東京地方裁判所 昭和59年(ワ)6476号 判決 1987年4月27日
原告 株式会社天一
被告 株式会社天一
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、「株式会社天一」の商号及び「天一」の営業表示を使用してはならない。
2 被告は、「株式会社天一」の商号登記の抹消登記手続をせよ。
3 被告は、サービスマツチ、価格表、パンフレツト、箸袋、のれん及び看板中の「天一」又は「株式会社天一」の表示を抹消せよ。
4 被告は、天ぷら及び折詰料理に、別紙標章目録(1)ないし(4)記載の各標章(以下、「被告標章(1)ないし(4)」といい、これらを総称するときは「被告標章」という。)を附し、又はこれを附した天ぷら及び折詰料理を販売し、若しくは販売のため展示してはならない。
5 被告は、被告標章を附した天ぷら及び折詰料理の容器、包装紙、箸袋及び広告を廃棄せよ。
6 被告は、原告に対し、金一三〇〇万円及びこれに対する昭和五九年六月二十八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
7 訴訟費用は被告の負担とする。
8 6、7につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
〔不正競争防止法に基づく請求について〕
一 請求の原因
1 原告の商号、営業表示の周知性について
(一) 原告は、その創業者であり現在代表取締役である矢吹勇雄が昭和五年一〇月一〇日より「天一」の商号をもつて開店した個人営業による天ぷら料理店を母体として発展し、昭和二三年四月六日に「株式会社天一」の商号により法人成りした会社であつて、右昭和五年以来一貫して「天一」又は「株式会社天一」の商号、営業表示を使用するとともに、現在別紙支店目録記載のとおり全国に三六店舗を擁しており、天ぷら料理の専門店として、皇族、国賓、内外の著名人にも広く利用されている。
(二) 原告は、別紙広告媒体一覧表のとおりの新聞、雑誌、ラジオ放送等で定期的に宣伝広告を行なつている。特に同表(一)(1)記載の新聞・雑誌は昭和四五年までに被告の店舗所在地である群馬県太田市内においても販売されていたし、同表(一)(2)のラジオ放送も同市において放送されていた。
(三) 原告の創業者矢吹勇雄執筆による天ぷらの揚げ方についての記事、エツセイ、同人についてのインタビユー、取材記事が別紙記事目録記載のとおり雑誌に掲載されており、また外国人向けの旅行ガイドブツク若しくは有名料理店を紹介する一般向けの文献には必ず原告についての記事が掲載されている。右矢吹は、「天一」の主人として、昭和三三年七月一日から同月末日まで毎日午後二時四五分から三時までの一五分間NHKラジオ第一放送の料理番組「女性教室」で講師を担当し、昭和四一年七月には毎日放送で天ぷらの料理方法の説明のため出演している。
(四) 被告の店舗所在地である群馬県太田市は、県南平野の中心都市であり、東京の浅草と東武伊勢崎線で接続されている東京と近接した衛星都市である。
(五) 以上のとおり、原告の商号又は「天一」の営業表示は、遅くとも昭和五四年一〇月以降現在まで群馬県太田市はもちろん日本全国において原告の営業であることを示す表示として広く認識されている。
2 被告の行為
被告は、昭和三八年一一月二六日「有限会社寺内商事」の商号で、各種和洋家具の製造販売及び料理飲食業を目的として設立され、昭和五一年三月株式会社に組織変更し、同年五月に商号を現商号である「株式会社天一」に変更した会社であるが、昭和四五年一〇月飲食店営業の許可を受け、現在群馬県太田市内の店舗において右商号又は「天一」の営業表示を使用して天ぷら料理店として営業を行なつており、サービスマツチ、価格表、パンフレット、箸袋、のれん及び看板にも右商号又は右営業表示を附している。
3 営業主体の混同、営業上の利益を害される虞について
(一) 被告の商号及び「天一」の営業表示は、原告の商号及び「天一」の営業表示と同一である。
(二) 被告の天ぷら料理店の営業は原告の営業と同一である。
