原告は、同年二月一七日から武蔵野赤十字病院に通院し、同病院において、頭痛、頚部痛、耳鳴等の症状のほか、腰痛及び左下肢の疼痛としびれ感が強く、不眠状態にある旨訴えた。左下肢の伸展挙上テスト(ラセーグテスト)が陽性であつたほか、第五腰髄レベルに知覚障害がみられたが、頚部及び腰部のレントゲン撮影の結果には異常はみられず、大腿神経伸張テストの結果、膝蓋腱反射及びアキレス腱反射も正常であつた。原告は、同月二四日まで同病院に通院して薬物投与の治療を受けたが効果がなく、同月二七日からは入院治療に切り替えて脊髄造影検査(ミエログラフイー)を受けたところ、第四腰椎と第五腰椎間及び第五腰椎と第一仙椎間の脊髄に前方からの圧迫像が認められたが、椎間板ヘルニアを示す陰影ははつきりせず、外傷性腰椎椎間板障害及び頚椎捻挫の診断を受けて同年六月一二日までの一〇六日間同病院に入院し、腰部及び左下肢を中心として牽引及び硬膜外ブロツク等の治療を受けたが、症状はあまり軽快しなかつた。
原告は、武蔵野赤十字病院退院後の同月一六日から同年七月一四日まで同病院に通院した後、同年七月八日に湯河原厚生年金病院に通院し、同月一五日から同年八月二四日までの間同病院に入院して腰部及び左下肢を中心に各種の検査及び治療を受けたが、その結果及び診断名は武蔵野赤十字病院と同様であつた。
湯河原厚生年金病院における治療の結果、腰痛がやや軽快したため、原告は、同病院を退院し、同月二五日から再び武蔵野赤十字病院において通院治療を受け、昭和五八年一二月一日同病院において、腰椎椎間板障害を原因とする左下腿外側と左足背の知覚鈍麻、脊椎の前屈制限、腰痛及び左下肢の疼痛としびれ並びに頚椎捻挫を原因とする項筋緊張の増強及び項部の鈍痛の症状が固定した旨の診断を受けたが、その後も昭和五九年六月二六日まで同病院への通院を継続した。
(七) 原告は、本件事故後四年半を経過した時点において、なお、腰痛と左座骨神経痛様のしびれ、左母指尖のしびれ及び背部の突つ張り感を自覚症状として訴えており、第一仙骨辺りの棘突起叩打痛、左仙棘筋外縁部と両側の上殿皮神経出孔部に圧痛、左下腿と左下肢全体にわたつて痛覚鈍麻を訴えているが、それらを客観的に裏付ける下肢伸展挙上テスト、腱反射、筋萎縮などに異常はみられず、上肢の反射、握力などにも異常はみられない。レントゲン撮影の結果、腰椎には変性性変化などの異常はみられなかつたが、頚椎には第五頚椎と第六頚椎間に前方片側性亜脱臼がみられ、これは左母指尖のしびれ及び背部の突つ張り感という原告の右自覚症状の原因になつていると考えられる。
(八) 原告は、本件事故以前の高校二年生の時、自動二輪車に乗車中交通事故に遭遇して一週間ほど経過観察のために入院したことがある。このときは特に自覚的な症状はなく、その後も特に自覚的な異常はなかつたが、精密検査を受けたわけではなかつた。
2 原告は、本件事故の衝撃により、頚椎捻挫及び腰椎捻挫のほか、第四腰椎と第五腰椎間及び第五腰椎と第一仙椎間の各椎間板の線維輪亀裂の傷害を負い、この亀裂から徐々に脱出した髄核がヘルニア腫瘤を作り本件後遺障害の因となつたものである旨主張するので、右主張の当否を以下検討する。
(一) まず、本件事故による衝撃により原告の右各椎間板の線維輪に亀裂が生じ、本件後遺障害を残すに至つたものであるかどうかについて検討する。確かに武蔵野赤十字病院において施行された本件事故の約四か月後の脊髄造影検査(ミエログラフイー)によれば、原告の第四腰椎と第五腰椎間及び第五腰椎と第一仙椎間の脊髄に前方(腹側)からの圧迫像(椎間板ヘルニア所見)が認められ、また、同病院において原告に対する治療を担当していた整形外科医である高橋雅足は、証人として右原告の主張に沿う証言をしている。しかしながら、(1)鑑定嘱託の結果によれば、(ア)原告に椎間板損傷があるとする唯一の他覚的所見である右圧迫像(椎間板ヘルニア所見)は、<1>右所見が無症候性でありえ、したがつて、本件事故による受傷以前から存在した可能性も十分に考えられること、<2>椎間板障害が本件事故によつて生じたものとすれば、おおむね受傷直後もしくは受傷から数日以内に発症し腰椎以外に座骨神経痛などの下肢症状が揃うはずであるところ、原告にはこれがなかつたこと、<3>椎間板障害が外傷によつて生じたものであるとすれば、何らかの椎間板変性の進行所見(椎間腔狭小)や修復反応性の所見(骨棘形成)などが数か月以内にみられるはずであるところ、原告には右各所見がなかつたこと等の事実に照らすと、本件事故によつて生じたものと断定できないこと、(イ)原告には、右圧迫像のほかは第五腰髄神経根又は第一仙髄神経根の障害に合致する所見がみられず、原告にその主張に係る椎間板障害が存することの客観的な裏付けを欠くことが認められるうえ(右認定事実を覆すに足りる証拠はない。)、(2)先に認定した原告の傷害及び治療経過、特に、(ア)原告は、本件事故以前の高校二年生の時に自動二輪車に乗車中交通事故に遭遇して一週間ほど経過観察のために入院したことがあること、(イ)先に認定した加害車及び被害車の各損傷の程度等によると、本件事故は軽微であつて原告の腰部に対する衝撃も弱いものであると認められること、(ウ)原告が左下肢に疼痛があることを自覚したのは本件事故から二か月以上経過した昭和五八年二月二日ころであり、左下肢のラセーグテストが陽性に転じたのはさらにそれより後の同月二一日であることなどの事実に照らすと、原告の前記主張はこれを認めるに足りないといわざるを得ず、証人高橋雅足の証言並びに甲第一〇ないし一三号証、第三三号証、第三四号証及び第三八ないし四一号証、乙第五号証の一、二及び第七号証の各記載のうち右認定に反する部分は、鑑定嘱託の結果に照らし、採用することができない。
