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東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)1号 判決 1985年7月17日

原告

三協貿易株式会社

右代表者

木村朝生

右訴訟代理人

鎌田俊正

被告

芝税務署長

宮内郭年

右指定代理人

窪田守雄

外三名

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める判決

一  請求の趣旨

1  被告が原告の昭和五四年一〇月一日から同五五年九月三〇日までの事業年度(以下「昭和五五年九月期」という)の法人税について昭和五七年一月三〇日付けでした所得金額を九二一九万二九九二円(納付すべき税額三五〇七万一一一〇円)とする更正のうち、所得金額二九二一万二九九二円(納付すべき税額九六六万二六〇〇円)を超える部分及び重加算税の賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件処分等の経緯

原告の昭和五五年九月期の法人税について、原告のした青色申告書による確定申告及び同修正申告、被告のした過少申告加算税の賦課決定、更正(以下「本件更正」という。)及び重加算税の賦課決定(以下「本件重加算税賦課決定」という。)並びに不服審査の経緯は、別紙一記載のとおりである。

2  不服の範囲

本件更正(修正申告に係る所得金額二九二一万二九九二円、納付すべき税額九六六万二六〇〇円を超えるもの)及びその附記理由並びに本件重加算税賦課決定に原告は不服であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。

三  抗弁

1  本件更正の理由

(一) 更正の内訳

原告の昭和五五年九月期の法人税に係る本件更正の内訳は別紙二のとおりである。

(二) 計上洩れ雑収入の内容

(1) 原告は、秀和株式会社(以下「秀和」という。)から賃借していた東京都港区芝公園二丁目四番一号所在の通称日活アパートの二〇九号室、二一〇号室、二一二号室、二一四号室及び二一五号室の計五室(以下「本件日活アパート」という。)から昭和五五年一月三一日に秀和との合意により立ち退き、その際、別紙三のとおり合計八〇九四万円を受領したが、そのうち一五〇〇万円を修正申告において雑収入(立退料)として計上しただけで、残額六五九四万円は申告しなかつた。

(2) 右八〇九四万円は全額が立退料であり、この金額は次の三項目を積算して定められた。

ア 本件日活アパート一室につき一五〇〇万円(五室 計七五〇〇万円)

イ 原告の仮事務所(春原ビル)の借賃(共益費を含む)月額六七万円の一部(三七万円)の向う一年間分の補償額四四四万円

ウ 原告が差し入れた右仮事務所の賃借保証金一五〇〇万円に対する償却費(一〇パーセント)に相当する補償額一五〇万円

(3) 秀和は原告に支払つた右八〇九四万円の全額を立退料として、昭和五四年二月一日から同五五年一月三一日までの事業年度(以下「昭和五五年一月期」という)の損金の額に算入し、これに基づいて法人税の確定申告をした。

(4) そして、原告は秀和との間で昭和五八年一二月二六日成立した東京地方裁判所昭和五七年(ワ)第一三六一八号債権債務等存在確認請求事件の和解調書において、前記(1)の不申告分六五九四万円が本件日活アパートからの立退料に充当されることを合意した。

2  更正の理由の附記

(一) 更正の附記理由の内容

被告は本件の更正通知書に更正の理由として別紙四のとおり附記した。

(二) 附記理由に不備のないこと

右の理由附記は、原告の申告の基礎となつた帳簿書類との関係において申告所得金額に加算した金額がいかなる項目のいかなる金額であるかを特定するとともに、被告がなにゆえにそれを原告の申告所得金額に加算したかについても詳細に説明しており、原告において、本件更正の理由を客観的に確知しうるものとして十分であつて、法の要求する記載要件を満たしているというべきである。

ところで文書の記載内容の真実性についての認定判断自体は、証拠資料の評価の問題であつて、これこそ本来多岐多様な要素を総合判断した結果なされる心証形成の問題であるから、更正の理由附記に当たつて、法が右証拠資料の評価の過程についてまで、本件理由附記に記載されてある以上に詳細な記載を要求しているとは到底解し得ない。

