東京地方裁判所 昭和61年(ワ)1138号 判決 1990年6月15日
甲事件原告・乙事件参加被告・丙事件被告 株式会社 三和ベーカリー
右代表者代表取締役 蓑輪高治
右訴訟代理人弁護士 萩秀雄
同 戸部秀明
甲事件被告・乙事件参加被告 株式会社 サンワローラン
右代表者代表取締役 福岡末男
右代理人支配人 新井弘幸
甲事件被告・乙事件参加被告 本間衛
甲事件被告・乙事件参加原告・丙事件原告 サンワローラン販売株式会社
右代表者代表取締役 福田勲
甲事件被告・乙事件参加原告 福田勲
右両名訴訟代理人弁護士 川端基彦
主文
一 甲事件につき
1 甲事件原告の甲事件被告株式会社サンワローラン及び同本間衛に対する請求をいずれも棄却する。
2 甲事件被告サンワローラン販売株式会社及び同福田勲は、連帯して甲事件原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 甲事件原告の甲事件被告サンワローラン販売株式会社及び同福田勲に対するその余の請求を棄却する。
二 乙事件につき
乙事件参加原告らと乙事件参加被告らとの間において、乙事件参加被告株式会社サンワローラン及び同本間衛が乙事件参加被告株式会社三和ベーカリーに対し、昭和五七年一一月ころ株式会社三和ベーカリーの東京都墨田区緑四丁目の工場を占拠したことを原因とする不法行為に基づく損害賠償債務が存在しないことを確認する。
三 丙事件につき
1 丙事件被告は丙事件原告に対し、金六二〇万円及びこれに対する昭和六三年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 丙事件原告のその余の請求を棄却する。
四 甲・乙・丙事件を通じ
訴訟費用は、甲事件原告と甲事件被告株式会社サンワローラン及び同本間衛との間では甲事件原告の負担とし、その余は各自の負担とする。
事実
(略称)以下、当事者の表示は甲事件によるものとし、甲事件原告・乙事件参加被告・丙事件被告株式会社三和ベーカリーを「原告」と、甲事件被告・乙事件参加被告株式会社サンワローランを「被告サンワローラン」と、甲事件被告・乙事件参加被告本間衛を「被告本間」と、甲事件被告・乙事件参加原告・丙事件原告サンワローラン販売株式会社を「被告販売」と、甲事件被告・乙事件参加原告福田勲を「被告福田」と、それぞれ略称する。
第一当事者の求めた裁判
〔甲事件〕
一 請求の趣旨
1(被告サンワローランに対する主位的請求及び被告本間に対する請求)
被告サンワローラン及び被告本間は原告に対し、連帯して金三〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2(被告サンワローランに対する予備的請求)
被告サンワローランは原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3(被告販売に対する主位的請求及び被告福田に対する請求)
被告販売及び被告福田は原告に対し、連帯して金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4(被告販売に対する予備的請求)
被告販売は原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は甲事件被告らの負担とする。
6 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
〔乙事件〕
(請求の趣旨)
主文第二項同旨並びに「訴訟費用は乙事件参加被告らの負担とする。」
〔丙事件〕
一 請求の趣旨
1 原告は被告販売に対し、金七七〇万円及び内金五〇〇万円に対する昭和五七年六月八日から、内金二七〇万円に対する同年六月一五日から、各支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告販売の請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告販売の負担とする。
第二当事者の主張
〔甲事件〕
一 請求原因
1 原告は、パンの製造販売を目的とする会社であり、「サンワローラン」の商品名でレストラン喫茶店用高級パンを製造し、これを「肉の万世」「マイアミ」「珈琲館」「ケンタッキーフライドチキン」等の顧客に販売していた。
