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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)8855号 判決 1987年2月24日

原告

株式会社小倉

右代表者代表取締役

小倉千代登

右訴訟代理人弁護士

高谷進

多比羅誠

被告

小沼滿

右訴訟代理人弁護士

川村延彦

福地領

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年二月一〇日関京子との間でした別紙物件目録記載の土地の共有持分一万分の八三、同目録記載の建物の共有持分五分の一についての売買契約を取り消す。

2  被告は、右土地について東京法務局新宿出張所昭和六〇年三月二八日受付第一一七一〇の二号の関京子持分全部移転登記及び右建物について同出張所同日受付第一一七一一号の関京子持分全部移転登記の各抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  原告は、昭和五九年二月二〇日、関京子(以下、関という。)に対し、七〇〇万円を、同年六月から昭和六四年二月まで五七回に分割して年一〇・七パーセントの利息を付加して弁済し、その支払のために関振出の約束手形五七通を原告に交付する、関が約束手形を不渡にしたときなどには期限の利益を失い、残債務を一括して弁済する等の約定で貸し付けた。

(二)  関は、昭和六〇年二月二六日、株式会社東京都民銀行(以下、都民銀行という。)から、一七〇〇万円を借り受けた。原告は、同日、同銀行に対し、関の右借受金債務を保証し、関と連帯して履行することを約し、同月二八日、関と、関が右借受金債務の履行を懈怠したり手形の不渡を出したときなどは、原告は、直ちに関に対しその当時における保証債務相当額を一括して求償することができる旨の合意をした。

(三)  関は、昭和六〇年四月一日、(一)の割賦金の支払のために振り出した同日支払期日の約束手形と、(二)の債務の支払のために振り出した同日支払期日の約束手形をともに不渡にした。したがつて、原告は、関に対し、(一)の六〇一万三四〇四円の貸金残債権と(二)の一七〇〇万円の求償金債権を有している。

2  関は、昭和六〇年二月二〇日当時、別紙物件目録記載の土地の共有持分一万分の八三(以下、本件土地の関の共有持分という。)と同目録記載の建物の共有持分五分の一(以下、本件建物の関の共有持分という。)のほかは、見るべき財産を有していなかつた。

3  関は、昭和六〇年二月二〇日、被告に対し、本件土地及び建物の各共有持分を売買し、被告は、右売買を原因として本件土地について東京法務局新宿出張所同年三月二八日受付第一一七一〇号の二の関京子持分全部移転登記(以下、本件土地についての関の共有持分移転登記という。)を、本件建物について同出張所同日受付第一一七一一号の関京子持分全部移転登記(以下、本件建物についての関の共有持分移転登記という。)をそれぞれ経由した。

4  関は、被告に対して本件土地及び建物の各共有持分を売買した際、右売買をすれば原告やその他の債権者を害することを知つていた。

よつて、原告は、被告に対し、詐害行為として本件土地及び建物の各共有持分の売買の取消と、本件土地及び建物についての関の各共有持分移転登記の抹消登記手続を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実はすべて争う。関が原告から原告主張(請求の原因1(一))の七〇〇万円を借り受けたのは、東京都新宿区改代町三三番地多田レジデンス一階で居酒屋「八幡浜」(以下、八幡浜一号店という。)を開店する資金とするためであつたが、右店舗は菅原某が原告の協力の許に経営していた居酒屋「村さ来」の営業権を関の弟松浦敏夫が引き継ぎ、それをさらに関が引き継いだものであるところ、原告は、関に対して右七〇〇万円を貸し付けるに当たり、一方的にその中から右菅原の原告に対する債務約二三〇万円を差し引いているから、額面どおり右金銭消費貸借が成立したとは到底解し得ない。また、関が都民銀行から原告主張(請求の原因1(二))の一七〇〇万円を借り受けたのは、東京都北区中里一の八の一〇山上ビル一階で居酒屋「八幡浜駒込店」(以下、八幡浜二号店という。)を開店する資金とするためであつたが、原告は、関が都民銀行からの融資を受けた際、その場で一二〇〇万円を取り上げているから、原告が額面どおり求償権を有しているとは到底解し得ない。

2  請求の原因2のうち、関が本件土地及び建物の関の共有持分を有していたことは否認し、その余の事実は不知。本件土地の共有持分一万分の四一四(原告のいう関の共有持分なるものはこの中に含まれる。)及び本件建物の所有権は、被告が昭和五九年三月に丸喜不動産株式会社から買い受けたものである。

