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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)4131号 判決 2000年4月26日

原告

ド・ラ・リュー・ジオリ・エス・アー

右代表者

ジョン・ブライアン・フィールド

ジョルジョ・コーエン

右訴訟代理人弁護士

土屋泰

櫻木武

花水征一

滝井乾

右訴訟復代理人弁護士

木村耕太郎

右補佐人弁理士

青木朗

鶴田準一

被告

右代表者

法務大臣臼井日出男

右指定代理人

栗原壯太

外七名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告と原告との間に別紙目録(二)記載の技術情報につき、秘密保持義務が存在することを確認する。

二  被告は別紙目録(二)記載の技術情報を「自己の為にのみ利用し」、これを将来にわたって第三者に開示してはならない。

三  被告は、訴外小森コーポレーション及びその他の第三者をして、訴外株式会社小森コーポレーションが「マルチ」、「カレンシーL832」及び「カレンシーI332」との名称で製造している銀行券及び証券印刷機、並びにその他訴外株式会社小森コーポレーション及びその他の第三者が日本国外において販売する銀行券及び証券印刷機に、別紙目録(二)記載の技術情報を利用せしめてはならない。

四  被告は、原告に対し、226万9059.67スイスフラン及びこれに対する平成元年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告(ないし原告の前身)が被告に紙幣印刷機を販売したが、右販売契約に付随して秘密保持契約を締結したなどと主張して、原告が被告に対して、別紙目録(二)記載の技術情報(以下「本件技術情報」という。)秘密保持義務の存在確認、本件技術情報の第三者への開示の差止め及び損害賠償等を求めた事案である。

なお、別紙目録(一)は欠番とした。また、別紙目録(二)の各秘密技術情報項目にも、欠番としたものがある。

一  前提となる事実(証拠を挙げた事実以外は争いがない。)

1  原告

原告は、スイス法に基づいて設立され、その事業目的を、銀行券等の製造に関する研究・開発、設計・製造、販売等とする、ド・ラ・リューグループに属する株式会社である(原告がスイス法に基づいて設立された株式会社であることは争いがない。その余については、甲一五四ないし一五七及び弁論の全趣旨。)。

ド・ラ・リューグループは、ド・ラ・リュー・ピー・エル・シーの傘下にある企業集団をいう。英国法人であるトーマス・ド・ラ・リュー・インターナショナル・リミテッド(以下「インターナショナル社」という。)並びに銀行券及び有価証券の印刷機の製造会社であるトーマス・ド・ラ・リュー・エンジニアリング・リミテッド(以下「エンジニアリング社」という。)はド・ラ・リューグループに属する(甲一五八ないし一六二、弁論の全趣旨)。

原告代表者であったグアルティエロ・ジオリ(以下「ジオリ」という。)は、昭和二〇年(一九四五年)ころから銀行券と証券の製造装置の設計・製作及び技術指導を行い、昭和二六年(一九五一年)に、営業の拠点をスイス国ローザンヌ市に移転し、オルガニザシオン・ジオリ(以下「オルガニザシオン」という。)を設立した(甲一七七、弁論の全趣旨)。

西独のケーニッヒ・ウンド・バウエル・アーゲー(以下「ケーバウ社」という。)は、一八一七年に設立された。同社は、世界で最も古い印刷機械メーカーであり、世界最大のグラフィック印刷機械のメーカーのひとつである(甲一六八、弁論の全趣旨)。

ジオリは、ヨーロッパにおける証券印刷及び印刷機製造界の権威を集めて、昭和二七年(一九五二年)、ジオリ機構を組織した。ケーバウ社はジオリ機構に参加している(甲一六八、乙四〇)。

ジオリとインターナショナル社は、昭和四〇年(一九六五年)三月三〇日、折半の出資をして、スイス法に基づき、ソシエテ・テクニーク・ジオリ・ド・ラ・リュー・エス・アー(以下「テクニーク社」という。)及びド・ラ・リュー・ジオリ・エス・アー(原告)の二社を設立し、その設立に際し、以下のとおり合意した(甲一六三)。

① インターナショナル社は、エンジニアリング社が、同社がそれまで行ってきたすべての種類の商業的取引をテクニーク社と原告に譲渡することを約束する。

② ジオリ及びインターナショナル社は、テクニーク社に、現存する又は進行中の特許、発明等につき、無償で使用権限を与える。

③ 右同日以降、すべての特許、発明等はテクニーク社の独占的な権利となる。

次いで、原告は、昭和四二年(一九六七年)七月一日、テクニーク社を吸収して合併し、右法的地位に基づき、原告は、紙幣及び有価証券印刷機の製造、販売を行っている(甲一六八、一七七)。

2  被告

被告は、国家行政組織法第三条第二項の規定に基づき大蔵省を設置し、大蔵省内に印刷局を置き、日本銀行券・紙幣等を製造している(以下被告を便宜「印刷局」という場合がある。)

3  被告の印刷機の購入

被告は、昭和三二年(一九五七年)六月から昭和四一年(一九六六年)にかけて、以下のとおり、レイボルド機工株式会社(以下「レイボルド機工」という。)から、ジオリ機構製の銀行券製造用印刷機を購入した。

① 五色のオフセット印刷用のシムルタン印刷機 一一台

② 三色の凹版印刷用のインタリオカラー双プレート印刷機 一台

③ 三色の凹版印刷用のインタリオカラー四プレート印刷機 一二台

④ 二色の番号付け用のニューメロータ印刷機 一二台

被告は、昭和三六年(一九六一年)ころから昭和三九年(一九六四年)ころにかけて、東西商事株式会社(以下「東西商事」という。)を通じて、エンジニアリング社製の銀行券印刷機二七台を購入した(以下、レイボルド機工及び東西商事から購入した印刷機すべてをあわせて「本件印刷機」という。)(甲六三、乙六三、六四。枝番号は省略することがある。以下同様である。)(なお、被告が印刷機の購入契約をした相手については争いがある。)。

二  争点

1  被告は原告に対し、秘密保持義務を負担したか。

(原告の主張)

被告は、原告に対し、以下の理由により、原告が保有し、原告、オルガニザシオン又はエンジニアリング社から被告に開示された、紙幣印刷機の製造、使用に関する秘密情報の一切につき、秘密保持義務を負担するに至った。

なお、原告の保有する紙幣印刷機に関する特許、ノウハウ等の権利には、自己が開発したものと、オルガニザシオン又はエンジニアリング社から承継取得したものとがある。

(一) 契約に基づく義務

被告は、原告の前身に対し、契約によって秘密保持義務を負担した。すなわち、被告は、原告の前身との間において、本件印刷機等の売買契約に付随して秘密保持契約を締結した。

原告の前身であるオルガニザシオン及びエンジニアリング社は、昭和三三年(一九五八年)及び昭和三四年(一九五九年)に、それぞれ「シムルタン型」紙幣印刷機、「インタリオカラー型」紙幣印刷機、「ニューメロータ型」印刷機及び「ド・ラ・リュー・インタリオ・プレス型」紙幣印刷機を、それぞれの日本国内の代理店を通じて、被告に販売した。なお、各印刷機の売買契約の相手方は、契約書上は、オルガニザシオン開発に係る印刷機についてはレイボルド機工と、エンジニアリング社製造に係る印刷機については東西商事と、それぞれ記載されている。しかし、売買に関する交渉は、すべて被告とオルガニザシオン又はエンジニアリング社との間で直接行われており、また、契約成立後の印刷機の設置、試運転、技術指導やその後の継続的な情報技術の提供等も、すべてオルガニザシオン又はエンジニアリング社が直接行ってきた。これに対し、レイボルド機工と東西商事は、いずれもオルガニザシオンないしはエンジニアリング社の日本における販売代理店であり、交渉の立会いや事務的な連絡等をしたに過ぎない。したがって、被告と契約を締結した実質的な当事者は、オルガニザシオン又はエンジニアリング社である。

オルガニザシオン及びエンジニアリング社と被告との間には、以下のとおりの本件売買契約の特殊性から、被告が購入した印刷機に関する秘密の技術情報につき守秘義務を負い、これら印刷機の模造品又は類似品の製造をしない旨の合意がされたと解すべきである。

すなわち、①銀行券印刷機の購入者は、各国の大蔵省ないし中央銀行といった、当該国の通貨を発行する権限のある当局に限定されること、②購入者は、技術的に優れた印刷機を調達することが不可欠であるのみならず、その操作・保守について、メーカーからの技術情報の継続的な提供を受けることが不可欠であること、③銀行券発行当局は、偽造防止の見地から、印刷機に関する技術情報の秘密を保持する必要があり、メーカーとしても、印刷機の購入者に多くの貴重な技術情報を提供する以上、購入者がその秘密を保持するとの了解が必要であること等の特殊性から、契約書が作成されなくても当然に、被告が購入した印刷機に関する秘密の技術情報につき守秘義務を負い、これら印刷機の模造品又は類似品の製造をしない旨の合意がされたと解すべきである。

さらに、右売買契約に伴う秘密保持義務は、購入した印刷機のみではなく、後日これに関連して原告から被告に提供された秘密技術情報にも及ぶものと解すべきである。

(二) 不正競争防止法に基づく義務

被告は、原告に対し、不正競争防止法等の趣旨から当然に秘密保持義務を負担する。すなわち、売買の目的物に売主のトレード・シークレットが含まれる場合、知的財産権法上当然に、当該売買契約に付随して、買主は、売主に対し、右トレード・シークレットの秘密保持義務を負担する。我が国においても、平成二年六月二九日法律第六六号「不正競争防止法の一部を改正する法律」(以下「平成二年改正法」という。)によって、営業秘密をその保有者から開示された者が、不正の競争又は利益を得る目的で営業秘密を開示することを禁止する規定が定められたが、その趣旨に照らすと、平成二年改正法が適用される前においても、原告から被告に開示された技術情報は、営業秘密として保護され、被告は、当然に、右技術情報の秘密保持義務を負うと解すべきである。

(三) 信義則に基づく義務

被告は、原告に対し、信義則により秘密保持義務を負担するに至った。すなわち、印刷機械製造業者は、販売の機会の獲得、拡大を図るため各国の紙幣印刷機関に対し、無償で秘密情報を開示する必要が生じる。他方、印刷機関としても、偽造されにくい紙幣類を作り出すため自己固有の技術を開発することが極めて有益であり、少なくとも、日常のメンテナンス等のため自己の購入する機械の技術的側面をある程度把握しておく必要があることから、このような技術情報の供与を受けることが必要となる。

企業が、現に秘密としている情報を、相手方に開示しなければならない場合、相手方が当該秘密情報を漏泄しないとの保証が必要であり、紙幣印刷機の製造業者と紙幣の印刷機関との間には、そのような信頼関係が成立していた。

以上のとおり、紙幣印刷機の製造業者と紙幣の印刷機関という原、被告間の特殊な関係に照らすならば、被告は、信義則上、原告から開示された秘密について、秘密保持義務を負担すると解すべきである。

(四) 覚書に基づく義務

被告は、原告に対し、以下の覚書に基づいて、秘密保持義務を負担した。すなわち、被告の印刷局の職員が欧米視察旅行をするに際して、被告は、原告に対し、昭和四〇年(一九六五年)九月二七日付の覚書(甲八、以下「本件覚書」という。)を交付した。右覚書の第一項には、印刷局の局員が視察旅行に当たって得た知識を印刷局のためにのみ用い、原告の事前の同意なく第三者に開示しないこと、第二項及び第三項には、被告は、原告に対し秘密保持義務を負うことが記載されている。右第二項及び第三項は、長期的視野に立ち、紙幣印刷機等の製造、運転に関し、過去及び将来にわたって原告から被告に与えられた原告所有の秘密全般につき、秘密保持義務を規定したものであり、被告は、右覚書に基づき、原告に対し、原告から開示された秘密について、秘密保持義務を負担した。

本件覚書は、業務部長である大澤信一(以下「大澤」という。)が「印刷局長のために」と表示して作成したものであり、大澤は、印刷局長から秘密保持義務を負担する権限を与えられていた。仮にそうでないとしても、大澤が印刷局長からそのような権限を与えられた旨の表示がされていることになる。印刷局長に、本件のような被告の秘密保持義務を負担する権限がなかったとしても、原告が日本国の行政機関に精通しない外国の一企業であることに鑑みれば、原告が印刷局長が被告を代表して原告に対し秘密保持義務を負担したと信じたことに過失はない。したがって、民法一一〇条、又は同法一〇九条及び一一〇条の重畳適用により、被告は、秘密保持義務を負っていることを否定することはできない。

(被告の反論)

(一) 契約に基づく義務について

(1) 原告は、事業目的を、昭和四〇年(一九六五年)三月三一日設立当時は、「紙幣・硬貨製造用の印刷機械、補助設備、原材料、技術サービス、ノウハウ、組見本、製版、銘板など、全般的に銀行券、信用紙幣、受託印刷/鋳造に使用される紙幣と硬貨の生産を行うすべての製品の販売及び不動産取引」、同年一二月二〇日以降は「貨幣、有価証券印刷・製造機械の販売」とする会社であり、製造会社ではなく、販売会社である。

原告は、オルガニザシオン又はエンジニアリング社は、原告の前身である旨主張する。しかし、右二社と原告との間の、本件技術情報に関する承継関係は明確でないので、原告が本件技術情報の保有者であるとはいえない。なお、被告が印刷機を購入した当時、ド・ラ・リュー・グループとオルガニザシオンとは利害相反する競争関係にあったのみならず、製品の調達経路等も異なった。

さらに、別紙目録(二)記載の技術情報は、ジオリ、オルガニザシオン又は原告が正当に保有するものではなく、第三者が開発した技術情報である。また、同目録の(一一)ハ、(一二)ハ、(一五)記載の技術情報は、基本的には被告(印刷局)が開発した技術に関する情報である。

以上のとおり、原告が、本件技術情報を、何時、どのように開発又は取得したのか不明であることなどから、原告が本件技術情報の保有者であるとはいえない。

(2) 被告は、印刷機の購入に関し、レイボルド機工ないしは東西商事と契約書を作成した。また、被告が印刷機の購入に際して交渉を行った相手はレイボルド機工と東西商事であり、その交渉や実施にオルガニザシオンやエンジニアリング社が関与したことはない。したがって、被告が印刷機調達の契約を締結した相手方はレイボルド機工及び東西商事であり、オルガニザシオン及びエンジニアリング社ではない。

(二) 不正競争防止法に基づく義務について

原告は、不正競争防止法の趣旨により、当然秘密保持義務を負担する旨主張するが、その根拠は不明であり、主張自体失当である。

営業秘密の保護に関しては、平成二年改正法によって、不正競争防止法上初めて規定が設けられたのであり、その結果、直接契約関係にない当事者間においても、営業上の秘密保護を目的として、差止請求、損害賠償請求等をすることができるようになった。営業秘密保護の規定は、その後の改正を経て、現在の不正競争防止法(以下「現行法」という。)に承継されている。平成二年改正法の施行前日(平成三年六月一四日)までに保有者から営業秘密を示され、それを開示する行為については、平成二年改正法ないしは現行法の適用はない。したがって、平成三年六月一四日以前に取得され、開示された秘密技術情報につき、契約に基づかずに秘密保持義務を負わせたり、これを前提とする差止め及び損害賠償を請求することはできない。

原告は、被告が平成三年六月一四日以前である昭和三九年ころ、株式会社コモリコーポレーション(昭和三九年当時の商号は、小森印刷機械株式会社。以下「小森」という。)に秘密技術情報を開示したことを前提として主張するが、平成二年改正法ないしは現行法の適用がない以上、原告は被告に対し、本件各差止請求及び損害賠償請求をすることはできない。

仮に、本件技術情報について、現行法が適用されるとしても、営業秘密として保護されるためには、秘密管理、有用性、非公知性の三要件が必要である。ところで、①原告は、本件印刷機調達の際、レイボルド機工及び東西商事に対して秘密に関する指示等をしたことはなく、秘密保持義務に関する合意をしたこともないなど、本件技術情報につき、適切な秘密管理がされていたとはいえず、秘密管理の要件が欠如している。②原告は、シムルタン印刷機及びインタリオカラー印刷機には、秘密技術情報が含まれていると主張するが、右各印刷機の発売開始以来数十年が経過していることからすると、経験則上、右技術情報は陳腐化及び技術常識化していると考えるのが妥当であり、非公知性の要件も欠けている。したがって、本件技術情報は営業秘密には該当しない。

(三) 信義則に基づく義務について

契約に基づかずに、信義則上当然に秘密保持義務が発生することはない。

(四) 覚書に基づく義務について

我が国において、通貨の製造は政府の独占的権限であり、通貨の製造は、高度の政治的判断を要する重要な行政活動の一部である。したがって、通貨の製造に係る事項について、特定の民間業者に対し秘密保持義務を負うような、将来の通貨政策を物質的・技術的・調達手続的に制約するおそれのある行為をすることは、あり得ない。

