東京地方裁判所 昭和61年(ワ)12246号 判決 1988年6月28日
原告 株式会社白木商事
右代表者代表取締役 渡辺正次
右訴訟代理人弁護士 田坂幹守
右訴訟復代理人弁護士 田坂昭頼
被告 生田太
右訴訟代理人弁護士 島林樹
主文
一 原告の主位的請求を棄却する。
二 被告は、原告に対して、金三八九万二六六三円及びこれに対する昭和六一年一〇月八日から支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その二を原告の負担とする。
四 この判決の第二項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 (主位的請求)
被告は、原告に対し、金一六七〇万円及びこれに対する昭和六二年一〇月一五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 (予備的請求)
被告は、原告に対し、金三八九万二六六三円及びこれに対する昭和六一年一〇月八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (主位的請求)
(一) (本件借入金)
原告は左記のとおり、被告から金銭消費貸借契約により合計金四四〇〇万円をいずれも利率年三割未満の約定で借り受け(以下、「本件借入金」という。)、被告に対してそれぞれに対応する支払場所を第一勧業銀行池袋西口支店とする約束手形を振出し、交付した。
記
(1) 昭和五五年三月四日 借入金六〇〇万円
手形金額 金八九三万四〇〇円
満期日 昭和五七年三月一〇日
手形番号 二三七八五九
(2) 同年九月二日 借入金七〇〇万円
手形金額 金九五一万八〇〇〇円
満期日 昭和五七年三月一〇日
手形番号 二五三七六七
(3) 昭和五六年三月一〇日 借入金二四〇〇万円
手形金額金三六八三万二〇〇〇円
満期日 昭和五八年三月一〇日
手形番号 二六七七五一
(4) 昭和五六年三月一〇日 借入金七〇〇万円
手形金額金一〇七四万二四〇〇円
満期日 昭和五八年三月一〇日
手形番号 二六七七五二
(二) (再建案の合意)
原告は、昭和五六年八月ころ大幅な債務超過に陥り、同月二〇日には全面的支払停止となった。
そこで、昭和五六年九月三日に原告の債権者集会において、芝信用金庫を除く原告の債権者全員の同意及び原告の株主全員の個別的同意を得て左記のとおりの再建案(以下、単に「再建案」という。)が成立し、原告の取締役会の再建案に対する承認決議を経た。その頃、被告は当時の原告代表取締役訴外白木哲也(以下、「白木」という。)を代理人として右再建案に同意したが、仮に然らざるとしてもそのころ白木に対して再建案を承認した。すなわち、被告の原告に対する、本件貸付金は無利息のものとなった。
記
(1) 原告の債務は以後無利息とする。
(2) 原告は各債権者に対し、毎月元本の約一・三パーセント相当の元本を返済する。
(3) 各債権者に対して振出された手形は原告に返却する。
(4) 白木個人の居宅(埼玉県浦和市常盤六丁目所在の土地・家屋)を原告再建の資とする。
(三) (本件借入金の返済)
その後、被告は昭和五六年九月三〇日に前記約束手形を原告に返却するとともに、同日以降原告は被告に対して、本件借入金の返済として、別紙借入金返済一覧表記載のとおり昭和五九年五月三一日までに元本金四四〇〇万円及び利息金一六七〇万円の支払いをした。
(四) 右利息金一六七〇万円の支払いは、被告が承認した再建案による利息免除の合意に反してなされたもので、被告はこれを法律上の原因なくして利得し、原告は同額の損失を被った。
(五) よって、原告は被告に対して、不当利得返還請求権に基づき、支払利息金相当額及び、これに対する昭和六二年一〇月一五日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 (予備的請求)
(一) 仮に、原告の被告に対する前記利息の支払いが原告と被告の間の利息契約に基づくものであったとしても、本件借入金の利息として支払われた金一六七〇万円のうち金一二八〇万七三三七円を超える金三八九万三六六三円は、別紙借入金返済一覧表のとおり利息制限法による制限を超えて、債務が存在しないのに支払われたものである。
