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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)8904号 判決 1989年1月31日

甲事件原告(乙事件被告)

櫻井誓二

ほか一名

乙事件被告

小高久子

甲事件被告・乙事件原告

福地倫

主文

一  甲事件原告(乙事件被告)櫻井誓二及び同櫻井信子の各請求をいずれも棄却する。

二  乙事件原告(甲事件被告)の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、甲事件については同事件原告(乙事件被告)櫻井誓二及び同櫻井信子の負担とし、乙事件については同事件原告(甲事件被告)の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 甲事件被告(乙事件原告、以下、両事件を通じて「被告福地」という。)は甲事件原告(乙事件被告)櫻井誓二(以下、両事件を通じて「原告誓二」という。)及び同櫻井信子(以下、両事件を通じて「原告信子」という。)に対し、それぞれ三二二五万二一六七円及びこれに対する昭和五九年九月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告福地の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告誓二及び同信子の各請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告誓二及び同信子の負担する。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 原告誓二、同信子及び乙事件被告小高久子(以下「被告久子」という。)は各自被告福地に対し、五五二八万六九四八円及びこれに対する昭和五九年九月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告誓二、同信子及び被告久子の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告福地の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は被告福地の負担とする。

第二当事者間の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 事故の発生

(一) 日時 昭和五九年九月二〇日午前一時ころ

(二) 場所 東京都秋川市菅生五八五番地先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 事故車両 普通乗用自動車(練馬五八ま四七六七、以下「本件車両」という。)

所有者 被告久子

(四) 事故態様 本件車両が道路右側の石垣に衝突し、さらに道路反対側に反転したため(以下「本件事故」という。)、これに乗車したいた亡櫻井義也(以下「義也」という。)が死亡し、被告福地が傷害を負つた。

2 責任原因

被告福地は、本件車両を運転し本件事故現場を進行するに当たり、前方を注視し、ハンドル操作を的確にして安全に運転すべき義務があるのにこれを怠り、本件事故前に飲んだ酒の影響により、前方注視が散漫になり、また、的確なハンドル操作をしなかつた過失により本件事故を惹起させたものである。したがつて、被告福地は民法七〇九条により、原告誓二及び同信子の後記損害を賠償すべき責任がある。

3 損害

(一)(1) 義也の逸失利益 四三八〇万四三三四円

義也は、本件事故当時満二三歳の健康な男子であり、本件事故に遭遇しなければ満六七歳まで四四年間稼働して年間に平均四九六万〇〇九五円(賃金センサス昭和五八年第一巻第一表産業計・企業規模計・旧大卒・新大卒・全年齢平均男子労働者の平均賃金に五パーセントの賃金上昇率分を加えたもの)の収入を得られたはずのところ、本件事故により右得べかりし収入をすべて失い、右相当の損害を被つた。そこで、収入の五〇パーセントを生活費として控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、同人の死亡時における逸失利益の現価を算定すると、四三八〇万四三三四円となる。

(2) 相続

義也の父母である原告誓二及び同信子は義也の死亡により、同人の被告福地に対する右(1)の損害についての賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。

(二) 葬儀費用 七〇万円

原告誓二及び同信子は、義也の葬儀費用として七〇万円を各二分の一の割合で支出し、右相当の損害を被つた。

(三) 慰藉料 一五〇〇万円

原告誓二及び同信子は、義也を養育して大学を卒業させ、その将来を楽しみにしていたところ、本件事故により同人を失い多大の精神的苦痛を被つたものであるところ、原告誓二及び同信子の右苦痛を慰藉するには各七五〇万円をもつてするのが相当である。

(四) 弁護士費用 五〇〇万円

原告誓二及び同信子は、弁護士である同原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、相当額の報酬等弁護士費用の支払を約束したが、このうち本件事故と相当因果関係のある損害は合計五〇〇万円(原告誓二及び同信子各自につき二五〇万円)である。

よつて、原告誓二及び同信子は被告福地に対し、本件事故による損害賠償として、それぞれ三二二五万二一六七円及びこれに対する本件事故の日である昭和五九年九月二〇日から支払ずみまで民法所定五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2 同2(責任原因)の事実は否認する。本件車両を運転していたのは義也であり、被告福地は助手席に同乗していたものである。

