東京地方裁判所 昭和60年(ワ)431号 判決 1990年4月24日
原告
三浦篤
右訴訟代理人弁護士
内田雅敏
同
竹岡八重子
被告
神谷商事株式会社
右代表者代表取締役
神谷一男
右訴訟代理人弁護士
佐藤博史
同
高橋一郎
右佐藤訴訟復代理人弁護士
飛田秀成
主文
一 原告の被告が昭和六〇年一月八日付けでした始末書の提出を命ずる旨の処分の無効確認の訴えを却下する。
二 原告が被告の副主任の地位にあることを確認する。
三 被告は、原告に対し、一一万七一〇三円及び昭和六〇年一月から毎月二五日限り一万円を支払え。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し、昭和六〇年一月八日付けでした始末書の提出を命ずる旨の処分が無効であることを確認する。
2 主文二、三項と同旨。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
4 主文第三項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
1 請求の趣旨1項にかかる訴えを却下する。
(本案の答弁)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告会社は、ボーリング、ビリヤード等の遊戯場の経営等を業とする株式会社である。
2(一) 原告は、昭和五四年九月九日ころ、被告会社に臨時雇用者として入社し、昭和五五年三月二一日、正社員となり、副主任に任じられ、以後被告会社の従業員(昭和五七年一月二一日からボーリング場フロント係)として勤務している者であり、昭和五九年一一月当時、毎月(二〇日締め、二五日支払い。)、基本給一〇万四六〇〇円、役付手当(副主任手当)一万円、皆勤手当三〇〇〇円、住宅手当七五〇〇円、職務手当七万八九〇〇円及び二〇〇円の出勤日数倍の食費補助の合計額を賃金として支給されていた。
(二) なお、原告は、総評全国一般東京労連北部統一労働組合(変更後の名称・総評全国一般東京ユニオン、以下「組合」という。)神谷商事分会(変更後の名称・神谷商事支部、以下「分会」という。)の財務部長として、分会の活動の中心となっていた者である。
3(一) 被告会社においては、ボーリング場フロント係は、午前一〇時から午後七時まで勤務する早番と、午後七時から翌日午前五時まで勤務する二交替制勤務となっていた。
原告は、昭和五七年一月二一日から同月三一日までは早番、同年二月一日から四月三〇日までは遅番、同年五月一日から昭和五八年八月二一日までは早番、同年八月二三日から昭和五九年七月一六日(以下、年の記載のない月日は、いずれも昭和五九年の月日である。)ころまでは一週間ごとに早番と遅番を交替し、七月一七日からは遅番として、それぞれ勤務してきた。
(二) 原告は、七月一七日に遅番勤務となって以降、被告会社に対し、たびたび早番に変更してくれるよう申し入れていたところ、一一月一五日ころから早番勤務者に欠員が生じるようになったので早番勤務への変更を強く求めたところ、被告会社は、同月二〇日、原告に対し、一二月一日から早番に勤務するよう通知した。
原告は、これを受け、早番勤務につくため生活時間の調整等をして準備していたところ、被告会社は、一一月二九日、早番勤務への変更を撤回し、一二月一日以降も遅番として勤務すべきことを命じた(以下、早番勤務への変更を撤回し、遅番勤務を命じた業務命令を「本件命令」という。)。
4 しかるに、本件命令は、後述のとおり、権利濫用及び不当労働行為であって無効であるから、原告は、一二月一日から同月二二日まで早番として勤務した。
5 ところが、被告会社は、一二月一日から同月二〇日までの間、原告が就労しなかったとして、同月二五日に支払うべき賃金から一一万七一〇三円(公休日等を除く一五日分)を控除した(以下「本件賃金カット」という。)。
6 また、被告会社は、昭和六〇年一月八日、原告に対し、業務命令違反を理由として、副主任を免じ、始末書の提出を命ずるとの懲戒処分(以下「本件処分」という。)を行い、以後、原告が副主任の地位にないものとして扱い、同月二五日に支給された賃金から毎月一万円の副主任手当を支払わない。
7 しかし、原告の早番勤務への変更を撤回し、遅番勤務を命ずる本件業務命令は、次のとおり無効であるから、被告会社の行った本件賃金カットは違法であり、本件命令に従わなかったことを理由とする本件処分も無効である。
(一)(1) 原告が、早番勤務への変更を申し出たのは、遅番勤務は、勤務時間も長く、かつ睡眠も十分には取りにくいため、疲れが溜まる上、被告会社が休日を暦日で与えていないため、社会生活が極端に困難になるためであった。右のとおり、早番への勤務の変更は、原告の申出に基づく原告に有利な勤務条件の変更であるから、被告会社が同月二〇日にこれを認めたことによって、原告にはその実現を期待する利益が生じ、この利益は法的保護に値するものである。したがって、被告会社は、早番勤務への変更を恣意的に撤回するとはできないし、原告が早番勤務に変わることに不利に働く事情が生じたとしても、被告会社は原告が一二月一日から早番として勤務することを可能にすべく努力する義務を負っていたというべきである。
(2) しかるに、被告会社は、一一月二一日に株式会社学生援護会(以下単に「学生援護会」という。)からその発行する求人誌「アルバイトニュース」への臨時従業員(以下「アルバイト」という。)の求人広告の掲載を断られるや、同月二二日には、原告の早番勤務への変更を撤回する方針を決定している。しかし、一一月二二日の時点では、株式会社リクルート・フロム・エー(以下「リクルート社」という。)の発行する求人誌「フロム・エー」に同月二七日から一二月四日まで求人広告が掲載されることが決まっており、原告の遅番の後任者の採用の目処がたたないという状況にはなかった。また、仮に、原告の遅番の後任者の採用の目処がなかったとしても、早番の従業員にも一二月一日から欠員が生ずるのであって、遅番に欠員が生ずることが早番に欠員が生ずることに比べて不都合であるとの事情はないから、それも、原告の早番勤務への変更を撤回してもやむをえない事情とはいえない。
(3) また、被告会社は、「アルバイトニュース」及び「フロム・エー」への求人広告の掲載以外にも、従業員募集の方法はあるのに、それらを検討すらしていない。
