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東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)81号 判決 1991年8月07日

原告(選定当事者、選定者は別紙一「選定者目録」記載のとおりである。)

松本弘

橘英實

渡辺光男

中村敏彦

広川彰一

渡辺保

山本晃

原田直久

宮田孝雄

杉山多石

佐藤三男

阿佐伊孫良

北村政男

三木昇

岡林啓展

関口信義

右原告ら訴訟代理人弁護士

牛久保秀樹

小部正治

小林譲二

上野廣元

小松雅彦

南惟孝

田崎信幸

平形幸夫

被告

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

武田みどり

外八名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一原告ら

1  別紙一「選定者目録」記載の選定者らのうち別紙二「選定者の所属一覧表」記載の選定者らがその所属する別紙三「課別・勤務種類別・勤務始終時刻・慣行休息時間一覧表」記載の勤務及び別紙四「超過勤務の慣行休息時間」記載の超過勤務に就労するにあたっては、被告に対して別紙三及び同四記載の慣行休息時間をそれぞれ休息する権利を有することを確認する。

2  被告は、別紙二記載の選定者ら各自に対して、昭和五九年六月以降前項の休息する時間が回復するまでの間毎月末日限り金五万円を支払え。

3  被告は、別紙六「転出者等目録」記載の選定者ら各自に対して、同目録請求(慰謝料)金額欄記載の金員及びこれに対する平成二年一一月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二被告

主文と同旨

第二事案の概要

東京中央郵便局において、長年にわたって、郵政大臣が定める郵政事業職員勤務時間、休憩、休日及び休暇規程(以下「勤務時間規程」という。)、就業規則並びに労働協約に定める休息時間を上回る休息時間(以下、このような休息時間を「慣行休息」という。)が存在していたところ、東京中央郵便局長が昭和五九年五月二七日以降一方的にこれを廃止した。原告らは、この措置を違法であるとして休息する権利の確認と慰謝料(昭和五九年六月以降休息する時間が回復されるまで毎月五万円、転出・退職者についてはその月までの合計額)の支払を求めたのが本件である。

本件での主たる争点は、(1)勤務条件法定主義のもとでは、慣行休息を認める旨の合意は何ら法的効力を有しないのか、(2)昭和四五年六月に慣行休息を認める旨の合意が存在したのか、(3)昭和四五年六月に慣行休息を認める旨の適式な労働協約が成立したといえるのか、(4)労働組合法一四条に定める要件を欠く労使合意に労働組合法一六条に定める規範的効力が認められるのか、(5)本件において民法九二条の事実たる慣習が成立したといえるのか、(6)慣行休息の廃止は不当労働行為に該当したり、信義則に違反したり権利濫用とならないのか、である。

一原告らの主張の要旨

1  別紙一「選定者目録」記載の選定者(以下「選定者」という。)は、東京中央郵便局(以下「東京中郵局」あるいは「東京中郵」ともいう。)に勤務し(現在勤務している者は別紙五「在職者目録」記載のとおりである。)、あるいは勤務していた(過去に勤務していた者とその転出・退職年月日は、別紙六「転出者等目録」記載のとおりである。)現業国家公務員である。

2  昭和四五年六月の慣行休息の合意

(一) 郵政省と全逓信労働組合(以下「全逓」という。)は、職員の勤務時間短縮に関して昭和四五年五月二九日協定を締結し、これを受けて、東京中郵当局は、全逓東京中央郵便局支部(以下「全逓中郵支部」ともいう。)に対し、勤務時間短縮の実施計画とこれに伴う服務線表を提示したが、慣行休息を一部消滅させる内容があったため問題となり、交渉の結果、郵政省と全逓中央本部との間で、昭和四五年六月二日、(1)実働時間は現行より増加させない、したがって慣行休息総時間数は現行どおりとする、(2)実拘束時間も現行どおりとする、(3)休息・休憩の位置は変更することもある、との三項目の合意をした。

(二) 右三項目の合意に基づき、六月四日、東京中郵当局と全逓中郵支部との団体交渉が行われ、全国労働協約を上回る慣行休息権が従来どおり存続することが合意された。そして、右合意に基づいて、各職場、各勤務ごとに慣行休息総時間が再確認され、同時にその位置の確認が六月一〇日までに行われた。

(三) このようにして、最終的には六月一〇日に、慣行休息権の確認が労使合意としてなされた。

3  慣行休息権の法的性質

(一) 労働協約

労働組合法(以下「労組法」ともいう。)一四条は、労働協約の要件として、協約締結権限のあるものの合意が成立していることを前提として、「書面の作成」、「両当事者が署名又は記名押印」することが必要であると定めている。

(1) 慣行休息について郵政省と全逓中央本部、又は東京中郵局における労使の間には、記名押印のある書面は作成されていない。しかし、前記2のとおり、郵政省と全逓中央本部との間で「慣行休息総時間は現行どおりとする。ただし、休憩・休息時間の位置は変更することがある。」との明確な合意が成立し、これを受けて東京中郵局において実施方法を含めて合意がされた。

(2) 前記2の合意は、協約締結権限があることが明白な郵政省と全逓中央本部との合意と、これを受けた東京中郵当局と全逓中郵支部との団体交渉に基づく合意であり、郵政省及び全逓中央本部からの協約締結権限の委任に基づいた合意である。

(3) 労組法一四条の書面は、合意内容を記載した書面であるが、その形式は問わず、表題のないものでも労働条件に関する合意の性格を有するものであれば、同条の書面というべきである。本件では、労使間の合意が、東京中郵当局が作成した職場ごとの服務線表という形式で明記され、労使に公開されている。この服務線表は、合意の内容を記載した書面というべきであり、労組法一四条の要件を満たしている。

(4) 労組法一四条が書面、記名・押印という要式性を要求する趣旨は、労使合意の明確さによる労使紛争の防止にあるから、合意の内容が記録上、服務線表によって明確な本件のような場合には、労働協約の基本的な効力である規範的効力(労組法一六条)は認められると解すべきである。

したがって、前記慣行休息についての労使合意は、規範的効力が認められる。

(二) 規範的効力を有する労働協約に準じた効力を有する合意

仮に、労働協約に労組法一六条の効力が認められるためには、署名又は記名・押印のある書面が作成されることを要するとしても、内容の明確な労使間の合意は、署名又は記名押印を欠いたとしても、規範的効力を認めるべきである。

(三) 労働契約の内容となっている権利

選定者らの大部分は慣行休息を前提に採用され、就労当初より一貫して慣行休息のある労働時間のもとで勤務していたものであり、慣行休息は、当局の指示と選定者らの同意のもとに実施されてきた労働条件として、長期間にわたり、公然と反復継続して行われてきたものであり、個々の労働契約の内容となっている。