(二) よって、原告は被告に対して、不当利得返還請求権に基づき、右制限超過利息相当額及び、これに対する本件訴状送達の翌日である昭和六一年一〇月八日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 主位的請求について
(一) 請求原因1(一)のうち本件借入金の借主が原告であることは否認し、その余の事実は認める。
本件借入金の借主は白木個人である。なお、手形は担保のために白木から受領したものである。
(二) 同(二)のうち、再建案に対する被告の同意、承認、白木に対する代理権授与の事実は否認する。その余の事実は知らない。
(三) 同(三)のうち、被告が原告に約束手形四通を返却したこと、被告への弁済総額、及び別紙借入金返済一覧表のうち番号2ないし6及び7の内金四〇万円、9ないし20が原告名義で被告に振込送金されたことは認め、その余は争う。同表番号7の内金二〇〇〇万円及び同21の金二四〇〇万円は白木個人からの現金による弁済であり、同23は白木が原告振出の約束手形を持参しての弁済である。
(四) 同(四)、(五)は争う。
2 予備的請求について
請求原因2は争う。
(二) 同(二)は認める。
三 抗弁(非債弁済)
原告は金融を目的とする会社であり、本件貸付金の契約当時原告の代表取締役であった白木は、制限超過利息を元本に加算した金員を額面とする請求原因1(一)記載の各約束手形を振出し、更に、右手形返却後も制限超過分の利息を任意に弁済した。即ち、原告は利息制限法超過の利息が元本に充当されてなおかつ過払い分がある時には返還請求をすることができることを充分に知りつつ、本件の制限超過分の利息の支払いをしたものであるから、非債弁済として返還請求はできない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は争う。
五 再抗弁
1 前記のとおり、被告は昭和五六年九月一一日に白木の唯一の不動産である浦和市所在の土地、建物に極度額五〇〇〇万円の根抵当権を設定させた。
そして、再建案を実行中の白木に、右根抵当権を背景として本件借入金の元利金の返済を強要し、右根抵当権の解除と引き換えに昭和五八年三月七日、原告に振出させた額面金八〇〇万円、支払期日昭和五九年五月三一日とする約束手形を支払期日に手形交換所に呈示して決裁させて最後の分の支払いを受けた。
右の事実に照らせば、原告が本件過払金を支払った当時、それが利息制限法の制限利息を超え、債務の存在しないことを知っていたとしても、弁済せざるを得ない客観的事情が存在したというべきである。
六 再抗弁に対する認否
被告が原告主張の根抵当権の設定を受け、金八〇〇万円の約束手形によって支払いを受けた事実は認めるが、その余は否認する。
被告は、本件貸付金の弁済を、原告ないし白木に強要したことはない。
第三《証拠関係省略》
理由
第一主位的請求について
一 請求原因1(一)のうち、本件借入金の借主が原告であるとの事実を除くその余の事実(被告の貸付の際、原告振出の約束手形四通を振出、交付)、同1(三)のうち、昭和五六年九月三〇日に被告が右約束手形四通を原告に返却し、同日以降昭和五九年五月三一日までの間に別紙借入金返済一覧表記載のとおり合計金六〇七〇万円が被告に弁済された事実、右弁済金のうち、同表番号7の内金二〇〇〇万円、番号21の金二四〇〇万円及び番号23の金八〇〇万円を除く一八回の弁済が原告名義でなされた事実は、いずれも当事者間に争いがない。
そこで、本件借入金の借主について判断するに、《証拠省略》によれば、原告会社はいわゆるサラ金業者であるところ、昭和五五、五六年当時代表取締役白木をはじめとする各取締役が資産家から原告会社の営業資金を引き出して会社に入れる方式をとっいたが、借入れの際借用証書は作らず、原告振出の約束手形を交付するのみであったこと、被告も個人的に知り合った白木から頼まれてサラ金業の資金として本件借入金の融資をしたことが認められ、《証拠省略》によれば、被告に対する弁済金のうち昭和五六年九月三〇日以降昭和五七年一月二九日までの毎月金七〇万円、昭和五七年二月二七日以降昭和五八年二月二八日までの毎月金四〇万円はいずれも原告から被告に銀行振込の方法で支払われ、その支払いについては原告の会計帳簿にも計上され、また昭和五六年九月三日原告の財政再建のため開かれた取締役会及び主要債権者会議で確認された原告の債務として、被告からの本件借入金も計上されていたこと、更に、昭和五六年九月一一日被告が白木所有の浦和市所在の土地、建物に設定を受けた極度額金五〇〇〇万円とする根抵当権(被告が右根抵当権の設定を受けたことは当事者間に争いがない。)