東京地方裁判所 昭和59年(特わ)639号 判決 1984年6月29日
国籍
韓国
住居
東京都葛飾区立石三丁目四番一二号
会社役員
野山辰夫こと宋相赫
一九二五年七月二一日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官五十嵐紀男出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
一 被告人を懲役二年及び罰金七五〇〇万円に処する。
二 右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
三 この裁判の確定した日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、千葉県鎌ケ谷市初富九番地一二六において、「信栄ホール」の名称で遊技場(パチンコ店)を、同県船橋市藤原町一丁目一五六番地において、「野山商店」の名称でプラスチック加工業を、それぞれ営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右遊技場における売上の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿したうえ
第一 昭和五五年分の実際総所得金額が四六九三万六八三五円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五六年三月一二日、東京都葛飾区立石六丁目一番三号所在の所轄葛飾税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が五五五万五八〇一円で、これに対する所得税額が八五万八〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五九年押第六九一号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額二二三四万三〇〇円と右申告税額との差額二一四八万二三〇〇円(別紙(四)ほ脱税額計算書参照)を免れ
第二 昭和五六年分の実際総所得金額が八九八六万七六九三円(別紙(二)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五七年三月一〇日前記葛飾税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が一二七四万一三二六円で、これに対する所得税額が三四四万六一六〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額五二三〇万三七〇〇円と右申告税額との差額四八八五万七五〇〇円(一〇〇円未満切捨、別紙(四)ほ脱税額計算書参照)を免れ
第三 昭和五七年分の実際総所得金額が三億三二二二万二六二〇円(別紙(三)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五八年三月七日、前記葛飾税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が二五五七万三五八円で、これに対する所得税額が九九九万六一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額二億三四三八万一六〇〇円と右申告税額との差額二億二四三八万五五〇〇円(別紙(四)ほ脱税額計算書参照)を免れたものである。
(証拠の標目)
判示全事実につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書(九通)
一 金相禮(三通)及び久曽神豊の検察官に対する各供述調書
一 収税官吏作成の次の調査書
売上金額調査書 二通
雑収入調査書 二通
期首棚卸高調査書 二通
仕入金額調査書 二通
期末棚卸高調査書 二通
租税公課調査書 二通
荷造運賃調査書 二通
水道光熱費調査書 二通
旅費交通費調査書 二通
通信費調査書 二通
接待交際費調査書 二通
損害保険料調査書 二通
修繕費調査書 二通
消耗品費調査書 二通
福利厚生費調査書 二通
車両関係費調査書 二通
雑費調査書 二通
給料賃金調査書 二通
広告宣伝費調査書
建物以外減価償却費調査書
手数料調査書
利子割引料調査書
地代家賃調査書
組合費調査書
減価償却費(建物)調査書
減価償却費調査書(野山商店分)
支払手数料調査書
定期預金利息調査書
給付補填備金調査書
譲渡収入調査書
譲渡原価調査書
医療費控除、社会保険料控除、源泉徴収税額調査書
一 検察官五木田彬作成の電話聴取書
一 検察事務官岩津郁作成の捜査報告書 二通
一 押収してある売上ノート二冊(昭和五九年押第六九一号の7、8)、同所得税の確定申告書写等一袋(同押号の10)
判示第一、第二の各事実につき
一 収税官吏作成の除却損調査書
判示第二、第三の各事実につき
一 収税官吏作成の改修費調査書
判示第一の事実につき
一 押収してある昭和五五年分所得税確定申告書一袋(同押号の3)、同収支明細書一袋(同押号の6)
判示第二の事実につき
一 押収してある昭和五六年分所得税確定申告書一袋(同押号の2)、同収支明細書一袋(同押号の5)
