東京地方裁判所 昭和61年(わ)1669号 判決 1986年10月29日
本籍
大阪府豊中市螢池南町二丁目八番地
住居
同市北緑丘二丁目一番一八―七一二号
無職
北村豪こと北村龍夫
昭和一八年三月二三日生
右の者に対する相続税法違反被告事件について、当裁判所は検察官江川功出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年六月に処する。
未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、仲吉良二とともに他人の相続税等の申告に介入して報酬を得ようとしていた者であるが、
第一 かねて東京都町田市図師町一五九七番地においてテニスクラブを経営している若林文雄から同人の実父若林懿の死亡(昭和五七年六月一七日)により同人の財産を他の相続人と共同相続したことに伴う右文雄の相続税の申告を前記仲吉良二とともに受任していたところ、右仲吉と共謀の上、右文雄の財産に関し、架空の連帯保証債務を計上して課税価格を減少させる方法により同人の相続税を免れようと企て、昭和五七年一二月一六日、同都町田市中町三丁目三番六号所在の所轄町田税務署において、同税務署長に対し、被相続人若林懿の死亡により同人の財産を相続した相続人全員分の正規の相続税課税価格は三億三四九二万七〇〇〇円で、このうち右文雄分の正規の課税価格は二億五六二〇万三〇〇〇円(別紙(1)相続財産の内訳及び別紙(2)ほ脱額の計算書参照)であったのにかかわらず、右懿には一億九五〇〇万円の連帯保証債務があり、これを右文雄において負担することとなったので、取得財産の価額から控除すると、相続人全員分の相続税課税価格は一億四四四一万一〇〇〇円で、右文雄の課税価格は六五六八万七〇〇〇円となり、これに対する同人の相続税額は一七四九万八〇〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書を同人の代理人として提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同人の相続税額一億六一三万八二〇〇円と右申告税額との差額八八六四万二〇〇円(別紙(2)ほ脱額の計算書参照)を免れ
第二 かねて東京都町田市本町田二三〇一番地において造園業を営む大澤辰雄から同人の実父作蔵の死亡(昭和五八年一月三日)により同人の財産を他の相続人と共同相続したことに伴う右辰雄の相続税を免れることについて前記仲吉とともに相談を受けていたところ、右辰雄及び右仲吉の両名と共謀の上、架空の連帯保証債務を計上して課税価格を減少させる方法により右辰雄の相続税を免れようと企て、昭和五八年五月一〇日、同都町田市中町三丁目三番六号所在の所轄町田税務署において、同税務署長に対し、被相続人大澤作蔵の死亡により同人の財産を相談した相続人全員分の正規の相続税課税価格二億七九四九万二〇〇〇円で、このうち右辰雄分の正規の課税価格は二億三一六三万七〇〇〇円(別紙(3)相続財産の内訳及び別紙(4)ほ脱額の計算書参照)であったのにかかわらず、右作蔵には堀尾功に対する一億五〇〇〇万円の連帯保証債務があり、これを右辰雄において負担することとなったので、取得財産の価額から控除すると相続人全員分の相続税課税価格は一億三四八四万三〇〇〇円で、右辰雄分の課税価格は七七九五万八〇〇〇円となり、これに対する同人の相続税額は一二二一万四一〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同人の正規の相続税額六二一九万八六〇〇円と右申告税額との差額四九九八万四五〇〇円(別紙(4)ほ脱額の計算書参照)を免れ
第三 かねて同都東村山市野口町一丁目二七番地八において農業を営む小山惣吉から同人の実父小山吉一の死亡により同人の財産を他の相続人と共同相続したことに伴う右惣吉の相続税を免れることについて前記仲吉とともに相談を受けていたところ、右惣吉及び右仲吉と共謀の上、架空債務を計上して課税価格を減少させる方法により右惣吉の相続税を免れようと企て、昭和五八年八月一〇日、同都東村山市本町一丁目二〇番地二二所在の所轄村山税務署において、同税務署長に対し、被相続人小山吉一の死亡により同人の財産を相続した相続人全員分の正規の相続課税価格は九億九〇五五万三〇〇〇円で、このうち右惣吉分の正規の課税価格は二億三一三七万五〇〇〇円(別紙(5)相続財産の内訳及び別紙(6)ほ脱額の計算書参照)であったのにかかわらず、右吉一には七億五五〇〇万円の債務があり、このうち二億二六五〇万円を右惣吉において負担することとなったので、取得財産の価額から控除すると相続人全員分の相続税課税価格は三億五七六六万七〇〇〇円で、右惣吉分の課税価格は三一九〇万七〇〇〇円となり、これに対する同人の相続税額は六一七万四四〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同人の正規の相続税額九九〇三万一〇〇円と右申告税額との差額九二八五万五七〇〇円(別紙(6)ほ脱額の計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する昭和六一年七月一〇日付、一一日付、一五日付、一六日付各供述調書