(4) その上、被告会社は、「フロム・エー」に掲載された求人広告を見て、ビリヤード係に応募してきた門脇昭仁(以下単に「門脇」という。)に対し、ビリヤード係はもう決まったと虚偽の事実を告げ、遅番勤務を打診すらせず、ボーリング場のフロント係の早番勤務しか空いていないと思わせるようにしてこれを勧め、ボーリング場のフロント係の早番勤務として採用した。
(5) 右のとおり、被告会社が、原告の早番勤務への変更を撤回したことには何らの合理的な理由もなく、しかも、原告が一二月一日から早番として勤務することができるようにするための努力は何らしていない。
被告会社が、原告の早番勤務への変更を撤回したのは、後(二)(5)のとおり、学生援護会が「アルバイトニュース」への求人広告の掲載を断ったことを組合の妨害によるものと邪推し、これに報復するためのものであって、権利の濫用に当たり無効である。
なお、学生援護会が被告会社の「アルバイトニュース」への求人広告の掲載を断ったことは、組合と学生援護会の間には、後(二)(1)のとおり、争議中は求人広告を掲載しないとの合意があったところ、たまたま、被告会社が「アルバイトニュース」への求人広告の掲載手続きをとっていたところに行きあわせた組合の千葉芳行書記長(以下単に「千葉書記長」という。)が、学生援護会の担当者に、分会は被告会社と争議中である旨、右合意の存在について注意を喚起したところ、学生援護会が右合意及びその内規に基づいて決定したものである。
(二)(1) 被告会社は、昭和四〇年ころから、被告会社の肩書地所在の被告会社所有建物(以下「会社ビル」という。)において、ビリヤード場、ボーリング場のほかサウナ、喫茶店、マージャン店などの営業を営んでいたが、営業部門においては、アルバイトを多数雇用していた。
サウナ部門の六名の従業員は、昭和五四年一一月一日、分会を結成し、労働条件の改善と雇用の安定(正社員化)を求めていたところ、被告会社は、これを快く思わず、昭和五五年四月二六日、組合員三名の雇用契約の更新を拒絶した。組合は、これを不当労働行為として東京都地方労働委員会(以下「都労委」という。)に対し救済の申立てを行うとともに、ストライキ等を行った。その結果、被告会社は、右三名の従業員に対する雇用契約の更新拒絶を撤回し、同年一〇月二五日、組合と組合員の配置転換、出向、解雇、雇用契約の更新拒絶、その他の労働条件の改廃等についてのいわゆる同意約款を含む協定を締結した。
なお、組合は、右争議の際に、学生援護会との間で、組合と被告会社の争議中は被告会社の求人広告の「アルバイトニュース」への掲載はしない旨合意した。ここでいう、争議中とは、ひろく組合が被告会社と闘争状態に入っているときとの意味である。
(2) 被告会社は、昭和五六年四月二五日、組合に対しサウナ部門の廃止を通告した。分会の三役が所属するサウナ部門の廃止は分会つぶしを目的とするものであるとして、右通告をきっかけに被告会社と争議状態に入った。被告会社は、この争議の過程で、同年七月三〇日、右協定を解約する旨通告してきた。そして、被告会社は、そのころ、アルバイトの雇用について、契約期間を三か月とし、その更新を行わないとの方針に変更し、更に、昭和五七年八月には、マージャン部門及び喫茶部門の合計三店舗の廃止を通告してきた。これらは、いずれも、組合員の減少など分会の弱体化をねらったものであったので、組合は、これらを不当労働行為として都労委に救済を申し立てるなどした。このように、組合と被告会社の間は、紛争がほぼとぎれることなく続いていた。
(3) このような経過の中で組合と被告会社は、昭和五八年七月二九日、都労委において、労使関係を正常化し、今後円満な労使関係を築きあげるため、都労委の係属していたすべての案件について一括解決することとし、組合は、喫茶部門及びマージャン部門の廃止に同意し、被告会社は、右各部門の組合員をビリヤード部門及びボーリング部門に配転し、会社ビルの七ないし九階のうち一階を被告会社自身による営業のため確保して新規事業を行うこと等を含む和解協定を締結した。
(4) しかし、被告会社は、昭和五九年三月ころから、従前の団体交渉の議事録確認の方法を申入れ、また、団体交渉へのテープレコーダーの持込みを拒否、これを理由に組合との団体交渉を拒否するようになった。また、六月六日付けで、右和解協定中の、会社ビルの七ないし九階のうち一階を被告会社自身による営業のため確保して新規事業を行うとの部分を解約する旨通告してきた。
そこで、組合は、これらに対して、都労委に救済を求めるともに、闘争を開始し、一一月当時は、連続してストライキを行うなど、被告会社と激しく対立していた時期であった。
(5) このように、被告会社は、従来から組合を嫌悪し、また本件命令当時、組合と激しく対立していたのであるから、本件命令は、右(一)で見たとおり合理性のないものであることにも照らすと、学生援護会が、「アルバイトニュース」への求人広告の掲載を断ったことを組合の妨害によるものと考え、それに報復のためのものであって、原告を組合員であるが故に不利益に取り扱う不当労働行為であって、無効である。
8 仮に本件命令が無効ではなく、原告は一二月一日以降も遅番として勤務する義務を負っていたとしても、次の事情を考慮すると、本件処分は、権利の濫用ないしは不当労働行為であって無効である。また、原告が早番として勤務していることを容認し、その労働を事実上受領しておきながら行った本件賃金カットも、権利の濫用である。
(一) 原告は、右7(一)(1)で述べたとおり、早番への勤務の変更の実現を期待する利益を有していたのであるから、被告会社は、これの実現ができない場合には、その理由を説明し、原告を早番へ勤務変更するための具体的な方策も示すべきであり、また、一二月一日以降も、原告を早番に勤務変更するための努力をすべきであった。
しかるに、被告会社は、原告に対し、本件命令の理由を説明することすらせず、原告を早番に勤務変更するための努力を何らしなかった。被告会社は、遅番勤務としての原告の後任者の採用ができれば原告を早番に勤務変更する考えであったというが、組合員であった山田喜義が、一二月一日にボーリング場フロント係の求人について被告会社に電話で問い合わせたところ、被告会社は、一二月三日に面接に来るよう指示したに止まり、更に一二月三日には、再度電話した右山田に「もう決まりました。」と告げており、被告会社がボーリング場フロント係の遅番勤務者を採用するつもりがなかったことは明らかである。
