東京地方裁判所 昭和60年(ワ)2456号
原告
太田正吾
右訴訟代理人弁護士
若林三郎
被告
明光産業株式会社
右代表者代表取締役
黄田裕文
右訴訟代理人弁護士
北島正俊
主文
被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月二〇日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告会社は、輸出入業及び国内販売業をなす株式会社であり、原告は、被告会社との雇用契約により昭和四九年八月一日から被告会社に勤務していた。
2 原告は、一〇年余りの間、被告会社営業部門の中心的存在として勤務していたのであるが、近年に至り、被告会社代表取締役黄田裕文(以下、裕文という。)の会社経営の乱脈ぶりが顕著になり、従業員一同の前途に対する不安が募る中、裕文はこのような事態に直言する原告を次第に疎ましがるようになり、取引先や周囲の反対にも拘らず、原告に辞職を迫るようになった。
3(一) そこで、原告と裕文は、被告会社の有力な取引先関係者を含めて話し合いを持ったが、裕文がこれら周囲の者の諌言に耳を傾けようとしないので、原告は、これ以上被告会社や仲裁等の労を取った取引先等に迷惑を懸けてはならないとの配慮から、昭和五九年八月二八日ころ、裕文の「退職金は、退職金規程に従って一〇年間の在籍者として最も有利な方法によって算出される額を退職時に支払うから、昭和五九年九月三〇日をもって退職して欲しい。」との旨の申し出を承諾した。
(二) 仮に、右合意が認められないとしても、裕文は昭和五九年四月一一日会社都合により原告を同年七月三一日をもって解雇する旨の意思表示をした。右退職時期はその後延期されて結局同年九月三〇日とされた。
4 被告会社退職金規程によれば、在籍一〇年間の従業員として最も有利な方法によって算出される退職金額は、退職時の基本給月額に基準率一〇を乗じた額であり、また、会社都合による解雇の場合の退職金額も同様である。
原告の後記退職時の基本給月額は二八万三〇〇〇円であるから、右算出方法による原告の退職金は二八三万円となる。
5 原告の昭和五九年九月二一日から同月三〇日まで一〇日分の賃金は未払いであり、その額は、被告会社賃金規程によれば、原告の昭和五九年八月分の賃金支給額四二万五〇〇〇円を月稼働日数二五日で除し、一〇日を乗じた一七万円となる。
6 原告は、昭和五九年九月三〇日をもって退職し、被告会社に対し退職金及び未払い賃金の支払いを請求したが、被告会社はこれを支払わない。
よって、原告は、被告会社に対し、退職金二八三万円及び未払い賃金一七万円の合計三〇〇万円並びにこれに対する原告の被告会社に対する催告書到達の翌日である昭和六〇年一月二〇日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延利息の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、原告が営業部門の中心的存在として勤務していたことは不知、その余の事実は否認する。
3 同3については、(一)のうち、原告、裕文間で取引先関係者も含めて話し合いが持たれたことは認めるが、その余の事実は否認し、(二)の事実は全て否認する。
被告会社の営業は台湾との貿易を主体とするため、裕文は海外出張が多く不在勝ちであったところ、その間原告は主に国内に在って営業に従事していたが、身勝手、独断の行為が多く裕文の意見を聞き入れることが少なく、被告会社の営業活動に支障を与えた。そこで原告は、昭和五九年五月一日から三か月間の予定で被告会社の取引先である株式会社ティー・アンド・エム・マリーン・エンジニアズ(以下、ティー・アンド・エムという。)に出向となり、同年八月一日以降右取引先関係者と原告、裕文間で原告の今後の身の振り方について協議した結果、同年八月三一日一身上の都合による退職願いが原告より提出され、その後九月三〇日までは原告を右会社への出向扱いとして被告会社が賃金等を支払い、同日を以って退職となったものである。
4 同4は争う。
