東京地方裁判所 昭和60年(ワ)8928号 判決
原告
全逓信労働組合
右代表者
森原三登
右訴訟代理人弁護士
秋山泰雄
同
関次郎
被告
田中由起子
右訴訟代理人弁護士
牛久保秀樹
同
小部正治
同
田崎信幸
主文
一 被告は、原告に対し、金二七万二二八六円及びこれに対する昭和五九年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
主文一、二項同旨の判決及び仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
との判決
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告(以下「全逓」ともいう。)は、郵政関係労働者をもって組織する労働組合である。
2 被告は、もと全逓の組合員であって、東京逓信病院支部(以下「逓病支部」という。)に所属していたが、昭和五九年四月一四日、全逓と対立する労働組合である郵政産業労働組合に加入し、その東京逓信病院支部を結成し、その副支部長に就任した。被告は、これによって、全逓の組合員としての地位を喪失した。
3 ところで、昭和五六年六月一日、当時逓病支部の副支部長であった被告は、逓病支部執行委員会において、その執行業務の一部である「支部独自会計分」資金会計の担当者に選任され、以後、「支部独自会計分」資金を保管し、支部の決定に基づいて支部の活動のためこれを支出することをその任務としていた。被告が、保管していた「支部独自会計分」資金は、昭和五八年一〇月二七日現在、二七万二二八六円であった。
4 なお、原告の支部は、単一組織の労働組合たる原告の議決執行機関として地区に設置されるもので、権利能力を有していないのはもとよりいわゆる権利能力なき社団でもなく、支部の管理・使用する財産は、すべて原告に帰属するものである。
すなわち、原告は、組合会計について、いわゆる一元化方針を採用しており、組合費は、いったん全額を中央本部に納入した上、全国大会において定められた配分基準にしたがって支部を含む各機関にその活動に要する資金を配分することとしている。配分される組合費以外に各機関が資産を取得することがあるが、これについても、本来は組合費と同様に中央本部に納付すべきものである。しかし、実際には、組合費以外の収入については、それが少額であり、臨時的な予定できない収入であることから、会計事務的に煩瑣になるので、各機関の活動に弾力性をもたせるためもあって、その任意の使用に委ねられている。
逓病支部における「支部独自会計分」資金とは、全国大会の決定により配付される支部費以外のすべての収入に関する会計であって、地区本部からその使途を定めて交付される労働金庫(以下「労金」という。)活動、共済活動及び物資斡旋活動などにかかる資金、労働金庫出資金に対する配当金並びに祝儀金等の雑収入が含まれるが、地区本部から使途を定めて配付された資金はもとより、支部が独自に取得した資金も全逓の機関としての活動の過程において又はその結果として取得したものであるから、いずれも原告に帰属するものである。
5 被告は、右2のとおり、昭和五九年四月一四日、全逓の組合員としての地位を喪失したので、それに伴い「支部独自会計分」資金を保管する資格を失った。
6 被告は、全逓の議決執行機関としての逓病支部の役員としての地位に基づいて、全逓に帰属する財産である「支部独自会計分」資金を保管していたのであるから、その保管については、原告と委任又はこれに類する契約関係に基づくものというべきである。したがって、被告は、全逓の組合員としての地位を失い、ひいては逓病支部役員としての地位を失ったときは、右の契約関係は終了し、これを原告に返還すべき義務を有し、その返還が不能のときは、これに代り同額の損害を賠償する義務を有していた。
7 逓病支部執行委員長であった築井誠一は、昭和五九年五月一八日ころ、被告に対し、「支部独自会計分」資金二七万二二八六円を同月三〇日までに原告に返還するよう催告した。
8 よって、原告は、被告に対し、「支部独自会計分」資金二七万二二八六円又はこれと同額の損害賠償金及びこれに対する支払期日後の昭和五九年五月三一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 1は認める。
2 2は、認める。
