東京地方裁判所 昭和61年(ワ)14870号 判決 1989年10月30日
昭和六一年(ワ)第一四八七〇号 及び同六三年(ワ)第六〇七〇号各事件
原告 瀧野川信用金庫
右代表者代表理事 浅香誠之助
右訴訟代理人弁護士 正野朗
同 海地清幸
同 辻亨
昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件
被告 サンシコー株式会社
右代表者代表取締役 中嶋善弘
昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件
被告 株式会社コスモ・ビーエフブック
右代表者代表取締役 高橋和昭
右被告両名訴訟代理人弁護士 平松久生
昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件
被告 サンブック株式会社
右代表者代表取締役 小出弘昭
昭和六三年(ワ)第六〇七〇号事件
被告 中尾カク
右訴訟代理人弁護士 荒川良三
主文
一、昭和六一年(ワ)第一四八七〇号及び同六三年(ワ)第六〇七〇号各事件原告の昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件被告らに対する主位的請求をいずれも棄却する。
二、昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件被告サンブック株式会社及び同サンシコー株式会社は、昭和六三年(ワ)第六〇七〇号事件被告中尾カクに対し、別紙第二物件目録二記載の建物から退去して同目録一記載の土地を明け渡せ。
三、昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件被告株式会社コスモ・ビーエフブックは、昭和六三年(ワ)第六〇七〇号事件被告中尾カクに対し、別紙第二物件目録二記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明け渡せ。
四、昭和六三年(ワ)第六〇七〇号事件被告中尾カクは、別紙第二物件目録一記載の土地につき賃貸及び建物の新築又は増改築など別紙根抵当権目録記載の根抵当権の価値を減ずる行為をしてはならない。
五、訴訟費用は昭和六一年(ワ)第一四八七〇号及び同六三年(ワ)第六〇七〇号各事件被告らの負担とする。
六、この判決は、第二項及び三項に限り仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
(昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件)
1. 主位的請求
(1) 右事件被告サンブック株式会社及び同サンシコー株式会社は、昭和六一年(ワ)第一四八七〇号及び同六三年(ワ)第六〇七〇号各事件原告(以下「原告」という。)に対し、別紙第二物件目録二記載の建物から退去して同目録一記載の土地を明け渡せ。
(2) 右事件被告株式会社コスモ・ビーエフブックは、原告に対し、別紙第二物件目録二記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明け渡せ。
(二) 予備的請求
主文第二、三項と同旨
2. 訴訟費用は右事件被告らの負担とする。
3. 1項につき仮執行宣言
(昭和六三年(ワ)第六〇七〇号事件)
1. 主文第四項と同旨
2. 訴訟費用は右事件被告中尾カクの負担とする。
二、請求の趣旨に対する右各事件被告らの答弁(昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件被告サンブック株式会社を除く。)
1. 原告の請求をいずれも棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 原告は、昭和五七年九月八日、昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件被告サンブック株式会社(以下「被告サンブック」という。)との間で、信用金庫取引契約を締結し、右契約において、同被告が手形交換所の取引停止処分を受けたときは、右取引契約に基づく債務について当然に期限の利益を喪失する旨約した。
2. 昭和六三年(ワ)第六〇七〇号事件被告中尾カク(以下「被告中尾」という。)は、別紙第一物件目録一の1、2記載の土地(以下「本件土地一」という。)及び同目録二記載の建物(以下「本件建物一」という。)を所有していたところ、原告に対し、前項の信用金庫取引契約から生ずる被告サンブックの原告に対する債務を担保するため、別紙根抵当権目録記載のとおり、根抵当権を設定したうえ(以下「本件根抵当権」という。)、別紙根抵当権目録登記日欄記載の日に、それぞれその旨の登記を経由した。
