東京地方裁判所 昭和60年(ワ)14602号 判決 1990年10月12日
原告
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
吉岡睦子
被告
東京都
右代表者知事
鈴木俊一
右指定代理人
中村次良
同
下野昭雄
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 原告(国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求)
被告は、原告に対し、金二〇〇万円及びうち金一〇〇万円に対する昭和六〇年一二月一五日から、うち金一〇〇万円に対する平成二年六月二八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告
主文と同旨
第二事案の概要
一 本件配置替えの概要(以下の事実は、当事者間に争いがない。)
1 原告は、衛生検査技師の免許を有し、昭和四五年三月東京都職員(大学卒程度)採用選考(衛生検査)に合格し、同年四月一日衛生検査職種の職員として被告に採用され、直ちに東京都立衛生研究所(以下「衛研」という。)の栄養部食品分析研究室(現生活科学部栄養研究科食品分析担当)に配属され、その後乳肉衛生部乳研究室(現生活科学部乳肉衛生研究科乳担当)、生活科学部乳肉衛生研究科食肉魚介細菌担当に配置された。
2 原告は、衛研生活科学部乳肉衛生研究科に所属していた昭和五八年一〇月一日、同科食肉魚介細菌研究室から同科中央機器室へ配置替えになった(以下「中央機器室への配置替え」という。)。
原告は、中央機器室のICP室において、プラズマ発光分光分析装置付属のデータ処理用コンピューター(PDP―一一)を用いた、PDP―一一システム構成(二週間)、ベイシック文法(二か月)、フォートラン文法(三か月)、フォートランプログラムの作成(一年)、MACRO―一一アセンブラの修得(二年)を内容とするコンピューター操作法の修得を命じられた。
3 中央機器室への配置替えは、東京都人事委員会の承認を受けていない。
4 原告は、昭和五九年四月一八日(<証拠略>)、前記中央機器室マイコン室へ配置替えになった(以下「マイコン室への配置替え」という。)。原告のマイコン室での担当事務は、マイコン室に設置されたパーソナルコンピューター、日本語ワードプロセッサー、パナコピーの保守・管理・サービス業務(機器使用者の日程調整、機器の稼働状況の調査・報告、消耗品の点検・補充、消耗品の請求・購入、修理のための事務連絡、コンピューター関連図書の貸出し・その記録、コンピューターソフトの貸出し・その記録)であった。更に、原告は、昭和六〇年四月一九日衛研微生物部細菌第一研究科に配属された。
5 被告は、被告の各任命権者が職員を転職(現に従事している職員の職と異なる職員の職へ変わること)させる場合、当分の間、東京都人事委員会の承認を得ることとしている(昭和二八年二月一九日人委発第八七号「地方公務員法の施行に伴う職員の任用制度の暫定措置について」)。
二 争点
原告は、中央機器室への配置替え及びマイコン室への配置替えが違法であり、これらにより精神的損害を被ったとして、国家賠償法一条一項に基づき二〇〇万円の慰謝料(うち一〇〇万円は、一年六か月の間に三回の配置替えを受け、仕事に対する意欲を減退させられたり、本来の職と関係のない業務を強要され、研究実績を上げることを阻害されるなどしたことによるものであり、うち一〇〇万円は、昭和六〇年一一月の本件訴え提起後平成二年六月二六日まで昇進の道を閉ざされ専門分野の研究が事実上できなかったことによるものである。)の支払を求めているが、本件の中心的争点は、(1)中央機器室への配置替え後のコンピューター操作法修得命令は、研修命令であるか、あるいは、転職にあたるか、(2)マイコン室への配置替えが転職にあたるか、(3)転職にあたる場合、原告の同意や東京都人事委員会の承認のないことが国家賠償法一条一項の違法事由となるか、(4)中央機器室への配置替え及びマイコン室への配置替えが裁量権を逸脱した違法なものであったか、であり、当事者の主張の要旨は、以下のとおりである。
1 原告の主張の要旨
(一) 異職種への配置替えの違法
(1) 原告の職種は、専門性の強い職種であり、原告は、衛生検査職種以外の職種に転職させられない法的利益を有する。
職種の範囲内であるか否かは、主な業務を基準としてこれに付随、関連したものかどうかを具体的に判断すべきであり、原告のように資格が職種の要件となっている場合には、その資格要件を基準として判断すべきである。そして、衛生検査職種の職務は、衛生検査技師の免許取得に必要なカリキュラムの範囲に限られる。
原告の中央機器室への配置替え後の職務は、前記のとおりコンピューター操作法の修得であり、原告が従前ついていた衛生検査の職務とは全く異なるのであるから、異なる職種への配置替えである。また、原告のマイコン室への配置替え後の職務は、マイコン、ワープロの掃除であり、現実に従事した業務も室内の掃除と利用者の日程調整であり、明らかに衛生検査職種の職務とは異なる。しかるに、右各配置替えについて東京都人事委員会の承認を得ていないのであるから、右各配置替えは、違法である。
(2) 職種が専門的資格、技術を要件としている場合には、任命権者は、採用時の職種に拘束され、本人の同意なしに右職種と異なる職種へ配転することはできないと解すべきである。中央機器室への配置替え及びマイコン室への配置替えが前記のとおり異なる職種への配転であるのに、原告の同意がないのであるから、右配置替えはいずれも違法である。
(二) 裁量権を逸脱した違法(必要性、合理性を欠く不公正、恣意的な配置替え)