3 3は、そのうち被告が「支部独自会計分」資金の担当者として、これを保管していたこと、昭和五八年一〇月二七日現在、右資金が二七万二二八六円であったことは認め、その余は否認する。
右資金の担当は、原告の機関としての支部の執行業務の一部ではない。原告は、全逓の機関としての逓病支部執行委員に就任したことによって「支部独自会計分」資金を担当することとなったものではなく、昭和五六年六月一日からいわゆる権利能力なき社団としての逓病支部固有の任務として「支部独自会計分」資金を担当していたのである。
4 4は、争う。
「支部独自会計分」資金は、逓病支部が、全逓の規約・方針とは無関係に、独自の立場で固有の財産として形成し、独自のルールで管理・費消してきた資金であり、いわゆる権利能力なき社団である逓病支部の固有の財産であるか、支部の組合員の共有又は合有に属する財産であって、全逓の財産ではない。
すなわち、
(一) 「支部独自会計分」資金は、次のとおり、逓病支部が、独自の立場で固有の財産として形成したものである。
(1) 逓病支部は、昭和二四年ころから、当時の東京逓信病院の地下において組合員のために物品を販売する店舗を設け(後には、第三者に運営を委託した。)、その収益を組合員のための福利厚生のため、支部財政とは別の会計として利用してきた。これが、「支部独自会計分」資金の始まりである。
(2) 原告は、昭和四一年からいわゆる財政の一元化を実施した。これは、従前、組合費は、支部から一定額を上納するほかは、支部が独自にその活動費に充てていたものを、全額地区に上納し、地区大会で決定された予算にしたがって支部に配付されることとなったものであるが、新年度から新しく徴収した組合費についてのものであって、それ以前の支部の財産についてなんら関係しないものであった。逓病支部は、右財政の一元化の際に支部に残っていた財産を「支部独自会計分」資金に組み入れた。
(3) 逓病支部は、昭和四一年一二月九日、東京労金に、加入し、支部名義の団体契約を締結し、出資金一〇万円を支部費から支払った。その後、支部の労金担当者は、支部の組合員の労金からの借入手続や返済の入金を私的時間に代行してきた。そこで、これら事務処理の手数料や右出資金の配当金が労金から逓病支部に支払われていた。また、昭和四六年に勤労者財産形成促進法が施行されてからは、いわゆる財形積立に関する手数料も逓病支部に支払われていた(この手数料は、いずれかの時期から東京中部地区本部(以下単に「中部地区」という。)を経由するようになった。)。逓病支部においては、これらの資金も「支部独自会計分」資金に組み入れてきた。
(4) 逓病支部においては、中央本部や中部地区本部から委託された物品の販売のほかに独自に海産物等の物品販売を行い、その収益を「支部独自会計分」資金に組み入れてきた。
(二) 逓病支部においては、「支部独自会計分」資金は支部費とは別個に保管・管理され、その担当者も基本的には支部執行委員のなかから決められていたが、一年ずつ任期の決まっている他の担当とは異なり、その任期は決まっていなかった。
そして、「支部独自会計分」資金は、支部組合員の福利厚生、支部の財産購入のほか、支部費では支出できない交際費など、極めて限定した範囲で、支部独自の活動を有効なものにするため支出されてきており、支出は、少額の場合には支部三役の相談で行われるなど、執行委員会の議決を必ず要するという扱いにされておらず、支部大会等にも報告されていなかった。
また、逓病支部の「支部独自会計分」資金について、上部機関の会計監査がされたことがないのはもとより、上部機関が具体的指導や介入を行ったこともなく、逓病支部も、上部機関に報告をしたこともない。そして、中部地区本部の役員も、中部地区本部が介入できる権限がないことを認識していた。
(三) 逓病支部は、病院という郵政事業のなかでは性質の異なる業務に従事する者を組合員とし、しかも、組合員中に女性が多く、原告の組織上特殊な支部であって、中央本部、東京地方本部(後の中部地区本部)からは独立して独自の活動を継続してきた。
そして、支部独自の規約を有してはいないが、全逓信労働組合東京中部地区規約の第五節支部の部分を自らの規約とし、支部を代表する者として支部長を置き、支部の最高議決機関として支部大会、これに次ぐ議決機関として支部委員会、執行機関として支部執行委員会をそれぞれ有し、支部としての組合活動を行い、対外的にも、支部として、労金に加入し、財物を購入するなどの財産上、経済上の活動を継続しており、いわゆる権利能力なき社団として、「支部独自会計分」資金の帰属主体となりうるものである。