(三) 右により、需要者が被告の営業上の施設又は活動を原告の営業上の施設又は活動と誤認する事態が生じ、その結果、原告はその営業上の利益を害されている。
4 損害賠償
被告は、故意又は過失により昭和五一年五月以降現商号及び「天一」の営業表示を使用して天ぷら料理店の営業を行ない、原告の営業上の利益を害したから、これによつて原告が被つた損害を賠償する義務があるところ、原告の損害は次のとおりである。
(一) 原告においては、その創業者である矢吹勇雄の職人かたぎと皇族、国賓を初めとする内外の知名人に「日本の味」を提供しているという誇りとが徹底しており、その材料を吟味し調理においても工夫を加え、需要者から原告店舗でなければ味わえない独得の味覚と風味を提供する天ぷら料理店であるとの信用を得てきたものである。しかるに、被告は、原告より劣る材料を用い、調理方法も異なる天ぷらを需要者に提供しているため、需要者間における原告のイメージは非常な打撃を被り、原告はその信用を害された。右無形損害を金銭に評価すれば少なくとも三〇〇万円を下らない。
(二) 被告は、昭和五一年五月より本訴提起の日(昭和五九年六月一三日)まで右天ぷら料理店の営業により少なくとも年間一億二〇〇〇万円の売上げがあり、右売上げの少なくとも一割は純利益であるから年間一二〇〇万円の利益を上げているもので、被告の右期間における利益は合計八四〇〇万円を下らず、これが被告の右営業により原告が被つた損害である。
5 よつて、原告は、被告に対し、不正競争防止法一条一項二号、一条の二第一項に基づき、請求の趣旨一、二、三、六項記載のとおり、商号及び営業表示の使用の差止め、商号登記の抹消登記手続、サービスマツチ等における右営業表示の抹消、並びに前記損害金三〇〇万円と同八四〇〇万円の内金一〇〇〇万円の合計金一三〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五九年六月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否及び被告の反論
1 認否
(一) 請求の原因1(一)ないし(三)の事実は不知。同(四)中太田市が東京と近接した衛星都市であることは否認し、その余の事実は認める。同(五)の事実は否認する。
(二) 同2中、被告が天ぷら料理店の営業を行なつているとの部分は否認し、その余の事実は認める。被告の営業は後記(三)のとおり、和食全般である。なお、被告が「天一」の営業表示の使用を開始したのは昭和四五年一〇月からである。
(三) 同3(一)の事実は認める。同(二)の事実は否認する。被告の営業は、お膳料理、会席料理、造り物、揚げ物、焼き物、鍋料理、酢の物等和食全般に及ぶものであり、天ぷらは揚げ物の中の一つにすぎない。原告は天ぷら料理専門であり、被告とは営業内容を異にする。同(三)の事実は否認する。
(四) 同4の事実は否認する。
2 反論
群馬県太田市においては、昭和四五年一〇月ころはもちろん現在においても、原告の商号又は「天一」になる営業表示を知るものは皆無といつても過言ではない。したがつて需要者により、被告の営業が原告の営業と誤認、混同される虞はない。
(一) 原告の支店についても、昭和四五年当時のものは不明であり、支店目録記載の現在の支店についても、東京のほかは横浜、浦和、船橋、松戸といつた東京近郊の都市に存するのみであり、いずれも群馬県太田市とは遠く離れている。
(二) 別紙記事目録記載の雑誌の記事についても、一回限りのもので継続して掲載されたものではなく、かかる記事が昭和一〇年から同四〇年までの三〇年間に四回掲載されたことをもつて、原告が一般に周知されていたとは考えられない。
三 抗弁
被告は、昭和四五年一〇月から「天一」の営業表示を、昭和五一年四月から株式会社天一の商号を、いずれも善意に使用している。すなわち、原告の商号又は「天一」の営業表示は、群馬県太田市において昭和四五年当時は全く知られていなかつたのである。被告は、昭和四五年に飲食業を始めるにあたり、易学者飯島克太郎に相談したところ、同人により、和食では天ぷらが一般的に好まれる料理であること及び被告の店舗が太田市南一番街に位置することから、その「天」と「一」をとつて、「天一」と命名してもらつたのであり、原告の存在を知らずに右商号、営業表示を選択したのである。