(1) 地方公務員法は、通則として、平等取扱の原則を、任用の根本基準として、能力主義を定めており、任用にあたっては能力の実証がなされなければならないとしている(同法一三、一五条)。また、専門的資格を要件とする職種の転職については、本人の同意及び東京都人事委員会の承認を要する。
しかるに、原告の同意及び東京都人事委員会の承認を得ずに転職が行われたばかりか、原告のコンピューター技術についての能力の実証がされていないまま、原告を中央機器室へ配置替えし、コンピューター操作法の修得を命じ、かつ、ひとり原告のみを中央機器室のICP室に配置して不平等に取り扱った。
このように、中央機器室への配置替えは、地方公務員法に定める能力実証主義、平等原則に基づかず、裁量権を逸脱した違法がある。
(2) それまでの研究、業務のいずれにおいてもコンピューターを使用する必要性がなく、関心もなかった原告に対し、三年六か月にわたるコンピューター操作法の修得を命じる業務上の必要性はなく、また、原告に責任があり、かつ、業務上支障を来すような命令違反、規則違反及び人間関係の悪化はなかった。また、原告と他の職員との関係が多少悪かったとしても、他に衛生検査職種として配属しうる科はあった。したがって、被告が主張するような中央機器室への配置替えの必要性、合理性はなく、右配置替えは、裁量権を逸脱しており、違法である。
(3) マイコン室への異動により、被告の行為の違法性がより顕著になった。すなわち、原告がマイコン室で命じられた職務は、マイコン、ワープロの掃除であり、現に従事した業務も、室内の掃除と利用者の日程調整等である。これらの仕事は、雑務であって、専門職の職員を配置するほどの仕事ではない。
2 被告の主張の要旨
(一) 転職には該当しない。
(1) 衛研の生活科学部乳肉衛生研究科長松本昌雄は、原告に対し、中央機器室への配置替えを行い、地方公務員法三九条に定める研修命令として、前記のコンピューター操作法等の修得を命じたのであって、「転職」ではない。
(2) 東京都人事委員会は、地方公務員法一七条に基づき、任用に関する基準の一つとして、職員(警察法(昭和二九年法律第一六二号)五五条一項に定める警察官及び消防組織法(昭和二二年法律第二二六号)一二条一項に定める消防吏員を除く。)の昇任等に関する基準(以下「昇任等に関する基準」という。)を定めているが、その中で、「職種」とは、「職務をその種類の類似性により分類したもの」とし、個々の職務を「職務表」において定めている。そして、衛生検査職種については、職務表の備考欄に、その職務内容として、「病院、衛生研究所等における各種生化学的検査を行う職務」と表示されている。これは、衛生検査職種として分類した、相互に類似性のある職務を概括的、例示的に示したのであり、その職務内容として検査を行う職務のみに限定しているものではなく、右表示された職務と類似性のある職務を含む。また、職種は、科学技術の発達や行政需要の変化、職場における職員の職種、職位の状況や配置の状況等によって影響を受ける。したがって、各種の生化学的調査研究、台帳整理、衛生試験検査・調査研究のための機器の保守・管理・サービス業務等、コンピューターの操作などの職務も含まれる。
(3) 中央機器室担当の職員は、その職務として、機器選定委員会等各委員会の運営、機器の保守その他総括的な管理、機器の使用に伴う各種調整(使用の時期、順序等の調整)、機器の使用に関する指導、援助を行うほか、各自調査研究を行うことができる。
このように、中央機器室の業務は、衛研内共用の機器の集中管理を行うことを通して、各研究科の試験検査、調査研究の業務の一部を分担するものであり、また、中央機器室担当の職員は、機器の使用に関して各研究科の職員らに対し、指導、援助の業務も行うこととしていたため、試験検査、調査研究について知識、経験を有する者をこれにあてる必要があった。
衛研においては、試験検査、調査研究の業務において、高度の技術水準とデータ解析能力が必要となりつつあり、公衆衛生分野で複雑な現象を整理、解析して、正しく結論を導くためのコンピューター技術修得者の育成を行う必要があった。このようなデーター解析等は、衛生検査職種の職員の職務としての、試験検査、調査研究に含まれるから、コンピューター操作を含め、これらの職務を遂行するための技能を修得するための研修もその職務内容となる。
(4) マイコン室への配置替えは、転職にあたらない。すなわち、中央機器室の業務は、各研究科の試験検査・調査研究の業務の一部を分担するものであり、また、原告は、マイコン室において衛生に関する調査研究を行うことも可能であったから、原告がマイコン室で担当した職務は、衛生検査職種の職務内容に含まれる。
(5) なお、転職の場合に東京都人事委員会の承認を要するとしているのは、職員の利益を保護する趣旨ではないから、右承認を得ないことをもって国家賠償法一条一項の違法な行為には該当しない。また、地方公務員の転任、研修命令等には本人の同意を要しない。
(二) 裁量権の逸脱、濫用はない。
(1) 衛研では、試験検査・調査研究の業務の一部をコンピューターにより処理するための人材の育成強化という見地から、衛生検査担当の職員にコンピューター操作の知識を修得させる必要があったこと、右修得は検査業務のような数人の職員による緊密な協同作業は必要ないこと、原告が従事していた職務のうち衛生検査業務は、担当者間の相互協力により正確な処理が要求されていたが、原告は、職場において自己中心的、非協調的な態度をとり、そのため、職場の人間関係を悪化させており、昭和五七年六月以降は、原告の極端に独善的、非協調的な態度が原因となって職場内の人間関係が一層悪化し、業務の正常な運営を阻害するまでに至ったこと、東京医科歯科大学における研修の打切り後原告を食肉魚介細菌担当に配置することはもちろん、他の職員との協同作業の必要な業務担当に配置することができないと判断されたこと、右時点で原告を受け入れる意向を有する研究部・科はなかったことなどから、原告に中央機器室でのコンピューター操作法の修得をさせることとした。このように、中央機器室での研修命令は、必要かつ合理的な理由に基づくものである。
