東京地方裁判所 昭和59年(特わ)581号 判決 1984年7月18日
裁判所書記官
大西秀峰
本籍
東京都墨田区緑二丁目一六番地の五
住居
同都文京区西片一丁目四番二号
医師
内田好一
昭和六年七月二七日生
右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官五十嵐紀男出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
一 被告人を懲役一年六月及び罰金五、〇〇〇万円に処する。
二 右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
三 この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都荒川区東尾久四丁目一五番八号において、「白十字尾久医科歯科医院」の名称で診療所を(昭和五六年三月三一日以前は「尾久病院」の名称で病院を)、同都足立区江北六丁目二四番一一号において、「足立中央病院」の名称で病院を、千葉県柏市東上町一番一三号において、「白十字柏歯科」の名称で診療所を各開設して医業及び歯科医業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、自由診療収入の一部を除外し、あるいは架空人件費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、
第一 昭和五五年分の実際総所得金額が一億四、六〇〇万五、二五二円あった(別紙(一)及び(二)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五六年三月一六日、東京都荒川区西日暮里六丁目七番二号所在の所轄荒川税務署において、同税務署長に対し、同五五年分の総所得金額が六、〇〇七万九、一七一円でこれに対する所得税額が一、三四八万九、三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五九年押第八二五号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額七、二八八万五、三〇〇円と右申告税額との差額五、九三九万六、〇〇〇円(別紙(五)ほ脱税額計算書参照)を免れ
第二 昭和五六年分の実際総所得金額が一億四、四〇〇万七、〇二三円あった(別紙(一)及び(三)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五七年三月一五日、前記荒川税務署において、同税務署長に対し、同五六年分の総所得金額が六、五七七万七、四〇八円でこれに対する所得税額が一、六四四万七、七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の4)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額七、〇一六万二、五〇〇円と右申告税額との差額五、三七一万四、八〇〇円(別紙(五)ほ脱税額計算書参照)を免れ
第三 昭和五七年分の実際総所得金額が一億六、六三四万六、七二二円あった(別紙(一)及び(四)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五八年三月一五日、前記荒川税務署において、同税務署長に対し、同五七年分の総所得金額が七、八九六万六、七八二円でこれに対する所得税額が二、四七六万五、一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の5)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額八、七三八万二、五〇〇円と右申告税額との差額六、二六一万七、四〇〇円(別紙(五)ほ脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書
一 篠崎雅美及び池澤進の検察官に対する各供述調書
一 収税官吏の齊藤壽一(二通)、小嶋輝之及び藤井武一に対する各質問てん末書
一 収税官吏作成の検査てん末書
一 荒川税務署長作成の証明書
一 収税官吏作成の次の各調査書
1 自由診療収入調査書
2 雑収入調査書
3 たな卸調査書
4 仕入調査書
5 租税公課調査書
6 旅費・交通費調査書
7 接待交際費調査書
8 損害保険料調査書
9 減価償却費調査書
10 福利厚生費調査書
11 給料賃金調査書
12 地代家賃調査書
13 患者給食費調査書
14 貸倒引当金繰入調査書
15 青色専従者給与額調査書
16 青色申告控除額調査書
17 事業専従者控除額調査書
18 給与収入金額調査書
19 給与所得控除額調査書
20 源泉徴収税額調査書
一 押収してある歯科売上台帳一綴(昭和五九年押第八二五号の11)、自費ノート(昭和五六年四月二〇日から記帳しているもの)一綴(同押号の12)、自費ノート(昭和五四年五月二五日から記帳しているもの)一冊(同押号の13)、自費ノート(昭和五五年九月一日から記帳しているもの)一冊(同押号の14)
判示第一及び第二の各事実につき
一 収税官吏作成の価格変動準備金繰入調査書
判示第一の事実につき