四 抗弁に対する認否
1 被告の抗弁事実は否認する。
2 原告の商号及び営業表示が昭和四五年一〇月ころ、群馬県太田市において、すでに周知であつたことは前記一1のとおりである。
〔商法二〇条、二一条に基づく請求について〕
一 請求の原因
1 原告は、昭和二三年四月六日、商号を「株式会社天一」、本店を「東京都中央区銀座西六丁目五番地」(住居表示の変更により昭和四三年一〇月四日「同区銀座六丁目七番一六号」に変更登記)として設立登記された会社であり、天ぷら料理店を業として営んでいる。
2 被告は昭和五一年五月二四日、商号を「株式会社寺内商事」から「株式会社天一」に変更し、同月二八日その旨の登記を了し、群馬県太田市において右商号及び「天一」の営業表示を使用して天ぷら料理店の営業を行なつており、サービスマツチ、価格表、パンフレツト、箸袋、のれん及び看板にも右商号又は営業表示を附している。
3 原告の商号は、天ぷらの天一として群馬県太田市においても周知著名なものであるが、被告は不正の競争の目的又は不正の目的をもつて、原告の商号と同一の商号、営業表示を使用して、原告と同一の天ぷら料理店を業として営み、需要者をして原告の営業と誤認させている。
4 損害等については、〔不正競争防止法に基づく請求〕の一、4の主張と同一であるから、これを引用する。
5 よつて、原告は、被告に対し、不正競争防止法に基づく請求と選択的に、商法二〇条、二一条に基づき、請求の趣旨一、二、三、六項記載の請求をする。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は不知。
2 同2中被告が天ぷら料理店の営業を行なつているとの部分は否認し、その余の事実は認める。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実は否認する。
〔商標権に基づく請求について〕
一 請求の原因
1 原告は、次の商標権(以下、「本件商標権」といい、その登録商標を「本件登録商標」という。)を有している。
登録番号 第四一〇〇一〇号
登録日 昭和二七年三月三一日
出願日 昭和二六年三月一二日
登録商標 別紙商標目録記載のとおり
指定商品 旧第四五類 他類に属せざる資料及び加味品
2 本件登録商標の構成は「天一」の文字を縦書きに墨書したものから成つている。
3 被告は、天ぷら及び折詰料理の容器に被告標章(1)、(2)同紙袋に被告標章(3)、同箸袋に被告標章(4)を附して、天ぷら及び折詰料理を、その店舗において提供し若しくは持帰り用として、これを販売し、又は販売のため展示している。被告は被告標章を附した天ぷら及び折詰料理の容器、包装紙、箸袋、広告を所有している。
4(一) 被告標章(1)は「天一」を横書きに墨書したものであり、被告標章(2)は「天一」を横書きに墨書した下部に「TENICHI」を横書きにしたものであり、被告標章(3)は「天一」を縦書きに墨書した下部に「Tenichi」と横書きしたものであり、被告標章(4)は「天一」を横書きに墨書した右横に「Tenichi」と横書きしたものであるが、被告標章(1)ないし(4)中の「天一」なる標章はいずれも本件登録商標と称呼、外観、観念において同一であり、被告標章(2)の「TENICHI」、被告標章(3)、(4)の「Tenichi」は、本件登録商標と称呼、観念において同一である。
(二) 被告が販売している天ぷら及び折詰料理は、本件商標権の指定商品に属する。
(1) 本件商標権の指定商品である「旧第四五類他類に属せざる食料品及び加味品」の類似商品例集の「寿司、弁当」については、昭和三一年の改定により「料理の折詰を含む」との括弧書が加えられており、折詰料理が右指定商品に属することは明らかである。
(2) 被告が持帰り用に販売している天ぷらは加工食品として右指定食品に属する。
(3) 被告がその店舗において提供する天ぷら料理は、無形のサービスではなく、シヨーウインドーに陳列され、あるいは価格表に表示されて特定された有形の物品であり、それは交換を目的として生産され、それ自身使用価値を有する有体動産、すなわち商品である。したがつて被告の店舗において提供、販売される天ぷら料理も右指定商品に属する。