行政庁において、所掌事務並びに権限及びその権限に属する契約締結の職務権限を有する者は、法令により厳格に定められている、印刷局は、被告の意思決定を行うことのできるいわゆる行政官庁ではなく、印刷、製紙に関する事業を専門に行う現業の行政機関であり、国全体が秘密保持義務を負うことになる契約締結は、印刷局の所掌事務ではないので、その権限はない。また、当時、印刷局の所掌事務に関し、外形的に契約締結の職務権限を有していたのは、印刷局長であり、印刷局の製造部長及び業務部長は、契約を締結する対外的な職務権限を有しない。

以上のとおり、印刷局には、秘密保持義務を負う契約を締結する権限はなく、仮に印刷機の調達の権限に付随するものと考えても、本件覚書の作成名義人である業務部長にはそれを締結する職務権限がない。したがって、本件覚書は、公務員が職務上作成したいわゆる公文書ではなく、私的な文書というべきである。

また、本件覚書は、文書の方式、体裁の面からも、被告に法的な効力が及ぶ公文書として作成されていない。すなわち、印刷局の局印・部印又は作成者の官職印等の公印が押印されていないこと、所定の割印がないこと、印刷局の発信文書番号がないこと、日本語を用いていないこと、用紙が海外向け通信用箋でないこと等、印刷局文書及び印刷局契約書の方式及び体裁を備えていないことに照らして、公文書でないことは明らかである。なお、本件覚書については、実質的にも、決裁文書の起案・決裁・発信の所定の手続が履践されていない。

さらに、本件覚書の内容からしても、昭和三九年までに印刷局に納入された印刷機に関する技術情報は、本件覚書の対象となっていない。

なお、本件覚書は、印刷局の職員が、局長に代わり又は大蔵省印刷局を代理して作成した文書と解することもできない。印刷機の調達行為に関する権限は公法上のものであり、表見代理の規定は適用されない。仮に、表見代理の規定が類推適用されると解しても、行政庁の所掌事務並びに権限及びその権限に属する契約締結の職務権限を有する者が法令により厳格に定められているので、相手方には過失がある。

以上のとおり、本件覚書は、印刷局の職員が海外出張する際の秘密保持に関する文書であり、作成者たる大澤業務部長独自の判断において作成された私的な文書とみるべきであるから、本件覚書により、被告が原告主張の秘密保持義務を負担すると解することはできない。

2  原告は、被告に対し、秘密保持義務の対象となる技術情報を提供したか。

(原告の主張)

原告又はオルガニザシオンは、被告に、別紙目録(二)記載のとおりの内容の各技術情報を開示、提供した。各技術情報は秘密技術情報に当たり、被告は、右技術情報につき秘密保持義務を負っている。

原告又はオルガニザシオンが被告に各技術情報を開示、提供した時期、方法、内容等は、以下のとおりである。

(一) シムルタン印刷方式

原告又はオルガニザシオンは、被告に対し、昭和三三年(一九五八年)以降に、シムルタン印刷方式に関する以下の情報を開示した。

オルガニザシオンは、被告に対し、昭和三三年(一九五八年)「シムルタン印刷機」という名称のドライ・オフセット印刷機(Type:3/2 T0 Ⅲ)を販売し、同社は、被告に対し、右販売時に、これに関する資料として、①「Type:3/2 T0 Ⅲ SIMUL TAN Operating Instractions」と題する取扱説明書及び付属図面であるB.-05. 101号図面、B.05.-121.5号図面(甲七〇の一)、②同機の構造図である「Simultan 3/2 T0 Ⅲ Blatt:150」と題する図面(甲七〇の二)、③同機の側面図であるG.-05.174.1号図面(甲七〇の三)、④同機の刷板のXX図であるB.-05. 186. 1号図面(甲七〇の四)を、提供した。右シムルタン印刷機(Type:3/2 T0 Ⅲ)自体に存在する技術情報並びに右取扱説明書及び右各図面に記載されている技術情報は、その性質上秘密技術情報に当たる(以上、シムルタン印刷機関係)。

また、原告は、印刷局の製造部長である市川家康(以下「市川という。)に対し、昭和四五年(一九七〇年)一一月二六日スーパーシムルタン印刷機の構造図面であるG-06. 006号図面(甲七四)を提出した。右図面には、スーパーシムルタン印刷機の機能的特徴が明瞭に示してあり、右技術情報は、秘密技術情報に当たる(以上、改良型シムルタン印刷機関係)。

(二) 二枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機

被告は、オルガニザシオンから、凹版カラー印刷機(インタリオカラー印刷機3/0Lg Ⅲ)を購入した。同社は、昭和三六年(一九六一年)、同社の工場を訪れた被告の技術者に対し、「Type:3/0Lg Ⅲ Operating Instrustions」と題する取扱説明書、G-05. 149. 0号図面、G-05. 164. 0号図面、B-05. 190号図面、B.-05. 149. 0号図面、B.-05. 215. 0号図面(甲八四)を開示、提供した。凹版カラー印刷機(インタリオカラー印刷機3/0Lg Ⅲ)自体に含まれる技術情報、及び右取扱説明書及び右各図面に記載された技術情報は、秘密技術情報に当たる。

(三) 四枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機

被告は、昭和三六年(一九六一年)、オルガニザシオンから、凹版カラー印刷機(インタリオカラー印刷機3/0Lg Ⅲ/4)を購入した。同社は、被告に対し、そのころ、構造図であるG-05. 182.0号図面(甲八五)を開示、提供した。さらに、原告は、被告に対し、昭和五二年(一九七七年)、スーパーインタリオカラーに関するG-08. 401号図面(甲八六)を開示、提供した。右凹版カラー印刷機(インタリオカラー印刷機3/0Lg Ⅲ/4)自体に含まれる技術情報、並びに右各図面に記載された技術情報は、秘密技術情報に当たる。

(五) ドライオフセット用真鍮製刷版の製造方法

オルガニザシオンは、被告に対し、昭和三八年(一九六三年)、ドライオフセット印刷に関する説明書(甲八七)を開示、提供した。右説明書に記載された、別紙目録(二)の(五)記載のドライオフセット用刷版の製造方法に関する情報は、秘密技術情報に当たる。

(七) ニッケルサルファメイト電着についての新たに開発された技術

オルガニザシオンは、被告に対し、昭和三九年(一九六四年)、説明書(甲八八)を交付した。右説明書に記載された別紙目録(二)の(七)記載の情報は、秘密技術情報に当たる。

(八) ガラス及び金属上に機械的に彫刻を行う技術

オルガニザシオンは、被告に対し、昭和三九年(一九六四年)、技術文書(甲八九)を開示、提供した。右技術文書に記載された別紙目録(二)の(八)記載のガラス及び金属上に機械的に彫刻を行う技術情報は、秘密技術情報に当たる。

(九) ニッケルサルフェート又はニッケルサルファメイト浴を浄化することによってニッケル銅製凹版印刷刷版のピットを防止する方法

オルガニザシオンは、被告に対し、印刷局の局員が同社のミラノセンタで研修した際、及び昭和三九年(一九六四年)に東京において、波形形状のカソード及び別紙目録(二)の(九)記載のピットの防止方法の技術に関する情報を開示した。右情報は、秘密技術情報に当たる。

(一一) 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第一段階)

オルガニザシオンは、被告に対し、昭和三九年(一九六四年)、図面(甲六四と同じ内容のもの)を提出するなどして、別紙目録(二)の(一一)記載の刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法に関する情報(第一段階)を開示した。右情報は、秘密技術情報に当たる。

(一二) 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第二段階)

昭和四五年(一九七〇年)に、刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法の改良が行われた。ところで、原告は、被告に対し、同年から翌昭和四六年(一九七一年)にかけて「Rakel u Brsten Blatt:108 Teilbl.: 1, 2」(昭和四五年(一九七〇年)九月二九日付け)と題する各図面「同Teilbl.:3」(昭和四五年(一九七〇年)九月三〇日付け)と題する図面、Gummirakel u. Brste Blatt:108 Teilbl.:4」(昭和四四年(一九六九年)一一月九日付け)と題する図面、「Rakel und Brsten Blatt:108 Teil-bl.:5」(昭和四五年(一九七〇年)一〇月二日付け)と題する図面(甲六五の一ないし五)を開示した。

さらに、原告は、被告に対し、スクレーパに対する接触圧力調整機構とインキを掻き落とすためのスクレーパ機構を販売し、「Stahlrakel Blatt:111」(昭和四五年(一九七〇年)九月三〇日付け)と題する図面(甲六六)を開示、提供した。布各図面及び機構に示された別紙目録(二)の(一二)の記載の技術情報は、秘密技術情報に当たる。

(一三) プレワイピング

オルガニザシオン及び原告は、被告に対し、昭和三六年(一九六一年)以降のプレワイピングの発展段階の各過程において、技術仕様及び取扱マニュアル(甲八〇)を提供、開示した。別紙目録(二)の(一三)記載の情報は、秘密技術情報に当たる。

(一五) ショート・インキング

原告は、被告に対し、昭和四八年(一九七三年)から昭和五一年(一九七六年)にかけて、「Hydraulik-Farbwerk Versorgung der Hyd. zylinder Bl. 206 Blatt:209 Teilbl.:4」と題する図面、「Duktor heizung bzw.-khlung Blatt:211 Teilbl.:1」と題する図面、「Duktorgestelle mit Fhrung Blatt:201 Teilbl.:1」と題する図面、「Duktor u. Vorwischwalze mit Lagerung Blatt:204」と題する図面、「Farbkas-ten mit Verstellung ink box with adjusting Blatt:205 Teilbl.:2」と題する図面、「Einzel-Farbwerkabstel-lung Blatt:202 Teilbl.:2」と題する図面、「Einzelfarbwerk-Abstellung Blatt:202」と題する図面、「Duktor-gestelle mit Fhrung Blatt:201 Teil-bl.:2」と題する図面、「Einzelfarbwer-k-Blockierung Blatt:203」と題する図面「Farbkasten mit Verstellung ink box with adjustment Blatt:205 Teil-bl.:1」と題する図面、「Reibwalze mit Lagerung u. Antrieb der seitl. Ver-reibung Blatt:207」と題する図面、「Seitl. Farbkast enabdichtung Blatt:206」と題する図面、「Hydraulik-Far-bwerk Druckredu zierung u. -on-zeige Blatt:209 Teilbl.:2」と題する図面。及び「Hydraulik-Farbwerk Blatt:209 Teilbl.:1」と題する図面(甲六九の一ないし一四)を提供、開示した。右各図面に記載された別紙目録(二)の(一五)記載のショート・インキングに関する情報は、秘密技術情報に当たる。

(一六) 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第三段階)

被告が、昭和五〇年(一九七五年)に、ショート・インキング装置を導入した際、原告は、刷版クリーニング・シリンダーのコーティング剤の配合を変更した。ところで、原告は、被告に対し、東京において、右配合についての別紙目録(二)の(一六)記載の情報を提供し、サンプルを渡した。右情報は、秘密技術情報に当たる。

(一八) 機械的強度の優れた凹版印刷用刷版を作成するための電着方法

原告は、被告に対し、昭和五〇年(一九七五年)、技術文書(甲九〇、九三)及び図面(甲九一、九二)を交付した。右各技術文書及び各図面に記載された別紙目録(二)の(一八)記載の情報は、秘密技術情報に当たる。

(一九) 高い耐熱性と耐久性を有するワイピング・シリンダコーティング用新配合に関する情報

原告は、被告に対し、昭和五一年(一九七六年)、ワイピング・シリンダコーティング用新配合に関する技術情報についての最終書類である技術仕様書・取扱説明書(甲八〇)を提供、開示した。右書類に記載された別紙目録(二)の(一九)記載の情報は、秘密技術情報に当たる。

(二〇) 印刷のすべての段階において、各シートの端に印刷されたバーコードにより機械的に各シートを追跡するシステム

原告は、被告に対し、昭和五二年(一九七七年)五月、追跡システムに関する報告書(甲九五)を送付した。なお、被告からは、同年九月二五日、原告にあてて、右報告書は有用であり、右システムに極めて興味がある旨の返書が出されている(甲九六)。右報告書に記載された別紙目録(二)の(二〇)記載の情報は、秘密技術情報に当たる。

(二一) 残余ワイピング液の処理に関する方法並びにそれに関連する装置の設置方法

原告は、被告に対し、昭和五二年(一九七七年)、技術仕様書(甲九七)を送付、開示した。右技術仕様書に記載された別紙目録(二)の(二一)記載の情報は、秘密技術情報に当たる。

(二二) 真鍮製オフセット刷版の製作方法

原告は、被告に対し、昭和五二年(一九七七年)、説明書(甲一二はその表紙である。)を交付、開示した。右説明書に記載された別紙目録(二)の(二二)記載の情報は、秘密技術情報に当たる。

(二三) 銅を用いることなく凹版印刷用のマスタプレートを製作する方法

原告は、被告に対し、昭和五二年(一九七七年)一〇月、原告のリサーチセンタにおいて銅を用いることなく凹版印刷用のマスタプレートを製作する方法に関する情報を開示した。別紙目録(二)の(二三)記載の情報は、秘密技術情報に当たる。

(二五) 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第四段階)

原告は被告に対し、昭和五一年(一九七六年)、説明書(甲六七)を提出し、ジェット・スプレーを用いた刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法に関する情報を提供した。右説明書に記載された別紙目録(二)の(二五)記載の情報は、秘密技術情報に当たる。

(二八) インタリオセット方式

原告は、被告に対し、昭和五〇年(一九七五年)から昭和五四年(一九七九年)にわたり、図面及び最終刷り上がり見本(甲七四)及び説明書(甲七六)等を提出し、インタリオセット方式に関する情報を提供、開示した。別紙目録(二)の(二八)記載の情報は、秘密技術情報に当たる。

(三〇) 物理的な接触を伴わず電子的なプリコントロールによってナンバリングヘッド及びナンバリングホイールの連続的な切換えを検査するシステム

原告は、被告に対し、昭和五四年(一九七九年)、システムに関する情報を開示した。別紙目録(二)の(三〇)記載の情報は、秘密技術情報に当たる。

(三一) 凹版印刷用プラスチック製型を高周波溶接によって組立てる方法

原告は、被告に対し、昭和五七年(一九八二年)、技術資料(甲一〇九)を提示し、組立方法に関する情報を提供、開示した。別紙目録(二)の(三一)記載の情報は、秘密技術情報に当たる。

(三二) 銅メッキされた凹版印刷用スリーブに画像を移すための自動トランスファ装置の構造

原告は、被告に対し、昭和五七年(一九八二年)、説明書(甲一一〇、一一一)を開示した。右説明書に記載された別紙目録(二)の(三二)記載の情報は、秘密技術情報に当たる。

(被告の反論)

原告が、被告に対し、秘密技術情報を開示したとの主張に対する被告の反論は、別紙「被告の反論」記載のとおりである。被告の反論を要約すると、以下のとおりである。

(一) シムルタン印刷方式

オルガニザシオンが被告に対し、シムルタン印刷機の販売時に、同印刷機に関する資料の一部(甲七〇)を提供、開示したこと、シムルタン印刷機(Type:3/2 T0 Ⅲ)自体に存在する技術情報並びに説明書及び図面(甲七〇の一ないし四)に記載された技術情報が秘密技術情報に当たることは否認する。印刷局は、説明書及び図面(甲七〇)を誰からも受領したことはない(シムルタン印刷機関係)。

原告が、印刷局製造部長である市川に対し、図面(甲七四)を提供、開示したこと、図面(甲七四)に記載された技術情報が秘密技術情報に当たることは否認する(改良型シムルタン印刷機関係)。

(二) 二枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機

オルガニザシオンが、被告に対し、凹版カラー印刷機に関する技術情報を提供したこと、凹版カラー印刷機(インタリオカラー印刷機3/0Lg Ⅲ)自体に含まれる技術情報及び図面(甲八四)に記載された技術情報が秘密技術情報であることは否認する。

(三) 四枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機

オルガニザシオンが、被告に対し、図面(甲八五)を提供したことは否認する。被告は、図面(甲八六)を全く知らず、その開示を受けたことはない。右凹版カラー印刷機自体に含まれる技術情報並びに図面(甲八五、八六)に記載された技術情報が秘密技術情報に当たることは否認する。

(五) ドライオフセット用真鍮製刷版の製造方法

オルガニザシオンが、被告に対し、昭和三八年に、ドライオフセット用刷版の製造方法に関する説明書(甲八七)を開示したこと、別紙目録(二)の(五)記載の技術情報が秘密技術情報に当たることは否認する。