2 被告サンワローラン及び被告本間に対する請求
(一) 不法行為
(1) 被告本間は、昭和五七年一一月ころ、東京都墨田区緑四丁目二番六号所在の原告の工場(以下「本件工場」という。)を権原なく占拠し、自らが代表取締役となって被告サンワローランを設立し、昭和五九年一〇月ころまで右工場内の設備備品等を使用してパンの製造を行い、「サンワローラン」の商品名で原告の得意先に販売し、原告の営業権を不法に侵害した。
(2) 原告は、右不法行為により、別紙1「損害額一覧表」のA記載のとおり、合計金六四七八万九二六四円の損害を被った。
(3) よって、被告本間は民法七〇九条により、被告サンワローランは商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、原告に対し連帯して、少なくとも金三〇〇〇万円の損害賠償金を支払うべき義務がある。
(二) 売買契約
(1) 仮に被告本間の行為が不法行為にならないとするならば、原告は、昭和五七年一一月ころ被告サンワローランに対し、本件工場を設備一切(営業権)とともに有償で譲渡するとの契約を締結し、これを引き渡した。
(2) 右契約に際しては、代金額を確定しなかったが、このような場合買主は相当な対価を支払うべき義務があるところ、その額は前項(2)の金額を勘案すると、金三〇〇〇万円とするのが相当である。
3 被告販売及び被告福田に対する請求
(一) 不法行為
(1) 被告福田は、昭和五九年一一月八日ころ本件工場から被告本間を追い出し、権原なくこれを占拠し、被告販売を設立して自ら代表取締役に就任し、右工場内の設備備品等を使用してパンの製造を行い、「サンワローラン」の商品名で原告の得意先に販売し、もって、別紙2「工場設備一覧表」記載の物件の所有権及び原告の営業権を不法に侵害した。
(2) 原告は、右不法行為により、別紙1「損害額一覧表」のB記載のとおり、合計金六七六六万一五二六円の損害を被った。
(3) よって、被告福田は民法七〇九条により、被告販売は商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、原告に対し連帯して、少なくとも金三〇〇〇万円の損害賠償金を支払うべき義務がある。
(二) 不当利得
(1) 仮に、被告販売が本件工場を占拠したことが原告に対する関係で不法行為を構成しないとしても、被告販売は、昭和五九年一一月八日ころ、前記2(二)のとおり原告が被告サンワローランに譲渡し、当時同被告に属していた営業権を、何ら法律上の原因なく取得し、本件工場内の設備備品等を使用してパンを製造し、「サンワローラン」の商品名で販売して、収益をあげていたものであって、これによる被告販売の利得は金三〇〇〇万円を下らない。
(2) 被告販売は、営業権を権原なく利用し、利得を得ることにつき、悪意であった。
(3) 原告が被告サンワローランに譲渡した営業権の対価は、前記2(二)(2)のとおり金三〇〇〇万円であるが、同被告は無資力であり、原告がその支払いを受けられる見込みもないから、原告は同額の損失を被っており、被告販売の利得と原告の右損失との間には因果関係がある。
よって、原告は、被告サンワローラン及び被告本間に対し、主位的に不法行為に基づく損害賠償として、連帯して金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月一三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に被告サンワローランに対し、売買契約に基づく代金三〇〇〇万円及びこれに対する引渡しの日の翌月たる昭和五七年一二月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求め、また、被告販売及び被告福田に対し、主位的に不法行為に基づく損害賠償として、連帯して金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月九日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、予備的に被告販売に対し、不当利得返還請求権に基づき、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する被告サンワローラン及び被告本間の認否及び主張
