東京地方裁判所 昭和60年(ワ)1923号 判決 1986年12月24日
原告
安藤紀代子
原告
株式会社日立總業
右代表者代表取締役
伊藤欣治
右両名訴訟代理人弁護士
杉井健二
被告
国際信用株式会社
右代表者代表取締役
河村隆一
右訴訟代理人弁護士
飯塚孝
松尾美根子
右当事者間の土地根抵当権設定登記抹消登記請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
一 被告は、原告らに対し、別紙目録記載の土地につき、千葉地方法務局千葉西出張所昭和五七年四月二一日受付第一二三一六号の二番根抵当権移転付記登記の抹消登記手続をせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は安藤眞吾(以下「眞吾」という。)の所有であつた。
2 安藤登武(以下「登武」という。)は昭和五七年二月一日、眞吾のためにすることを示して、原告株式会社日立總業(以下「原告会社」という。)との間で、本件土地につき、次の内容の根抵当権設定契約を締結した。
極 度 額 金一億円
債権の範囲 金銭消費貸借、手形債権、小切手債権
債 務 者 眞吾
根抵当権者 原告会社
3 眞吾は、昭和五九年一二月七日受付の右根抵当権本登記手続をするに際して、原告会社に対し、登武の右2の代理行為を追認した。
4 原告安藤紀代子(以下「原告安藤」という。)は、昭和五九年一二月七日、眞吾から本件土地を買い受けた。
5 仮に、4が認められなくても、原告安藤は、右同日、眞吾から本件土地の贈与を受けた。
6 本件土地には、原告会社の右根抵当権よりも先順位で、株式会社ワールドフルーツ(以下「訴外会社」という。)を根抵当権者、大藤物産株式会社(以下「大藤物産」という。)を債務者とし、極度額を金七二〇〇万円とする千葉地方法務局千葉西出張所昭和五三年一一月一日受付第二五二一三号の根抵当権設定登記(以下「本件根抵当登記」という。)がある。
7 大藤物産と訴外会社との間の取引は昭和五五年一月ころ終了したので、本件根抵当権の元本はこれにより確定した。この時点における被担保債務の額は、金四二一〇万円である。
8 大藤物産は、訴外会社に対し、昭和五六年一〇月二六日ころまでに右被担保債務を弁済した。
9 本件根抵当登記について被告を根抵当権者とする同法務局同出張所昭和五七年四月二一日受付第一二三一六号の二番根抵当権移転付記登記(以下「本件付記登記」という。)がある。
よつて、原告安藤は所有権に基づき、原告会社は根抵当権に基づき、それぞれ妨害排除請求として、被告に対し、本件土地につき本件付記登記の抹消登記手続をすることを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実は否認する。
5 同5の事実は否認する。
6 同6の事実は認める。
7 同7の事実は知らない。
8 同8の事実は知らない。
9 同9の事実は認める。
三 抗弁
1 仮に、請求原因4又は5の事実が認められるとしても、眞吾と原告安藤は、本件土地について右売買契約又は贈与契約を締結する際、いずれも本件土地を売買又は贈与する意思がないのに、その意思があるもののように仮装することを合意したものであるから、右売買又は贈与は虚偽表示により無効である。
2 眞吾は、昭和五三年一〇月三一日、訴外会社との間に、次の内容の根抵当権設定契約を締結した。
極 度 額 金七二〇〇万円
債権の範囲 売買取引、金銭消費貸借取引、手形債権、小切手債権
債 務 者 大藤物産
根抵当権者 訴外会社
3 被告は、昭和五七年三月二〇日、訴外会社から2の契約に基づく根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を譲り受けた。
4 眞吾は、右3の際、被告に対し、本件根抵当権の譲渡を承諾した。
5 仮に、4が認められないとしても、眞吾は本件付記登記の抹消を求めることができたのにこれをしないで三年間近くも放置していたから、右3の本件根抵当権の譲渡を黙示に承諾したものというべきである。
6 仮に請求原因7、8の事実が認められるとしても、眞吾はその後に右4又は5のとおり本件根抵権の譲渡につき承諾したのであるから、右譲渡前に本件根抵当権が確定、消滅していたと主張することは禁反言の原則により許されない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認する。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実は否認する。
5 同5の事実は否認する。
6 同6の主張は争う。
理由
一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二<証拠>によれば、請求原因2の事実は認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
三<証拠>を総合すれば、請求原因3の事実(なお、原告会社の根抵当権は、本来は株式会社オリヅル(以下「オリヅル」という。)の債務につき眞吾を保証人とする予定のもとに設定されたものであるところ、眞吾は、原告会社が眞吾の三男実夫婦(原告安藤夫婦)の住居の保全を約したのと引換えにオリヅルの原告会社に対する債務を引き受けることとして、右追認をしたものであること)を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
四<証拠>によれば、眞吾と原告安藤は本件土地につき請求原因4のとおりの売買を原因とする登記手続をしたことを認めることができる。