(二) 原告は、一二月一日から同月一八日まで、早番として就労していたが、その間、被告会社は、一二月一日に原告の上司である神谷信慶営業部長(以下「神谷部長」という)が口頭で遅番勤務に戻るよう注意し、文書で四回の警告したものの、その間、早番のボーリング場フロント業務を原告が一人で行うことがしばしばあり(例えば、一二月一二日の、四階のフロント業務)、原告の就労なしでは業務遂行が困難な従業員の配置体制をとり、原告が早番として就労していることを容認し、原告の労働の提供を事実上受領している。また、被告会社は、一二月一日には、原告及び組合の要求により、原告の同日の早番就労について仮のタイムカードを作成し、これに同日の早番勤務の始・終業時刻を記載し、これを後日正規のタイムカードに移記することを約し、同月三日、原告が早番として就労した同月一日及び二日の始・終業時刻を正規のタイムカードに記載した。これも、原告の早番としての勤務を認めたことの表れである。
(三) 原告は、これ以上紛争を拡大させないほうが組合としても得策ではないかとの都労委の勧告を受け、本件命令の是非は都労委での話し合いで解決することをめざし、本件命令について争うことを留保して、遅番勤務に戻ることとし、一二月二五日から、現実に遅番として勤務した。本件処分は、都労委での話し合い中であることを考慮した組合の譲歩にも係わらず、あえて紛争を拡大するものであって、その点でも原告及び組合に対する背信行為である。
(四) 被告会社は、右7(二)の経過からすると組合を嫌悪していたことは明らかであり、本件処分を行ったのは、学生援護会が、「アルバイトニュース」への求人広告の掲載を断ったことを組合の妨害によるものと考え、それに報復のためのものである。すなわち、アルバイトの契約期間を三か月とし、更新しないとの被告会社方針は、被告会社内の組合員の減少を図り、組合を弱体化するための重要な雇用政策であったが、この方針は、アルバイトの新規採用が絶え間なく行い得ることが前提となる。そこで、組合が求人広告の媒体に被告会社の求人広告掲載をしないよう申入れることを防ぐために、報復を行ったものである。したがって、本件処分は、原告を組合員であるが故に不利益に取り扱う不当労働行為である。
9 なお、被告会社は、本件処分理由として、原告が一二月一日以降数回にわたり会社ビルにビラ貼りを行ったこと及び所属上長に対し反抗的な言動があったことをもあげるが、いずれもそのような事実はない。
仮に、原告が数回ビラ貼りを行っていたとしても、これを理由として降格処分を行うことは、従前の処分例に比べて重すぎるものであり、権利の濫用である。
10 よって、原告は、被告会社に対し、本件処分中始末書の提出を命ずる部分の無効確認、原告が被告の副主任の地位にあることの確認並びに一二月二五日支払分賃金中被告会社が控除した一一万七一〇三円及び昭和五九年一二月分以降の副主任手当として昭和六〇年一月二五日以降毎月二五日限り一万円の支払を求める。
二 被告の本案前の主張
本件処分のうち始末書の提出を命ずる部分は、降格処分に付随するものであるから独立してその無効を確認する必要はなく、また、事実行為として求められるものにすぎず、始末書の不提出に不利益が科されないから、事実行為として求められるものにすぎず、事実行為について確認の訴えの対象となることもない。したがって、請求の趣旨第1項にかかる訴えは、不適法である。
三 請求原因に対する認否及び被告の主張
(請求原因に対する認否)
1 1は認める。
2 2(一)は認め、(二)は不知。
3 3は、(二)のうち原告がたびたび早番への変更を求めていたことを否認し、原告が早番勤務につくため生活時間の調整等をしていたことは不知、その余は認める。ただし、遅番の所定勤務時間は午前四時までであるが、交通機関の始発時間を考慮し、一時間の時間外勤務を認めていたものである。なお、被告会社は、一一月二二日、原告に対し、同月二〇日の一二月一日から早番勤務につくようにとの命令を撤回する旨通知しており、一一月二九日にこれを確認する意味で同内容を通知したものである。
4 4は争う。
5 5は、被告会社が、原告が一二月一日から同月二〇日まで就労しなかったとして原告に同月二五日に支払うべき賃金から控除をしたことは認めるが、その額は否認する。被告会社は、一二月一日から二〇日までのうち公休日三日を除く一七日分として一三万二四六九円を控除した。
6 6は認める。ただし、懲戒処分の理由は遅番勤務の命令に従わなかったことのほかに所属上長に反抗した数々の言動があったこと及び会社構内においてビラ貼りをしたことをも含む。
7 7 ないし10の主張は争う。
(被告会社の主張)
1(一) 被告会社のボーリング部門は、会社ビルの三階、四階及び地階を使用し、合計三二レーンを設置して営業しており、同部門のフロント係に属する従業員は、昭和五九年後半には一四名が、早番、中番及び遅番に別れて勤務していた。なお、早番、中番及び遅番の勤務時間帯、在籍人員、必要最低実働人員は次のとおりである。
勤務時間帯 在籍人員 必要最低実働人員
早番
午前一〇時から午後七時 七名 五名
中番
午後三時から翌日午前〇時 一名 一名
遅番
午後七時から翌日午前五時 六名 五名
(所定勤務時間は午前四時まで、残業一時間)
右必要最低人員を欠いた場合は、ボーリング場のフロント業務に停滞ないし遅延が生じ、全体としての顧客へのサービスが低下する。
(二) 原告は、七月一七日から遅番として勤務していたが一一月一五日ころ、被告会社に対し、早番への配転希望を申し出てきた。当時、早番のアルバイトが同月末日をかぎり期間満了をもって退職することが予定されていたこと、原告を早番に配転しても、その後任者は、「アルバイトニュース」に求人広告を掲載することで採用が可能と判断したことから、被告会社は、一一月二〇日、原告に対し、後任者が採用できることを条件として、一二月一日より早番勤務を命ずる旨の条件付始期付きの配転命令を発した。
(三) 被告会社は、一一月二一日、原告の後任者等の求人広告を「アルバイトニュース」に掲載することを依頼するため、その担当者と被告会社事務所において打合せを行っていたところ、組合の千葉書記長が事務所に闖入し、右担当者に対し、「何をしているのか。この会社は、現在争議中だから募集広告はできないはずだ。」等と大声で恫喝したため、打合せは中止のやむなきに至り、更に、同日、学生援護会は、被告会社に対し求人広告の掲載を辞退する旨通知してきた。そのため、「アルバイトニュース」に原告の後任者の求人広告を掲載することはできなくなった。
