東京地方裁判所 昭和61年(ワ)3114号 判決 1987年2月26日
原告(選定当事者)
荒征雄
右訴訟代理人弁護士
有正二朗
同
白井劍
選定者
重久義博
外二四名
被告
新東京ヨコハマタイヤ株式会社
右代表者代表取締役
関良三
右訴訟代理人弁護士
美村貞直
被告
三瀬陸運株式会社
右代表者代表取締役
友田乙継
被告
佐賀合同運送株式会社
右代表者代表取締役
小野良介
右両名訴訟代理人弁護士
三浦啓作
同
奥田邦夫
被告
東洋ファクタリング株式会社
右代表者代表取締役
栗原實
被告
八光陸運株式会社
右代表者代表取締役
植月通安
右訴訟代理人弁護士
廣瀬理夫
被告
協立運輸株式会社
右代表者代表取締役
小林健太郎
右訴訟代理人弁護士
亀井とも子
被告
池袋信用組合
右代表者代表理事
竹田勝
右訴訟代理人弁護士
堀場正直
同
松尾孝直
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 東京地方裁判所が同庁昭和六〇年(ヲ)第八一九号事情届に基づく配当等手続事件(以下「本件配当事件」という。)につき作成した配当表(以下「本件配当表」という。)中、被告新東京ヨコハマタイヤ株式会社(以下「被告新東京ヨコハマタイヤ」という。)に対する配当額四一万一三六〇円、被告三瀬陸運株式会社(以下「被告三瀬陸運」という。)に対する配当額二一万九二九六円、被告東洋ファクタリング株式会社(以下「被告東洋ファクタリング」という。)に対する配当額三一二万五〇六六円、被告八光陸運株式会社(以下「被告八光陸運」という。)に対する配当額七八万三一七六円、被告協立運輸株式会社(以下「被告協立運輸」という。)に対する配当額四九万〇五五一円、被告佐賀合同運送株式会社(以下「被告佐賀合同」という。)に対する配当額四七万五五八〇円、被告池袋信用組合(以下「被告組合」という。)に対する配当額七五二万四五〇四円をいずれも0に、原告に対する配当額三四五万三九一五円を一六四八万三四四八円にそれぞれ変更する。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告及び別紙選定者目録記載の選定者ら(以下「原告ら」という)は、訴外池田運輸有限会社(以下「池田運輸」という。)の従業員であったところ、原告を選定当事者とし、池田運輸を相手方として、昭和六〇年八月一六日、東京地方裁判所に未払賃金仮処分の申請をなし(同庁昭和六〇年(ヨ)第二二九四号事件)、右事件の同年九月二七日の審尋期日において、原告と池田運輸の間で、池田運輸は原告に対し、原告らの同年七月分、八月分の未払い賃金、夏季一時金、解雇予告手当として合計一九六〇万二四九九円の支払義務があることを認め、これを同年九月三〇日限り支払う旨の和解が成立し、その旨の和解調書が作成された。
2 原告は、同じく選定当事者として、昭和六〇年一〇月五日、右和解調書の執行力ある正本に基づき、右和解調書に記載された原告らの池田運輸に対する債権(以下「本件請求債権」という。)を請求債権として、池田運輸の訴外江崎グリコ株式会社(以下「江崎グリコ」という。)に対する昭和六〇年七月一日から同年八月一〇日までの運送賃債権のうち一九六〇万八七九九円につき東京地方裁判所に債権差押命令の申立てをなし(同庁昭和六〇年(ル)第四六一八号事件)、同年八月に出された右差押命令は同月一六日に債務者たる池田運輸に、同年九月に第三債務者である江崎グリコにそれぞれ送達された。
3 第三債務者の江崎グリコは、同年一〇月二五日、東京法務局に池田運輸に対する運送賃債務を供託し(昭和六〇年七月一日から同月末日までの分として三五九二万五四一一円、同年八月一日から同月一〇日までの分として五三一万〇二五〇円)、右のうち同年七月分については差押のあった租税債権を控除した残余金一六四八万四七八八円につき本件配当事件の配当手続が実施された。
裁判所が作成した本件配当表によると、手続費用一三四〇円を除いた一六四八万三四四八円について、原告に三四五万三九一五円、被告新東京ヨコハマタイヤに四一万一三六〇円、被告三瀬陸運に二一万九二九六円、被告東洋ファクタリングに三一二万五〇六六円、被告八光陸運に七八万三一七六円、被告協立運輸に四九万〇五五一円、被告佐賀合同に四七万五五八〇円、被告組合に七五二万四五〇四円がそれぞれ配当されるものとされているが、右各配当額は、原告と被告らの債権を平等に扱い、各債権額に応じて按分されたものである。
4 原告は、昭和六一年三月一一日に開かれた配当期日において、本件配当表中の被告らに対する配当額につき原告の先取特権を主張して全額異議を述べた。
5 原告の本件請求債権は以下のように優先権があるので被告らの債権と平等に扱った本件配当表の配当は誤りがある。