の債務者は、不動産登記簿上原告と表示されていること、被告が最後に支払いを受けた昭和五九年五月三一日の金八〇〇万円は、原告の昭和五八年三月七日振出の約束手形の決済によって支払われたこと、以上の事実が認められ、これらの事実と前記当事者間において争いのない事実を合わせれば、本件借入金の借主は白木個人ではなく原告であることを認めるに十分であり、《証拠省略》中この認定に反する部分は採用できず、他に右認定の妨げとなる証拠はない。
二 請求原因1(二)の再建案の合意の成否について判断する。
1 《証拠省略》によれば、原告会社は昭和五六年八月ころ総額二二億余の負債を負って同月二〇日ころには手形決済不能となったこと、そのころ原告の大口債権者である安岡光雄が原告会社の右経営状況を知るに至り、同人の主導の下に再建案が検討され、同年九月三日に開かれた取締役会及び主要債権者の会議において、芝信用金庫に対する約九一〇〇万円の債務を別として、約一五億円の安岡光雄関係債務に対し毎月一〇〇〇万円、被告を含む九名からの借入金合計金七億七六五〇万円に対し毎月一〇〇〇万円を返済に当てることとし、利息はカットして右九名には金一〇〇〇万円を元本に応じて按分した一・二八パーセントずつの長期分割弁済にすること、原告振出の約束手形は回収し、借用証書と切り替えること、代表者白木の浦和市所在の土地、建物を会社再建の資とすることなどを内容とする再建案が採用され、当日出席していなかった被告を含む各債権者に対しては、それぞれ融資金導入を担当した各取締役が右再建案に基づき個別に同意を得ることとしたこと、本件借入金については白木が被告の同意を得る予定であったこと、以上の事実が認められる。そして、被告が右再建案採用後間もない同年九月三〇日から原告から金七〇万円ずつの返済を受けはじめたこと(《証拠省略》によれば、昭和五五年三月四日の最初の貸付以来被告が本件の返済を受けたのはこれが最初であることが認められる。)、そのころ被告は原告に対し、貸付当時原告から交付を受けていた約束手形四通を返却したことはいずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告自身昭和五六年七月ころには白木から原告会社の経営不振の状況を聞き、同年九月一一日には前記のとおり白木の土地、建物に根抵当権を設定し、また後日原告の債権者の一人から、「利息カット、元本の一部分割払」の債権者集会の話合いの結果を聞いていたことが認められる。
2 しかしながら、他方被告への当初の毎月の返済額金七〇万円は再建案の条件とも異なり、被告はその後元本及び制限利息を上回る利息を現に受け取っている事実に照らし、前記1の認定事実から被告が再建案に同意、承諾を与え、利息免除の合意をしたとの請求原因1(二)の事実を認めるには足りず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
三 以上によれば、再建案による利息免除の合意を前提とする原告の主位的請求は理由がない。
第二予備的請求について
一 請求原因2(一)について判断するに、本件借入金の各利息制限法所定の制限利率は、いずれも年一割五分であり、別紙借入金返済一覧表のとおり支払われた金員について当事者間に充当に関する合意、指定はなかったというのであるから、民法四八九条、四九一条に従って法定充当すると、同表番号23の昭和五九年五月三一日の金八〇〇万円支払いの時点で元本及び利息が完済され、右金八〇〇万円のうち金三八九万二六六三円については債務が存在しないのに支払われたことは明らかである。
