東京地方裁判所 昭和61年(ワ)1601号 判決 1986年12月26日
原告 八木清
右訴訟代理人弁護士 遠藤誠
被告 東京ビルディング株式会社
右代表者代表取締役 高橋昭夫
右訴訟代理人弁護士 小池剛彦
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金一〇〇万円を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、別紙物件目録二記載の建物(以下、「本件建物」という。)及びその敷地六六・一一平方メートルを所有し、かつ、そこに居住している。
2 被告は、マンションの建築・分譲を業とする会社であるところ、昭和六〇年春頃、本件建物の西隣りに、別紙物件目録一記載の高さ一四・四五メートルの五階建「モナークマンション高砂」(以下、「本件マンション」という。)の建築に着手し、その高層建物は同六一年五月に完成する見込みである。
3 本件建物には、これまで一〇〇パーセントの日照があったところ、被告の右建築のため、冬至の日において、午後一時半以後日没に至るまで、部分的に日が当たらないことになってしまった。
4 被告の本件マンションの建築によって原告が被った損害は、左のとおりである。
(一) 日照権侵害による慰謝料 八五円
(二) 原告の所有・居住にかかる土地・建物の減価 一五万円
(一)及び(二)の合計 一〇〇万円
5 よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づき、金一〇〇万円の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2の事実のうち、建築に着手したのが昭和六〇年春頃との点は否認し、その余は認める。
3 請求原因3及び4の各事実はいずれも否認する。
三 抗弁
1 地域性について
(一) 本件マンションは、京成高砂駅から徒歩で数分の至近距離にあり、同駅を中心として広がる商業地域、近隣商業地域に隣接している地域に位置する。
(二) 本件マンション敷地は、第二種住居専用地域に指定されているが、右位置関係から、第二種住居専用地域の中でも容積率は二〇〇パーセントと多く、しかも第二種の高度地区に指定されており、専ら低層住宅の良好な住環境を保護すべき地域ではなく、本件マンションのような中高層建物は地域適合性があると言える。
(三) 現に本件マンションの近隣には、四階建、五階建建物が存在する。
2 本件マンションによる原告の日影被害の程度
(一) 本件マンションは、東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例(以下、「日影条例」という。)に適合している。右日影条例に適合していることは、私人間の日影紛争の判断においても重要な要素として斟酌すべきである。
(二) 本件マンションによる原告の具体的日影被害は、原告建物の南面は全く被害がなく、建物西面が午後二時頃から一部被害を受ける程度のごくわずかなものである。
3 以上のとおり、地域性、被害の程度を総合勘案すると、原告の日影被害は受忍限度内と言えるのであって、本件マンション建築には、被告が原告に損害賠償すべきほどの違法性はない。
四 抗弁に対する認否
被告の原告の日影被害が受忍限度内であるとの主張は争う。建築基準法その他の法規に適合していても、その建物が隣地の日照権その他の権利を侵害するときは、隣地の土地、建物の所有者、使用者に対し違法行為となる。従って、本件マンションは、建築基準法、都市計画法、日影条例等に合格しているから原告に損害賠償をする必要がないという被告の主張は、主張自体理由がない。
第三証拠《省略》
理由
一 原告が本件建物及びその敷地を所有し、そこに居住していること、被告がマンションの建築、分譲を業とする会社であるところ、本件建物の西隣りに高さ一四・四五メートル、五階建の本件マンションの建築に着手したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件マンションは、昭和六一年七月ごろ完成したことが認められる。
二 《証拠省略》によれば、本件マンションによって本件建物の西側部分が冬至において午後一時以降が日影になることを認めることができる。
三1 住民の日照、すなわちこれによる住民の心身の健康に及ぼす影響等は、快適で健康な生活に必要な生活利益であり、法的保護の対象とすべきであって、他人が権利の行使としてその所有地上に建築物を築造したことにより、従前享受している日照が阻害された場合において、右阻害が社会生活上一般に受忍すべき限度を超えていると認められるときは、日照を阻害された被害者は、右生活利益の侵害を理由として、その損害を賠償するように請求する権利を有するものと解するのが相当である。そして右日照の被害が右受忍限度の範囲内であるかどうかは、被害の程度、当該場所の地域性、その他被害者側及び加害者側の諸事情を総合的に考慮して判断すべきである。そこで、次に被告の本件マンション建築による原告の日照被害が右の受忍限度の範囲内であるかどうかを検討する。
2(一) 日照被害の程度
《証拠省略》によれば、冬至における本件建物に対する日照は、日の出から午後一時ころまで全く阻害されず、午後一時以降において本件建物のうち本件マンションに面する西側部分が順次同マンションによって日照が阻害されるようになるが、午後四時までの間に三時間を超える日影を受ける部分はなく、日影を受けるのは本件マンションに面する西側部分のうち、北側半分にすぎないこと、本件マンションによる日影の影響を受けるのは、本件建物の一階では西側に窓のある台所であり、二階では和室の西側の窓であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 地域性
《証拠省略》によれば、本件マンションは、第二種住居専用地域であり、かつ第二種の高度地区に指定されており、京成高砂駅から徒歩で数分の至近距離にあって、同駅を中心として広がる商業地域、近隣商業地域に隣接している地域に位置し、現在本件マンションの近隣には四階建や五階建の建物が存在することが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(三) 本件マンション建築前の状況
《証拠省略》によれば、原告は昭和四四年に自己の所有する土地上に本件建物を西側境界線から五〇センチメートルほどの所に建築したこと、本件マンションは右境界線から一メートルほどの所に建っているが、本件マンション建築前にはほぼ同じ位置に建築会社の飯場とでも言うべき二階建のプレハブが建っていたこと、本件建物は本件マンション建築前においても右プレハブ建物によって日影の影響を受けていたが、五階建の本件マンション建築によって日影の影響が大きくなったことが認められ(る)。《証拠判断省略》
(四) 本件マンションの公法上の適法性
《証拠省略》によれば、本件マンションは、建築基準法五六条の二、日影条例に適合しており、また建築基準法の容積率、建ぺい率の制限の範囲内で建築されていることが認められる(加害建築物が現行建築関係法令に違反していないことの一事で直ちにその与える被害が受忍限度を超えていないとは言えないが、建築基準法五六条の二及び日影条例が土地の高度利用者と日照の被害を受ける周辺住民との利益の調和を図る目的から規制していることを考慮すれば、公法的規制と私法上の権利関係の相違はあるとしても、右規制に適合していることは私法上受忍限度内かどうかの重要な判断資料となりうると言うことができる)。
(五) 被告の迷惑料支払の提示
《証拠省略》によれば、被告は、本件訴訟前、原告に対し、日影迷惑料及び近隣迷惑料として、金三二万〇五〇〇円の支払を提示したことを認めることができる。
3 右の諸般の事情を総合すると、原告の日照被害はなお社会生活上一般に受忍すべき範囲にあるというべきであるから、本件マンション建築工事には、不法行為責任を構成するに足る違法性はないというべきである。
四 なお、原告は、本件マンション建築による本件建物とその敷地の減価を主張するが、右主張に沿う《証拠省略》は適確な根拠に基づくものではないから採用及び措信の限りでなく、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
五 結論
以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 並木茂 裁判官 楠本新 大善文男)
<以下省略>