東京地方裁判所 昭和59年(ワ)6148号 判決 1986年8月27日
原告
西沢商事株式会社
右代表者代表取締役
西澤喜太郎
右訴訟代理人弁護士
安原正之
同
佐藤治隆
同
小林郁夫
被告
清水誠治
被告
清水ヨネ
被告
紙谷光子
被告
中村瞳
被告
清水宏祐
被告
清水英機
被告
西沢惠美子
被告
犬飼和江
右被告ら訴訟代理人弁護士
佐藤淳
主文
1 被告らは、原告に対し、別紙目録(一)記載の土地に設置してある排水管及び排水渠について、原告が、改良敷設工事をすることを承諾せよ。
2 被告らは、原告が前項記載の工事をすることを妨害してはならい。
3 訴訟費用は被告らの負担する。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文1項ないし3項と同旨
2 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、別紙目録(二)記載の土地(以下「原告土地」という。)の所有者であり、同地上に別紙目録(三)の建物(以下「原告建物」という。)を所有している。
2 被告らは、別紙目録(一)の土地(以下「本件経路地」という。)を含む別紙目録(四)の土地(以下「被告土地」という。)の所有権を、その前主亡清水定次(以下「亡定次」という。)から相続した共有者であり、被告清水誠治は被告土地の上に別紙目録(五)の建物(以下「被告建物」という。)を所有し、被告土地を占有使用している者である。
3 原告土地から排除される下水(浄化槽排出汚水、雑排水、雨水)は現在、別紙図面の原告土地南端のA地点から本件経路地のB地点までの崖地に設置してある塩化ビニール製の排水管によつて排出され、B地点で排水渠に流入する。
別紙図面
そして右B地点の排水渠は、被告土地から排除される下水と合流しながら被告建物の敷地の東側境界に沿いつつ本件経路地(別紙図面(ア))を通じてC地点に至り、更に私道(その西側部分は本件経路地)となつている部分のほぼ中央(別紙図面(イ))を通つて公道上の公共下水道に接続されている。
4 ところで、原、被告土地の周辺にはすべて公共下水道が敷設されており、原告土地から排除される下水は全て公共下水道に流入させなければならない。
原告建物における生活等に起因する下水については、現在は便所の汚水は浄化槽により処理した後に前記のように雑排水等と共に排出されているのであるが、浄化槽はもともと若干の臭気が避けがたいものであるうえに、設備が老朽化しいつそう臭気が増加したためその使用を廃し、汚水を直接公共下水道に排出し、更に下水道法の定めに従うため、原告土地から排出する雨水等を含めた全ての下水を公共下水道に流入させることが必要となつた。
しかし、既存の前記設備では、A地点からB地点に至る間の排水管が内径一〇〇ミリで下水道法上要求される排水管の容量を満たさず、又、B地点から公共下水道に至る排水渠も容量が不十分で、大雨等の場合には溢水する危険がある。
5 そこで、原告は、現在の排水経路をほぼそのままにし、A地点からB地点に至る間の排水管を内径二〇〇ミリのものとする外、公共下水道に至る迄の排水渠の改善をすべく、これらの工事を自らの費用負担で行いたい旨被告らに申し込んだ。しかるに、被告らは、原告が工事を行えばこれを阻止するとして承諾をしない。
6 原告土地は、被告土地より全ての地点で高地にある。すなわち、原告土地のA地点と、本件経路地のB地点とでは、A地点がB地点の約二メートル高地にあり、原告土地と被告土地とが接している個所ではどの地点でも原告土地が一・五メートル以上高所にあることとなつている。
7 従つて、高地の所有者である原告は、民法二二〇条に基づき低地である被告土地に家用の余水を排泄する権利を有する。
8 本訴で原告が、被告らに対し承諾を求めている余水排泄のための水の通過の場所は、現在設置されている排水管、排水渠の経路をほぼそのまま踏襲するものであり、これら既設排水設備は、いずれも通路状になつた部分に設置されているのであつて、今回の工事は、その排水管を内径の大きなものに交換し、又排水渠も、容量のより大きいものに交換することを内容とするものに過ぎず、低地のために損害の最も少いものである。
