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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)493号 判決 1985年4月22日

原告 破産者甲野太郎 破産管財人 國重愼二

右訴訟代理人弁護士 山本卓也

被告 交通公社総合開発株式会社

右代表者代表取締役 安岡崇

右訴訟代理人弁護士 上野忠義

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇二〇万円及びこれに対する昭和五九年一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  破産者甲野太郎(以下「破産者」という。)は、昭和五八年七月一五日、自己破産の申立をし、同年八月二日午前一〇時三〇分、東京地方裁判所において、破産宣告を受け、原告が、同日、破産管財人に選任された。

2  破産者は、被告から同年二月二八日、別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)及び同目録(一)記載の土地の持分(以下同持分と本件建物を併せて「本件物件」という。)を代金二二七〇万円で買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

3  破産者と被告は、本件売買契約に際し、破産者が訴外住宅金融公庫(以下「公庫」という。)から右売買代金の一部につき融資を受けるときは、被告がこの融資金を公庫から直接受領して残代金に充当する旨の特約(以下「本件代理受領特約」という。)を締結し、公庫は、同年三月二四日、破産者に対する金一〇二〇万円の融資を決定するとともに、右融資金を被告が代理受領することを承諾した。

4  被告は、破産者から、同年六月二二日、債務の支払ができない旨の申し出を受け、同年七月五日、破産者の支払停止の事実を知り、同月二〇日ころ、前記自己破産申立の事実を知った。

5  被告は、公庫から同月二七日、本件代理受領特約に基づき、融資金一〇二〇万円の交付を受け、同日、これを破産者に対する同額の売買代金残金に充当し、もって破産者から弁済を受けた(以下「本件弁済充当」という。)。

6  破産者の右弁済は破産法七二条二号に該当するので、原告は、これを否認し、被告に対し、金一〇二〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年一月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし5の事実は全部認める。

三  被告の主張(本件弁済充当の正当性)

本件弁済充当は、何ら一般債権者を害することのない正当な行為であって、否認の対象とならない。

1  本件弁済充当に至る経緯及び公庫融資の特殊性

(一) 破産者が被告から本件物件を買い受ける際、破産者は、公庫から金一〇二〇万円の住宅ローン融資を利用しようとしたが、公庫融資を受けるためには、破産者の住民登録を本件物件所在地に移転し、本件物件の登記を破産者名義にしたうえで、公庫に対し、本件物件に抵当権を設定し、その登記手続を完了させる必要があった。

そこで、被告は、破産者に公庫融資を受けさせるため、昭和五八年三月二四日、破産者へ本件建物を引渡し、更に、本件建物について破産者の所有権保存登記、その敷地の持分について被告から破産者への移転登記手続を、破産者から債務の支払ができない旨の申出のあった日の前日である同年六月二一日に完了し、同日、破産者は、公庫の破産者に対する金一〇二〇万円の融資金の担保のため、本件物件につき公庫に対し抵当権設定及びその登記手続をした。

被告は、自己の売買代金の担保のため、あらかじめ本件代理受領特約を締結し、これに基づいて本件弁済充当をしたものである。

(二) 右のように、不動産売買において、目的不動産の登記を買主名義にした上で金融機関に抵当権設定登記を行ない、売主は金融機関の買主に対する融資金を代理受領して売買代金債務に充当する方式(先行登記・代理受領方式)は公庫融資付不動産売買においては例外なく行なわれているものであり、破産者に対する融資の際も、公庫と破産者間に、融資金は、本件物件の購入資金以外には使用してはならない旨の約定がなされていた。

2  本件弁済充当が否認できない理由

(一) 被告は、売買代金債権担保のために、代金受領まで本件物件の引渡及び破産者名義への登記を拒絶するか、又は、本件物件について抵当権、先取特権等の担保権を取得することができたところ、破産者に公庫融資を受けさせるため、前記のように先行登記を終了させると共にその代償として自己の債権担保のため公庫融資金の代理受領の権利を取得したのであるから、被告の代理受領債権者としての地位は、抵当権者、不動産売買の先取特権者の地位に準じて、他の一般債権者に対し優先的地位にあるというべきであって、被告が本件物件の売買代金の回収を受けた本件弁済充当行為は正当なものである。

(二) また、公庫融資金は、本件物件の購入資金以外には使用できないものであり、売主たる被告に対してのみ右融資金が支払われねばならず、他の一般債権者があてにすべきものではないのであるから本件弁済充当行為により一般債権者は害されず、右行為は正当なものである。

仮に、本件充当行為が否認されるならば、右融資金は公庫融資に無関係の一般債権者に分配されることになり、公庫融資の目的に反し、不当である。

(三) 破産法七二条二号の「債務消滅ニ関スル行為」は、行為の開始から完成までの一連の行為を含んでいるものであるところ、本件では、昭和五八年三月二四日の公庫の破産者に対する融資決定、被告に対する代理受領の承諾、本件物件の破産者への引渡、前記の先行登記、同年七月二七日の公庫の融資実行、本件弁済充当という本件物件の売買代金支払行為全体を一連の行為として評価すべきであり(行為の開始時は昭和五八年三月二四日であり、この時点では破産者の支払停止等の事実は不発生)、本件弁済充当行為時を債務消滅行為の基準時とすべきではないから、本件充当行為は正当であって、否認の対象にはならない。