3  請求の原因3のうち、被告が原告主張の日に原告主張の登記原因で本件土地及び建物についての各関の共有持分移転登記を経由したことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  請求の原因4の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一原告は、関に対し七〇〇万円を一定の事由の発生によつて期限の利益を喪失する割賦弁済の約定で貸し付け、また、関の都民銀行に対する一七〇〇万円の借受金債務について連帯保証して関と一定の事由が発生したときは事前求償をすることができる合意をしたところ、関は右割賦弁済のために振り出した約束手形を不渡にし、右各事由が発生したので、原告は関に対し六〇一万三四〇〇円の貸金残債権及び一七〇〇万円の求償金債権を有すると主張する。

そして、<証拠>によれば、原告は、昭和五九年二月二〇日、関と、原告が関に対し七〇〇万円を貸し付ける旨の合意をしたこと、関は、同日、原告から約一〇〇万円を受け取つていること、原告と関との間には、原告が同日関に対し七〇〇万円を、利息・年一〇・七パーセント、支払方法・金利を含め同年六月から昭和六四年二月まで毎月末日限り一五万七一八二円ずつ(最終回は一五万七二三八円)の五七回に分割して支払うものとし、関はその支払のために右割賦金を額面とし、右支払期日を満期日とする約束手形五七通を振り出し原告に交付する旨の金銭消費貸借等契約公正証書が存在し、関は、右約束手形五七通を振り出して原告に交付したこと、関は、昭和五九年三月三一日から昭和六〇年二月二八日までの各満期日の右約束手形一二通を落していたこと、関は、昭和六〇年二月二六日、都民銀行から、一七〇〇万円を、利息・年一〇・七パーセント、元金の支払方法・毎月末日限り同年六月から昭和六一年一月まで一四万八〇〇〇円ずつ、同年二月から昭和六二年一月まで一五万九〇〇〇円ずつ、同年二月から昭和六三年一月まで一七万六〇〇〇円ずつ、同年二月から昭和六四年一月まで一九万五〇〇〇円ずつ、同年二月から昭和六五年一月まで二一万六〇〇〇円ずつ、同年二月から昭和六六年一月まで二三万九〇〇〇円ずつ、同年二月から昭和六七年一月まで三〇万円ずつ、同年二月二五日三九万六〇〇〇円に分割し、関が右割賦金以上の金員を関名義の同銀行銀座支店の普通預金口座に予め預金し、同銀行が右口座から引き落す方法で支払う、利息の支払方法・昭和六〇年二月二六日を第一回として以後毎月末日限り一か月分を右元金と同様の方法で前払する、期限の利益の喪失・関が手形交換所の取引停止処分を受けたときなど等の約定で借り受けたこと、原告は、同日、同銀行に対し、関の右借受金債務を保証し、関と連帯して履行することを約したこと、原告と関との間には、同月二八日原告が右連帯保証をしたことに基づいて関が原告に対し負担する他の債務の履行を懈怠したときや手形及び小切手の不渡を出したときなどは関は原告の保証金額に相当する一七〇〇万円に損害金を加算して支払わなければならない旨の継続的商品取引契約公正証書が存在すること、関振出の額面一五万七一八二円、支払期日同年四月一日の約束手形が不渡りになつたことを認めることができる。

