東京地方裁判所 昭和60年(ワ)658号 判決 1986年5月15日
原告
西谷内悦朗
右訴訟代理人弁護士
小島新一
被告
株式会社福商
右代表者代表取締役
窪田健昭
被告
窪田衛
主文
一 被告らは、各自原告に対し五二三五万二八四四円及びこれに対する被告株式会社福商については昭和六〇年一月二九日から、被告窪田衛については昭和六〇年一月三〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告
1 被告らは、各自原告に対し六三三九万円及びこれに対する被告株式会社福商については昭和六〇年一月二九日から、被告窪田衛については昭和六〇年一月三〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 原告の請求原因
一 (事故の発生)
被告窪田衛(以下「被告窪田」という。)は、被告株式会社福商(以下「被告会社」という。)の保有する普通乗用車(横浜五九す一五五二号、以下「加害車」という。)に、原告外一名を同乗させ、昭和五六年七月二四日午前四時頃、神奈川県三浦郡葉山町堀内一八五八番地先の国道一三四号線を藤沢方面に向つて走行中、カーブ地点にてスリップして左側ガードレールに激突、これにより同乗の原告が重傷を負つた。
二 (被告らの責任)
1 被告窪田は、当時大雨であつたから速度を抑え、前方の安全を確認しつつ、加害車を運転すべき注意義務があるのにこれを怠り、大雨の中を制限速度をかなり上廻る速度で加害車を進行させた過失により本件事故を惹起したものであるから、民法第七〇九条により損害賠償責任がある。
2 被告会社は、加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたところ、その運行によつて本件事故を惹起したものであるから、自賠法第三条により損害賠償責任がある。
三 (原告の傷害、治療経過、後遺症)
1 原告は、本件事故により、両眼外傷、強膜裂傷、網膜剥離、水晶体破裂等の傷害を受けた。
2 そして、原告は、右受傷にともない、次の通り入通院治療を受けた。
(一) 入院
(1) 横須賀衣笠病院眼科に昭和五六年七月二四日から同年九月九日までの間入院四八日間。
(2) 順天堂病院眼科に昭和五六年九月九日から同年一一月八日までの間入院六〇日間(九月九日は(1)と重複につき入院期間に算入しない。)。
(3) 国立身体障害者リハビリテーションセンター病院眼科に昭和五六年一一月三〇日から昭和五七年七月二日までの間入院二一五日間。
(4) 東大附属病院分院(以下「東大分院」という。)眼科に昭和五七年八月二八日から同年九月一九日までの間二三日間入院して右眼の硝子体切除の手術を受けた。
(5) 東大分院眼科に昭和五八年五月二三日から同年六月五日まで一四日間入院して左眼の光覚的瞳孔形成の手術を受けた。
(6) 以上の入院日数の合計は三六〇日である。
(二) 通院
(1) 東大分院眼科に、(一)項(4)、(5)の二度の入院手術の前後に、昭和五六年一二月から昭和五九年四月までの間計三二回通院し、診断治療を受けた。
(2) 天心診療所に昭和五六年一〇月から昭和五九年四月までの間計一八〇回通院し、診断治療を受けた。
(3) 以上の通院回数の合計は二一二回であつた。
3 原告は、前記の如く治療を続けたが、両眼とも眼球萎縮の状態で光覚弁以上の視力を回復することがなく失明状態のまま昭和五九年四月四日症状固定の診断を受けた。右後遺症は、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の後遺障害等級第一級第一号に該当する。
四 (損害)
原告の本件事故による損害は次の通りである。
1 入院関係費
(一) 治療費
支払を要するものはすべて労災保険・自賠責保険もしくは被告側において支払済である。
(二) 入院雑費
原告は、計三六〇日の入院期間中一日につき七〇〇円、計二五万二〇〇〇円の入院雑費を要した。
(三) 交通費
原告は、東大分院の二度の入退院に際し、付添人一人とともに高崎市郊外の自宅から東大分院までの往復交通費として、一回につき二万〇一六〇円、総額八万〇六四〇円を支出した。
(四) 家族付添費
原告は、横須賀衣笠病院の四八日間の入院期間中、近親者の付添看護婦を必要とし、その間一日四〇〇〇円、計一九万二〇〇〇円の付添費を要した。
(五) 医師看護婦への謝礼
