東京地方裁判所 昭和61年(ヨ)2209号
申請人
三浦利明
右代理人弁護士
有正二朗
同
須黒延佳
被申請人
ジャパン・エクスポート・プロモーション株式会社
右代表者代表取締役
池亀ミイ
右代理人弁護士
村越進
同
中尾正信
主文
一 被申請人は、申請人に対し、昭和六一年五月から昭和六二年四月まで、毎月末日限り金二〇万円を仮に支払え。
二 申請人のその余の申請を却下する。
三 申請費用は被申請人の負担とする。
理由
第一当事者の申立
一 申請人
1 申請人が被申請人に対し、労働契約上の権利を有することを仮に定める。
2 被申請人は申請人に対し、金三二万三八三三円及び昭和六一年一月から本案判決確定に至るまで毎月末日限り金三二万三八三三円を仮に支払え。
3 申請費用は被申請人の負担とする。
二 被申請人
1 本件申請を却下する。
2 申請費用は申請人の負担とする。
第二当裁判所の判断
一 被保全権利
1 申請人が昭和五九年一〇月二日被申請人会社(以下、「会社」という。)に雇用されたこと、会社が申請人に対し、昭和六〇年一二月一〇日解雇の意思表示をし、その後従業員として扱わないことは当事者間に争いがない。
2 次に、会社は申請人には、著しい勤務成績不良及び就業規則四七条所定の解雇事由がある旨主張するのでこの点について判断するに、本件疎明資料及び審尋の結果によれば、以下の事実を一応認めることができ、右認定を左右するに足る疎明資料はない。
(一) 会社は西インド諸島ケイマンアイランドに本社を置くトレード・メディア・リミテッドの日本における総代理店であり、本社の発行するコンポーネンツ誌、エレクトロニクス誌等八種類の英文の海外向貿易専門誌に輸出業者の広告を掲載することを業としている。
なお、会社には就業規則の定めがあり、その四七条には解雇事由として懲戒事由を定めている五二条各号を引用しているところ、同条六号には、二九条から三八条まで、または三九条の規定に違反した場合であってその事案が重篤なときと規定され、その二九条には「従業員はこの規則に定めるもののほか、業務上の指揮命令に従い、自己の業務に専念し、作業能率の向上に努めるとともに、互いに協力して職場の秩序を維持しなければならない」、また三〇条三号には「常に品位を保ち、会社の名誉を害し、信用を傷つけるようなことをしないこと」と規定されている。
(二) ところで申請人は会社営業部に配属され、入社当時はコンポーネンツ誌を担当し、営業活動を開始した。なおエレクトロニクス誌については特定の担当者はなく、営業社員が自由に営業活動を行っていた。申請人の入社後二か月の営業成績は、新規契約の締結一件にとどまり同期入社で同誌担当の者に比し悪かった。その後申請人は、会社に対し、担当誌をエレクトロニクス誌に変更するように申し出、会社も右申し出を入れて、昭和六〇年一月一〇日申請人をエレクトロニクス誌専任に担当を変更した。それに伴い従来各営業部員に分散していたエレクトロニクス誌の顧客広告主を、申請人の顧客として移行させた。申請人の昭和六〇年一月から七月までの営業成績は営業部員中最低であったが、その後は順次上昇し、同年一一月、一二月にはそれぞれ二四〇万円台の売上げを計上し、中位に位置するに至っている。ただ、その間の営業成績の内容は、新規契約は一件金額にして一か月一〇万五〇〇〇円にすぎず、他は、他の営業社員の顧客広告主を引き継ぎ、あるいは会社の古くからの得意先を申請人に割り当てられたものがほとんどであった。
申請人の給与は当初固定給月額二五万円であったが、昭和六〇年七月から固定給一〇万円に歩合給(契約金額の一〇パーセント)を加算したものとなった。これは、本来同年四月から歩合給制を導入し、しかも固定給額は八万五〇〇〇円に移行する予定ではあったが、申請人の営業成績が芳しくなかったことから、給与を保障する趣旨でその移行を遅らせ、かつ固定給を一〇万円として申請人のために配慮した。
(三) 会社代表取締役池亀ミイ(以下「池亀社長」という。)は、申請人に対し、営業部員として毎日最低五軒の顧客を訪問することを指示していたが、申請人はこれに従わず、昭和六〇年七月には一日平均二、三軒の顧客しか訪問せず、しかもその訪問先の大半は長年の取引先であって、新規顧客を訪問することは少なかった。
なお他の営業部員も、一日五軒の顧客を回ることはなかった。
(四) (日星電気の件)
申請人は、日星電気との間でエレクトロニクス誌への広告掲載の交渉を行っていたが、昭和六〇年七月までその契約が成立するに至らなかった。そこで池亀社長は、同月申請人に対し、契約成立に至らない理由を質したところ、申請人は「コンポーネンツ誌に掲載した同社の広告の結果が悪いからだ」と述べた。しかし池亀社長はこれに納得せず、申請人に理由を把握するように指示し、また自らも日星電気総務部長を訪ね事情を尋ねた。その後池亀社長は同年八月三一日申請人に対し面談内容を話し、決済権限のある宮久保常務と連絡するように指示した。しかし申請人は、日星電気の交渉担当は山田であり、宮久保常務と直接交渉することは控えた方がよいとの意見から宮久保常務に連絡することを拒否した。