判示第一の事実につき
一 被告人の検察官に対する昭和六一年七月一九日付供述調書
一 若林文雄(三通)、若林工義(昭和六〇年九月二一日付)、仲吉良二(三通・同年九月二一日付本文三一丁分、一〇月一五日付、二五日付)、堀尾功、佐藤久光(同年九月二五日付)の検察官に対する各供述調書謄本
一 検察官赤松常夫作成の捜査報告書
一 収税官吏作成の次の各調査書謄本(若林文雄に係る分)
連帯保証債務調査書
現金、預金調査書
家具、その他調査書
未払公租公課調査書
未払医療費調査書
葬式費用調査書
判示第二の事実につき
一 被告人の検察官に対する昭和六一年七月一六日付供述調書
一 大澤辰雄(五通)、仲吉良二(三通・昭和六〇年五月一八日付、一九日付、二一日付)、佐藤久光(同年五月二五日付)堀尾保次(同年五月二二日付)、川口一夫、若林工義(同年五月一七日付)、大澤喜與信、阿保静子の検察官に対する各供述調書謄本
一 収税官吏作成の次の各調査書謄本(大澤辰雄に係る分)
保証債務調査書
土地、家屋調査書
家具調査書
代償分割(未払)調査書
公租公課調査書
代償分割(未収)調査書
判示第三の事実につき
一 被告人の検察官に対する昭和六一年七月二〇日付(二通)各供述調書
一 小山惣吉(三通)、小山繁男、仲吉良二(昭和六一年九月二一日付三〇丁分)、堀尾保次(同年九月二〇日付)、下平明、平林征彦の検察官に対する各供述調書謄本
一 収税官吏作成の次の各調査書謄本(小山惣吉に係る分)
土地調査書
家庭用財産調査書
その他財産調査書
債務調査書
葬式費用調査書
租税公課調査書
預り敷金調査書
未払金調査書
代償分割未払金調査書
代償分割未収金調査書
(法令の適用)
一 罰条
判示第一の所為につき、相続税法六八条一項、七一条一項、刑法六〇条
判示第二及び第三の各所為につき、相続税六八条一項、刑法六〇条、六五条一項
一 刑種の選択
いずれも懲役刑選択
一 併合罪の処理
刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第三の罪の刑に加重)
一 未決勾留日数の算入
刑法二一条
(量刑の理由)
本件は、同和団体の組織を背景に、報酬目的で他人の納税事務に介入するいわゆる脱税請負グループによって累行された計画的、常習的犯行であり、本件により逋脱した相続税額は合計二億三〇〇〇万円余と多額であるうえ、ほ脱の割合も約八〇パーセントから約九三パーセントと高率であり、大澤事案において、架空の金銭消費貸借契約証書等を作成準備した点も無視できず、犯情は甚だ悪質である。
本件において架空債務の計上という不正行為を発案し、申告書を作成、提出するなど犯行を主導したのは共犯者の仲吉であり、同人と比べれば被告人の果たした役割は従属的であるけれども、被告人は犯行の過程において右仲吉と終始行動を共にしており、報酬も総額約二億八〇〇〇万円のうち同人と同額の約五六〇〇万円を取得しているものである。加えて、被告人は昭和五四年八月一六日恐喝未遂罪により懲役一年、三年間執行猶予に処せられた前科を有し、本件は右猶予の期間経過後一年も経たないうちの犯行であることを考えると、被告人の刑責は重いといわなければならず、他面、被告人の反省の態度が顕著であること、今後妹夫婦のいるオーストラリアで働き再出発をする決意であること、その他病床の老母、高校生と幼児を抱えた家庭の事情、被告人の年齢等被告人に有利に斟酌すべき事情を考慮し、主文の刑を量定する。
(求刑懲役二年)
(裁判官 田尾健二郎)
別紙(1) 相続財産の内訳
若林文雄
昭和57年6月17日
<省略>
別紙(2) ほ脱額の計算書
納税者 若林文雄
<省略>
別紙(3) 相続財産の内訳
大澤辰雄
昭和58年1月3日
<省略>
別紙(4) ほ脱額の計算書
納税者 大澤辰雄
<省略>
別紙(5) 相続財産の内訳
小山惣吉
昭和58年3月2日
<省略>
別紙(6) ほ脱額の計算書
納税者 小山惣吉
<省略>