四  被告の主張に対する認否及び主張

1  被告の主張1の事実(本件弁済充当に至る経緯及び公庫融資の特殊性)は認め、その余は争う。

2(一)  先行登記・代理受領方式をとった場合の売主の地位を抵当権者等の物的担保を有する者の地位と同一に論じることはできない。代理受領契約は、委任関係を本質とする債権契約であって、被告は、公庫に対し、独自に融資金の支払を請求し得る権限はなく、公庫も代理受領を承諾した以上は、代理受領によって得られる被告の利益を正当の理由なく侵害しないという義務を負い、右義務に違反した場合不法行為責任を負うことは格別、右承諾によって被告に対し、積極的に物的担保権を付与したものではない。

(二) また、公庫融資を住宅資金以外に使用できないという約定は、公庫と破産者間のものであるにすぎず、破産者が右約定に違反しても、せいぜい借入金債務の期限の利益を失うだけであって、右約定に反する行為を無効とするものではない。したがって、公庫融資金の使用目的が限定されていることが直ちに、被告のみが優先して右融資金を取得しうる根拠とはならない。

(三) 公庫の融資決定から本件弁済充当に至る手続は一連の行為であるが、本件では、被告が、破産の申立があった後に、これを知りながらあえて本件弁済充当によって債権の満足を受けたことが問題なのであって、被告の三、(三)の主張は失当である。

3  なお、次の点からして、本件弁済充当を正当な行為として他の一般債権者に対し、優先的なものとして扱うことはできない。

(一) 本件代理受領契約は、破産者において、被告に対する代理受領の委任をいつでも解約できる約定があり、本件代理受領契約の拘束力は弱かった。

(二) 公庫は、本件のような住宅買受人が破産申立をして支払不能の状態であることを知れば、たとえそれ以前に代理受領の承諾をし、本件物件について破産者名義の登記及び公庫の抵当権設定登記手続が完了していても、融資の実行を行なわない取扱いであった。

右(一)、(二)のように、本件代理受領の拘束力は弱いうえ、公庫融資の手続一切を代行している業者である被告は、破産者から支払不能の申し出を受けた場合、その旨を直接公庫に伝え、融資を停止すべき信義則上の、又は、民法上(同法六四四条)及び宅地建物取引業法上(同法三一条)の義務があるにもかかわらず、破産者から右申し出を受けたのに、漫然とこれを放置して、返済のあてのない融資金をあえて取得したのであるから本件弁済充当を正当な行為ということができない。

更に、右融資を停止させず、本件弁済充当をした結果、破産者の債務は、被告に対する無担保の代金債務から公庫に対する抵当権つき債務に転化したのであるから、本件弁済充当を正当な行為ということはできない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因について

請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  本件弁済充当行為の正当性について

1  否認権は、破産債権者にできるだけ多くの満足を与えるために、破産宣告前における破産者の財産関係の変動を否認して、破産者の財産状態を原状に回復せしめる権利であるところ、一般に否認権が成立するための要件としては、破産宣告前に破産者の財産関係について破産債権者を害する変動があり、これについて受益者が存することであるが、右変動が破産債権者に対する関係で不当なものでないときには、否認権の発生が阻止されると解するのが相当である。

2  そこで、本件弁済充当の経緯について検討するに、被告の主張1の事実(本件弁済充当に至る経緯及び公庫融資の特殊性)は当事者間に争いがなく、これと前記当事者間に争いのない請求原因事実及び《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  不動産売買をその業務の一つとする被告は、その社員であった訴外谷崎洋一郎(以下「訴外谷崎」という。)を担当者として、破産者との間に、昭和五八年二月二八日、被告の所有する本件物件の売買契約を締結した。

本件物件は、公庫融資付のもので、公庫融資を受けるためには、破産者の住民登録を本件物件所在地に移転し、本件物件の登記を破産者名義にしたうえで、公庫に対し本件物件について抵当権を設定し、その登記手続を完了させる必要があった。そのため、被告は自己の代金債権担保のために、本件売買契約に際し、破産者が公庫から融資を受ける予定の金一〇二〇万円の受領について、被告が破産者の代理人となり、公庫から被告の銀行口座に振り込まれる右融資金を直接受領して本件物件の売買代金の一部に充当する旨の本件代理受領特約がなされた。

(二)  被告は、公庫融資申込を破産者に代行して行ない、公庫は、右申込を審査して、同年三月二四日、破産者に対する金一〇二〇万円の融資を決定し、同日、右融資金に関する被告の代理受領を承諾した。

破産者の公庫に対する右融資金返還債務については、財団法人公庫住宅融資保証協会が破産者の委託により保証人となり、また、公庫、破産者、被告の三者間で、右融資金の使途は、本件物件の購入資金に限定することが約されていた。

