東京地方裁判所 昭和61年(ワ)14030号 判決 1987年5月20日
原告 トニー・セテラこと アンソニー ジヨセフ セテラ ジユニア
被告 株式会社三菱銀行
右代表者代表取締役 伊夫伎一雄
右訴訟代理人弁護士 上野宏
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
理由
一 昭和五六年九月二一日に被告渋谷支店にトニー・セテラ名義の普通預金口座が開設されたことは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨によれば、右トニー・セテラという名称は原告の通称であり右預金口座は同人の意思に基づかずに開設されたものと推認される。
二 原告は、右のような原告名義の冒用は被告が公共金融機関として預金口座開設にあたり必要とされる他人名義による口座開設の防止義務を怠つたために生じた旨主張する。
しかし、普通預金の趣旨、性質等からして、銀行に他人名義による預金口座開設の防止のための審査義務があるとは解せられない。普通預金は、口座を設ければ預入れ・払戻しがいつでも自由にできる要求払い預金であり、一般大衆の簡便な貯蓄性預金として広く利用されている預金である。そして銀行預金取引の名義は必ずしも本名を使用しなければならないわけではなく、このため好ましいことではないが他人名義や架空名義でなされることも多々あり、不特定多数の人を相手として大量取引を建前とする普通預金口座の開設にあたつては、他人名義かどうかわからないことが多いし、定型的、迅速的処理を要する銀行業務の性質上、預入人の身元、信用等を調査確認せずに口座開設がなされていることは公知の事実である。このような普通預金の趣旨、性質及び銀行業務の実状からすれば、銀行に預入れに来た者と名義人が一致するか否か、ないしその事情を調査する義務はないものというべきである。
従つて、被告渋谷支店の預金係が原告の主張するような審査を何らせずにトニー・セテラ名義の預金口座を開設したとしても、このことをとらえて過失ありとは解しがたく、原告の主張は失当というべきである。
三 よつて、被告に損害賠償義務があるとの原告の主張は、その余の点に触れるまでもなく失当であるから、これを棄却
(裁判官 阿部則之)