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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)70363号 判決 1986年9月05日

原告 株式会社山手サービス

右代表者代表取締役 鈴木治光

右訴訟代理人弁護士 佐久間哲雄

同 若林律夫

被告 新日企業株式会社

右代表者代表取締役 高梨康

右訴訟代理人支配人 岡田昭吾

主文

一、原告と被告間の東京地方裁判所昭和六〇年(手ワ)第六五一号約束手形金請求事件について同裁判所が昭和六〇年六月五日に言い渡した手形判決を全部取り消す。

二、原告の請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年五月五日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文第二、第三項同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、別紙手形目録記載の裏書の連続ある各約束手形(以下、「本件各手形」という。)を所持している。

2. 被告は、本件各手形を振り出した。

3. 本件各手形は、いずれも支払呈示期間内に支払場所に呈示されたが、支払を拒絶された。

よって、原告は被告に対し、手形金請求権に基づき、本件手形金合計一〇〇〇万円とこれに対する満期の日である昭和五九年五月五日から支払済まで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因事実は全部認める。

三、抗弁

1. 融通手形

(一)  本件各手形は、訴外尾上産業株式会社(以下、「尾上産業」という。)の代表取締役小川孝(以下、「小川」という。)の依頼により、右尾上産業に対して振り出した融通手形であり、小川も被告から本件各手形を受け取るのと交換的に、被告に対して、額面が同額、満期が本件各手形の満期の五日前である昭和五九年四月三〇日の約束手形を尾上産業名義で振り出し、被告と尾上産業との間で、右尾上産業振出の手形が支払われない限り、被告も本件各手形を支払わないとの合意をした。

(二)  本件各手形振出当時、右小川は、原告の代表取締役をも兼ねており、したがって、原告は、本件各手形が融通手形であり、被告との間に前記の合意があったことを知りながら、これを取得したものである。

また、小川は、尾上産業、原告会社の他、株式会社クリフサイドの代表取締役も兼ねており、これらの支配権を全て握っていた。原告のもとの代表取締役熊野巌は、尾上産業の監査役であり、尾上産業の取締役である和田文也の父和田文二は、原告の取締役であり、原告は、尾上産業の一営業部門ともいうべき子会社であって、資金面でも独立した存在ではなかった。小川が、本件各手形と交換的に被告に交付した約束手形の振出人が尾上産業であるのは、当時原告には銀行取引の実績・弁済能力がなかったからにすぎず、小川が被告に交付した約束手形の振出人が尾上産業だからといって、本件各手形の交付の相手方が尾上産業だけであって原告が含まれないということはできない。

したがって、被告が本件各手形を振り出した相手方は、尾上産業ではなくて原告であるということもできるし、尾上産業に対して対抗しうる抗弁は、当然に原告に対しても対抗しうるというべきである。

(三)  尾上産業は、昭和五九年四月には既に不渡りを出して事実上倒産し、本件各手形と交換に振り出した約束手形の支払も期日にできなかったが昭和五九年五月一一日、横浜地方裁判所より破産の宣告を受けた。

小川は、本件各手形と交換した尾上産業振出の約束手形が満期の昭和五九年四月三〇日に支払われる見込みがないことを十分承知のうえで、本件各手形を取得したのである。

(四)  原告が、本件各手形を取得したのは、満期後であるから、被告は、尾上産業に対する融通手形の抗弁をもって原告に対抗しうる。

2. 訴訟信託

原告の本訴請求は、尾上産業が直接取り立てると、被告から債務不履行の抗弁を受けて不利であるため、専ら抗弁の対抗を避けるために原告をして取立の訴訟行為をさせることを目的とした信託行為に基づくものであり、右信託行為は、信託法一一条に照らして無効であるから、原告は、本件各手形について権利を有していない。

3. 権利の濫用

本件各手形振出当時の原告の代表取締役と尾上産業の代表取締役が同一人物であり、原告は尾上産業の子会社であって資金面で一体の関係があったこと、被告と尾上産業及び原告との間には商取引はなく、本件各手形は融通手形であること、本件各手形と交換した尾上産業振出の手形は支払われておらず、支払われる見込みもなく、他に被告は原告ないし尾上産業にたいして何の債務も負っていないこと等の事情からして、本訴請求は、権利の濫用というべきである。

四、抗弁に対する認否

1. 本件手形が融通手形であることは否認する。

尾上産業は、本件各手形振出当時及び現在において、被告に対し、相互の収支計算において一〇〇〇万円の債権を有している。

(一)  抗弁1(一)の事実は否認する。

(二)  同1(二)の事実のうち、小川孝が昭和五九年一〇月二五日まで原告の代表取締役であったことは認め、その余は否認する。

(三)  同1(三)の事実のうち、尾上産業が昭和五九年五月一一日に破産宣告を受けたことは認め、その余は否認する。

(四)  同1(四)の事実は否認する。

原告が本件各手形を取得したのは、振出の当日かその二、三日後である。

2. 同2の事実は否認する。

3. 同3は争う。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因事実については当事者間に争いがない。

二、権利濫用の抗弁について

<証拠>によれば、以下の事実が認められる。証人和田文也の証言及び原告会社代表者の尋問の結果中、右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1. 被告会社は、従前尾上産業、後記株式会社クリフサイド及び原告会社との間には営業上の取引はなかったが、昭和五八年七月、尾上産業の代表取締役であった小川の申し入れにより、小川から尾上産業振出名義の額面五〇〇万円の約束手形四通の振出交付を受けるのと引き換えに、額面一〇〇〇万円の約束手形二通を振り出してやり、小川の資金繰りに協力したことがあった。