被告会社は、そこで、リクルート社発行の「アルバイトニュース」に次ぐ大手求人誌である「フロム・エー」に、求人広告を掲載することとし、右広告は、一一月二七日発売の「フロム・エー」に掲載された。しかし、同月二八日、リクルート社から、既に掲載された広告による応募者があっても採用しないでほしい、今後、被告会社の求人広告は掲載しない旨の通告があった。
(四) なお、組合は、学生援護会に対し、一一月二二日付けで、被告会社では、作業所閉鎖の問題も生じ連日同盟罷業が行われており、被告会社の求人広告依頼に応ずることは、職業安定法、労働組合法、憲法に違反する違法行為であって、被告会社の求人広告を行った場合には、その責めをおっていただく旨の文書を送っていた。
しかし、被告会社においては、一一月時点で、作業所閉鎖の問題は生じておらず(組合は、散発的な指名ストライキを行っていたにすぎない。)、また、被告会社の求人広告を掲載することは、何ら違法行為ではないから、右の文書は、虚偽の記載をして学生援護会を脅迫、恫喝して被告会社のアルバイト募集を妨害するものであった。
また、リクルート社が被告会社の求人広告の掲載に応じない旨通告してきたのも、組合からの同様な脅迫、恫喝によるものであった。
ところで、組合が、求人誌が争議中に被告会社の求人広告を掲載することは違法であるとするのは、職業安定法四二条によって準用される同法二〇条一項を根拠とするものと思われる。しかし、同法二〇条一項の趣旨は、ストライキの行われている事業所に対しストライキ中の労働者に代替する労働者を提供することを禁じ、もって、労働組合のストライキ権の行使を不当に妨げる結果となることを防止することにあるのであって、ストライキに無関係な人員の補充については、同項の適用外であることは同法二〇条二項ただし書によって明らかである。そして、被告会社が、一一月二一日に依頼しようとした求人広告は、一一月三〇日をもって退職する従業員の補充及び年末年始の最繁忙期を迎えるにあたっての人員の強化(ビリヤード部門)のための求人であるから、職業安定法に違反するものでないことは明らかである。
(五) 被告会社は、一一月二八日、門脇をボーリング場フロント係の早番として採用したが、その経過は、次のとおりである。
門脇は、同日、「フロム・エー」に掲載された被告会社の募集広告を見て、ビリヤード場の早番に応募してきた。しかし、被告会社において、当面緊急に必要としていたのは、ボーリング場のフロント係であり、右(三)及び(四)の経過で、求人誌に求人広告を掲載することは事実上不可能となっており、新たな応募者が期待できないと判断されたので、門脇にはビリヤード場ではなくボーリング場勤務を勧めることとした。しかし、早番の希望者に遅番勤務を要求することは本人の生活面からみてほとんど不可能であったことは過去の募集経験からみて明らかであったうえ、もともとビリヤード場勤務希望で応募してきた門脇にボーリング場勤務に変更することを求めるほか遅番勤務まで求めることはなおさら無理と思われたので、採用そのものを拒否されないため、ボーリングの早番勤務を勧め、その了解を得て採用したものである。
(六) 以上のとおり、被告会社は、原告の後任者の募集の努力をしたが、学生援護会から「アルバイトニュース」への募集広告掲載を拒否されたため、その採用の目処がつかなくなったことから、一一月二二日、原告に対し、同月二〇日の配転命令を撤回した。その後も、右の経過のとおり、原告を早番に配転することは当面不可能であったので、同月二九日、原告に対し、一二月一日以降も従来どおり遅番勤務につくよう明確に業務を発した。右命令は、以上のとおり、業務上の必要性に基づいて発せられたものであって、原告が組合員であることの故に不利益に取り扱った不当労働行為でも、権利濫用に当たるものでないことも明らかである。
2 しかるに、原告は、右業務命令に従わず、一二月一日から同月二二日までの間早番時間帯に強行就労し、反面遅番として就労しなかった。原告が、一二月二〇日までの間に遅番として勤務しなかったのは、公休日を除き一七日間であるから、被告会社は、同月二五日に支給した賃金から一七日分一三万二四六九円を控除した。
被告会社は、一二月一日午後一時三〇分ころ、神谷部長を通じ原告は遅番勤務であるから、遅番勤務につくよう指示し、同日付けで原告の所定勤務は遅番勤務であり、遅番に就労しなければ賃金を支払わない旨の通知書を内容証明郵便を送付し(原告が右郵便の受領を拒絶したので、被告会社は、右の通知書を掲示板に掲示した。その後も、被告会社は、一二月四日及び五日に神谷部長を通じて口頭で注意したほか、同月四日付け、一一日付け、一七日付け各警告書を原告に送付し(原告は、四日付け警告書を受領したほか、一一日付け及び一七日付け各警告書は、その写しを被告会社の保坂宏総務課長((以下「保坂課長」という。))から交付され、その際口頭でも注意を受けている。)ており、原告が早番として就労することを認めたことはない。
3 また、原告は、その間、次のとおり、上司に対し数々の反抗的言動を行った。
(一) 一二月一日一時三〇分ころ、神谷部長が遅番勤務につくよう注意した際、これを聞き入れず、「なんだお前は、おれは頭にきているんだからな。何をするかわからねえぞ。」「おれは、絶対動かねえからな。」などと大声で反抗的、侮辱的な言動に及んだ。
(二) 一二月一日午後七時一〇分ころ、原告の出勤時間を確認するため会社ビル内の警備室に待機していた保坂課長に、退勤の時刻を打刻するとしてタイムカードの交付を要求し、保坂課長が原告のタイムカードは被告会社の小林弘記人事課長(以上単に「小林課長」という。)が事務処理のため施錠した机にしまったまま帰宅した旨を説明したところ、千葉書記長ほか数名の組合員とともに、「おれは早番だ。今日働いたんだ。なんでタイムカード押させないんだ。」「フロム・エーで早番まで募集している。おれをばかにしているのか。」などと大声で叫び、警備室内に窓から半身を乗り出し、セロハンテープのカッターで保坂課長の机を叩き付けるという反抗的言動に及んだ。
(三) 一二月五日午後四時すぎころ、神谷部長が、遅番として就労するよう注意をしたのに対し、「何言ったってだめだからな。だいたい、募集ができないならお前がどこかの大学へでも行って、夜バイトできる学生を捜して連れて来いよ。それがお前の仕事なんだよ。ぼさっとしてるんじゃねえよ。」と侮辱的で威圧的な言動に及んだ。
4 更に、原告は、一二月一日午後七時四〇分ころ、千葉書記長ほか数名の組合員とともに、会社ビル二階警備室横入口付近壁面等にビラ多数枚を貼付した。
