大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)92号 判決 1988年10月20日

東京都港区赤坂六丁目一九番三三号

原告

阿部公照

右訴訟代理人弁護士

山本榮則

草間孝男

前田知道

魚住裕一郎

服部秀一

右訴訟復代理人弁護士

古賀政治

東京都港区西麻布三丁目三番五号

被告

麻布税務署長

宮島義忠

右指定代理人

田口紀子

山内敦夫

藤本和昭

山口新平

鈴木正孝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年二月一八日付けで原告の昭和五三年九月二四日相続開始に係る相続税についてした更正のうち課税価格七八六九万一〇〇〇万円、納付すべき税額二六五一万八五〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも昭和五九年三月一四日付けの再更正及び過少申告加算税賦課決定により減額された後のもの)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五三年九月二四日死亡した阿部義次(以下「被相続人」という。)の共同相続人の一人であり、右死亡に伴う相続(以下「本件相続という。)に係る原告の相続税についての申告、更正及び不服申立ての経緯は、別表一記載のとおりである。

2  しかし、別表一記載の昭和五七年二月一八日付けの更正(ただし、同表記載の昭和五九年三月一四日付けの再更正により減額された後のもの。以下「本件更正」という。)は、課税価格及び納付すべき税額を過大に認定した違法があり、また、本件更正を前提とした本件更正と同日付けの同表記載の過少申告加算税賦課決定(ただし、右再更正と同日付けの同表記載の過少申告加算税賦課決定により減額された後のもの。以下「本件決定という。)も違法である。

よつて、原告は、本件更正のうち課税価格及び納付すべき税額が別表一記載の修正申告(以下「本件申告」という。)を超える部分及び本件決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は争う。

三  被告の主張

1  本件相続

本件相続の相続人及びその法定相続分は、左記のとおりである。

(相続人) (被相続人との続柄) (法定相続分)

阿部つよ 妻 三分の一

阿部公照 三男 二一分の四

阿部泰子 長女 二一分の四

阿部好章 四男 二一分の四

末永昌子 女(非嫡出子) 二一分の二

2  各相続人の課税価格の合計額

一 土地

(1) 本件土地

本件土地(本件相続開始時東京都港区赤坂六丁目一九一八番宅地二三〇六・〇八平方メートルであつて、本件相続開始後同所一九一八番一宅地一五〇九・〇九平方メートル〔以下「一九一八番一の土地」という。〕及び同所一九一八番二宅地七九六・九九平方メートル〔以下「一九一八番二の土地」という。〕の二筆に分筆された土地を指す。以下同じ)は、被相続人の所有に属したところ、別紙図面記載のとおり、一八二四・五七平方メートルの部分(以下「甲土地」とい。なお甲土地からその一部で同図面の点線で区分された下側三一五・四九平方メートルの部分〔以下「A土地」という。〕を除いたものが、一九一八番一の土地である。)と、四八一・五〇平方メートルの部分(以下「乙土地」という。なお、乙土地とA土地とを合せたものが、一九一八番二の土地である。)とに区分されている。甲土地のうちA土地は本件建物(一九一八番一の土地上に存在する未登記建物を指す。以下同じ。)の庭園として利用されており、甲土地は全体として本件建物の敷地であつて、被相続人の自用地と認められ、また、乙土地は、被相続人が同地上に賃貸用の建物(桧坂マンション)を建築中であつたものであつて、被相続人の自用地である。

そして、甲土地及び乙土地がそれぞれ一画地とし利用されていることに基づいて評価額を算出すると、別表二記載のとおり、甲土地は三億五一二五万五一二九円、乙土地は七四四八万八〇五〇円となるから、本件土地の価額の合計は四億二五七四万三一七九円となる。

(2) その他の土地

合計一億七五二四万八九六九円

二 家屋

(1) 本件建物

本件建物は、被相続人の所有に属したところ、その価額について、本件申告では、昭和四七年の増改築によつて本体部分に付加された部分の本件相続開始時における残存価額相当額三二七万一七四五円のみが計上されているが、増改築前の本体部分の価額相当分も計上すべきである。右本体部分の評価額は、本件建物の固定資産税評価額と同額の一六五万五一〇〇円となるから、本件建物の価額は、右額に本件申告に係る額を加算した四九二万六八四五円となる。

(2) その他の家屋

合計一億一三五二万四一二一円

三 有価証券

(1) 本件株式

被相続人が代表者をしていた株式会社岩佐鉄工所(以下「訴外会社」という。)の株式二万二六六八株(以下本件株式」という。)は被相続人に帰属していたところ、その評価額は、別表三記載のとおり、三〇九一万九一五二円となる。

(2) その他の有価証券(貸付信託を含む。)

合計二三三五万二一六二円

四 家庭用動産

合計二二〇万円

五 その他の財産(預金、電話加入権、未収金、貸付金、立替金及び庭園設備)

合計六〇六九万二一四三円

六 債務

(1) 未払家賃

本件申告では、本件建物が訴外会社の所有であつて、被相続人がこれを訴外会社から賃借していたものとしてその未払家賃一七四万円(昭和五三年四月分から同年九月分まで月額各二九万円)を相続債務としていた。

しかし、本件建物は、被相続人の所有に属したものであつたから、被相続人には未払家賃債務は存在しない。

(2) その余の債務

合計二億〇九四二万〇一七七円

七 相続財産に加算される贈与財産額

合計一三六万六四〇〇円

八 課税価格の合計額

右一ないし五の合計金額から、右六の金額を差し引き、右七の金額を加算した額六億二八五五万一〇〇〇円(ただし、各相続人の課税価格につき国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満を切り捨てたものの合計額)

3  原告の課税価格

一 遺言

被相続人は、昭和五二年六月一七日、別表四記載の不動産及び動産を原告に相続させる旨の遺言(以下「本件遺言」という。)を公正証書によりした。

二 課税価格

本件遺言によれば、原告の取得財産価額は別表四記載の合計五億〇六九四万九四三二円であり(その額は原告の法定相続分により計算した取得財産価額を超える。)、原告の課税価格は、それから未分割の相続債務の額に民法の規定による原告の法定相続分の割合二一分の四を乗じた額三九八八万九五五七円を控除した四億六七〇五万九〇〇〇円(ただし、国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満を切り捨てたもの)である。