(七) ニッケルサルファメイト電着についての新たに開発された技術

原告の主張はすべて否認する。甲八八の説明書に硫酸ニッケルの電着についての新たに開発された技術が記載されているとはいえない。

(八) ガラス及び金属上に機械的に彫刻を行う技術

原告の主張はすべて否認する。

(九) ニッケルサルフェート又はニッケルサルファメイト浴を浄化することによってニッケル銅製凹版印刷刷版のピットを防止する方法

原告の主張はすべて否認する。

(一一) 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第一段階)

原告の主張はすべて否認する。

(一二) 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第二段階)

原告の主張はすべて否認する。

(一三) プレワイピング

原告の主張はすべて否認する。

(一五) ショート・インキング

原告の主張はすべて否認する。ショート・インキングの技術は、むしろ、印刷局が開発し、小林栄一(以下「小林」という。)、市川が、原告に対し、教示した技術である。

(一六) 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第三段階)

原告の主張はすべて否認する。

(一八) 機械的強度の優れた凹版印刷用刷版を作成するための電着方法

原告の主張はすべて否認する。

(一九) 高い耐熱性と耐久性を有するワイピング・シリンダコーティング用新配合に関する情報

原告の主張はすべて否認する。

(二〇) 印刷のすべての段階において、各シートの端に印刷されたバーコードにより機械的に各シートを追跡するシステム

原告の主張はすべて否認する。印刷局は書簡(甲九五)に添付された報告書を受領していない。なお、各書簡(甲九四ないし九六)は、市川と原告ないしはジオリとの間の個人的な書簡である。

(二一) 残余ワイピング液の処理に関する方法並びにそれに関連する装置の設置方法

原告の主張はすべて否認する。

(二二) 真鍮製オフセット刷版の製作方法

原告の主張はすべて否認する。

(二三) 銅を用いることなく凹版印刷用のマスタープレートを製作する方法

印刷局製造部長であった市川が、昭和五二年一〇月、原告のリサーチセンタを訪問したことは認める。原告が、別紙目録(二)の(二三)記載の技術情報を開示したこと、右情報が秘密技術情報に当たることは、いずれも否認する。

(二五) 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方様(第四段階)

原告の主張はすべて否認する。

(二八) インタリオセット方式

原告の主張はすべて否認する。

(三〇) 物理的な接触を伴わず電子的なプリコントロールによってナンバリングヘッド及びナンバリングホイールの連続的な切換えを検査するシステム

原告の主張はすべて否認する。

(三一) 凹版印刷用プラスチック製型を高周波溶接によって組立てる方法

原告の主張はすべて否認する。被告は、技術資料(甲一〇九)を受領していない。

(三二) 銅メッキされた凹版印刷用スリーブに画像を移すための自動トランスファ装置の構造

被告は、右装置を購入したことも、使用したこともない。また、別紙目録(二)の(三二)記載の情報の開示を受けたこともない。

3  被告は、秘密保持義務に反する行為をしたか。

(原告の主張)

印刷局は、昭和三九年、小森をして、オルガニザシオンから納品されたシムルタン印刷機及びインタリオカラー紙幣印刷機を分解させ、シムルタン及びインタリオカラー印刷機を模倣した紙幣印刷機を製造させた。小森は、昭和四〇年以降、南米、極東等において、原告の紙幣印刷機を模倣した印刷機である(CURRENCY L―832」(以下「L―832」という。)、「CURRENCY I―332」(以下「I―332」という。)及び「マルチⅠ」(以下、これらをあわせて「小森印刷機」という。)を販売しようとした。

小森印刷機は、以下のとおり、構成や全体的な配置において、原告が被告に情報提供した「スーパーシムルタンⅡ」、「スーパーインタリオカラー」ないし「AS121」と類似している。このような類似性に照らすと、被告は、原告から開示された秘密技術情報を小森に開示、漏泄して、前記秘密保持義務に反する行為をしたことが明らかである。

(一) L―832とスーパーシミュルタンⅡとの類似性

L―832は、別紙図面一のとおりであり、スーパーシュミルタンⅡは、別紙図面二のとおりである。

両者は、技術上の重要な点について、以下のとおり、共通の特徴を備えている。

① 同一径のゴム胴が用いられ、シートがゴム胴間を通過する際にシートの両面に多色印刷される。

② 各ゴム胴に関して複数個の版胴が設けられている。各ゴム胴に対して四個のドライオフセット又はウェットオフセット用版胴が設けられ、三個の版胴は夫々二つのインキングダクトを備えた三個のインキング装置と接触し、四番目の版胴(図面上では上方)は一個のインキングを備えた一つのインキング装置と接触している。

③ スインググリッパーが用いられている。

④ 一対のシートスタッカーを備え、また、シート検査用シートサンプリング装置を備えている。

⑤ チェーングリッパー装置が一方のゴム胴の下方からシートスタッカーの上方まで延びている。

⑥ 給紙トランスファシリンダにナンバリング装置が配置されている。

⑦ 給紙トランスファシリンダに一対のシートクリーナが設けられている。

⑧ 八個の各インキング装置が加湿装置(ウェットオフセット印刷の場合)を備えている。

(二) I―332とスーパーインタリオカラーとの類似性

I―332は、別紙図面三のとおりであり、スーパーインタリオカラーは、別紙図面四のとおりである。

両者は、技術的に重要な点において、以下のとおり、共通する特徴を備えている。

① 版胴の刷版を拭くためのワイピング装置が設けられている。

② 版胴の刷版に着肉するための複数個のショート・インキング装置が設けられている。

③ スイングリッパーが用いられている。

④ 一対のショートスタッカーが備えられ、また、シート検査用シートサンプリング装置が備えられている。

⑤ チェーングリッパー装置が圧胴の側方からシートスタッカーの上方まで延びている。

⑥ 排紙中にシートを支持するための空気吹出し装置が備えられている。

⑦ シートスタッカーの自動切換が備えられている。

(三) マルチⅠとAS121との類似性

マルチⅠは、別紙図面五のとおりであり、AS121は、別紙図面六のとおりである。

両者は、技術上重要な次の点について、以下のとおり、共通の特徴を備えている。

① オフセット印刷用ゴム胴と凹版印刷用版胴に対して夫々別個の圧胴が設けられている。

② オフセット印刷用圧胴と凹版印刷用圧胴間に渡し胴が挿入されている。

③ 凹版印刷用版胴の刷版に対してワイピング装置が設けられている。

④ 凹版印刷用版胴の刷版に対して複数個のショート・インキング装置が設けられている。

⑤ オフセット印刷用の四個のインキング装置が夫々一個のインキダクトを備えている。

(被告の反論)

印刷局が、小森に対し。レイボルド機工から納品された各印刷機の点検・修理等を実施させたことは認める。印刷局は、レイボルド機工、オルガニザシオン及び各メーカーの何れからも、点検・修理先等を制限されていなかったので、通常の入札手続に従って、小森その他の複数業者に修理をさせた。その余の主張は否認する。小森は、いずれも公知の技術を使用して、小森印刷機を製造した。

4  損害額はいくらか。

(原告の主張)

原告は、被告の秘密保持義務違反により本件訴訟を提起せざるを得なくなり、以下のとおりの損害を被った。

① スイス、ドイツ、日本において発生した弁護士・法律顧問の費用及び報酬

118万9515.24スイスフラン

② スイス及び日本において発生した弁理士・技術士費用及び報酬

16万2205.08スイスフラン

③ 通訳費用及び報酬

26万4222.55スイスフラン

④ 原告の役員、従業員による準備等に関して発生した経費

65万3116.80スイスフラン

(被告の反論)

原告の主張は争う。

5  本件訴えは、不適法か。

(被告の主張)

請求の趣旨第一項ないし第三項に係る本件訴えは、被告が秘密保持義務を負う秘密技術情報につき、具体的な特定がされておらず、訴訟物の特定が欠けているので、不適法な訴えである。

請求の趣旨第四項の損害賠償を求める訴えは、我が国において強制通用力のない外貨の支払を求めるものであるから不適法である。

第三  争点に対する判断

一  はじめに

原告は、被告が本件技術情報について秘密保持を負担する根拠として、(1)契約、(2)不正競争防止法の趣旨、(3)信義則、(4)覚書をあげる。

それぞれの根拠が、独立した請求原因としての主張であるが、他の請求原因を補強するための主張であるのかは必ずしも明らかでない。しかし、その点はさておき、以下、「被告が原告その他から本件印刷機を購入した前後の経緯」、及び「原告が被告に秘密技術情報を開示したか否か、開示したとした場合の技術内容、性質等」を認定、判断し、右認定事実を基礎に、原告の主張する四つの根拠によって被告が秘密保持義務を負担するに至ったかを検討する。

そして、後に詳細に判断するとおり、(1)については、原告(原告が地位を承継したとする者)及び被告との間において、秘密保持契約を締結した事実はない等、(2)については、平成二年改正前の不正競争防止法を根拠に、被告が秘密保持義務を負うことはない、(3)及び(4)については、原告が開示した技術情報の性質、内容に照らして、被告が秘密保持義務を負うとはいえない等の理由から、原告の主張は、いずれも採用の限りでない。

二  事実経緯

1  本件印刷機を購入した前後の経緯について

前記第二、一の事実、証拠(甲一、三ないし八、一〇ないし二七、二九ないし三八、四〇ないし四二、四四、四五、六三、七一、九四ないし九六、一七〇ないし一七六、乙五七、六五、六七、七〇、七一、七三、一〇七、一九三ないし一九五、二六六ないし二六八、二七〇、二七一)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない(証拠を各箇所で重ねて摘示する場合がある)。

(一) 印刷局は、昭和三二年(一九五七年)六月に、レイボルド機工から、五色のオフセット印刷用のシムルタン印刷機一台を(昭和三三年納入)、また、日本銀行券等の需要の増大に伴う五か年長期事業計画に基づいて、昭和三五年(一九六〇年)から昭和四一年(一九六六年)の間に、レイボルド機工から、右シムルタン印刷機一〇台、三色の凹版印刷用のインタリオカラー双プレート印刷機一台及びインタリオカラー四プレート印刷機一二台、二色の番号付け用のニューメロータ印刷機一二台の紙幣印刷機を、さらに昭和三六年(一九六一年)から昭和三九年(一九六四年)の間に、東西商事から、エンジニアリング社の紙幣印刷機二七台を、それぞれ購入した。

印刷局がレイボルド機工から購入した印刷機は、いずれも、ジオリ機構が開発し、ケーバウ社が製造した印刷機であり(甲六三、七一)、このうち、「シムルタン印刷機」には、レイボルド機工及びケーバウ社の会社名のプレートが貼付されるとともに、「KOEBAU―GIORI SIMULTAN」と表示され、「インタリオカラー印刷機」には、右二社の会社名のプレートが貼付されるとともに、「KOEBAU/GIORI」と表示されていた(乙六五)。

印刷機がレイボルド機工から購入したインタリオカラー印刷機には、レイボルド機工がシモン、エバース アンド カンパニー有限会社から調達したものが含まれており、作業文書も同社からレイボルド機工を経由して印刷局へ引き渡された(乙六七)。

なお、本件印刷機に関する契約書には、秘密保持義務を明示した条項がないのみならず、これを窺わせる条項も存在しない。

(二) ところで、ケーバウ社は、ドイツ政府に、日本の印刷局が小森をして、KOEBAU―GIORIシムルタン印刷機の模造品を製造させていると申し立てた。これを受けて、ドイツの在日大使館は、被告に対し、昭和三九年(一九六四年)六月三日付書面によって、抗議をした(甲一六)。

被告は、ドイツ在日大使館に対して、印刷局は、長期計画に沿って、ケーバウ社製のシムルタン印刷機を毎年購入しているが、昭和三六年(一九六一年)は、四台納入されるべきところ一台も納入されなかったため、やむを得ず、小森に対して印刷機の発注をしたこと、小森の製造に係るドライオフセット印刷機は、小森独自の設計によるものであり、シムルタン印刷機の模倣でない旨を回答した(乙七一)。

(三) さらに、ケーバウ社は、昭和四〇年(一九六五年)七月一日付電報で、小森に対し、同社が製造する紙幣印刷機がKOEBAU/GIORI紙幣印刷機の模倣であるとして、その販売の差止め等を求め、同日付けで、印刷局の製造部長である小林に対しても、被告(印刷局)が小森をして模倣品を輸出させないように求めた(甲一、一七)。

印刷局は、ケーバウ社からの抗議を受けて、小森に対して、ケーバウ社の印刷機の模倣(偽造)であるとの誤解を与える印刷機の製造を禁止した。また、小林は、同月五日付書面で、ケーバウ社に対し、その旨伝えるとともに、右抗議の前に、既にラテンアメリカ諸国への輸出を禁止する指導措置を採った旨を回答した(甲三)。小森も、ケーバウ社からの抗議、印刷局からの指導を受けて、同月一二日付電報で、ケーバウ社に対し、ラテンアメリカ向けの紙幣印刷機の国際公開入札には応札しないこと、小森の紙幣印刷機のどの部分が模倣であるのかという問題点が明らかになるまで、その印刷機を製造しない旨を回答した(甲四、六)。

(四) 原告は、印刷局局長に対し、同月一五日付けの書面で、小森が印刷機を日本国外で販売することを禁止するように申入れをし、右書面中に、「最初の契約の話し合いの場において、オルガニザシオン及びエンジニアリング社から、日本において当該印刷機のコピー又は類似品の製造を禁止する趣旨の条項を入れたい旨の意向を示したところ、印刷局の局員が、そのような心配は無用であると保証した」あるいは「昭和四〇年の初めころ、小林は、原告に対し、小森が原告によって供給された印刷機をすべて検査して、小森の旧印刷機を更新しているが、これらの印刷機は、印刷局の指示によって、印刷局のためにのみ製造させ、海外において販売されることはない旨説明した」という趣旨を記載した(甲五)。小森は、被告の指導を受けて、原告に対し、同年七月二六日付書面で、右ケーバウ社あての電報と同趣旨の回答をした(甲七)。

なお、ケーバウ社は、小森に対し、同年八月二日付書面で、右同年七月一二日付電報による回答は、ケーバウ社の要求を充たしていない旨抗議している(甲一八)。

(五) 印刷局と原告ないしオルガニザシオンとは、紙幣印刷機の取引を契機として、人的ないし技術的な交流を続けるようになった。例えば、昭和三九年(一九六四年)一月、印刷局の局員二名が、オルガニザシオンの招待により、ヨーロッパのオルガニザシオンの研修センターを訪問するなどした(甲二〇)。また、ジオリらが来日して印刷局を視察したり、原告と製造部長であった小林や市川とは、書簡を交換したり、印刷技術についての情報提供や意見交換、プロジェクトに関する協議を行ったりした(甲二一、二三、二四、二七、二九ないし三六、三八、四〇ないし四二、四四、四五、九四ないし九六、一七〇ないし一七六、乙五九、七〇、七三、一〇七、一九三ないし一九五)。

(六) 原告は、印刷局に対し、昭和四〇年(一九六五年)八月三一日付で、小林ら二名の局員を、欧米における有価証券等の印刷技術についての研修に招待した(甲一九)。印刷局は、右招待に応じ、職員を派遣することにしたが、これに関連して、業務部長である大澤は、原告に対し、同年九月二七日付けの本件覚書を送付した。本件覚書の記載内容は、次のとおりである。(甲八)

「スイス国ド・ラ・リュー・ジオリ・エス・アーあて

日本国大蔵省印刷局発

覚書

① 公用で外国を訪問する当局の職員は誰でも、その行動を当局の任務に寄与すると考えられるものだけに制限することが要求されます。したがって、このようにして当局職員が取得した知識や情報は、当局内部に限って使用されます。

② 当該職員が、機密扱いされるべき貴社の印刷機及び装置に関して取得した情報は、いずれも、当局自身によって既に開発されたものを除いて、貴社の事前の同意なしに開示されることはありません。

③ 貴社と当局との間の協力の下に開発された機械及び装置に関する機密情報は、いずれも自分自身のために使われる場合を除いて、いずれの側からも、相互の同意なく第三者に開示されることはありません。

局長に代わり…

(署名)S.Osawa

大澤信一、業務部長」

(七) 原告は、小林に対し、昭和四一年(一九六六年)二月四日付書面において、海外研修において小林らが取得した知識は、秘密として守り、原告の競争相手に開示してはならないことの確認を求めた(甲一〇)。これに対して、小林らは、原告に、同月一六日付書面で、本件覚書の精神に従って右要求を承認すると回答した(甲一一)。

小林らは、同年三月ころ、アメリカとヨーロッパへ赴き、ミラノ所在の原告の研修所等を視察したり、原告代表者であったジオリから新しい印刷機、印刷技術等について説明を受けるなどした(甲一二、二二)。