(2) 原告は、コンピューター操作法の修得に取り組む姿勢に熱意がなく、適性もなく、その指導にあたった職員の指示にも従わなかったため、これ以上研修を継続してもその修得の見込がないと判断されたので、同研修を打ち切ることとし、当時、原告を受け入れる意向のある研究部・科がなかったため、生活科学部長は、マイコン室への配置替え命令を行った。このように、マイコン室への配置替えは、必要性、合理性がある。
第三争点に対する判断
一 衛研の業務及び組織等並びに原告の従事していた職務等について(以下の事実は当事者間に争いがない。)
1 衛研は、東京都衛生局の公衆衛生に関する研究検査機関として、衛生行政を進める上に必要な科学的裏付けを与える調査研究、試験検査、衛生局等の技術職員に対する研修指導及び公衆衛生情報の解析提供を行っている。
このうち調査研究は、感染症及びその他の疾病の予防に関する調査研究、医薬品等の品質と安全性に関する調査研究、食品の安全性確保及び健康を保持するための食生活に関する調査研究、生活環境とヒトとの健康に関する調査研究、環境汚染物質、食品添加物、医薬品等の毒性に関する調査研究等を行っており、これらにより得られた結果は、行政にフィードバックされ、研究成果は衛研の発行する研究年報に報告されるほか、内外の学術雑誌、学会等に発表されている。試験検査は、衛生微生物に関する試験検査、医薬品・家庭用品等に関する試験検査、食品・食品添加物等に関する試験検査、環境保全に関する試験検査、水質の安全性に関する試験検査等を行っている。
2 衛研は、事務部、微生物部、理化学部、生活科学部、環境保健部、毒性部の各部と多摩支所から構成されており、事務部以外の部には研究科が置かれ、事務部を除く各部が1の業務を分掌している。
3 原告が所属していた生活科学部は、乳肉衛生研究科のほか、食品研究科、食品添加物研究科、栄養研究科の各科で構成され、乳肉衛生研究科の分掌事務は、乳肉食品類の微生物学的及び理化学的研究に関すること、狂犬病その他の人畜共通疾患の研究に関すること、右各事項の試験及び検査に関すること並びに電子顕微鏡等機器類の管理に関することである。
4 乳肉衛生研究科の職員(昭和五八年一〇月一日当時の職員は、松本昌雄科長以下副参事研究員二名、主任研究員七名、研究員七名、作業員二名であった。)は、乳、食肉魚介細菌、食肉魚介化学、獣疫、中央機器の担当に分かれ職務にあたっていたが、中央機器室への配置替え当時、原告が配置されていた食肉魚介細菌担当の職務の具体的内容は、東京都衛生局の各機関及び特別区の保健所から食品中に存在する細菌等に関する検査の依頼を受けて、これらの各機関等から搬入される検体について試験検査を行い、その検査結果を検査を依頼した各機関等に通知するというものである。検体は、年間計画等に基づいて搬入されるが、年間約二五〇〇ないし三〇〇〇個が搬入される(個数は弁論の全趣旨による。)。検体の処理は、準備作業として菌培養に使用する培地の作成、使用器具の準備を行い、その後検査項目(検体一個につき概ね四ないし五項目)ごとに大略三通りの手順に従って行われる。検体対象が細菌であるため、作業手順の各段階での作業は、定められた一定時間内に的確に処理されなければならない。
検査結果を受けた各機関等は、検査結果に応じ、食品衛生法に基づく必要な処分を行い、あるいは、東京都が定めた乳肉食品指導基準に基づく必要な衛生指導を行う。
このように、衛研での検査結果に基づいて、右のような厳しい行政処分や行政指導が行われることがあるので、検査結果に誤りが生じることは許されない。また、都民の健康維持のためには、違反品を見逃すことは許されず、細菌検査の実施は、細心の注意を払って行うことが要求されている。
二 本件各配置替えの経緯
1 カンピロバクターによる汚染実態調査の実施により、乳肉衛生研究科食肉魚介細菌担当の業務量が増大することが予想されたため、昭和五七年五月、乳肉衛生研究科は、これに対処する体制を作ることとし、当時食肉魚介細菌担当において原告と他の検査担当職員との関係が悪かったこともあって、原告以外の検査担当職員二名を他に配置替えし、同科の他の担当から小久保弥太郎及び神保勝彦の各主任研究員並びに金子誠二研究員の三名を同担当に配置替えした(正式な発令は同年六月一日である。)。その結果、右食肉魚介細菌担当は、小久保、神保両主任、金子及び原告と作業員一名となった。(配置替えの事実は当事者間に争いがなく、その余の事実は証人小久保弥太郎による。右認定に反する原告本人の供述は右小久保の証言に照らし採用することができない。)。
2 その後の原告と他の研究員との関係(<人証略>)
前記のような配置替えがなされた後も、原告は、以下のような上司の指示命令に従わず、協同作業の障害となるような行為をしたり、規律に反したり、非協調的な行為、態度をとったりした。
(一) 上司の命令・指示に従わなかった事実
(1) 昭和五七年六月食肉魚介細菌室における配置替え後、原告が共用の冷凍庫の大部分を使用していたため、木村康夫生活科学部長(乳肉衛生研究科長事務取扱)及び小久保主任が原告に対し、他の研究員が使用することができるよう冷凍庫の原告使用部分を整理するよう再三指示したが、原告は、これに直ちに従わず、同年八月にようやく一段の棚を整理し、その後も指示されたにもかかわらず、これを拒否するなどして整理しなかった。