9 次に、原告土地の下水を公共下水道に流入させるためには、別紙図面のE部分から、同図面F点にある公共下水道まで排水設備を設置することも考えられる。しかしながらF地点はE部分よりほぼ一メートルも高く原告土地にはF地点より更に低地となつた部分もあり、原告土地の下水をF地点に排出させることは、排水設備の維持、管理上、また溢水防止、臭気防止といつた点において著しく困難であるのみならず、極めて過大な費用を要するうえに、原告土地上の下水のすべてを排除できないこととなるのである。よつて原告土地の下水は、被告らの土地及び排水設備を使用しなければ、公共下水道に流入させることが困難であるから、原告は下水道法一一条一項に基いても、被告らに対し、本件経路地上の排水設備の改良敷設工事についての承諾を求めることができるものというべきである。
10 仮に右が理由ないとしても原告と被告土地の所有者であつた訴外宮信次との間において原告土地の為に、その所有地から生じる余水を被告土地に排水することを目的とする地役権を設定する旨の合意がされた。亡定次は、同土地を取得したとき、右地役権を承継し、被告清水誠治が被告建物を建築する際、亡定次が原告に対し排水管の敷設位置の変更を申し入れ、原告がこれを承認したことによつて、地役権の内容が一部変更され、現在に至つているのである。
11 仮に右が理由ないとしても、原告は亡定次が被告土地を取得した昭和二二年九月以来、三七年余また被告清水誠治が被告建物を建築後でも一五年余原告は被告土地上に排水設備を保有し、これを継続して利用してきており、その設備の存在は外部から容易に視認できるものであつて、表現のものといえる。
したがつて、原告は、右地役権を時効取得しており、本訴において右時効を援用する。
12 よつて、原告は、民法二二〇条、下水道法一一条又は地役権に基づき、被告らに対し、本件経路地につき既設排水管、排水渠について改良敷設工事をなすことの承諾を求めるとともに、右工事の妨害をしないことを求める。
二 請求原因事実に対する認否
1 請求原因1及び2の事実を認める。
2 同3の事実は知らない。
3 同4の事実のうち、本件土地周辺が公共下水道の敷設された地域であり、下水は公共下水道に排出させなければならないことを認め、その余は知らない。
4 同5の事実のうち、被告らがその敷地内において、原告が排水設備の改良敷設工事をすることを承諾せず、右工事があればこれを阻止するとしていることを認めるがその余は知らない。
5 同6の事実を認め、同7及び8は争う。
6 同9の事実は否認し、主張は争う。
7 同10及び11の事実は否認する。
三 抗弁
原告は、その土地の下水を、原告土地が通路に接する別紙図面E部分から公共下水道の敷設されているF点へ流入させるよう排水設備を設置することができるから、原告主張の排水の場所及び方法が低地のために損害が最も少い場所及び方法とはいえない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1及び2の事実並びに同5の事実のうち、被告らは、その敷地内において原告が排水設備の改良敷設工事をすることを承諾せず、右工事があればこれを阻止するとしていることは、当事者間に争いがない。
二<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
1 原告は、昭和七年から原告土地を所有し、原告代表者(西澤喜太郎)一家が、同地上の家屋に居住してきた(なお原告は当初は、合資会社であつたが昭和四七年合併により株式会社となつた。)。そして少くとも昭和三〇年ころにおいて、既に原告土地から生ずる汚水や雨水は、原告土地南端の崖地の一部(別紙図面A点よりはやや西方向に所在していた。)の被告土地(当時は亡定治の前主宮信次の所有であつた。)に、排水管として設置してあつた土管によつて、被告土地を通つて排除されており、昭和三六年同図G点付近に公共下水道が設置されてからは、原告土地の下水は、右土管から、本件経路地に埋設してあつた排水渠を経て、G点において公共下水道に流入させるようになつていた。
2 被告土地の亡定治の前主宮信次は、昭和二二年九月被告土地を亡定次に売り渡し、亡定治がそれ以後右土地を占有してきたが、その間右土管及び排水渠の状態に変更はなかつた。