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)の事実中、被告本間が昭和五七年一一月ころから本件工場でパンの製造販売を始め、被告本間が代表取締役となって被告サンワローランを設立したことは認めるが、その余は否認する。被告本間は、原告会社の倒産に伴い、その代表取締役蓑輪高治、債権者らの代表者長沢邦行及び労働組合の三者からの懇請を受け、本件工場の設備一切及び従業員を引き継いで生産販売を行うことになったものである。
3 同2(二)の事実は否認する。譲渡価額の話し合いをしたが最終決定に至らず、そのままになっていたものである。
三 請求原因に対する被告販売及び被告福田の認否及び抗弁(乙事件参加人としての主張を含む)
(認否)
1 請求原因1の事実は不知。
2 同2(一)の事実は、被告本間が被告サンワローランを設立し、昭和五七年一一月から本件工場において機械設備を使用してパンの製造販売を行っていたことは認めるが、その余は否認する。同被告らは原告の承諾の下に右営業を行っていたものである。また、原告は営業権の侵害を主張するが、本件工場は借家であって、原告は同年七月分以降の賃料を滞納していたから、いつ明渡しを求められても拒めない状況にあり、本件工場で資産といえるものは、諸設備機械類(しかも重要なものはリース物件)であった。加えて、原告の経営は赤字であって、同年九月一八日ないし二〇日手形不渡りを出して倒産し、当時の負債総額は七億円を上回るものであったから、営業権としての価値はなかった。
3 同2(二)の事実は否認する。売買交渉はしていたものの、最終合意には至っていない。交渉の過程において、代金は五〇〇万円ないし一〇〇〇万円の範囲内の相当な額とするとの合意があったものであるが、仮にこれが売買契約の合意だとすると、対価としては金五〇〇万円が相当である。
4 同3(一)の事実のうち、被告福田が被告販売を設立し、昭和五九年一一月から本件工場を使用してパンの製造販売を行っていたことは認めるが、その余は否認する。被告福田及び被告販売が本件工場内の機械設備の所有権を侵害した事実はない。また、原告主張の営業権はすでに原告が被告本間及び被告サンワローランに移転済みのものであり、不法行為は成立しない。
5 請求原因3(二)について
(一) 原告主張の不当利得返還請求権は、転用物訴権と称されるものであるが、その請求の成否には被告販売が被告サンワローランに実質上の対価を支払っているかが重要な事実となるものと考えられるところ、このような予備的請求の追加は、請求の基礎に変更を来すものであって許されない。また原告は、被告販売及び被告福田が本件工場を不法に占拠したことを原因とする損害賠償請求権を被告サンワローランから譲渡を受けたとし、被告販売及び被告福田に対しその支払いを求める訴えを東京地方裁判所に提起しているところ、本件の予備的請求は右別件訴訟と二重起訴の関係になり、許されない。
(二) 請求原因3(二)の事実は、被告サンワローランが無資力であることは認め、その余は否認し、主張は争う。
(抗弁)
被告福田及び被告販売が昭和五九年一一月九日以降本件工場で行ったことは、被告サンワローランとの間の基本契約に基づき、同被告の製造するパンの販売部門を担当するに至った被告販売が、倒産の危機を回避するため必要な限度で、製造部門の管理運営を行っているものであって、右は事務管理、正当防衛又は緊急非難の行為である。
四 抗弁に対する原告の認否
抗弁の主張は争う。被告本間は被告福田の工場占拠に抗議しているのであるから、事務管理が成立しないのは明らかであるし、正当防衛又は緊急非難の要件も存在しない。
〔乙事件〕
一 請求原因
原告は、右のとおり被告販売及び被告福田が本件工場を不法に占拠したことに基づく損害賠償請求権を被告サンワローランから譲渡を受けたとし、被告販売及び被告福田に対しその支払いを求める訴えを提起しているが、その原因関係は、原告が本訴において被告サンワローランに対して請求している不法行為に基づく損害賠償請求権を被担保債権とする譲渡担保であると主張している。かくては、原告と被告サンワローラン及び被告本間とが馴合訴訟を行う危険性があるので、被告販売及び被告福田は、原告の被告サンワローラン及び被告本間に対する不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(甲事件)に独立当事者参加し、右請求権が存在しないことの確認を求める。