3 同3(損害)の事実は不知。

(乙事件)

一  請求原因

1 事故の発生

甲事件請求原因1に同じ

2 責任原因

(一) 義也は、本件車両を運転し本件事故現場を進行するに当たり、前方を注視し、ハンドル操作を的確にして安全に運転すべき義務があるのにこれを怠り、本件事故前に飲んだ酒の影響により、前方注視が散漫になり、また、的確なハンドル操作をしなかつた過失により本件事故を惹起させたものである。したがつて、義也は民法七〇九条により、被告福地の後記損害を賠償すべき責任があるところ、原告誓二及び同信子は、義也の父母であるから、義也の損害賠償義務を各二分の一の割合で相続したものである。

(二) 被告久子は、本件車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の規定に基づき、被告福地の後記損害を賠償すべき責任がある。

3 損害

(一) 治療費 五六万三二五〇円

被告福地は、本件事故により前額部挫創、脳挫傷、頭蓋骨底部骨折、脳脊髄液瘻、下顎部挫創、右腰部挫傷の傷害を受け、昭和五九年九月二〇日から同年一一月二一日まで訴外大聖病院で入院治療を受け、引き続き昭和六〇年八月二八日まで一日おきに同病院で通院治療(実通院日数一三五日)を受けて、合計五六万三二五〇円の治療費を支払つた。

(二) 入院付添費

被告 一〇万五〇〇〇円

被告福地は前記入院中三〇日間は付添看護を要する状態であつたので、同被告の家族が付添看護をした。近親者の入院付添費は一日当たり三五〇〇円とするのが相当である。

(三) 入院雑費 六万二〇〇〇円

被告福地の前記入院中の雑費は一日当たり一〇〇〇円とするのが相当である。

(四) 通院交通費 四万〇五〇〇円

被告福地の前記通院のための交通費として一日当たり三〇〇円を要した。

(五) 通院雑費 三万三七五〇円

被告福地の前記通院のための雑費は一日当たり二五〇円とするのが相当である。

(六) 休業損害 一六五万一七三七円

被告福地は、訴外株式会社桝屋に勤務し、本件事故前の昭和五九年六月から九月の三か月間に平均月収一八万九一六六円を受けていたが、同年九月二〇日から昭和六〇年三月一五日まで欠勤し、この間の給料を支給されず、同月一六日から同年四月一五日まで半日勤務し、この間の給料として三万円のみ支給されただけであり、さらに昭和五九年の冬及び昭和六〇年の夏の賞与について合計二〇万円減額された。したがつて、右の未支給額及び減額分の合計は一六五万一七三七円となる。

(七) 逸失利益 三九五八万四六二五円

被告福地は後遺障害として、<1>本件事故前には左右とも〇・八あつた視力が右〇・三、左〇・一に低下し(自賠法施行令二条別表所定の後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という。)九級一号に該当するもの)、<2>物忘れが著しくなり(後遺障害等級九級一〇号に該当するもの)、<3>頸部及び腰部に疼痛が残り(後遺障害等級一四級一〇号に該当するもの)、<4>前額部に幅約一センチメートル、長さ約五センチメートルの創痕(後遺障害等級一四級一一号に該当するもの)が残つた(以下「本件後遺障害」という。)。被告福地は、昭和三五年一〇月生まれの男子であり、本件後遺障害のために将来にわたり逸失利益相当の損害を被つたものであるところ、本件後遺障害による同被告の労働能力喪失率は四五パーセントとみるべきであり、逸失利益算定の基礎収入として自動車対人賠償支払基準における男子の全年齢平均給与額月収三二万四二〇〇円を採用し、就労可能年数を満六七歳までの四三年間と考えるべきであるから、新ホフマン方式(係数二二・六一一)により年五分の中間利息を控除して逸失利益の本件事故時における現価を算定すると、三九五八万四六二五円となる。

(八) 慰藉料 八二二万円

被告福地の前記入通院に対する慰藉料としては一五〇万円、本件後遺障害に対する慰藉料としては六七二万円が相当である。

(九) 弁護士費用 五〇二万六〇八六円

被告福地は、弁護士である同被告訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、相当額の報酬等弁護士費用の支払を約束したが、このうち本件事故と相当因果関係のある損害は五〇二万六〇八六円である。