5 5及び7は認め、6は争う。
三 抗弁
1 逓病支部正常化委員会(以下「正常化委」という。)は、昭和五八年一二月二四日、その代表幹事会で「支部独自会計分」資金を支部組合員に一人一一〇〇円ずつ分配する旨決定し、被告は、右決定に従い、同月二六日からこれを支部組合員に分配した(逓病支部組合員二四五名中一六八名が受領済みである。)。正常化委による分配の決定及びそれにしたがっての分配は、以下の事情のもとでは、「支部独自会計分」資金を正当に使用したものであって、もはや、被告にはこれを原告に返還すべき義務はない。
(一) 昭和五八年二月一七日及び一八日に開催された、全逓の中央委員会は、日本社会党の選挙資金として組合員一人あたり一〇〇〇円の臨時組合費を徴収することを決定した。そして、原告は、昭和五八年七月六日、下部機関に「全逓第八〇回中央委員会決定に基づく組合費の臨時徴収の未納者に対する完納にむけた対処方針について」(全逓企第一八四号)と題する指令(以下「企第一八四号」という。)を発した。企第一八四号は、右臨時組合費未納者に対し家庭訪問、督促状の発送等あらゆる手段を用いて完納にむけて取り組むこと、徴収の指導を行わない支部執行委員会の執行権停止、未納組合員に対する権利停止等の措置をとることを指示するものであった。
なお、このような臨時組合費の徴収が、憲法の保障する組合員の思想信条の自由を侵害するもので許されないことは明らかである。
(二) 逓病支部執行委員会は、右臨時組合費を支部の全組合員から徴収し納入した上で、昭和五八年八月一一日、企第一八四号の撤回等を求める意見書を中央本部宛に提出し、同月三一日、企第一八四号とそれに基づく制裁の撤回要請署名に取り組むことを決定した(この企第一八四号とそれに基づく制裁の撤回要請については、支部長ほか一八四名という支部組合員の過半数の署名を集めて、同年一〇月一二日、中央本部に提出された。)。逓病支部のこのような批判活動は、組合民主主義上当然認められるべきものである。しかるに、原告は、昭和五八年一〇月二四日及び二五日に開催された中央委員会において、逓病支部支部長有賀輝男、副支部長の被告及び書記長宮地さかえの三名に対する権利停止を決定し、更に、同月二七日、逓病支部の執行権を停止する、その執行権は当分の間東京中部地区執行委員会が代行せよ、逓病支部の右の対応に批判的であった五名の執行委員のみその執行義務を遂行せよとの旨の指令を発した。
しかし、右の権利停止及び執行権停止は、逓病支部組合員の圧倒的支持のもとに選出され活動し、同年一〇月二九日から投票の行われる支部役員選挙で再選されることが明らかであった支部三役を、支部組合員の意向を無視し、その意思に基づく執行部の選出の機会さえ奪って、何らの根拠ある理由に基づかずに排除するもので、逓病支部の団結権を破壊する不法・不当なものであった。
(三) 中部地区本部は、右指令を受けて、同年一〇月二九日、南部章夫地区本部執行委員を支部長代行とする暫定執行部を発足させた。しかし、右暫定執行部は、手続的に支部組合員に選ばれたものではなく、その多数の信任を得た者も含まれてはおらず、支部の執行委員会に代替し得るものではなかった。そればかりか、その行動も、例えば、処分撤回を要求する集会の開催を拒否し、支部定期大会を開催せず、労働条件に関する組合員の諸要求をまともに取りあげないなど、支部組合員の要求を実現する機関とはとうていいえないものであった。
そこで、支部組合員の間から、真に組合員の意向を反映する主体となる機関が必要であるとの声が強まり、同年一一月一七日、正常化委が発足した。正常化委には、組合員を代表する代表幹事一一名が置かれたが、そのうちの六名の従来の執行委員(支部三役及び排除された執行委員三名、従来の執行委員の過半数に当たる。)が含まれていた。正常化委の目的は原告の不当な処分によって破壊された逓病支部の団結を回復することにあり、原告の中央本部、中部地区本部への要請活動等を行ったが、職場の要求を集約し、実現していくうえでも、当時の支部における唯一の存在であって、昭和五九年に入ってからも支部の要求をまとめていく役割を果たした。
このように、正常化委は、その組織、目的、活動内容から、当時の逓病支部における組合員を代表する唯一の機関であった。