(四) 労使慣行としての効力

仮に、本件合意が労働協約ないしこれに準じる性格のものではないとしても、以下のとおり「規範的な効力を有する労使慣行」(民法九二条)としての効力が認められるべきである。

(1) 法的な効力を有する労使慣行が成立するためには、①慣行的事実の継続・反復(慣行的事実の存在)、②当該慣行的事実が多数当事者間で存在していること(普遍性)、③労使双方に規範的意識が存在又は推定されること、が必要である。

(2) 本件では、昭和四五年六月の労使合意以降昭和五九年五月に剥奪されるまで一四年間慣行休息時間が認められ、継続されてきた。

(3) 東京中郵局は約三〇〇〇名の職員を擁する職場であり、本件慣行休息の対象となる一六時間勤務者は約一六〇〇名にも及ぶ(なお、年末繁忙期の超過勤務についての慣行休息は、超過勤務従事者全員に及ぶ。)。

このように、本件慣行休息は、普遍性の要件を充足する。

(4) 本件慣行休息は、前記のとおり、協約締結権限のある郵政省と全逓中央本部との間の合意、これを受けた東京中郵局における労使間の合意に基づくものであるから、規範的意識が存在することは明らかである。

(5) 以上により、本件慣行休息は、東京中郵局で勤務する選定者全員の労働条件を直接に規律する規範的な効力を有する労使慣行となっていた。

4  東京中郵局は、全国規模の中継局であり、郵政事業において中枢的役割を果しており、その取扱郵便物は膨大であり、付帯作業が多く、労働量及び労働密度が著しく高く、夜間一六時間勤務を中心とした三交替制勤務が実施され、作業姿勢、作業環境が劣悪であり、年齢構成の高齢化、労働災害、職業病の多発などの事情もあり、慣行休息は、このような東京中郵局の特殊性と苛酷な労働実態の中から必然的に生れたものであり、合理性を有するものである。

5  慣行休息権の剥奪

東京中央郵便局長は、選定者らに対して、昭和五九年一月一九日付け書面で、四月二九日から慣行休息を是正する旨一方的に通告し、一旦はこれを延期したが、四月一九日付け書面で、五月二七日から慣行休息を剥奪する旨再度通告した。そして、五月二七日から慣行休息が剥奪された。

6  慣行休息剥奪の違法行為

(一) 郵政省及び東京中央郵便局当局は、東京中央郵便局労働組合の申し入れにもかかわらず、慣行休息剥奪による労働条件の不利益変更についての団体交渉を拒否した。これは、労働組合法七条二号の不当労働行為に該当し、憲法、労働基準法、労働組合法及び国営企業労働関係法の要請に反しており、慣行休息の剥奪は、その手続において違法無効である。

(二) 被告は、慣行休息の是正は組合と話し合いをして行う旨言明してきており、団体交渉を拒否しながら慣行休息を剥奪することは、これに反し、信義則違反であるとともに権利の濫用となる。

7  選定者らは、本件慣行休息の剥奪により、仮眠時間の短縮、食事時間の極端な短縮、連続作業回数及び連続作業時間の増加、一人当たり作業量の増加等の労働条件の不利益変更を強制され、その結果、疲労の蓄積、職業病の発生・悪化、疾病の多発・悪化、在職死亡者の増加、高齢者の健康破壊、家族との団欒、地域社会との交際、スポーツ・文化・レクリエーション参加及び労働組合活動の機会等の剥奪あるいは制約、自らの健康を守るための自衛負担の増加等の被害を受けた。選定者らは、これらの被害により精神的苦痛を被り、これを慰謝する金額は、選定者それぞれにつき一か月五万円が相当である。

二被告の主張の要旨

1  郵政職員の勤務関係は、最高裁判所第二小法廷昭和四九年七月一九日判決(民集二八巻五号八九七頁)のいうように基本的には公法上の関係であり、労働契約ではない。

2  郵政職員の労働時間、休憩、休日及び休暇等の労働条件については、国営企業労働関係法(以下「国労法」ともいう。本件当時は公共企業体等労働関係法(以下「公労法」ともいう。)という名称であった。)八条の規定に基づき団体交渉により決定し、労働協約を締結することができることとなっているが、主務大臣である郵政大臣は、国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法(以下「給与特例法」ともいう。)六条により、職員の勤務時間、休憩、休日及び休暇等について規程を定めなければならないとされており、また、郵政職員には労働基準法が適用されることから同法八九条により就業規則を定めるべきものとされている。国家公務員は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務するものであるところから、その職務の遂行にあたっては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い、また、法令及び上司の命令に忠実に従うべきものとされている。このため、国家公務員は、国会の特別の委任がない限り、法律と予算の形でその勤務条件が決定されるべき特殊な憲法上の地位にある。そして、現業公務員であっても、労使による勤務条件の協同決定を内容とする団体交渉も、その一環としての争議権も、ともに憲法上当然に保障されているわけではない。したがって、現行法は、労働時間等について労働協約が締結されている場合であっても、郵政職員は、郵政大臣が法令に基づいて制定した規程に従って職務に専念すべきこととしているのである。

以上によれば、選定者らの休息時間は、郵政大臣が給与特例法六条に基づき定めた勤務時間規程に定める休息時間が唯一の正規のものであり、これ以外に休息時間は存在しない。

3  原告らの労働協約に基づく権利との主張について

(一) 労働協約としての効力が生じるためには、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することを要する(労組法一四条)。原告らの主張する労働協約は、右所定の様式を備えた書面として作成されていないのであるから、労働協約は存在しない。

また、原告らの主張する服務線表は、東京中郵局長が定める服務表に基づいて図式化したものであり、始終業時刻及び休憩・休息時間の位置を明確にするため各課ごとに作成するものであって、業務運行上の準備のための内部資料にすぎず、労使間の合意を記載したものではなく、加えて何らの署名又は記名押印のないものであるから、右服務線表の記載内容が労働協約の内容となることはありえない。

(二) 東京中郵局長には休息時間の長さについて労働協約を締結する権限はない。

労働組合法一四条は、労働協約の当事者となりうる地位ないし資格を有するものを、使用者側にあっては使用者又はその団体であると規定しており、右にいう使用者とは、事業運営のために労働者を使用し、集団的労働関係の一方当事者として労働組合と対向関係に立ちうる事業・経営の主体を指すと解される。郵政省の所掌事務と権限はすべてその長である郵政大臣に属するから、郵政省の所掌に属する事務に関して労働協約を締結する場合には、郵政大臣にその締結権限がある。しかも、郵政大臣のほかは、特に法令上締結権限を付与されているか、あるいは特別に郵政大臣から締結権限を委任された場合以外には労働協約を締結することができない。そして、郵便局長に労働協約締結の権限を付与した法令はなく、郵政大臣が休息時間に関する労働協約を締結する権限を委任したこともない。