4  本件建物を相続財産と認定し、また、本件土地のうち甲土地につき、訴外会社には借地権がなく、被相続人の自用地であつたと認定した理由は、次のとおりである。

一 本件建物に関するもの

(1) 本件申告では、本件建物について、その財産の種類が「家屋」、「自用」と記載されており、原告は本件建物を相続財産であるとして申告している。

(2) 本件遺言では、本件建物を被相続人所有として、原告に相続させるとしている。

(3) 本件建物は、建築後本件相続開始時までの間、被相続人とその家族の居住の用に供されており、訴外会社の事業の用に供されたことはない。

(4) 本件建物の固定資産税は、被相続人が負担していた。

(5) 本件建物の建築後昭和五二年一二月に至るまで、被相続人と訴外会社との間で、本件建物の賃貸借契約書が作成されたことはなく、また、建築後本件相続開始時までに右両者間で実際に賃料が授受されたことはない。

(6) 本件建物は昭和四七年に増改築されたが、その工事は「阿部邸増改築工事」として施工され、代金は被相続人が負担した。

なお、訴外会社は右増改築費用の一部を、本件建物ではなく、同社所有の三義ビルの修繕費として損金に計上する会計処理をしていた。しかるに、昭和五一年に日本橋税務署職員による同社の法人税調査の結果、右修繕費が被相続人所有の本件建物に係るものであると指摘されるに至つた。しかし、その際にも、訴外会社からは本件建物が同社所有であるとか、調査結果に不服があるとかの申立ては何らされず、右調査結果に沿つて修正申告がされた。

二 本件土地に関するもの

(1) 被相続人は、昭和二六年分及び昭和二七年分の富裕税の申告において、本件土地全部を自用宅地として申告している。

(2) 本件遺言では、本件土地を本件建物と共に原告に相続させるとしている。

(3) 訴外会社の会計帳簿では、本件相続開始時以前において本件土地に係る借地権が同社の資産として計上されたことはない。

(4) 昭和五二年一二月に至るまで、被相続人と訴外会社との間で本件土地の賃貸借契約書が作成されたことはなく、また、本件相続開始時までに右両者間で実際に地代が授受されたことはない。

(5) 被相続人の各年分の確定申告書には、本件土地に係る地代収入が計上されていない。

(6) 原告の反論(後記2の七)によれば、本件建物建築の際には本件土地全部について訴外会社のために借地権が設定されたはずであるのに、本件相続開始当時被相続人により乙土地上に賃貸用建物(桧坂マンション)が建築中であつたが、訴外会社と被相続人との間で乙土地についての借地権の返還又は消滅に関する契約及びこれに伴う金銭授受が行われてはいない。

5  本件更正及び本件決定の適法性

以上に述べたところに基づいて原告の納付すべき税額を算出すると、別表五記載のとおり一億八八七二万〇五〇〇円となり、本件更正による納付すべき税額一億七七四五万一三〇〇円はその範囲内であるから、本件更正は適法であり、これを前提とする本件決定もまた適法である。

四 被告の主張に対する認否

1  被告の主張1(本件相続)の事実は認める。

2  同2(各相続人の課税価格の合計額)について

(一) 同2の一(土地)の(1)(本件土地)のうち、本件土地が被相続人の所有に属したこと、A土地が本件建物の庭園として利用されていること、乙土地上に被相続人が賃貸用の建物(桧坂マンション)を建築中であつたこと、乙土地及びA土地が被相続人の自用地であつたことは認め、その余は争う。ただし、A土地は、乙土地と共に桧坂マンションの敷地を成している。

同(2)(その他の土地)の事実は認める。

(二) 同2の二(家屋)の(1)(本件家屋)のうち、本件申告において、本件建物につき、被告主張のとおりの内容の価額が相続財産として計上されているが、増改築前の本体部分の価額相当分が計上されていないことは認め、その余は争う。本件建物は本件相続開始当時において訴外会社が所有していたものである。

同(2)(その他の家屋)の事実は認める。

(三) 同2の三(有価証券)の(1)(本件株式)のうち、被相続人が訴外会社の代表者であつたことは認め、その余は争う。原告の反論(後記(2)の七)のとおり、訴外会社は、一九一八番一の土地(甲土地からA土地を除いたもの)につき借地権(その価額は一億九二〇一万二一六二円である。)を有するが、被告主張の別表三の資産の項の相続税評価額には、右借地権の価額が加えられておらず、この点において本件株式の価額が過少に評価されている。右借地権の価額を訴外会社の資産として加算して計算すると、本件株式の価額は三七三一万一九二八円(一株当たり一六四六円)となる。

同(2)(その他の有価証券)の事実は認める。

(四) 同2の四(家庭用動産)及び五(その他の財産)の事実は認める。

(五) 同2の六(債務)の(1)(未払家賃)のうち、前段の事実は認め、後段は争う。

同(2)(その他の債務)の事実は認める。

(六) 同2の七(相続財産に加算される贈与財産の価額)の事実は認める。

(七) 同2の八は争う(ただし、計算関係は争わない。)。

3  同3(原告の課税価格)について

(一) 同3の一(遺言)の事実は認める。ただし、後記(原告の反論1)のとおり、本件建物の所有権は訴外会社に帰属していたものである。

(二) 同3の二(課税価格)は争う。

4  同4(本件建物の相続財産性等)について

(一) 同4の一(本件建物に関するもの)の(1)のうち、本件申告において、本件建物につきその財産の種類が「家屋」、「自用」と記載されていることは認め、その余の事実は否認する。

同(2)の事実は認める。

同(3)のうち、本件建物が訴外会社の事業の用に供されたことはないことは否認し、その余の事実は認める。

同(4)ないし(6)の事実は認める。

(二) 同4の二(本件土地に関するもの)の(1)ないし(6)の事実は認める。

5  同5(本件更正及び本件決定の適法性)

争う。

五 原告の反論

1  本件建物の所有権の帰属

(一) 本件申告中、本件建物に関する部分は、本件建物を相続財産として申告したものではない。原告は、本件建物が訴外会社の所有であること前提としたうえで、被相続人が昭和四七年に本件建物に対して増改築工事を施したことにより訴外会社に対して取得した必要費ないし有益費償還請求権を相続財産として計上したもので、財産の種類を「家屋」、「自用」と記載したのは右の趣旨である。

本件申告において、本件建物の価額中にその固定資産税評価額が含まれておらじ、かつ、同時に債務として本件建物の未払家賃が計上されているのは、そのためである。

(二) 本件遺言において本件建物が被相続人の所有として記載されたのは、被相続人の所有不動産が多数存在していたうえに、被相続人が当時八二歳の老齢であつたため、被相続人が錯誤に陥つたことによるものであり、同様の誤りは、鎌倉、勝田、元麻布及び軽井沢の各不動産についても存在することが後日判明した。