(2) 食肉魚介細菌室の検査室のうち、原告が使用していた机やスチール棚、実験台などについて、木村部長や小久保主任が同年六月から再三整理するよう注意し、あるいは指示したが、原告はこれに従わなかった。
また、野牛所長が昭和五八年一月七日たまたま研究室に来室したとき、原告に対し、実験台及び自席の机上とそのまわりを整理整頓するよう注意したところ(右事実は当事者間に争いがない。)、原告は、「所長だって自分のところは自分で整理しないでしょう、私に言う権利はない。」旨答え、右注意に従おうとしなかった。
(3) 食肉魚介細菌担当では、食肉や魚介類及びその加工品の衛生学的安全性を確保するため細菌学的検査を実施し、一定の作成法に基づき検査成績書を作成している。東京都衛生局環境衛生部食品監視課が中心となって調整し、作成した基準に基づき、右検査成績書の作成方法が昭和五七年六月から一部変更されたが、原告が変更後の作成方法に従った記載をしなかったため、小久保主任や神保主任が何回か注意をしたところ、原告は、「そんな細かいことはどうでもいい、うるさい。」などと言ってこれに従わなかったり、修正しても中途半端であった。そのため、小久保主任らが訂正して検査成績書を提出した。検査成績書の記載が変更された以上、右成績書の性質から原告らはこれに従うべきであり、記載を誤っても現実の支障がなければいいというものではないし、記載方法の変更の理由の説明がないからといってこれに従う必要がないということはできない。(以上の事実のうち、検査成績書の記載例が変更されたこと及び原告がその記載を数回間違ったことは当事者間に争いがない。)
(4) 昭和五七年六月二三日、原告は、細菌検査のうちの平板塗抹、混釈培養、パウチ培養、試験官(ママ)分注を担当したが、小久保主任は原告に対し、試験官分注のみを行わないこと、試験官分注をもっと効率よく行うこと、処理に迅速性を要求される平板塗抹及び混釈培養をまず行い、次にパウチ培養と試験官分注を行うこととの注意をしたが、原告は、小久保主任の注意を無視して試験官分注しか行わなかった。そのため、その他の培養等は、小久保及び神保両主任が行った。
(5) 原告が昭和五七年八月一〇日白衣を着用しないで病原菌を扱っていたので、小久保主任が原告に着用するよう注意したところ、原告はこれに従わなかった。同年九月二〇日にも同様の注意をしたが、原告は「そんなことしか言えないの。」と言いながらも着用し、同月三〇日にも同様の注意をしたところ、原告は、「あなたはそれしか言えないの、必要なときは着用する。」旨答え着用しなかった。白衣は病原菌等を扱う場合には、自己及び他人への汚染を防止するために必ず着用するものとされていた。なお、小久保らは、白衣を着用したまま研究室から出たことがあった。(原告が白衣を着用しないことがあったことは当事者間に争いがない。)
(6) 昭和五七年一一月一七日、原告が芽胞菌検査を担当した際、試料液が試験官壁に付着しないよう注意すべきところ、小久保主任が原告に十分注意して試料を注入すること、そうでないと正確な検査成績が得られない旨注意したが、原告はこれを聞き入れなかった。
(二) 規律違反の事実
(1) 原告は、上司に無断で退庁後又は休日に登庁して食肉魚介細菌担当の研究室を使用することが頻繁にあったので、小久保主任は、昭和五七年六月一二日、右のような出勤をするには事前に承認を得るよう指示したが、その後、事前の承認がないのに退庁後再出勤したり休日に出勤したりしたことが何回かあった。なお、原告以外にも、無届であるいは業務をしないで退庁時間後衛研内に残っていた者もいた。
(2) 出張は、命令権者の命令に基づき行われるものであり、原則として所定の様式である旅行命令簿に命令権者の捺印を受けて行われるが、例外として事前に口頭で承認を得たうえ、事後に右手続を行うことも認められている。原告は、昭和五七年八月一八日、上司の許可なく出張し、慶応大学医学部医学情報センターへ文献を取りに行ったが、同月一九日小久保主任に対し事後決裁を求めたが、同主任から事前に上司の許可を得るよう注意され、決裁を受けないまま退室し、同月二〇日再び小久保主任に対し、右出張につき旅行命令簿に捺印するよう求めた。小久保主任は、木村部長の指示に基づき、原告が無断出張したことを厳しく注意したところ、原告は、「研究は自由であるから、そのような細かいことを言う必要はない。とにかく早く印鑑を押してください。」と言って催促した。小久保主任が印鑑を押すことを拒否すると、原告は、「印鑑を盾に威張るな。」と暴言を吐いた。
(3) 原告は、無断で長時間離席し、図書室などへ行っていたので、小久保主任が再三原告に注意したが、原告はこれを無視した。なお、原告は、他の研究員らが吸う煙草の煙を避けるためであった旨主張するが、原告が在室することができないほど喫煙していたとは認められない。
(三) 職務上の協調性を欠いた事実
(1) 昭和五七年六月一四日及び同月一六日、小久保主任が原告を含む食肉魚介細菌室職員にセレウス菌の培地としてNGKG培地を使用するよう指示したが、原告はこれを拒否し、そのため、他の三人で検体処理をした。原告本人は、NGKG培地不使用の理由として、右培地を開発した神保主任と業者の癒着が疑われ、また、他の培地を使用した研究があることを挙げるが、右癒着の点はその根拠がなく、他の培地を使用した研究があることをもってNGKG培地の使用を拒否する理由とはなし得ない。
(2) 原告は、細菌検査の後片付けを面白くない作業だからと言って行わないことがあった。