(八) 原告は、小林にあてた同年六月二八日付書面で、小森が再度、極東及びラテン・アメリカ諸国において、シムルタン及びインタリオカラー印刷機に依拠した紙幣印刷機の販売活動を開始したため、印刷局がこれを制止するよう求めた(甲一三)。これに対し、小林は、同年七月一七日付書面で、原告に対し、印刷局は本件覚書に従って行動しており、小森はそのような活動を企図していない旨回答した(甲一四)。

またケーバウ社は、日本の企業がフィリピンで、銀行券印刷機を販売しようとしているので制止するようにと警告した。これに対し、小林は、昭和四二年(一九六七年)一月二七日付書面で、ケーバウ社に、印刷局は本件覚書に従って行動しており、小森はそのような活動を企図していない旨回答した(甲一五)。

(九) 原告は、昭和四四年(一九六九年)及び昭和四八年(一九七三年)ころ、印刷局に対し技術提携の申し入れをしたが、印刷局はいずれも拒否した(乙二六六ないし二六八、二七〇、二七一)。

原告は、昭和四八年(一九七三年)二月、印刷局を訪れ、製造部長である市川に対し、無償でノウハウの提供、技術者の派遣等を行うことを申し出た。また、原告は、印刷局に対して、現在又は将来にわたって提供したすべての情報、デザイン、ノウハウ等は印刷局内のみで使用し、原告の承諾を得ることなく他に利用しないことの確認を求めようとしたが、その旨の書面は作成されていない(甲二五)。

なお、昭和四二年以降、被告が原告から印刷機を購入したことはなかった(弁論の全趣旨)。

(一〇) 印刷局は、大蔵省に設置された印刷業務を行う機関である。その所掌事務には、①日本銀行券、紙幣、国債、印紙、郵便切手、郵便はがきその他証券類及び印刷物を製造すること、②官報、法令全書、広報宣伝資料等の政府刊行物を編集、製造及び発行すること、③印刷局の業務上必要な用紙を製造すること、④すき入紙の製造の取締を行うことなどが挙げられる。印刷局は、所掌事務の遂行に直接必要な業務資材、事務用品、研究用資材等を調達すること等の権限を有する(昭和四〇年当時施行に係る大蔵省設置法一六条一項、二項、四条四号(乙三の一及び二、四の一及び二))。また、印刷局の所掌に係る支出負担行為に関する事務を管理するのは、昭和二二年以降昭和五二年六月三〇日までは印刷局長であり、その所掌に係る売買、賃貸、請負その他の契約に関する事務を管理するのは昭和三六年以降昭和五二年六月三〇日までは印刷局長であった。なお、現在、右権限は印刷局総務部長が有する(乙七、九の一ないし三、六一の三)。

2  原告の被告への秘密技術情報開示の有無、技術の内容、性質等

証拠(各箇所で摘示する。)によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない(なお、各認定事項に付した番号には、欠番としたものがある。)。

(一) シムルタン印刷方法

まず、シムルタン印刷機について、被告は、シムルタン印刷機(Type:3/2 TOⅢ)を購入した際、レイボルド機工から、右印刷機に関する取扱説明書及び各図面(甲七〇の一ないし六)ないしはこれに類する資料を交付されたことが認められる(乙七五)。

しかし、シムルタン印刷機は、昭和三九年(一九六四年)にドイツ国内で発行された定期刊行物に紹介され、その中には印刷機の構造を示す略図とその説明も掲載されているが、右略図は甲七〇の三の側面図に示された印刷機の構造とほぼ同一である(乙一九の一ないし三)。また、シムルタン印刷機とスーパーシムルタン印刷機及びスーパーシムルタンⅡ印刷機とは基本的な構造がほぼ同じであるが、顧客に頒布されるカタログと窺われるスーパーシムルタン印刷機のカタログ及びスーパーシムルタンⅡ印刷機のカタログには、その構造の概略を示す図面が掲載されている(甲七〇、一五一、乙七四)。右の事実に照らすならば、シムルタン印刷機(Type:3/2 TOⅢ)自体に存在する技術情報並びに説明書及び各図面(甲七〇の一ないし四)に記載されている技術情報は、オルガニザシオンが秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない。なお、被告は、右印刷機を購入するに当たり、オルガニザシオンやレイボルド機工と、秘密保持義務の合意をしていたと認定することはできない。

次に改良型シムルタン印刷機について、印刷局の局員が昭和五三年に寄稿した論文に、甲七四の図面とほぼ同一の図面が掲載されていることが認められる(甲七五)。改良型シムルタン印刷機(スーパーシムルタン印刷機)は昭和四八年(一九七三年)には販売が開始され、顧客に頒布された右印刷機の宣伝用カタログにもほぼ同一の図面が掲載されていることに照らすならば(甲一六四、乙七四)、右論文の掲載の事実をもって、原告から印刷局に、図面(甲七四)が開示、提出されたと認定することはできない。また、右のとおり、甲七四と同様の図面がカタログに掲載されていることから、右図面に記載された技術情報が秘密として管理されていた技術情報であると認めることもできない。

(二) 二枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機

被告は、レイボルド機工から、凹版カラー印刷機(インタリオカラー印刷機3/OLgⅢ)を購入し、右印刷機の取扱説明書及び図面として甲八四と同様の資料(乙七六)を受領したこと、右図面には、複写及び第三者への開示を禁じる旨記載されていることが認められる(乙六七)。

しかし、昭和二九年に日本国内で発行された雑誌には、「ケーバウ・ジオリ3色凹版印刷機」の構造の略図及び概要が掲載、説明され、その構造は、別紙(二)の(二)記載の凹版カラー印刷機の特徴ないし取扱説明書及び図面(甲八四)によって示される構造と、その主要部分において共通している(乙四〇の一及び二)。また、昭和三九年(一九六四年)にドイツ国内で発行された雑誌には、インタリオカラー印刷機の写真及び構造の略図が掲載され、その構造が説明されている(乙一九の一ないし三)。右事実に照らすならば、凹版カラー印刷機(インタリオカラー印刷機3/OLgⅢ)自体に含まれる技術情報及び取扱説明書及び図面(乙七六)に記載された技術情報は、オルガニザシオンが秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない。なお、被告は、右印刷機を購入するに当たり、オルガニザシオンやレイボルド機工と、秘密保持義務の合意をしていたと認定することはできない。

(三) 四枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機

被告は、凹版カラー印刷機(インタリオカラー印刷機3/OLgⅢ/4)を購入した際、レイボルド機工から、右印刷機の図面(甲八五)ないしはこれに類する図面を交付されたことが認められる。なお、被告が、図面(甲八六)につき開示を受けたことを認めるに足る証拠はない。

しかし、二枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機と四枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機とは、基本的な構造において共通する部分が多い。また、スーパーインタリオカラーの販売促進用のカタログにその構造を示す図面が掲載され、右図面は甲八六の図面と共通する点が多い(甲一五三、乙七七)。右事実に照らすならば、凹版カラー印刷機(インタリオカラー印刷機3/OLgⅢ/4)自体に含まれる技術情報及び各図面(甲八五、八六)に記載された技術情報は、オルガニザシオンが秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない。なお、被告は、右印刷機を購入するに当たり、オルガニザシオンやレイボルド機工と、秘密保持義務の合意をしていたと認定することはできない。

(五) ドライオフセット用真鍮製刷版の製造方法

印刷局の技術者が、昭和三六年、シムルタン印刷機用の刷版の製造方法を調査等するためにヨーロッパへ派遣されたことが認められる(甲六三)。

しかし、オルガニザシオンから被告の技術者に対して、説明書(甲八七)ないし別紙目録(二)の(五)記載の技術情報が開示されたと認めるに足る証拠はない。また、原告の主張に係る別紙目録(二)の(五)記載の技術情報は、プレート表面上に直接レジスト層を三層形成し、エッチング処理を行った後にレジスト層を除去するという工程を三回繰返す技術であるのに対し、説明書(甲八七)に記載されている製造方法は、プレート表面上にレジスト層を三層形成し、第一回のエッチングの後さらにレジスト層を形成し、その後エッチング処理を行ってからレジスト層を除去する工程を三回繰返す技術であり、それぞれの技術は相互に相違する。したがって、原告から被告の技術者に対して説明書(甲八七)が開示されたという原告の主張を前提としても、なお別紙目録(二)の(五)記載の技術情報が提供されたということはできない。さらに、刷版の製造方法に関する特許(米国特許第二三三一七七二号)の明細書において、金属印刷プレートの表面に二つ又は三つ以上の異なる被覆材料からなる重ね焼き画像を形成し、その後エッチングを行う度に各画像を除去するという製造方法が開示されていること(乙七九)、金属の印刷プレートとしては真鍮が公知の材料であること(乙八一)に照らすと、同目録(五)記載の技術情報は、秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない。

(七) ニッケルサルファメイト電着についての新たに開発された技術

原告又はオルガニザシオンが被告に対し、説明書(甲八八)を開示、提供し、別紙目録(二)の(七)記載の技術情報を提供したことを認めるに足る証拠はない。

(八) ガラス及び金属上に機械的に彫刻を行う技術

原告又はオルガニザシオンが被告に対し、技術文書(甲八九)を開示、提供し、別紙目録(二)の(八)記載の技術情報を提供したことを認めるに足る証拠はない。

また、同目録(八)記載の技術情報の主要部分は、レリーフ彫刻機に一般的な技術であり(甲一四九の一)、また、技術文書(甲八九)はレリーフ彫刻機モデルCⅢに関する内容が記載されていること、他方、他の製造業者の発行に係るカタログにも、レリーフ彫刻機タイプCⅢの説明として、右技術文書における説明の大半が記載されていること(乙二三)が認められ、右事実に照らすと、右技術情報は、原告及びオルガニザシオンが秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない。

(九) ニッケルサルフェート又はニッケルサルファメイト浴を浄化することによってニッケル銅製凹版印刷刷版のピットを防止する方法

原告又はオルガニザシオンが被告に対し、別紙目録(二)の(九)記載の技術情報を提供したことを認めるに足る証拠はない。

(一一) 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第一段階)

原告又はオルガニザシオンが被告に対し、図面(甲六四)と同様の図面を開示、提出し、別紙目録(二)の(一一)記載の技術情報を提供したことを認めるに足る証拠はない。

また、別紙目録(二)の(一一)記載の技術情報のうち、クリーニングシリンダのコーティング剤に関しては、ジオリにより特許出願されていることが認められる(特公昭五一―四四四四二、乙二〇二)。右事実に照らすると、同目録の(一一)記載の技術は、原告及びオルガニザシオンが秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない。

(一二) 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第二段階)

原告が被告に対し、各図面(甲六五、六六)を開示し、別紙目録(二)の(一二)記載の技術情報を提供したと認めるに足る証拠はない。

(一三) プレワイピング

原告又はオルガニザシオンが被告に対し、技術仕様書・取扱説明書(甲八〇)を提供し、別紙目録(二)の(一三)記載の技術情報を提供したことを認めるに足る証拠はない。

また、右技術情報のうち、別紙目録(二)の(一三)2記載の技術については、ジオリが出願した特許(特公昭四四―二一一八)の明細書に従来技術として記載されていること(乙四九)からすると、同目録(一三)記載の技術は、原告及びオルガニザシオンが秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない。

(一五) ショート・インキング

原告が被告に対し、各図面(甲六九の一ないし一四)を提供、開示し、別紙目録(二)の(一五)記載の技術情報を開示したことを認めるに足る証拠はない。

また、印刷局において、昭和三六年ころから、ノンオフセット凹版インキの研究とともに、ショート・インキングの研究を行い、昭和四七年ころからショート・インキングの実用化を図っていたこと(乙五七、一七七ないし一八三、一八六、一八七)及び原告が行った特許出願(特開昭五〇―九〇八)の明細書には、別紙目録(二)の(一五)記載の技術情報がほとんど開示されていること(乙五五)が認められる。右事実に照らすならば、同目録の(一五)記載の技術は、原告が秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない。

(一六) 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第三段階)

原告が被告に対し、別紙目録(二)の(一六)記載の技術情報を提供したことを要めるに足る証拠はない。

(一八) 機械的強度の優れた凹版印刷用刷版を作成するための電着方法

原告は被告に対し、図面(甲九二)と同様の図面(乙七二)を交付したことが認められる。しかし、各技術説明書及び各図面(甲九〇、九一、九三)が開示され、別紙目録(二)の(一八)記載の技術情報が提供されたこと、右各技術説明書及び各図面に、同目録(一八)の技術情報が記載されていることを認めることはできない。

(一九) 高い耐熱性と耐久性を有するワイピング・シリンダコーティング用新配合に関する情報

原告が被告に対し、技術仕様書・取扱説明書(甲八〇)を開示、提供し、別紙目録(二)の(一九)記載の技術情報を提供したことを認めるに足る証拠はない。

(二〇) 印刷のすべての段階において、各シートの端に印刷されたバーコードにより機械的に各シートを追跡するシステム

原告から市川あての書簡には、別紙目録(二)の(二〇)記載の技術と同様の技術に関する情報が記載された報告書が添付されている(甲九五)。しかし、原告の出願した特許(特開昭五八―一〇七三四一、特公平二―五四二二五)に係る各明細書には、右報告書に記載された技術情報及び別紙目録(二)の(二〇)記載の技術情報のほとんどが開示されていることが認められる(乙二三五の一及び二)。右事実に照らすならば、同目録の(二〇)記載の技術は、原告が秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない。

(二一) 残余ワイピング液の処理に関する方法並びにそれに関連する装置の設置方法

原告が被告に対し、技術仕様書(甲九七)を送付し、別紙目録(二)の(二一)記載の技術情報を提供したことを認めるに足る証拠はない。

(二二) 真鍮製オフセット刷版の製作方法

原告が被告に対し、説明書(甲一一二をその表紙とする書面、内容は明らかでない。)を交付し、別紙目録(二)の(二二)記載の技術情報を開示したことを認めるに足る証拠はない。また、(五)に記載したとおり、金属印刷プレートを二層の被覆材料で覆い、その後エッチングを行う度に各画像を除去するという製造方法が既に公開されていること、金属の印刷プレートとして真鍮が公知の材料であることなどからすると、同目録の(二二)記載の技術は、原告が秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない。

(二三) 銅を用いることなく凹版印刷用のマスタプレートを製作する方法

原告が被告に対し、別紙目録(二)の(二三)記載の技術情報を提供したことを認めるに足る証拠はない。

(二五) 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第四段階)

原告が被告に対し、説明書(甲六七)を提供し、別紙目録(二)の(二五)記載の技術情報を開示したことを認めるに足る証拠はない。

また、原告の出願による特許(特公昭五七―二五三八九)の明細書に右技術情報が開示されていることに照らすならば(乙二三四)、同目録の(二五)記載の技術は、原告が秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない。

(二八) インタリオセット方式

原告が被告に対し、図面及び説明書(甲七四、七六)を提供し、別紙目録(二)の(二八)記載の技術情報を開示したことを認めるに足る証拠はない。原告から市川に対する昭和五二年(一九七七年)二月一五日付けの書簡に、インタリオセットのプレートの製造方法に関する記述を別送する旨の記載があるが(甲四〇)、これをもって原告主張の事実を認めることはできない。

(三〇) 物理的な接触を伴わず電子的なプリコントロールによってナンバリングヘッド及びナンバリングホイールの連続的な切換えを検査するシステム

被告は、レイボルド機工から、ニューメロータ印刷機を購入した際、右印刷機に関する図面(甲一〇六)の交付を受けたことを推認することができる。しかし、右図面には、「ホール素子を用いて」番号の切換えが行われたことを検出する技術について記載されていない。その他、原告が被告に対し、別紙目録(二)の(三〇)記載の技術情報を開示したことを認めるに足る証拠はない。

(三一) 凹版印刷用プラスチック製型を高周波溶接によって組立てる方法

原告が被告に対し、技術資料(甲一〇九)を提供し、別紙目録(二)の(三一)記載の技術情報を開示したことを認めるに足る証拠はない。原告から印刷局製造部部長川合淳郎あての昭和五七年(一九八二年)一一月一一日付書簡には、ハイ・フリークエンシー溶接の装置に関する書面を同封する旨の記載があるが(甲三三)、同封された書面の内容は明らかでない。のみならず、右技術資料(甲一〇九)は、高周波溶接プレスの説明書に過ぎず、原告主張に係る技術情報は記載がない。

(三二) 銅メッキされた凹版印刷用スリーブに画像を移すための自動トランスファ装置の構造

原告が被告に対し、自動トランスファ装置に関する説明書(甲一一〇、一一一)を開示し、別紙目録(二)の(三二)記載の技術情報を提供したと認めるに足る証拠はない。

説明書(甲一一一)には、右装置による転写方法の概略を説明した図面が掲載されている。しかし、同一の図面が平成三年(一九九一年)五月に開催された欧州銀行券製造機関会議インキ製版委員会において発表された論文に掲載されていることに照らすと(乙一三一)、同目録の(三二)記載の技術は、原告が秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない。