(三) 訴外会社は、大正八年に被相続人が工作機械の設計製作を目的として岩佐鉄工所の屋号で創業し、昭和一九年に株式会社組織となつたものであり、戦前は軍需工場として栄えていた。本件土地は被相続人が昭和一六年に取得したもので、同年本件土地上に宿舎・事務所・倉庫として建坪約一三〇坪程度の木造家屋(以下「旧建物」という。)が築造された。被相続人とその家族は、昭和二〇年三月の空襲により、それまでの深川の自宅が焼失したため、旧建物に転居したが、同年五月二五日、旧建物は戦災によつて焼失するに至つた。本件建物は、昭和二二年一〇月ころ、訴外会社の戦後復興の拠点として、旧建物の跡地に訴外会社所有の資材と費用とをもつて建築されるに至つたものであり、当時の臨時建築等制限規則による建築許可等も訴外会社の事務所兼宿舎、倉庫として訴外会社名義で得ており、固定資産課税台帳の登録名義人も訴外会社である。

(四) 本件建物は、建築当初は訴外会社の本社事務所、倉庫、寄宿舎兼社長用住宅として使用され、昭和四〇年代に入つて日本橋に訴外会社の本社ビルが建築された後も事実上の社長室として機能していたが、その後被相続人が老齢化するに伴つて専ら社長用住宅となつたものである。

昭和五二年一二月に至つて初めて訴外会社と被相続人との間で本件建物の賃貸借契約書が作成されたのは、昭和五一年の日本橋税務署職員による訴外会社の法人税調査における指導に基づき、従来の関係を明確にしたものにすぎない。

(五) 本件建物の固定資産税を被相続人が負担し、現実の家賃の授受が行われなかつたのは、本件建物の敷地の所有者が被相続人であつたこと、本件建物が社宅であつて家賃は通常より低廉であるべきであつたこと、訴外会社は被相続人のいわゆるオーナー会社であつたこと等の諸事情を考慮し、訴外会社が被相続人に支払うべき地代及び本件建物の公租公課等の立替金と被相続人が訴外会社に支払うべき家賃とを相殺する旨の合意をしていたためである。

(六) 本件建物については、少なくとも昭和二四年三月期(昭和二三年四月一日から昭和二四年三月三一日までの一年度を指す。以下同様に〇〇年三月期というときは、〇〇年三月三一日を終期とする一年度を指す。)から昭和三四年三月期までは、訴外会社の決算報告書に寮ないし岩佐寮として記載されていた。なお、右の記載中床面積の表示には変遷があるが、これは、和文タイプの活字の摩耗を原因とする誤謬である。

(七) 本件建物の昭和四七年の増改築において、「阿部邸増改築工事」なる名称が用いられたのは、工事を行つた株式会社浜田建築事務所の過誤によるものである。また、増改築工事代金を被相続人が負担したのは、右の増改築が借家人である被相続人の利便のためにされたからである。

右増改築費用についての訴外会社の会計処理(被告の主張4の一の(6)参照)は、訴外会社の法人税軽減のための措置であり、本件建物の所有権の帰属とは無関係である。

2  訴外会社の借地権の存在

(一) 被相続人は、昭和二六年分及び昭和二七年分の富裕税の申告において、本件土地を自用宅地として申告はしているが、他方本件建物については自己の財産として申告していないから、右申告は本件土地が貸宅地であることを否定したものとはいえない。

当時は借地権に対する財産価値の認識がまだ希薄な時代であつたことからすれば、被相続人が本件土地を自用宅地として申告したのは、自らそこに居住しているという単純な認識に基づくものにすぎない。

(二) 本件遺言における本件建物の記載は、被相続人の錯誤によるものであることは前述のとおりであるから、本件遺言が本件土地を本件建物と共に原告に相続させることとしているからといつて、本件土地が被相続人の自用地であることにはならない。

(三) 借地権が訴外会社の資産として計上されていないのは、権利設定の際に権利金等の対価の支払いがなかつたからである。

(四) 昭和五二年一二月に至つて初めて訴外会社と被相続人との間で本件土地の賃貸借契約書が作成されたのは、本件建物の場合と同様、昭和五一年の日本橋税務署職員による訴外会社の法人税調査における指導に基づき、従来の関係を明確にしたものにすぎない。

(五) 本件土地について地代の授受がされなかつたのは、本件建物の家賃について述べたように、被相続人と訴外会社との間で相殺の合意があつたからである。

(六) 訴外会社の決算報告書には、本件土地の地代が少なくとも昭和二九年から昭和三三年までは計上されている。

(七) 訴外会社は、昭和二二年一〇月ころ、被相続人との間において、本件建物の新築に伴い、本件土地全部について建物所有を目的とする期間の定めのない賃貸借契約を締結したところ、被相続人が桧坂マンションを建設するのに伴い、その敷地として、乙土地及びA土地(一九一八番二の土地)の借地権を被相続人に対し無償で返還したが、これは権利金等の授受がないにもかかわらずそれまで三〇年間にわたり広大な土地を友好的に利用させてもらつていた関係で、訴外会社が被相続人からの要請を断る理由がなかつたからにすぎず、借地権がなかつたからではない。したがつて、甲土地からA土地を除いた土地(一九一八番一の土地)につき訴外会社が借地権を有することは明らかである。

3  本件土地の利用区分

A土地は、乙土地上の桧坂マンションが建ぺい率及び容積率の制限を充たす上で、その敷地として不可欠の土地であるところ、土地の現況とは物理的な面だけではなく法的な用途制限も考慮すべきであるから、A土地は、それが本件建物の庭園として利用されているからといつて、本件建物の敷地とすべきではなく、乙土地と一体のものとして評価すべきものである。

六 原告の反論に対する認否

1  原告の反論1(本件建物の所有権の帰属)について

(一) 一は争う。

仮に有益費償還請求権を相続財産として計上、申告するのであれば、財産の種類は「その他の財産」のうちの「貸付金債権等」となるはずである。

なお、本件申告では、本件建物の未払家賃は債務として計上されているが、原告主張の貸宅地部分の未収地代は相続財産として計上されていない。

(二) 二は争う。

本件遺言は公正証書による遺言であり、しかも弁護士が証人として立ち合つているものである。

また、本件遺言には本件建物の実測面積と固定資産課税台帳の登録面積とが併記さおれており、被相続人は本件建物が訴外会社所有として固定資産課税台帳に登録されていることを十分承知のうえで本件建物は原告に相続させようとしたものであることが窺われる。