更に、勤務時間規程によれば、休息時間について所属長(郵便局長)に認められている権限は、特例による休息時間として定められている範囲内で特例休息時間を定めること及び同規程に定められている範囲内で服務表により休息時間を設ける方法を定めることのみであって、同規程の定めを超えて休息時間を決定する権限は委任されていない。

(三) 仮に、原告らの主張するとおり労働協約であるとしても、これは、全逓中央本部の締結している労働協約と異なる内容のものであるところ、右の全逓中央本部が締結した協約が優先するものというべきである。すなわち、郵政事業は数多くの機関と膨大な数の職員により相互に有機的関連性を持ちながら一体的に運営される必要があるため、職員の勤務条件も全国的視野に立って統一的かつ公平・適切に定めることが要請されること、そのため、従来から郵政職員の勤務条件は、細部事項に至るまで中央段階で網羅的に協約化され、運営されてきたこと、中央協約は、東京中郵局についてみても、課別、事務別又は勤務の種類別に個々具体的にその対象及び内容を特定して合意されているのであって、当事者の意思、協約の形式・内容からいって、全逓の支部あるいは各郵便局長がこれに反する協約を締結することなど全く予想も予定もしていないこと、並びに全逓は全国的組織を持つ単一の統一組織体であり、全体としての統制がより強く及ぶことを総合すると、中央本部の締結した協約に反する労働協約の効力は認められない。

(四) 全逓中郵支部に所属していない選定者らには、原告らの主張する労働協約は適用されない。

4  労組法一四条に定める要件を欠く合意には一切の法的効力が認められないと解すべきである。

仮に、右のような合意に何らかの効力が認められるとしても、前記3の(二)ないし(四)のとおり、本件については原告らの主張は理由がない。

5  郵政職員の勤務関係は、前記のとおり公法関係であり、労働契約という私法上の関係にはないのであるから、原告らの労働契約の内容となっている権利であるとの主張は理由がない。

6  原告らの事実たる慣習であるとの主張について

郵政職員の勤務条件は、勤務条件法定主義に基づき厳格に規定されている。したがって、法令に反する事実状態が相当期間継続して行われてきたものであるとしても、法令に反する内容の慣行が成立する余地はない。

また、郵政職員の勤務関係は、基本的には公法上の関係であり、法規が一般的に公の秩序に関する強行法規であることからすれば、原告らの主張する事実たる慣習が適用される余地はない。

更に、東京中郵当局は、慣行休息が違法であるとの認識のもとに、機会あるごとに慣行休息是正の意思を表明し、その働き掛けをしてきた。そして、勤務時間規程の制定改廃権限は、郵政大臣にあって、東京中郵局長にはないところ、郵政省は、慣行休息等の悪労働慣行を承認しないことを明確にしており、郵政大臣が慣行休息を承認したことはない。

7  郵政省ないし東京中郵当局は、昭和三六年以降慣行休息等協約を上回る労働慣行について一貫して是正する方針のもとに対処してきた。東京中郵局においても、全逓中郵支部に対して慣行休息の是正を申し入れる等一貫してその是正の意思を表明してきたが、組合側の根強い反対と抵抗があったため、結果的に一部の是正はしたものの全体的な是正はできないままで経過した。この間、東京中郵当局が慣行休息の存続を確認したことはない。組合の反対を押し切って是正を強行した場合、東京中郵局が全国の郵便業務のキー局であることから、これによる郵便業務の混乱等他に及ぼす影響が大きいこと等を考慮するとともに、時短の実施等状況の変化を見極め、時機を選ぶなどの十分な配慮をして慣行休息の是正の実施を行った。

本件是正にあたって、東京中郵当局は、四か月を超える十分な猶予期間を設定し、労使間において必要な話し合いを行った上実施したのであるから、是正手続、方法等においても合理性を有する。

このように、原告らの主張する慣行休息権が成立する余地はない。

8  昭和四五年六月の労使合意の主張について

郵政省は、実労働時間が増えることのないようにする、実質的に拘束時間を延長することのないようにする、休憩・休息時間の位置が変わることはありうる、との考えを全逓中央本部に伝えた。これは、部分時短実施に関し協約を上回る悪労働慣行の是正は、週休日増加方式の時短を実施する前提条件として対処していくとの方針に基づいてとられたものであり、慣行休息の是正を今回は強行しないというにすぎないものであって、その存続を将来にわたり是認したり、約束したりするものではなかった。

東京中郵当局と全逓中郵支部との話し合いは、郵政省の表明した前記三項目の内容に従って改正服務表が作成されたものにすぎない。したがって、慣行休息権の存続が改めて合意されたり、協約として確認されたものではない。

また、昭和四五年六月当時、郵政省における支部段階での団体交渉事項は、三六協定及び二四協定の二項目に限定されており、慣行休息に関する事項は支部労使間で交渉する余地はなかった。したがって、昭和四五年六月四日の団体交渉で合意確認され、その後の一連の手続、交渉を経て労使合意が成立したとの原告らの主張は理由がない。

第三争点に対する判断

一慣行休息の是正等

1  選定者らは、被告の経営する郵政事業に勤務する一般職に属する国家公務員であり、東京中央郵便局に勤務し、あるいは勤務していた現業国家公務員である(当事者間に争いがない事実及び弁論の全趣旨)。

2  東京中郵局では、昭和五九年五月二六日以前に郵政大臣が給与特例法六条に基づいて定めた勤務時間規程に基づく休息時間を上回る休息時間が存在していた(当事者間に争いがない。)。

3  東京中央郵便局長は、全逓中郵支部に対して昭和五九年一月一〇日付け書面で、東京中央郵便局労働組合に対して一月一九日付け書面で、四月二九日から慣行休息を是正する旨一方的に通告し、一旦はこれを延期したが、全逓中郵支部及び東京中央郵便局労働組合に対して、四月一九日付け書面で、五月二七日から慣行休息を是正する旨再度通告した。そして、五月二七日から平常時の慣行休息が是正された。また、年末始超過勤務時の慣行休息は、昭和五九年一一月その一部が是正され、平成元年一二月残りの部分が是正された。(以上の事実は、当事者間に争いがない事実、<証拠>、弁論の全趣旨による。)

4  選定者ら郵政職員の勤務時間、休憩、休日及び休暇等の労働時間については、給与特例法六条により、主務大臣(郵政大臣)が規程を定めなければならないと規定しているが、郵政大臣は、右規定に基づき勤務時間規程を定めている(<証拠>)。勤務時間規程一一条は、職員の休息時間の基準につき原則と特例を定め、この特例について別表で組織上の部局、機関、職種、業務及び勤務の形態、勤務の種類の細目に分化して定め、かつ、同規程八八条は、右原則及び特例を定めた規程のいずれにもより難い特別の事情がある場合については、大臣官房人事部長(昭和五九年六月三〇日改正前は人事局長)が別段の定めをすることができるものとしている(<証拠>)。