また、本件においては、原告が作成当事者となつている本件覚書等の記載内容の真実性が否定されたものであるから、この認定判断に対しては、原告においてその反証をあげることは容易なことというべきであつて、本件理由附記程度の記載しかないことをもつて、原告の不服申立てに支障を来すということもできない。

従つて本件の理由附記には何らの不備もない。

3  重加算税賦課決定の理由

(一) 原告の会計帳簿上等の処理

(1) 将来の建築費の値引き保証二二二二万円

前記1(二)の立退の際、原告は自社ビルの建築を秀和が指定する請負業者に発注し、その建築費を秀和が責任をもつて三七二二万円値引きさせること(三項)等を内容とする覚書(以下「本件覚書」という。)を作成し、右値引きの保証であるとして、昭和五五年一月三一日秀和から別紙三のうち5記載の約束手形(額面二二二二万円)の振出を受け、右手形の満期に同手形金を取り立てて、同金員を収受した。

(2) 無利息借入金一五〇〇万円

右と同時に、原告は秀和との間で一五〇〇万円を、弁済期昭和五六年一月三一日、無利息の定めで借り受ける旨の金銭消費貸借契約書を作成し、別紙三のうち4記載の小切手(額面一五〇〇万円)の振出しを受け、右借入金であるとして取得した。

(3) 前受家賃及び保証金計二八七二万円

本件覚書には、秀和は、原告の自社ビルのうち原告が使用する部分以外の事務所部分(五〇坪)を、同建物の完成日(昭和五六年一月三一日予定)から満四年の期間賃借し、同期間中の借賃として月額三九万円の割合による合計一八七二万円及び保証金一〇〇〇万円を昭和五五年一月三一日に前払い(保証金は預託)すること、秀和が右建物を賃借しなかつた場合には、原告は右前払借賃及び保証金を返還する義務を負わないこと(四、五項)との条項があり、原告は昭和五五年一月三一日に秀和から別紙三の2及び3記載の小切手一通額面二八七二万円の振出しを受け、右前受家賃及び保証金であるとして取得した。

(二) 原告の仮装、隠ぺい行為

(1) 秀和には、本件覚書記載のように、値引き保証をし、その一部については預託金として残部は無利息の貸金として金員(手形、小切手)を交付したり、また、未だ建築されていない建物の借賃四年分及び保証金を前払いし、かつ、右建物を賃借しなかつた場合は右借賃と保証金の返還請求権を失うとする不合理な約定を必要とする理由は立退きの対価としての給付以外にはない。

(2) 現に、原告は、右値引き保証金名目の二二二二万円について自社ビル新築計画がざ折した後も秀和に返還しなかつたし、右借入金名目の一五〇〇万円について弁済期を経過しても一向に弁済せず、また、右前受家賃名目及び保証金名目の計二八七二万円についても、これを預り金勘定に計上しながら、自社ビル建築の目途も立つていない係争事業年度中に、その一部二九六万円を取崩して前記仮事務所の借賃月額六七万円のうちの三七万円の八箇月分の支払に充当する会計処理をし、その余も自社ビル新築計画のざ折後も返還しなかつた。そして、秀和も右各名目の金員の返還を求めなかつた。

(3) 以上の事実から明らかなとおり、原告の会計処理及びその前提となる覚書等は税を免れるために仮装されたものであり、右六五九四万円はその経済的実質からみて、すべて日活アパートからの立退料である。

原告は、右のとおり、秀和から受領した本件立退料八〇九四万円のうち申告分一五〇〇万円及び支払家賃の一部に充当された右(2)の二九六万円を除いた六二九八万円を仮装又は隠ぺいしたものである(国税通則法六八条一項)。