更に、被相続人が永年自己とその家族の住居としてきた建物の所有関係の判断を誤るとは考えられない。

なお、鎌倉の土地の所有関係の誤りとは、本件遺言作成当時売買契約の締結はあつたものの手付金の授受があつただけで残代金の支払いや所有権移転登記が未了であつたものを依然自己所有として記載したもののことであると思われ、これを誤りというのは失当である。また、本件遺言は特定の財産について相続人を指定するという形式であるから、相続財産全部を表示する必要はなく、勝田等の不動産が本件遺言に表示されていないことをもつて被相続人に錯誤があつたということはできない。

(三) 三のうち、本件建物についての臨時建築等制限規則による建築許可等が訴外会社名義で得られていること、固定資産課税台帳の登録名義人が訴外会社であることは認め、その余は争う。

旧建物が完成したのは昭和一九年ころであり、被相続人が旧建物に入居したのもそのころである。

本件建物は、被相続人が手持ちの資材を用いて建築したものである。建築許可名義が訴外会社になつているのは当時の諸種の建築制限等を免れる必要からであり、固定資産課税台帳に訴外会社が所有者として登録されたのも、建築許可名義が訴外会社であつたためにすぎない。

訴外会社の本社事務所は、個人経営時の昭和一七年から日本橋にあり、旧建物も本件建物も本社事務所等とする必要はなかつた。

(四) 四の事実は否認する。

本件建物は通常の和式家屋であり、専ら被相続人とその家族の住居として使用されてきたのであつて、訴外会社の事業の用に供されたことはない。

昭和五一年の調査における指導は、本件建物が被相続人の所有であるとの前提でされたものであるから、本件建物の賃貸借関係を明確にするようにとの指導がされるはずはない。

(五) 五の事実は否認する。

(六) 六のうち、原告主張の決算報告書(ただし、昭和三三年三月期の分を除く。)に寮ないし岩佐寮の記載があることは認め、その余は争う。

訴外会社の決算報告書に寮ないし岩佐寮とある建物は、床面積が年を経るにつれて減少しているうえ、本件建物の床面積と一致せず、本件建物付近にあつた本件建物とは別の建物を示すものと思われる。したがつて、訴外会社の決算報告書には、本件建物を訴外会社の所有する旨の記載はないといつてよい。

仮に右の寮とある建物が本件建物のことであつたとしても、これは本件建物が訴外会社名義で許可を得て建築されたため、当初の一時期だけ形式的に記載されたものと思われる。

(七) 七は争う。

2  原告の反論2(訴外会社の借地権の存在)について

(一) 一のうち、被相続人が昭和二六年分及び昭和二七年分の富裕税の申告において、本件建物を自己の財産として申告していないことは認め、その余は争う。

被相続人が本件建物が訴外会社名義の許可で建築され、固定資産課税台帳にも訴外会社が所有者として記載されていたためであると思われる。

(二) 二及び三は争う。

(三) 四の事実は否認する。

昭和五一年の調査における指導は、本件建物が被相続人の所有であるとの前提でされたものであるから、本件土地の賃貸借関係を明確にするようにとの指導がされるはずがない。

(四) 五は争う。

(五) 六は争う。

本件相続開始時までの訴外会社の決算報告書に地代の記載があるのは、昭和二九年三月期から昭和三二年三月期までと昭和三四年三月期だけであり、しかも毎年のように額が変わつており、本件土地に係るものとは認められない。

(六) 七は争う。

3  原告の反論3(本件土地の利用区分)について争う。

相続税における宅地の価額は一画地の宅地ごとに評価することになつているところ、一画地とは一筆とは限らず、現実の利用の単位となつている宅地のことである。

本件土地のうち、A土地と乙土地との境界部分は、地表面の高低差が二メートル以上あり、かつ、擁壁、塀が構築されていて、往来は物理的に不可能な状態にある。

また、桧坂マンションの建築工事、建築確認においては、A土地が同マンションの敷地とされてはいない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  被告の主張1(本件相続)の事実並びに同2(各相続人の課税価格の合計額)の一ないし三の各(2)、四、五、六の(2)及び七の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

本件の争点は、本件建物の所有権が訴外会社に属するか(原告の主張)、被相続人に属するか(被告の主張)の帰属の争いに源を発するので、まず、本件建物の所有権の帰属について判断する。

三  本件建物の所有権の帰属

1  被告の主張4の一及びこれに対応する原告の反論について

(一)  (被告の主張4の一の(1))

被告は、本件申告において、原告は本件建物を相続財産として申告していると主張する。

これに対し、原告は、本件申告中、本件建物に関する部分は、本件建物を相続財産として申告したものではなく、昭和四七年に被相続人が本件建物に対して行つた増改築工事の残存価額を必要費ないし有益費償還請求権として計上したものにすぎないと主張している(原告の反論1の一)。

そこで検討すると、本件申告において、本件家屋につき、価額三二七万一七四五円が計上され、財産の種類が「家屋」、「自用」と記載されていることは当事者間に争いがない。しかしながら、他方、右価額が昭和四七年の増改築によつて本体部分に付加された部分の保険相続開始時における残存価額相当部分の額であり、本件申告において、本件建物の増改築前の本体部分の価額相当分が計上されておらず、また、債務として本件建物の未払家賃が計上されていることも当事者間に争いがない上、右争いのない事実に成立に争いがない甲第一号証、第七号証の一、二、証人浅見良二の証言により成立が認められる甲第二七号証、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第三八号証、証人浅見良二の証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、本件申告は、相続税調査の結果本件建物の修繕費等が申告漏れになつているとする被告の指摘に基づいて行われた修正申告ではあるが、その手続きを担当した浅見良二税理士は、被告の調査に配慮しつつも、結局は本件建物が訴外会社の所有であるとする原告の意向を尊重し、これを踏えて本件申告を行つたものであることが認められる。

したがつて、本件申告中、本件建物に関する部分は、少なくとも本件建物を相続財産として申告したものと断定する資料としては充分ではなく、本件申告をもつて本件建物が被相続人の所有であることの根拠とするわけにはいかない。

(二)  (被告の主張4の一の(2))

被告は、本件遺言(公正証書による遺言)が本件建物を被相続人所有として原告に相続させるとしていることとしている旨主張し、右主張事実は当事者間に争いがなく、右事実は、訴外会社の代表者でもあつた被相続人(この点は当事者間に争いがない。)が、本件建物を訴外会社の資産ではなく、被相続人の個人資産と考えていたことを推認させる事情である。