5 被告は、昭和五一年五月より同五九年六月一三日まで、右折詰料理を少なくとも年間二〇〇〇万円、合計で一億四〇〇〇万円販売したものであるが、その少なくとも一割は、利益であるから、右折詰料理販売行為により得た利益の額は一四〇〇万円を下らない。
6 よつて、原告は、被告に対し、本件商標権に基づき、請求の趣旨四、五、六項記載のとおり、天ぷら及び折詰料理に被告標章を使用することの差止めとその容器等の廃棄及び前記損害金一四〇〇万円(商標法三八条一項)の内金一三〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五九年六月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、右損害金についてのみ不正競争防止法、商法二〇条、二一条に基づく請求と選択的に、求める。
二 請求の原因に対する認否及び被告の反論
1 認否
(一) 請求の原因1、2の事実は認める。
(二) 同3の事実は否認する。
(三) 同4の事実は否認する。
(四) 同5の事実は否認する。
2 反論
(一) 被告はその商号及び「天一」の営業表示の下に飲食店を経営するものであつて、天ぷら等を商品として取引市場において転々流通させるため製造、加工、販売等しているものではない。
(二) 被告の店舗の二階及び三階は宴会場であるが、宴会の残り物について客のために折詰にして持帰つてもらうことはあるが、和食料理を折詰にして販売することはない。ただ、例外的に飲食後の客の希望により、料理を折詰にして提供することはあるが、それは本来の営業と同様、料理の提供という役務を客に提供しているものであつて、商品としての折詰を店頭で販売しているものではない。したがつて、メニユー等には折詰は記載されておらず、大量購入者も存在しない。
三 抗弁(商標法二六条第一項一号)
被告が、天ぷら及び折詰又はその容器、包装紙、箸袋、広告等に使用している「天一」なる標章は、いずれも自己の商号である「株式会社天一」を普通に用いられる方法で表示したものである。
四 抗弁に対する認否及び反論
1 認否
抗弁事実は否認する。
2 反論
(一) 商標法二六条一項一号にいう「普通に使用される方法をもつて自己の氏名、名称を表示するもの」とは、特に一般の注意をひく書体又は図案をもつて表示したものではなく、単に自己の氏名、名称を記載したにとどまると認められるような方法でこれを表示するものをいう。
しかし、被告標章はいずれも一般的書体ではなく、原告の本件登録商標と同一の筆太に墨書された書体を用いており、特に被告標章(2)は円に扇形を組合せたものであり、被告標章(3)は縦長矩形、同(4)は横長矩形に更にローマ字を組合せたもので、これらは普通に用いられる方法で表示されたものには該当しない。
(二) 被告の商号は昭和四五年当時は「有限会社寺内商事」であり、昭和五一年五月二八日に「株式会社天一」に商号を変更登記したものであつて、少なくとも昭和五一年五月二八日までは、「名称の表示」とはいえない。
第三証拠<省略>
理由
第一不正競争防止法に基づく請求について
一 被告が昭和四五年一〇月に飲食店営業の許可を受け、現在群馬県太田市内の店舗において株式会社天一の商号又は「天一」の営業表示を使用していることは、当事者間に争いがない。
二 いずれも成立に争いのない甲第三号証の一・二、第四ないし第七号証、第九ないし第二五号証、第二九ないし第三二号証、第三三号証の一・二、第三四号証、第三五号証の一・二、第三六ないし第五一号証、第五五号証及び証人入澤肇の証言、原告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 原告の代表取締役であり創業者でもある矢吹勇雄は、昭和五年に日本橋の人形町に「天一」の商号で個人営業の天ぷら料理店を開業し、翌年には銀座西八丁目に同店を移転した。右矢吹は当時料理としては低い評価しか与えられていなかつた天ぷら料理について、室内に換気扇を設置したり、鍋や天ぷら油等を工夫したりして種々の改良を加え、天ぷら料理に対する一般的評価を高め、その結果天ぷら料理店「天一」は著名な政治家等にも日常的に利用される程に発展していつた。太平洋戦争後は、故吉田茂(当時外務大臣)がGHQの司令部の接待に「天一」を頻繁に利用したことがある。また昭和二三年四月には、従来矢吹個人による営業だつたものを株式会社組織とし、原告が設立された。原告の顧客としては、国賓をはじめ内外の著名人も多いし、また矢吹が赤坂離宮等へ出向き、国賓に天ぷら料理を提供することもあつた。