原告は、三の2の入院、手術、通院の間、医師看護婦に対し謝礼として総額四七万二〇〇〇円を支払つた。
(六) 小計
右(二)〜(五)の合計額は九九万六六四〇円となる。
2 通院関係費
(一) 治療費
原告は、天心診療所関係の治療費として、通院一八〇回分総額六三万五〇〇〇円を支払つた。
さらに、東大分院関係の治療費のうち二万五二五七円を原告が負担している。
これら治療費の合計は六六万〇二五七円となる。
(二) 交通費
(1) 東大分院関係
原告は、通院当時高崎市郊外の親元で看護を受けていたので、右親元から東京の東大分院まで一回につき付添人一人を含む二人分として往復二万三〇六〇円の交通費を必要とし、三二回分総額七三万七九二〇円を要した。
(2) 天心診療所関係
原告は、付添人一名とともに都内の知人宅に宿泊しそこから通院したが、交通費(タクシー使用)として一回につき往復三八四〇円、通院一八〇回のうち被告側に送迎してもらつた五回を除く一七五回分総額六七万二〇〇〇円を原告において支払つた。
(3) 小計
右(1)、(2)の合計額は一四〇万九九二〇円となる。
(三) 宿泊費
原告は、高崎市郊外に居住していたため、都内の知人宅に寝泊りして通院するほかはなかつた。付添人一人を含め二人分の宿泊費として知人に対し一回につき五〇〇〇円、一八〇回分総額九〇万円を支払つた。
(四) 付添費
原告は、全く視力が無く一人歩きが不可能であつたから、通院の都度、近親者の付添が必要であつた。そのため、一回につき二五〇〇円、二一二回分として総額五三万円の付添費を要した。
(五) 小計
以上の合計は三五〇万〇一七七円となる。
3 慰謝料
(一) 傷害関係
原告は、昭和五六年七月二四日から昭和五九年四月四日の症状固定に至る間、入院三六〇日、通院二一二回の治療を必要とした。この間の原告の傷害による精神的苦痛に対する慰謝料は三〇〇万円を下廻ることはない。
(二) 後遺症関係
原告の後遺症は一級一号に該当する失明であるからその精神的苦痛に対する慰謝料は一六〇〇万円を下廻ることはない。
(三) 小計
以上の慰謝料の合計額は一九〇〇万円を下廻ることはない。
4 傷害による休業損害と後遺症による逸失利益
(一) 休業損害
原告は、本件事故当時専修大学経営学部経営学科三年に在学中であり、昭和五八年三月には同大学を卒業し、就職する予定であつたから、本件事故がなかつたならば昭和五八年四月一日(原告はこの時点で満二五才一一ケ月である)からは大学卒の資格で社会人としての活動が約束されていた。しかるに、原告は、本件事故のため、昭和五九年四月四日の症状固定に至る間、視力を失つた状態にあつたから、全く稼動することができなかつた。
(二) 逸失利益
原告は、失明の後遺症のため、昭和五九年四月四日(原告はこの時点で満二六才一一ケ月)から満六七才(昭和九九年)に至るまでの約四〇年間、その労働能力を一〇〇パーセント喪失し、この間の収入を全く失うこととなつた。
(三) 計算
原告は、右(一)、(二)のとおり昭和五八年四月一日から昭和五九年四月四日までは傷害による休業損害として、昭和五九年四月四日から満六七才までは一級の後遺傷害により一〇〇パーセントの収入を失うこととなる。そこで、便宜これらを一括して計算する。
原告は、昭和五八年四月一日以降は大学卒としての就職が予定されていたから、少くとも男子労働者の平均賃金程度の収入を得ることは確実であり、昭和五七年度の全労働者男子の平均賃金は月額三二万四二〇〇円、年額三八九万〇四〇〇円であつた。
また、昭和五八年四月一日から原告が満六七才に達するまでの四一年間のライプニッツ係数は一七・二九四四である。
したがつて、休業損害、逸失利益の総額は次のとおり六七二八万二一三三円となる。
3,890,400円×17,2944=67,282,133円
5 その他の損害
(一) 生活訓練関係費用
原告は、完全失明の状態となつたため、将来の日常生活を遂行するためには、一定の訓練が必要であつた。原告は、昭和五九年七月三日から同年九月二四日までの間所沢の国立リハビリテーションセンターに入所して訓練を受けた。さらに原告は、生活用の点字機器やテープの購入が必要である。
(1) 訓練所入退所及び途中の看護のための交通費
原告は、国立リハビリテーションセンターへの入退所には付添人が必要であつた。また、八月には一〇日間センターが休みとなり、全員がその間帰宅させられた。したがつて、原告は二度入退所する結果となつた。さらにこの間家族が月に一回位の割合で計三度センターを訪れ、原告の看護に当る必要があつた。