原告は被告会社在勤中被告会社の取締役であり、単なる従業員ではなく、他の従業員に比べて高額の賃金を支給されており、本来従業員を対象とする被告会社退職金規程は原告に適用されない。被告会社は最近数年間業績も好調とは言えず、その原因の一端は原告にあり、被告会社が原告に対して退職金に相当する金員を支給する義務はない。
5 同5のうち、原告の昭和五九年九月二一日から同月三〇日まで一〇日分の未払い賃金が存すること、原告の昭和五九年八月分の賃金支給額が四二万五〇〇〇円であることは認めるが、未払い賃金額の算定については争う。未払い賃金額は、四二万五〇〇〇円を三〇日で除し、一〇日を乗じた一四万一六六六円である。
6 同6は認める。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 被告会社が輸出入業及び国内販売業をなす株式会社であること、原告が被告会社との雇用関係により昭和四九年八月一日から被告会社に勤務していたことは当事者間に争いがない。
二 (証拠略)並びに原告本人尋問(第一回)の結果を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
1 原告は、被告会社の代表取締役裕文の妻黄田けいこ(以下、けい子という。)の弟であり、被告会社では主に営業部門の船舶資材関係の業務を担当していた。
2 裕文は、海外出張が多かったことから、台湾に女性ができて、妻けい子との間に不和が生じ、そのため原告の存在も疎ましくなって、被告会社を退職させたいと考えるようになった。そこで、裕文は、昭和五八年一二月ころ、原告の担当する取引先であるヨットのマストや擬装品のメーカー、ティー・アンド・エムの社長で、裕文との親交も深い村本信男に、穏便に原告を退職させる方途について相談し、原告を昭和五九年五月一日より三か月間ティー・アンド・エムに出向させ、その間、賃金は被告会社で支給するが、ティー・アンド・エムで言わば試用期間として原告の採用を検討することとし、採否いずれの場合でも右期間満了時に原告を被告会社から退職させることとしたい旨申し入れた。右村本は、原告の被告会社からの退職には反対であったが、裕文の意は強固であったことから、とりあえず右出向の申し入れについては承諾した。
3 裕文は、昭和五九年四月一一日、原告に対し、同年五月一日より三か月間ティー・アンド・エムへ出向するよう命じ、右出向期間満了時に被告会社を退職してティー・アンド・エムに就職することを指示し、右退職の際退職金は精算する旨述べた。これに対し、原告が、出向については承諾するが、退職については態度を保留し、もし退職することになるならば、会社都合による退職と解釈する旨述べたところ、裕文は、「よく考えて発言せよ。会社都合というのは種々の意味合いがある。」と述べた。
4 原告が出向してから、裕文は、けい子の姉の夫大西七郎に原告の退職についての調整を依頼し、原告が退職すればそれと同時に小切手を書く、金額は最も原告に有利な会社都合解雇の場合の計算方法で計算する旨申し入れ、右申し入れは右大西から原告に伝えられたが、原告の被告会社に留まりたいとの希望は未だ強く、決着を見ずにいた。これと併行して裕文は前記村本にも原告退職の調整を依頼していたが、右村本は、裕文に、原告を再び被告会社に戻すよう説得を繰り返していた。
5 そのような情況の下で、前記出向期間は昭和五九年八月三一日まで延長されることとなり、同月に入ってからは右問題の調整役は右村本一人に絞られ、裕文と右村本との間で話し合いが続けられたが、裕文の翻意は得られぬまま、同年八月二八日、原告、裕文、右村本の他、関係者が一堂に会して話し合った結果、原告は退職もやむ無しとするに至り、原告と裕文との間で、右出向期間を更に同年九月三〇日まで延長し、同日を以て原告は被告会社を退職することとし、退職金は退職金規程に従って原告に最も有利な方法で計算して支払う旨の合意がなされた。そして、その際、右村本は、かねて原告より預かっていた原告の辞表(乙第一号証)を裕文に提出した。
三 以上の事実に基づき、第一に、原告と被告会社との間の労働契約の終了につき判断する。