被告は、右の本件遺言の記載は、被相続人が当時老齢であり、しかもその所有不動産が多数存在していたために本件建物の所有関係につき錯誤に陥つた(事実訴外会社が所有であるのに被相続人の所有と誤つた。)ことによるもので、同様の誤りは他の不動産についても存在すると主張し(被告の反論1の二)、原本の存在及び成立に争いがない乙第一六号証に原告本人尋問の結果を総合すれば、被相続人は本件遺言の当時八五歳で多数の不動産を所有していたこと及び本件遺言には所有不動産の全部が表示されているわけではないことなど右主張の一部に沿う事実が認められる。しかし、遺言はすべての相続財産についてされることを要するものではないから、遺言に触れられていない不動産があることをもつて直ちに遺言に錯誤があつたとする根拠とすることはできない。また、本件遺言は公正証書による遺言であり、しかも、本件建物は、後記三で述べるとおり、被相続人が建築後自己及び家族の住居として使用していたものであるから、被相続人が本件遺言に際し本件建物の所有関係を誤つたということは容易には考え難く、原告の右主張は採用することができない。

なお、原告本人尋問の結果により原本の存在及び成立が認められる甲第五、六号証によれば、本件遺言の後半年近く経過した昭和五二年一二月一日に、被相続人と訴外会社との間で、本件建物が訴外会社の所有であることを前提として、本件土地及び本件建物に関する各賃貸借契約書が作成されたことが認められ、右各賃貸借契約書の内容は、本件遺言の内容と矛盾するものであるが、後記五で述べる右各賃貸借契約書が作成された経緯並びに原本の存在及び成立に争いがない乙第四〇号証によつて認めることのできる、右各賃貸借契約書作成以前の同年九月ころに被相続人が老人性痴呆症との医師の診断を受けた事実に照らせば、右各賃貸借契約書が存在するからといつて、本件遺言に本件建物の所有関係につき錯誤があつたことを認めることはできない。

(三)  (被告の主張4の一の(3))

被告は、本件建物が建築後本件相続開始時まで被相続人とその家族の居住の用に供されていたこと及び訴外会社の事業の用に供されたことがないことを挙げているところ、右主張事実のうち、前段の事実については当事者間に争いがない。そして、右争いのない事実に前掲乙第四〇号証、原本の存在及び成立に争いがない乙第六号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第三〇号証ないし三二号証(乙第三一、三二号証の原本の存在については弁論の全趣旨により認められる。)を合せ考えれば、本件建物は、専ら被相続人とその家族の居住の用に供されていたもので、構造も通常の和式家屋であり、被相続人の性格からも従業員と同居できるとはいい難く、技術者であつた被相続人が自ら機械の製図をしたり、訴外会社の役員でもある親族が宿泊する程度のことはあつたものの、訴外会社の事業の用に供されていたといえるような利用がなされたことはなかつたことが認められ、この事実は本件建物が被相続人の所有であつたことを推認させる事情である。

なお、弁論の全趣旨及びこれにより原本の存在及び成立が認められる甲第三号証によれば、本件建物の建築に先立つて、その建築許可を求めるため、訴外会社名義で東京都に提出された臨時建築等制限規則による許可申請書には本件建物の用途が「事務所、寄宿舎、倉庫」と表示され、かつ、添付の間取り図面は「株式会社岩佐鉄工所本社事務所構築図」との標題が付された上、各室に、事務室、寄宿舎、倉庫などと記載されていることが認められるが、これは建築許可を得る便宜上そのように記載したにすぎないことは後記3の一に述べるとおりである。

原告は、本件建物は訴外会社の戦後復興の拠点として建てられたものであり、建築当初は訴外会社の本社事務所、倉庫、寄宿舎兼社長用社宅として使用され、その後も事実上の社長室として機能していたが、被相続人が老齢化するに伴つて専ら社長用社宅となつたものである旨主張し(原告の反論1の三及び四)、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一五号証の一、原本の存在及び成立に争いがない甲第四八号証の二、第四九、五〇号証の各三の各供述記載並びに証人大岩真、同須川六郎の各証言及び原告本人尋問の結果中には原告の主張に沿う部分がある。しかし、右各供述記載及び各供述は、いずれもそれ自体不自然で曖昧な点が多いのみならず、原本の存在及び成立に争いがない甲第二号証、前掲乙第三〇、三一号証に弁論の全趣旨を総合すれば、訴外会社の本社は設立以来日本橋にあつたことが認められることのほか、前掲乙第六号証、第三〇号証ないし第三二号証、第四〇号証の反対趣旨の供述記載に照らして直ちに措信することができない。この点につき、原告本人尋問の結果により成立が認められる甲第一一、一二号証によれば、昭和二〇年一二月と同年一〇月に訴外会社宛ての郵便物が本件建物の所在地宛てに配達されていることが認められるが、いずれも原告が本件建物が完成したと主張している昭和二二年一〇月より大分以前のことで、しかも終戦直後の混乱期であることからすれば、原告の右主張事実を推認させるに足るものとはいえない。また、前掲甲第一五号証、第四八号証の二、第四九、第五〇号証の各三の各供述記載並びに証人大岩真、同須川六郎の各証言及び原告本人尋問の結果中には本件建物建築前に本件土地上に存在した旧建物は訴外会社の事業の用に供されていたとの部分があるが、旧建物の利用状況は本件建物の利用状況に必ずしも結びつくものではないのみならず、右各供述記載及び各供述がそれ自体不自然で曖昧な点が多いことは右に判示したとおりであり、かえつて、原本の存在及び成立に争いがない乙第七号証によれば、旧建物についても、地方工場勤務の役員が状況の際に立ち寄つたり、戦時中空襲で焼けだされた従業員が一時的に身を寄せたことがあつた程度で、訴外会社の事業の用に供されていたといえるほどの利用状況ではなかつたことが窺われるから、右各供述記載及び各供述自体も容易に措信することができない。

(四)  (被告の主張4の一の(4))

被告は、本件建物の固定資産税を被相続人が負担していたと主張し、右主張事実は当事者間に争いがないく、右事実は本件建物が被相続人の所有であつたことを推認させる事情である。