3.(一) 原告は、被告サンブックに対し、1項の信用金庫取引契約に基づき、昭和五八年三月三一日、四〇〇〇万円を、弁済期昭和六三年九月三〇日、利息年八・九パーセント、遅延損害金年一八・二五パーセントの約定で、また、昭和五九年二月三日、二億四〇〇〇万円を、弁済期昭和六五年一〇月三一日、利息年八・八パーセント、遅延損害金年一八・二五パーセントの約定で、さらに、右同日、四〇〇〇万円を、弁済期昭和六六年二月二八日、利息年八・八パーセント、遅延損害金年一八・二五パーセントの約定で、それぞれ貸し渡した。
(二) 被告サンブックは、昭和六〇年八月一日、二回目の手形不渡り事故を発生し、同月五日、東京手形交換所より取引停止処分を受けて事実上倒産した。
4.(一) 昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件被告株式会社コスモ・ビーエフブック(変更前商号東京高分子化学電子工業株式会社、以下「被告コスモ」という。)は、昭和六〇年八月ころ、本件土地一の道路接面部分である別紙第二物件目録一記載の土地(以下「本件土地二」という。)上に同目録二記載の建物(以下「本件建物二」という。)を本件建物一に隣接して建築所有し、本件土地二を占有しているところ、右建築に伴って本件建物一との間をシャッターで遮断したため、本件建物一及び本件土地一のうちのその敷地部分は道路への出入口を奪われ、その利用価値が喪失した。
(二) 被告サンブック及び昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件被告サンシコー株式会社(以下「被告サンシコー」という)は、本件建物二を占有している。
5. 原告は、昭和六〇年八月二一日、本件根抵当権に基づき、本件土地一及び本件建物一につき競売を申し立て、翌二二日、不動産競売開始決定を得たが、従前は本件土地一につき一平方メートル当たり約三〇万円合計二億九六五二万円の価値を有していたにもかかわらず、前項記載の被告コスモ・同サンブック及び同サンシコーによる本件建物二の建築、使用及び本件土地二の占有により右価値がほとんど皆無に帰した結果、本件根抵当権の実行によりほとんど満足が得られなくなった。
6. 被告中尾は、前項のような本件土地一及び本件建物一の担保価値減少の事態を認識しながら、他の被告らによる本件建物二及び本件土地二の右占有を積極的に是認し、本件根抵当権の侵害を助長する行為を現に行っており、今後も右担保価値を減ずる行為を行うおそれが十分にある。
7. よって、原告は、債権者代位権により、被告中尾に対する根抵当目的物の価値維持請求権を保全するため、同人の土地所有権に基づく返還請求権により、または、根抵当権に基づく妨害排除請求権により(右請求は選択的に主張する。)、被告サンブック及び同サンシコーに対し、本件建物二から退去して本件土地二を原告に(予備的に被告中尾に)明け渡すことを、被告コスモに対し、本件建物二を収去して本件土地二を原告に(予備的に被告中尾に)明け渡すことを求め(昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件)、根抵当権設定契約に基づき、被告中尾に対し、本件土地二につき賃貸及び建物の新築又は増改築など本件根抵当権の価値を減ずる行為の禁止を求める(昭和六三年(ワ)第六〇七〇号事件)。
二、請求原因に対する認否
1. 被告サンシコー
(一) 請求原因1及び2の事実は認める。
(二) 同3の(一)の事実は不知、同3の(二)の事実は認める。
(三) 同4の(二)の事実のうち、被告サンシコーが本件建物二を占有していることは認める。
(四) 同5の事実のうち、原告主張の競売の申立て及び競売開始決定の点は認め、その余は否認する。
2. 被告コスモ
(一) 請求原因1の事実は知らない。
(二) 同2の事実のうち、被告中尾が本件土地一及び本件建物一を所有していたこと及び原告主張の各登記を了したことは認め、その余は知らない。
(三) 同3の(一)の事実は不知、同3の(二)の事実は認める。
(四) 同4の(一)の事実のうち、被告コスモが原告主張のとおり本件土地二上に本件建物二を建築所有して右土地を占有していることは認め、その余は否認する。
(五) 同5の事実のうち、原告主張の競売の申立て及び競売開始決定の点は認め、その余は否認する。
3. 被告中尾
(一) 請求原因1の事実は否認する。