三  秘密保持義務発生の有無

前記認定した事実を前提として、被告が秘密保持義務を負担したとする原告の主張の当否について判断する。

1  契約に基づく義務について

(一) 原告は、原告又はその前身から本件印刷機を購入したことにより、被告が、当然に秘密保持契約を締結したものと解すべきである旨主張する。

しかし、原告の右主張は、以下のとおり理由がない。すなわち、①本件印刷機に関して、被告が売買契約をした相手方は、レイボルド機工又は東西商事であって、(原告が地位を承継したとする)オルガニザシオン又はエンジニアリング社ではないので、被告とオルガニザシオン又はエンジニアリング社との間で、売買契約に付随する秘密保持契約を締結したと解することはできない。②オルガニザシオンは被告に対し、本件印刷機や説明書等を引き渡すことに伴って、本件印刷機に含まれる何らかの技術情報を開示したことは推認されるが、本件印刷機の売買契約に当たって、特定の技術情報を秘密として保護すべきことを窺わせるに足りる交渉経緯、指示などはないので、本件において、売買契約に伴って当然に秘密保持契約を締結したと認めることはできない。

以下、この点を敷衍する。

(二) 先ず、被告が売買契約をした相手方は、オルガニザシオン又はエンジニアリング社ではないので、原告の主張は、その前提において失当である。

契約書上、本件印刷機に関する売買契約の当事者は、被告とレイボルド機工又は東西商事であって、オルガニザシオン又はエンジニアリング社ではない(甲六三、乙六三、六四)。確かに、被告がレイボルド機工から購入した「シムルタン印刷機」、「インタリオカラー印刷機」、「ニューメロータ印刷機」は、ジオリ機構が開発し、ケーバウ社が製造したものであり、また、被告が東西商事から購入した印刷機は、エンジニアリング社が製造したものであること、また、売買契約において、レイボルド機工又は東西商事は、右各製造業者から調達した本件印刷機を、被告の指定する工場内に設置、納品することとされ、印刷機の設置、納入のための協議にオルガニザシオン、エンジニアリング社の社員が同席したり、契約締結のための交渉に関与していたことが認められる(甲五)。しかし、右の事実をもって、被告が売買契約を締結した相手方が、契約書の記載と異なるオルガニザシオン又はエンジニアリング社であると認めることはできない。したがって、本件印刷機の契約当事者ではないオルガニザシオン又はエンジニアリング社(その承継者と主張する原告)に対して、被告が秘密保持義務を負担する旨の契約を締結したものと解することはできない。

(三)  次に、以下のとおりの理由から、被告が、本件印刷機の納入に当たり、オルガニザシオンらが開示した技術情報につき、黙示又は口頭で、秘密保持契約を締結したと認めることはできない。

一般に、売買の対象となる目的物に、売主のノウハウとして留保された秘密の技術情報が含まれている場合、売主がこれを買主に引き渡すと、その目的物に含まれている技術情報が漏泄されるおそれが生ずる。売主が、このような事態を回避するためには、目的物の引渡し等に先だって、包括的あるいは具体的に特定した技術情報を開示しないよう特約を締結することにより、買主に対して、その旨の義務を負担させることが必要であり、そのような特約を締結しない以上、売主は、買主がその目的物に含まれる技術情報を第三者に開示することを防ぐことはできない。

ところで、前記認定のとおり、①本件印刷機に関する契約書には、秘密保持義務を明示した条項がないのみならず、これを窺わせる条項もないこと(乙六三)、②本件印刷機の販売に関して、販売者側(もっとも、被告と販売契約をした当事者がオルガニザシオン又はエンジニアリング社でないことは前記のとおりである。)の担当者と被告との間で、特定の技術情報について、販売者側に秘密の技術情報がノウハウとして留保されていることを前提として、交渉が進められたことを窺わせるに足りる事情は認められないこと、③オルガニザシオンらが、本件印刷機の納入に当たって開示した技術情報は、オルガニザシオンが秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできないこと等、諸般の事実に照らすならば、被告が、黙示又は口頭で、秘密保持契約を締結したと解することはできない。

この点について、原告は、本件売買の目的物が銀行券等の印刷機械であること、購入者が国の通貨を発行する権限を有する機関であること、偽造防止の見地から技術情報の秘密を保持する必要性が強いこと等の特殊性から、契約書が作成されなくても当然に、被告が購入した印刷機に関する秘密の技術情報につき守秘義務を負う旨の契約が成立したとみるべきであると主張するが、そのような特殊性をもってしても、本件印刷機に包含されている技術情報が、オルガニザシオンが秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできないことからすれば、前記の認定を左右することにはならない。

2  不正競争防止に基づく義務について

原告は、売買の目的物に売主のトレード・シークレットが含まれる場合、不正競争防止法等の趣旨から当然に、買主である被告は、売主に対し右トレード・シークレットの秘密保持義務を負担すると解すべきであると主張する。

しかし、原告の右主張は、以下のとおり理由がない。

営業秘密に関しては、平成二年改正法によって、不正競争防止法上の保護規定がはじめて設けられ、平成二年改正法の施行前日(平成三年六月一四日)までに保有者から示された営業秘密や、これを開示する行為については、平成二年改正法の適用はない。原告主張に係る本件技術情報のうち、平成三年六月一四日以前に取得され、開示されたと主張されている技術情報については、被告が、改正前の不正競争防止法の下で、当然に、秘密保持義務を負担するということはない。また、仮に、オルガニザシオン又はエンジニアリング社が、本件印刷機の製作に関与して、何らかのノウハウを保有していたとしても、①両社が、レイボルド機工及び東西商事に対して、本件印刷機に含まれる技術情報につき秘密扱いとすべく指示等をしたり、秘密保持義務に関する書面を交わしたりするなどの秘密管理をしていたとの形跡は窺われないこと、②オルガニザシオンらが、本件印刷機の納入に当たり開示した技術情報は、原告及びオルガニザシオンが秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできないこと等に照らすならば、原告主張に係る本件技術情報は、当然に保護されるべき営業秘密に該当するとはいえない。

3  信義則に基づく義務について

原告は、紙幣印刷機の製造業者と紙幣印刷機関という、原・被告間の特殊な関係に照らすならば、被告は、信義則上、原告から開示された秘密について、秘密保持義務を負担すると解すべきである旨主張する。

しかし、原告の右主張は、以下のとおり理由がない。

前記のとおり、印刷局が、レイボルド機工などから、本件印刷機十台を継続的に購入して以来、印刷局と原告又はオルガニザシオンとの間には、人的ないし技術的交流が続いた。例えば、昭和三九年(一九六四年)一月、印刷局の職員二名が、オルガニザシオンの招待により、ヨーロッパの同社の研修センターを訪問したり、ジオリらが来日して印刷局を視察したり、直接ないしレイボルド機工を介して、原告と製造部長であった小林や市川との間で書簡の交換をしたりして、原告と印刷局又はその職員との間で、印刷技術についての情報提供や意見交換等が実施されたりした。確かに、印刷局とオルガニザシオン又は原告とは、このような継続的な関係を保っていたこと、両者は、紙幣印刷機の製造又は販売業者と印刷機関という特殊な関係にあること等に照らすならば、両者が、共通の技術情報を保有し、第三者に開示しないことが有利であると相互に認識し、信頼することもあり得なくはない。しかし、そのような特殊な事情があったとしても、原告又はオルガニザシオンが被告に提供した技術情報は、原告及びオルガニザシオンが秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできないこと等の事実に照らすならば、原告と被告間で、書面による合意又は明示の合意がされなくても、信義則上当然に、被告が秘密保持義務を負担すると解すべきであるということはできない。

4  覚書に基づく義務について

原告は、被告の職員が欧米視察旅行をするに際して、被告業務部長が原告に対して送付した覚書により、被告は秘密保持義務を負担すると解すべきであると主張する。

しかし、原告の右主張は、以下のとおり理由がない。

前記のとおり、昭和四一年三月ころ、印刷局の職員である小林らは、有価証券等の印刷技術について研修するため、欧米に赴き、また、原告の研修施設を視察するなどした。そして、昭和四〇年九月二七日、業務部長である大澤は、原告にあてて、右職員が原告の研修施設を視察することを前提として、印刷局の職員が研修で取得した原告の機密情報は、印刷局局内で使用し、事前の同意なく第三者に開示しないこと、原告と印刷局との共同開発に係る機密情報につき、お互いの同意なく第三者に開示しないことを確認する旨の覚書を送付した(なお、右研修は、印刷局及びその職員の技術向上に資するためのもので、正に業務の一環であるというべきであるから、印刷局長は、研修に関連して職員が得た秘密情報についてその保持義務を確認する権限を有するものというべきであり、さらに、業務部長である大澤は、右印刷局長の権限を代理する権限を有するものと解するのが相当である。)そうすると、被告は、本件覚書により、①右研修に派遣された印刷局職員が取得した原告の機密情報、及び②原告と印刷局との共同開発に係る機密情報については、その限りにおいて、秘密保持義務を負担したとみるのが相当である。しかし、本件全記録によっても、原告が、右研修に関連した機密情報ないし共同開発に係る機密情報を、開示したことを認めることはできず、また、原告が被告に対して、何らかの技術情報を開示したことがあったとしても、その技術情報は、原告及びオルガニザシオンが秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできないことに照らすならば、原告主張に係る技術情報について、被告が、本件覚書によって秘密保持義務を負担するものとはいえない。

四  結論

以上のとおり、本件技術情報はいずれも被告に提供、開示されたことが認められないか、あるいは、秘密として保護されるような内容を含んでいることが認められないので、原告主張に係る技術情報について、被告が秘密保持義務を負うというとはできない。

また、原告は、印刷局が、小森をして、シムルタン印刷機及びインタリオカラー型紙幣印刷機を分解させ、シムルタン及びインタリオカラー印刷機を模倣した紙幣印刷機を製造させたことが不法行為に当たる旨主張するが、原告主張に係る技術情報について、被告が秘密保持義務を負担するといえない以上、原告の右主張は理由がないことになる。なお、被告は、請求の趣旨第一項ないし第三項に係る本件訴えは、訴訟物の特定が欠けていること、及び請求の趣旨第四項の損害賠償を求める訴えは、外貨の支払を求めるものであるから不適法である旨主張するが、いずれも採用しない。

以上のとおり、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官飯村敏明 裁判官八木貴美子 裁判官石村智)

別紙目録(二)

(一)シムルタン印刷方式に関する技術

紙幣を印刷するためのドライ及びウェットオフセット印刷機において、

イ.互いに圧接されつつ互いに反対方向に回転する同一の径を有する一対のゴム胴を使用すること

ロ.紙幣の表面および裏面の背景を構成する全ての色を夫々対応するゴム胴上に集めること

ハ.シートを一対のゴム胴間を通過させることによりシートの両面に前記背景を一度で印刷すること

ニ.ゴム胴に向けてシートを送り込むために揺動するスインググリッパ装置を使用すること、又はゴム胴に向けてシートを送り込むために急速な回転と停止とを交互に繰り返すストップドラムを使用すること

ホ.インタリオセット方式を前記オフセット印刷機に組込むこと

を特徴とする印刷方式(シムルタン印刷方式)に関して、

1.一九五八年原告が被告に提供したシムルタン印刷機(3/2 TOⅢ)に存する技術情報、並びにこの際に提供された「Type:3/2 TOⅢSIMULTAN Operating Instruc-tions」と題する取扱説明書、B.-05.101号図面、B.-05.121.5号図面、「Simultan 3/2 TOⅢBlatt:150」と題する図面、G.-05.174.1号図面及びB.-05.186.1号図面の記載内容たる技術情報

2.一九七〇年、原告が被告に提供したG-06.006号図面の記載内容たる技術情報

(二)二枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機(インタリオカラー印刷機)に関する技術

圧胴に向けてシートを供給し圧胴と版胴間にシートを送り込んでシートの片面を凹版多色カラー印刷するようにした凹版カラー印刷機において

イ.圧胴と版胴間に向けてシートを送り込むために揺動するスインググリッパ装置を使用すること

ロ.版胴に取付けられた刷版表面から余分なインキを取除くために版胴と接触しつつ回転するプレワイピング装置を使用すること

ハ.版胴に取付けられた刷版表面から残りの余分なインキを取除くために版胴と接触しつつ回転するクリーニングシリンダの外周表面上にゼラチンをコーティングし、このクリーニングシリンダを版胴の周速度よりも速い周速度で版胴と同一方向に回転させ、このクリーニングローラをトリクロロエチレンで洗浄すること

ニ.版胴にインキを供給するための複数のインキローラ列を夫々別個の駆動モータにより駆動すること

ホ.印刷されたシートをシートスタッカーに搬送するためにチェーン搬送装置を使用すること

へ.印刷を完了したシート間に中間紙を挿入するために中間紙供給装置を設けること

を特徴とする印刷機(二段の刷版により印刷する凹版カラー印刷機)に関して、

一九六〇年原告が被告に提供したインタリオカラー印刷機(3/OLgⅢ)に存する技術情報並びにこの際に提供された「Type:3/OLgⅢ Operating Instructions」と題する取扱説明書、G-05.149.0号図面、G-05.164.0号図面、B-05.190号図面、B-05.149.0号図面、及びB-05.215号図面の記載内容たる技術情報

(三)四枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機(インタリオカラー印刷機)に関する技術

ストップドラムを介して圧胴に向けてシートを供給し、圧胴と版胴間にシートを送り込んでシートの片面を凹版カラー印刷するようにした凹版カラー印刷機において

イ.シートを圧胴に移送して圧胴と版胴間で印刷を行うために急速な回転と停止とを交互に繰返すストップドラムを使用すること

ロ.版胴に取付けられた刷版表面から余分なインキを取除くために、版胴と接触しつつ回転するクリーニングシリンダと、版胴と接触しつつ回転するプレワイピングシリンダとを使用すること

ニ.版胴にインキを供給するインキローラ列において、ダクトローラを具えたインキダクトを用いると共に、一つの硬質ローラにインキを交互に移送する二つの振動体を用い、この硬質ローラが二つのゴムローラに移送し、次いでこれら二つのゴムローラが刷版と接触する着肉ローラにインキを移送し、インキングキャリッジがこのような型式の三群のローラ列を具えていること

ホ.印刷されたシートを重ねておくために一対のシートスタッカを使用すること

を特徴とする印刷機(四枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機)に関して、

1.一九六一年原告が被告に提供したインタリオカラー印刷機(3/OLgⅢ/4)に存する技術情報並びにこの際に提供されたG.-05.182.0号図面の記載内容たる技術情報

2.一九七七年原告から被告に提供されたG.08.401号図面の記載内容たる技術情報

(五)ドライオフセット用真鍮刷版の製造方法に関する技術

プレート表面上にまず第一のレジスト層を形成し、この第一レジスト層よりも面積の大きな第二のレジスト層によって第一レジスト層を覆い、この第二レジスト層よりも面積の大きな第三のレジスト層によって第二レジスト層を覆い、プレート表面をエッチング処理した後に第三レジスト層を除去し、次いで再びエッチング処理した後に第二レジスト層を除去し、次いで再びエッチング処理した後に第一レジスト層を除去することによって、裾野の転がった突出部を形成し、これにより酸による画線の破損がなく極めて細かい線を印刷することができるようにすることを特徴とする製造方法に関する技術

(七)ニッケルサルファメイト電着について新たに開発された技術

ニッケルを電着するためにピット防止剤を用いたニッケルサルファメイト浴を準備する際に

イ.希硫酸および活性炭を用いてニッケルサルファメイト槽を加熱処理すること

ロ.メッキ浴の浄化中に硼酸を使用しないこと

ハ.波形形状のカソードを用いてメッキ液を浄化すること

ニ.ピット防止剤を用いる場合に空気撹拌しないこと

を特徴とする技術

(八)ガラスおよび金属上に機械的に彫刻を行う技術

溝又は隆起部を形成したレリーフ原型と、彫刻を施すべきエッチングガラス又は銅板とを水平に配置し、トレーサの尖端をレリーフ原型の表面に接触させつつレリーフ原型上を順次走査させてトレーサをレリーフ原画上の溝又は隆起部に沿って上下動せしめ、トレーサの上下運動を水平方向に変換させる機構を介してトレーサの上下運動を彫刻ダイアモンドの水平運動に変換し、この彫刻ダイアモンドをトレーサの上下運動に従って水平運動させつつトレーサの走査作用に同期させてエッチングガラス又は銅板上を一行ずつ順次走査させ、この彫刻ダイアモンドによってエッチングガラス又は銅板を彫刻することを特徴とする技術