(四) 右のとおり、正常化委は、当時の逓病支部における組合員を代表する唯一の機関であったこと、「支部独自会計分」資金を組合員に平等分配するのも正当な利用法の一であること、従来も、支部執行委員の多数でその使用を決めていたところ、正常化委の代表幹事中には従来の支部執行委員の過半数である六名が含まれており、これらの者はその使用を決定する権限を有していたこと、支部組合員の約七割がの分配金を受領していることに照らすと、正常化委が「支部独自会計分」資金を組合員に分配する旨決定し、これにしたがって分配を行ったことは、その正当な利用である。
2 仮に、右分配によって、被告の返還義務が消滅していないとしても、1記載の事情のもとでは、支部組合員の利益を守るという目的で、支部組合員の正当な意思の反映として、「支部独自会計分」資金の分配を行った被告に、その返還を求めることは、著しく信義に反することであって、権利の濫用として許されない。
四 抗弁に対する否認
いずれも争う。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因1、2、5及び7は当事者間に争いがない。
二 そこで、まず「支部独自会計分」資金の帰属について判断する。
1 (証拠略)によると次の事実を認めることができる。
(一) 全逓は、郵政職員本務者等を組合員とし、組合員の労働条件の維持改善、組合員の共同福利の増進、組合員の社会的地位の向上、郵政事業の民主化等の実現を目的とする労働組合である。そして、組合組織の整備強化に関すること、福利厚生に関することなど組合の目的達成に必要な事業を行うものとしている。
全逓は、中央本部、地方本部、地区本部及び支部という組織で構成されている。地方本部は、地方郵政局担当地域毎に、地区本部は原則として府県毎に(東京都及び北海道には地域を分割して、その地域毎に)、それぞれ設置される議決執行機関であって、東京都には、東京地方本部があり、その下に中部地区本部など五つの地区本部が設置されている。支部は、議決執行機関であるが、地区本部でその設置を決めることとされている。
全逓の組合員となるには、加入の申込が中央執行委員会で許可されることが必要とされている。
(二) 全逓の下部組織は、全逓信労働組合規約に反しない限り自主的に規約を設けることができるとされ、中部地区は独自の規約を設けている。中部地区の規約によって、昭和五四年八月二二日現在で逓病支部など一六の支部を設置されているが、この支部の設置は地区本部執行委員会が変更することができるものとされている。
この中部地区の規約によると、地区には、議決機関として地区大会、地区委員会、支部大会及び支部委員会を、執行機関として地区本部執行委員会及び支部執行委員会を、役員として地区本部に執行委員長、副執行委員長、書記長各一名、執行委員六名(昭和五四年八月二二日現在、その後四名に減員)などを、支部に支部長、副支部長、支部書記長各一名のほか支部の組合員数に応じて定まる数名の支部執行委員などを、それぞれ置くこととされている。そして、支部執行委員会は、全逓の上部機関及び支部大会、支部委員会の議決を執行し又は緊急事項を処理する機関であり、支部長は支部を代表して支部組合業務を統括し、副支部長は支部長を助け又は代理し、支部書記長は支部長を助け支部書記局業務を掌り、支部執行委員は支部組合業務を分掌することがその任務とされている。
逓病支部は、右の中部地区規約によって設置された支部の一つであって、東京逓信病院に勤務する組合員で構成されている。逓病支部は、独自の規約を持っていない。
(三) 全逓の経費は、組合費、寄付金その他で充てることとされ、組合費の額は全国大会で決定され、毎月各支部で徴収したものを支部の会計責任者から中央本部に納入することとされている。そして、全国大会で決定された予算に従って、各下部機関にその活動のための経費が配付され、支部には、地区大会で決定された予算にしたがって支部費が配付される。組合費(準組合費、福祉事業団組合費及び特別組合費を含む。)以外の収入金についても組合費の取扱いを準用することとされている。
もっとも、従前は、各支部において徴収した組合費のうちの一定額を上部機関の分としてこれに納入するほかは、各支部においてその使途を決定し、組合活動に支弁してきた。しかし、昭和四一年いわゆる財政の一元化を行い、上記のような取扱いに変更された。