右六二九八万円の加算によつて増加した法人税額二五四〇万八〇〇〇円(千円未満切り捨て)が重加算税の計算の基礎となる金額であるから、原告が納付すべき重加算税の額は、右金額に三〇パーセントを乗じた七六二万二四〇〇円となり、本件賦課決定も適法である。

四  抗弁に対する認否

1  被告の更正が抗弁1(一)の内容であることは認める。同更正の内容のうち、別紙二番号1(申告所得金額)及び3(支払家賃認容額)の存在は認め、その余の存在は争う。

同(二)のうち、(1)、(3)及び(4)の事実は認め、(2)は否認する。

被告主張の和解において、原告は秀和に対し、別紙三記載の2、3及び5の各預り金並びに同4の借入金の各返還債務を負つていることを確認した。

右事実はこれら金員が立退料でないことを示しており、秀和は右和解の趣旨に基づいて昭和五九年一月二六日、麹町税務署長に対し、同社の昭和五四年二月一日から昭和五五年一月三一日までの事業年度の法人税について修正申告をした。

2  同2の(一)の事実は認め、(二)は争う。

帳簿書類の記載を否認して更正する場合に更正通知書に附記すべき更正の理由としては、単に更正にかかる勘定科目とその金額を示すだけではなく、そのような更正をした根拠を帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示することによつて具体的に明示することが要求される。

しかるに、本件更正の理由中にはどこにも帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示したとみられるところがない。

従つて本件更正の理由の附記には不備がある。

3  同3(一)の事実は認め、(二)は、(1)を否認し、(2)は認め、(3)は否認する。

原告が預り金の一部を仮事務所の賃借料に充当したのは、秀和が昭和五六年二月一日以降、右賃借料のうち毎月三七万円を負担する旨の念書を原告に差し入れていたので、原告が右請求権と預り金債務とを相殺したものに外ならない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

請求原因1(本件処分の経緯)の事実は当事者間に争いがない。

二更正の理由について

1  更正の内訳

被告が抗弁1(一)(更正の内訳)のような本件更正をしたこと、そのうち、原告の昭和五五年九月期の法人税に係る修正申告所得金額が二九二一万二九九二円であり(別紙二番号1)、支払家賃として二九六万円を控除すべきこと(同番号3)は当事者間に争いがない。

2  雑収入の内容

抗弁1(二)(計上洩れ雑収入の内容)のうち(1)(八〇九四万円受領)(3)(秀和の確定申告)、(4)(和解成立)の事実、同3(一)(原告の会計帳簿上等の処理)及び3(二)(2)(借入金を弁済しないこと、預り金勘定による家賃弁済充当、秀和が返還要求をしないこと)の各事実は当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、次の事実が認められ<る。>

(一)  秀和は昭和五二年一一月ころから、本件日活アパートを含む建物三棟の解体、新築のために、同建物の賃借人らとの間で具体的な立退きの交渉に入り、立退料の提示額を約半年後には一室あたり五〇〇万円に増額した。原告は諾否を明らかにしなかつたが、その間にも、秀和は、右提示金額をさらに引き上げるなど立ち退きの代償措置の提示を種々工夫して、着々と賃借人らとの間で立ち退きの合意を成立させ、昭和五四年末ころには、三棟のアパートのうち二棟は解体され、残る一棟も立退きの合意を得ていない賃借人は原告を含め三名のみとなつていた。

(二)  秀和と原告との間の立退き交渉も昭和五四年一二月ころには、立退料を一室あたり一五〇〇万円(五室合計七五〇〇万円)とする線でほぼまとまる段階に入つたところ、原告は、右七五〇〇万円の収受名目を、「立退料一五〇〇万円」、その余は「原告が建てる予定のビルの一部を秀和が借りるものとしてその前払賃借料及び保証金、ビル建築費用の値引保証分」とすることを強く要求した。

その後更に、原告は本件日活アパート退去の暁に一時賃借する予定の仮事務所の賃借料(月額五七万円)のうち三七万円の一二か月分相当額である四四四万円と同事務所を一年後に退去する際に原告が差し入れた保証金の償却分として家主に取得されることになる一五〇万円相当額との合計である五九四万円をも支払うよう要求を追加した。