池亀社長は、同年九月三日申請人に対し、日星電気宮久保常務に手紙による連絡を指示したところ、申請人は右と同様の理由からこれを拒否した。申請人が拒否したことに対し、池亀社長は「状況は関係ない。あなたのやり方は悪い。だから契約がとれない。会社を辞めてもらいます」と述べた。申請人は右発言をメモにとり、池亀社長に署名をさせた。次いで申請人は同月四日池亀社長に対し、私に対する不当にして過剰な命令は拒否する、言動は慎重にして欲しい旨の文書を提出したりした。
なお、池亀社長が宮久保常務に契約成立に至らない理由について質したところ、日星電気としては「アメリカに代理店を設定し、アフターサービスの体制を整えて後商品の販売広告を考えており、しばらく待って欲しい」とのことであった。
(五) (ショースペシャルの原本所持の件)
会社営業部員は、ショースペシャルの原本を説明用のバインダーに入れて顧客に見せて、営業活動をしているが、申請人はショースペシャルの原本を所持していなかった。そこで池亀社長は、昭和六〇年一〇月一五日申請人に対し、もし手元になければ本社から取寄せるように注意し、さらに「そんな事も出来ないのなら、会社を辞めてもらいます」などと述べた。これに対し、申請人は「社長は独断的だ、人をクビにするために雇うのか、ただでは置かない、出るところに出る、こちらにはプロがついているんだ」などと応酬して原本を取り寄せることはしなかった。さらに、申請人は池亀社長が現金を数えているのを見て「この会社の社長は金を全部ポケットに入れてしまう。いくら利益が出てもみな社長が一人じめにする。少しは社員にもくれ」等と発言した。申請人と池亀社長は、同日夕方話し合いを持ったが、その席上池亀社長からは申請人は会社を辞めて欲しい旨の発言がなされ、これに対し申請人は怒鳴ってこれを拒否し、さらに池亀社長が申請人の手を叩いたりしたことに対し、申請人は大げさに、「暴力はやめて下さい」などといいながら部屋を飛びだすということもあった。
この件に関しては、同月二一日申請人から会社宛に始末書が出され、また会社から申請人宛に池亀社長を中傷誹謗したことは遺憾であり、今後このような行為を起した場合には断固処置する旨の通告書を渡した。
(六) (ホクシンの件)
申請人は、昭和六〇年一〇月頃取引先のホクシンから広告原稿を持ち帰ったが、右原稿は会社の作成規約に合致せず、しかも英文ミスも多かった。そこで池亀社長は申請人に対し、原稿を規約どおりに変更するよう指示したが、申請人は「それなら広告はやらないといっている。キャンセルだ。望みなしだ」などと述べて、その指示に従わずそのために、池亀社長自らが広告作成をまとめることになった。
同年一二月六日、会社は、申請人がいまだホクシンとの間で契約書を作成することなく広告掲載の取引をしていること、しかもホクシンは広告の出来上がりを見なければ一文も支払わないと述べていることを知った。したがって、もし広告掲載がなされてしまった後、ホクシンからキャンセルされれば会社が損害を蒙る恐れがあった。そこで池亀社長は、申請人に契約書の作成を指示したところ、申請人は「他の社員も同様なことをしているのに自分だけ責めるのか」「馬鹿」、「社長であろうと馬鹿は馬鹿だ」と言ったりした。
なお、会社では契約書を作成しないで広告掲載の取引をする場合もあるが、これは相手方が大企業であって、しかもたまたま締め切りに間に合わないようなときであり、ホクシンのような取引の日も浅い取引先との場合にはこのようなことはなかった。
また申請人は、ホクシンに対し、会社では禁止している会社発行誌の無料配付を約し、その結果会社は合計三六冊(金額にして七万円相当)をホクシンに配付せざるを得なくなった。
(七) そこで、会社は昭和六〇年一二月一〇日解雇予告手当金二六万五六三六円を提供して解雇の意思表示をした。
右認定事実以外に会社は、申請人に、昭和五九年一二月二五日手紙を持参して交渉するように指示したにもかかわらずこれを拒否したこと、同六〇年九月ダイレクトメールの誤記の訂正を指示したにもかかわらずこれを拒否したこと、同年一一月一一日FT技研に本の郵送を指示したにもかかわらずこれに従わなかったことをそれぞれ就業規則違反の事実として主張するが、これら事実を認めるに足りる疎明資料はない。
以上の事実を基礎に検討する。