原告及び家族は、当時高崎市郊外に居住し、そこからセンターを往復したが、これに要した交通費の総額は八万七四〇〇円であつた。
(2) 教材及び生活用機器の購入費用
原告は、こんごの生活を遂行していくためには、点字の習得やテープレコーダーの使用が不可欠であり、このための機器代として総額六万三八七〇円を支出したが、こんご大学の卒業までに金五万円が必要であり総額一一万三八七〇円となる。
(3) 合計
以上(1)、(2)の合計は二〇万一二七〇円となる。
(二) 大学月謝追加支払分
原告は、本件事故による傷害と治療のため、受傷後通学を中断し、昭和六〇年四月からようやく復学することができたが、昭和五六年度から昭和五九年度に至るまでの間、大学に対し月謝等として総額九五万〇二〇〇円を余分に支払つた。
(三) 盲導犬関係費用
原告は、日常生活遂行のため、昭和六〇年一月二六日から約一ケ月にわたり盲導犬使用の訓練を受け、その後盲導犬を杖として日常生活、通学を行つてきている。こんごとも原告が日常生活を営んでいくためには盲導犬の使用が必要不可欠であり、これに関連する費用は将来の介護費として認められるべきものである。
(1) 訓練費用 三万七二五〇円
(2) 経常的費用
イ 盲導犬食費
毎月ドッグフード五五〇〇円、生肉四八〇〇円合計一万〇三〇〇円を必要とする。
ロ 盲導犬予防薬及び注射費
盲導犬は年に一度狂犬病その他の予防接種及び予防薬の服用を義務づけられており、その費用は予防接種が一回五五〇〇円、予防薬は一回二万九八五〇円、年額合計三万五三五〇円、月額二九四六円となる。
ハ 盲導犬医療費
昭和六〇年九月初旬盲導犬の病気治療のため、一万七九〇〇円の支出を行つたが、こんごとも年に一度程度の病気は見込まなければならず、月額として一四九一円となる。
ニ 盲導犬関係雑費
盲導犬を使用するためには、盲導犬のための①寝所用マット、生活用敷物及びこれらの掃除用テープ、②衛生用のシャンプー・石けん・毛ブラシ・タオル、③排便処理用袋、④被服・雨具及びこれらの洗濯用洗剤・ハミング等が必要であるほか、かなりの上下水道料を要し、これら雑費の総額は月額一万七八八〇円となる。
ホ 合計
以上イないしニの合計は月額三万二六一七円となる。
(3) 経常的費用総額の現価額
イ 年額
32,617円×12=391,404円
ロ 期間とライプニッツ係数
昭和六〇年一月二六日の時点における原告の平均余命は四七・四三であり、これに対するライプニッツ係数は一八・〇二二三である。
ハ 現価額の総額
391,404円×18,0223=7,054,000円
(4) 合計額
右(1)、(3)の合計額は七〇九万一二五〇円となる。
(四) 小計
以上(一)、(二)、(三)の合計は八二四万〇七二〇円となる。
6 総計
右1ないし5の総計は九九〇一万九六七〇円である。
五 (損益相殺)
1 労災保険関係
原告は、本件事故当時、大学が夏期休暇中であつたので、被告会社においてアルバイトとして働いていた。本件事故は、深夜に及ぶ作業終了後、被告会社の加害車によつて送り届けられている途中で起つたものであつた。そのため、原告の傷害には通勤災害として労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)が適用され、同保険から治療費のほか次のとおり、すでに補償を受けている。
(一) 休業補償 三八六万三五六四円
(二) 後遺障害特別支給金 三四二万〇〇〇〇円
(三) 障害補償年金
原告の後遺症は障害等級第一級に認定され、将来とも一年につき給付基礎日額の三一三日分が障害補償年金として支給される。原告のアルバイト中の収入による給付基礎日額は四九〇三円である。原告は、すでに障害補償年金として二〇九万一〇〇〇円を受領している。
(四) 小計
原告が労災保険からすでに受給し損害から控除されるべき金額は右(一)ないし(三)の合計九三七万四五六四円である。
2 自賠責保険関係
原告は本件事故による後遺症の賠償金として自賠責保険から二〇〇〇万円の支払を受けた。
3 合計
したがつて、損益相殺によつて控除すべき1、2の合計は二九三七万四五六四円となる。
六 (差引損害額)
四の損害額から、五の損益相殺による控除額を差引いた残りの請求損害額は六九六四万五一〇六円である。
七 (弁護士費用)