2 右の認定事実によると、逓病支部は、独自の規約を持たず、支部の存廃、組合員の範囲、誰を組合員とするのか等の基本的事項も自ら決定することはできず、活動の費用も基本的には全逓から配付される支部費によっているというのであるから、全逓の構成部分としての一下部機関にすぎず、独自の社団としての労働組合ということはできない。
ところで、(人証略)及び被告本人尋問の結果によると、逓病支部は、主として郵便関係の職場において結成されている支部とは、職場の職務内容が異なり、また組合員中に女性の占める割合が高いという特殊性があり、育児室の開設、看護婦の夜勤制限の導入、東京逓信病院移転の際の看護体制の合理化反対等、その職場の固有の問題について東京逓信病院当局と職場交渉を行うなどの独自の活動もしていたことが認められる。しかし、右例示した逓病支部が独自に取り上げたという問題も、前1(一)認定の全逓の目的に合致するものであり、全逓の組合活動の一貫と理解することができ(現に、被告本人尋問の結果によると、東京逓信病院移転の際の看護体制の合理化の問題については、全逓本部と郵政省間ででも交渉が行われ、全逓全体の問題としても取り上げられたことが認められる。)る。また、多くの職場を抱える労働組合が、単一の組織であっても、各職場固有の問題についてはその職場において結成されている下部機関に交渉を委ねることは、通常生ずることである(<人証略>)によると、全逓においても、右の趣旨で支部が職場交渉を行うことを重視していたことが認められる。)。したがって、右の事情も、前述の判断を左右するに足りる事情とはいえない。
また、(人証略)によると、逓病支部は、昭和四〇年一二月九日、東京労金に逓病支部として出資し、その会員になったことが認められる。しかし、法人のその他の社団の一構成部分にすぎない組織も、その名において対外的活動を行うことは社会的な事実として必ずしも稀ではないから、右の事情もいまだ前述の判断を左右するに足りるものではない。
3 右にみたとおり、逓病支部は、全逓の下部機関であるから、逓病支部が全逓の目的達成、事業遂行のために取得した財産は、内部的には、それが逓病支部における活動のためにのみ用いられるといった限定が付されていることはあっても、特段の事情のない限り全逓に帰属するものと解すべきである。
4(一) ところで、(証拠略)によると、「支部独自会計分」資金は、次のような金員によって形成されているものであることが認められる。
すなわち
(1) 逓病支部では、昭和二四年ころから、東京逓信病院の地下に売店を設け支部の組合員らに物品を販売し、後にはその運営を第三者に委託していたが、その収益を、通常の支部費とは別に管理し、海の家を借りてこれを支部の組合員の利用に供したり、支部の組合員に短期間貸し付け等に用いてきた。この貸付金が昭和五〇年代中ごろには、余り利用されなくなったため、これを「支部独自会計分」資金に組み入れた。
(2) 前認定のとおり、昭和四一年にいわゆる財政の一元化がされる以前は、組合費は、上部機関に納入される一定額以外の支部費は、各支部において予算を立て、各支部の組合活動に用いていた。逓病支部においては、毎年若干の剰余金が生じており、これを翌年度の予算の一部に組み込んでいたが、右財政の一元化によって、その後の支部費は上部機関から配付され、そのうちの活動費についてはその剰余金もこれを返還することとなったが、従前の剰余金については特に定められなかったので、これを「支部独自会計分」資金に編入することとした。また、右財政の一元化後に支部に配付された支部費のうち活動費以外のもの(調査研究費、決議機関費)については、剰余金の返還は求められていなかった。そこで、調査研究費や決議機関費に剰余金が生じた場合には「支部独自会計分」資金に組み入れられた(昭和五五年一一月二日には、調査研究費の残金及びその利息四万四六四三円が組み入れられている。なお、証人有賀輝男の証言中には、財政一元化による予算が残って「支部独自会計分」資金に組み入れられたことは全くない旨の部分があるが、<証拠略>に照らし採用しない。)
(3) また、逓病支部は、昭和四〇年一二月九日、東京労金に加入し、支部費中から出資金を(九万円か一〇万円程度)を支出し、支部役員中から労金事務の担当者を決め、同人が、支部の組合員が労金から貸付を受ける際などにその事務を取り扱った。右出資金に対する配当金や労金事務取扱手数料等は、直接支部に送金され、これが「支部独自会計分」資金に入金された。なお、労金への出資金はその後増額されたが、増額分は、この当初の出資金に対する配当金等の中から支出された。