会社は、申請人の著しい勤務成績の不良を解雇理由として主張しているところ、右認定のとおり申請人の営業成績は入社から解雇に至るまで新規契約二件にすぎず、その他は他の営業部員からの引き継ぎ等であって、しかも昭和六〇年一月から七月までは営業部員中最低の営業成績であったものであるが、他方同年一一月ころには営業成績も向上しており、それが他の営業部員の引き継ぎによる顧客の獲得によるものであったとしても、これを維持増加させていることからすれば、これも申請人の営業努力の結果というべきであり、右の営業成績をもって解雇に値する程の営業成績の低さということもできない。しかも、就業規則上も著しい営業成績の不良をもって解雇事由と定められていない。したがって、会社の申請人に著しい営業成績不良があった旨の主張は採用しえない。
次に会社は、申請人には就業規則二九条、三〇条三号に違反する事実があり、その事案が重篤である旨主張するのでこの点について判断する。
(一) 前認定のとおり、申請人は会社が一日五軒の訪問先を回るように指示したにもかかわらず、これを実行しなかったのであるが、他の営業部員も一日五軒訪問することはないこと、また会社の属する業界自体が必ずしも広いものとはいえないと推認されることからすれば、右会社の指示は一応の努力目標というべきであって、申請人の右のような営業活動は営業成績不良の中にあってかような活動しかしないという営業活動に対する消極的な面として評価することはとも角、これに反したことが直ちに会社の業務命令に違反ということはできない。
(二) 次に会社は申請人に対し、日星電気の件では宮久保常務に連絡するよう指示し、また昭和六〇年一〇月一五日にショースペシャルの原本を取り寄せるよう指示し、さらにホクシンの件では、原稿の訂正及び契約書作成を指示したところ、いずれも申請人が拒否したこと、また、申請人はホクシンの件では会社が禁止しているにもかかわらず無断で会社の発行誌の無料配付を約したことが認められ、これらの指示はいずれも会社の業務命令といえるのであって、申請人はいずれも業務命令を拒否したものと認められる。しかも申請人は池亀社長の指示を素直に受け入れるという姿勢に乏しく、自己の意見に固執する態度を示したうえ、会社の命令を不当と非難することもあって職場秩序を乱しているものということができる。しかし他方右指示を拒否したことによる実損の発生については、ホクシンの雑誌無料配付の件を除いて疎明はなく、ショースペシャルの原本を所持する旨に指示に従わなかったことは業務命令違反としても軽微であり、ホクシンに対する無料配付についても会社に損害を与えるものであるが、その目的は私利を図るものではなく会社のために行ったものでありその損害額も多額なものとはいえないこと、また職場秩序が乱されていることについても、池亀社長が「会社を辞めてもらいます」などと応酬することにも基因しているのであって申請人のみにその責を帰することもできないことを考慮すると、右指示に違反し職場秩序を乱したことが就業規則二九条にまたホクシンに対し会社発行誌を無料配付したことが同三〇条三号に該当するとしても、いまだ就業規則五二条六号にいう事案が重篤なときに該当するものとはいえない。
以上のとおり、会社の行った解雇には理由がなく、無効と言わざるを得ない。
3 したがって申請人は、会社に対して労働契約上の権利を有する地位にあるものと一応認められる。そして本件疎明資料及び審尋の結果によれば申請人は、解雇当時固定給として一〇万円に歩合を加算したものを毎月末日支給され、解雇前三か月の平均月額は三二万三八三三円であることが一応認められることからすれば、昭和六一年一月以降も同程度の賃金を受け得る賃金請求権を有するものと認められる。
二 保全の必要性について
疎明資料及び審尋の結果によれば、申請人は独身で会社から支給される賃金の外に収入の途はなく、会社から賃金を得られないことにより生計の維持に困難をきたしていることからすれば、申請人には賃金の仮払を命ずる必要性があるところ、その範囲は、右事情を考慮すれば、月額二〇万円をもって足りるものと一応認められる。もっとも、申請人は、昭和六一年一月から本案判決確定に至るまでの仮払を求めているが、本件審尋終了時前の昭和六一年四月までの分については、過去分の支払を受けなければならない特段の保全の必要性は認められず、また将来の事情の変更の可能性を考慮するとその期間は審尋の終了した昭和六一年五月から昭和六二年四月まで毎月末日限り仮払を命ずるのが相当である。申請人は、また雇用契約上の地位を仮に定める旨のいわゆる任意の履行に期待する仮処分をも求めているが、賃金の仮払を命ずる以上にかかる仮処分を発すべき保全の必要性は認められない。
三 よって、本件仮処分申請は、主文第一項の限度で理由があるから保証をたてさせないでこれを認容することとし、その余については保全の必要性につき疎明がなく、また事案に照らし保証をたてさせて疎明にかえることも相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 遠山廣直)