5(一) 被告会社の就業規則は、懲戒は、譴責、減給、出勤停止、降格転職、諭旨退職及び懲戒免職の六種類とされ、そのうち降格転職は、「現在の職位を引き下げるか、又は職位を免ずる、若しくは職種を変更させる。」処分であって、始末書も提出させることとしている。
そして、懲戒解雇事由として、(1)会社の諸規則、諸規定に違反し、それが極めて悪質と認められたとき(就業規則八七条三号)、(2)不当に所属上長又は所属長に反抗し、あるいは業務上の指揮命令に従わず、職場秩序を乱し、その情状が極めて悪質であるとき(就業規則八七条七号)、(3)故意に会社の業務遂行を妨害したとき(就業規則八七条九号)等を規定し、降格転職の事由として、(1)就業時間中、著しく職務を怠ったと認められるとき(就業規則八六条四号)、(2)業務上の指示、又は命令に服さないとき(就業規則八六条一三号)等を規定している。
(二) ところで、遅番としての勤務を命じたたびたびの命令に従わなかったことは、就業規則四条(就業規則及び関係諸規定を遵守し、所属上長又は所属長の指示に従い、職場の秩序を保持すべき旨等を定めた規定)、二六条(就業規則、その他の諸規定及び業務命令を遵守し、職場の風紀秩序の維持に努めるべき旨等を定めた規定)、三〇条七号(会社の諸規則、諸規定、所属上長又は所属長の指示に反する行為を禁じた規定)、三一条一号(業務を阻害する行為等を禁じた規定)、三三条一号(勤務に関して、常に時間を厳守し、始業時間に業務を開始し終業時間まで業務を続けることを守るべきむね定めた規定)及び同条五号(勤務時間前及び勤務終了後、所属上長の許可なく会社構内に入場ないしは滞留することを禁止した規定)にそれぞれ違反し、原告が上司に反抗的な言動を行ったことは、就業規則四条、二六条、三〇条七号、三一条一号にそれぞれ違反し、ビラ貼りは、就業規則二六条、三〇条七号のほか、会社構内での無許可のビラ貼り等を禁止した就業規則三一条一号に違反する。したがって、原告の以上の所為は、右(一)の懲戒解雇事由に該当するが、原告の将来に配慮し、右(一)の降格転職事由に該当するものとして本件処分を行った。
第三証拠(略)
理由
第一被告会社の本案前の主張について
(証拠略)によると、被告会社は、その就業規則において、懲戒の一種類として、降格転職処分を定めているが、それは「現在の職位を引き下げるか、又は職位を免ずる、若しくは職種を変更させる。」処分であって、併せて始末書も提出させることとしている(就業規則八四条)ことが認められる。そして、弁論の全趣旨によると、原告が無効確認を求める昭和六〇年一月八日付けの始末書の提出を求める処分というのは、同日付けの懲戒処分である降格処分のうち就業規則八四条によって始末書の提出を命ずる部分であることが認められる。
ところで、(証拠略)によると、被告会社は、就業規則において、懲戒処分の一種類として、始末書をとり将来を戒める処分として譴責を定めているが、右譴責処分により提出を求められた始末書を提出しない場合には懲戒を加重するとしている(就業規則八九条)、降格転職処分によって求められる始末書を提出しない場合に何らかの不利益を科済(ママ)旨の規定は就業規則にはないことが認められる。そして、降格転職処分を受けたことによって、将来の昇進、昇格、昇給等について不利益に扱われることは別にして、降格転職処分によって求められた始末書の不提出によって原告が、法的にはもちろん事実上も不利益を受けるとは認められない。
これを要するに、原告のいう昭和六〇年一月八日付けの始末書の提出を命ずる処分というのは、独立した処分ではなく同日付け懲戒処分の一内容にすぎず、しかも、それ自体としては何らの法的効果を生ずるものではないのであるから、その無効確認を求める利益はなく、原告の請求の趣旨第1項にかかる訴えは不適法である。
第二本案について
一 請求原因1、2(一)、3(一)、3(二)のうち原告が早番への変更を申入れ、被告会社が同月二〇日原告に早番に勤務するよう命じたこと、被告会社は、一一月二九日、原告に対し、一二月一日以降も遅番として勤務するよう命じたこと、同5のうち控除額を除く事実、同6、以上は当事者間に争いがない。なお、(証拠略)及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、遅番の所定終業時間は午前四時であったが、一時間の時間外勤務があり、事実上午前五時となっていたことが認められ、(証拠略)によると、原告は、組合の組合員であって、本件当時、分会の財務部長であったことが認められる。
二 当事者間に争いのない(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 被告会社は、被告ビルの三階、四階及び地下一階を用いてボーリング場を営んでいるおり、三階にボーリング場全体の受付があった。ボーリング場フロント係は、このボーリング場における顧客との応対を主な業務とし、同係に在籍する従業員は、早番、遅番のほか、午後三時から翌日午前〇時まで勤務する中番に分かれて勤務していた。被告会社は、三階で二名、四階及び地下一階で各一名が勤務することが必要であると考えていたが、この人員を下回っても、営業が困難になるということはなかった。
そして、被告会社のボーリング場のフロント係の在籍人員は、一一月二〇日当時、早番が七名、遅番が六名、中番が一名であった。この在籍人員は、一定しておらず、七月一九日当時は、早番が七名、遅番が五名、中番が二名であり、七月三一日現在では、それぞれ七名、七名、一名、九月三〇日現在では、それぞれ七名、六名、一名であり、一〇月二〇日現在では、それぞれ七名、七名、一名であった。
2 原告は、七月一六日ころまでは、遅番と早番に一週間交替で勤務していたが、遅番に勤務していた同僚から、遅番との交替を求められたことから、これに同意し、被告会社に申し出て七月一七日から遅番勤務についたものである。
被告会社は、従前から、従業員が勤務時間帯の変更を希望した場合には、従業員間で合意して早番と遅番の交替を申し出たり場合のほか、支配人(営業部に属し、ボーリング等の現場部門の最上位の職制)が他の従業員に勤務時間帯の交替を打診するなどして、その後任者が得られた場合にはこれを認めてきており、被告会社の都合で勤務時間帯を変更したこともあったが、その場合も本人の同意を得ていた。
3 被告会社は、いわゆる正社員のほか、多数のアルバイトを雇用し、ボーリング場及びビリヤード場の営業部門に勤務させていたが、その雇用期間を三か月として契約し、契約を更新しないことをその方針としてきた。