秀和は、原告の右要求が税務対策のため立退き料の大半を他の名目に仮装しようとする意図によるものと判断し、正規の立退料の名目で右要求額を受取るよう原告代表者と折衝したが、原告代表者は右の収受名目に固執した。

そこで、秀和は早急に立退き交渉をまとめる便宜上、原告の指示する別紙三記載の各収受名目及び支払方法に応ずることとし、昭和五五年一月三一日、原告と秀和の間で抗弁3(一)(1)ないし(3)のとおり、本件覚書、金銭消費貸借契約書の作成並びに別紙三の各手形、小切手(額面金額合計八〇九四万円)の授受及び現金化が行われた(抗弁3(一)の事実は当事者間に争いがない)。

(三)  秀和の認識は右のとおりであつたから、秀和は昭和五五年一月期の法人税の確定申告にあたり、原告に支払つた八〇九四万円の全額を立退料として損金に計上した(右事実は当事者間に争いがない)。

また、原告と前後して立退きの交渉がまとまつた賃借人に対する立退料も一室一〇〇〇万円ないし一五〇〇万円であつた。

以上の認定事実及び前記の争いない事実によれば、原告が秀和から受領した八〇九四万円は、原告が本件日活アパートから立ち退くことの対価として給付されたものであつて、全額が立退料の実質を有するものと認められる。

3  原告の反論について

(一)  右のうち立退料と明示されたものは一五〇〇万円であり、その余については「自社ビル建築代金の値引きの保証金」、「借入金」「自社ビルの前受家賃及び保証金」という名目が設けられているところから、原告は立退料は五室で合計一五〇〇万円であると争うけれども、右(三)で認定した他の賃借人が受けた立退料の額が一室でも一〇〇〇万円以上であることと比較して、一室平均三〇〇万円という額は極端に低く、右に認定した立退きの交渉経過をみても秀和が譲歩を余儀なくされる状況下にあつたことを考慮すれば、とうてい右のような低額の立退料で合意されたとは考えられない。現に、国税不服審判所長宛の原告の答弁書中には、秀和から一室当り一五〇〇万円の立退料の提示があつた旨の原告代表者の記述さえ見えるのであつて(この点は<証拠>によつて認められる。)、原告の立退きの対価が五室合計で七五〇〇万円を下廻る額となることは先ずありえないことと言わなければならない。

(二)  もつとも、<証拠>によれば、原告は昭和五四年に入つてから事務所の移転先の候補地を十数か所秀和から紹介され、同年一〇月ころ関ハツ所有の東京都港区浜松町二丁目七番八号の宅地合計一一三平方メートル余を不動産業者を通じて買受けようとしたこと、しかし、関ハツは右土地を昭和五五年八月、加藤金属興業株式会社に売却し、原告は入手できずに終つたことが認められる。

右の事実によれば、本件覚書にある秀和の値引き保証及び同「値引き保証金」二二二二万円、建築された原告の自社ビルを秀和が賃借するための「前受家賃及び保証金」合計二八七二万円の各授受は立退料の実質を持たない別途の性質の金員であるかの如くである。

(三)  しかし、右各個の金額に設けられた名目を見ても、「値引き保証金」という二二二二万円に係る原告の自社ビルの建築工事の規模、内容、資金計画等が単なる構想の域を出て、当時すでに具体的な細目の決定をみていたことを認めるに足りる証拠はない。このような段階にしかない原告の自社ビル建築構想について、秀和が原告に対し三七二二万円の値引きを保証したり、その保証金の名目で二二二二万円という巨額の金員の供与を約束しなければならない理由は、原告の本件日活アパート立退きの実現以外にはなく、右二二二二万円は右立退きの対価としての給付と認められる。