また、選定者ら郵政職員の休息時間については、国労法(本件当時は、公労法であった。)八条に基づき、団体交渉により決定し、労働協約を締結することができる。また、同法四〇条により労働基準法が適用される結果、郵政大臣は、就業規則を定めなければならない。そして、郵政省と全逓は、昭和三三年四月一五日、勤務時間及び週休日等に関する協約及び付属覚書を締結し、郵政大臣は、就業規則を定めている(当事者間に争いがない。)。職員の休息時間に関する内容は、いずれも勤務時間規程と同じである(弁論の全趣旨)。

二慣行休息に関する経過

1  公労法適用前における郵政職員の休息時間は、昭和二四年制定の人事院規則一五―二により規定されていたところ、同規則は、勤務時間四時間につき一五分の休息時間を定め、これにより難いときは、人事院の承認を経て別段の定めをすることができるとされていたので、これに基づき、人事院の承認を受けて現業事務職員の休息時間の特例が定められていた。

2  昭和二八年一月一日郵政職員に公労法が適用されるに伴い、右人事院規則は休息時間の根拠規定ではなくなったが、郵政省と全逓は、労働条件の暫定的取扱に関する協約を締結し、郵政職員の休息時間を含む労働条件について、昭和二七年一二月三一日において職員に適用されていた法令に規定する取扱及び従前の慣行によることとされ(<証拠>)、1の休息時間がそのまま引き継がれ、更に、労働基準法に基づき昭和二八年六月に制定された郵政省就業規則及び給与特例法の規定に基づき翌二九年六月に制定された勤務時間規程においても右と同一の内容によることとされた(弁論の全趣旨)。

3  東京中郵局では、昭和二〇年代ころより、右のように定められた正規の休息時間以外に事実上休息状態となる時間が存在した(<証拠>、弁論の全趣旨)。そして、東京中郵当局は、遅くとも昭和三六年ころには、東京中郵局において右のような正規の休息時間以外に休息していることを認識した(<証拠>)。

4  郵政省と全逓は、昭和三三年四月一五日、勤務時間および週休日等に関する協約及び付属覚書を締結した。また、郵政大臣は、同年五月二四日右協約と同一内容の勤務時間規程を作成し、五月三一日から施行した。(当事者間に争いがない。)

5(一)  郵政省は、昭和三七年九月深夜伝送便実施計画を提示したが、全逓が反対闘争を行った(当事者間に争いがない。)。そして、郵政省と全逓は、昭和三九年六月一七日、東京中央郵便局を起点とする自動車郵便線路沿線局において一六時間勤務に服する職員の休息時間の特例に関する覚書を締結し、その際東京中郵局に関し郵政省が全逓に対して現行労働条件の低下を意図したものではないとのメモを交付した(弁論の全趣旨、<証拠>)。東京中郵局での慣行休息は、深夜伝送便実施に際し、そのまま存続された(<証拠>)。

(二)  東京中郵局は、全逓中郵支部に対して、昭和四一年一〇月、普通郵便物航空機搭載計画の実施に際し、慣行休息のない服務表を提示した。全逓中郵支部はこれに反対し、郵政省と全逓との交渉、東京郵政局と全逓東京地方本部との交渉が行われた。この中で、東京郵政局は、同年一〇月二六日、全逓関東地区本部に対して、慣行休息について航空機搭載計画の実施を機会に即時是正する気持ちは持っていないが、今後機会をみて是正すると発言した。そして、東京中郵局において当局側と全逓中郵支部との間で、慣行休息の休息時間の確認及びその位置について話し合いが持たれ、当局から慣行休息を含む服務線表が交付された。(以上のうち、東京郵政局が全逓関東地区本部に対して慣行休息を即時是正する気持ちはない旨発言した事実は当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>による。)

(三)  昭和四二年一〇月の晴海通常郵便集中局及び東京北部小包集中局の開設に際し、組合側が慣行休息等の労働慣行を確保することを要求したのに対し、東京郵政局は、郵政省としては近い将来慣行休息を是正する考えに変わりないが、具体的要領については事前に組合と話し合ってから実施する旨回答した。その後、東京中郵局では、慣行休息を含む服務線表が当局から提示された。(<証拠>、弁論の全趣旨)

(四)  東京中郵当局は、全逓中郵支部に対して、昭和四三年九月の東京南部小包集中局の開設、同年一〇月の東京国際郵便局の開設など、各種計画が実施された際、その都度慣行休息の是正を申し入れたが、全逓あるいは全逓中郵支部の反対に会い、郵政省側は将来的に慣行休息を是正する考えに変わりがないが、そのときの是正は見合わせるということになった(弁論の全趣旨)。

6  東京中郵局は、昭和四四年三月二五日、全逓中郵支部に対して、同年四月二五日以降当面慣行休息の三分の二を是正したい旨表明し慣行休息の是正を申し入れた(是正の日の事実は、<証拠>により認め、その余の事実は、当事者間に争いがない。)。これに対して、全逓中郵支部組合員一八〇一名が国を相手として休息時間中の就業命令停止の仮処分を申請した(東京地方裁判所昭和四四年(ヨ)第二二五一号事件、当事者間に争いがない。)。

右仮処分事件の審尋において、国は、東京中郵局において、慣行休息が存在することは認めたが、昭和四四年八月四日付け準備書面で、「国は、ヤミ休息(慣行休息のことである。以下同じ。)を是認することはできないものであり、可及的すみやかに労働協約等所定の休息時間に是正しなければならないと考えているから、従来示してきた是正の意思を変更することはあり得ない。」、「本件のヤミ休息の是正の意思を表明して以来、一貫して地本及び支部とも話合いをして解決を図るという態度で臨んできたところであるが、現在までのところ地本及び支部はこれに応ずる態度は示していない。したがって、地本及び支部が従来の態度をあくまで固執し続ける限り、いずれ当局の責任において、その是正の措置を講じなければならないことになろう。しかし、今日の時点においては、国はなお地本及び支部とも十分話合いをして、解決を図るよう努力するという方針をとっており、さしあたって本件ヤミ休息を廃し申請人らを就労させるという意思はない。」との意向を表明し、緊急性を具備しないので仮処分申請を却下すべきであると主張した(<証拠>)。

右申請人らは、昭和四四年一一月五日仮処分申請を取り下げた(当事者間に争いがない。)。

以上の経過で、東京中郵局の慣行休息は、是正されることなく存続した(弁論の全趣旨)。

なお、原告らは、右仮処分の審尋において、国が今後予想されるダイヤ改正その他の理由により出退時間の変更により服務線表を改正する場合には組合と協議し現行慣行時間については確保する旨及び始終時間の変更、機構改変等で線表を移動する場合及び現行服務線表中未実施のもので慣行のないものを使用する場合にも組合と協議し、現行慣行時間については確保する旨確認したと主張し、これに沿う原告本人橘英實の供述並びに甲第五号証(全逓中郵支部執行委員会作成の第三〇回支部定期大会報告書)及び甲第六〇号証の一の記載がある。しかしながら、原告橘は、同本人の供述によれば国が右のように確認したとする場には立ち会っていなかったこと、また、前記の仮処分事件における国の主張に照らすと、将来慣行休息を是正する意思を明確に表明している国が右仮処分事件において現行慣行休息時間を将来にわたって確保することを確認するということは不自然であることを考えると、前記の各証拠は採用することができない。