一 押収してある昭和五五年分所得税確定申告書等一袋(昭和五九年押第八二五号の3)
判示第二及び第三の各事実につき
一 収税官吏作成の次の各調査書
1 修繕費調査書
2 貸倒引当金戻入調査書
3 価格変動準備金戻入調査書
判示第二の事実につき
一 押収してある昭和五六年分所得税確定申告書等一袋(昭和五九年押第八二五号の4)
判示第三の事実につき
一 収税官吏作成の雑品費調査書
一 押収してある昭和五七年分所得税確定申告書等一袋(昭和五九年押第八二五号の5)
(法令の適用)
一 罰条
判示第一の所為につき、行為時において昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一、二項、裁判時において右改正後の所得税法二三八条一、二項(刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による)
判示第二及び第三の各所為につき、右改正後の所得税法二三八条一、二項
二 刑種の選択
いずれも懲役刑及び罰金刑の併科
三 併合罪の処理
刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(刑期及び犯情の重い判示第三の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項
四 労役場の留置
刑法一八条
五 刑の執行猶予
刑法二五条一項
(量刑の事情)
被告人は、昭和三二年三月東京医科歯科大学医学部を卒業した後、昭和三七年二月東京都荒川区東尾久において「尾久医院」の名称で診療所を開設して以来病院、診療所を経営して医業及び歯科医業を営んでいたものであり、昭和五五年乃至昭和五七年当時は判示の三か所において病院又は診療所を経営する一方、自己の経営する病院等のために医薬品類を仕入れる目的で設立された内田薬品株式会社の代表取締役をしていたものであるが、歯科自由診療収入の一部除外、看護婦の寮費、食事代等の雑収入の除外、架空仕入の計上、期末棚卸の除外、私的な費用の病院費用への計上、前記会社からの給与の一部除外等の方法により所得を秘匿し、前記三年間の所得に関して合計一億七、五七二万八、二〇〇円の所得税をほ脱したものである。そのほ脱額は高額であり、ほ脱率も平均約七六・二三パーセントと高率である上、被告人の所得の秘匿は、妻及び被告人の弟が病院の経理事務を担当していた昭和四四年頃から架空人件費の計上という方法で続けられていたものであるところ、昭和五一年一二月に被告人の高校時代の同級生であった篠崎雅美を経理事務の責任者として迎え入れて以降は所得の秘匿方法も多岐にわたるようになったものであって、秘匿の具体的な方法の多くは篠崎の発案、指示等によるものがあるとはいえ、被告人はこれを容認、支持していたものと認められるから、その態様が悪質であることについても被告人自身その責任を負うべきは当然である。また、被告人は、脱税の動機として、当初は外に出る金は少ない方が良いと漠然と考えて所得を秘匿していたが、そのうち設備の良い大きな病院を作りたいと考えるようになり、昭和五三年頃東京都文京区西片の中古住宅を買って住むようになってからは、立派な自宅を建てて住みたいと考えて所得を秘匿するようになったと述べており、事実昭和五七年一二月には約三億八、〇〇〇万円の費用を投入して前記西片の土地に自宅を新築しているのであるが、動機の点においても特段斟酌に値するものは認められないと言わざるを得ない。したがって、以上の事情を考慮するならば、開業医の脱税につき世上強い非難が浴びせられている折柄、被告人には厳しい刑事責任が問われるべきであるとも考えられる。しかし、被告人は、本件が発覚してからは捜査、公判を通じて事実を認め、昭和五三年以降本件を含む五年分の所得につき修正申告をした上、銀行からの借入や「白十字柏歯科」を売却するなどして本税、重加算税等をすべて納付し、更に脱税に係る所得の大部分をあてて新築したと認められる前記自宅についてもマスコミの注視による社会的非難等を考えて売却の意向を示し、今後は病院等の経理や経営方針を改めるつもりである旨述べるなど反省していると認められること、また被告人は、二〇年以上にわたり医師として一応地域の医療に貢献してきたものであり前科前歴もないことなど斟酌すべき事情も存するので、これらを総合勘案し、懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当と判断して主文のとおり量刑する。
(求刑懲役一年六月及び罰金六、〇〇〇万円)
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 田尾健二郎 裁判官 石山容示)
別紙(一) 修正損益計算書(合計)
内田好一
自 昭和55年1月1日
至 昭和55年12月31日
<省略>
別紙(二) 修正損益計算書
内田好一
自 昭和55年1月1日
至 昭和55年12月31日
<省略>
別紙(三) 修正損益計算書
内田好一
自 昭和56年1月1日
至 昭和56年12月31日
<省略>
別紙(四) 修正損益計算書
内田好一
自 昭和57年1月1日
至 昭和57年12月31日
<省略>
別紙(五) ほ脱税額計算書
内田好一
<省略>
(注)昭和56年分特別減税額2,500円は「昭和五十六年分所得税の特別減税のための臨時措置法」の規定に基づくものである。