東京地方裁判所 昭和60年(ワ)5998号 判決 1987年10月15日
原告
西田マリ子
右訴訟代理人弁護士
高橋一郎
同
河本毅
被告
京王キャブ株式会社
右代表者代表取締役
川野繁
右訴訟代理人弁護士
岸巖
同
田中喜代重
主文
一 被告は、原告に対し、金五一五万五五四六円及びこれに対する昭和六〇年六月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金二五九四万四三五五円及びこれに対する昭和六〇年六月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 本件事故の発生
(一) 日時 昭和五九年九月二二日午後八時五五分ころ
(二) 場所 東京都渋谷区代々木四丁目三〇番先路上(通称新宿西参道交差点付近、以下、同道路を「本件道路」、同交差点を「本件交差点」という。)
(三) 加害車 業務用普通乗用自動車(練馬五五か二八六二号)
右運転者 訴外吉田貴美夫(以下「吉田」という。)
(四) 被害者 原告
(五) 態様 加害者が原告を後部座席に乗せ前記交差点を中野方面に向けて左折する際に急制動したもの。
2 責任原因
被告は、加害車を自己のため運行の用に供していたものであるから、加害車の運行供用者として自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条に基づき本件事故によって原告が受けた人的損害を賠償する責任がある。また、吉田には前方左右の安全を確認して左折する注意義務があるのにこれを怠った過失により本件事故が発生したものであるから、被告は、吉田の使用者として民法七一五条に基づき、また運送契約の当事者として民法四一五条に基づき、原告が受けた損害を賠償する責任がある。
3 原告の損害
(一) 原告は本件事故のために頚椎捻挫等の傷害を受け、昭和五九年九月二五日から同年一二月二八日までの間入院し、その後は通院して治療を受けたが、頭痛、上肢倦怠感、上肢のしびれ感の後遺症(自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害別等級表一二級相当)が残つた(昭和六一年六月二五日症状固定)。
(二) 右受傷に伴う損害の数額は次のとおりである。
(1) 治療費 金一三八万三三六〇円
(2) 入院雑費 金九万円
(3) 通院交通費 金一五万一二七〇円
(4) 休業損害 金三二一万一〇〇〇円
ⅰ 給料分 金九〇万円
月額金三〇万円の三か月分。
ⅱ 家賃収入分 金一〇五万円
原告経営の「緑の館」の休業による。
ⅲ 従業員休業補償金分 金一二六万一〇〇〇円
前記「緑の館」の休業に伴う従業員の休業補償。
(5) 逸失利益 金一六二六万八七二五円
原告の前記後遺症は少なくとも自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害別等級表の一二級に相当し、労働能力の喪失割合は前記症状固定の昭和六一年六月二五日から六七歳までの稼働期間二八年間を通じて一四パーセントに達するものというべきである。そして、中間利息をライプニッツ方式により控除して後遺症による逸失利益の現価を求めると金一六二六万八七二五円となる。
(6) 傷害による慰藉料 金一五五万円
入院三か月、通院五か月。
(7) 後遺症慰藉料 金二〇九万円
(8) 弁護士費用 金一二〇万円
よって、原告は、被告に対し、前記損害合計金二五九四万四三五五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実について、被告が加害車の運行供用者であることは認め、その余は否認する。
3 同3の事実は知らない。
三 抗弁(免責)
本件交差点は信号機により交通整理の行われている交差点であり、吉田は、加害車を運転して、片側三車線ある本件道路の左側直進車線を進行して本件交差点に差し掛かり、青信号にしたがって本件交差点を直進しようとした。その際、本件道路中央の直進車線を加害車と並進していた普通乗用自動車(運転手等不詳、以下「訴外車」という。)がいきなり合図も出さずに通行区分を無視して左折を開始し加害車の進路直前に割り込んできたため、吉田は、訴外車との衝突を回避するため、やむを得ず急制動したものである。以上のとおり、吉田の行った急制動は衝突事故を回避するための緊急避難行為であり、しかも、自動車の運転者としては、直進車線を進行する他の車両が合図も出さずに通行区分に違反して左折を開始することまで予見すべき注意義務はないから、吉田は無過失である。
また、加害車には構造上の欠陥も機能の障害もなく、そのほかに本件事故の原因はないから、被告は自賠法三条但書により免責されるというべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁の事実について、本件交差点が信号機により交通整理の行われている交差点であること、加害者の進路前方の信号が青色を表示していたことは認め、加害車に構造上の欠陥も機能の障害もなかったことは不知、その余は否認ないし争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1の事実及び同2の事実のうち被告が加害車の運行供用者であることはいずれも当事者間に争いがない。
二そこで抗弁の事実について判断するに、本件交差点が信号機により交通整理の行われている交差点であること、加害車の進路前方の信号が青色を表示していたことは当事者間に争いがなく、前記争いのない事実に<証拠>を総合すると次の事実を認めることができる。
本件事故現場は、東京都渋谷区代々木四丁目三〇番先の交通頻繁な道路(本件道路)上であり、本件道路は、加害車の進行方向は片側三車線(以下、左側から順番に「第一車線」、「第二車線」及び「第三車線」という。)の車両通行帯があり、本件交差点の通行方法につき、第一車線は左折及び直進、第二車線は直進、また第三車線は右折と、その進行する方向ごとに通行区分が指定されており、路面は、アスファルトで舗装され平坦で、本件事故が発生した昭和五九年九月二二日午後八時五五分ころは乾燥していた。