原告は、被告らが本件損害賠償に容易に応じないため、第一東京弁護士会所属小島新一弁護士に訴訟の遂行を委任した。その費用として原告は同弁護士に対し着手金として一〇〇万円を支払い、成功報酬として、第一東京弁護士会報酬規定による金額を支払う旨約した。右規定による成功報酬の標準額は六の損害請求額によれば約三六〇万円となる。これら弁護士費用の合計額は四六〇万円であるが、右金額は原告の損害補填のために必要な費用として、本件事故と因果関係があり、被告らにおいて負担すべきものである。
八 (結論)
原告の損害は、六の差引損害請求額に七の弁護士費用を加えた七四二四万五一〇六円となるから、原告は、被告らに対し、各自右損害額のうち六三三九万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみに至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三 被告らの答弁及び主張
一 請求原因一の事実は認める。
二 同二の事実及び被告らに本件事故によつて原告が被つた損害を賠償すべき責任があることは認める。
三 同三の事実は認める。
四 同四の1の(一)は認めるが、(二)ないし(四)は不知、(五)は本件事故による損害とはいえず、争う。
同2のうち天心診療所関係の費用は相当損害であることを争い、その余の事実は不知。
同3の慰籍料額は争う。傷害、後遺症慰籍料としては、一三〇〇万円が相当である。
同4の逸失利益の損害額は争う。原告の逸失利益の計算にあたつては、労災保険で認定された日額四九〇三円を基準として算出すべきである。
同5のその他の費用は、原告の療養のための費用ではないから、本件事故による相当損害とはいえない。
五 同五の1、2の事実は認める。但し、障害保障年金については、障害補償年金前払一時金によつて受領できる六五七万〇〇二〇円として損益相殺すべきである。
六 同六ないし八の事実は不知、その余は主張は争う。
第四 証拠<省略>
理由
一原告主張の請求原因一ないし三の事実及び被告らが本件事故によつて原告が被つた損害を賠償する責任があることは、いずれも当事者間に争いがない。
二そこで、原告の被つた損害について判断する。
1 入院関係費 六七万六六四〇円
(一) 入院雑費 二五万二〇〇〇円
原告は、本件事故による受傷のため横須賀衣笠病院等に三六〇日間入院したことは当事者間に争いのないところ、<証拠>によれば、原告は、右入院期間中一日につき七〇〇円程度の雑費を要したものと推認することができ、合計二五万二〇〇〇円の損害を被つたものと認められる。
(二) 入院交通費 八万〇六四〇円
<証拠>によれば、原告は、高崎市郊外の自宅から二度にわたつて付添人一人とともに往復し、その東大分院に入院するため交通費として八万〇六四〇円を支払し、右と同額の損害を被つたものと認められる。
(三) 家族付添費 一四万四〇〇〇円
<証拠>によれば、原告が横須賀衣笠病院に四八日間入院中原告の母親が付添つて看護にあたつたことが認められるので、その付添費としては一日三〇〇〇円として合計一四万四〇〇〇円を相当損害と認める。
(四) 医師看護婦への謝礼 二〇万円
<証拠>によれば、原告は、入、退院して治療を受けた病院等の医師看護婦に対する謝礼として四七万二〇〇〇円相当の金員を送つたことが認められるが、原告の入、退院の期間、症状等に照らし、二〇万円をもつて相当損害と認める。
2 通院関係費 九七万一七七七円
(一) 治療費 二万五二五七円
<証拠>によれば、原告が東大分院に通院して治療を受けて二万五二五七円の治療費を支出したことが認められる。
なお、<証拠>によると、原告は、東大分院に通院する傍ら天心診療所に通院して治療を受けていたことが認められるが、<証拠>によれば、天心診療所へは医師の指示によつて通院したものではなく、しかも治療内容が原告の傷害の治療に必要かつ合理的であつたと認めるに足りる証拠はないから、天心診療所関係の治療費は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
(二) 交通費 七三万七九二〇円
<証拠>によれば、原告は、高崎市効外の自宅から東大分院に三二回通院したが、その際付添人一名とともに往復し、一回につき二万三〇六〇円、合計七三万七九二〇円を支出したことが認められる。
なお、天心診療所に通院するために要した交通費は、前判示のとおり相当損害とは認められない。