よつて、被告福地は原告誓二、同信子及び被告久子各自に対し、本件事故による損害賠償として五五二八万六九四八円及びこれに対する本件事故の日である昭和五九年九月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1 (事故の発生)の事実は認める。

2 同2(責任原因)の(一)の事実のうち、原告誓二及び同信子が義也の父母であることは認めるが、その余は否認する。本件車両を運転していたのは被告福地であり、義也は助手席に同乗していたものである。同(二)の事実のうち、被告久子が本件車両を所有しこれを自己のために運行の用に供していた者であることは認めるが、損害賠償義務を負担することは争う。

3 同3(損害)の事実はいずれも不知ないし争う。

三  被告久子の抗弁

本件車両を運転していたのは被告福地であるから、同被告は自賠法三条本文にいう他人に該当しない。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  甲事件・乙事件とも請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  甲事件・乙事件に共通の争点は、本件事故当時に本件車両を運転していたのは被告福地と義也のいずれかにあるので、先ずこの点について判断する。

1  成立に争いのない甲第三号証、同第五号証の一ないし二〇、同第六号証の一ないし一五、同第七号証の二ないし五、同第八号証の一ないし一〇、同第一五号証、同第一八号証の一ないし三、同第一九号証及び乙第二号証の七(但し、後記措信しない部分を除く。)、弁論の全趣旨により昭和五九年一〇月二日に被告福地を撮影した写真であると認められる乙第三号証の四ないし六、証人藤岡弘美の証言(但し、後記措信しない部分を除く。)並びに鑑定人江守一郎の鑑定の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  本件車両は、国道四一一号線(滝山街道)を東京都青梅市方面から八王子市方面に向けて時速約九〇キロメールで進行して本件事故現場(道路幅員は六・八三メートル)に差し掛かつた際、センターラインを越えて対向車線に進入し、別紙現場見取図(以下「別紙見取図」という。)<2>の位置で右前・後輪を高さ約一二・五センチメートルの縁石に乗り上げ、<×>1地点で右前部角を同所の石垣にこすり(以下これを「第一衝突」という。)、浮き上るような状態で、車体を左側に傾け、かつ、車体後部を左側に振りながら若干減速した程度で約七・七メートル進行し、別紙見取図<3>の位置で左前端が同所の石垣(同石垣は、同所T字路交差点角部高台の畑と道路との間を囲つたもので、地上約二・〇八メートルの高さを有し、直径約一五センチメートルないし二〇センチメートルの自然石を積み重ねて作られている。)の<×>2の個所(地上高約一・六五メートルから〇・五五メートルの範囲の個所)に衝突した(以下これを「第二衝突」という。)。本件車両は、第二衝突により、更に激しく車体後部を左に振つて、別紙見取図<4>の位置で車体の左側面を同石垣を接触させたまま上から見て右回りのヨーイング回転を続け(鑑定人江守一郎の鑑定の結果のうちヨーイング回転と同時に後ろから見て左回りのローリング回転をしたとする部分は措信しない。)、さらに右回転をしながら道路反対側方向に移動し(乙第二号証の七及び証人藤岡弘美の証言のうち右接触後車体が左回転に変わつたとする部分は措信しない。)、ほぼ一回転して別紙見取図<5>の位置で車体左側面を土手に接触させて(以下これを「第三衝突」という。)停止した。

(二)  本件車両が右のように進行、回転したことにより、その乗員は、第一衝突によつてはさしたる衝撃を受けなかつたが、第二衝突によつて左前部角から右後方へ向かう極めて大きな衝撃を受け、これにより乗員は車内において右衝撃力の方向と反対方向である左前方へ飛び出すように動き、さらに本件車両が右回りに回転したことに伴い乗員は車内で左方向に動いた。また、第三衝突では車体の左横から右横へ向かう力が加わり、そのため乗員は左方向に動いた。

(三)  本件事故により、本件車両は左前端部に大きな凹損ができ原形をとどめないような状態となつた。フロントガラスは全体に亀裂が入り助手席前部にくもの巣状の亀裂ができ、左センターピラー上部付近に凹損ができ、左前ドアガラスは破損した。車内では、室内灯、ルームミラーが破損したのを初め相当多数の箇所が破損した。

