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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)13939号 判決 1988年9月26日

原告

富士染工有限会社

右代表者代表取締役

田上フミ

右訴訟代理人弁護士

小田修司

小長井雅晴

松坂祐輔

被告

日本団体生命保険株式会社

右代表者代表取締役

尾高一

右訴訟代理人弁護士

遠藤誠

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一億〇一九八万円及びこれに対する昭和六一年七月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、織物染色加工業を営む会社であり、他方、被告は、生命保険事業を営む会社である。

2(一)  原告と被告は、昭和五一年七月一日、保険者を被告、保険契約者を原告、被保険者を萩原義一、保険金額を金一五〇〇万円、保険金受取人を原告とする生命保険契約を締結し、その後、右保険金額を金一六四八万円に増額した。

(二)  更に、原告と被告は、同日、保険者、保険契約者、被保険者及び保険金受取人が(一)と同じで、保険金額を金五〇〇万円とする生命保険契約を締結し、その後、右保険金額を金五五〇万円に増額した。

(三)  原告と被告は、同年八月一日、保険者、保険契約者、被保険者及び保険金受取人が(一)と同じで、保険金額を金八〇〇〇万円とする生命保険契約を締結した。

3  萩原義一は、昭和五九年七月一〇日死亡した。

4  原告は、被告に対し、昭和六一年七月七日、右保険金額合計一億〇一九八万円の支払を請求した。

5  よって、原告は、被告に対し、保険契約に基づき、保険金合計一億〇一九八万円及びこれに対する右支払請求の翌日である昭和六一年七月八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし4の事実はいずれも認める。

三  抗弁

1  保険金受取人の変更

当時原告の代表取締役であった萩原義一は、昭和五九年六月二九日、被告に対し、保険金受取人をいずれも原告から変更し、請求原因2(一)及び(二)の保険金については萩原進と黒田久美子とが各五〇パーセント宛、同(三)の保険金につき萩原進と萩原吉以とが各三パーセント宛、萩原洋子が四〇パーセント宛のそれぞれ受取人となるものとする旨の意思表示をした。

2  準占有者への弁済

仮に、右1の抗弁が認められないとしても、

(一) 原告は、被告に対し、昭和五九年六月二九日右保険金受取人の名義変更・訂正請求書(印鑑登録証明書を含む。)を提出し、これに伴って保険証券の記載変更を受けたが、いずれも書類は適式に整っていた。

(二) その後、被告は、昭和五九年八月七日、請求原因2(三)の保険金につき、債権者大番タオル株式会社、債務者萩原吉以・同萩原進・同萩原洋子・同黒田久美子、第三債務者被告とする仮差押債権金額金二二八〇万円の宇都宮地方裁判所足利支部昭和五九年(ヨ)第五五号債権仮差押決定の送達を受けた。続いて、被告は、同月九日、同2(三)の保険金につき、債権者増田産業株式会社、債務者萩原吉以・同萩原進、第三債務者被告とする仮差押債権金額金二〇〇〇万円の宇都宮地方裁判所足利支部昭和五九年(ヨ)第五四号債権仮差押決定の送達を受けた。

(三) そして、萩原進らは、適式な保険金・給付金請求書を提出してきた。

(四) また、当時、保険金受取人を会社から他の個人等に変更するについて、会社の社員総会議事録を徴求することは、いずれの生命保険会社においてもなされていなかった。しかし、被告は、念のため、原告の総出資口数の九六パーセントの社員が右1の保険金受取人変更に同意する旨の社員総会議事録を原告に提出させた。

(五) そこで、被告は、萩原進らが正当な保険金受取人であると過失なくして信じ、昭和五九年八月一〇日、右(二)の仮差押分を除いて、受取人変更後の割合に従い、請求原因2(一)の保険金につき、萩原進及び黒田久美子に対し各金八二四万円、同(二)の保険金につき、右両名に対し各金二七五万円、同(三)の保険金につき、萩原進に対し金五二〇万円、萩原洋子に対し金三二〇〇万円をそれぞれ支払った。