二 請求原因に対する答弁
甲事件において主張しているとおりである。
〔丙事件〕
一 請求原因
1 訴外賀張正光は、原告に対し、次のとおり金銭を貸し渡した。
(一) 昭和五七年六月八日貸付け
元金 金五〇〇万円
弁済期 同年七月七日
利息 年一割
(二) 昭和五七年六月一五日貸付け
元金 金二七〇万円
弁済期 同年七月一四日
利息 年一割
2 賀張正光は、昭和六〇年四月一日被告販売に対し、右貸金債権及びこれに附帯する利息損害金債権を譲渡する旨の契約をし、かつ昭和六一年一一月一日原告に到達した書面をもって右債権譲渡の通知をした。
よって、被告販売は原告に対し、右貸金合計金七七〇万円及びこれに対する各貸付けの日から支払済みまで年一割の割合による金員(各弁済期までは利息、その各翌日以降は損害金として)の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は否認する。
2 同2の事実中、債権譲渡の通知があったことは認めるが、その余は不知。
第三証拠《省略》
理由
一 甲事件のうち被告サンワローランに対する主位的請求及び被告本間に対する請求並びに乙事件(参加請求)について
1 《証拠省略》によれば、原告はパンの製造販売を目的とする会社であり、「サンワローラン」の商品名でレストラン喫茶店用高級パンを製造し、これを「肉の万世」「マイアミ」「珈琲館」「ケンタッキーフライドチキン」等の顧客に販売していたことが認められる。
2 被告本間が被告サンワローランを設立し、昭和五七年一一月から本件工場を使用してパンの製造販売を行っていたことは、全当事者間に争いがない。そこで、そのようになった経緯について見るに、《証拠省略》を総合すると、おおむね次の事実が認められる。
(一) 原告会社は、昭和五六年八月ころ台東区根岸三丁目にあった従前の工場を墨田区緑四丁目の本件工場に移転し、新型の設備を導入してパンの製造を行っていたが、移転費用が嵩んだことに加え、新型の機械に従業員が慣れていなかったため相当量の不良品が出たことで経営が圧迫され、さらに運転資金捻出のため手形の振り出しを受けていた株式会社システムリースが昭和五七年四月ころ倒産したことの影響を受け、一挙に経営が悪化した。そして、同年七月ころからは、本件工場建物(有限会社萬松製材所から賃借したものである。)の賃料の支払いを滞り、電気水道料や原材料の代金の支払いにも困難を来す有様となり、同年九月二〇日手形の不渡りを出して事実上倒産した。原告の当時の負債は七億円を超えており(繰越欠損は四億三〇〇〇万円余)、従業員の厚生年金保険料等の滞納により九月二一、二二日上野社会保険事務所から原告が各取引先に対して有していた売掛金債権の差押えを受け、また従業員の源泉所得税の滞納により九月二二日には下谷税務署から別紙2「工場設備一覧表」記載の機械類を含む本件工場内の動産の差押えを受けた。
(二) 右のような経営危機に際し、原告会社の代表取締役蓑輪高治(以下「蓑輪社長」という。)は、佐野實弁護士に委任して債務の整理を依頼する一方、パンの製造販売は取り敢えず労働組合(委員長知野見省三)の自主管理に委ね、再建を図ることとした。かくして同年一〇月四日佐野弁護士が主宰して債権者集会が開かれ、その席で大口の債権者四名から成る債権者委員会が組織され、同委員会と佐野弁護士が協議して任意整理を進めることとなり、またパンの製造販売は労働組合の管理の下で継続されたが、たちまち資金繰りに行き詰まり、同年一〇月下旬ころにはこのような方法による運営は解体寸前の状態に立ち至った。なお、佐野弁護士との委任契約は同年一〇月中旬ころ解約され、その後は井上智治弁護士が蓑輪社長の委任を受けて、その事務を引き継いだ。
