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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)1539号 判決 1986年9月25日

原告

吉水馨

ほか九名

被告

富士急行株式会社

ほか一名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告(1)から(4)までそれぞれに対し、各四一二万八二一四円及びこれらに対する昭和六〇年一月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは各自、原告(5)から(10)までそれぞれに対し、各六四万六三一六円及びこれらに対する昭和六〇年一月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和六〇年一月二六日午前九時三七分ころ

(二) 場所 神奈川県足柄上郡大井町山田二三七番地先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 大型乗用自動車(相模二二か一二九四)

(四) 右運転者 被告牧石成吉(以下「被告牧石」という。)

(五) 被害者 吉水正明(以下「亡正明」という。)

(六) 事故の態様 被告牧石は、加害車(路線バス)を運転し、本件事故現場の停留所で亡正明を下車させ、加害車を発車させたが、亡正明を加害車の後輪で轢過し、頭蓋骨粉砕骨折、脳挫滅によつて即死させた(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告牧石は、本件事故の発生につき、加害車(路線バス)を運転中、乗客である亡正明が、一見して下肢に障害があることがわかり、下車してバスの側面を歩行していきつつあつたのであるから、加害車の運転者としては、乗客の下車及び下車後の歩行に支障がないように十分注意すべきであるのに、亡正明の動静を確認することなく、漫然と加害車を発車させたため、加害車に接触し、バランスを崩して、転倒した亡正明を加害車の後輪で轢過した過失があるから、民法七〇九条により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告富士急行株式会社(以下「被告会社」という。)は、加害車を自己のために運行の用に供していた者であり、また、亡正明と路線バスについて運行契約を締結し、乗車してから下車し、バス停留所を離れるまで、旅客を安全に運送する義務を負つていたのであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の運行供用者責任、民法四一五条の債務不履行責任により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 逸失利益 二四九一万六一二五円

亡正明は、昭和七年七月六日生まれで本件事故当時五二歳であり、土木作業員として稼働していた。昭和五八年賃金センサス学歴計の男子労働者五二歳の平均賃金は、四八〇万〇八〇〇円であつたから、死亡時からの就労可能年数を一五年、生活費控除率を五〇パーセントとし、年五分の割合による中間利息控除をライプニツツ式計算法で行うと、同人の逸失利益は、次のとおりの計算式により右金額となる。

(計算式)

四八〇万〇八〇〇円×(一-〇・五)×一〇・三八〇=二四九一万六一二五円

(二) 慰藉料 一三〇〇万円

亡正明の死亡によつて同人が受けた精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当である。

(三) 相続

亡正明は、右損害賠償請求権を有するところ、原告らは、亡正明と別紙相続関係図のような身分関係にあり、いずれも相続人であるから、同人から右損害賠償請求権をそれぞれ別表損害明細書記載のとおりその相続分(原告(1)から原告(4)までは各三五分の七、原告(5)から原告(10)までは各三五分の一)に応じて相続した。

(四) 葬儀費

被告会社は、亡正明の遺体を原告らに引き渡さず、亡正明の勤務先の会社の上司である星崎栄に引き渡して、葬儀費用も同人に直接支払う等の処置をとつたため、亡正明の遺骨、遺品の引渡しを受けるため、原告らは、星崎に対し、一四〇万円を支払つた。この費用は、被告らの不適切な措置により通常の葬儀費用よりも多く支払を余儀なくされたもので、原告らは、これを一〇分の一ずつ負担した。

(五) 損害のてん補

原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から一八八九万五七八三円、被告らから八〇万円の支払を受け、前者は、倉ケ崎ツミ子の分を控除して支払を受けた額なので、別表損害明細書記載のとおり(倉ケ崎ツミ子の分を除いているので、原告(1)から原告(4)までは各三四分の七、原告(5)から原告(10)までは各三四分の一)にてん補し、後者は、平等にてん補した。

(六) 弁護士費用

原告らは、被告らが任意に右損害の支払いをしないために、その賠償請求をするため、原告ら代理人らに対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したが、被告らは、本訴において別表損害明細書記載のとおりの額を負担するのが相当である。

合計 いずれも別表損害明細書記載のとおり

よつて、被告ら各自に対し、原告(1)から(4)までそれぞれは、右損害金各四一二万八二一四円、原告(5)から(10)までそれぞれは、右損害金各六四万六三一六円及びこれらに対する本件事故の日である昭和六〇年一月二六日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2(責任原因)の事実中、(一)のうち、被告牧石が加害車を運転中、乗客である亡正明が、一見して下肢に障害があることがわかり、下車してバスの側面を歩行していきつつあつたことは認め、その余は不知あるいは争う。

本件事故は、亡正明の一方的過失ともいえるものである。亡正明は、本件事故の日の朝、以前に足を負傷していたため、病院に行き、その帰途加害車に乗車した。加害車の運転手である被告牧石は、亡正明の足が不自由なようであつたので、亡正明の下車に際しては、できるだけ歩道に近いところで停車した。被告牧石は、亡正明が加害車から下車し、一、二歩加害車と同方向に歩き始めたのを確認し、ドアを閉めた。そして、被告牧石は、ミラーを見たところ、亡正明が歩道の民家側にあるコンクリートの擁壁につかまつてゆつくり歩いているのを確認した。それから、被告牧石は、加害車をそのまま発進させたところ、その後、亡正明が加害車の左後輪部分に倒れ込み、本件事故が発生したものである。