(六) よって、被告は、本件保険金全額のうち保険金五九一八万円の支払義務については、債権の準占有者に対して善意無過失で弁済したことにより免責されるものである。

3  弁済供託

(一) 被告は、右2の支払後、同(二)で仮差押を受けた金四二八〇万円の保険金債権について、更に、次のとおり仮差押及び差押決定の送達を受けた。

(1) 昭和五九年八月一〇日

債権者佐武満、債務者萩原進・同萩原吉以・同萩原洋子、第三債務者被告とする仮差押債権金額金三四〇〇万円の宇都宮地方裁判所足利支部昭和五九年(ヨ)第五三号債権仮差押決定

(2) 同月二九日

債権者足利信用金庫、債務者萩原進、第三債務者被告とする仮差押金額金三一四四万〇一八一円の宇都宮地方裁判所足利支部昭和五九年(ヨ)第五九号債権仮差押決定

(3) 同年九月二八日

債権者高橋栄次、債務者萩原吉以・同萩原進・同萩原洋子、第三債務者被告とする差押金額金六〇〇六万七〇一五円の宇都宮地方裁判所足利支部昭和五九年(ル)第六四号債権差押決定

(二) 被告は、民事執行法一五六条二項に基づき、同年九月二八日、東京法務局に対し、仮差押及び差押の競合する保険金合計四二八〇万円を供託した。

(三) よって、被告は、本件保険金全額のうち右2を控除した残金四二八〇万円の支払義務については、弁済供託により免責されたものである。

4  信義則違反

(一) 被告は、昭和五九年八月一〇日、萩原進、萩原洋子及び黒田久美子に対し本件保険金を支払ったが、その当時萩原進は、原告の代表取締役でもあった。従って、被告が原告に対し本件保険金を支払うとしても、やはり萩原進に支払うほかなかったものである。そして、その支払に際して被告が徴求した社員総会議事録には原告の実印が押され、かつその印鑑登録証明書も提出されたのであるから、被告の萩原進らに対する支払は、実質的には原告に本件保険金を支払ったも同然とみるべきである。ところが、それから二年も経て、原告は、萩原進を代表取締役から解任し、再度保険金の支払を請求してきたものである。

(二) 被告が送達を受けた仮差押決定のうち、右2(二)の昭和五九年八月七日の債権者大番タオル株式会社、債務者萩原吉以・同萩原進・同萩原洋子・同黒田久美子、第三債務者被告とする仮差押債権金額金二二八〇万円の宇都宮地方裁判所足利支部昭和五九年(ヨ)第五五号債権仮差押決定と、同月九日の債権者増田産業株式会社、債務者萩原吉以・同萩原進、第三債務者被告とする仮差押債権金額金二〇〇〇万円の宇都宮地方裁判所足利支部昭和五九年(ヨ)第五四号債権仮差押決定の被保全債権は、いずれも原告が振出人となっている約束手形金債権である。そして、被告は、右仮差押合計額金四二八〇万円についてもともと原告の債務の支払として弁済したから、原告は、その分債務を免れた。従って、原告の本件請求を認めることは、被告に二重払いを強いることになる。

(三) 従って、右のような事情のもとでは、原告の本件請求は、信義誠実の原則に反するものとして認められない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実のうち、(四)の原告が保険金受取人変更に同意する旨の社員総会議事録を提出したこと及び(六)の被告の善意無過失を否認し、その余の事実は知らない。

3  同3の事実は知らない。

4  同4は争う。本件は、保険金受取人の変更請求後、わずか一一日で被保険者が縊死した事例であり、しかも、一見して原告の社員総会議事録ではない書類が提出されたにもかかわらず、被告は、被保険者の死亡後一か月にして、本件保険金を変更後の受取人とされる萩原進らに支払ったものである。従って、被告が通常の注意力をもって調査すれば、本件保険金を支払う必要のないことを知り得たのだから、原告の被告に対する本件請求は、何ら信義誠実の原則に違反しない。

五  再抗弁(利益相反取引)

1  抗弁1の保険金受取人の変更当時、萩原進は、原告の取締役であった。右変更行為は、原告から萩原進らに対する贈与行為であり、これは、萩原義一が原告の代表取締役であることを不当に利用して、保険料を負担していた原告の不利益において、萩原進らの利益を図ったものであるから、有限会社法三〇条一項が適用ないし類推適用される。