しかしながら、<証拠>によれば、原告は、酒類の販売を主たる目的とする会社であるが、しかるべき者がいると開店資金を貸し与える等の資金援助を好餌に飲食店の経営を誘い、その者が開店したあかつきには、その店舗で営業上使用する酒類・食品等すべての原告の販売にかかる商品を継続的に原告から購入させ、その納入価格は、原告の定める基本的仕切値段によるものとし、さらに何時でもその経理内容を書類に基づいて説明させ又は決算書類その他の報告書類を提出させる権利を留保するなどしたうえ、右専売約定に違反したときはもちろん、原告の債権を侵害する行為があつたときなどは、貸金債務等右援助した資金に関する債務について当然に期限の利益を喪失するものとし、残債務に遅延損害金付加して一時に支払わせるばかりか右店舗に関する諸権利を譲渡担保に取るなどの相当苛酷な飲食店営業上の諸条件をからませた貸金ないしその斡旋もしていること、それは、原告の主たる目的である酒類の販売形態の一つという以上の内容をもつていること、菅原憲政(以下、菅原という。)は、原告の資金援助を受けて、東京都新宿区改代町二三番地多田レジデンス一階において居酒屋「村さ来」を経営していたが、経営に行き詰り、昭和五八年九月二二日、関の弟松浦敏夫(以下、松浦という。)に対し、右店舗の営業権なるものを代金一〇〇〇万円とし、それを同年八月二六日手付金一〇〇万円、同月三一日内金二五〇万円、同年一〇月三〇日残金全部を支払う約定で売つたこと、右売買には原告が介在していること、松浦は右買受資金のうち六〇〇万円を関から借りて原告に支払つたこと、しかし、原告は、それを菅原の原告に対する残債務などに充当してしまつたこと、原告は、昭和五九年一月四日ころ、右店舗を閉鎖し、松浦の立入りを不能にしたこと、松浦からその話を聞いた関は、憤慨して直ちに原告に抗議をするため出向いたこと、原告代表者小倉千代登は、関に対し、右の六〇〇万円を取り返したかつたならば、貴女が右店舗を経営してみたらばどうか、右店舗をやるには七〇〇万円位いるだろうが、その資金は原告が援助するからと勧誘したこと、関は、当時、江戸川橋で「まりも」の店名で昼間はレストラン、夜はパブをやつていたが、右六〇〇万円を回収するためにも小倉千代登の話に乗らざるを得なかつたこと、前記のとおり、関は同年二月二〇日原告と七〇〇万円を借り受ける合意をしたが、原告は、それに先立ち、関から、住民票、印鑑登録証明書を受け取り、かつ、実印を預つて関名義の書類を作成した(現に、前記不渡になつた約束手形の関の氏名は関の自署ではない。)こと、しかし、原告は、関に対し、いかなる書類を作成したかを説明していないこと、原告は、前記関に貸し付けた七〇〇万円を都民銀行から借り受けたが、借り受けるや否や、同行していた関に対しては約一〇〇万円を交付したのみで、残金は八幡浜一号店の店舗の敷金や内装費に当てるとして持つていつてしまつたこと、しかし、原告は、関に対し、右残金の使途を具体的に明らかにしておらず、関は、後日になつて、右残金の中から菅原の原告に対する残債務約二四〇万円が支出されていることを知つたこと、関は、同年二月二〇日の時点で、菅原の原告に対する残債務を引き受けることを了解していないこと、関は、同日、多田印刷株式会社から右店舗を賃借し、賃貸借契約書を作成したが、右契約書、敷金の預り証、賃貸精算書等の書類をすべて原告に取り上げられてしまつた(原告は当然の如くに右書類を自己の手中に収めているが、原告が関に対して譲渡担保権を取得したのは昭和六〇年四月一日であるから、原告には当然には右書類を保管し得る権限はない。)こと、前記金銭消費貸借等契約公正証書には、右の飲食店営業上の諸条件が付されていること、しかし、関は、右公正証書が作成されたことを知らなかつたこと、八幡浜一号店の経営は必ずしも良好ではなかつたが、関が原告に対する割賦金や商品購入代をまがりなりにも遅滞することなく支払つてきたところから、関は、小倉千代登から、もう一軒店を出すことを勧められ、適当な店舗を探していたところ、原告が東京都北区中里一丁目八番一〇号山上ビル一階の店舗を斡旋したこと、右店舗は、角田隆治(以下、角田という。)が原告の援助を受けて「村道場」の店名で居酒屋を経営していたものであること、関は、原告からいわれるままに、昭和六〇年二月二六日、都民銀行から一七〇〇万円を借り受けたこと、ところが、同銀行に関と一緒に出向いた原告の従業員は、右一七〇〇万円のうちから一二〇〇万円を取り上げ、関の手許には右店舗の改装費として五〇〇万円が残つただけであつたこと、右一二〇〇万円は一応角田に対する右店舗の営業権の買受代金ということになつており、そのうちから四五〇万円が昭和六〇年二月二八日に敷金として家主である山上元吉に支払われていることは確かであるが、他は角田の債務の返済に当てられたものの如くであつて、いずれにしても関は右一二〇〇万円の使途の明細について説明を受けていないこと、右店舗の什器、備品等は塵埃や油滓等にまみれたままになつており、設備も整備が不十分であつて、角田が右店舗の経営に多額の資本を投下した状況は見られなかつたこと、関は、原告との間で、前記継続的商品取引契約公正証書が作成されていることを知らなかつたこと、右公正証書には、前記飲食店営業上の諸条件とほぼ同様の諸条件が記載されていること、