(二) 同2の事実のうち、被告中尾が本件土地一及び本件建物一を所有していたこと及び原告主張の各登記を了したことは認め、その余は否認する。
(三) 同3の(一)の事実は不知、同3の(二)の事実は認める。
(四) 同5の事実のうち、原告主張の競売の申立て及び競売開始決定の点は認め、その余は知らない。
(五) 同6の事実は否認する。
4. 被告サンブック
請求原因事実は明らかに争わない。
三、債権者代位権に基づく請求に対する被告サンシコー及び同コスモの抗弁(占有正権原)
1. 被告中尾は、昭和五三年一〇月一九日、被告サンブックに対し、本件建物一及び本件土地二を、賃料一括して一か月四〇万円、期間右建物につき三年、右土地につき二〇年、の約定で賃貸した。
2. 被告サンブックは、昭和六〇年七月三一日、被告コスモに対し、前項の賃借権等を代金五〇〇〇万円で譲渡し、被告中尾はこれを承諾した。
3. 被告コスモは、昭和六〇年八月二〇日、被告サンシコーに対し、本件建物二の一階及び二階の階段左側の事務室等を、賃料一か月三〇万円、期間三年、の約定で賃貸した。
四、抗弁に対する認否
抗弁1ないし3の事実は否認する。被告中尾は、昭和五三年一〇月一九日、被告サンブックに対し本件建物一を賃料一か月四〇万円の約定で賃貸し、その後右建物賃貸借契約は更新されたが、右以外に、被告中尾と同サンブックとの間に賃貸借関係は存しない。
被告らの本件土地二についての賃借権の主張は、右土地上の本件建物二の使用権原を仮装し、本件土地一及び本件建物一の担保価値を低下させることにより原告の本件根抵当権に基づく競売の実行を妨害するためのものである。
第三、証拠<省略>
理由
第一、昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件の主位的請求について
まず、債権者代位権に基づく請求は、債務者である被告中尾の無資力についての主張がなく、また、本件全証拠によってもこれを認めるに足りないので、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
次に、根抵当権に基づく物権的請求権による請求について検討するに、根抵当権は目的物の交換価値を排他的に支配する権利であって目的物の占有・使用収益を内容とする権利ではないから、根抵当権者である原告自身への直接の引渡は、根抵当権に基づく妨害排除請求権の限度を超えるものとして許されないといわざるを得ない。
したがって、原告の右主位的請求はいずれも理由がない。
第二、昭和六一年(ワ)一四八七〇号事件の予備的請求及び昭和六三年(ワ)第六〇七〇号事件の被告中尾に対する請求について
一、被告サンブックに対する請求原因について
被告サンブックは、請求原因事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
二、被告サンシコー、同コスモ及び同中尾(以下「被告三名」という。)に対する請求原因について
1. 請求原因1の事実(原告と被告サンブックとの信用金庫取引契約の成立)は、<証拠>により認められる(原告と被告サンシコーとの間では右事実は争いがない。)。
2. 同2の事実のうち、被告中尾の原告に対する根抵当権の設定の事実は、<証拠>により認められ(原告と被告サンシコーとの間では右事実は争いがない。)、原告がその主張のとおり根抵当権設定登記を経由したことは、原告と被告三名との間で争いがない。
3.(一) 同3の(一)の事実(原告の被告サンブックに対する融資)は、<証拠>により認められる。
(二) 同3の(二)の事実(被告サンブックの取引停止処分等)は、原告と被告三名との間で争いがない。
4. 同4の(一)の事実のうち、被告コスモが原告主張のとおり本件土地二上に本件建物二を建築所有して右土地を占有していることは、原告と被告コスモとの間で争いがなく、同4の(二)の事実(被告サンシコーの本件建物二の占有)は、原告と被告サンシコーとの間で争いがない。
5. 同4、5の事実(根抵当権の侵害)について判断するに、原告が昭和六〇年八月二一日、本件土地一及び本件建物一につき競売を申し立て、翌二二日、競売開始決定を得たことは、原告と被告三名との間で争いがなく、3項認定の事実(原告の被告サンブックに対する融資)に、<証拠>を総合すると、原告は、右競売開始決定時において、本件根抵当権の被担保債権として貸付金残元本合計二億六二五七万八〇五一円、利息合計三一万六九九六円及び右元本に対する期限の利益喪失の日の翌日である昭和六〇年八月六日から完済まで年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金の各債権を有していたこと、本件土地二は、