3 昭和四四年六月被告清水誠治は、被告土地上に被告建物を建築した(もつとも登記簿上は、東衣工業株式会社名義で保存登記をし、昭和四五年六月に被告清水誠治が、これを買い受けたこととされている。)が、その際右1の土管が、被告建物の建築について支障となつたので、被告建物の建築を施行した建築会社の担当者と、原告側担当者との折衝(その詳細は、不明である。)の結果、右土管は、径一〇センチメートルの現在のビニール管に変えられ、かつ、位置も相当程度東側にずらされることとなつて、現在のA点とB点の間の位置に現在ある排水管が設置された。またG点の公共下水道に至る経路については、被告建物から生じる下水を排除するため右建築会社が、本件経路地に新たに排水渠を設置し、これに、右ビニール管に接続した排水渠を接続したので、以後原告土地の下水は、右ビニール管から、被告土地の下水をも排除する排水渠を経て公共下水道に流入させられることとなつて、現在に至つた。
4 しかるところ原告においては、原告土地上の建物に浄化槽を二槽設置して使用中であるが、若干の臭気は免れ難く、かつ、右土地周辺は既に昭和三〇年代に公共下水道が整備されて、殆どが水洗便所に切り替えられており、近い将来浄化槽の清掃業者が得られなくなる可能性も生じたため、これらを下水道法の定めに従い水洗便所に切り替えることとして、東京都下水道局西部管理事務所長にその可否について照会したところ、原告土地上の下水(汚水及び雨水)は、すべて公共下水道に排除させる義務があり、現在使用されている前記ビニール製排水管は、内径一〇センチメートルであつて、雨水を収用しておらず、今後、排水管を設置し、又は改良するについては、原告土地の雨水も同時に排除できるものとする必要があるので、その場合排水管は内径二〇センチメートルのものに変更する必要がある旨の回答を得た。
5 原告土地周辺には、別紙図面F点付近にも公共下水道が設置されており、原告土地の下水をこれに流入させることとすれば、そのための排水施設は、ほぼ全部を原告所有の土地上に設置しうるので、他人の権利を侵害する程度はG点への流入に比しはるかに少いこととなるが、右F点から南側の原告土地方向に向つては、南になるほど低くなるなだらかな下り傾斜の地勢となつており、ことに私道部分を除く原告土地のほぼ南半分は、F点より一メートル以上低地となり、原告土地南端には二・九五メートルもF点より低い地点も存在するため、下水道法施行令上必要な一〇〇分の一以上の勾配をもつてF地点へ雨水を含めた下水全部を排除しようとすると、当該排水管は、F地点の公共下水道本管より低くなるため、ポンプを用いるという困難を伴うこととなる。本来下水の排除は、自然流下が望ましく、原告土地において自然流下により排水するには、現在のように南面崖側を通過し、公共下水道に排水する経路が最も合理的なものといえる。
以上のとおり認められ、<証拠>中右認定に反する部分は、これを措信しない。
三右の争いのない事実及び認定事実を綜合すれば、原告土地は、被告土地より高所にあり、かつ、従前から原告土地から被告土地を経由する排水設備が私道に存在していて、その改良は、低地にとつて最も損害の少い場所及び方法による余水の通過であるといえることが明らかであるのみならず、右被告土地上に存在した従前からの排水設備を使用しなければ、原告土地の下水を公共下水道に流入させることが困難な場合であり、かつ、右従前からの排水設備を原告主張のように改良する方法によることは、被告土地上にある排水設備にとつて最も損害の少い箇所及び方法であることが明らかであるから、原告は、民法二二〇条及び下水道法一一条一項のいずれに基づいても、原告が、その費用で被告土地上に設置してある排水管及び排水渠について改良敷設工事をすることを承諾すること及び右工事について妨害しないことを被告らに求めることができるものというべきである。
よつて原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用について民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行を求める申立ては不適法としてこれを却下して主文のとおり判決する。
(裁判官中込秀樹)