二 抗弁について判断するに、《証拠省略》によれば、いわゆるサラ金業者としての原告の借入れ金利は年利二〇パーセントないし二四パーセント、貸付け金利は月三分ないし日歩二五銭であり、被告から本件借入金を引き出した原告の当時の代表取締役の白木は、これらの金利が利息制限法の制限を超えていることを知っていたこと、被告と白木との間では、本件借入金の利息を年二割とする約定があったこと(もっとも、被告の貸付の際振り出された前記四通の約束手形の額面金額が、支払期日までの利息を含むものとして請求原因1(一)の(1)ないし(4)の利息を逆算すると、それぞれ年利約二四・一パーセント、二三・六パーセント、二六・七パーセント、二六・七パーセントとなる。)、原告の弁済金のうち昭和五六年二月二七日の金二〇四〇万円のうち金二〇〇〇万円、昭和五八年三月七日の金二四〇〇万円はいずれも原告会社において白木から現金で支払われたこと、過払金を生じた昭和五九年五月三一日の金八〇〇万円の手形金の決済については、決済の直前、当時の原告会社の資金担当の取締役であった山崎彰から被告に対し、その手形の趣旨等について問合せがあったことが認められ、また前記第一、一の認定事実と《証拠省略》によれば、原告による毎月七〇万円ないし四〇万円の弁済金は支払利息として、昭和五七年二月二四日の金二〇四〇万円のうち金二〇〇〇万円と昭和五八年三月七日の金二四〇〇万円は借入金の現在高状況として、それぞれ原告会社の確定申告書添付の「借入金、利息支払明細書」に計上されていることが認められる。以上の事実を総合すれば、原告は、少なくとも残元本額に相当する昭和五八年三月七日の金二四〇〇万円の弁済後の昭和五九年五月三一日弁済の金八〇〇万円の全部又は一部が、利息制限法の制限利息を超え、本来債務のないことを知りつつ支払ったものと推認するのが相当であり、この認定を左右する証拠はない。
三 そこで、原告の再抗弁について判断するに、前記第一の認定事実と《証拠省略》によれば、被告は昭和五六年七月ころには白木から原告会社の経営不振の状況を聞いていたのに、大口債権者らによる前記再建案成立後間もない同年九月一一日受付で白木所有の土地建物に極度額金五〇〇〇万円の根抵当権を設定したが、芝信用金庫を除いては当時の債権者でこのような物的担保を得た者は他になかったこと、被告は、前記債権者集会における「利息カット、元本の一部分割払」の話合いの結果を後日聞いた後も前記のとおり原告からの返済を受け続け、昭和五八年三月七日金二四〇〇万円の支払いを受けたことにより原告からの累計弁済額は元本の金四四〇〇万円を上回る金五二七〇万円に達したのに、同日更に原告に額面金八〇〇万円の約束手形を振り出させて同日付の解除を原因として前記白木所有の土地、建物に対する根抵当権設定登記を抹消し、右手形が昭和五九年五月三一日の支払期日に決済されたことにより本件過払金が発生したこと、原告代表者白木は、右二四〇〇万円の支払いのため原告会社の名において他から高利の借入れをせざるを得なかったこと、被告を除く債権者のほとんどは前記利息カット、元金の一部分割払いの再建案に応じたが、昭和五九年六月ころには原告が倒産したため、元本の四四パーセント程度の支払いを受けたにとどまったこと、以上の事実が認められる。
右事実と《証拠省略》を総合すれば、原告代表者の白木は、被告による前記根抵当権の実行を避けるため、他からの高利借入れにより前記金二四〇〇万円を支払うと同時に金八〇〇万円の約束手形の振出を余儀なくされ、後日右手形金の決済をせざるを得ない状況にあったものと認めるのが相当である。《証拠省略》中、白木の土地、建物に対する根抵当権設定は白木の財産保全のため同人から頼まれたとの部分、原告からの弁済はすべて白木を信用してその言うままに受けてきた等右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定によれば、原告が本件過払金の弁済の当時、その債務の不存在を知っていたとしても、取りあえず弁済せざるを得ない特段の客観的事情が存在したというべきであるから、原告は前記過払金の返還請求権を失うものではない。
よって、原告の再抗弁は理由がある。
第三結論
よって、主位的請求は棄却し、予備的請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条但し書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する
(裁判官 荒井史男)
<以下省略>