7(一)  郵政省は、全逓に対して昭和四四年八月一八日、郵便自動区分機を導入した機械導入局の機械関連作業部門を対象として、一日の勤務時間を短縮するいわゆるカット方式による勤務時間短縮等を提案し、右時短実施の条件として労働協約を上回る労働慣行の是正について組合側の協力を求めた。これに対して、全逓は休日増加方式による勤務時間短縮を求め、交渉が継続された。(当事者間に争いがない。)

この交渉の中で、全逓は、昭和四四年一二月、協約を上回る慣行の是正については、時短実施と関連させて慣行の是正を図ることについては原則的に同意するが、是正にあたっての諸問題は、その内容に応じた方法で労使で話し合い、週休方式による時短実施の前日までに実施に移すとの見解を表明した(<証拠>、弁論の全趣旨)。

(二)  昭和四五年春、全逓は、労務政策変更闘争と称する闘争を実施し、その要求事項の中で、例えば「最近の東京郵政局管内をはじめ、各郵政局管内において労働慣行是正問題が大きな紛争の焦点となりつつあるが、貴省は、これらの職場慣行をすべて悪慣行と断定し、労使間の話し合いを拒否して、一方的剥奪をはかる方針なのか明らかにされたい。」との申し入れを行った。右闘争は、昭和四五年四月九日、郵政省と全逓との間において一定の整理が図られ解決した(以下「四・九確認」という。)。この中で、全逓が労働慣行是正について何らかのルールを確立することとの要求を提出し、郵政省が、「今日、紛争となっている労働慣行といわれるものについては、郵政省として基本的に今後すべて是正を要するものと考えているが、是正方法等については、その内容に応じてケース・バイ・ケースで対処し、中央協約を上回るものについては、現場段階で事前に話し合いをしていくものとする。その際、解決困難なものについては、地方段階で話し合うものとし、意見の合致がみられない場合は、省の責任において、一定期日後に是正をはかるものとする。」旨回答した。東京中郵局における慣行休息は、中央協約を上回る労働慣行に当たる。(以上の事実は、<証拠>及び弁論の全趣旨による。)

(三)  そして、郵政省と全逓との間で、部分時短実施に関連して、昭和四五年五月一二日、一七項目の確認がなされ(以下「五・一二確認」という。)、五月二九日部分時短実施に関する協定が締結され、六月一〇日から部分時短が実施された。右一七項目の確認には、時短の切替えに際し、慣行是正の問題は現状凍結し別途に協議していくこととし、トラブルのないよう運行することが確認されている。(<証拠>)

(四)  右時短実施に伴う中央段階での協約締結に伴い、東京中郵局でも時短実施に向けて労使の具体的な話し合いが行われた。東京中郵当局は、昭和四五年五月二九日、全逓中郵支部に対し、前記の部分時短協定に基づき、部分時短計画と時短実施に伴う服務表を提示したが、その中に短縮する始終時間帯に慣行休息時間が一部含まれていた。そのため、全逓中郵支部は昭和四四年九月二九日に行われた前記仮処分事件の第八回審尋期日において、慣行休息については総時間で確認してきているので、慣行休息がなくなるということにはならないが、局側はどのように認識しているのかと追及し、当局の提案を拒否した。そして、全逓中郵支部が右問題について上部交渉に移す決定をし、郵政省と全逓中央本部の間で話し合いがもたれた。昭和四五年六月二日の郵政省と全逓中央本部との話し合いにおいて、郵政省は、(1)実労働時間が増えることのないようにする、(2)実質的に拘束時間を延長することのないようにする、(3)休憩・休息時間の位置が変わることはありうる、との考えを示した。(以上の事実のうち、全逓中郵支部が東京中郵当局を追及した内容及び同支部が上部交渉に移す決定をしたことは、<証拠>により、その余の事実は当事者間に争いがない。)

なお、原告らは、右の郵政省と全逓中央本部との話し合いにおいて、慣行休息総時間数は現行どおりとするとの合意がなされたと主張し、<証拠>にこれに沿う部分がある。なるほど結果的には後記認定のとおり、右時短実施において従前の慣行休息が是正されなかったのであるが、そのことから直ちに慣行休息総時間数を現行どおりとするとの合意があったものと認めることはできず、右原告本人渡辺の供述によれば、同原告は郵政省の示した見解について全逓中央本部からの連絡内容を見たというにすぎないのであるから、<証拠>を直ちに採用することはできない。

(五)  これを受けて、六月三日以降、東京中郵当局と全逓中郵支部との間で、六月一〇日実施の部分時短に伴う服務表改正について話し合いが行われた。この中で、六月四日団体交渉が開かれ、三六協定締結の交渉が行われた。その際、全逓中郵支部から慣行休息問題について総時間が現行どおりであることの確認を求めたが、東京中郵当局は特に異論を述べなかった。その後、各職場ごとに休息時間の位置を含む具体的な服務線表の作成の話し合いが行われ、慣行休息時間の確認とその位置が決められ、慣行休息を含む服務線表が当局から提示されて、一部を除き六月一〇日から時短が実施されることになった。(以上のうち、六月四日の団体交渉の席上東京中郵当局が異論を述べなかったこと及び慣行休息時間の確認とその位置が決められたことは、<証拠>により認め、その余の事実は当事者間に争いがない。)

8  東京中郵当局は、昭和四五年七月一八日、集配部の分掌規定を改正し、これに伴う服務表の改正案を提示した。東京中郵当局は、当初午前六時五〇分出勤の服務線表を八時出勤の服務線表に変更するにあたり、従来七時三〇分から八時までの三〇分間慣行休息が存在した部分を削除して提案してきたが、全逓中郵支部が八時以降に三〇分の慣行休息を移行すべきであると主張したところ、当局は、八月一八日に改めて七時三〇分出勤の服務線表で三〇分の慣行休息のあるものを作成し提示した。(<証拠>)

9  東京中郵当局は、昭和四六年九月一八日、全逓中郵支部に対して、郵便運送施設の改廃に伴う運送便ダイヤ改正により、普通郵便部の増員、第三普通課での二一時三〇分退庁後の夜勤の新設、第三、第四普通課の日勤始業時間を八時三〇分に繰り上げることを提案し、これに付随して、服務線表上の慣行休息の位置変更が問題となった。東京中郵当局と全逓中郵支部との話し合い、郵政省と全逓との話し合いを経て、東京中郵当局提案どおり妥結された。その際、服務線表上の休息の位置も確定された。(当事者間に争いがない。)