「借入金」名目の一五〇〇万円についても、原告が期限に弁済を試みた形跡は認められず、秀和が弁済を請求する行動に出なかつたことは原告も自白するところであり、この一五〇〇万円と前述の「値引き保証金」二二二二万円とを合算した額が本件覚書にある三七二二万円の値引き保証額となる事実、右「借入金」を無利息とする約定を設けている事実及び秀和は「借入金」名目の交付額をも含めた全額を原告に対する立退料として確定申告に及んでいる事実に鑑みれば、右「借入金」は名目だけで、実質は原告の本件日活アパート立退きの対価としての給付の一部であつたと認められる。

「前受家賃及び保証金」の名目の二八七二万円も、右に指摘したように建築計面の具体的な細目すら確定をみたとは認め難い状況下において、そのような将来の建物の借賃四年間分と保証金とを秀和が前払までして賃借権を確保する必要があつたことを窺わせるなんの証拠もない(当時、秀和はアパート三棟を解体し、その跡地に建物を新築しようとしていたから、必要ならこの建物を使用できる立場にあつた。)。そうであれば、既に認定した他の名目の金員と同様に、右「前受家賃及び保証金」もまた原告の本件日活アパート立退きの対価としての給付の一部であつたと認められる。現に、原告は昭和五五年九月期の決算において、右二八七二万円のうち二九六万円を取り崩して仮事務所の家賃月額六七万円(共益費用及び管理費を含む。この事実は前掲乙第四号証によつて認められる。)のうち三七万円の八箇月分に当て、処分に及んでいる。

(四)  原告は右二九六万円について、秀和が右仮事務所の昭和五六年二月一日以降の家賃のうち月額三七万円を負担する旨の念書を差し入れていたと主張するが、もしそうだとすれば、原告が支払うべき家賃のうち月額三七万円相当額を秀和が原告に給付する合意に及ぶ理由は、原告の本件日活アパート立退きの対価の一部として給付する約束以外には考えられない(贈与とはとうてい考えられない。)のであつて、本件立退料の認定をなんら左右しない。

(五)  また、<証拠>によれば、原告と秀和間の前記裁判上の和解において、別紙三番号2ないし5(合計六五九四万円)について原告が預託金及び貸金としての返還債務を負担することを確認し(同和解の成立は前記のとおり争いがない。)、秀和はこれに対応して、昭和五九年一月二六日に麹町税務署長に対して、昭和五五年一月期の法人税について所得金額が六五一一万五七五〇円増額となる旨の修正申告をしたことが認められる。

しかし、右裁判上の和解は紛争解決のために双方が互譲して、和解成立時における一定の法律関係を確定する効力を有するに過ぎず、これによつて過去に生起した事実自体が起らなかつたことになるものではないし、被告の事実認定を拘束するものでもないから、前記の秀和から原告への各名目の給付を実質において本件日活アパート立退きの対価と認定することの妨げとはならない。かえつて、右和解において六五九四万円を本件日活アパートの立退料に充当する旨を合意した(同合意の存在は争いがない。)ことは、支払済の一五〇〇万円以外に、右同額の立退料債務の存在を当事者双方が認識していたことを示すものにほかならない(<証拠>によれば、右和解調書中には既存の立退料一五〇〇万円を八〇九四万円に増額する条項はないことが認められる。)。

よつて右八〇九四万円から申告に係る立退料一五〇〇万円を控除した残額六五九四万円は雑収入(立退料)の計上洩れとして原告の昭和五五年九月期の所得金額に加算すべきものである。