(3) 昭和五七年七月一三日、小久保主任が原告の担当した検査項目の成績が成績書に記載されていなかったので、その理由を原告に尋ねたところ、原告は、「そんなくだらないことどうでもいいでしょう。」と答えた。
3 以上のような原告の態度もあり、食肉魚介細菌室における原告と他の職員との間の協調関係が著しく損なわれ、日常の業務処理にも支障を生じるおそれがあった(<人証略>)。このように関係が悪化した原因は、他の職員が喫煙を嫌忌する原告に対し十分な配慮をしなかったと窺われることにも一因がないとはいえないが、少なくともその多くは、原告の前記のような非協調的、自己中心的な態度、言動にあったものと認めるのが相当である。
(なお、原告は、原告に責任があり、かつ業務上支障を来すような命令違反、規則違反及び人間関係の悪化はなく、職場内での協調関係が著しく損なわれたのは、原告の責めに帰すべき事情によるのではなく、他の研究員の規律違反及び職務怠慢に原告が同調せず、自らの研究に専念することに対する他の研究員の排他的態度、その具体的表れである原告の研究を突然に合理的な理由もなく一方的に中止したり、主任研究員が業務上の連絡を十分しなかったりあるいは同室の他の研究員が喫煙により嫌がらせをしたりしたことによる旨主張し、原告本人はこれに沿う供述をする。なるほど前記認定のとおり他の職員に煙草の煙と臭いに弱い原告に対する配慮に欠けるところがあった。しかし、原告の研究の中止は、後記認定の理由によるものであり、合理性がないとはいえず、また、証人小久保によれば、小久保主任は、原告に対し、衛生局長からくる計画表を見せなかったことがあるものの、必要な業務上の連絡をしていたことが認められ、原告の前記2の行為、言動の内容、小久保主任らが配置替えになって間もなくしてから原告の右のような言動が始まっていることなどを考えると、協調関係悪化の原因が小久保主任らの原告に対する嫌がらせにあったものと認めることはできず、むしろ、原告の言動に原因の多くはあったものと認めるのが相当である。)
4 そのため、衛研所長であった野牛弘は、原告の衛生検査担当職員としての技術の向上と一定の冷却期間を置くことにより職場における協調関係が回復されることを期待して、原告に対し、昭和五八年四月一日から一年間の予定で東京医科歯科大学微生物学教室における研修を命じた(研修命令の点は当事者間に争いがなく、その余の事実は証人松本による。)。
5 しかし、原告は、同大学でも指導教官や他の研究員との融和を欠き、そのため、同年九月同大学から研修の打切りを申し出られた。そこで、衛研では、野牛所長以下が原告の担当職務について検討したが、もとの食肉魚介細菌担当に配置することは従来と同様の結果になるし、また、他の職員との協同作業の必要不可欠な業務担当に配置することも同様の結果になると判断し、原告を受け入れる意向の研究部・科もなかったため、原告を中央機器室に配置替えし、コンピューター操作法の修得を命じることとした。しかし、大学での研修の打切りが急であったため、中央機器室配置替え後のコンピューター操作法修得の具体的内容は、右配置替え後の同年一〇月二七日ころ決定された。(<証拠略>)
なお、原告は、昭和六〇年一月食肉魚介細菌担当への復帰を命じられたが、これは、業務量の増大と期間が経過していることから行われたのであって(<人証略>)、右認定を妨げるものではない。
6 原告は、前記のとおり中央機器室ICP室においてコンピューター操作法の修得を命じられたが、これに取り組む熱意がみられず、また、コンピューター数値計算を主とする業務についての適性に乏しいことが判明した。また、原告は、指導にあたった上司の指示や注意に従わないことがあった。そこで、松本科長は、研修を継続してもコンピューター操作法の修得の見込みがないと判断し、右研修を打ち切り、当時原告を受け入れる意向のある研究部・科がなかったので、原告に対し、マイコン室への配置替えを命じ、マイコン等の管理運営の業務を行うよう命じた。(<人証略>)
三 各配置命令が転職にあたるか。
原告は、中央機器室への配置替え後のコンピューター操作法の修得及びマイコン室への配置替えがいずれも「転職」に該当するのに、東京都人事委員会の承認を得ていないこと、及び、原告のように専門性の強い職種については、他職種への配転に本人の同意を要するのに、原告の同意を得ていないことが、いずれも違法であると主張し、被告は、中央機器室でのコンピューター操作法の修得命令は研修命令にすぎず、また、いずれも衛生検査職種の職務に含まれると主張するので、以下検討する。
1 衛生検査職種の職務について
(一) 前記のとおり、被告においては、職員が現に属する職種から他の職種に転ずる「転職」の場合、東京都人事委員会の承認を得ることとされている。ところで、地方公務員法はもとより、被告の条例、規則には、職種を定義づけた規定はないが、東京都人事委員会が定めた昇任等に関する基準によると、職種とは、職務をその種類の類似性により分類したものであり、職種の種類が職種表に定められているところ、衛生検査職種について、右職種表の備考欄に病院、衛研等における各種の生化学的検査を行う職務と記載されている(<証拠略>)。
右職種表の備考欄の記載は、職種を右のとおり職務の類似性により分類したものであり、概括的あるいは例示的に記載されたものである(<人証略>)。したがって、衛生検査職種の職務が病院、衛研等における各種生化学的検査を行うことに限定されると認めることはできず、これと類似性のある種類の職務を含むと解される。現に、衛研の衛生検査職種の職員は、衛生に関して、衛研の業務の一つである調査研究業務を行っている(<証拠略>)。