(二) また、本件事故後四年半を経過した時点において撮影された原告の頚椎のレントゲン写真において発見された第五頚椎と第六頚椎間の前方片側性亜脱臼の所見は、前記認定のとおり、本件事故後において再三にわたり撮影されたレントゲン写真に右所見がみられなかつたことに照らすと、右亜脱臼が本件事故によつて生じたものと認めることはできないものというべきであり、したがつて、右亜脱臼を原因とするものと考えられる左母指尖のしびれ及び背部の突つ張り感という原告の自覚症状と本件事故との間に因果関係を認めるに足りないといわざるを得ない。
(三) そして、先に認定した事実によれば、本件事故と因果関係のある原告の傷害及びこれに基づく症状は、本件事故態様に相応する頚椎捻挫及び腰椎捻挫とこれらによる不定愁訴にとどまるものと認めるのが相当であり、また、右症状は、遅くとも、本件事故から約三月経過し、しかも前記認定のとおり、原告が昭和五八年二月一七日から武蔵野赤十字病院に通院して治療を受けたもののほとんど治療効果のなかつた同月二四日までには既に固定したものと認めるのが相当である。
四 進んで原告の損害について検討する。
1 入院雑費 零円
原告の腰部及び左下肢に関する症状と本件事故との間に因果関係を認めるに足りないこと、原告が武蔵野赤十字病院及び湯河原厚生年金病院に入院して各種の検査及び治療を受けたのは腰部及び左下肢を中心としてであつたこと、本件事故と相当因果関係があると認められる原告の症状は原告が武蔵野赤十字病院に入院する以前の昭和五八年二月二四日までには既に固定していたことは既に述べたとおりであるから、結局、武蔵野赤十字病院及び湯河原厚生年金病院における入院治療は本件事故との間の因果関係を認めるに足りないといわざるを得ず、右入院期間中の入院雑費が本件事故による損害であることを前提とする原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく失当といわざるを得ない。
2 休業損害 五万八一七六円
原告本人尋問の結果並びに成立に争いのない乙第九号証の一、二及び第一〇号証によれば、原告は、本件事故当時大塚商会に勤務していたものであるところ、本件事故による受傷により昭和五八年一月二九日から本件事故と相当因果関係のある症状が固定したと認められる同年二月二四日までの二七日間欠勤を余儀なくされ、そのうち同月一六日から同月二四日までの九日間につき給与の支給を受けることができなかつたこと、原告が昭和五七年三月八日大学卒業と同時に大塚商会に就職してから同年末までの間に同会社から得た給与収入の合計は一九三万三〇〇〇円(一日当たり六四六四円、一円未満切捨て)であつたことが認められる(右認定事実を覆すに足りる証拠はない。)から、右休業期間中の原告の得べかりし収入は、次の計算式のとおり、五万八一七六円と認めるのが相当である。
(計算式)
六四六四円×九日=五万八一七六円
3 逸失利益 一〇二万一六〇二円
原告は、前記のとおり、本件事故当時、大塚商会に勤務して一日当たり六四六四円の収入を得ていたものであり、本件事故に遭遇しなければ、右を下らない程度の収入を得られたものと推認されるところ、本件事故による受傷により、本件事故と相当因果関係のある症状が固定したと認められる同年二月二四日から五年間右収入の一〇パーセントに相当する得べかりし利益を失つたものと認めるのが相当である。
したがつて、ライプニツツ方式に従い年五分の割合による中間利息を控除して原告の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、一〇二万一六〇二円(一円未満切捨て)となる。
(計算式)
六四六四円×三六五日×〇・一×四・三三=一〇二万一六〇二円
4 慰藉料 二〇〇万円
前記認定の本件事故の態様並びに本件事故と相当因果関係のある原告の受傷態様、入通院期間及び後遺症の程度等の諸般の事情を斟酌すると、本件事故による慰藉料は二〇〇万円と認めるのが相当である。
5 損害の填補
原告が、被告から、本件事故による休業補償費として一三六万七〇二〇円、諸雑費として一〇万九四三〇円、自賠責保険から二〇九万円合計三五六万六四五〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、本件訴状における申立及び主張に鑑みると、原告は、被告らによる右弁済を原告らの損害賠償請求権の元本に充当し、右弁済時までに発生した弁済額相当額に対する遅延損害金の請求をしない意思であると解されるところ、前記認定の休業損害、逸失利益及び慰籍料の合計額三〇七万九七七八円に原告の主張する治療費一六万九六七〇円、通院及び入退院交通費六万五七二〇円、診断書等文書料二万六七〇〇円並びにコルセツト代等二万三六五〇円を加算しても三三六万五五一八円となり、右填補金額の合計を下回ることが明かであるから、原告の主張するその余の損害について判断するまでもなく、原告の本件事故による損害はすべて填補されているというべきであり、したがつて、原告の本訴請求は理由のないことが明らかである。
五 以上のとおり、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 柴田保幸 中西茂 潮見直之)