(九)ニッケルサルフェート又はニッケルサルファメイト浴を浄化することによってニッケル銅製凹版印刷刷版のピットを防止する方法に関する技術

アノードとしてニッケルを、カソードとしてニッケル銅を用いてニッケル銅の表面上にニッケル層を電着するためのニッケルサルフェート又はニッケルサルファメイト浴において、ニッケルサルフェート又はニッケルサルファメイト溶液内の金属不純物を除去するために、浄化時に波形形状のカソードを用いることを特徴とする技術

(一一)刷版クリーニングシリンダの洗浄方法(第一段階)に関する技術

凹版印刷機の版胴から余分なインキを除去するクリーニングシリンダの洗浄方法(いわゆる浸漬洗浄システム)において

イ.クリーニングシリンダのコーティング剤として以下の部分からなるコーティング剤を用いること

塩化ビニル(PVC)

トリクレジル燐酸

燐酸トリオクチル]可塑剤

安定剤

炭酸カルシウム

黒鉛]充填剤

ロ.洗浄槽内の洗浄液内に浸漬されかつクリーニングシリンダからインキを掻き落としてクリーニングシリンダを洗浄するためにクリーニングシリンダと接触しつつ回転するブラシを用いること

ハ.洗浄槽内の洗浄液として以下の成分の水溶液を用いること

スルホン化ひまし油 二%

苛性ソーダ 二%

燐酸ナトリウム 五%

軟水 九一%

を特徴とする技術

(一二)刷版クリーニングシリンダの洗浄方法(第二段階)に関する技術

凹版印刷機の版胴から余分なインキを除去するクリーニングシリンダの洗浄方法(浸漬洗浄システム)において

イ.前記(一一)の回転ブラシに代えて次の固定式ブラシ装置又はスクレーパ装置を用いること

揺動可能なアームの一端にクリーニングシリンダと接触するブラシ又はスクレーバを取付け、アームの他端をクリーニングシリンダの軸線回りに揺動可能な湾曲ホルダにばねを介して連結し、このばねによって各ブラシ又はスクレーパをクリーニングシリンダに最良の接触圧で圧接させ、湾曲ホルダを揺動することによって全てのブラシ又はスクレーパの接触圧を同時に調整することができるブラシ装置又はスクレーパ装置

ロ.クリーニングシリンダから最初に大部分のインキを掻き落とすために、クリーニングシリンダと接触可能でかつ揺動可能に配置された一つのスクレーパと、スクレーパを揺動せしめる駆動装置からなり、この駆動装置によって凹版印刷機の運転停止時にはスクレーパをクリーニングシリンダから引き離し、凹版印刷機の運転を開始するときにはスクレーパをクリーニングシリンダに接触させるスクレーパ機構を用いること

ハ.前記(一一)のハの洗浄槽内の洗浄槽と比較して成分が若干変更された以下の成分の水溶液を洗浄液として使用すること

固形苛性ソーダ 一%

スルホン化ひまし油ナトリウム塩

一%

軟水 九八%

を特徴とする技術

(一三)プレワイピング技術

1.凹版印刷機の版胴に取付けられた刷版から余分なインキを取除くために、版胴と接触しつつ回転するクリーニングシリンダと、版胴の回転方向からみてクリーニングシリンダの前方において版胴と接触するプレワイピングシリンダとを使用することを特徴とする技術

2.プレワイピングシリンダにおいて

イ.プレワイピングシリンダのコーティング剤としてゼラチンを用いること

ロ.洗浄槽の洗浄液内に浸漬されたブラシおよびスクレーパによってプレワイピングシリンダからインキを掻き落とすこと

ハ.洗浄槽の洗浄液としてトリクロロエチレンを使用すること

を特徴とする技術

3.プレワイピングシリンダを洗浄するのに洗浄液を使用しない乾式プレワイピング装置において

イ.版胴から余分なインキの一部を取除くために版胴と接触しつつ回転するプレワイピングシリンダと、プレワイピングシリンダからインキを取り除くためにプレワイピングシリンダと接触しつつ回転するプレワイピング用クリーニングシリンダを用いること

ロ.プレワイピングシリンダとしてショア硬度四十〜五十のブタジエンから形成されたシリンダを使用すること

ハ.プレワイピング用クリーニングシリンダとして鋼鉄製のシリンダを用いること

ニ.プレワイピングシリンダとプレワイピング用クリーニングシリンダとを互いに噛合する歯車を介して連結すること

ホ.プレワイピングシリンダをその軸線方向に往復運動せしめること

へ.プレワイピング用クリーニングシリンダと接触する一つのスクレーパを設けてこのスクレーパによりプレワイピング用クリーニングシリンダからインキを掻き削ること

を特徴とする技術

4.乾式プレワイピング装置において

イ.版胴から余分なインキの一部を取除くために版胴と接触しつつ回転するプレワイピングシリンダと、プレワイピングシリンダからインキを取り除くためにプレワイピングシリンダと接触しつつ回転するプレワイピング用クリーニングシリンダを用いること

ロ.プレワイピングシリンダのコーティング剤として以下の成分のコーティング剤を使用すること

塩化ビニル

ヴァチノール(ジオクチルフタレート商品名)

パラプレックスG53(商品名)

炭酸カルシウム

プロスパーDBM(商品名)

ヴィンラブ73(商品名)

リガジルTPL(商品名)

ハ.プレワイピング用クリーニングシリンダとしてセラミック製のシリンダを使用すること

ニ.プレワイピング用クリーニングシリンダに取付けられた歯車とを直接噛合せしめると共にプレワイピングシリンダ用クリーニングシリンダの径とを同一にしてプレワイピングシリンダとプレワイピング用クリーニングシリンダの接触点を常に同じにすること

ホ.版胴に取付けられた刷版とプレワイピングシリンダの接触点を常に同じにすること

を特徴とする技術

(一五)ショート・インキング技術

凹版印刷用の版胴に取付けられた刷版上に版胴と接触しつつ回転する着肉ローラーを介してインキを供給するために

イ.インキを溜めておくインキダクトから一個のダクトローラーのみを介してインキを着肉ローラーに供給すること

ロ.ダクトローラーの径を着肉ローラーの径と等しくすること

ハ.ダクトローラー上のインキ膜厚を一様にするためにダクトローラーと接触しつつ回転するインキ分配ローラーを設け、このインキ分配ローラーをその軸線方向に往復動させること

ニ.ダクトローラーの全長に沿って延びかつダクトローラーに向けて下降する弾性板を設け、弾性板の下端縁をダクトローラーに近接配置してダクトローラーと弾性板間にインキダクトを形成すること

ホ.弾性板の下端縁の位置を調節するために弾性板の下端縁に沿って等間隔で配置された多数の微動ねじを具備し、これらの微動ねじによって弾性板下端縁の各位置における弾性板下端縁とダクトローラー間の間隙を個別に微調整すること

ヘ.弾性板と微動ねじを支持台により支持すると共に支持台を偏心軸により支持し、偏心軸を回転させることによって弾性板下端縁とダクトローラー間の間隙全体を同時に調整することを特徴とする技術(ショート・インキング技術)に関して、

一九三七年原告が被告に提供した「Hydraulik-Farbwerk Versorgungder Hyd.zylinder Bl.206 Blatt:209 Teilbl.:4」と題する図面、「Duktorheizung bzw.-khlung Blatt:211 Teilbl.:1」と題する図面、「Duktorge-stelle mit Fhrung Blatt:201 Teilbl.:1」と題する図面、「Duktor u. Vorwi-schwalze mit Lagerung Blatt:204」と題する図面、「Farbkasten mit Ver-stellung ink box with adjusting Blatt:205 Teilbl.:2」と題する図面、「Einzel-Farbwerkabstellung Blatt:202 Teilbl.:2」と題する図面、「Einzel-farbwerk-Abstellung Blatt:202」と題する図面、「Duktorgestelle mit Fh-rung Blatt:201 Teilbl.:2」と題する図面、「Einzelfarbwerk-Blockie-rung Blatt:203」と題する図面、「Farb-kasten mit Verstellung ink box with adjustment Blatt:205 Teilbl.:1」と題する図面、「Reibwalze mit Lage-rung u.Antrieb der seitl. Verreibung Blatt:207」と題する図面、「Seitl.Farb-kastenabdichtung Blatt:206」と題する図面、「Hydraulik-Farbwerk Druckreduzierung u.-onzeige Blatt:209 Teilbl.:2」と題する図面、及び「Hydraulik-Farbwerk Blatt:209 Teilbl.:1」と題する図面の記載内容たる技術情報

(一六)刷版クリーニングシリンダの洗浄方法(第三段階)に関する技術

凹版印刷機の版胴から余分なインキを除去するクリーニングシリンダのコーティング剤として次の成分からなるコーティング剤を用いることを特徴とする技術

塩化ビニル

ヴァチノールAH(ジオクチルフタレート商品名)

モノマーX980(商品名)

触媒TB、PB(商品名)

プロスパーDBM(商品名)

炭酸カルシウム

黒鉛

(一八)機械的強度の優れた凹版印刷用刷版を作成するための電着方法に関する技術

凹版印刷用刷版を作成するための電着方法において

イ.ニッケルメッキ槽内におけるニッケルサルファメイト溶液の濃度を高め、ニッケルメッキ溶液の温度を高め、アノードとカソード間の電流を高めること

ロ.凹版用マスタープレートをプラスチック製の枠内に取付けてカソードとすること

ハ.プラスチック枠を具えたカソードを、電着作業時に、シールドされたアノード部屋の前方で横方向に往復動させること

を特徴とする技術

(一九)高い耐熱性と耐久性を有するクリーニングシリンダのコーティング技術

凹版印刷機の版胴から余分なインキを取り除くクリーニングシリンダのコーティングを次のようにすることを特徴とする技術

イ.クリーニングシリンダのコーティングを硬質底部層、軟質中間層、硬質上部層の三層構造とすること

ロ.硬質底部層および硬質上部層の成分を次のようにすること

塩化ビニル

ヴァチノールAH(DOP)(商品名)

モノマーX980(商品名)

触媒TBPB

プロスパーDBM(商品名)

カルシウムカーボネート

グラファイト

ハ.軟質中間層の成分を次のようにすること

塩化ビニル

ヴァチノールAH(DOP)(商品名)

パラプレックスG54(商品名)

カルシウムカーボネート

プロスパーDBM(商品名)

ヴィンラブ73(商品名)

リガジルTPL(商品名)

(二〇)印刷の全ての段階において、各シートの端に印刷されたバーコードにより機械的に各シートを追跡するシステムに関する技術

印刷の全ての段階において各シートを追跡するために

イ.シートの切断工場、又は印刷工程の最初の処理の段階でシートの縁に特定のバーコード及びそのバーコードに対応した数字を印刷すること

ロ.各生産段階の後で、例えばドライオフセット印刷完了後、あるいは凹版印刷完了後等にバーコードを検出して中央コンピュータに記憶させ、それによって各シートの履歴を追跡しうること

ハ.各生産段階のうちの一つの段階でシートが引き抜かれた場合には引き抜いた理由および時刻が表示されること

ニ.何の了承もなくシートが引き抜かれた場合には警告が発生せしめられること

を特徴とする技術

(二一)残余ワイピング液の処理に関する方法並びにそれに関連する装置の設置方法に関する技術

凹版印刷用ワイピングシリンダから掻き落とされたインキで汚染されたアルカリ性浄化液を浄化した後に放流するために、フィルタを用いて浄化液からインキを取除き、硫酸を加えて浄化液を中性化し、次いで液から有機残留物を除去するために洗浄液を47℃〜50℃で一定時間加熱し続けることを特徴とする技術

(二二)真鍮性オフセット刷版の製作方法に関する技術

真鍮板を用いてオフセット刷版を製作するためにまず初めに真鍮板上をクロムにより覆い、クロムを第一レジスト層により覆い、画線部を除く第一レジスト部分を除去すると共に覆われていたクロムを取り除き、次いで真鍮板上を第二レジスト層により覆い、残っている第一レジスト部分よりも若干大きな面積部分を第二レジスト部分を除去して第一回のエッチングを行い、次いで残っている第二レジスト層を除去して第二回目のエッチングを行い、次いで残っている第一レジスト層およびクロムを取り除くことを特徴とする技術

(二三)銅を用いることなく凹版印刷用のマスタプレートを製作する方法に関する技術

凹版印刷用刷版を作成するためにまず初めに彫刻された原板からニッケルでもってポジ型をとり、次いでこのポジ型からプラスチックでもってネガ型を取る。次いで多数のこのプラスチック製ネガ型を互いに結合して大型の型組体を作る。次いでこの型組体からニッケルを用いて直接ポジ型のマスタプレートを作り、次いでこのマスタプレートから凹版印刷用刷版を製作することを特徴とする技術

(二五)スプレージェットによる刷版クリーニングシリンダの洗浄方法(第四段階)に関する技術

凹版印刷機の版胴から余分なインキを除去するために版胴と接触しつつ回転するクリーニングシリンダの洗浄方法において、クリーニングシリンダからインキを除去するためにクリーニングシリンダと接触するスクレーパおよびブラシを設け、スクレーパ前方のクリーニングシリンダ上およびブラシ前方のクリーニングシリンダ上に洗浄液を散布することを特徴とする技術

(二八)インタリオセット方式に関する技術

イ.単色で凹版印刷と同様に木目が細かく、シャープで緻密であるが、凹版印刷による紙幣では触って感じることのできる盛り上がりを生じないインタリオセット方式を用いて紙幣の印刷を行うこと

ロ.インタリオセット方式に用いる刷版を作成するためにまず初めに凹版の刷版に似ているがそれほど深くない彫刻を施した鋼鉄製又は銅製の凹版原版を作成し、次いでこの凹版原版からポジフィルムを作成し、次いでこのポジフィルムからネガガラスプレートを作成し、次いでこのネガガラスプレートからステップ・アンド・リピート法を用いて多数の同一のポジ画像を一枚のガラスプレート上に作成し、次いでこのポジガラスプレートの画像を写真製版の手法を用いて黄銅製刷版上に彫刻を施し、次いで刷版上の彫刻部分がインキを受け入れる性質を有するように刷版を加工すると共に、彫刻された部分以外の刷版の表面を湿潤性を保つ性質を有するように処理してインキを跳ね返す性質を持たせるようにすること

ハ.例えばシムルタン印刷機のゴム胴と接触しつつ回転する版胴の一つに対してインタリオセット刷版を用い、このインタリオセット刷版に対して湿潤を与えるために湿潤付与装置を設け、ドライオフセット印刷とインタリオセット方式による印刷とを一刷りで行えることを特徴とする技術

(三〇)物理的な接触を伴わず電子的なプリコントロールによってナンバリングヘッド及びナンバリングホイールの連続的な切換えを検査するシステムに関する技術

一個の圧胴と、この圧胴と接触しつつ回転する二個のナンバリングシリンダとを具備し、各ナンバリングシリンダに印章、サイン等を二色で印刷するためのクラッチ版と、番号を付すための多数のナンバリングボックスとを取付け、各ナンバリングボックス内のナンバリングホイールを回転させることにより連続した紙幣番号を紙幣に付すようにしたナンバリング機械において、ナンバリングホイールが回転して番号の切換えが行われたことをホール素子を用いて物理的な接触を伴うことなく検出することを特徴とする技術

(三一)凹版印刷用プラスチック製型を高周波溶接によって組立てる方法に関する技術

凹版印刷用刷版を作成するためのプラスチック製型を作成する際に、まず始めに彫刻原板から多数のプラスチック型を作成し、次いでこれら多数のプラスチック型を予め定められた位置に正確に整列配置し、各プラスチック同士を高周波溶接を用いて互いに結合することを特徴とする技術

(三二)銅メッキされた凹版印刷用スリーブに画像を移すための自動トランスファ装置に関する技術

リリーフを形成した樽状のトランスファローラダイと銅メッキされた円筒スリーブとをそれらの軸線がほぼ平行となるように配置してローラダイを円筒スリーブの表面上に圧接させる。このような状態でローラダイとスリーブとの接触点が常に同じになるよう円筒スリーブをその軸線回りに揺動せしめると共に、円筒スリーブの揺動方向と直角方向にローラダイを揺動せしめる。このときローラダイ上に形成されたレリーフによってスリーブ上に凹溝が形成され、ローラダイの揺動圧接作用が進行するにつれて凹溝の深さが次第に深くなる。凹溝の深さが深くなるにつれて凹溝部分以外のスリーブ表面が突出し、それによって凹版印刷用の凹溝がスリーブ表面上に形成されると共に、凹溝以外の突出したスリーブ表面部分を滑らかにする自動トランスファ機械を用いることを特徴とする技術