(二)(1) 原告本人、証人歩田、甲第四三号証の一ないし三(略)、弁論の全趣旨によれば、原告は選考の方法により採用されたこと(右事実は当事者間に争いがない。なお、現在の衛生検査職種の職員の採用は、競争試験によっている。)、被告は、衛生検査職種の職員の受験資格として衛生検査技師の免許を有していることを必要としていること、被告の職員試験公告によれば、衛生検査職種の主な内容は、衛研等における試験検査業務とされ、その試験科目として、基礎生理学、臨床生理学等となっていること、被告における衛生検査職種の具体的な配置は衛研及び病院であること、以上の事実が認められる。また、臨床検査技師、衛生検査技師等に関する法律によれば、衛生検査技師とは、「厚生大臣の免許を受けて、衛生検査技師の名称を用いて、医師の指導監督の下に、微生物学的検査、血清学的検査、血液学的検査、病理学的検査、寄生虫学的検査及び生化学的検査を行うことを業とする者をいう。」と定義され(同法二条二項)、衛生検査技師の免許は、学校教育法に基づく大学又は旧大学令に基づく大学において医学、歯学、獣医学又は薬学の正規の課程を修めて卒業した者その他二条二項に規定する検査に必要な知識及び技能を有すると認められるものとして政令で定める者に対して与えられる(同法三条二項)。
(2) 原告は、以上の事実から、原告の衛生検査職種は専門性を有し、その職務は、衛生検査職種あるいは衛生検査技師の免許取得のカリキュラムに関連した業務に限定されると主張する。
しかしながら、本件で問題となっている職種概念は、地方公務員の任用管理制度の中の職種概念であり、また、臨床検査技師、衛生検査技師等に関する法律は、「臨床検査技師及び衛生検査技師の資格等を定め、もって医療及び公衆衛生の向上に寄与することを目的とする」のであるから、衛生検査職種の職務内容は、同法にいう衛生検査技師の業務と同一であると解することはできないし、また、衛生検査技師の免許を有することを衛生検査職種の職員の受験資格としているからといって、その職務を衛生検査技師の業務あるいはその免許取得に必要な科目に関連する業務に限定する趣旨であると解することはできず、右職務が衛生検査技師の免許取得に必要な科目あるいはカリキュラムに関連した業務に限定されると解するのも相当ではない。更に、衛研の業務内容は、前記のとおり試験検査業務のみならず、調査研究業務等があるから、被告の職員試験公告に前記のような記載があることやその試験科目が前記のとおりであるとしても、衛生検査職種の職員の職務が試験検査業務に限定されると解することはできない。したがって、原告の前記主張は採用することができない。
(三) 衛生検査職種のように少なからず専門性を有する職種であっても、その専門的知識、経験を活用しうるような職務もその職種に含まれると解するのが相当である。したがって、衛生検査職種の職員に衛生検査技師の業務以外の職務を担当させる場合に、必ず当該職員の同意を要すると解することはできず、これと異なる原告の主張は採用することができない。
(四) 以上によれば、衛生検査職種の職務内容は、必ずしも衛生検査技師の業務や同技師の免許取得のカリキュラムに関連する業務に限定されず、また、前記職種表記載の業務にも限定されないのであって、衛生に関する調査研究はもちろん、その専門的な知識、経験を活用することのできる職務も含まれると解するのが相当である。
2 中央機器室でのコンピューター操作法修得命令について
(一) 中央機器室は、昭和四八年四月、分析機器の一部につき集中管理を行うため、生活科学部乳肉衛生研究科に新設された。その理由は、衛研における試験検査、調査研究の業務において、公衆衛生上の問題、主として食品衛生上の問題や家庭用品の安全性の問題、あるいは感染症の問題等を敏速に解決する上で高度な技術水準とデータ解析能力が必要となりつつあり、これに対処するため、精度の高い分析機器とデータ解析のためのコンピューター機器等を新設するとともに、集中管理によりこれらを効率的に使用し、試験検査、調査研究の実績を高めることにあった。
そして、中央機器室においては、原告が微生物部細菌第一研究科に異動した昭和六〇年四月一九日までに、電子顕微鏡装置、C・H・N元素分析装置、ガスクロマトグラフ質量分析計装置、蛍光X線分析装置、X線回析装置、ニトロソアミン化合物測定装置、アミノ酸全自動分析装置、パーソナル・コンピューター、核磁気共鳴吸収装置、全自動凍結乾燥装置、日本語ワード・プロセッサー等大型ないし高額の機器、あるいは衛研内において少なくとも一台は保有する必要のある機器を順次設置し、全研究科の試験検査、調査研究のため効率的に利用されるよう管理を行ってきた。中央機器室で管理する機器は、中央機器室、ICP室、電子顕微鏡室に分散して設置管理していたが、昭和五九年一月からデータ処理や情報提供手段の充実を期して、マイコン室にも機器を設置管理することになった。
中央機器室には、機種選定委員会、管理運営委員会、取扱責任者及び中央機器室担当職員を置き、これらによりその業務の運営を行っていた。このうち、中央機器室担当の職員は、その職務として、右各委員会の運営、機器の保守その他総括的な管理、機器の使用に伴う各種調整(使用の時期、順序等の調整)、機器の使用に関する指導、援助を行うほか、各自調査研究を行うことができるものとしていた。中央機器室担当の職員は、衛研内の各科で試験検査、調査研究の職務を行う者(臨床検査、衛生検査、化学の各職種)をあててきたが、これは、中央機器室の業務が所内共用の機器の集中管理を行うことを通して、各研究科の試験検査、調査研究の業務の一部を分担するものであり、また、中央機器室担当の職員は、機器の使用に関して各研究科の職員らに対し、指導、援助の業務も行うこととしていたため、試験検査、調査研究について知識、経験を有するものをあてる必要があったことによる。