三更正の理由附記について

抗弁2(一)(更正の附記理由の内容)の事実は当事者間に争いがない。

一般的に言えば、青色申告について帳簿書類の記載を否認して更正する場合に更正通知書に理由の附記が要求されるのは、納税者に更正の理由を知らしめて不服申立の要否の判断及び不服申立手続の追行に支障がないようにすることと当該更正の根拠となつた資料もしくは事実を挙示させて、これを欠く課税庁の単なる見込みあるいは恣意による処分を抑制することとを目的としたものである。したがつて、附記すべき理由は、単に更正にかかる勘定科目とその金額を示すだけではなく、そのような更正を根拠づける資料を摘示することによつて具体的に明示することを要するものである(この場合、右の資料と青色申告者の帳簿記載とが抵触するものであるときは、右資料は当該帳簿の記載を超える信憑力があるものでなければならないのは、右制度の目的に照らし当然の事理である。)。

これを本件についてみると、被告は附記理由において、先ず、原告には雑収入六五九四万円の計上洩れがあること、それは本件日活アパートの立退料として秀和から収受した別紙三番号2ないし5の小切手及び約束手形をもつて授受されていることを摘示して、計上洩れ雑収入の発生を具体的事実をもつて明示し、さらに、右雑収入に係る原告の帳簿上の処理が借入金一五〇〇万円、前受家賃一八七二万円、同保証金一〇〇〇万円の名目でなされていること、別紙三番号5の約束手形に関する帳簿上の記載はないが、本件覚書記載の値引きの保証額三七二二万円の一部という名目であること、以上のような名目が設定された根拠が本件覚書にあることを指摘した上で、これらの名目は立退料隠ぺいのために設定された仮装のものとの判断を示しているから、仮装による右収入の隠ぺいの面からも収入の具体的事実が明示されていることになる。

右判断の資料として附記理由に挙示、引用されている本件覚書には、原告の自社ビル建築代金(額未定)のうち三七二二万円を秀和の責任で受注建築業者(未定)から値引きさせる旨の記載(第三項)、右建築の暁には内五〇坪を秀和は期間四年、借賃月額三九万円で借り受けるが、同期間の家賃全額(一八七二万円)及び保証金一〇〇〇万円は右覚書の締結と同時に支払い、右賃借を現実にしなかつたり、中途解約したときは前払賃料を返還しない旨の記載(第四、第五項)及び本件覚書の内容をなす以上の定めは本件日活アパート立退き明渡しに関するものである旨の記載(前文)が存在する(以上の事実は前掲争いのない部分を除き、<証拠>によつて認められる。)。また、附記理由に挙示、引用されている金銭消費貸借契約書によれば、元金一五〇〇万円は期間一年、無利息とし、これも本件日活アパート立退き明渡しに伴うものである旨の記載が存在する(この事実は<証拠>によつて認められる。)。

右一五〇〇万円にも及ぶ高額の貸金が格別の縁故もない会社間で無利息で担保の約定もなくなされることは異例であるところ、期限に弁済をめぐる折衝の事跡がなく、かつ、右授受が本件立退きに伴うものであることが明白である上は、原告の借入金名目の帳簿の記載は信憑性を欠くものと言うことができ、右金銭消費貸借契約書の挙示、引用の趣旨がここにあることは明らかである。また、建築の成否も未定の原告自社ビルについて多額の家賃前払及び保証金差入をし、かつ、現実の賃借をしない場合に未経過家賃の返還請求権を喪失する旨の不利益な負担をあえてしてまで秀和に右賃借権の確保を図る必要性が認められない以上、右の名目をたやすく真意とは認め難いところ、右授受も本件立退きに関連したものであることが明白である上は、原告の前受家賃及び保証金名目の帳簿の記載もまた信憑性を欠くものであり、本件覚書の挙示、引用の趣旨がここにあることも明らかである。

右にみたとおり、本件更正の附記理由は、原告の帳簿の記載に信憑性がないことを挙示、引用の資料自体によつて明らかにし、帳簿不記載の値引き保証金二二二二万円を含む頭書の六五九四万円の授受と本件立退きとの対価的牽連性を右各資料中にも明示されている事実から経験則によつて推認したものと解されるから、原告の不服申立の便宜及び課税庁の見込みあるいは恣意による処分の抑制という制度の目的に照らしても、法の要求する最少限度の要件は具備しているものと言うべきである。