(四)  本件事故直後、別紙見取図の「血」と記載された場所に血痕があり、被告福地はこの辺りにうずくまつていた。また、義也は別紙見取図<6>の位置に仰向けの状態で倒れていた。

(五)  義也は、本件事故によりその約一時間三〇分後に多発性重度の頭蓋骨骨折を伴う重症脳挫傷(一次性脳幹損傷)で死亡したが、その身体には前頭、前額部、左上眼瞼の裂傷、左顔面、右後頭部、体幹、四肢に軽度の打撲擦過傷が認められ、レントゲン所見では左前頭部、前頭蓋底、左頬骨及び左口蓋に骨折が認められた。

また、被告福地は、本件事故により前額部挫創、脳挫傷、頭蓋骨底部骨折、脳脊随液瘻、下顎部挫創、右膝部挫傷の傷害を受け、その身体には他に右外肘部内側の表皮剥脱、右側胸部から季肋部にかけて線状の表皮剥脱、左腰部に擦過による表皮剥脱等が、右膝蓋部、左右大腿部に変色らしき部分が認められた。

2  ところで、<1>前掲甲第三号証によれば、被告福地は、本件事故直後に発見された際には、当時の微量の雨によつて濡れたとはいないないほど頭髪から足先まで全体に濡れた状態にあつたものであり、他方運転席の下部も相当濡れており、背部も湿つていたことが認められること、<2>前記1(一)ないし(三)で認定した本件車両及び乗員の動き並びに本件車両の破損状況からすれば、第二衝突の衝撃によつて、運転席乗員は頭部を室内灯及びルームミラーに衝突させてから、助手席の前のフロントガラスに衝突させ、また、胸部又は腹部をハンドルに衝突させ、他方、助手席乗員は、頭部及び顔面を直接左フロントピラー又は左前ドアガラスに激突させた可能性が大きいと推認されるところ、前記1(五)で認定した義也と被告福地の各受傷状況に照らし合わせると、同被告には前額部挫創のほか右側胸部から季肋部にかけて表皮剥脱がみられ、また、義也には前頭、前額部等に裂傷がみられるのであるから、被告福地が運転席、義也が助手席にいたと考える方が合理的に説明できること、<3>自動車に対し前方からの衝撃が加わつた場合、一般的には運転者よりも助手席にいる者の方が重い身体損傷を受ける可能性が大きいとされているところ、前記認定のとおり、本件事故において本件車両に最も大きな力が作用したのは第二衝突であるが、この衝突による衝撃力は、本件車両に対し、その左前方から右後方に作用したものであり、義也が被告福地よりも重い傷害を負い死亡するに至つたこと、<4>証人高木浩二の証言によれば、本件事故前においては同被告より義也の方が酒に酔つており、いわゆる酔いつぶれに近い状態であつたと認められることなど、本件事故当時被告福地が本件車両を運転していたと推認しうる事実が認められる。

3  しかしながら、<1>前掲乙第二号証の七(但し、前記措信しない部分を除く。)及び成立に争いのない乙第二号証の一一によれば、助手席側センターピラーの地上高五六・五センチメートルを下端として上方に約二一センチメートルにわたり被告福地が着用していたベルトの塗料が付着したものと思われる痕跡があることが認められ、仮に同被告が運転席にいたとすると、前記1(一)及び(二)で認定した本件車両及び乗員の動きにより右痕跡ができるとは考え難いこと、<2>前記1(五)で認定した同被告の左腰部の擦過による表皮剥脱は右痕跡が印象された際に同センターピラーによつてできた可能性が大きいと考えられること、<3>前記1(四)認定の事故直後における同被告及び義也の位置によれば、被告福地は第二衝突によつて本件車両が激しく右回転をしている時に、義也は第三衝突による衝撃を受けた時に、それぞれ左前ドア窓から車外に放り出された可能性が比較的大きく、そうであれば、本件車両が右回転し乗員が左方に動いていたことから考えて、先に車外に放り出された被告福地が助手席にいたと考えるのが合理的であること、<4>前掲甲第三号証及び同第一五号証によれば、義也使用の靴及び靴下が運転席の座席下に、被告福地使用の靴が助手席側後部床にあつたことが認められること、<5>前掲甲第三号証、証人高木浩二の証言及び被告福地倫本人尋問の結果によれば、本件車両は義也の姉である被告久子の所有であつて、本件事故当時同被告から義也が借りていたものであると認められることなど、本件事故当時義也が本件車両を運転していたと推認しうる事実が認められる。