原告は、ボーリング場フロント係の早番に勤務していたアルバイトが、一一月三〇日をもって期間終了によって退職することが予定されていたことから、一一月一五日ころ、被告会社に対し、早番勤務への変更を申し出、被告会社は、これを認め、一二月一日から早番に勤務するよう命じた。
原告が、早番への勤務変更を求めたのは、遅番勤務の場合は、一時間の残業があるために早番勤務より勤務時間が長いうえ(休憩時間が午後八時から一時間であったため、午後九時以降は休憩なしの連続勤務となった。)、昼間は周囲の音等のせいで十分な睡眠がとれないことから身体に負担がかかること、友人等と生活の時間帯が異なるため、十分な交際ができないことなどがその動機であった。
4 被告会社は、かねてから、「アルバイトニュース」に求人広告を掲載するという方法によってアルバイトを募集してきており、この方法によって、被告会社が必要とするアルバイトをほぼ採用することができていた。このように、被告会社が必要としたアルバイトをほぼ完全に採用できたことについては、会社ビルが渋谷駅近くという便利な場所にあることによるところが大きかった。
そこで、被告会社は、原告の後任となるボーリング場フロント係の遅番勤務者の募集についても、この方法によることとし、小林課長は、一一月二一日、学生援護会の担当者と被告ビル八階の被告会社事務所において、求人広告(ボーリング場フロント係の遅番勤務者のほか、年末年始の最繁忙期を控えビリヤード部門の早番及び遅番勤務者も募集するためのもの。)の掲載について打合せを行っていたところ、千葉書記長が突然来訪し、右担当者に大声で、いま被告会社は争議中であり、争議中は一切募集はできないはずだ、それを知らないのか旨を告げ、被告会社の吉永彰吾総務部長の制止及び退出要求にもかかわらず、右担当者に名刺交換を要求した。そのため、求人広告掲載の打合せを続行することはできず、右担当者は、そのまま被告会社事務所を退出した(証人千葉芳行の証言中右認定に反する部分は採用しない。)。そして、学生援護会は、同日午後、求人広告の掲載を辞退する旨被告会社に通告してきた。
そのため、被告会社は、リクルート社の発行する「フロム・エー」に「アルバイトニュース」に掲載しようとしたものと同一の求人広告の掲載を依頼することとし、同日中にその手続きを終え、右求人広告は、同月二七日発売の「フロム・エー」に掲載されることが決まった。もっとも、被告会社は、それ以前に「フロム・エー」を利用してアルバイトの求人をしたことはなかった。また、その他の募集手段を検討することもなかった。
5 しかし、被告会社は、一一月二二日、原告を一二月一日より早番勤務につかせる旨の命令を撤回し、一二月一日以降も遅番に勤務させることを決め、ボーリング部門の支配人を通じ、原告にその旨を伝えた(原告本人尋問の結果中のこの認定に反する部分は採用しない。)。もっとも、支配人は、原告に一度早番に変わることの許可がでているから諦めずにいろとの旨も告げている。
6 門脇は、一一月二八日、前日発売された「フロム・エー」を見て、ビリヤード部門の早番に応募し、被告会社において小林課長らの面接を受けた。小林課長らは、右面接の際、ビリヤード部門は既に採用が決まった旨を告げ(当時この事実はなかった。)、ボーリング場のフロント係の早番として勤務することを勧め、門脇もこれに応じ、翌二九日からボーリング場フロント係の早番として勤務することになった(<証拠判断略>)。
7 なお、リクルート社は、一一月二七日、被告会社に対し、同日に発売された「フロム・エー」に掲載された求人広告に基づいて採用することを自粛するよう求め、同月二八日組合との争議が解決するまでは求人広告を掲載しない旨通知していた。
8 被告会社は、一一月二九日、原告に対し、一二月一日も遅番として勤務するよう命じた。また、神谷部長は、そのころ以降、被告会社従業員らに対し、原告が早番勤務に変われないのは組合が「アルバイトニュース」への求人広告の募集を妨害したためであり、組合の本部と組合員は利害が異なる旨を発言していた。
また、被告会社は、一二月三日、組合に対し、現在原告はボーリング場フロント係遅番勤務であるから、その業務以外に職場に立ち入ってはならない旨、原告の希望を被告会社が認めることができないのは組合の妨害によって求人広告が掲載できず遅番のアルバイトの募集ができなくなったためである旨を申し入れた(後9認定の通知書中にもその趣旨を記載している。)。
9 原告は、一二月一日以降も遅番として勤務せよとの命令に納得せず、一二月一日、早番に勤務した。そこで、神谷部長が、同日午後一時三〇分ころ、会社ビル三階のボーリング場フロントにおいて、原告に対し、遅番に勤務するように指示したところ、原告は、「なんだお前は、俺は頭にきているんだからな。何をするかわからねえぞ。」とか「絶対に俺は動かねえからな。」などと大声で叫び、右指示に従わなかった。また、被告会社は、同日、原告に対し、原告は、遅番勤務であるから、早番に勤務しても賃金を支払わない、遅番に勤務するようにとの趣旨の通知書を内容証明郵便で送付した。もっとも、原告は、右郵便の受取を拒否したので、被告会社は、これを会社ビル内の掲示板に貼布した。
10 また、原告は、一二月一日午後七時すぎころ、早番勤務を終えたとしてタイムカードを打刻するため、会社ビル二階の警備室に赴いたが、所定の場所に原告のタイムカードが置かれていなかったことから、そこにいた保坂課長にタイムカードを出すように求め、「俺は早番だ。今日働いたんだ。何でタイムカード押させないんだ。「フロム・エーで早番まで募集している。俺を馬鹿にしているのか。」などと大声で叫び、警備室内に身を乗り入れて机を持っていたセンハンテープのカッターで叩くなどした。また、その際、数人の被告会社従業員である組合員も保坂課長に対し口々に「労働者を馬鹿にするな。」「何で働いている者のタイムカードがないんだ。すぐタイムカードを持って来い。」などと大声で怒鳴った(<証拠判断略>)。結局、保坂課長は、仮のタイムカードを作成し、それを正規のタイムカードに後日移記することを約した。