原告は、被相続人が本件建物の固定資産税を負担していたのは、その立替金を本件土地の地代と共に訴外会社に対する本件建物の家賃債務と相殺する合意に基づくものであると主張し(原告の反論1の五)、証人須川六郎の証言及び原告本人尋問の結果中には右主張に沿う趣旨の部分がある。しかし、右各供述の裏付けとなる合意の存在を証する書面がないほか、右須川の証言は、本件建物の利用状況に関する供述部分が同人に対する質問調書である前掲乙第三〇号証の供述記載と著しく異なつていることに照らし、また、原告本人尋問の結果については、自らが経験した事実以外の憶測に基づくものと窺える部分が多くを占め、ともに信用することができず、他に右合意の存在を認めるに足りる証拠はない。

(五)  (被告の主張4の一の(5))

被告は、本件建物についての被相続人と訴外会社との賃貸借契約書が昭和五二年一二月に至つて初めて作成されたこと及び建築開始後本件相続開始時までに右両者間で実際に賃料が授受されたことはないことを挙げ、右主張事実は当事者間に争いがなく、右事実は、本件建物についての訴外会社と被相続人との間の賃貸借契約が存在せず、ひいては本件建物が被相続人の所有であつたことを推認させる事情である。

原告は、昭和五二年一二月に至つて初めて賃貸借契約書が作成されたのは、昭和五一年の日本橋税務署職員による訴外会社の法人税調査における指導に基づいて従来の関係を明確にしたものであると主張しているが(原告の反論1の四)、右主張自体、長期間賃貸借契約書の作成がされなかつたことの理由となり得るものでないのみならず、証人浅見良二の証言及び原告本人尋問の結果によれば、右の税務署職員による指導は、本件建物が被相続人の所有であるとの前提でされたもので、訴外会社を本件建物の所有者と認定したというものではないことが認められるから、右主張事実は、右契約書作成の動機としては到底組肯し難い(なお、前記二ないし四及び後記六の事情などと対比すると、右契約書の存在だけでは、本件建物が被相続人の所有であるとの後記認定を左右するには不充分である。)。

また、原告は、家賃の授受がなかつたのは本件土地の地代及び公租公課等の立替金と相殺する約定があつたからであると主張しているが(原告の反論1の五)、右合意の存在を認めるに足りる証拠がないことは、右四に判示したとおりである。

(六)  (被告の主張4の一の(6))

被告は、本件建物の昭和四七年の増改築が、「阿部邸増改築工事」として施工され、代金は被相続人が負担したこと、訴外会社が右増改築工事の費用の一部を本件建物ではなく同社所有の三義ビルの修繕費として損金に計上する処理をしていたところ、昭和五一年に日本橋税務署職員により同社の法人税調査の結果、右修繕費は被相続人の所有である本件建物に係るものであるとの指摘がされたが、その際、訴外会社は本件建物が同社所有であるとか、調査結果が不服であるとかの申立てはせず、右調査結果に沿つて修正申告を行つていることを挙げ、右主張事実は当事者間に争いがなく、右各事実は、本件建物が被相続人の所有であることを推認させる事情である。

原告は、右増改築工事に「阿部邸増改築工事」なる名称が用いられたのは工事業者の過誤によるものであると主張するが(原告の反論1の七)、右主張事実を認めるに足る証拠はない。

また、原告は、被相続人が増改築工事代金を負担したのは、増改築工事が借家人である被相続人の利便のためにされたからであると主張するが(同)、仮に原告主張のとおりであるとすれば、増改築工事の施工に先立つて、本件家屋所有者であり賃貸人である訴外会社と借家人である被相続人との間に、被相続人が増改築工事代金を負担する旨及び被相続人の負担により増加した価値部分の最終的処理方法の決定等に関する合意が存在するはずであるが、本件全証拠によるも、かかる合意のされた形跡は窺えないから、原告の右主張も失当である。

なお、原告は、右増改築費用の一部についてされた会計処理について、訴外会社の法人税軽減のための措置で、本件建物の所有権の帰属とは無関係であるとも主張するが(同)、訴外会社がその負担しなかつた増改築費用を自らの損金として計上し、法人税負担の一部を免れようと企図する場合に、仮に本件建物が訴外会社の所有であるとすれば、更に増改築工事を施工した本件建物の修繕費に計上しても目的は達しうるはずであるところ、これを本件建物ではなく、訴外会社の所有する別建物の修繕費としたのは、訴外会社が本件建物を訴外会社の所有と考えていなかつたことを窺わせるものといつてよい。

2  以上、一ないし六において、被告の主張4の一、及びこれに対応する原告の反論について検討したが、被告において本件建物が被相続人の所有に属したものであると主張する根拠のうち、一は採用できないものの、二ないし六を総合すれば、特段の事情がない限り、本件建物は被相続人の所有に属したものと認めるのが相当である。そこで、次3においてその余の原告の反論が右の特段の事情に街頭するかどうかについて検討する。

3  その余の原告の反論について

(一)  まず、原告は、本件建物の建築当時の臨時建築等制限規則等による建築許可が訴外会社名義で得られていること及び固定資産課税台帳の登録名義人が訴外会社であることを挙げており(原告の反論1の三)、右主張事実は当事者間に争いがない。

しかし、前掲乙第六号証によれば、被相続人が本件建物を建築するに際し、戦後の資材が乏しかつた時代における住宅建築制限を免れるためには建築主名義を被相続人個人ではなく、訴外会社とすることが得策であつたことから、訴外会社の名義で右許可申請を行い、許可を取得したものであることが認められ、また、右認定事実に本件建物の固定資産税を負担していたのが被相続人であることを総合すれば、固定資産課税台帳の登録名義人が訴外会社であるのも右の建築許可名義と符合させたにすぎないものと認められる。

したがつて、本件建物の建築許可名義及び固定資産課税台帳の登録名義人の記載は、本件建物を被相続人の所有に属したものであると前記2の認定を覆すものではない。

(二)  次に、原告は、本件建物は、訴外会社所有の資材を用いて建築されたものであると主張しているが(原告の反論1の三)、右主張事実に沿うかに見える次に述べる各証拠はいずれも右主張事実を支えるものではなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。すなわち、前掲甲第三号証によれば、前記の建築許可に係る許可申請書には、建築用資材は訴外会社手持ちの資材を充用するという記載があることが認められるけれども、右の建築許可申請が便宜として訴外会社名義でなされたものであることは右一に判示したとおりであるから、右の記載を直ちに信用することはできない。また、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により成立が認められる甲第九号証によれば、昭和二三年八月七日に訴外会社の水戸工場から東京の本社宛に建築材料が送付されたことが認められるが、右送付がされたのは、原告が本件建物の完成時と主張する昭和二二年一〇月より後のことであるから、本件建物の建築と関連するものであると認めることはできず、したがつて、右の建築材料送付の事実から原告の前記主張事実を推認することはできない。なお、被相続人作成名義の甲第一〇号証中には、水戸工場より送付を受けた建築材料を使用して昭和二三年四月に家屋を新築した旨の記載があるが、同号証は、証人須川六郎の証言及び原告本人尋問の結果その他本件全証拠によつてもその作成の趣旨及び経緯が明らかではなく、右の記載を直ちに信用することはできない。