被告の反論

一 別紙目録(二)の(一)記載の技術情報について

1 製品自身が秘密を含んでいて、販売により秘密を開示してしまう場合、製品の分解・分析等正当な手段に基づき秘密が解明される場合等には、秘密性が失われるとされており、シムルタン印刷機(3/2TOⅢ)自体に含まれる技術情報及び印刷機全体は、秘密技術情報とはいえない。右印刷機自体に含まれる技術情報及び印刷機全体が乙一九号証の二により公知・公開の技術情報である。

2 そこで、さらに、原告が主張するシムルタン印刷機の構成要素及び印刷機全体に関する技術情報が、実質的技術的に秘密情報として保護に値する技術情報かどうかを検討する。

(一)(1) オットー・クリューガー著「ディー リトグラフィシェンフェアファーレン ウント デア オフ セットドゥルック」OTTOKRGER:”DIE LITHOGRAPHIS-CHEN VERFAHREN UND DER OFFSETDRUCK”.   Ⅱ.    VER-MEHRTE AUFLAGE.LEIPZIG/F.A.BROCKHAUS/1929(一九二九年発行ライプツィヒ F.A.ブロックハウス第二版)二三〇ページから二三三ページまで(乙第二四号証の二)には次の記載がある。

「印刷用紙は、このスインググリッパによって、版胴に導かれる。すなわち、前当て(フロントゲージ)に当たった用紙は、スインググリッパによって、版面シリンダの表面速度に近づき、正確な位置合わせが行われる。不正給紙があると印刷は自動的に停止し、給紙が正常になると自動的に印刷が開始される。

用紙の排出は、テープでなく、チェーン排紙機構によってシートスタッカ台に排出する。

この会社は、最近四色両面印刷機の特許を出している。これは(第一二一図のように)四つのシリンダを直列した構造となっている。中央のブランケットシリンダは、表面がブランケットで覆われていて、その外側に二つの大型シリンダが配列されている。このシリンダは、版がそれぞれ二版取り付けられる構造になっている。この機械を用いて、二色または四色の両面印刷、一色または二色の片面印刷が必要に応じて可能である。片面印刷のみの場合、上部のインキング機構を切離し、図の左にある小型シリンダにゴムシートを張る。もう一つの小型シリンダは、グリッパを具えており、印刷シリンダとして用いられる。図からも分かるように、機械は単純で理解しやすいものである。

これは、印刷寸法85×117㎝に設計されている(第一二一図参照)。

第一二一図 四色両面オフセット印刷機・ヨーネ・ベルク印刷機械株式会社(バウツェン・ザクセン)」

(2) 右記載には、四色枚葉両面ウエットオフセット印刷機が記載されており、同機は同一径を有する一対のゴム胴(ゴム胴の配列等については同書二四七ページ〔乙第二四号証の三〕、後掲中村信夫著「印刷機械」の四三ページ2〔乙第二一号証の五〕及び七二ページ第92図〔乙第二一号証の六〕)が用いられ、シートの表面及び裏面の背景を構成するすべての色をそれぞれ対応するゴム胴上に集め、シートがゴム胴間を通過する際にシートの両面に多色印刷される多色(四色)両面同時印刷のウェットオフセット方式の技術的事項が開示されており、さらに、ゴム胴に向けてシートを送り込むために揺動するスインググリッパ装置(第一二〇図に「Vorgreifer」として明示されている)及び排紙チェーングリッパ装置を使用するとされ、かつ、右各装置が第一二〇図に図示されているので、これらの技術的事項(別紙目録(二)の(一)イ・ロ・ハ・ニ)がシムルタン機の開発前に既に公知技術として開示されているのである。

なお、ウエットオフセットとドライオフセットとは製版方法(画線の形状により、湿し水が必要となり又は不要となる。)とインキにおいて相違するのみで、印刷機の構成には差異はない。また、給紙装置(フィーダ)には、常用手段としてスインググリッパ及びストップドラムなどが周知である(中村信夫著「印刷機械」七三ページから七五ページに給紙胴の使用、スインググリッパとして記述されている〔乙第二一号証の七〕、ドイツ「産業労働組合〔印刷・製紙〕」発行「フォルム ウントテヒニク」誌一五巻二号一九六四年二月号七五ページから七六ページにグリッパドラムとして記述されている〔乙第一九号証の四〕)。

(二)(1) 一九六四年三月発行の「フォルム ウント テヒニク」誌(一二六ページ、乙第一九号証の二)には次の記載がある。

「ケーバウージオリーシムルタン

この機械は間接凸版(ドライオフセット)枚葉輪転印刷機である。この機械では、まず、巻付版から二つのゴム胴に印刷が行われ、それからすき入れ用紙に印刷が行われる。巻付版は、およそ0.6mmの厚さである。これらの版は、細い画線で構成された凸版レリーフを有している。第3図は、この機械の組立図を示したものである。

給紙台1から用紙が供給され、ゴム胴2及び3によって両面に同時に多色印刷が行われる。ゴム胴2は、版胴4と5によって二色の印刷が行われる。ゴム胴3は、版胴6、7、8から三色の印刷が行われる。各版胴には、それぞれインキ装置12、13、9、10及び11が付いている。これらは、位置を移動することができるようになっていて、版胴とちょうど良い接触を行う。すき入れ紙の上に多色集合印刷が非常に正確に行われるので、これの偽造を行うことは、全く不可能でないにしても極めて困難である。

ケーバウージオリーシムルタンの場合、細い線模様の印刷をしても見当の誤差は生じない。なぜならば、集められた各インキがただ1回の印刷で用紙に転移されるからである。ゴム胴間で両面同時印刷された用紙はチェングリッパで乾燥路に導かれ、排紙もしくは第3図のように番号印刷装置に導かれる。この番号印刷装置は圧胴15と17及び番号胴16と18からなっている。ここで用紙は両面に番号印刷される。回転ドラム19によって、用紙は更に排紙用チェングリッパに移される。

第2図 ケーバウージオリーシムルタン・間接凸版(ドライオフセット)枚葉輪転印刷機(写真)

第3図 ケーバウージオリーシムルタンの組立図1給紙台 2、3ゴム胴4、5、6、7、8版胴 9、10、11、12、13インキ装置 14チェングリッパ15、17圧胴 16、18番号胴 19回転ドラム 20排紙用チェングリッパ 21排紙台」

なお、右文中の「細い線模様の印刷」とはいわゆる地紋印刷を指す。

(2) 右解説記事、写真(甲第七〇号証の五の被写体機と同一形式のシムルタン機)及びシムルタン機の組立図並びに前記公知技術(乙第二四号証の二など)を総合すると、同誌に公開・開示されている機械はシムルタン印刷方式の機械であり、その構成が、

イ 紙幣印刷を含む証券用枚葉ドライオフセット印刷機において、同一の径を有する一対のゴム胴(互いに圧接しつつ互いに反対方向に回転する両ゴム胴を同一の径とすることは当事者にとって自明の技術常識であり、当然のことである。第3図2及び3参照。)を使用していること

ロ 紙幣を含む証券の表面及び裏面の地紋を構成するすべての色をそれぞれ対応するゴム胴上に集めていること

ハ シートを一対のゴム胴間を通過させることによりシートの両面に前記地紋を一度で(同時に)多色印刷していること

(ロ及びハについて、右解説記事右欄一行目ないし四行目、同記事訳文二枚目の六行目「給紙台1から用紙が供給され、ゴム胴2及び3によって両面に同時に多色印刷が行われる。」参照。)

ニ ゴム胴に向けてシートを送り込むために揺動するスインググリッパ装置を使用していること(第3図給紙板左端扇形図参照)

ホ 各ゴム胴に関して複数個の版胴(第3図4、5、6、7、8)が設けられていること

図面上で上方のゴム胴に対して三個のドライオフセット用版胴が設けられており、図面上で下方のゴム胴に対して二個のドライオフセット用版胴が設けられていること

しかも各版胴は各一個のインキング装置(第3図9、10、11、12、13)と接触していること

ヘ チェーングリッパ装置(第3図14)が一方のゴム胴の下方からシートスタッカの上方まで延びていること

(なお、「一対のシートスタッカー」の点は原告主張のシムルタン印刷方式の構成にはないが、L―832との対比において主張しているところ、この点も公知・公開の技術であることは後記(七)参照)

ト ナンバリング装置(別紙Ⅲ15、16、17、18)が記載されていることが認められる。

これらの技術的事項、写真及び組立図によると、右記事記載のシムルタン機は、甲第七〇号証の一ないし六に示されたシムルタン機と同一のものであることは明らかである。

したがって、シムルタン印刷方式におけるこれらの各技術的事項及びその全体は公開された技術情報というべきである。また、前述のとおり印刷局がシムルタン機を調達する以前に秘密保持義務を負わない形でレイボルド社から提供されたシムルタン機に関する資料によって知得していた技術的知識でもある。さらに、乙第二八号証の公開特許公報(第3欄六行目から第4欄二行目まで)に図面とともに「この種の従来公知にかかるオフセット印刷機において、…あるいはまた、ゴムローラ上において直径上に向かい合いに2個の印刷セグメントを配置し、各原版ロールないしはシリンダ上に2個の印刷原版を配置するものであり、…したがって、この種の周知の印刷機においてはゴムロールが1回回転するごとに1回あるいは2回の印刷しか行うことができない。」と記載されていることからも、秘密として保護するに値しないものである。ちなみに、乙第一九号証の二は、昭和三九年九月には翻訳されて印刷局発行の研究所時報第一六巻九号に掲載され、かつ部内に配付されている。

(三) ケーバウ社による昭和五七年三月一一日出願(優先権主張一九八一年三月一四日西ドイツ〔DE〕P3109963.7及び同P3109977.7)にかかる公開特許公報(A)特開昭五七―一六〇六四〇(ドライオフセット)(乙第二五号証の一)及び同(A)特開昭五七―一六三五七一(ウエットオフセット)(乙第二五号証の二)によると、同各公報中の各図面に、各ゴム胴に関して複数個の版胴が設けられている。そして、各ゴム胴に対して四個のドライオフセット又はウエットオフセット用版胴が設けられており、しかも三個の版胴はそれぞれ二つのインキダクトを具えた三個のインキング装置と接触しており、四番目の版胴は一個のインキダクトを具えた一つのインキング装置と接触している(各公報記載の「図面の簡単な説明」中の33、34、36及び37並びに43、44、46及び47がインキング装置とされ、甲第一五一号証〔スーパーシムルタンⅡ〕のインキング装置と基本的に同一構成のインキング装置が図示されている。)。

さらに、同一径の一対のゴム胴については、「図面の簡単な説明」中の8、13がゴム胴とされ、更に「発明の詳細な説明」中「例えば枚葉紙2である印刷されるべき印刷担体は、ゴム胴8とゴム胴13との間でプレスされて例えば同時に両面印刷において印刷され得る。図示の例の場合、単数又は複数のゴムブランケット9、11、12で覆われたゴム胴13は、オフセット版胴14、16、17、18のオフセット版盤38、39、41、42からインキを受け取る。オフセット版盤38、39、41、42には、それぞれ配属されたインキ装置43、44、46、47によってインキが塗布される。ゴム胴8と13とは同じ円周を有し、またオフセット版胴14、16、17、18も互いに同一円周を有する。ゴム胴8と13の円周は、オフセット版胴14、16、17、18の円周の整数倍である。」(乙第二五号証の二、三一一ページ右上欄下から一行目から左下欄一四行目まで。なお乙第二五号証の一、二〇五ページ左下欄から二行目から右上欄一四行目までも同旨。)と記載されており、さらに、ストップドラム(図3)、一対のシートクリーナ、チェーングリッパ装置、8個のインキング装置及び「同時に両面刷りで印刷される。」(乙第二五号証の一、二〇五ページ左上欄下から一行目から右上欄一行目まで。なお乙第二五号証の二、三一一ページ左下欄二行目も同旨。)との記載がある。また、ゴム胴もスーパーシムルタンⅡと同じ一回転三枚刷りのものとなっている。

以上によれば、右乙第二五号証の一、二記載の印刷機は、スーパーシムルタンⅡにザンメル印刷機構を組み込んだものであり、スーパーシムルタンⅡを構成するすべての技術的事項が、ケーバウ社自身によって出願公開されていることが明らかである。

(四) また、原告は「シムルタン印刷方式」の構成として、「ホ、インタリオセット方式を前記オフセット印刷機に組み込むこと」を主張している。

この構成は、当初のシムルタン印刷機(甲第七〇号証の一ないし六)には具有されておらず、スーパーシムルタン印刷機(甲第七四号証)において初めて具有されたものであるが、この構成(組み込むこと)の具体的実施方法については主張がないので、必ずしも明らかではない。

そこで、右構成についての技術的意義を、インタリオセット方式についての原告の主張に基づいて検討する。

(1) インタリオセット方式については、別紙目録(二)の(二八)に

「イ.単色で凹版印刷と同様に木目が細かく、シャープで緻密であるが、凹版印刷による紙幣では触って感じることのできる盛り上がりを生じないインタリオセット方式を用いて紙幣の印刷を行うこと」

「ロ.インタリオセット方式に用いる刷版を作成するために」

として次の記載がなされている。

① 凹版原版の作成について「まず初めに凹版の刷版に似ているがそれほど深くない彫刻を施した鋼鉄製又は銅製の凹版原版を作成し、」

② ポジフィルムの作成について「次いでこの凹版原版からポジフィルムを作成し、」

③ ネガガラスプレートの作成について「次いでこのポジフィルムからネガガラスプレートを作成し、」

④ ステップ・アンド・リピート法によるポジガラスプレートの作成について「次いでこのネガガラスプレートからステップ・アンド・リピート法を用いて多数の同一のポジ画像を一枚のガラスプレート上に作成し、」

⑤ 写真製版による黄銅製刷版の彫刻について「次いでこのポジガラスプレートの画像を写真製版の手法を用いて黄銅製刷版上に彫刻を施し、」

⑥ 彫刻凹版印刷手法による使用について「次いで刷版上の彫刻部分がインキを受け入れる性質を有するように刷版を加工すると共に、彫刻された部分以外の刷版の表面を湿潤性を保つ性質を有するように処理してインキを跳ね返す性質を持たせるようにすること」

さらに、インタリオセット方式の用例として

「ハ.例えばシムルタン印刷機のゴム胴と接触しつつ回転する版胴の一つに対してインタリオセット刷版を用い、このインタリオセット刷版に対して湿潤を与えるために湿潤付与装置を設け、ドライオフセット印刷とインタリオセット方式による印刷とを一刷りで行えること」

との記載がされている。

また、同情報は特許出願の上公開されていることは後述のとおりである(乙第二六号証)。

(2) 以上の記載に照らすと、インタリオセット方式の特徴は、ウエット・オフセット印刷機によって、紙幣に、いわゆる地紋印刷に対し、紙幣の主模様を構成している輪郭、人物、風景、文字及びこれと同等の模様を単色印刷するために、インタリオセット刷版を使用することにある。これをシムルタン印刷機について考察すると、前記インタリオセット方式を前記オフセット印刷機すなわちシムルタン印刷機に組み込むことは、右の(1)ハに記載されている意味すなわち、インタリオセット刷版一個につきドライオフセット版胴を(一色)減らすこと、換言すればシムルタン印刷機及びスーパーシムルタン印刷機において、いずれも表面三色機を単なる表面二色機にすることによって組み込むものと解される。

なお、印刷局においては、インタリオセット方式は凹版印刷の重厚さを欠くきらいがあり、刷版が傷みやすく耐久性が短い欠点を有するので、これを採用していない。

(3) 次に、右に述べた意味における別紙目録(二)の(一)ホの構成と併せて、別紙目録(二)の(二八)の構成(インタリオセット方式)については、いずれも公知・公開の技術的知識であることは以下に述べるとおりである。

ア 原告による昭和五〇年七月三〇日出願(優先権主張一九七四年七月三〇日スイス国10442/74。日本国出願放棄)にかかる公開特許公報特開昭五一―四四〇〇一(発明の名称「凹刻印刷版およびその製造方法」乙第二六号証)によると、

① 「本発明は、経済的に有利なオフセット印刷に使用することができる凹刻印刷版の製法を提案する」(二ページ左上欄一〇行目から一一行目まで)

② 「本発明による凹刻印刷版の製造方法は、銅版印刷のために板を彫り、」(二ページ左下欄下から六行目から五行目まで)「銅版印刷のためと同様に彫られた、たとえば銅、ニッケルまたは鉄で作られていて、非常に複雑な模様を現わす多様な深さの凹んだみぞ穴5を有する板1から出発する。」(二ページ右上欄下から一行目から左下欄三行目まで)

③ 「このような版は湿式オフセット印刷機に使用することもできて、ブランケット胴と共働する。従って本発明は、印刷機に関しては、オフセット印刷の利点と、また印刷の質に関しては、銅版印刷の利点とを結合させることができる。」(二ページ右上欄一三行目から一七行目まで)