判示第三の事実につき
一 収税官吏作成の駐車場費調査書、減価償却費調査書(不動産所得に関する分)、固定資産税調査書
一 押収してある昭和五七年分所得税確定申告書一袋(同押号の2)、同収支明細書一袋(同押号の4)
(法令の適用)
一 罰条
判示第一の所為につき、行為時において昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一、二項、裁判時において右改正後の所得税法二三八条一、二項(刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による)
判示第二、第三の各所為につき、右改正後の所得税法二三八条一、二項
二 刑種の選択
いずれも懲役刑と罰金刑の併科
三 併合罪の処理
刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(刑期及び犯情の重い判示第三の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項
四 労役場留置
刑法一八条
五 刑の執行猶予
刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、パチンコ店及びプラスチック加工業を営む被告人が、パチンコ店の営業の売上の一部を除外するなどして、三年分の所得税合計二億九四七二万五三〇〇円をほ脱した事案であって、その額が非常に高額である点及びほ脱率が各年分いずれも九〇パーセントを超えている点で犯情甚だ悪質である。被告人は、昭和一六年に来日して以来、炭鉱夫、土工、タクシー運転手などをしたあと、昭和三四、五年ころからプラスチック再生業を始め、細々とした経営状態を続けるうち、昭和四八、九年ころのオイルショック時に原材料不足から業界が一時活況を呈し、この時かなりまとまった資金を手にすることができたが、これをもとに、昭和五〇年一二月新京成線くぬぐ山駅前でパチンコ店を開業し、妻と三人の子供とともに家族ぐるみで右業務に従事し、経費も極力きりつめた結果、毎年順調に売上及び利益を伸ばし、昭和五六年五月新鋭機種フィーバーを導入したことが当り、売上及び利益が急激に上昇していたところ、被告人は、窮状にかんがみて将来のための資産蓄積をひたすら考え、開業当初から妻に指示して毎日の売上の一部を除かせていたほか、昭和五六年、五七年分の所得計算においては、仕入を水増ししたり、架空の改修費を計上するなどして、所得を過少に申告していたもので本件は計画的な犯行であり、被告人の納税意識の低さも顕著であるといわねばならず、パチンコ店の経営が家族全員の労働によって支えられながら、それらの者に対する給料賃金の支払いの面で配慮がなされず、その結果被告人に所得が集中することになったという事情があるにせよ、この点を特段に斟酌するのも相当でないから、被告人の本件刑責は軽くないといわなければならない。
しかしながら、本件犯行においては、売上の一部を除外して当座預金に入金し、これを公表の売上としていたものの、これ以外にことさらに所得を隠ぺいする手段を講じているわけでなく、犯行の態様が特に悪質というほどのものではないこと、被告人の所得の源泉となったパチンコ店の売上は、開業の二年後である昭和五三年ころから次第に増加したと認められるところ、被告人は、本件が摘発されたことに伴い、同年分から本件対象年分を含む昭和五七年分まで五年分の所得について修正申告をし、既に本税は完納し、加算税、延滞税も今後分割して支払うことを確約しており、パチンコ店開業以来簿外で蓄積した所得の大半が本件査察調査等により捕捉されたうえ、これに伴う正規税額を追徴されていると認められること、さらに被告人は本件発覚後事実を終始認めて反省の態度を顕著に示し、事業を法人化して今後の経理の誤りなきを誓っていること、また被告人はこれまで家族と共に勤勉に仕事に従事し、事業の発展に努めてきた者で、前科歴としても古い罰金刑が一個あるだけであることなど被告人に有利に認むべき事情も存し、これらに被告人の生立、経歴、年令等をも総合勘案し、被告人に対しては懲役刑の執行を猶予することとし、主文のとおり量刑する。
(求刑 懲役二年、罰金八〇〇〇万円)
(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 田尾健二郎 裁判官 石山容示)
別紙(一)
修正損益計算書
自 昭和55年1月1日
至 昭和55年12月31日
野山辰夫こと
<省略>
<省略>
別紙(二)
修正損益計算書
自 昭和56年1月1日
至 昭和56年12月31日
野山辰夫こと
宋相赫
<省略>
<省略>
別紙(三)
修正損益計算書
自 昭和57年1月1日
至 昭和57年12月31日
野山辰夫こと
宋相赫
<省略>
自 昭和57年1月1日
至 昭和57年12月31日
(パチンコ事業所得)
<省略>
自 昭和57年1月1日
至 昭和57年12月31日
(プラスチック加工事業所得)
<省略>
<省略>
別紙(四)
ほ脱税額計算書
55年分
<省略>
ほ脱税額計算書
56年分
<省略>
備考:番号16につき、ほ脱額は48,857,540となるが、100円未満は切捨。
ほ脱税額計算書
57年分
<省略>