(中央機器室担当の職員が各自調査研究を行うことができるものとしていた点及び同職員が機器の使用に関して各研究科の職員らに対し指導援助を行うこととしていたため、試験検査、調査研究の知識、経験を有するものを担当者にあてていたとの点は、証人山岸達典により認められ、その余の事実は当事者間に争いがない。)
(二) 原告は、右のような中央機器室へ配置替えになり、前記のようなコンピューター操作法の修得を命じられたが、その内容から判断して、原告を右のような修得を内容とする職に任命するものとは認められず、地方公務員法三九条の研修命令に基づくものと認めるのが相当である(<人証略>)。たとえ原告が研修命令であることを聞かされず、あるいは被告が本件訴訟において当初研修命令であるとの主張をしなかったとしても、研修命令であるかどうかはその性質から客観的に判断すべきであるから、右のような事柄は、右認定を妨げるものではない。また、原告がコンピューター操作法の修得に専念させられたこと及び期間が三年六か月と長期であることは、研修命令であることを否定するものではない。したがって、コンピューター操作法修得命令が異職種に従事させるものであるとの原告の主張は理由がない。
(三) 原告が中央機器室への配置替え後命じられたコンピューター操作法の修得が原告の従来の職務及び研究に直ちに必要であったこと並びにコンピューター操作法の修得後原告に右操作法を生かした職務をさせる具体的な計画があったことを認めることはできない。しかしながら、前記(一)で認定したとおり、衛研の業務である試験検査、調査研究にコンピューター機器等を利用したデータ解析等が必要となりつつあり、現にこれらを利用した研究等が行われていた(<人証略>)のであるから、このようなデータ解析等も衛生検査職種の職務である試験検査、調査研究に含まれ、また、そのためのソフトプログラムを作成するのに衛生検査職種の専門的知識、経験を活用することも考えられるから、コンピューターを利用しての調査研究や試験検査をすること及びそのためのソフトプログラムを作成すること、あるいはこれらの技術を修得することは、衛生検査職種の職務に含まれると認めるのが相当である。したがって、コンピューター操作法の修得が衛生検査職種の範囲から逸脱しているとの原告の主張は理由がない。
3 マイコン室への配置替えについて
マイコン室への配置替え後原告が命じられた前記のようなマイコン等の機器の保守・管理・サービス等の職務は、単純作業であって、衛生検査職種の専門的知識、経験を必ずしも必要としないものと認められる。
しかし、マイコン室のある中央機器室は、前記2の(一)で認定したとおり、試験検査、調査研究の業務において、高度な技術水準とデータ解析能力が必要となりつつあり、そのためにコンピューター機器等を新設するとともに、集中管理によりこれらを効率的に使用し、試験検査、調査研究の実績を高めるために設置され、その業務は機器の集中管理を通して各研究科の試験検査、調査研究業務の一部を分担するものであり、また、同室担当の職員は、各委員会の運営、機器の保守管理、機器使用に伴う各種調整、機器使用に関する指導・助言を行うことのほか、前記のとおり調査研究を行うことができる。これまで中央機器室に配置された職員は、臨床検査、衛生検査、化学の各職種の職員であり、研究を行った者もいる。原告に対するマイコン室への配置替えがされた当時、中央機器室担当の職員は原告を含め三名であり、前記2の(一)のとおりその職務を分担していた。衛研では、前記のとおり事務部以外の各部が試験検査業務、調査研究業務等を分掌しており、調査研究は主任研究員及び研究員が行っているが、研究課題は、科長と主任研究員あるいは研究員が相談したうえで選定し、部長の審査を経て所長が決定し、各研究担当者は、研究経過報告書を年二回主任研究員に提出し、その後科長、部長、所長の決裁を受けることとなっているところ(<人証略>)、原告は中央機器室への配置後も、衛生に関する調査研究を行うことが可能であったことが認められる(<人証略>)。そして、右のように衛生に関する調査研究を行うことは、衛生検査技師としての専門的知識、経験を活用すること(ママ)できるものである。マイコン室で原告が具体的に担当を命じられた職務は、前記のとおり単純作業ではあるが、右のとおり衛生に関する調査研究を行うことができるのであるから、このような業務は、一般事務とは異なる。以上によれば、原告のマイコン室での職務は、衛生検査職種の職務内容に含まれると認めるのが相当である。
この点に関し、原告は、原告を事実上隔離し、本来の職種の業務も研究もできない状態にしたのであるから、研究を行うことができたから職種の範囲内であると解することはできないと主張し、原告本人も同旨の供述をする。しかし、原告以外の中央機器室担当の職員には、調査研究を行った者がいること、原告は被告から昭和五七年九月一三日、それまで行っていた研究を中止させられたが、これは、同研究の優先順位が余り高くなかったこと、検査業務が増えたこと、原告の研究費等の使途の報告等がなかったことなどが理由であり、原告の研究を妨害する目的で中止されたのではないこと(以上の事実は、<人証略>により認められる。これに反する原告本人の供述は、右各証拠に照らし、採用することができない。また、<人証略>その後小久保主任研究員が原告が研究していたセレウス菌に関する研究の発表者のひとりになっていること及び神保のセレウス菌に関する研究は中止されていないことが認められるが、小久保主任が右研究作業に直接関与したことを認めることはできず、また、証人小久保によれば、神保主任は研究をほとんど行わず、報告書を提出していたにすぎないのであるから、右事実をもって原告の研究を中止する理由がなかったと認めることはできない。)に照らすと、原告が中央機器室において衛生検査に関する調査研究を行うことが事実上できなかったものと認めることはできないから、原告の右主張及び原告本人の供述は採用することができない。