しかしながら、原告安藤本人の供述に弁論の全趣旨を総合すれば、当時眞吾は原告安藤夫婦に近接して生活しており、両者の家計はほとんど一緒にしていて、それまでに原告安藤は勤め先から得た給料を右家計に入れていたこと、眞吾夫婦は、原告安藤に老後の世話を受ける立場にあつたことから、本件土地の所有名義を原告安藤に移転したもので、その際売買契約書の作成も金銭の授与もなされず、代金額自体定めなかつたことが認められるのであつて、右の事実に照らせば前段の事実から請求原因4の事実を認めることは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
もつとも、右前二段で認定した事実によれば、請求原因5の事実を認めるのが相当である。
五請求原因6の事実は、当事者間に争いがない。
六<証拠>を総合すれば、請求原因7、8の事実は認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
七請求原因9の事実は当事者間に争いがない。
八本件全証拠によるも抗弁1の事実を認めることができない。
九抗弁2の事実は当事者間に争いがない。
一〇官署作成部分の成立に争いがなく、その余の部分は<証拠>によれば、抗弁3の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
一一しかしながら、乙第二号証中眞吾作成部分及び乙第一一号証の四は、いずれも成立の真正を認めることができない。すなわち、右乙号各証の眞吾名下にある印影が同人の印章によることは争いがないけれども、<証拠>を総合すれば、登武は、眞吾の四男で当時眞吾の近隣に居住しており、同人の実印の保管場所を知つており、眞吾宅に自由に出入りできる立場を利用して、これらの書面を眞吾宅に持ち込み、眞吾に無断で右実印を押捺したことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。もつとも、前掲各証拠によれば、登武はそれまで右以外にもたびたび眞吾の右実印を冒用して本件土地を含む眞吾の土地にオリヅル等のため担保権の設定をしており、このことは、おそくとも昭和五七年二月のオリヅルの倒産時には眞吾に判明したものであること、右乙号各証の作成日付はその後の昭和五七年三月二〇日であることが認められるけれども、他方、原告安藤本人の供述によれば、右オリヅル倒産の時点では、眞吾は右各担保権の抹消を登武自身の手でなすことを期待しており、その時点では実印の保管方法を変更しなかつたこと、当時眞吾は経営コンサルタントの仕事の関係で不在がちであつたこと、眞吾が登武の前記無断担保権設定行為の後始末を実と真剣に相談しはじめたのは同年五、六月以降であることが認められ、これらの事実に照らせば、前記の事実は未だ前段の認定を覆すに足りない(なお、証人岸本浩の証言によれば、被告は本件根抵当権の譲渡の承諾が眞吾の意思に基づくものかどうかにつき、眞吾はおろか登武に対しても確認していないことが認められる。)。そうすると、右印影から右乙号各証が眞吾の意思に基づき作成されたものと推定することはできず、他に右成立を認めることのできる証拠はない。そして右乙号各証の他抗弁4の事実を認めるに足りる証拠はない。
一二眞吾が本件付記登記後本件訴訟の提起に至るまで被告に対してその抹消を請求しなかつたことは弁論の全趣旨により明らかであるけれども、右の事実から直ちに眞吾が本件根抵当権の譲渡を黙示に承諾したものと認めることはできない(眞吾が原告会社に対して登武の請求原因2の代理行為を追認したことは既に判示したとおりであるが、これは第三項において認定したような事情のもとにおいてであるから、このことから本件根抵当権の譲渡についても黙示の承諾をしたものと見ることはできない。)。
してみれば、抗弁はその余の点につき判断するまでもなく失当に帰する。
一三なお、根抵当権の譲渡については、所有者の同意があれば足り、後順位担保権者の同意は不要とされている(民法第三九八条ノ一二第一項参照)ことに鑑みれば、後順位根抵当権者は先順位根抵当権の譲渡につき法律上の利害関係を有するものとは解しえず、したがつて、本件根抵当登記をそのままにして本件付記登記のみの抹消を求める原告会社の請求の当否が問題となる。
しかしながら、仮に①訴外会社の被告に対する本件根抵当権の譲渡が所有者たる眞吾の承諾を欠くため無効であり、かつ②訴外会社自身について見ると被担保債権の確定、消滅によつて根抵当権の存在が認められなくなる場合には、本件根抵当登記と本件付記登記とが相まつて原告会社の有する後順位根抵当権を侵害しているものというべきである。この場合、原告会社としては、被告に対して直接本件根抵当登記の抹消を求めることもできるのであるが(最高裁判所昭和四四年四月二二日第三小法廷判決民集二三巻四号八一五頁参照)、まず①を理由として被告に対して本件付記登記の抹消を求め、次いで②を理由として訴外会社に対し本件根抵当登記の抹消を求め、もつて自己の根抵当権に対する妨害を排除することが許されないものではなく、この場合両者が必要的共同訴訟の関係に立つものと解すべき理由もない。そうとすれば、①及び②がいずれも立証されるかぎり、原告会社は、被告に対して本件付記登記の抹消のみを求めることも許されるものと解するのが相当である。
一四以上の次第であるから、原告らの請求はいずれも理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官信濃孝一)
別紙物件目録
所在 千葉県千葉市横戸町字高台向
地番 壱五八四番
地目 宅地
地積 九九壱・七参平方メートル