2  ところが、右保険金受取人を変更するにつき、原告の社員総会の認許がなく、しかも、被告は、右認許のないことにつき悪意であった。

3  よって、萩原進への右保険金受取人変更行為は無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  保険金受取人の変更は、一方的な形成権の行使により効力を生ずるものであり、かつ受取人は、法的保護に値する利益を有していないので、右変更に有限会社法三〇条一項を適用する余地はない。仮に、右変更を同条項の適用される取引と解しても、その取引の当事者ではなく、かつ取引によって何の利益も受けていない保険会社について、その行為の効力が同条項により左右されることはない。

2  再抗弁2の事実は否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因事実は当事者間に争いがない。

二1  そこで、抗弁1の事実について判断する。

<証拠>によれば、萩原義一が、昭和五九年六月当時原告の代表取締役であったこと、その同人が、同月二九日、名義変更・訂正請求書三通(乙第五号証の一ないし三)の変更請求内容欄に死亡保険金受取人・死亡給付金受取人の変更、新受取人名として、請求原因2(一)及び(二)の保険契約については、黒田久美子五〇パーセント、萩原進五〇パーセントと記入し、請求原因2(三)の保険契約については、萩原吉以三〇パーセント、萩原進三〇パーセント、萩原洋子四〇パーセントと記入し、印鑑等を適式に整えて被告の営業所に届け出たこと、そして、請求原因2の保険契約の保険証券三通に、右名義変更・訂正請求書の変更内容に従って保険金受取人変更の記載がなされたことが認められる。従って、抗弁1の事実は、これを認めることができる。

2  次に、再抗弁について検討する。

<証拠>によると、右保険金受取人変更がなされた当時、萩原進が原告の取締役であったことが認められる。

有限会社法三〇条は、取締役と会社の利益が相反する取引について、社員総会の認許を要する旨を規定しており、社員総会の認許を得ないでした利益相反取引は、会社と取締役及び右取締役と取引をした悪意の第三者、会社と取締役のために取引をした悪意の第三者との関係では相対的無効となると解すべきである。

前記1認定のとおり、萩原義一が本件保険金の受取人を原告から萩原進らに変更した行為は、保険金受取人たる地位の喪失という原告の不利益において、取締役である萩原進に右地位を与えてその利益を図るものであるから、財産の譲渡に類する行為として同条一項前段に規定する利益相反取引に当たるものと解すると、原告と萩原進との間では、その認許についての原告の社員総会の適否によって、保険金受取人変更行為を無効とする余地がある。しかしながら、右取引に類する関係において原告の相手方となっているのは、新受取人である萩原進であって、保険会社ではない。保険金受取人の変更は、保険会社あるいは新受取人に対する一方的意思表示をもって形成的になされ、それのみで効果を生ずるものであって、萩原義一の保険会社に対する届出という行為は、保険契約者のなす右の一方的な意思表示であり、保険会社側は、これを受理するについて審査したり、拒否したりする裁量の余地は全くないのであり、右行為によって保険会社は何らの経済的利益を得るものでないから、これを原告と保険会社の取引行為、あるいは原告との取引行為を前提とする萩原進と保険会社との取引に当たると解するのは相当ではない。従って、有限会社法三〇条一項前段の規定を適用する余地はない。

次に、保険金受取人変更行為が、同条項後段の間接取引に類するものと解すべきか否かについて検討すると、前述のとおり、保険金受取人変更行為は、保険会社にとって、これを審査したり、拒否したりする余地が全くなく、保険契約者の一方的行為によって効果を生ずるものであること、並びに保険金受取人変更行為によって保険契約者が保険会社に対し、債務保証や債務引受の場合のように、保険契約で定められている以上の新しい責任や負担その他の義務を負うものでないことに鑑みれば、保険会社の善意悪意を問題にし、当該行為の効力への影響を論ずべき必要性も合理性もない。従って、これについて有限会社法三〇条一項後段の規定を適用する余地もない。

そうすると、原告が、被告に対し、萩原義一の保険金受取人の変更行為が同条の規定により無効になると主張することはできない。従って、原告の再抗弁の主張は失当である。

三以上によれば、その余の事実を判断するまでもなく、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鬼頭季郎 裁判官菅野博之 裁判官櫻庭信之)

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