10  東京中郵当局は、昭和四七年四月、全逓中郵支部に対して、第一普通課と第二普通課に新たに九時一〇分出勤の服務線表を設置すると提案し、その中で自ら同一種類の服務線表にある慣行休息時間をあてはめて提案した(<証拠>)。

11  昭和四七年七月の発着部設置時において、東京中郵当局は、第一普通課発着係と第五普通課東部係・北部係の統合案を提案するに際し、それぞれの職場に存した慣行休息を調整するため様々な工夫をした(<証拠>)。

12  東京中郵当局は、全逓中郵支部に対して、昭和五七年二月、4.1時短実施方について説明し、慣行休息に関して協約を上回る部分についてはこの際整理したい旨是正を申し入れた(当事者間に争いがない。)。また、東京中郵当局は、全逓中郵支部との間で、課別勤務種類別に慣行休息の実態のつき合わせを行った。これに対して、同支部は、慣行休息是正を前提とするのであれば応じられないとの態度を取り、最終的に慣行休息のない課についてのみ4.1時短が実施されることになった。(慣行休息のない課についてのみ4.1時短が実施されたことは当事者間に争いがなく、その余の事実は<証拠>による。)

13  東京中郵当局は、東京中央郵便局労働組合に対して、昭和五九年二月一日以降慣行休息を是正する旨の通知をしたが、慣行休息を含む服務線表が配付された(当事者間に争いがない。)。

14  以上のように、東京中郵局における慣行休息は、その総時間や位置については変遷があるものの、長年にわたって存続し、職場によっては主任等が号令をかけて一斉に休息することが行われていた(<証拠>)。

三郵政職員の勤務関係及び労働条件の決定方式について

郵政職員らの現業国家公務員は、一般職の国家公務員(国家公務員法二条二項、国営企業労働関係法二条、国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法二条二項参照)として、国の行政機関に勤務するものであり、その勤務関係の根幹をなす任用、分限、懲戒、服務等については、国家公務員法及びそれに基づく人事院規則の詳細な規定がほぼ全面的に適用されているなどの点に鑑みると、その勤務関係は、基本的には、公法上の関係であるといわざるをえない(最高裁判所第二小法廷昭和四九年七月一九日判決、民集二八巻五号八九七頁参照)。しかしながら、郵政職員は、国が経営するものとはいえ、郵便事業等という経済的活動を行う企業に従事するものであるし、右公務員に適用される国営企業労働関係法は、国家公務員法の適用を一部除外し(同法四〇条一項)、労働基準法、労働組合法等の適用ないし準用を認め(国労法三条、四〇条一項一号、国家公務員法附則一六条)、また、賃金その他の給与、労働時間、休憩、休日及び休暇に関する事項などの労働条件に関する事項につき団体交渉の対象とし、これに関し労働協約を締結することを認めており(国労法八条)、労働基準法が適用されることにより、同法八九条に基づき就業規則が作成されなければならず、更に、給与特例法は、主務大臣等が職員の勤務時間、休憩、休日及び休暇について規程を定めなければならないとしている(同法六条一項)。

このように、現行法制上、現業の国家公務員の労働時間、休憩等の労働条件は、当事者による私的な処分も許されると解するのが相当である(前記最高裁判所第二小法廷判決参照)。したがって、郵政大臣が給与特例法六条に基づき定めた規程に反する労働協約や慣行が一切法的効力をもちえないと解することはできない。これに反する被告の主張は、採用の限りでない。

被告は、郵政職員の労働時間等について団体交渉で決定することができるとしながら、給与特例法でそれに関する規程が必要とされているのは、郵政職員の勤務関係が公法上のものであり、勤務条件法定主義の適用を受けるからであって、国家公務員が国民全体の奉仕者であり、議会制民主主義の原則上国会の特別の委任がない限り法律と予算の形でその勤務条件が決定されるべき特殊な憲法上の地位にあるものであり、他方、労使による勤務条件の協同決定を内容とする団体交渉も争議権もともに憲法上当然に保障されているのではないから、労働協約が締結されていても、勤務時間規程にしたがって職務に専念すべきであると主張する。しかしながら、憲法上現業国家公務員の勤務条件について勤務条件法定主義の適用があるとしても、国労法の規定は、国会がその権限に基づき労働条件の決定を使用者としての政府その他の当局に委任したものにほかならず、ただ国労法一六条が国営企業の予算上又は資金上不可能な資金の支出を内容とする協定が政府を拘束しないこと及び国会の承認があればこのような協定が効力を有することを規定しているにすぎないこと、並びに郵政大臣等が一方的に定めうる規程(給与特例法六条二項によれば、その内容は、一般職の職員の給与等に関する法律の適用を受ける国家公務員の勤務条件その他の事情を考慮したものでなければならないとの制約があるのみである。)が労使間の団体交渉の結果締結される労働協約に常に優先するのでは、国労法が労使の私的自治を認めた趣旨に反することになることを考慮すると、給与特例法に基づいて定められた勤務時間規程が労働協約に常に優先して効力を有すると解することはできない。したがって、被告の右主張は、採用することができない。

四原告らの主張する昭和四五年六月に慣行休息を認める旨の合意が存在したかについて

原告らは昭和四五年六月二日の郵政省と全逓中央本部との三項目の合意、右合意に基づく六月四日の東京中郵当局と全逓中郵支部との合意、この合意に基づく六月一〇日までの各職場での慣行休息総時間の再確認と位置の確認により、労使の間に慣行休息の合意が成立したと主張している。

昭和四五年六月の経緯については、前記二7の(四)、(五)で認定したとおりであるが、昭和四五年六月実施の部分時短に伴う服務表改正に際し、東京中郵当局と全逓中郵支部との間で慣行休息問題については総時間が現行どおりであることの了解があり、それに基づいて具体的な時間と位置の確認が行われたものと判断でき、このことは法的性質は別として事実として慣行休息を容認する合意が存在したと評価できるものである。ただ、前記二で認定したとおり、当局は慣行休息をヤミ休息ととらえ、是正したいとの意思を表明していたものであり、一方全逓は慣行休息を権利として存続維持しようと目指していたのであるから、昭和四五年六月の合意として双方の意思の合致があったと評価しうる範囲は限定的に捉えざるをえず、結局、当面の間、慣行休息が暫定的に存続するという部分にとどまるものというほかはない。

五原告らの主張する労働協約について

原告らは、慣行休息の合意が労働協約上の又は労働協約に準じる労働条件としての効力を有すると主張するので、以下この点について判断する。

1  前記のとおり、現業国家公務員については、労働協約の締結が認められ、締結された労働協約には、労働組合法に定める効力が認められるところであるが、同法一四条は、労働協約が、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによってその効力を生ずると規定する。