原告は、昭和四五年ころには都内のデパート等に支店を五、六店有していたが、次第にこれを増設し、昭和五一年ころには都内に八店、神奈川県に二店の支店を、また、現在は別紙支店目録記載のとおり二七支店(三五店舗)設置している。ただし、札幌と広島の二支店(四店舗)を除いてはすべて東京都の二三区内及びそれに近接する地域である横浜、船橋、松戸、柏、浦和の各市に集中しており、札幌と広島以外の地方都市には原告の支店はない。
2 矢吹は、個人営業のころ「天一」の主人として昭和一〇年一二月発行の雑誌「主婦の友」において「家庭風の天ぷらの美味しい揚げ方」と題する記事を、また原告の代表者として、昭和二七年三月一五日発行の雑誌「實業之日本」において「私が天ぷら屋で成功するまで」と題するエツセイを、昭和三〇年九月一八日発行の日本経済新聞で「『エビ』で釣つた『小麦』」と題するエツセイをそれぞれ執筆、発表した。矢吹は、また昭和三三年七月一日から同月末日までNHKラジオ第一放送の「女性教室」という番組で「揚げもの」を特集したきの講師の一人でもあり、同様に昭和四一年七月七日から一一日にかけて毎日放送の「奥様手帳」という番組にも出演して天ぷら料理について説明したことがある。更に昭和五九年二月二一日発行の雑誌「財界」には「国賓が食べる天ぷら」の小見出しで、原告を著名な天ぷら料理店として紹介する記事が掲載されている。
原告は外国人旅行者用のガイドブツクあるいは一流料理店、レストランを紹介する一般向けの書籍、雑誌等には必ず天ぷらの「天一」として紹介されている。また原告は、始期は明らかではないが、従前から雑誌「婦人画報」、「文藝春秋」又は東京新聞等にも広告、宣伝を継続してきている。しかし、右以外の態様による宣伝、広告、特にテレビ、ラジオ等による一般大衆向けの宣伝、広告については必ずしも積極的ではない。
以上1、2の事実が認められ、右認定を覆すべき証拠はない。
三 前記一の当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第一、第二号証、乙第一号証の一・二及び被告代表者尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
被告は、昭和三八年一一月二六日に有限会社寺内商事として設立され、当初は家具の製造、販売業を営んでいたが、昭和四五年一〇月には群馬県太田市の駅南側の通称南一番街に店舗を構え、一階を食堂、二、三階を宴会場とした和食料理店を経営するようになり、そのときから「天一」の営業表示の使用を開始し、昭和五一年三月三一日には有限会社から株式会社に組織変更し、同年五月二四日には商号を株式会社天一に変更した。群馬県太田市は東京都の浅草とは東武伊勢崎線で結ばれているものの、かなり離れた一地方都市であり、被告の店舗を利用する顧客の大半は太田市とその近隣の地域の住民である。被告は昭和四五年以来今日まで宴会もできる和食料理店「天一」として、太田市とその近隣の地域の住民により広く利用され親しまれてきている。
以上の事実が認められ、右認定を覆すべき証拠はない。
四 右三のとおり、被告の店舗を利用する顧客の大半は群馬県太田市とその近隣の地域の住民であるので、次に右地域における原告の商号又は「天一」の営業表示の周知性について判断する。