(4) 更に、東京労金から支払われるいわゆる財形貯蓄の事務取扱手数料が、中部地区から預金残高に応じて各支部に配付されており、中部地区は、これを財形事務担当者の慰労、事務費、促進費等に使用するよう指示していたが、逓病支部ではこれを「支部独自会計分」資金に組み入れていた。
(5) 全逓共済生協から、共済業務委託費及び共済加入促進費が、共済関係に使用するようにとの指示を付して各支部に送金されていたが、逓病支部ではこれも「支部独自会計分」資金に組み入れていた。
(6) 逓病支部では、上部機関から支部の組合員らに販売することを委託された物品の販売のほか、支部独自にも物品の販売を行っていたが、これらの収益金も「支部独自会計分」資金に組み入れられ、その他、いわゆるカンパ、祝儀金等がこれに組み入れられていた。
(二) また、(証拠略)によると、「支部独自会計分」資金は、支部執行委員会において支部役員中からその保管担当者を選任し、支部執行委員会の決議によって(少額の場合には、支部役員の間又は支部三役間の話し合いという決定方法によって)、(1)役員会、役員学習会及び支部委員会の費用、婦人部大会費補助等(2)印刷機、コピー機、組合事務室用ベッド等支部の機械、備品の購入、(3)役員の慰労会費、忘年会、新年会等の補助、(4)共済、労金事務のための交通費、(5)交際費、などに支出されてきた。そして、この収支は、上部機関にも支部大会にも報告されず、会計監査を受けることもなかった。
(三) 右の認定事実によると、「支部独自会計分」資金は、支部の調査研究費として配付されたものの残金、いわゆる財形貯金の事務取扱費あるいは共済の業務委託費・加入促進費として配付されたものなど、支部が独自に形成したとはいえないものを含み、その余のものも、いずれも、全逓の組合員の協同福利の増進の実現という目的にかない、福利厚生に関することという全逓の行う事業のなかに位置づけることのできる活動によって形成されたものということができる。そして、「支部独自会計分」資金の使途も、全逓の組合活動のための支出((二)(1)、(2)及び(3))や、上部機関からの指示に従った支出((3)及び(4))であって、いずれも全逓の下部機関としての活動のために使われてきたものということができる。
したがって、「支部独自会計分」資金は、原告に帰属するものというべきである。
(四) なお、(人証略)には、労金への出資金は逓病支部のものであって、その配当金も支部のものである旨の部分があり、被告本人尋問の結果中には、昭和五九年一月ころ、当時逓病支部の暫定執行部の南部委員長(中部地区の執行委員)は、「支部独自会計分」資金は、逓病支部組合員のものであるから中部地区は助言することはできてもとやかく言う権限はない旨述べたとの部分がある。
しかし、右認定のとおり、逓病支部の労金への出資金は、当初は支部費から支出されているところ、いわゆる財政一元化前においても、支部は全逓の下部機関であって、それが独立した労働組合でもあったことを認めるに足りる証拠はないから、組合員の納付した組合費は、全逓に帰属するものであり、単にその支部への配分及びその使途に対する監督のあり方が異なっていたにすぎず、支部費も全逓に帰属するものであったと解される。そうするとそれに対する配当金も全逓に帰属するものであり、そして、その後の出資金も、当初の出資金に対する配当金から出資されたものであるから、これも全逓に帰属するものと解される。
(人証略)中の右部分、被告本人尋問の結果中の南部中部地区執行委員の発言は、いずれも法的な帰属について述べたものではなく、全逓の内部において、右出資金、あるいは「支部独自会計分」資金は逓病支部のためにのみ用いられるべきであるとの事実上の制約、ないしは、認識があったことを表すものにすぎないと解することができ、前述の判断を左右するに足りない。
また、被告は、「支部独自会計分」資金について、逓病支部がその存在及び使途を上部機関に報告していないし、全逓が会計監査を行っていないことを、これが全逓に帰属するものではないことの一事情として主張する。しかし、前認定のとおり「支部独自会計」については支部大会にも報告されていないのであって、このことに、ある組織に帰属する財産について、その下部機関に一定部分の使用、収益、処分の一切を委ね、これについて何らの監査を行わないことは、当該組織における財産管理の一つのありかたであることを勘案すると、被告の主張する右事情も「支部独自会計分」資金の帰属に関する判断を左右するものではない。
