東京地方裁判所 昭和60年(特わ)1560号 判決 1985年9月30日
本籍
東京都品川区北品川二丁目九番地
住居
同都同区北品川二丁目四番二一号
会社役員
大橋誠
昭和一〇年二月六日生
右の者に対する相続税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官櫻井浩出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
一、被告人を懲役一〇月及び罰金一〇〇〇万円に処する。
二、右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
三、この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都品川区北品川二丁目四番二一号に居住し、呉服販売業を営む者であるが、昭和五七年一二月二日に死亡した実母成子の財産を他の相続人と共同相続したが、協議により、家業を継ぐべき被告人がその大部分を取得することとしていたところ、知人の梅田勝治から紹介された分離前の相被告人杦平眞一、同中川博己の両名から相続税を少なく済ませることができるとして同人らに相続税の申告手続を任せるよう勧められ、同人らにその手続を依頼し、その後申告に要する書類を準備・作成する過程において、右杦平及び中川と共謀の上、架空の債務及び保証債務を計上して課税価格を減少させる方法により被告人の相続税を免れようと企て、昭和五八年六月二日、同都港区高輪三丁目一三番二二号所在の所轄品川税務署において、同税務署長に対し、被相続人大橋成子の死亡により同女の財産を相続した相続人全員分の正規の相続税課税価格は二億二三一八万九〇〇〇円で、このうち被告人の正規の課税価格は一億八五二四万六〇〇〇円であった(別紙(一)相続財産の内訳及び別紙(二)脱税額計算書参照)のにかかわらず、右成子には右中川に対する七〇〇〇万円の債務と合資会社常世田商会に対する九五〇〇万円の保証債務があり、右成子の相続人である被告人において負担すべきこととなったので、取得財産の価額からこれらを控除すると相続人全員分の価税価格は六一八八万四〇〇〇円で被告人の課税価格は二一九九万三〇〇〇円となり、これに対する被告人の相続税額は一四四万七二〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書(昭和六〇年押第九一一号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により被告人の正規の相続税額五〇八〇万円と右申告税額との差額四九三五万二八〇〇円(別紙(二)脱税額計算書参照)を免れたものである。
(証拠の標目)
一、被告人の当公判廷における供述
一、被告人の検察官に対する供述調書六通
一、分離前の相被告人杦平眞一及び同中川博己の当公判廷における各供述
一、杦平眞一(昭和六〇年五月二〇日付、同月二二日付、同月二四日付、同月二五日付)、中川博己(昭和六〇年五月一五日付、同月一六日付、同月一八日付、同月二〇日付、同月二二日付、同月二六日付)、梅田勝治(二通)、永森厚、岸忠夫、井上薫、大橋修、小林玲子及び大橋優子の検察官に対する各供述調書
一、収税官吏作成の次の各調査書
1 保証債務調査書
2 手形借入金調査書
3 土地、家屋調査書
4 借地権調査書
5 預貯金調査書
6 土地、家屋(補正)調査書
一、押収してある相続税の申告書一袋(昭和六〇年押第九一一号の1)、相続税の申告書添付資料(債務承継承諾書写等)一袋(同押号の2)及び相続税の申告書添付資料(戸籍謄本等)一袋(同押号の3)
(法令の適用)
一 罰条
刑法六〇条、相続税法六八条一、二項
二 刑種の選択
懲役刑及び罰金刑の併科
三 労役場留置
刑法一八条
四 刑の執行猶予
刑法二五条一項
(量刑の事情)
被告人は、住居地において家業の呉服販売業を営む者であるが、昭和五七年一二月二日に死亡した実母成子の財産を実父修、妹小林玲子及び同大橋優子と共同相続し、その大部分は、相続人間の協議により、長男として家業を継いでいた被告人において取得することになったが、知人の永森厚や梅田勝治などから、同和関係の人に頼めば税金を安くすることができるので一度会って相談してみればいい、と勧められ、その後右梅田の紹介で会った杦平眞一、中川博己の両名からも、同人らが全国地域改善対策連合会という同和団体に所属しており、税金の申告手続を任せてくれれば、税務署に顔を利かせて税金を少なく済ませることができるので任せるよう勧められて、同人らに同手続を依頼したことを切っ掛けに、杦平及び中川と共謀の上、被告人の相続税を免れようと企て、本件犯行に及んだものである。本件の相続税のほ脱額は四九三五万二八〇〇円と高額である上、被告人は正規の相続税額の九七・一五パーセントを免れたものであるところ、その手口も、被相続人に多額の債務及び保証債務(連帯保証債務)があり、被告人においてこれを負担することとなったように仮装して相続財産の課税価格を圧縮したというもので、虚偽の金銭借用証書や遺産分轄協議書等を整え、また、同和団体の名前を背景に税務署の係官に説明するなどしており、犯行の結果、手段において、犯情は悪質である。
しかし、前記のとおり、本件は、杦平、中川からの被告人に対する言葉巧みな働きかけに端を発しており、被告人は、当初は、本件脱税の手口の詳細について明確に認識することなく杦平、中川に申告手続を任せたものであり、申告の直前になって同人らから架空債務の計上という具体的な手段によることを示されたものの、すでに同人らに申告手続を依頼していたため、その計画を中止することができず、本件犯行に至ったものであると認められ、したがって、被告人としては、杦平、中川らの犯行による謝礼金稼ぎに利用された面もなくはないこと、本件犯行における具体的な手口の考案や実行の大部分は杦平、中川が行い、被告人は、謝礼金として杦平、中川、梅田らに対し本件脱税額の四割以上にあたる合計二一四五万円余を支払っていること、被告人は、捜査、公判を通じて犯行の事実を認め、修正申告の上、延納許可を受けて今後の納付を予定するなど、反省悔悟していること、被告人には昭和四六年に業務上過失傷害罪により罰金刑に処せられた前科があるのみで、本件に至るまでは犯罪とは無関係な一般社会人として生活してきたものであることなど有利に斟酌すべき事情もあるので、これらを総合勘案し、主文のとおり量刑する。
(求刑 懲役一〇月及び罰金一五〇〇万円)
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 石山容示 裁判官 鈴木浩美)
別紙(一) 相続財産の内訳
昭和57年12月2日
<省略>
別紙(二) 脱税額計算書
<省略>