2. 当時小川は、尾上産業のほか、原告会社及び訴外株式会社クリフサイドの各代表取締役の地位にあり、いわゆるワンマンとして右各会社の経営にあたっていた。原告会社と尾上産業とは業種を異にし、それぞれ独立した営業活動をして、会社経理も別々に行われていたが、手形振出については右小川において自由にその権限を行使していた。

被告会社は、小川の経営する前記三社を一体として信用調査をした結果、融通手形の交換に応じたものである。

3. 昭和五八年一二月二四日、小川は、再度被告会社に融通手形の振出を依頼し、被告会社は、これに応じて本件各手形を振り出し、小川も尾上産業振出名義の額面金額が同じで満期が本件各手形の五日前である昭和五九年四月三〇日の約束手形二通を振り出して被告会社に交付した。この際、前記の昭和五八年七月に融通手形を交換した際と同様、尾上産業振出の約束手形が満期に支払われない限りは、被告会社も本件各手形の支払をしなくともよい旨の合意がなされた。

4. 小川は、本件各手形を横浜信用組合で割り引いてもらって尾上産業の資金繰りにあてようとしたが、当時既に同組合には尾上産業に対する融資枠がなかったため、原告会社の所有地に抵当権を設定して原告会社名義で金銭の貸付を受け、これを尾上産業の資金繰りに使用し、本件各手形は、右貸付の返済の担保として同組合に預けた。右の借入及び担保設定については、当時原告会社の営業及び経理を切り回していた鈴木治光(現在の原告会社の代表取締役)には全く知らされなかった。

5. 尾上産業は、昭和五九年二月二日、二回目の手形不渡りを出し、同月六日取引停止処分を受けて事実上倒産し、そのころから、小川は行方不明となった。尾上産業については、債権者らが任意で整理を進めていたが、同年五月一一日、横浜地方裁判所により破産宣告がなされた。

6. 昭和五九年四月ころ、小川が被告会社を訪れ、本件各手形が第三者に盗取されて被告会社に返還できなくなった旨告げ、被告会社に迷惑が掛からないように、本件各手形を不法に取得した第三者からその占有を解いて執行官に保管する旨の仮処分の必要があるが、小川の責任と負担において被告会社に代わって右仮処分手続をしたいと申し入れた。被告会社は、小川の右申入れを受けて、小川に被告会社の代表取締役の名刺三枚、印鑑証明書、白紙委任状、本件各手形のコピー各一通を交付し、右手続を依頼した。

7. 昭和五九年四月二四日、被告会社を債権者、訴外森茂樹を債務者、本件各手形の支払場所として記載されている訴外株式会社第一相互銀行を第三債務者として、債権処分禁止仮処分の申請が函館地方裁判所になされ、同月二五日、同裁判所から、「第三債務者は、債務者又は債務者から取立委任を受けた者からの呈示に基づいては、本件各手形につき支払をしてはならない。」旨の決定がなされた。被告会社には、小川から仮処分の決定が出された旨の電話連絡があったところ、本件各手形は、昭和五九年五月七日に支払場所に呈示されたが、右仮処分決定を理由に支払が拒絶され、被告会社は、異議申立提供金を提供しないで、取引停止処分を免れることができた。

8. 原告会社名義の横浜信用組合に対する前記債務等については、昭和五九年四月二二日ころ、抵当権が設定されていた原告会社所有の土地を処分して返済し(この際も前記鈴木治光には知らされなかった。)、本件各手形も同組合から原告会社に返還され、以後、原告会社において保管している。

現在、原告会社と被告会社間及び尾上産業と被告会社間には、本件各手形金債務が問題になっている以外に、原因関係上の債権債務は存しない。

右認定の事実によって検討するに、本件各手形は、尾上産業との間でいわゆる交換手形として振り出されたものであるところ、原告会社がこれを尾上産業から取得した際に、当時の原告会社の代表取締役小川孝において、本件各手形と交換的に振り出した尾上産業振出名義の手形が満期に支払われる見込みがないことを認識していたかどうかは必ずしも明らかではないけれども、その約一か月後に尾上産業が倒産して、昭和五九年四月二二日ころに原告会社が横浜信用組合から本件各手形の返還を受けた際には、尾上産業振出の手形が支払われないことが確実となっており、原告会社の代表取締役も当然それを知っていたと考えられ、しかも本件各手形の満期が迫った段階で、原告会社が本件各手形を所持していたにもかかわらず、被告会社には本件各手形金を支払うべき義務がないと右小川において自認していたものであること、原告会社がその所有地に抵当権を設定して横浜信用組合から金員を借り受けた際、その返済は最終的には尾上産業または原告会社の負担に帰すべきものと考え、被告会社の負担とする意思も理由もなかったこと、現在原告会社は被告会社に対してなんら原因関係上の債権を有さず、またその他の実体上の債権も有しないことからは、原告会社が本件各手形金の請求をするのは、権利の濫用として許されないというべきである。

よって、その余について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。

三、そうとすれば、原告の請求を認容した主文一項掲記の手形判決は相当でないからこれを取り消し、原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤謙一)

<以下省略>

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