三1 被告が、「支部独自会計分」資金の担当者としてこれを保管していたこと、昭和五八年一〇月二七日現在の右資金が二七万二二八六円であったことは当事者間に争いがない。
2 (証拠略)によると、被告は、「支部独自会計分」資金の大部分を全逓東京逓病支部代表者田中由紀子名義で郵便貯金し、その余は現金で、他の金とは区別して保管していたが、昭和五八年一二月一九日、右郵便貯金を解約し、右現金と併せて保管したうえ、同月二六日から二八日までの間に、一六八名の逓病支部組合員に一人一一〇〇円ずつ分配し、更に分配に使用する封筒代として四八〇円を支出したため、現在保管している「支部独自会計分」資金は八万七〇〇六円であることが認められる。
3 また、「支部独自会計分」資金の担当者は、支部執行委員会において、支部役員中から選任されていたことは、前認定のとおりであり、被告本人尋問の結果によると、被告は、昭和五六年六月一日、当時逓病支部の副支部長であったが、「支部独自会計分」資金の前担当者が退職することとなったため、後任の「支部独自会計分」資金の担当者に選任されたことを認めることができる。
4 前認定説示のとおり、「支部独自会計分」資金は原告に帰属し、原告の機関としての逓病支部の組合活動によって形成され、その活動のために支出されてきたものであり、被告がこれの保管、支出等を担当することは、原告の機関である逓病支部の役員としての任務の一であるから、前認定の中部地区の規約に定められた支部役員の職務に照らすと、原告との(準)委任に類する関係に基づくものと解される。そして、被告が、原告の組合員の地位を失ったとき(したがって、逓病支部の役員の地位を失ったとき)、右の関係の終了に基づき、「支部独自会計分」資金を原告に返還する義務を有しており、その返還が不能のときはこれに代り同額の損害を賠償する義務を有していたと解される。
四1 そこで、抗弁1について判断する。
(証拠略)によると、正常化委は、全逓の規約に根拠を置く機関ではなく、逓病支部の一部の組合員によって結成された組織であることが認められるから、正常化委ないしはその代表幹事会(代表幹事会が正常化委においてどのような権限を有していたの等を定めた規約が存したことを認めるに足りる証拠もない。)に「支部独自会計分」資金の支出を決定する権限を有しないことは明らかである。このことは、正常化委に参加した者が逓病支部の組合員の過半数を占めていても、また、その代表幹事中に逓病支部の役員の過半数を含んでいたとしても何ら変わることはない。したがって、抗弁1は主張自体理由がない。
2 次に抗弁2について判断する。
仮に、被告主張のとおり、昭和五八年一二月当時の逓病支部の執行部が、逓病支部の組合員を正当に代表するものではなく、そのような事態が生じたのが専ら原告の責に帰すべき事由によるものであるとしても、右認定説示のとおり、「支部独自会計分」資金は原告に帰属するものであること、逓病支部の組合員を代表する執行委員会の選出が今後まったく不可能となったという事情や、その当時「支部独自会計分」資金を緊急に処分しなければならない事情があったことを窺わせる何らの証拠もないことを勘案すると、正常化委の代表幹事会なる何らの権限もない者の集まりが「支部独自会計分」資金の分配を決定し、被告がこれにしたがって分配を行ったことが正当であるとか、もっともなことであるとかはとうてい解することはできない。したがって、原告が、被告にその返還を求めることが、信義則に反するとも、権利の濫用であるとも認められない。
五 以上の次第で、被告は原告に対し、「支部独自会計分」資金を返還する義務を有しているところ、右三2認定の事実によると、被告は「支部独自会計分」資金を他の金銭とは区別し、価値的には特定のものとして保管していたということができるところ、そのうち一八万五二八〇円費消したのであるから、その部分については返還が不能となり、それに代り同額の損害を賠償する責を負う。
よって、原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、仮執行宣言について同法一九六条にそれぞれ従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 水上敏)