吉田は、本件事故当時、原告らを乗客として乗車させ、加害車を運転して本件道路の第一車線を参宮橋方面から十三社方面に向けて時速四〇ないし五〇キロメートルの速度で進行中本件交差点の約五一メートル手前に差し掛かった際、約4.9メートル前方の第二車線を走行していた訴外車の制動灯が点灯したり消灯したりするのを発見した。そこで、吉田は、訴外車の運転者を見ると、同人が首を左右に振って周囲を見回しているような動作をしているのが見えた。吉田は、同人が地理不案内から道に迷っているものと判断したが、そのまま加害車を進行させたところ、本件交差点に差し掛かった際、訴外車が合図を出さずに加害車の進路直前を横切って左折を開始し、吉田は、訴外車との衝突を回避するため急制動の措置をとって加害車を停止させた。
<証拠>のうち右認定に反する部分は<証拠>に照らし採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上の事実を前提に吉田の過失の存否につき検討するに、車両通行帯のある道路で交差点で進行する方向ごとに通行区分が指定されている場合であっても、自動車の運転者としては通行区分に違反して進行してくる車両が予見される事情が存するときは、そのような車両の存在を予見し、当該事態に対処しうるよう安全に走行すべき注意義務を負うものというべきである。そして、加害車の運転者である吉田は、原告らを乗客として乗車させていたのであるから急制動等の急激な運転を差し控えるべき一般的な注意義務を負っているだけでなく、本件交差点の約五一メートル手前に差し掛かった際、訴外車が道に迷っているような不審な走行をしていたことを認識していたのであるから、訴外車が通行区分に違反して左折することのあることを予見し、訴外車の動向を注視し、減速して訴外車との車間距離を空けるなど、訴外車が左折した場合にも急制動等の急激な運転をすることなく対処できるようにして走行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然時速四〇ないし五〇キロメートルの速度のまま進行したため、訴外車が突然左折した際、訴外車との衝突を避けるため急制動の措置をとらざるを得ない事態に至ったものであり、右によれば本件事故の発生につき吉田に過失がないものということはできない。
したがって、吉田の無過失を前提とする被告の免責の抗弁は、その余の点につき考慮するまでもなく理由がなく、被告は、加害車の運行供用者として自賠法三条に基づき本件事故によって原告が受けた人的損害を賠償する責任がある。
三原告の損害
1 <証拠>によれば、原告は、本件事故のため頚椎捻挫等の傷害を受け、本件事故当日の昭和五九年九月二二日東京女子医大病院で診断治療を受けたほか、同年九月二五日から同年一〇月二三日まで中野中央診療所に、同月二七日から同年一二月二八日まで岡田医院に各入院して治療を受け、その後は通院して治療を受けたが、頭痛、頭部痛等の後遺症が残つた。
2(一) 治療費 金一三八万二三〇〇円
<証拠>によれば、原告の前記治療等のために金一三八万二三〇〇円の治療費等を要したことが認められる。
(二) 入院雑費 金九万円
弁論の全趣旨によれば、原告は、入院中一日一〇〇〇円を下らない雑費を支出したものと認められる。
(三) 通院交通費 金〇円
<証拠>によれば、原告は、通院等に際しタクシーを利用したことが認められるが、原告の症状に照らし、タクシーの利用が必要不可欠であったとは認められないし、<証拠>によるも他の交通機関を利用した場合の交通費の額を確定することができず、他にこれを算出すべき証拠もないから、原告の通院交通費の請求は認めることができない。
(四) 休業損害 金八六万二五〇〇円
<証拠>によれば、原告は、「緑の館」(昭和五七年四月ころから昭和五八年九月ころまでは長田商事株式会社経営、同年一〇月ころから太陽商事株式会社経営の社交場であると認められる。)でホステスとして稼働し、これにより昭和五九年度は金三四五万円の収入を得ていたものであり、本件事故当時も右と同額の収入を得ていたものと推認されるところ、原告は本件事故による前記受傷のために三か月を下らない期間休業を余儀なくされたものと認められるから、金八六万二五〇〇円を下らない休業損害を被ったものと認められる。しかしながら、本件事故の結果として「緑の館」を閉店せざるをえなかったものとまで認めることはできず、原告請求の家賃収入分及び従業員休業補償金分についてはこれを本件事故と相当因果関係のある損害ということをえず、前記金額を超える原告の休業損害の請求は失当というべきである。
(五) 逸失利益 金三二万〇七四六円
<証拠>を総合すれば、原告は、少なくとも向こう二年間、その労働能力の五パーセントを喪失し、右期間、同割合による所得の減少を来すものと推認することができ、これを超える原告の逸失利益の請求は失当というべきである。そして、前認定の原告の収入額に右五パーセントを乗じ、同額からライプニッツ方式により中間利息を控除して、右二年間の逸失利益の本件事故当時の現価を求めると、その金額は金三二万〇七四六円となる。
(六) 慰藉料 金二〇〇万円
原告の受傷の内容、治療経過、後遺症の内容、程度等諸般の事情を総合すれば、原告に対する慰藉料としては金二〇〇万円をもって相当と認める。
(七) 弁護士費用 金五〇万円
弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し相当額の費用及び報酬の支払を約しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、原告が本件事故による損害として被告に対し賠償を求めうる弁護士費用の額は金五〇万円をもって相当と認める。
四結論
以上の事実によれば、本訴請求は、前記損害合計額金五一五万五五四六円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年六月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官岡本岳)