(三) 他方、被告本間はダイドーミート株式会社を経営していたものであるところ、同年一〇月ころ原告会社の大口債権者の一人である東京商事こと長沢邦行から、右のような原告会社の実情を訴えられ、労働組合の管理による運営には限界があるが、パンの製造販売は一日も休めないので、経営を引き受けてくれないか、と説得された。このような説得を受けた被告本間は、原告の営業権を買い受けることを前提として、同年一一月一日から本件工場及びその中の機械類を使用し、従前の従業員を引き継いでパンの製造販売の経営に乗りだした。
(四) 被告本間は、このように本件工場での経営を引き継ぐことについて、蓑輪社長と直接に交渉したことはなかったが、経営を管理していた労働組合からの強い要請があり、かつ債権者委員会及び佐野弁護士と同弁護士の事務を引き継いだ井上弁護士の了解ないしその意向に沿ったものであった。そして、蓑輪社長は井上弁護士に対し、営業権の譲渡についての交渉を一任し、井上弁護士と被告本間との間で数次にわたって金額の交渉がなされたが、その折り合いがつかないまま日時が経過し、その間、被告本間は被告サンワローランを設立し(同年一二月一一日設立登記)、また本件工場の賃貸借契約は、原告の賃料不払いによって昭和五八年一月末日限り解除され、被告サンワローランが同年二月五日あらためて有限会社萬松製材所との間で賃貸借契約を締結し、被告サンワローランが経営主体となって営業を続けた。このような過程を通じて、蓑輪社長においても同被告会社の経営が好転し譲渡契約が成立するのを期待して待っていた状況であり、被告本間ないし被告サンワローランが本件工場において営業を行うことについて特段の異議を申し入れたことはなかった。
3 原告は、被告本間が権原なく本件工場を占拠し、工場内の設備備品等を使用してパンの製造を行い、原告の営業権を侵害したと主張するけれども、以上認定の事実によれば、被告本間が本件工場及びその中の機械類を使用しパンの製造を行い、これを「サンワローラン」の商品名で販売すること自体は、原告においても承諾していたものというほかはないのであって、被告本間の右行為には違法性がないものと認めるのが相当である。
4 してみると、被告本間及び被告サンワローランについて不法行為は成立せず、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告サンワローランに対する主位的請求及び被告本間に対する請求は理由がなく、逆に被告販売及び被告福田の乙事件の参加請求は理由がある。
二 甲事件のうち被告サンワローランに対する予備的請求について
1 原告は、昭和五七年一一月ころ被告サンワローランに対し本件工場を設備一切(営業権)とともに有償で譲渡するとの契約を締結したと主張する。
そこで考えるに、蓑輪社長から一任されていた井上弁護士が被告本間と交渉していたことは前記のとおりであり、《証拠省略》によれば、交渉の過程においては、井上弁護士が代金額を金一〇〇〇万円と主張し、その旨の契約書案を作成して提示したが、他方、被告本間は、当初説明されていた程には売上が伸びず深刻な赤字経営であることを理由に金五〇〇万円程度にしてもらいたいと述べて、まとまらず、最後には井上弁護士も、早期に決着させるのであれば代金は五〇〇万円でよいとまで譲渡したが、被告本間は、経営が好転するまで待ってほしいと猶予を求め、結局、妥結するには至らなかったことが認められる。
2 してみると、譲渡契約が成立したとはいまだ認められず、契約の成立を前提とする予備的請求も理由がない。
三 甲事件のうち被告販売に対する主位的請求及び被告福田に対する請求について
1 被告サンワローランが本件工場においてパンの製造販売を行っていたことは前記のとおりであるところ、被告福田が被告販売を設立し、昭和五九年一一月から本件工場おいて機械設備を使用してパンの製造販売を行なうに至ったことは、当事者間に争いがない。
そこで先ず、このようになった経緯について見るに、《証拠省略》を総合すれば、おおむね次の事実が認められる。
(一) 被告サンワローランの当初の売上高は月額一五〇〇万円程度しかなく、赤字続きであり、その後同被告の経営努力により昭和五九年度に入り売上高は月額三〇〇〇万円台に伸び、若干の黒字の月が出てきたものの、同年八月までの経営利益(損失)の累計は約五〇〇〇万円に達していた。ことにこれまで資金援助を受けてきた被告本間経営のダイドーミート株式会社が同年四月に倒産してからは、資金的に苦しい状態が続いていた。