前記二認定のとおり、原告は天ぷら料理の専門店であつて、その店舗に来店する顧客に天ぷら料理を提供することを主たる業としており、商標を附した商品を市場に流通させ、広く販売することを業としているわけではない。そして、原告の店舗は札幌と広島の四店舗を除き、すべて東京とこれに近接する横浜、船橋、松戸、柏、浦和の各市に集中して配置されている。また、原告がテレビ、ラジオ等を通じて一般消費者に対し積極的に「天一」の営業表示を広告、宣伝しているわけではないことも先に認定したとおりである。したがつて、原告が天ぷら料理専門店として国賓をはじめ、内外の著名人に利用される程に一流であるとしても、それは右のような原告の営業形態、広告、宣伝の態様からいつて、高々原告の店舗が存在する東京、神奈川、千葉、埼玉、札幌、及び広島において原告の商号又は営業表示が周知であることを意味するにすぎず、その周知性の地域的範囲は、原告の店舗所在地とかけ離れた地域には及ばないというべきである。すなわち、群馬県には原告の店舗が一店舗も存在しない以上、同県太田市とその近隣に居住する一般消費者にとつては、原告はほとんど無縁な存在といつても過言ではない。したがつて、現在(本件口頭弁論終結時)においても、原告の商号又は「天一」の表示が原告の営業であることを示すものとして、太田市及びその近隣地域の居住者に広く知られていると認めることには疑問がある。まして、被告が「天一」の営業表示の使用を開始した昭和四五年一〇月当時においては、原告は東京都内にのみわずか五、六店の支店を有していたにすぎないし、被告が現商号の使用を始めた昭和五一年五月当時においても、東京都内に八店、神奈川県に二店の支店を設置していたにとどまるうえ、昭和五一年以前においては、めぼしい宣伝、広告活動の実績もなかつた(めぼしい宣伝、広告活動を裏付ける客観的資料は見当たらない。)のであつて、昭和四五年一〇月当時はもとより、同五一年五月当時においても、原告の商号及び「天一」の営業表示につき右の周知性を肯認するのは到底困難というべきである。
次に、被告が「天一」の営業表示及び現商号の使用を開始するに当たり善意であつたことは、後記第二、一に認定するとおりである。したがつて、被告による「天一」の営業表示及び現商号の使用は不正競争行為には該当しないというべきである(不正競争防止法二条一項四号)。
よつて、いずれにしても、原告の不正競争防止法に基づく請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。
第二商法二〇条、二一条に基づく請求について
一 被告が、原告の登記商号と同一の株式会社天一という商号で、群馬県太田市において、和食料理店の営業をしていることは前記第一、三のとおりである。しかしながら、前記第一、四認定のとおり、原告の商号及び「天一」の営業表示は、少なくとも、昭和四五年ころはもちろん昭和五一年ころにおいても、群馬県太田市とその近隣の地域においては周知であるとは認められないのであり、また被告代表者尋問の結果によれば、被告の代表者寺内美喜三は原告の存在すら知らずに現在の商号及び「天一」の営業表示を選択したことが認められ、以上によれば、被告が、「不正の競争の目的」又は「不正の目的」をもつてその商号を使用していると認めることはできない。
二 よつて、原告の商法二〇条、二一条に基づく請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
第三商標法に基づく請求について
一 前掲甲第二号証、乙第一号証の一・二、成立に争いのない甲第五三、第五四号証、被告方で調理した折詰の写真であることが当事者間に争いのない甲第五六号証、被告方で使用している折りと蓋、同紙袋であることにつき当事者間に争いのない検甲第一号証の一・二、第二号証及び被告代表者尋問の結果によれば、被告は、群馬県太田市の和食料理店又はその宴会場において顧客に対し和食料理を提供しているが、同店舗の看板には被告標章(2)、及び同標章(3)中の「天一」を縦書きに墨書した部分を附し、その箸袋には被告標章(4)を、サービスマツチには同標章(3)を附していること、また、被告は右店舗において飲食した顧客から特に注文された場合、例外的に和食料理を一人前ないし数人前折り箱に詰めて持帰り用として有償で提供したり、宴会での料理の残り物を折り箱に入れて顧客に持ち帰らせることが時折あるが、その際に使用する折り箱に被告標章(1)、(2)を、紙袋に被告標章(3)を附していることが認められる。しかしながら、右以外の態様での販売、例えば折詰料理を店頭で継続的又は反復的に販売する等の行為を業として行なつていることを認めるに足りる証拠はない。