(三)  被告は、右代理受領を公庫が承諾したことにより確実に融資金を取得できることから、右同日、破産者に対し、本件建物の鍵を交付して本件建物を引き渡し、同年六月二一日、本件建物について破産者の所有権保存登記及びその敷地持分について被告から破産者への移転登記手続並びに公庫の融資金担保のための本件物件に対する抵当権設定及び登記手続を破産者に代行して行なった。

右各登記手続は、通常の手続に比して一か月半から二か月遅れてなされたのであるが、その理由は、破産者が登記手続に必要な住民票及び印鑑証明書を被告に交付するのが遅れたためである。

(四)  訴外谷崎は、破産者から右各登記手続をした日の翌日である同月二二日、破産者の経営する会社の経営状態が悪くなったので、住宅ローンが払えなくなった旨の連絡を受け善後策を相談されたが、右各登記手続が終了していたため、このまま融資手続を進行させ、本件物件を破産者が他へ転売して公庫等の債務を弁済するように勧め、他の業者に転売方の依頼をもしたが、結局、転売はされなかった。

(五)  被告は、同年七月五日、破産者の支払停止の事実を知り、同月二〇日、自己破産申立の事実を知ったが、この事実を公庫には告げず、同月二七日、公庫から被告の銀行口座に右融資金の振込をうけ、これを本件物件の売買代金の一部に充当した。

3(一)  以上認定の事実関係からすると、本件は、危機状態における第三者たる公庫からの借入金による破産者の被告に対する弁済の事案であるところ、公庫の破産者に対する融資金一〇二〇万円は、本件物件の購入資金、すなわち、被告の本件物件の売買代金債権の弁済にのみ充てることが、破産者、被告及び公庫の三者間で、危機状態以前の昭和五八年三月二四日に協定されていた(本件物件の購入資金に用いるということで、初めて公庫の融資がなされた)ものであって、本来、被告の手中にのみ入る性質を有していた。

そして、本件において、破産手続に移行せず、通常の手続が進行した場合は、融資金は、被告が取得し、破産者は本件物件の公庫の抵当権の負担のついた所有権を取得するのみであって(他方、公庫に対し借入金の返還債務を負う。)、破産者が本件物件の所有権のみならず、融資金までも取得することは、右認定の事実関係の下では、制度的にあり得ないことである。また、第三者たる公庫の融資金返還請求債権は、本件否認権行使を認めると否とにかかわらず、本件物件に設定された抵当権で担保されているのであって、公庫を特に不利益な地位に追いやるものではない。

したがって、仮に本件の否認権行使を許容するとすれば、たまたま、破産手続に移行したため、本来、破産者が両者を同時に取得する可能性が全くなかった本件物件及び融資金を、破産者の一般財産中にくみ入れる結果となり、不合理といわざるを得ない。

(二)  なお、本件において、仮に、被告が自己の売買代金債務を担保するために、本件弁済充当の形式ではなく、被告の破産者に対する公庫から受領した融資金の引渡義務(民法六四六条)と破産者の被告に対する本件物件の代金債務とを対当額において相殺するという形式(むしろ代理受領の実行方法としては、この形式が原則的なものと解される。)を昭和五八年七月二七日(本件弁済充当の日)にとったとした場合、破産債権者たる被告のした相殺権の行使自体は、破産者の行為を含まないから、破産法七二条二号の否認権の対象となりえない(最高裁判所昭和四一年四月八日判決、民集二〇巻四号五二九頁参照)ため、右相殺権の行使が破産法一〇四条の制限に服するか否かのみが問題となると解されるところ、先に認定した本件の事実関係のもとにおいては、被告は、破産者へ本件物件を売却するにあたり、破産者及び公庫との間で、公庫から破産者へ貸付けられる本件物件の購入資金たる融資金について、被告が代理受領(その方法としては、公庫から直接、被告の銀行口座に融資金が振り込まれる。)することを合意し、将来、その代理受領によって発生する被告の破産者に対する融資金返還債務と破産者の代金債務を相殺することを前提として、本件物件を売却し、その後、右代理受領の約定に基づき、融資金を受領して、破産者に対しその返還債務を負担したことになる。したがって、被告の右融資金返還債務の負担は、危機状態を知る以前の右三者間での右代理受領の合意がなされた時点(具体的には、公庫が融資決定及び代理受領の承諾を為した昭和五八年三月二四日)から予定されていたものであり、右代理受領の合意を具体的、直接的な原因として発生したものということができるから、破産法一〇四条二号但書の債務負担が危機状態を知った時より「前に生じたる原因」に基づく場合に該当し、相殺は許容されると解される。

(三)  以上のように、被告が相殺をした場合であれば、被告の本件物件の代金債権は満足されるのに、実質的、経済的には被告が相殺をした場合と全く同視できる本件弁済充当に対し否認を認めるのは、著しく不均衡であって、妥当ではない。

4  右に述べたように、本件の借入弁済の実態を考慮するならば、本件弁済充当は、実質的に破産財団を減少せしめる行為ではなく、一般債権者に対する関係において、不当性を欠き、否認の対象とならないものと解するのが相当であるから、被告の主張は理由がある。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉崎直彌 裁判官 萩尾保繁 白石哲)

<以下省略>

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