原告らは、労働組合法一四条の法意が労使紛争を予防するために当事者の最終的意思を明確にするところにあるから、労使の合意の内容が明確に確認される限り、書面性及び署名または記名押印という要件を欠く労使の合意であっても、労働協約の本来的効力である規範的効力が認められると解すべきである旨主張する。しかしながら、同法一四条が明文をもって書面の作成と両当事者の署名又は記名押印を要件としていること、これは、労働協約に同法一六条以下に定める特別の効力が認められるため、その成立、当事者及びその内容をできるだけ明確にし、不必要な紛争を防止し、法的安定性を図る趣旨によると解されるのであって、同法一四条に定める要件を欠く労働協約には、同法一六条に定めるいわゆる規範的効力を認めることはできないと解するのが相当である。したがって、これに反する原告らの主張は、採用することができない。

2  原告らは、服務線表に慣行休息が記載されていることをもって、書面性の要件を具備すると主張する。しかしながら、原告らの主張する服務線表は、東京中郵局長が定める服務表(<証拠>によれば、勤務時間規程二五条によりその作成が義務づけられていることが認められる。)に基づいて図式化したものであり、各課ごとに作成されるものであって、業務運行上の準備のための内部資料にすぎず(<証拠>)、それが慣行休息についての労使間の交渉の結果を含むものであるとしても、労使間の合意を記載したものと認めることはできない。また、右服務線表には、何らかの署名又は記名押印もされていないことは原告らの自認するところであり、いずれにしても、服務線表に慣行休息の表示があることをもって、労組法一四条に定める要件を具備する労働協約が成立したと認めることはできない。

3 原告らは、労働協約の要件を欠くとしても、労働協約の規範的効力は協約自体の本質上当然に認められるものであるから、労使の合意には労働協約に準じた効力が認められると主張する。

しかしながら、労働組合法が労働協約の成立に厳格な要式性を要求した趣旨が前記説示のとおりであることからして、たとえ労使間に合意が成立したとしても、労働協約としての要件を欠く場合には、これに労働組合法一六条に定める規範的効力を認めることができないと解するのが相当であり、原告らの右主張は採用することができない。

4  以上によれば、慣行休息が労働協約又はこれに準じる労働条件としての効力を有するとの原告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

六原告らの慣行休息権が労働契約の内容となっているとの主張について

1  原告らは、慣行休息が当局の指示と選定者らの同意のもとに実施されてきた労働条件として、長期間にわたり、公然と反復継続して行われてきたものであり、個々の労働契約の内容となっていると主張する。

しかしながら、ある労働条件が、たとえ使用者と労働組合との間の合意があり、公然とかつ長期間継続して行われたものであるとしても、そのことから直ちに個々の労働者と使用者との間の労働契約の内容となるものということはできない。

2  また、東京中郵局においては、新採用者に対する就業規則に基づく職場訓練等がなされ、その中で、休息時間に関して、特例休息と慣行休息を区別することなく休息時間として説明されたことがある(<証拠>)。しかし、右のことから慣行休息が東京中郵局に勤務する職員の労働契約の内容となっていると認めることはできない。

3  したがって、慣行休息が労働契約の内容となっているとの原告らの主張は、理由がない。

七原告らの事実たる慣習であるとの主張について

1 前記説示のとおり、郵政職員等の現業の国家公務員の労働時間、休憩等の労働条件は、当事者による私的な処分も許されると解すべきであるから、民法九二条により法的効力のある労使慣行が成立しうるものと解するのが相当である。したがって、これに反する被告の主張は採用することができない。

2 前記認定のとおり東京中郵局では、昭和四五年六月以降昭和五九年五月まで慣行休息が存在していた。

ところで、民法九二条により法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには、①同種行為又は事実が長期間反復継続して行われていること、②当事者が明示的にこれによることを排斥していないこと、③当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有し、あるいはその取り扱いについて一定の裁量権を有する者が、規範的意識を有していたことを要するものと解すべきである。したがって、当該労使慣行が就業規則や勤務時間規程の定めるところと抵触する場合には、右就業規則や勤務時間規程を制定改廃する権限を有するものか、あるいは実質上これと同視しうるものが、当該労使慣行について規範意識を有していたことを要することになる。

3 勤務時間規程は、休息時間について、その原則と、組織上の部局・機関、職種・業務及び勤務の形態、勤務の種類に応じた特例を定めている。個々の郵便局の所属長(郵便局長)は、休息時間を設ける方法などについて服務表を定め、これを関係職員に周知しなければならない(同規程二五条一項)。また、大臣官房人事部長(昭和五九年六月三〇日改正前は人事局長)は、特別の事情により勤務時間規程により難いときは、別段の取扱を定めることができることとされ(同規程八八条)、これに従って、依命通達の形式で別段の定めがされている(<証拠>)。このように、休息時間については、勤務時間規程及びこれに基づく別段の取扱によって、規程等に定める時間の範囲内で具体的な時間の指定を所属長に委ねているほか、すべての事項が明文の規定をもって定められている。このような規定の体裁、内容に照らすと、郵政事業を経営する被告としては、原則として、明文の根拠に基づくことなく勤務時間中に休息することを認めない意思であることが明らかである。

4  次に、郵政大臣あるいは東京中郵局長が慣行休息を労働条件として是認していたか否かについてみるに、前記二で認定したところによれば、郵政省あるいは東京中郵当局は、全逓中郵支部に対し、次のとおり重ねて慣行休息の是正を申し入れ、慣行休息が是正をしなければならないものであるとの見解を有し、これを表明してきた。

(一) 東京中郵当局は、全逓中郵支部に対して、昭和四一年一〇月の普通郵便物の航空機搭載、昭和四二年一〇月の晴海通常郵便集中局及び東京北部小包集中局の開設、昭和四三年九月の東京南部小包集中局の開設、同年一〇月の東京国際郵便局の開設等の各種計画が実施された際、その都度、慣行休息のない服務表を提示するなどしてその是正を申し入れ、話し合いを行い、その中で、東京郵政局等は、将来的に慣行休息を是正する意思に変わりがないことなどを表明した。

(二) 昭和四四年に申請された仮処分事件においても、被申請人であった国は、慣行休息が全く是認することができないものであり、可及的速やかに労働協約等所定の休息時間に是正しなければならないと考えているから、従来示してきた是正の意思を変更することはあり得ない、全逓地方本部及び全逓中郵支部が従来の態度をあくまで固執し続ける限り、いずれ当局の責任において是正の措置を講じなければならないことになる、と主張した。

(三) 昭和四五年四月の四・九確認において、郵政省は、中央協約を上回る労働慣行については、その是正方法等について、現場段階で事前に話し合いをしていく、その際、解決困難なものについては、地方段階で話し合うものとし、意見の合致がみられない場合は、省の責任において一定期日後に是正をはかるものとする、と表明した。慣行休息は、右にいう中央協約を上回る労働慣行に当たる。