以上のように、本件事故は亡正明が発車した加害車の後輪部分に倒れ込んで発生したものであり、亡正明の自損事故ともいえるものである。そして、被告牧石にとつて、亡正明が加害車と同方向に歩き出したことを確認して発車しているのであつて、その後に亡正明が後輪部分に倒れ込むなどということは、予見不可能なことであり、仮に確認できたとしても、被告牧石にとつて、本件事故を回避することは不可能であつた。

(二)のうち被告会社は、加害車を自己のために運行の用に供していた者であることは認め、その余は争う。

3  同3(損害)の事実は知らない。

三  抗弁

過失相殺

仮に、被告牧石に過失があつたとしても、前記のように、本件自己発生についての責任の大半は、亡正明にあるのであるから、損害賠償額の算定に当たつては、亡正明の過失を充分に斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)事実及び同2(責任原因)の事実中、(二)のうち被告会社は、加害車を自己のために運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがない。

二  被告牧石の過失の有無及び被告らの過失相殺の抗弁について判断する。

1  被告牧石が、加害車(路線バス)を運行し、本件事故現場の停留所で亡正明を下車させ、加害車を発車させたが、亡正明を加害車の後輪で轢過し、頭蓋骨粉砕骨折、脳挫滅によつて即死させたこと、乗客である亡正明が、一見して下肢に障害があることがわかり、下車してバスの側面を歩行していきつつあつたことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、成立に争いのない甲二一号証、本件事故現場を撮影した写真であることは当事者間に争いがない甲二二号証及び被告牧石本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

本件事故現場は、新松田駅方面(西方)から相和駐在所方面(西方)へ通じる北方にのみ歩道の設置されている車道幅員五・四メートル、歩道幅員一・二メートル、歩車道の段差二〇センチメートル(歩道の方が高い。)の道路であり、右道路の相和駐在所方面側は、右方(南方)に湾曲している。指定最高速度は時速三〇キロメートルに規制されており、路面は、相和駐在所方面に向かつて一〇〇分の一の上り勾配となつており、アスフアルト舗装がされ、本件事故当時は乾燥していた。歩道は、コンクリー製で、「上山田」と記されたバス停留所の標識が設置され、歩道の北方には、西側に高さ一・一メートルの石垣、東側に高さ〇・七メートルのコンクリート製の擁壁がほぼ連続して歩道に沿つて設置され、擁壁は、歩道が東方に上り勾配になるにしたがい高さが減じている(別紙図面参照)。

被告牧石は、加害車を運転して、亡正明を乗客として乗車させ、右道路を、新松田駅方面から相和駐在所方面に進行し、上山田バス停留所で停車し、左前部のドアを開扉し、亡正明を下車させた。被告牧石は、亡正明から乗車中に雑談の中で足を負傷していたことを聞いていたので、なるべく歩道寄りに加害車を停車させ、亡正明を加害車から下車させた後ドアを閉めた。そして、被告牧石は、加害車のガラス越しに左方の安全確認をしたところ、亡正明か歩道脇の擁壁につかまつてゆつくり一、二歩相和駐在所方面に歩いているのを確認した。それから、被告牧石は、加害車を発進させたところ、その後亡正明が加害車の左側面に転倒し、加害車の左側面に接触して左後輪部分に倒れ込んだため、亡正明を左後輪で轢過した。

亡正明は、加害車から下車した後、歩道端の擁壁につかまり、ゆつくりと歩いていたものであるが、加害車の運行とは関係のない何らかの理由により車道側に転倒し、加害車の左側面に接触して左後輪部分に倒れ込み、前記のように轢過された。

以上の事実が認められ、右認定の事実を覆すに足りる証拠はない。

2  右事実に徴すると、被告牧石には、亡正明が足に負傷していたのであるから、その動静により注意を払うべきであつたのにこれを怠り、漫然と加害車を発車させた過失があるから、民法七〇九条により、原告の後記損害を賠償する責任があるものである。

3  そして、被告牧石の右過失と、亡正明の足に負傷していたのであるから、加害車の発車し終るのを待つてそれから歩行を開始すべきであつたにもかかわらず、下車した後、すぐに歩行を開始し、更に、擁壁に捕まつて注意深く進行すべきであつたのを、不注意により危険な車道側に転倒した過失とを対比すると、被告牧石にとつて、足に負傷していたとはいえ、擁壁につかまつて歩行していた亡正明が、いきなり車道側に転倒することを予測して加害車の発車を調整することは事実上困難であることを考慮すると、本件事故の発生につき、被告牧石の過失は三、亡正明の過失は七とするのが相当というべきである。

三  原告らの損害について判断する。

原告らの損害のてん補前の総損害額(本件訴訟に参加していない倉ケ崎ツミ子の分は除く。)は、その主張によれば、三八二三万二八二八円(弁護士費用を除く。)であるところ、前記の七割の過失相殺をすると、その総損害額は一一四六万九八四八円(円未満切捨て)となる。原告らが自賠責保険から一八八九万五七八三円及び被告会社から八〇万円の支払を受けたことは自認するところであるから、仮に原告らの損害額が原告ら主張のとおりであると認められるとしても、その損害は、既に全額てん補ずみであることが明らかである。

そうすると、原告らの右損害金及びその存在を前提とする弁護士費用の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  以上のとおり、原告らの本訴請求は、理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川博史)

別紙 相続関係図

<省略>

別表 損害明細書

<省略>

別紙 交通事故現場見取図

<省略>

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