(三)  更に、原告は、訴外会社の昭和二四年三月期から昭和三四年三月期までの決算報告書には本件建物が資産として計上されているとして、それを根拠に本件建物は訴外会社所有であると主張している(原告の反論1の六)。

そこで検討すると、昭和二四年三月期から昭和三二年三月期まで及び昭和三四年三月期の訴外会社の各決算報告書に寮ないし岩佐寮との記載があることは当事者間に争いがないが、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる甲第四号証の一、二、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第二八号証ないし第三七号証の各決算報告書の記載と、成立に争いがない甲第七号証の一、二の固定資産課税台帳証明書の記載と対比すると、右各決算報告書記載の建物は、その床面積が本件建物の固定資産課税台帳記載の床面積と一致しないばかりか、年度によつて必ずしも一定しないことが認められ(原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲甲第四号証の二、第二八号証に照らして信用することができない。)、むしろ、前掲乙第三二号証、四〇号証によれば、本件建物付近にあつた本件建物とは別の建物を示すものである疑いがあり、右決算報告書記載の建物が本件建物であるとは直ちには認めがたい。

4  以上によれば、その余の原告の反論も、前記2の認定を左右するに足りないから、本件建物は被相続人の所有に属したものといつて差し支えない。

四  本件土地に係る訴外会社の借地権の存否

1  原告主張の借地権とは本件建物所有のための借地権と解されるから、本件建物が被相続人所有であればその敷地である被相続人所有の本件土地に借地権が設定されることもあり得ないことになるところ、本件建物が被相続人の所有に属したものであつて、訴外会社の所有に属していたものではないことは前記三に判示したとおりであるから、原告主張の借地権は存在しないものと判断するほかはない。被告が本件土地に借地権が存在しないことの根拠として主張する被告の主張4の二の(1)ないし(6)の各事実は、いずれも当事者間に争いがないが、これは右判断と符合するものである。

しかし、右の被告の主張に対する原告の反論は、右判断を争うものであるから、次にこれにつき検討する。

2  被告の主張4の二に対する原告の反論について

(一)  原告は、被相続人が富裕税の申告において本件土地を自用宅地として申告している旨の被告主張事実(被告の主張4の二の(1))を認めながらも、他方では本件建物を自己の財産として申告していないことを理由に、右申告は本件土地が貸宅地であることを否定したものとはいえないと主張するところ(原告の反論2の一)、右申告において被相続人が本件建物を自己の財産として申告していないことは当事者間に争いがない。しかし、本件建物が便宜上訴外会社名義で建築許可を得て建築され、固定資産課税台帳にも訴外会社を所有者として記載されていることは前記三の3の一に判示したとおりであつて、本件建物が被相続人の財産として申告されていないのも右の事情によるものであると考えられるから、本件建物について右の申告がされていないからといつて、右の富裕税の申告において、本件土地を自用宅地として申告したことが本件土地が貸宅地であることを否定したものではないということにならないのは当然である。

また、原告は、当時は借地権の財産的価値の認識が希薄であつたことを前提として、被相続人が本件土地を自用宅地として申告したのは、自らそこに居住しているという認識によるものであると主張するが(同)、右事実を認めるに足る証拠はない。

(二)  本件遺言が本件土地を本件建物と共に原告に相続させるとしていること(被告の主張4の二の(2))について、原告は、本件遺言における本件建物の記載が被相続人の錯誤に基づくものである以上、これを本件土地が被相続人の自用地である根拠とすることはけいないと主張しているが(原告の反論2の二)、右の錯誤の存在が認められないことについては、既に前記三の1の二に判示したとおりである。

(三)  原告は、訴外会社の帳簿には借地権が資産として計上されていない(被告の主張4の二の(3))理由について、権利設定の際に権利金等の対価の支払いがなかつたからであると主張している(原告の反論2の三)。確かに、被相続人が本件土地の所有者であり、かつ、訴外会社の代表者でもあることは既に述べたとおりであり、また、原告主張の借地権の設定時期は本件建物が築造された戦後間もないころであることからすると、仮に借地権が設定されたとしてもその際に権利金等の借地権設定の対価の授受がないということも考えられることである。しかし、帳簿に資産として計上がないことから直ちに借地権の不存在が積極的に認定できないといえるだけのことであつて、このことが借地権は存在しないとの前記認定を覆えすに足りるものでないこともまたいうまでもない。

(四)  原告は、昭和五二年一二月に至つて初めて本件土地の賃貸借契約書が作成された(被告の主張4の二の(4))のは、昭和五一年の法人税調査における税務署職員の指導に従つて従来の関係を明確にしたにすぎないと主張している(原告の反論2の四)。しかし、右主張自体、長期間賃貸借契約書の作成がなかつたことの理由となりうるものでないのみならず、右の税務署職員による指導は本件建物が被相続人の所有であるとの前提でなされたもので、訴外会社を本件建物の所有者であると認定したものでないことは前記三の1の五に判示したとおりであるから、右主張事実は、右契約書作成の動機としては到底首肯し難く、本件に現われた他の事情と対比すると、右契約書の存在だけでは、借地権が存在しないという前記判断を左右するに不充分である。

(五)  原告は、地代の授受がなされなかつたこと(被告の主張4の二の(4))について、これを家賃等と相殺する旨の合意によるものと主張しているが(原告の反論2の五)、右合意の存在を認めるに足りる証拠がないことは、前記三の1の四に判示したとおりである。

(六)  原告は、本件土地に係る地代については、訴外会社の帳簿には少なくとも昭和二九年から昭和三三年までは計上されていると主張し(原告の反論二の(6))、前掲甲第四号証の二及び三五号証ないし第三七号証によれば、昭和二九年三月期、昭和三〇年三月期、昭和三二年三月期及び昭和三四年三月期の訴外会社各の決算報告書(損益計算書)には経費として地代の記載があることが認められる。しかし、前掲甲第四号証の一、第二八号証ないし第三四甲証、第四二号証に弁論の全趣旨を総合すれば、その前後の期について地代の記載がないことが認められる上、右の記載がある分も単に「地代」とあるだけでいずれの土地についての地代かは記載上明確ではなく、毎年のように額が変わつていることからすると、本件土地に係るものとは直ちには認められない。