右都民銀行からの借受け及び原告との継続的商品取引に関連する書類はもとより、山上元吉との右店舗の賃貸借関係の書類はすべて原告が保管し、関はどのような書類があるかすら教えられていないこと、関は、昭和六〇年三月初旬ころ、右店舗を八幡浜二号店として開店すべく内装等に取り掛かつたこと、関は、右内装費用として四二一万五二〇〇円を出捐したこと、ところが、関は、右賃貸借を仲介した不動産業者から当初の家賃三か月分の前払を請求され、右一二〇〇万円のうちから支出されるものと思い込んでいたところからそれを拒んだところ、右不動産業者から家賃を支払わなければ店を閉めるしかないといわれ、原告に対して何度か電話で右家賃の支払を催促したが、担当者不在ということで連絡がとれず、原告からは梨のつぶてであつたこと、関は、かつて「村道場」は松浦が経営していたが、原告から店を閉鎖されたことを知つたこと、関は、同月二九日ころ、右不動産業者から、明日店を閉める旨の最後通告を受け、右不動産業者が原告の意を受けて関の追出しを計つたものと考え、原告の資金援助による店舗の経営を断念し、同月三〇日八幡浜一号店及び二号店を自らの手で閉店したこと、原告は、同年四月一日、前記関の手形の不渡により停止条件が成就して右両店舗の諸権利について譲渡担保権を取得したこと、原告は、その何か月か後に、右譲渡担保権の実行として関に対し何らの通告等をすることなく八幡浜二号店の営業を第三者に行わせていることを認めることができ、右認定に反する甲第八号証(武田次郎作成の「関京子、小沼満両名に関する報告書」と題する書面)の記載部分は証人関京子の証言及び被告本人尋問の結果に照らして採用できず、証人武田次郎の供述部分は手前勝手な強弁に終始するだけのものであつて証人関京子の証言及び被告本人尋問の結果に照らすまでもなく到底信用することができないし、他にも右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、七〇〇万円に関する原告・関間の契約並びに一七〇〇万円に関する都民銀行・関間、都民銀行・原告間及び原告・関間の各契約のうちの原告・関間を規制するものは、これを全体的、総合的に観察すると、純然たる金銭消費貸借及び求償関係ではなく、飲食店経営委託契約に近い無名契約であると解すべく(契約自由の原則に仮託してその中から金銭消費貸借契約及び求償契約のみを取り出し、これを主張することは許されない。)したがつて、右両契約関係が終了したときに原告が関に対し投下した資本(金銭)の返還を求め得る金額は、原告が右経営のために右両店舗に現実に投資した金額、関が右両店舗の経営のために費やした労力を金銭に評価した額及び残存営業権の価格と最終帰属者を基本にしてこれに原告が被告から支払を受けた利息及び両店舗に対する商品の販売によつて得た利益等諸般の事情を勘案してその割合を確定し、この割合もつて右両店舗の経営から得た収益及び残存営業権の価格等を按分してなお原告が右按分額よりも多い場合における金額というべきである。右の観点に立つて原告の関に対する債権額をみると、原告が関に対して返還を求め得る金額はほとんどないとみられるが、右金額については原告に主張・証明すべき責任があるところ、少なくとも、原告はそれを主張しないか、本件全証拠によつてもそれを確定することができないから、いずれにしても、原告の前記主張は失当といわざるを得ない。

二仮に原告が関に対して相当額の債権を有するとしても、原告主張の関が昭和六〇年二月二〇日時点において無資力であつたことについて右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

三そうとすれば、その余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官並木 茂)

別紙物件目録

一、(一) 所在 新宿区山吹町

地番 参参参番七

地目 宅地

地積 壱四九・壱九平方メートル

(二) 所在 同所

地番 参参参番八

地目 宅地

地積 壱四九・四弐平方メートル

(三) 所在 同所

地番 参参参番壱弐

地目 宅地

地積 八〇・五六平方メートル

二、(一棟の建物の表示)

所在 新宿区山吹町参参参番地七、参参参番地八、参参参番地壱弐

構造 鉄筋コンクリート・鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根八階建

床面積

壱階 弐参四・六壱平方メートル

弐階 弐壱弐・七七平方メートル

参階 弐〇七・五壱平方メートル

四階 弐〇七・五壱平方メートル

五階 弐〇七・五壱平方メートル

六階 壱九九・七八平方メートル

七階 壱四八・七五平方メートル

八階 壱参参・参九平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 山吹町参参参番七の壱四

建物の番号 参〇参

種類 居宅

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造壱階建

床面積 参階部分四九・九九平方メートル

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