ちなみに、右にいう「銅版」の原語に相当する語は、仏語の「taille-douce」であることや、右公報の「3.発明の詳細な説明」の項の記載(一ページ右下欄一〇行目から一四行目の記載等参照)からみて、「凹版」の意味に解される。印刷業界でも、「銅版」は「凹版」の意味に使用されている。

④ 「これらの凹部の深さは最初のみぞ穴の深さよりも浅く、0.03ないし0.02mm、すなわちオフセット印刷のために適当な、深さとすることができる」(二ページ右下欄一行目から四行目まで)

⑤ 「上記のように作られた銅版と同様に正確で複雑な模様を有する版は、湿し装置を使用する通常のオフセット印刷で使用するのと同様な質のインキを使用し、かつ圧胴とブランケット胴との間に通常の比較的低い圧力をかけて、オフセット印刷機で有利に使用することができる。」(三ページ右下欄一〇行目から一五行目まで)

⑥ 「非常に高級な証券用紙においては、二つの印刷方法、すなわちたとえば通常の乾式オフセットプロセスによってセキュリティ・バックグラウンド印刷し、その上に、たとえば銅版印刷によって主模様を印刷することが想起される。」(三ページ右下欄一八行目から四ページ左下欄二行目まで)

⑦ 「前記の印刷版をオフセット印刷機に取り付けて、紙を1回通過させるのみで、セキュリティ・バックグラウンドを通常の乾式オフセット印刷で印刷し、主模様を前記版を使用する新規なオフセット装置によって印刷することができて有利である。このような印刷機は、少なくとも一つの通常のオフセット版と、前記のプロセスによって得られた少なくとも一つの版とが共働するブランケット胴を有する。前記ブランケット胴は、一つの圧胴とまたは、表面・裏面(recto-verso)同時印刷の場合には第一の同一の乾式および湿式オフセット系と協働する第二のブランケット胴と協働する。」(四ページ左上欄三行目から一五行目まで)

(注)「セキュリティ・バックグラウンド」は「地紋」を指す。

⑧ 「また本発明は、インキ反撥剤となる湿潤剤を保持する少なくとも一つの第一の物質の表面層と、インキ受容性の第二の物質とを有し、前記第一の物質の表面層が、前記版の外部の非印刷表面と、銅板に彫られたみぞ穴の底とを規定し、前記第二の物質が、前記みぞ穴を部分的に満たして、版の表面の凹部を規定する凹刻印刷版に関する。」(二ページ右上欄六行目から一二行目まで)並びに同公報記載の第2図及び「図面の簡単な説明」(特に「第2図は完成した第1図の印刷版の略断面図である。2…表面層(湿潤剤受容性層)、3…インキ受容層」)との記載がある。

イ この発明は、オフセット印刷に使用することができる凹刻印刷版に関するものであって、

① 右凹刻印刷版をオフセット印刷機に取り付けて、紙を1回通過させるのみで、紙幣の地紋をドライオフセット印刷で印刷し、その上に主模様を印刷すること

② さらに両面同時印刷の印刷機、例えばスーパーシムルタン印刷機の場合には、二つのゴム胴のうち第二のゴム胴と協働すること

③ 凹刻印刷版は凹版原版に似ているが、同刷版の凹部の深さはそれほど深くなく、オフセット印刷のために適当な深さであること、したがって、刷り上がったものは凹版の盛り上がりが出ない画像となること

④ この凹刻印刷版は湿式オフセット印刷機に使用することができるので、オフセット印刷の利点と、また印刷の質に関しては、銅版印刷の利点とを結合させることができること、したがって、この発明による凹刻印刷版を使用した印刷法は、オフセット印刷と凹版印刷の混合組み合わせであること

⑤ この凹刻印刷版は、刷版上の彫刻部分(印刷部分)がインキを受け容れる特性を持っている材料でインキを受け容れる性質を有するように刷版を加工するとともに、彫刻された部分以外(非印刷部分)の刷版の表面を湿潤性を保つ性質を有するように処理してインキを撥ね返す性質を持たせるようにすること

がそれぞれ認められる。

なお、右公報では、凹刻印刷版をいわゆる凹版とは区別して使用している。仮に、凹版の意味とすれば、単なる公知技術にすぎない。

そうすると、前記発明にいわゆる「凹刻印刷版」とはインタリオセット刷版であることが明らかであり、さらに、右公開特許公報(乙第二六号証、前記(3)ア①及び⑤ないし⑦の記載)に照らすと、同公報記載のオフセット印刷機なるものは、シムルタン印刷方式特にスーパーシムルタン印刷機の基本的概念及び構成を有することも明らかであるから、右インタリオセット方式をシムルタン印刷機に組み込むことが当事者において十分理解・実施し得る程度に示唆されている。

なお、原告は、インタリオセット方式について単色で紙幣の印刷を行うこともその構成に含めているが、「単色」であることについての技術的意味は必ずしも明らかでない。技術常識的にみてその技術的意義は乏しいが、シムルタン印刷機の能力の限界を示すものと思料される。

そして、右公報の(3)ア⑦で引用した中に「前記のプロセスによって得られた少なくとも一つの版とが共働する」旨の記載があるが、これによれば、単色の印刷が想定されている。

ウ さらに、原告による昭和五八年四月一一日出願(優先権主張一九八二年四月二二日スイス国〔CH〕2445/82-1)にかかる公開特許公報特開昭五九―九三三五〇記載の図面及びその説明(乙第二七号証)によると、「発明の概要」として「本発明の第1の目的は、上記の2つの方法による作動を単一の同一機械で行うことができかつ1つの方法を他の方法にできるだけ簡単な方法で転換することのできる機械を提供することにある。」(二五八ページ(5)九行目から一二行目まで)との記載があり、さらに、「圧胴シリンダ6」の周りを通過する紙シートは、本発明によれば、「オーロフ」法による印刷の次に湿式オフセット印刷が行われるが、これは紙が圧胴シリンダ6の周りを通過している唯一つの通過時に行われるもので、この印刷は紙の通貨の主要な単色模様を印刷するのに特によく適用できるものである。この湿式オフセット機構はインク付け装置15とそれ自体公知の湿り装置16とが設けられた凹版シリンダ14を用い、この凹版シリンダ14は紙面に模様を移すゴム胴シリンダ17と共働する。したがって、意図したように、完成された印刷が銀行紙幣の一側面に、例えば4色の安全裏面(これは、「セキュリティ・バックグラウンド」の訳であるところ、「証券の地紋」と訳すべきところを誤訳したものである。)が「オーロフ」法による印刷によって得られ、また単色の主要模様は湿式オフセット法による印刷によって得られる。」(二五九ページ(9)下から四行目から(10)一〇行目まで)、「オーロフ」法(第1図)により又は間接活版法若しくはオフセット法(第2図)のどちらかの方法により、特に紙シートの一側面に安全裏面印刷をするために印刷される。」(二五九ページ(7)二行目から五行目まで)、「このようにして、乾式オフセット4色印刷が、紙シートが圧胴シリンダ6とゴム胴シリンダ7との間を通過する間に得られる。この多色オフセット印刷はまた前記の凹版シリンダ14とゴム胴シリンダ17とによる単色湿式オフセット印刷によって完成させることができる。」(二六〇ページ(12)四行目から一〇行目まで)との記載がある。右の記載によれば、「この湿式オフセット機構は……凹版シリンダ14を用い」とあり、「また単色の主要模様は湿式オフセット法による印刷によって得られる。」とあるところ、右の「凹版シリンダ14」は単色の主要模様を湿式オフセット印刷するためのもので、単なる凹版胴とは異なるものである。

そうすると、この記載は原告のインタリオセット方式に関する主張と、紙のシートの一側面に関して一致するものである。

エ 右によると、乙第二七号の記載と、乙第二六号証の記載とを併せ考えれば、乙第二七号証の発明は、基本的にはシムルタン方式にインタリオセット方式を組み込んだものの一例にかかるものである。

前記インタリオセット方式のその余の構成((1)ロの②ないし⑤)は、シムルタン印刷方式の構成とは直接関係がないので詳述を避けるが、刷版製作に関する単なる周知の技術的知識にすぎない。

(五) さらに、原告は、シムルタン印刷方式の構成の主張の中に入れていないものの、L―832との対比においてナンバリング装置を掲げている。当該装置については、乙第二七号証の「好適な実施態様の説明」中の「図示の機械は、一枚一枚の紙(以下シートという)を供給して印刷する機械であって、この機械は、停止ドラム2と、移送シリンダ3とシートの縁に番号をつける装置4とシートの塵を払い除けかつ磁気を取り除く装置5とが設けられたシート供給又はシート搬入装置1を具備している。」(二五八ページ(6)一〇行目から一五行目まで)との記載及び図面第2図によれば、原告の要約準備書面第四、三、(一)、3の「へ、給紙トランスファシリンダにナンバリング装置が配置されている。」の構成が明示されており、これによって公知・公開の技術であることは明らかである。

(六) 原告による昭和四六年五月一日出願(優先権主張一九七〇年五月二六日スイス国、審査未請求取下)にかかる公開特許公報特開昭四六―七一〇九記載の図面及びその説明(乙第二八号証)によれば、これは、ウエットオフセット及びドライオフセット併用の枚葉輪転式多色両面刷りオフセット印刷機にかかるものであるところ、その内容として、スーパーシムルタン機の基本的な概念を構成する技術的思想において全く同一のものが公開されている。特に同公報記載の図面に示された印刷部分の構成は、甲第七四号証及び甲第一五一号証に示されたものと全く同一である。

(七) スーパーシムルタンⅡが「一対のシートスタッカーを具備して」いる点については、「プリンティングイクイップメント」一九五〇年(昭和二五年)一月号に掲載された二色凸版輪転印刷機TRGがダブル・デリバリ・システムを装備しているとの記事(三三ページ、乙第二九号証の一)及び三月号に掲載された「ダブル・デリバリはハリス社の凸版輪転印刷機の特徴である」との記事(三〇ページから三一ページ、乙第二九号証の二)、研究所時報昭和二六年四月号に掲載された複式紙堆積装置の記事(二七ページから二九ページ、乙第二九号証の三。なお、右記事は右乙第二九号証の二を翻訳掲載したものである。)及びフォルム ウント テヒニク一五巻三号(乙第一九号証の二)一二九ページ「ヌメロータの項」に排紙台10又は11と二台の記載があること、さらに、ジオリ氏個人出願にかかる特許公報(特許出願公告特公昭三九―五一一六、乙第四八号証第1及び第6図)には一対のシートスタッカーが図示されて出願公開されている事実、印刷局で作成した凸版輪転印刷機の設計図(昭和三九年五月作成、乙第三〇号証)及び研究所時報別冊「銀行券印刷機械」中の機械図面(昭和五八年六月発行、一二六ページ、乙第三一号証の二)等により、つとに公知・公開の技術となっている。

スーパーシムルタンⅡが「シート検査用サンプリング装置を備えている」点については、右設計図(乙第三〇号証)及び機械図面(乙第三一号証の二、一二六ページ)に既に採用されており、同様に公知・公開の技術である。

(八) ちなみに、シムルタン機による原告主張の、新しい地紋と称する空白の線と幾何学的模様から構成されている模様については、その内容はいわゆる技術情報(ノウ・ハウすなわち技術上の知識)には該当せず、秘密保持義務の対象として理解が困難であるのみならず、かかる模様が秘密性があるというのであれば、一般に広範な流通を前提とする銀行券に用いることでその秘密性は必然的に保持できなくなるものであり、かつ、印刷局が銀行券に使用することを特に原告が承認したという原告の主張と矛盾するものである。さらに、かかる模様は、古くから籠目模様又は網目模様として銀行券において使われてきたものの変形に属するものであるが、遅くとも昭和六年(一九三一年)頃から原告主張のような地紋も諸国において随時銀行券に使用されていたことが明らかであり、原告ないしマジノ・ベッシの創作にかかるものではない。よって、原告のものとして独自性のあるものではなく、公知・公開のものというべきである(乙第三二号証の一ないし五参照)。

また、印刷局においても、昭和二八年(一九五三年)に独自に開発した三色凸版ザンメル輪転印刷機により、右地紋を含んだ旧壱万円日本銀行券(昭和三三年一二月一日発行、乙第三二号証の六)の印刷を可能にした。そして、その図案は、同年九月三日に新聞発表しているのみならず、その「刷り合わせ」(ただし、原告主張の「刷り合わせ」の意味内容は明確ではないが、銀行券等の証券印刷において一般にいわれる「刷合せ」の良否は印刷機の構成のみにより可能なものではなく、印刷をめぐる各種技術(注参照)の複合的成果であることは、周知の事実であり、技術常識である。換言すれば、シムルタン印刷方式はもとより、シムルタン印刷機の構成がそのような作用効果を実現できる技術的根拠は全く存しない。)にはシムルタン機に比して遜色はない。

なお、シムルタン印刷方式の場合は、肖像・風景などの凹版印刷は、シムルタン機で地紋のオフセット印刷後、一度紙を離してまた二台の凹版機(インタリオ)で表裏別々に印刷することになるので、この意味における刷合せ誤差は避けられない。この点を解決したのは既述の印刷局が開発した「ドラ凹」機である。

(注)いわゆる「刷合せ」は、例えば製版技術の点では、製版技術すなわち本来刷版に形成する画線の精度及び通称トンボという見当合わせマークに由来する問題であり、その他印刷用紙の選択、紙の含有湿分、印刷圧、版面の湾曲の度合い(伸び)、版面取り付け時の引っ張り具合(伸び)、給紙グリッパの精度・胴及び胴仕立ての精度等の製造・加工技術ないしは調整技術、印刷室の温湿度そして最も基本的な要件として言われている印刷機を実際に操作する者の技倆等の複合的成果である(乙第三三号証の二及び乙第一九号証の二の「切り彫られたパタンローラ3、4、5から、正確に見当合わせをして」の記載、一二八ページ参照)ことは自明の理である。しかも、銀行券等の多色地紋印刷における色と色の間の正確な刷合せについては、一八九二年(明治二五年)のドイツ帝国特許第六二〇五三号明細書(乙第三四号証)及び同年のアメリカ合衆国特許第四八一七七〇号明細書(乙第三五号証)により既に公知技術として容易に実施可能となっており、さらに、これらには銀行券等の多色印刷において表裏が完全に重なるような印刷技術についても、三色の色と色との間の刷合せが同時に表裏一致する印刷技術が既に公知である旨記載され、これを透過光で見たときに全体が単色で見える技術も記載されている。そして、以上の印刷について写真製版による方法も、一九二一年(大正一〇年)のドイツ国特許第三三八三三三号明細書(乙第三六号証)により開示されている。

右以外の刷合せに関する技術は公知・公開の技術であるオフセット印刷におけるゴム胴によるいわゆるザンメル(多色集合)印刷の技術の問題に過ぎない。

ちなみに、実際に表裏が完全に重なるように印刷され発行された銀行券の例としては次のようなものがある。

(1) 昭和二〇年(一九四五年)発行フランス一万フラン紙幣(眼の部分、乙第三七号証の一)

(2) 昭和二三年(一九四八年)発行ドイツ百マルク紙幣(肖像部分、乙第三七号証の二)

(3) 昭和二三年(一九四八年)発行ドイツ五〇マルク紙幣(肖像部分、乙第三七号証の三)

(4) 昭和二八年(一九五三年)発行フランス千フラン紙幣(肖像部分、乙第三七号証の四)

3 以上の事実を総合すれば、シムルタン印刷機は、印刷機及びこれに密着する関連・周辺機器・装置の比較的定評のある複数の製造業者の製造技術、材質等の集合した商品として、日本以外の国でも商業上の成功を得たかもしれないが、原告主張のシムルタン印刷機に関する技術情報の原形式である、甲第七〇号記載のシムルタン印刷機は公知・公開された技術によるものであり、その部分的変更形式である甲第七四号証記載のスーパーシムルタン印刷機の変更部分もすべて公知・公開された技術によるものであることが明らかである。仮に原告主張のオフセット印刷機に何らかの特徴が認められるとしても、それは公知・公開技術の組み合わせに基づき当然予測・到達される技術的知識の範囲内に属するものである。したがって、原告主張のシムルタン印刷機に関する技術情報及びL―832の使用技術は、いずれも公知・公開された技術的知識であるか、少なくとも右公知・公開の技術の総和の域を出ないものであって、この点からしても到底秘密に値するものではないことが明らかであり、さらに前記のように度重なる特許出願において公開されていることを併せ考えると、もともと秘密にする意図もなかったと推測され、原告の前記主張及び秘密保持義務の存在に関する主張は失当であるといわなければならない。なお、印刷機全体に関する主張も失当であること既に主張・立証しているとおりである。

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