(三) 宿泊費 一六万円
<証拠>によると、原告は高崎市郊外の自宅から東大分院に三二回通院した際、付添人とともに東京都内の友人宅に宿泊し、その宿泊費として一回につき五〇〇〇円、合計一六万円を支出したことが認められる。
なお、天心診療所に通院するために要した宿泊費については、前判示のとおり相当損害とは認められない。
(四) 付添費 四万八〇〇〇円
<証拠>によれば、原告は、高崎市郊外の自宅から東大分院に三二回通院したが、その際視力がなく一人歩きが不可能であつたから常に近親者の付添を要したことが認められるので、その付添費としては、一日につき一五〇〇円、合計四万八〇〇〇円相当損害と認める。
なお、天心診療所に通院した際の付添費については、前判示のとおり相当損害とは認められない。
3 慰藉料 一六〇〇万円
原告の入院期間、通院期間、傷害の部位、程度、後遺障害の程度等本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すると、原告の傷害及び後遺障害に対する慰藉料としては一六〇〇万円をもつて相当と認める。
4 休業損害と逸失利益 五四八五万〇二六九円
(一) 休業損害 二七五万二八〇〇円
<証拠>によれば、原告は、本件事故当時専修大学経営学部三年に在学中であつたから、本件事故にあわなければ、昭和五八年三月には満二五歳で同大学を卒業し、社会人として活動することができるはずであつたが、本件事故による入、通院のため症状の固定した昭和五九年四月までの約一年間は全く就労することができなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、賃金センサスによれば、昭和五七年度の二五歳の男子の平均賃金は月額二二万九四〇〇円、年額二七五万二八〇〇円であるから、原告は、本件事故後後遺症が固定するまでの約一年間に休業損害として少なくとも右と同額の損害を被つたものと認めるのが相当である。
(二) 逸失利益 五二〇九万七四六九円
原告は、両眼とも眼球萎縮状態で光覚弁以上の視力を回復することがなく失明状態のまま昭和五九年四月四日症状固定の診断を受け、自賠責保険の後遺障害等級第一級第一号に該当する旨認定されたことは当事者間に争いがない。しかし、<証拠>によれば、東大分院では、原告には視覚障害以外全身的運動機能等に異常がなく、早期に職業訓練を始めるのが望ましいとして施設入所をすすめられたため、原告は、昭和五九年七月三日から同年九月二四日までの間所沢の国立リハビリテーションセンターに入所して社会復帰の訓練を受けたほか、東京盲導犬協会に入所して盲導犬を使用するための訓練を受けたこと、その結果、昭和六〇年四月から専修大学に復学することができ、現在世田谷区内のアパートに居住して電車で川崎市多摩区の大学に通学していること、そして原告は、大学卒業後は公務員として就職することを希望していることが認められ、右認定に反する証拠はない。
右の事実と<証拠>によれば、原告のような視力障害者にとつては、大学を卒業したとしても、民間会社や公務員に就職する機会に乏しいともいえるが、原告のように視力障害以外に異常がなく、しかも専門の機関で社会復帰の訓練を受け、盲導犬の助けを借りながら一人で大学に通学している者にとつては、民間会社や公務員に就職する可能性がないではなく、また、鍼灸関係の仕事に携わることも可能であるから、生涯わたつて労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認めるのは相当でなく、後記のように社会復帰の費用を相当損害として加害者に負担させることとの関係においても、労働能力の喪失を控え目にみて全稼働期間を通じて八〇パーセント程度に限定するのが相当であると判断する。
そして、<証拠>によると、原告は、後遺障害の固定した昭和五九年四月四日当時満二六歳であるから平均余命年数のうち少なくとも四〇年間にわたり、賃金センサス昭和五七年度分の全労働者の平均賃金年額三七九万五二〇〇円を下廻らない収入を得ることができたと推認することができるから、ライプニッツ方式により年五分の中間利息を控除して固定時における現価を算定すると、次のとおり五二〇九万七四六九円(一円未満切捨)となる。
379万5200円×17.1590×0.8=5209万7469円
5 その他の損害 六二二万八七二二円
(一) 生活訓練関係費用 一五万一二七〇円