先ず、前記3記載の裕文の原告に対する退職の指示につき検討するに、(証拠略)及び原告本人尋問(第一回)の結果によれば、同記載の原告と裕文のやり取りの際に裕文は解雇という文言も用いていることが認められ、右指示を解雇の意思表示と解する余地がない訳ではないが、原告と裕文との関係、裕文が原告を退職させようとした動機、前後の経緯、右やり取りの情況等を総合すれば、右指示は、原告に出向期間満了時における退職の承諾を迫ったものと解するのが相当であって、右解雇の文言は正確な意味で用いられたものではなく、右指示を以て原告と被告会社との間の労働契約の解約の申し入れがなされたものと認めることができる。
そうすると、前記5記載の話し合いにおいて、原告が退職もやむ無しとした点は、右解約申し入れに対する承諾と解されるのであるが、その際、前記村本から裕文に提出された原告の辞表は、右承諾の形式とみるべきであって、これを被告会社主張のように、独立の原告からの解約告知と解することはできない。
したがって、原告と被告会社との間の労働契約は、昭和五九年八月二八日成立の解約の合意により、同年九月三〇日消滅したものと判断できる。
四 第二に、退職金請求権について判断する。
前記5記載のとおり、昭和五九年八月二八日の話し合いにおいて、右解約の承諾に付随して退職金についての合意がなされているのであるが、その内容は、退職金規程に従って原告に最も有利な方法で計算して支払うというに留まり、具体的な金額については定められていない。しかしながら、原本の存在及び成立に争いのない(証拠略)によれば、被告会社の退職金規程には、勤続年数毎に退職原因により差等を設けた一定の退職金支給基準率が置かれ、退職時の基本給に右基準率を乗じた額を退職金額とする旨明定されていることが認められ、右合意内容は、原告の退職時の基本給に、右基準率中原告の勤続年数に該当する最も高い基準率を乗じて算定される額の退職金を支払うとの趣旨と解され、金額確定の可能性に欠けるところはなく、右合意による原告の被告会社に対する退職金請求権の発生を認めることができる。
なお、その際、退職金の支払いの時期についての明示の合意はなされていないが、前記認定に懸かる経過に照らせば、これを退職時とする旨の黙示の合意があったものと解するのが相当である。
五 次に、前記のとおり、原告の退職金額は、原告の退職時の基本給に、被告会社退職金規程に定められた退職金支給基準率中原告の勤続年数に該当する最も高い基準率を乗じて算定される額と解されるところ、原告が昭和四九年八月一日から被告会社に勤務し、昭和五九年九月三〇日退職したことは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、右退職金支給基準率中原告の右勤続年数一〇年に該当する最も高い基準率は一〇であることが認められ、(証拠略)によれば、原告の退職時の基本給は二八万三〇〇〇円であることが認められるので、原告の退職金額は二八三万円であることが認められる。
六 原告の昭和五九年九月二一日から同月三〇日まで一〇日分の賃金が未払いであることは当事者間に争いがないところ、(証拠略)によれば、被告会社においては、賃金規程によって、月給計算期間途中で退職した者の右期間中の賃金は、賃金月額を二五で除し、右期間中における稼働日数を乗じた金額を支払う旨定められていることが認められ、原告の昭和五九年八月分の賃金月額が四二万五〇〇〇円であることは当事者間に争いがなく、右未払い賃金額は一七万円であることが認められる。
七 (人証略)及び原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告は、前記村本に依頼して昭和五九年一〇月八日裕文に対し退職金及び未払い賃金の支払いを請求したことが認められるから、被告会社の原告に対する未払い賃金の支払い期限は、同月一五日であると認められる。
八 以上のとおりであるから、原告の、被告会社に対する、退職金二八三万円及び未払い賃金一七万円の合計三〇〇万円並びに右各金員に対する各期限到来後である昭和六〇年一月二〇日から支払い済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 川添利賢)