四重加算税の賦課決定について

前記二で述べたとおり、原告は本件日活アパートの立退料が八〇九四万円であるのに、一五〇〇万円のみを立退料とし、その余を抗弁3(一)(原告の会計帳簿上等の処理)のとおり、前受家賃、保証金、借入金、前受金の名目に仮装し、雑収入となるべき立退料六五九四万円を隠ぺいしたものであり、右事実は国税通則法六八条一項に該当する。

そうすると右六五九四万円から別紙二番号3の支払家賃認容額二九六万円を控除した六二九八万円の所得増加に対応する法人税増加額二五四〇万八〇〇〇円(千円未満は切捨)が重加算税の基礎となるべき金額になり、原告の納付すべき重加算税はこれに三〇パーセントを乗じた七六二万二四〇〇円となるから、本件重加算税賦課決定は適法である。

五結論

よつて原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本和敏 裁判官太田幸夫 裁判官大島隆明)

(別紙一) 課税等の経緯<省略>

(別紙二) 更正の内訳

番号

項目

金額(円)

摘要

1

修正申告所得金額

二九、二一二、九九二

2

雑収入 計上洩れ

六五、九四〇、〇〇〇

3

支払家賃認容額

二、九六〇、〇〇〇

4

差引所得金額

九二、一九二、九九二

(1+2)-3

(別紙三) 収受金員の内訳

小切手等の内訳

金額(円)

備考

収受名目

金額(円)

原告の会計処理

1

小切手

一五、〇〇〇、〇〇〇

立退料

一五、〇〇〇、〇〇〇

雑収入

2

小切手

二八、七二〇、〇〇〇

前受家賃

一八、七二〇、〇〇〇

預り金

3

保証金

一〇、〇〇〇、〇〇〇

預り金

4

小切手

一五、〇〇〇、〇〇〇

借入金

一五、〇〇〇、〇〇〇

借入金

5

約束手形

(支払期日昭56.1.31)

二二、二二〇、〇〇〇

前受金

二二、二二〇、〇〇〇

預り金

合計

八〇、九四〇、〇〇〇

(別紙四) 更正の理由(抜粋)

貴法人は、港区芝公園二―四―一所在の通称日活アパート二〇九、二一〇、二一二、二一四及び二一五号室からの立退きに際し、貸主である秀和株式会社との間に、いずれも昭和五五年一月三一日付で覚書及び金銭消費貸借契約書を作成し、①立退料は一五、〇〇〇、〇〇〇円とし、同額の小切手を受領し、これを雑収入に計上し、②貴法人が新築するビルについて秀和株式会社の責任において三七、二二〇、〇〇〇円値引をさせることとして額面一五、〇〇〇、〇〇〇円の小切手及び額面二二、二二〇、〇〇〇円、支払期日を昭和五六年一月三一日とする約束手形一通を受領することによつてこれに見合う三七、二二〇、〇〇〇円を収入し、このうち小切手の分一五、〇〇〇、〇〇〇円は借入金とし、約束手形の分二二、二二〇、〇〇〇円は帳簿に記載せず、③同ビルの一部を、新築後に秀和株式会社に対し、家賃月額三九〇、〇〇〇円、保証金一〇、〇〇〇、〇〇〇円の条件で賃貸するものとし、保証金一〇、〇〇〇、〇〇〇円及び四年分の家賃一八、七二〇、〇〇〇円の合計二八、七二〇、〇〇〇円と同額の小切手を受領し、これを預り金に計上しています。

しかしながら、これらの書類は当事者の真意に基づいて作成されたものとは認められず、真意は立退き料を八〇、九四〇、〇〇〇円とすることにあつたと認められますので、その全額が当期の収益となります。従つて貴法人が雑収入に計上した一五、〇〇〇、〇〇〇円を除く六五、九四〇、〇〇〇円が雑収入計上もれとなつていますので加算します。

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