なお、(証拠略)には、一一月一日、被告会社が所定場所に原告のタイムカードを置かなかったのは、前日、原告が有給休暇を取得した旨をタイムカードに記載するため会社ビル八階の事務室に持って来ていた小林課長が、これを自己の机に入れて施錠したまま帰宅し、同日は同課長が公休のため取り出せなかったからであるとの部分がある。しかし、(証拠略)によると、被告会社は、組合が一二月三日付けで原告のタイムカードを所定場所に置くよう要求したのに対し、同月四日付けで原告が遅番勤務についた場合にはタイムカードを所定場所に置く旨回答していることが認められ、この事実に照らすと、右各部分は採用しがたく、むしろ、原告が一二月一日から早番に就労しようとすることを予測して、タイムカードに打刻させないために所定場所に置いていなかったものと推認することができる。
11 原告は、一二月二日以降も早番に就労したため、被告会社は、一二月四日付け、同月一一日付け、同月一七日付けで、右同月一日付けの通知書と同趣旨の警告書を内容証明で郵送し、原告は、四日付けの内容証明郵便はこれを受取り、一一日付け及び一七日付け警告書は、その写しを保坂課長から交付された。
また、被告会社は、原告に対し、右のとおり書面で遅番勤務につくよう命じたほか、一二月五日午後四時ころ、神谷部長が、会社ビル三階ボーリング場フロントにおいて、原告に遅番勤務につくよう指示したりした。その際、原告は、神谷部長に対し、「何言ったってだめだからな。だいたい募集ができないならお前がどこかの大学へでも行って、夜バイトできる学生を捜して連れて来いよ。それがお前の仕事なんだよ。ボサッとしてるんじゃねえよ。」と述べて、右指示に従わなかった。
12 組合は、本件命令を不当労働行為であるなどとして争うことは留保しつつも原告をひとまず遅番に勤務させることとし、被告会社に対し、一二月二二日付け書面でその旨を通知し、原告が同月二五日から遅番に就労した。
13 ボーリング場フロント係のアルバイトとして遅番に勤務していた橋口敏也及び新美一弥は、それぞれ一二月二九日及び昭和六〇年一月三一日をもって雇用契約の期間終了により被告会社を退職した。しかし、会社はその後任者を採用しなかったし、早番、他の部門の従業員をボーリング場フロント係の遅番勤務を命ずるなど、右二人の後任者を遅番に配置するための措置は執らなかった。なお、会社は、昭和六〇年二月末ないし三月ころから縁故採用の方法によってアルバイトの採用を再開した。
14 ところで、組合は、七月一二日、被告会社に対し、春期・夏期一時金要求に誠意をもって回答すること、団体交渉に応じること、組合と被告会社間の昭和五八年七月二九日付け和解協定の解約を撤回すること等を要求して闘争を行う旨の闘争宣言を発し、九月ころから、要求事項を記載するなどしたビラ多数枚を会社ビルに貼付する行動を開始した。右ビラの貼付は、会社ビルの壁面、ドア、正面玄関入口の床面その他、場所を選ばず、セロハンテープを用いて行うものであって、原告もこのビラ貼り行動に参加してきた。そして、原告は、右のビラ貼り行動の一環として、一二月一日午後八時ころ、千葉書記長はじめ数人の組合員とともに、会社ビル二階警備室付近壁面等に「三浦のタイムカードを出せ。打刻は義務付けられているはずだ。」と記載したビラ等多数のビラを貼付し、その後も、同月七日、同月一〇日にもビラ貼りを行った(<証拠略>には、原告は本件の問題がおきているころにはビラ貼りを行っていない旨の部分があり、<人証略>には一二月一日に原告はビラ貼りを行っていない旨の部分がある。しかし、原告本人尋問の結果によると、原告自身右のビラ貼り行動に参加したことがあることを認めているところ、一二月の自分のことが問題となっている時期にビラ貼りを行っていないというのはいかにも不自然であり、<証拠略>に照らしても、右各部分は採用できない。)。
三 右認定の事実に基づき、本件命令及び本件処分の効力について検討する。
1(一) なるほど、原告を早番勤務に変更した場合には、一二月一日以降ボーリングフロント係の遅番勤務に在籍する従業員は五名となり、公休、有給休暇等によって勤務しない従業員を考慮すると、遅番に現実に勤務する人員は四名以下になることがあることが予測できたというべきである(右二1。なお、<証拠略>によると、一二月一八日の遅番に勤務した者は三名であったことが認められる。)。そして、被告会社は、原則としてボーリングフロント係の勤務人員を少なくとも四名と考えていたのであって、一方、原告を早番勤務に変更せず、しかも、門脇を採用しなかったとしても、一二月一日ボーリングフロント係の遅番勤務に在籍する従業員は六名はいたのであるから(右二1)、本件命令は、それ自体としては人員配置上の必要性がないではなかったことを肯定することができる。
(二) しかし、被告会社は、ボーリング場フロント係の遅番勤務であった橋口敏也及び新美一弥は、それぞれ一二月二九日及び昭和六〇年一月三一日に雇用期間終了のため退職したが、その時点では、(年末年始は最繁忙期であったにもかかわらず)その後任補充のための特別の措置をとっていないこと(右二13)に照らすと、被告会社は、ボーリング遅番在勤者が五名以下となることを容認していたことが窺われる。そして、原告は、もともと遅番勤務と限定して雇用されたものではなく、遅番と早番の勤務を交替してきたこと(当事者間に争いがない請求原因3(一))、被告会社においては、遅番と早番のいずれに勤務するかについては、従業員の希望が相当程度尊重されており、一二月一日から早番勤務を命ずる命令(被告会社は、右命令は、原告の遅番勤務の後任者が採用できることを停止条件又は原告の遅番勤務の後任者が採用できないことを解除条件とするものであると主張するようであるが、このような条件が付されていたことを認めるに足りる証拠はない。)は、原告の希望に基づくものであること、業務上の必要性が強い場合であっても、勤務時間帯の変更は、当該従業員の了解をとって行われていたこと(以上右二2、3)を併せ考えると、本件の場合に、原告の同意を得るともなく、同意を得るための努力をすることもないままに、早番勤務の命令を撤回し、遅番勤務を命ずることが相当であるとするだけの合理性、必要性があったものとは認められない。なお、一一月二〇日の原告を一二月一日から早番に勤務させる旨の被告会社の命令は、確定したものとしてされたものであるというべきであり、特に原告の希望を容れてされたものであるから、原告の一二月一日から早番に勤務できると期待したことは推認に難くなく、右期待は尊重されるべきであるから、右命令を撤回し、改めて遅番勤務を命ずることは、早番に勤務している者を遅番に勤務するよう命ずる場合とほぼ同様に考えるのが相当である。