本件土地一のうちの道路接面部分に位置するところ、右部分に本件建物二が本件建物一に隣接してほぼ全面にわたり建築されたことにより、本件土地一の残余の部分及び右土地上の本件建物一は道路への出入り口を奪われるなどその効用が著しく阻害されていること、本件建物一は、当初、その構造種類等が鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建倉庫床面積六四八平方メートルであったところ、その後増築されて鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建工場床面積一階六四八平方メートル、二階三二九・〇四平方メートルに変更されるとともに、本件建物二の建築に伴って、昭和六〇年八月三〇日、それと一緒に一棟の建物としての表示登記がなされ、専有部分の建物の表示が本件建物一につき坂下三丁目一七番一七の一に、本件建物二につき同番一七の二になったこと、これらにより右競売手続における昭和六〇年一〇月六日時点での本件土地一及び本件建物一の評価額の算定にあたり、本件建物一(根抵当権の実行により発生する法定地上権を含む。)の評価額が三割減じられ、本件土地一につき五八七一万円、本件建物一につき一億〇三九六万円、合計一億六二六七万円と算定され、右評価額自体が前記被担保債権額を大幅に下回るに至ったこと、従って、本件土地一及び本件建物一の競売において買受申出人が容易には出現せずに売却困難となるおそれすら小さくないうえ、仮に売却されたとしても、原告は本件建物二の建築に伴う本件土地二の占有等がなかったとすれば得られたであろう金額に比して相当程度低い金額での満足しか得られない蓋然性が高いことが認められ、本件建物二の建築、使用、本件土地二の占有により、本件根抵当権は担保権としての価値を著しく阻害されているというべきである。
6. 右認定の事実に、被告中尾本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、被告中尾は、右のような同被告を除くその余の被告らによる本件建物二の建築、使用、本件土地二の占有につき、被告サンブックもしくは同コスモに対して本件土地二を賃貸した旨主張して、積極的にこれを是認し(右主張の賃貸借は、仮に存在するとしても根抵当権者たる原告に対抗しうるものでない。)、客観的に本件根抵当権の担保価値を減ずる行為を現に行っていることが明らかで、今後も同様の担保価値減少行為を行うおそれが十分に存するものと認められる。
三、なお、被告サンブック、同サンシコー及び同コスモにおいて、本件土地二に関する右占有につき、本件根抵当権に対抗しうる占有権原の主張がなく、証拠上も右権原を認めうるものは存しない。
四、以上の事実に基づき、右予備的請求及び被告中尾に対する請求について判断するに、根抵当権においても、その目的物の価値を侵害する第三者に対しては、物権的請求権に基づき、右侵害を回復するのに必要な限度でその妨害排除を求めることができると解するのが相当であるところ、本件においては、前記説示のとおり、本件土地二の占有(しかも根抵当権者に対抗しえない占有)により根抵当目的物の価値が著しく阻害されており、本件根抵当権に対する右侵害を回復するには本件土地二の占有自体を排除する必要が高いと認められるから、原告は、本件根抵当権に基づく妨害排除請求として、右占有者である被告サンブック、同サンシコー及びコスモに対し、設定者である被告中尾への目的物の引渡を求めることができるというべきである。また、前記認定にかかる本件根抵当権侵害の状況及びこれに関わる被告中尾の行動や今後の危惧等に鑑みれば、被告中尾に対し、根抵当権設定契約に基づく担保目的物の価値維持請求権により、担保目的物の価値を減少させる行為の禁止を求めることも、十分に理由のあることと認められる。
五、よって、原告の右予備的請求のうち根抵当権に基づく請求は理由があるからその余について判断するまでもなく右予備的請求は理由があり、また被告中尾に対する右請求も理由がある。
第三、結論
以上の事実によれば、昭和六一年(ワ)第一四八七〇号事件の主位的請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、同事件の予備的請求及び昭和六三年(ワ)第六〇七〇号事件の被告中尾に対する請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条ただし書、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 北山元章 裁判官 田村幸一 村野裕二)
<以下省略>