以上によれば、マイコン室への配置替えが異なる職種への配置替えであるとの原告の主張は理由がない。
四 裁量権逸脱の主張について
原告は、各配置替えが異職種従事であるにもかかわらず東京都人事委員会の承認及び原告の同意を得ていないこと、能力実証主義、平等主義に反していること、配置替えの必要性・合理性がないことから、裁量権を逸脱しており違法であると主張し、被告は、配置替えの必要性及び合理性があると主張するので、以下検討する。
1 中央機器室への配置替えについて
(一) 中央機器室への配置替えの経過、理由は、前記二で認定したとおりである。
(二) 原告は、右配置替えに東京都人事委員会の承認及び原告の同意がないことを裁量権逸脱の理由とするが、前記説示のとおり、中央機器室への配置替え後コンピューター操作法の修得を命じられたのは、衛生検査職種と異なる職種への配置替えということはできないから、原告の右主張は理由がない。
(三)(1) 前記一で認定したとおり、原告が従事していた衛生検査業務は、都民の健康保持、食品業者等の営業に重大な影響を及ぼす可能性があり、そのための作業は担当者間の相互協力により正確に処理されなければならない(<人証略>)。したがって、右のような検査業務を行う職場では、良好な人間関係の維持が必要である。しかるに、前記二で認定したように、原告の自己中心的、非協調的な態度により職場での人間関係が悪化し、業務に支障を生じるおそれがあった。
(2) 中央機器室への配置替え当時、衛研においては、その業務に関してコンピューターを利用した研究が一部で行われ、将来、コンピューターを利用した試験検査、調査研究が行われることも予想されており、そのために人材育成の見地から衛生検査職種の職員にもコンピューター操作法やソフトプログラム作成の知識を修得させる必要があったものと認められる(<人証略>)。市販のソフトプログラムを活用することが可能であっても、更に専門的なソフトプログラムを作成する必要性が否定されるものではなく、また、研修を命じる際に、右のようなコンピューター操作法等の修得について、高度の必要性がなければならないと解するのは相当でない。
(3) 右(1)及び(2)の事実に、原告に命じた東京医科歯科大学での研修が指導教官等との融和を欠き途中で打ち切られたこと、原告の従前の態度等からして、原告を食肉魚介細菌担当に復帰させることは従前と同様の結果になると予測されること、当時原告を受け入れる部・科がなかったこと、コンピューター操作法の修得は緊密な協同作業を必要としないこと(<証拠略>)などを総合すると、それまで原告のような研修を命じられた者やICP室で勤務した者がいなかったこと、原告ひとりがICP室に配置されたこと、原告が衛生に関する試験検査業務から外されたこと、それまで原告にコンピューター使用の必要性、関心がなかったこと、研修の内容が三年六か月にも及ぶものであること及び原告のコンピューター操作法についての能力が実証されていなかったことを考慮しても、食肉魚介細菌担当から中央機器室へ配置替えし、原告に協同作業を要しない前記の研修を命じたことは、必要かつ合理的な理由に基づくものと認めるのが相当であり、地方公務員法に定める能力実証主義(なお、研修については、その能力の実証が必ずしも必要ではないと解される。)、平等主義に反するということはできない。
したがって、原告に前記のようなコンピューター操作法の修得を命じたことが被告の裁量権を逸脱しているとの原告の主張は、理由がない。
2 マイコン室への配置替えについて
(一) マイコン室への配置替えが異職種従事であるとの原告の主張は、前記説示のとおり理由がない。
(二) マイコン室への配置替えをした経緯は前記二で認定したとおりである。
当時の中央機器室担当の職員は、山岸副参事主任研究員、前木主任研究員及び原告であったが、山岸副参事研究員が中央機器室の総括、機器の総括的保守・管理及び機器を使用する各研究科の職員に対する指導・援助、前木主任研究員が電子顕微鏡等の保守・管理及び機器を使用する各研究科の職員に対する指導・援助、原告が前記の職務であた。なお、マイコン室は、昭和五九年一月に開設され、マイコン等の機器が配置された。(<証拠略>)
(三) マイコン室での原告の具体的職務は、前記のような単純作業であり、原告ひとりマイコン室に配属された点は、それ以前にそのような配置がなされたことがないことからみても、通常の配置替えとは言い難いが、前記認定の原告の配置替えに至る経過、すなわち、食肉魚介細菌室で他の職員との人間関係が悪化等していたこと、コンピューター操作法修得の研修が打ち切られたこと及び原告を受け入れる意向のある研究部・科がなかったこと、中央機器室の人員配置とその職務内容並びに原告が調査研究業務を行うことが可能であったこと等に照らすと、マイコン室への配置替えがその必要性、合理性を欠くものと認めることはできない。
したがって、マイコン室への配置替えが被告の裁量権を逸脱した違法なものということはできないから、原告の主張は理由がない。
五 結論
以上によれば、中央機器室への配置替え及びマイコン室への配置替えに、原告主張の違法は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
(裁判官 竹内民生)