原告らは、四・九確認の直後の五・一二確認において、時短の切り換えに際し、慣行是正の問題は現状凍結し別途協議していくこととし、トラブルのないよう運行することを確認した結果、労働慣行は現状凍結するという労使合意が成立したのであるから、東京中郵局の慣行休息も以後存続することとなったと主張する。

しかしながら、右五・一二確認は、部分時短実施にあたっての確認であり、郵政省が労働協約を上回る労働慣行の是正を部分時短実施の前提条件としていた点を撤回し、慣行是正問題を凍結し、別途協議するというものにすぎず、慣行休息を承認しこれを存続するという合意であると認めることはできず、また、前記の四・九確認のわずか一か月余り後に四・九確認で示された郵政省の方針が変更になったものと認めることはできないから、原告らの右主張は理由がない。

なお、原告らは、その後の労使合意の経過及び慣行休息が長期間問題なく実施されていることをみると、慣行休息が四・九確認にいう「紛争となっている労働慣行」ではないことを労使で確認し、互いに労使合意に基づく正当な権利であることを承認することとなった旨主張する。しかし、前記の郵政省が昭和四五年六月二日に示した三項目の見解及びその後の東京中郵局での話し合いと慣行休息が存続したことは、四・九確認の趣旨に反するものとは認められないのであって、更に、五・一二確認の趣旨が前記のとおりであることからすると、東京中郵局の慣行休息が四・九確認で是正の対象となっている労働慣行に当たらないとの確認がなされたものと認めることはできない。したがって、原告らの右主張は理由がない。

(四) 東京中郵当局は、全逓中郵支部に対して、昭和五七年二月、4.1時短実施方の説明に際し、慣行休息について、協約を上回る部分についてはこの際整理したい旨是正を申し入れた。

以上のとおり、郵政省及び東京中郵当局は、慣行休息が中央協約等に反するもので、その是正をしなければならないとの見解を重ねて表明していること、原告らが労使合意が成立したと主張する昭和四五年六月の直前の四・九確認においても、その是正を要するとの見解を示していること、東京中郵当局は、昭和五七年二月全逓中郵支部に対して、4.1時短実施に伴い慣行休息を是正したい旨申し入れていることに照らし、郵政大臣あるいは東京中郵局長が東京中郵局における慣行休息を職員の勤務条件として認め、規範意識を有していたものと認めることはできない。郵政省あるいは東京中郵当局が慣行休息を是正する意思を表明し、その是正を申し入れてきたにもかかわらず、その都度慣行休息を是正することができず、東京中郵当局が作成する服務表に特例休息時間と慣行休息時間が表示され、それに従って休息がとられてきたが、以上認定の経過に照らすと、郵政大臣あるいは東京中郵局長が慣行休息を労働条件として認め、これを是正することを放棄したものとは認められず、その都度の是正をしないというものにすぎないと認めるのが相当であり、したがって、右のように慣行休息が存続してきたことは、郵政大臣あるいは東京中郵局長が慣行休息を是正しなければならないものと考え、職員の勤務条件として認めていなかったことの認定を左右するものではない。

5 以上のとおり、就業規則の制定権者である郵政大臣あるいはこれに準じる立場のもの(郵政局長はこれに該当しない。)が慣行休息を職員の勤務条件として認め、規範意識を有していたものとはいえないから、民法九二条の事実たる慣習が成立していたと認めることはできない。したがって、原告らの主張は、採用することができない。

6  なお、東京中郵局長の権限について、原告らは、郵政省職務規程一条は郵便局長の権限につき「他の法令に別段の定めのある場合」があることを認めており、右法令には、国労法、労働組合法、労働基準法、労働協約、就業規則、民法等の一般条項が含まれること、国労法八条、一〇条の規定によれば、交渉委員として指名された者にその者が担当する職員の労働条件に関する事項につき協約締結権を委ねられていると解すべきであること、郵政省と全逓との間で昭和三五年四月三〇日締結された「団体交渉の方式および手続に関する協約」により、交渉委員に指名された郵便局長に労働協約締結権も授権されたものと解されること、郵政省職務規程四条は、郵便局長が軽微と認めるものは専決することができると規定しているが、休息時間は右事項に該当し、郵便局長が専決することができること、就業規則、勤務時間規程等によれば、郵便局長が特例による休息時間を設けることができるとし、服務表の作成権限、周知義務を課していることから、休息時間に関する権限が郵便局長の権限であるといえることなどを理由に、東京中郵局長に慣行休息について労働協約を締結する権限があった旨主張する。

しかしながら、団体交渉の交渉委員として指名された者は交渉事項について当然に労働協約を締結する権限までも有するものとは解されず、休息時間に関する事項が郵政省職務規程四条にいう軽微と認められるものに該当するとは到底いえないのであり、また、郵政省就業規則及び勤務時間規程は、郵便局長に特例による休息時間を設けることを認めるが、特例による休息時間として定められている範囲内で特例休息時間を定めることができるにすぎず、右範囲を超えて休息時間を設けることは認められていないのであり、郵便局長に課せられた服務表の作成、周知義務は、勤務時間規程等に定められた休息時間の範囲内で具体的な休息の方法を郵便局長に決定させているにすぎないのであるから、原告らの右主張は理由がない。

また、原告らは、昭和四五年六月の労使合意につき慣行休息の時間帯・位置の変更について郵政省の承認ないし東京中郵局長への権限の委任があったと主張する。しかし、前記のとおり、郵政省は、その直前の四・九確認において中央協約を上回る労働慣行の是正を表明し、また、五・一二確認においては、右労働慣行の是正を部分時短実施の条件とすることを撤回したにすぎないのであるから、同年六月二日の郵政省の示した見解は、郵政省がこれらに反して、東京中郵局の慣行休息を存続することを是認し、慣行休息時間を設定する権限を東京中郵局長に委任したものと認めることはできない。したがって、原告らの右主張は理由がない。

八以上の次第で、慣行休息が選定者らの休息する権利となっていたとする原告らの主張は、いずれも理由がないことになる。

したがって、原告ら主張の慣行休息が選定者らの休息する権利を有する時間であるということはできない。そうすると、東京中郵局長が慣行休息を当局の責任において是正することは何ら違法ではなく、団体交渉を経ずにこれを廃止したことが不当労働行為に該当したり、信義則に違反したり、権利の濫用になるとはいえない。また、選定者らに慣行休息につき休息する権利があることを前提に、これを廃止したことを理由とする本件損害賠償請求は、その前提を欠くし、慣行休息を廃止することに違法性も認められないから、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

九結論

以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官草野芳郎 裁判官竹内民生 裁判官山本剛史)

別紙<省略>

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