ところで、商標法における商品とは、一般市場で交換されることを目的として生産される有体動産等をいうと解されるところ、和食料理店又はその宴会場において有償で提供される料理及び同料理店で顧客の注文により持帰り用に有償で提供される料理の折詰、更に宴会料理の残り物を入れた折詰は、いずれも市場において交換することを目的として生産されるものではないことは明らかであるから、商標法にいう商品には当たらない。してみれば、被告が前記の態様で包装容器、広告に被告標章を附しているとしても、それはいずれも被告の営業表示としての使用であり、商品についての使用ということはできない。
二 よつて、原告の本件商標権に基づく請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
第四結語
以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 安倉孝弘 小林正 設楽隆一)
標章目録
(1)
(2)
(3)
(4)
支店目録
一、東京都渋谷区宇多川町二一番地一 渋谷西武(2店舗)
二、東京都新宿区西新宿二丁目一番 三井ビル内
三、東京都新宿区西新宿一丁目一番三号 小田急百貨店(ハルク・本銀2店舗)
四、東京都新宿区新宿三丁目一四番一号 伊勢丹
五、東京都墨田区錦糸町一丁目二番四七号 ラガール国鉄ターミナル
六、東京都世田谷区玉川三丁目一七番一号 高島屋
七、東京都中央区銀座五丁目二番一号 四季(2店舗)
八、東京都中央区銀座五丁目三番一号 ソニービル
九、東京都中央区銀座三丁目六番一号 松屋
一〇、東京都千代田区永田町二丁目一四番三号 東急百貨店内
一一、東京都千代田区丸の内一丁目九番一号 東京駅大丸
一二、東京都千代田区内幸町一丁目一番一号 帝国ホテル
一三、東京都千代田区有楽町二丁目六番一号 有楽町西武マリオン
一四、東京都豊島区南池袋一丁目二八番一号 西武百貨店(3店舗)
一五、東京都豊島区南池袋一丁目二九番一号 池袋シヨツピングパーク
一六、東京都港区赤坂三丁目一九番三号
一七、東京都港区北青山二丁目三番一号 C1プラザー伊藤忠商事アーケード
一八、東京都目黒区自由が丘一丁目一二番七号
一九、神奈川県横浜市港南区港南台三丁目一番三号 高島屋
二〇、神奈川県横浜市西区南幸一丁目六番三一号 高島屋
二一、神奈川県横浜市西区南幸一丁目一番一号 横浜ステーシヨンビル
二二、千葉県柏市柏一丁目一番二一号 そごう百貨店
二三、千葉県船橋市浜町二丁目一番一号 そごう船橋(2店舗)
二四、千葉県松戸市松戸一三〇七番地一 伊勢丹
二五、埼玉県浦和市高砂一丁目一五番一号 伊勢丹
二六、広島県広島市中区基町六番二七号 そごう百貨店(2店舗)
二七、北海道札幌市中央区北五条西二丁目一番地 そごう百貨店(2店舗)
広告媒体一覧表
(一)(1) リーダーズダイジエスト
ミセス
婦人画報 昭和五九年四月号まで
文藝春秋
日本交通公社大型時刻表
東京新聞
日本経済新聞
日経ビジネス
国民政治協会 全国自民党員向機関紙
(2) NHKラジオ「女性教室」
毎日放送「奥様手帖」
(二) Tour Companion 週刊外人観光客向け英文新聞として定評あり
邦楽の友 邦楽関係全国誌月刊
味の手帖 青山虎之助主宰の月刊誌
銀座百点 銀座の有名店の月刊ミニコミ誌
Escort Tokyo 外人観光客向けガイドマツプ
味の新地図 年刊
リクルートブツク81
リクルート1980
東京食べ歩きと美味のコツ
わたしが好きなこの店この一品
インペリアル・夏
郷土料理とおいしい旅
専門料理
近代食堂
銀座の本
JCTV 有線放送TV・一流ホテルで放映
日経(夕)映画
TV神奈川 コマーシヤルフイルム放映
エスコート東京 全国観光客向け情報誌月刊
アサヒイブニング 日刊英文紙
記事目録
主婦之友 昭和一〇年一二月発行
実業之日本 昭和二七年三月一五日発行
日本経済新聞 昭和三〇年九月一八日発行
リーダーズダイジエスト 昭和四〇年三月一日発行
月刊食堂別冊天ぷら 昭和五一年七月五日発行
財界 昭和五九年二月二一日発行
商標目録