原告は、前記のとおり所沢の国立リハビリテーションセンターに入所して社会復帰の訓練を受けたが、<証拠>によれば、その際原告と家族が高崎市郊外の自宅から二回往復し、家族が三回右センターを訪れて原告を看護し、その交通費として八万七四〇〇円を支出したこと、また、原告は、盲人用の仮名タイプライターと点字板などを購入して六万三八七〇円を支出したことが認められる。原告は、大学卒業までになお器具代として五万円を必要とすると主張するが、これを認めるに足りる確かな証拠はない。もつとも、これらの費用は、本来の治療費でなく、身体障害者の社会復帰のための費用ともいうべきものであるが、前記のとおり原告の社会復帰への訓練は医師の指示によるものであるうえ、原告のような年齢が若く視力障害以外全身的運動機能に異常のない者であつて、専門的な訓練によつて社会復帰が容易であり、しかもそのことによつて被害者が将来の労働能力を回復することが可能になり、加害者の賠償すべき損害額を軽減することができるような場合には、かかる費用も社会通念上事故と相当因果関係のある損害として加害者に賠償を命ずるのを相当と判断する。
(二) 大学月謝追加支払分 六三万〇一〇〇円
<証拠>によれば、原告は、本件事故による受傷のため、昭和五六年九月から昭和五九年三月まで大学に通学しなかつたが、病状回復後は復学するためその間も学費等として合計六三万〇一〇〇円を支払つたことが認められ(それ以上の支払の事実は認められない。)、これらの費用は、事故がなければ原告が負担することがなかつた余分な費用ともいうべきであるから、相当損害と認める。
(三) 盲導犬関係費用 五四四万七三五二円
<証拠>を総合すると、原告は、昭和六〇年一月から約一ケ月間東京盲導犬協会に入所して訓練を受けた際その費用として三六五〇円を支払い、盲導犬の医療費として一万七九〇〇円を支出したほか(原告の食事代三万三六〇〇円は相当損害とは認められない。)、将来とも人並みの日常生活を送るためには盲導犬を借りて使用することが必要不可欠であるところ、一カ月に平均して盲導犬の食費として一万〇三〇〇円、狂犬病予防接種等の費用として二九四六円、その他の雑費として一万二〇〇〇円程度の支出を要するものと認められるところ(盲導犬の将来の医療費と水道料金については将来の支出額を確定する資料に乏しいため相当損害とは認められない。)、これらの将来の費用は原告の主張するように今後少なくとも平均余命数内の四七年間にわたつて支出するものと推認するのが相当であるから、一年間に要する費用三〇万一七五二円(2万5146円×12)に四七年のライプニッツ係数一七・九八一〇を乗じてその費用の現価を算出すると、次のとおり五四二万五八〇二円(一円未満切捨)となる。
30万1752×17.9810=542万5802円
よつて、盲導犬関係の費用は、合計五四四万七三五二円と認めるのが相当である。
6 弁護士費用 三〇〇万円
原告が本件訴訟の提起と追行を原告代理人に委任し、相当額の着手金と報酬金を支払う旨約したことは弁論の全趣旨によつて明らかであるところ、本件訴訟の内容、難易、訴訟の経過、認容額など諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに対し請求しうる請求費用は三〇〇万円をもつて相当と認める。
7 損害のてん補 二九三七万四五六四円
原告は、本件事故により被つた損害のてん補として労災保険から九三七万四五六四円の支払を受け、自賠責保険から二〇〇〇万円の支払を受けたことは原告の自認するところであるから、これを原告の前記損害から控除すべきである。
そうすると、原告の前記1ないし6の損害合計は八一七二万七四〇八円であるから、これから右てん補額二九三七万四五六四円を控除すると(但し、労災保険金については慰藉料以外の損害から控除する。)、原告の残損害額は五二三五万二八四四円となる。
三よつて、原告の被告らに対する本訴請求は、被告らに対し五二三五万二八四四円及びこれに対する本訴状が被告らに送達された日(被告会社については昭和六〇年一月二八日、被告窪田衛については昭和六〇年一月二九日)の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを正当として認容するが、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官塩崎 勤)