4  そして、第二衝突の衝撃が極めて大きく、かつ、乗員が車内で相当大きく移動し、しかも衝突を繰り返したことを考えると、義也が運転席にいたとしても前記のような傷害を負つた可能性が十分考えられ、また、被告福地の右胸部から季肋部にかけての線状の表皮剥脱についても、車外に投げ出された際に窓枠等によつて受傷した可能性も考えられる。

5  他方、助手席側センターピラーの痕跡及び被告福地の左腰部擦過による表皮剥脱についても、第二衝突の乗員の移動、衝突が激しかつたことを考えると、前記3<1>、<2>以外の原因によることが十分ありうるし、同被告は、本件事故直後にも意識があつたのであるから、車外に投げ出された後に自力で移動して前記1(四)認定の位置にうずくまつていた可能性も考えられる。

6  そうすると、右2ないし5で認定した各事実を相互に比照して検討しても、本件事故当時に本件車両を運転していたのは、被告福地であるとも、義也であるとも、断定することができないものというべきである。

ところで、本件について、いわゆる自動車工学の見地に立つ鑑定及び意見が、また、法医学者からの意見が提出されており、本件車両の動き方について様々な推論がなされている。すなわち、別紙見取図<4>から<5>にかけての本件車両の動きについて、<1>前記1(一)の認定と同じく概ね右回りのヨーイング回転とするものとして鑑定人江守一郎作成の鑑定書及び駒沢幹也作成の鑑定書と題する書面(甲第一八号証の一ないし三)があり、<2>概ね右回りのヨーイング回転と同時に左回りのローリング回転があつたとするものとして鑑定人江守一郎作成の鑑定補充書があり、<3>概ね左回りのヨーイング回転とするものとして藤岡弘美作成の鑑定書と題する書面(乙第二号証の七)がある。そして、結論として義也が運転していたとするのは鑑定人江守一郎作成の鑑定及び鑑定補充書並びに藤岡弘美作成の書面であり、被告福地が運転していたとするのは駒沢幹也作成の書面及び津田征郎作成の鑑定書と題する書面(甲第一九号証)である。これらは、いずれも右2及び3で認定した事実のうちのいくつかの事実を矛盾なく説明してはいるが、推論の過程に払拭しえない疑問が残り((イ)鑑定人江守一郎作成の鑑定書には、前掲甲第三号証の写真<7>並びに同第一五号証の写真<2>及び<3>によつて認められる本件車両の左前ドアが事故直後には閉じた状態であつた事実を無視している等の疑問があり、(ロ)鑑定人江守一郎作成の鑑定補充書及び供述には、第二衝突後の本件車両の三次元での動きに関する推論が経験則に基づくものではなく、その合理性に疑問が存し、(ハ)藤岡弘美作成の鑑定書と題する書面(乙第二号証の七)及び証人藤岡弘美の証言には、第三衝突により本件車両にこれを左回りのヨーイング回転をさせる力が作用したとする部分があるが、鑑定人江守一郎の供述によると、第二衝突及び第三衝突とも塑性衝突であり、第三衝突により本件車両を左回りのヨーイング回転させるような弾性力が生じたとはいえないことが明らかであるから、右部分には疑問があり、(ニ)駒沢幹也作成の鑑定書と題する書面(甲第一八号証の一ないし三)は、本件車両の第一衝突以後の動き並びにこれに伴なう運転席及び助手席の乗員の動きについて、分析的な細かな考察をしているが、右が現在の自動車工学の解析能力を超えているものであることは鑑定人江守一郎の供述に比照して窺いうるところであるから、右分析に基づく結論も採用し難く、(ホ)津田征郎作成の鑑定書と題する書面(甲第一九号証)は、義也及び被告福地の受傷がすべて第二衝突により本件車両内で生じたとするものであるが、右両名の受傷の契機を右のように限定しえないことは既に認定したとおりであるから、その前提に疑問がある。)、体系的に一貫したものとして採用することはできないというべきである。