(三) そして、被告会社が、本件命令をする方針を決定したのは、一一月二二日であるが、同日には、一一月二七日発売の「フロム・エー」に求人広告が掲載されることが決っていたのであり、従前被告会社の必要とするアルバイトがほぼ完全に採用できたのは会社の所在場所が便利であることが大きかったというのであるから、「フロム・エー」に求人広告を掲載するのは始めてであったとしても(以上右二4)、一一月中ないしは一二月はじめには、ボーリング場フロント係の遅番勤務のアルバイトが採用が期待できなくはなかったというべきである。更に、門脇が、一一月二八日、ビリヤード場の勤務に応募してきた際、ボーリング場フロント係勤務を勧めるのであれば、同人が早番勤務が希望であったとしても、遅番勤務を打診することは容易なことであったのに(遅番勤務を打診することによって、門脇が被告会社に勤務すること自体を断るとは認めがたい。)、かかる一挙手一投足の配慮をもしていない。そして、一一月から一二月にかけて、会社が、原告を早番勤務に変更できないのは、組合がアルバイトの募集広告の掲載を妨害したために遅番の募集ができなかったからである旨主張していたこと(右二8)、門脇が応募したときには、今後「フロム・エー」にも求人広告を掲載することは困難となり、そのことにも組合が何らかの関与をしていることが推測しえたこと(右二6、7)等をも併せ勘案すると、被告会社が、本件命令をしたのは、人事配置上の必要性とは別の事情を考慮したためであるのではないかと疑い得る。
(四) 以上を考慮すると、本件命令(及び一二月一日以降、原告が遅番勤務につくまでの間にたびたび発せられた遅番に勤務するようにとの命令)は、権利の濫用であって無効ということができ、原告は、一二月一日以降遅番に勤務する義務はなく、むしろ早番に勤務すべきであったということができる。
2 被告会社が、一二月一日から同月二〇日までの間、公休日を除き、遅番に勤務しなかったことを理由に本件賃金カットを行ったことは当事者間に争いがなく、賃金カットの額が、一五日分一一万七一〇三円を下回らないことは被告会社の自認するところである。しかし、原告が、右期間遅番として勤務する義務がなかったことは前認定・説示のとおりであるから、被告会社は、右期間遅番の時間帯に勤務しなかったことを理由としては賃金カットをすることは許されない(そして、<証拠略>によると、原告は、一二月一日から二〇日までのうち右の一五日に相当する日数の早番の時間帯に就労したことが認められる(もっとも、<証拠略>によると、原告は、一二月一六日の午前一〇時から午後二時三四分の間就労していないことが窺えるが、被告会社は、これを理由とする賃金カットを主張していない。)。
そうすると、原告の本訴請求中、本件賃金カット分の賃金一一万七一〇三円の支払いを求める部分は理由がある。
3 次に、本件処分の効力について検討する。
(一) 右認定説示のとおり、本件命令(及び一二月一日以降、原告が遅番勤務につくまでの間にたびたび発せられた遅番に勤務するようにとの命令)は、権利の濫用であって無効であるから、原告がこれに従わなかったことは、何ら就業規則の懲戒事由に該当しない。
(二) ところで、(証拠略)によると、被告会社は、その就業規則において、懲戒の種類として、譴責、減給、出勤停止、降格転職、諭旨退職及び懲戒免職の六種類を定め、そのうち譴責、減給、出勤停止及び降格転職の事由として、会社の諸規則、諸規定に著しく違反したとき等を規定している。そして、右就業規則は、「従業員は、……職場の秩序を保持し……なければならない。」(四条)、「従業員は、……職場の風紀秩序の維持に努め……なければならない。」(二六条)、「従業員は、会社内の秩序保持の為、次の各号を守らなければならない。……(9)会社構内で、……喧騒な行為をしないこと。……(八)総務部長の許可なく会社構内を利用して貼紙をしたり……しないこと。」(三一条)を規定していることが認められる。
そして、被告会社における原告の上司である神谷部長、保坂課長に対し、右二9、10及び12認定のような言動に及ぶことは、会社の秩序を乱す行為であるということができ、また、右二10認定の行為が会社構内において喧騒な行為をしたことに当たることも明らかである。また、右二14認定の原告が一二月一日ビラ貼りをしたことが、就業規則三一条一二号に違反する行為であることは明らかである。しかし、後(三)の諸事情を考慮すると、被告会社が、本件処分の理由として主張するビラ貼りは、一二月一日午後七時四〇分ころのものだけであるが、これは、その前後を通じて反復して行ったビラ貼りのうちの一回にすぎないことをも考慮して全体として見ても、就業規則に著しく違反するものということができるかは疑問が残り、就業規則の定める降格転職処分の事由が存するとは断じられない。
(三) 仮に右行為が、就業規則に著しく違反するものということができるとしても、右二9、10及び12認定の原告の言動は、遅番に勤務するようにとの無効な命令に抗議するためのもの(神谷部長に対するもの)であるか、タイムカードを打刻させないために所定箇所に据え置かなかったことに抗議するためのもの(保坂課長に対するもの)であること、原告とともに同様な行為を行った他の従業員がそれを理由には懲戒処分にされてはいないこと(この事実は、弁論の全趣旨によって認められる。)、従前ビラ貼りを理由に懲戒処分に付された従業員は、譴責ないしは出勤停止に止まっていること(この事実は、<証拠略>によって認められる。)、原告は本件処分前には何らか懲戒処分を受けたことはないこと(この事実は、弁論の全趣旨によって認められる。)、被告会社が問題として主張する言動のうち著しいものは、千葉書記長のものであるが、原告が、千葉書記長のこのような言動に責めを負うべき事情も見当たらないことを考慮すると、これらを理由に降格処分をすることは、重きに失し、懲戒権を濫用するものということができる。
(四) したがって本件処分は、降格転職処分の事由が存しないか、存するとしても懲戒権を濫用に当たり無効であるから、原告は、昭和六〇年一月八日以降も被告会社の副主任の地位にあり、同月以降毎月二五日に支払われるべき賃金として毎月一万円の副主任手当の支払いを受ける権利を有すると認められる。
第三結論
以上の次第で、原告の始末書提出処分の無効確認の訴えは不適法であるからこれを却下し、その余の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条ただし書に従い、また仮執行宣言を付することは相当でないのでその申立ては棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 水上敏)