(七)  原告は、本件土地に係る訴外会社の賃借権の設定に関し、昭和二二年一〇月ころ、被相続人との間において、本件建物の新築に伴い、本件土地全部について建物所有を目的として期間の定めがない賃貸借契約を締結したと主張している(原告の反論2の七)。そして、証人須川六郎の証言及び原告本人尋問の結果中には、右主張の趣旨に沿う部分が存在するが、右各供述の裏付けとなる契約締結時の賃貸借契約書が存在しないほか、右各供述とも、前記三の1の四に述べたのと同様の理由によつて直ちに措信することはできず、他に原告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。

また、原告は、桧坂マンションの敷地部分の借地権はその後無償で被相続人に返還されたものであると主張し(同)、原告本人尋問の結果中には右主張に沿う部分があるが、右供述を裏付ける的確な証拠はなく、右供述を直ちに措信することはできない。

3  以上に検討したところによれば、原告の反論は、右六及び七(一部)の点以外は、もともと積極的に借地権の存在を裏付けるものではなく、しかも、右三の点を除き、その主張自体も採用し難いものである。積極的に借地権の存在を裏付ける主張と解されるのは、右六及び七(一部)の点、すなわち、地代に関する帳簿の記載と賃貸借契約締結の主張であるが、右各主張事実を認定し難いものであることはそこで述べたとおりである。したがつて、原告の反論は、本件土地につき訴外会社の借地権は存在しないとの前記判断を左右するものではない。

五  本件土地の利用区分

A土地が本件建物の庭園として利用されていることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実並びに弁論の全趣旨により成立が認められる乙第一八号証、昭和六〇年一一月一九日に甲土地と乙土地との境界付近を撮影した写真であることにつき当事者間に争いがない乙第二五号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、A土地と乙土地との地表面は、その境界線において二メートルを超える高低差を有し、かつ、擁壁、塀が構築されていて、その間を往来することは物理的に不可能な状態にあること、A土地は本件建物に付随する庭園として利用され、したがつて、甲土地が全体として本件建物の敷地を成していることが認められるところ、右事実と当事者間に争いがない、乙土地上に被相続人が桧坂マンションを建築中であつた事実を総合すれば、本件土地は、外形上も利用状況の上からも、本件建物の敷地である甲土地と桧坂マンションの敷地である乙土地とに厳然と区分され、それぞれが一画地として利用されているものと認めることができる。

原告は、土地の現況の判断に当たつては、物理的な面だけではなく法的な用途制限も考慮すべきであるとして、A土地は、乙土地上の桧坂マンションが建ぺい率及び容積率の制限を充たす上で不可欠な土地であるから、乙土地と一体のものとして評価すべきであると主張するが、被相続人が桧坂マンションの建築確認を取得するに当たつて、A土地をその敷地に含めて確認申請をしたことを認めるに足る証拠はないから原告の主張はこの点において既に失当であるのみならず、仮にA土地をその敷地に含めて建築確認を取得し、その要件である建ぺい率及び容積率の制限を充たす上で、A土地の面積を敷地面積に算入する必要があるとしても、相続税法上、相続財産となる土地の現況の評価に当たつて、かかる事情があるからといつて、前記のように、外形上も、利用状況の上でも明瞭に区分される両土地を一体のものとして評価すべきであると解することはできないから、いずれにしても、原告の主張は失当であるを免れない。

六  各相続人の課税価格の合計額

(一)  本件土地、本件建物、本件株式及び未払家賃以外の額については、前記二のとおり当事者間に争いがない。

(二)  本件土地

前記四、五によれば、本件土地は、その全部が被相続人の自用地であつたもので、それぞれ一画地である甲土地及び乙土地から成るものとして評価すべきこととなる。

右を前提とした場合に、本件土地の価額が別表二記載の計算により四億二五七四万三一七九円となることについては、原告はこれを明らかに争わないものと認める。

(三)  本件建物

前記三によれば、本件建物は被相続人の所有に属したもので、相続財産を構成する。

そして、本件建物の価額が被告の主張2の二の(1)記載の四九二万六八四五円となることについては、原告はこれを明らかに争わないものと認める。

(四)  本件株式

前記四によれば、訴外会社は、本件土地につき借地権を有しないから、訴外会社の資産に本件土地の借地権を計上すべきではない。

右を前提とした場合に、本件株式の価額が別表三記載の計算により三〇九一万九一五二円となることについては、原告はこれを明らかに争わないものと認める。

(五)  未払家賃

前記三によれば、本件建物につき被相続人に家賃債務が生ずるいわれはない。

(六)  右一ないし五によれば、各相続人の課税価格の合計額は、六億二八五五万一〇〇〇円(ただし、各相続人の課税価格につき国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満を切り捨てたものの合計額であり、その計算については原告も争つていない。)となる。

七  原告の課税価格

被告の主張3の一(本件遺言)の事実は当事者間に争いがなく、この事実と右六に述べたところを前提とすれば、原告の課税価格が被告主張のとおりの計算により、四億六七〇五万九〇〇〇円(ただし、国税通則法一一八条の1項により一〇〇〇円未満を切り捨てたもの)となることについては、原告において明らかに争わないものと認める。

八  本件更正及び本件決定の適法性

右六及び七に従つた場合の原告の納付すべき税額が別表五記載の計算により一億八八七二万〇五〇〇円となることについては、原告において明らかに争わないものと認める。

そうすると、本件更正の課税価格及び納付すべき税額は、右七の課税価格及び右の納付すべき税額の範囲内であるから、本件更正は適法であり、これを前提とする本件決定もまた適法である。

九  結論

よつて、原告の本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 石原直樹 裁判官 佐藤道明)

別表一 (課税処分の経緯)

<省略>

別表二 本件土地の評価額

(一) 甲土地の評価額

<省略>

(二) 乙土地の評価額

<省略>

別表三 本件株式の評価額

(一) 類似業種比準価額

<省略>

(二) 相続税評価額によって計算した1株当たりの純資産価額

<省略>

(三) 本件株式の評価額

<省略>

別表四 原告の取得財産価額の明細表

<省略>

別表五 原告の納付すべき相続税額

<省略>

別紙 図面(本件土地の利用区分略図)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例