他に、本件車両を被告福地が運転していたことを認めるに足りる証拠、義也が運転していたことを認めるに足りる証拠はない。

三  右に説示したとおり、本件事故が発生した際に本件車両を運転していたのが被告福地か義也かは不明であるといわざるをえないから、民法七〇九条に基づき、被告福地が本件車両を運転していたことを理由とする原告誓二及び同信子の各請求並びに義也が本件車両を運転していたことを理由とする被告福地の請求は、いずれもその余について判断するまでもなく、排斥を免れないものというべきである。

四  乙事件のうち自賠法三条に基づく被告福地の被告久子に対する請求について判断する。

1  被告久子が本件車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは、当事者間に争いがない。

2(一)  前掲甲第三号証、証人高木浩二の証言及び被告福地倫本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができ、被告福地倫本人尋問の結果中この認定に反する部分は前掲証拠と対比して措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 義也と被告福地は、いずれも昭和五九年四月株式会社桝屋に入社し、同年九月一九日東京都福生市において開催された同社の新入社員研修に参加することとなつたものであるが、右と同じ時期に入社し右研修に参加することになつていた高木浩二の自宅が同市内にあつたので、義也は、被告久子から本件車両を借り受け、これを運転して高木宅に赴き、同人宅の庭に本件車両を駐車させたうえ、研修会場に赴いた。

被告福地は、運転免許を有し、自動車を所有していたが、同日は東京都西多摩郡五日市町の自宅に右自動車を置いて研修に参加した。

(2) 右研修は同日午後六時ころ終わつたが、その後、義也、被告福地及び高木は、その他の研修参加者数名とともに、福生市内の飲み屋を数軒にわたつてウイスキー等を飲み歩き、その結果、義也は酔いつぶれに近い状態となり、また、被告福地も相当酔つていたが、小雨の降るなかを歩いて翌二〇日午前零時過ぎころ高木宅に戻つた。

(3) 義也は高木宅において酒に酔つたためほとんど眠つているような状態であつたが、被告福地は、同日早朝から勤務があるため、高木宅に泊らず自宅に帰つて寝ることとし、右のような状態にある義也を慫慂して本件車両に乗つて自宅に帰ることとした。

(4) このようにして、義也と被告福地とは、高木宅に戻つてからほどなくして本件車両に乗り込んだものであるが、その際、酔いの深い義也が本件車両を運転することが不可能となつたりその運転が危険となつたりした場合等には、被告福地が義也に代わつて本件車両の運転に当たることのありうることを相互に承認し、そのうえで福生市にある高木宅から本件車両で五日市町にある被告福地に自宅に向つた(以下、この間の本件車両の運行を「本件運行」という。)ものであるが、途中若干の回り道をしているうちに前記認定のように本件事故を惹起こしたものである。

(二)  右に認定したところによれば、被告福地は、専ら自分の都合によつて自宅に帰るために義也を慫慂して本件車両で高木宅から被告福地の自宅に向かつたものであり、義也が酔いと眠けのため正常に車の運転をすることができない状態にあることを知つていたうえ義也ほど酔つていなかつたのであるから、仮に義也が本件車両を運転していたとしても、その運転に伴なう危険を防止するために、義也の運転を指示・制御することができ、場合によつては義也に代わつて本件車両の運転に当たることもできたものというべきであり、したがつて、被告福地は、本件車両の借主である義也と少なくとも同程度に本件運行につき直接的・顕在的・具体的に支配及び利益を有していたものということができるところ、被告久子は、本件車両の所有者として、義也を通じて、間接的・潜在的、抽象的に本件運行の支配をしていたにとどまるものというべきであるから、被告福地は被告久子に対する関係においては、本件運行につき自賠法三条本文にいう他人に当たらないものというべきである。

被告久子の抗弁は、右の趣旨を主張するものとして、理由があるものというべきである。

3  したがつて、被告福地の被告久子に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れないものというべきである。

五  よつて、甲事件及び乙事件の各請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 中西茂 竹野下喜彦)

現場見取図

<省略>

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