(二) そこで同年九月ころ被告本間は、資金の導入を図るため、被告サンワローランの販売部門を分離し、これを担当する別会社を設立して、別会社が被告サンワローランの製造した製品を買い上げることにより資金繰りを行なうことを考え、かねて知り合いの被告福田に新会社設立のことを持ち掛けた。被告販売は、このようにして設立されたもので(設立登記は同年一〇月二六日)、資本金六〇〇〇万円のうち金四五〇〇万円は被告福田が出資した。そして同年一〇月二〇日ころ、被告サンワローランと設立中の被告販売との間で、左記要旨の基本契約が調印された。
(1) 被告サンワローランの販売に関する業務(人材及び整備等の組織を含む)を一〇月二一日より被告販売に移管し、被告販売はこれを承継する。
(2) 被告販売は、被告サンワローランの製造する商品を標準価格の七割で買い取り、代金は毎月一〇日、二〇日及び月末に締め、締め日の五日後に支払う。
(三) このようにして、被告販売は、同年一〇月下旬から本件工場の施設及び従業員の一部を引き継いで販売業務を始め、同年一一月五日の最初の支払期には約八〇〇万円を被告サンワローランに支払った。ところが、被告サンワローランは、前記のとおり大幅な累積赤字を抱えていたうえ、①電力、ガス等の料金や従業員の厚生年金保険料等の支払いを遅滞し、②主要な原料である小麦粉の仕入先の木村農産商事株式会社に対する同年一〇月二〇日までの仕入代金債務約五二〇〇万円が未払いの状態であり、その他多数の仕入業者に対する代金の未納があり、その支払いを強く求められていた、③従業員の給料や同年の夏季賞与の支払いが遅滞していた、等その経営は憂慮すべき状況にあり、被告販売においてこれらの一部を代位弁済したものの、同年一一月六ないし七日当時、被告サンワローランは事実上倒産寸前の状態にあった。
(四) このような状況に不安を感じた製造部門の従業員らが、職場を放棄し又は退職したいとの意向を強く示しつつ、被告福田に対し、製造部門についても経営管理を行って欲しい旨を訴えたため、被告福田もパンの製造販売を継続していくにはこの要請を受ける外はないものと決断し、同年一一月八日、製造部門をも被告販売で管理する旨を被告本間との合意を取り付けることなく一方的に同被告に告げた。これに対し、被告本間はかなり抗議したものの、被告福田は本件工場を被告販売の支配下に置き、工場内の機械設備を使用してパンの製造販売を続けた。その後、同年一一月一六日、被告サンワローランは手形の不渡りを出して倒産し、また同被告は、同月二一日付けで有限会社萬松製材所から本件工場建物の賃貸借契約を解除され、被告販売が同月二六日付けであらためて同会社との間で賃貸借契約を締結した。
(五) 被告福田が本件工場を被告販売の支配下に置いた当時、本件工場内の機械設備を含む動産類は前記のとおり下谷税務署から差押えを受けており、電気及び水道の契約名義人も原告会社のままであったことなどから、被告福田としては、本件工場内に何らかの原告の権利が残存していることを知り又は知り得た筈であり、同年一二月一九日には原告から、機械設備を使用していることに対する抗議の趣旨の内容証明郵便を受領しており、遅くともこのころには原告と被告サンワローランとの間で営業権の譲渡契約が成立しておらず、その精算が済んでいないことを認識していたものである。
2 以上の事実関係を基礎として不法行為の成否について考える。
(一) 原告は、被告福田が本件工場内の別紙2「工場設備一覧表」記載の物件の原告の所有権を侵害したと主張する。しかしながら、本件工場内の機械設備は(この中にリース物件が含まれていた点はさて措くとしても)、前記のとおり下谷税務署から差押えを受けていたのであるから、原告の処分権がすでに制限されていたところ、甲第一八号証の三によれば、昭和五九年一一月当時も右差押えは継続していたことが認められるのであって、被告福田ないし被告販売が右機械設備の所有権そのものを侵害したと認めるに足りる証拠はない。
(二) 次に、営業権侵害の点について考える。
(1) 原告の営業権とは、本件工場において機械設備を使用してパンを製造し、「サンワローラン」の商品名で原告の顧客に販売するという営業上の利益の有機的総体をいうものと解され、かかる意味での営業権は、前記のとおり、原告が被告本間ないし被告サンワローランに譲渡することを前提として同被告らがこれを行使することを承諾しており、この営業権の基礎の上に立って被告サンワローランがこれを行使していたものである。しかるに、右に認定したところによれば、被告福田は、被告サンワローランから販売部門の権能を付与されていたとはいえ、全体として観察するならば、同被告の意思に反して営業権をその支配下に入れたものであって、このような事態は原告の意思にも反するのであったこと及びこれにより原告が営業権を回復することは事実上不可能となったことが認められる。
(2) 被告販売及び同福田は、事務管理を主張するが、同被告らの管理が原告の意思に反しているのであるから、事務管理にはならないし、正当防衛及び緊急避難の主張も、原告との関係では理由がない。してみると、被告販売及び同福田は、少なくとも原告との関係において、不法行為に基づく損害賠償の責を免れないものというべきである。
(3) 次に、損害について考えるに、第二項で認定した事実によれば、被告本間が原告を代理する井上弁護士との間で代金の交渉をしていた当時、同被告が金五〇〇万円を支払うことを承諾しさえすれば契約が成立していたと考えられるから、原告の営業権の価額は、当時少なくとも金五〇〇万円を下るものではなかったものと認められるが、逆にこれよりも高く評価すべきであることを肯定するに足りる的確な証拠はない。なるほど昭和五九年八月当時の売り上げが昭和五七年一一月当時のそれよりも増加していたことは前記のとおりであり、したがって営業権の評価額も高くなっていたものと推定されないではないが、それは被告サンワローランの営業実績によってそうなったものと考えられるから、右の認定を左右するものではない。よって、被告が営業権の喪失によって失った損害は金五〇〇万円であると認めるのが相当である。
(4) 以上によれば、被告販売及び被告福田は原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、連帯して金五〇〇万円を支払う義務がある。
四 丙事件について
1 《証拠省略》によれば、昭和五七年六月当時原告会社の経理担当取締役であった賀張光隆の弟である賀張正光が、富士銀行鶯谷支店の原告の口座に同年六月八日金五〇〇万円、六月一五日金一二〇万円の金員を振り込んだこと、右金員は原告の手形の決済資金として原告会社の蓑輪社長からの要請によるもので、原告会社の経理上、真海印刷(賀張正光が経営していた会社)からの借入金として処理されたことが認められ、したがって、右の合計金六二〇万円は賀張正光が原告に貸し付けたものであることが認められる。
右金員の趣旨に関する《証拠省略》は採用しない。
2 証人賀張光隆は、このほかに同月一二日ころ原告会社の蓑輪社長に現金一五〇万円を渡したと述べているが、的確な裏付けの証拠がないので、右の金六二〇万円を超える金員の貸付けについては、結局証明が十分でない。また、右二口の貸付けについて、請求原因1記載のような弁済期及び利息の約定があったと認めるべき証拠はない。
3 請求原因2の債権譲渡の通知があったことは争いがなく、このことと《証拠省略》によれば、被告販売が右債権の譲渡を受けたことが認められる。
五 むすび
以上の次第で、原告の甲事件の請求中、被告サンワローラン及び被告本間に対する請求は理由がないから棄却し、被告販売及び被告福田に対する請求は、損害賠償金五〇〇万円とこれに対する訴状送達の翌日であることの明らかな昭和六一年二月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容するが、その余は失当として棄却し、被告販売及び被告福田の乙事件の参加請求は正当として認容し、被告販売の丙事件の請求については、金六二〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日であることの明らかな昭和六三年二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条の規定を適用し、仮執行の宣言は相当でないから付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判官 原健三郎)
<以下省略>