(一) 原告の池田運輸に対する本件債権は原告らと池田運輸との雇用契約により発生したもので、有限会社法四六条、商法二九五条により一般先取特権を有しており、このことは、本件債権差押命令申立書の記載及び債務名義である和解調書の記載から明らかである。
(二) そうして、一般の先取特権は特段の意思表示がなくとも一般債権者に優先して弁済を受けることができるものであるから、原告らの債権は被告らの債権に優先して配当されるべきであり、平等とした本件配当表の配当は順位を誤っているものというべきである。
(三) 仮に、優先弁済を受けるためには何等かの権利行使が必要としても、その行使の時期は配当要求の終期までと解すべきではなく、配当表作成までに行使すれば足りるものと解すべきところ、原告は、昭和六一年二月八日と同月一四日に裁判所に対し、先取特権行使の意思表示を行っている。
(四) 仮に、配当要求の終期までに先取特権の行使をすべきものとしても、原告は、本件の債権差押命令申立書の請求債権の後に括弧書きで「商法二九五条による先取特権を有する。」と記載しており、右は配当要求に準ずる先取特権行使の申出に該当する。
6 よって、原告は本件配当表の原告及び被告らの配当額をそれぞれ請求の趣旨に記載したように変更することを求める。
二 請求原因に対する認否
(被告ら共通)
請求原因1、2の事実は不知。同3、4の事実は認める。5の主張は争う。
(被告新東京ヨコハマタイヤ、被告三瀬陸運、被告佐賀合同、被告協立運輸、被告組合の主張)
原告らが先取特権を有するとしても、一般先取特権者がその優先権を行使するには民事執行法(以下「民執法」という。)一九三条の規定に基づく担保権実行の手続をするのが原則であり、同法一四三条以下の規定に基づいて強制執行の申立をした以上、競合する差押債権者がいる場合には配当要求の終期までに担保権を証する文書を提出して先取特権に基づく配当要求をしなければ優先弁済を受けることはできないのであって、原告がこれをしなかったのであるから、本件配当手続において先取特権を主張することができないと解すべきである。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因3、4の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、請求原因2の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
二原告の本訴請求は、原告らの本件請求債権は有限会社法四六条、商法二九五条により先取特権を有するから、本件配当事件において被告らの債権と平等に扱った本件配当表による配当は誤っているので、被告らへの配当を取り消し、全額原告に配当すべきとするものである。
原告は、その理由として債務名義に基づく強制執行の手続をとった場合でもその請求債権が一般先取特権を有するときには、特段の権利行使を要せずに配当手続において優先弁済が受けられるものと解すべきであると主張する。
しかしながら、一般先取特権を有する債権者が債務名義に基づく強制執行により債権を差し押さえた場合、他に競合する差押債権者や配当要求権者があるときには、右強制執行手続において、配当要求の終期までに、担保権を証する文書を提出して先取特権に基づく配当要求又はこれに準ずる先取特権行使の申出をしなければ、優先弁済を受けることができないと解すべきである。すなわち、先取特権を有する債権者が同時に債務名義も有する場合、その債権者は、担保権を証する文書を提出して担保権実行の手続を求めることも、それをせずに執行文の付された債務名義の正本を提出して強制執行手続を求めることもできるのであり、そのいずれによるかは債権者の選択に委ねられているところであるが、手続開始の要件等が異なるのであるから、どちらかを選択せねばならず(両者の性質を併有した手続を認めることはできない。)、債権者が強制執行による手続を選択した以上、後に優先弁済権を確保しようとするときには、更に担保権行使の手続を要するのである。そうして、かかる担保権行使の方法は、他の債権者等多数の者が利害関係をもつ執行手続においてなされる関係から(差押債権者にとつて配当要求の終期までに競合する差押権者や優先権を主張する債権者が現れるか否かは配当額に影響するから重大な関心事である。)、配当要求の終期までに担保権を証する文書を提出しての配当要求をするか(民執法一五四条)、これに準ずる行為をなすことを必要とすべきなのである。先取特権者が優先弁済を受けるにはかかる手続を必要しないとし、また、要するとしても配当表作成までにすれば足りるとする原告の主張は現行の民執法の解釈上いずれも採用できないものといわざるをえない。
三ところで、本件配当手続における配当要求の終期は第三債務者である江崎グリコが供託をした昭和六〇年一〇月二五日であるが、右時点までに原告が配当要求をしたとの主張、立証はない。
原告は、本件の原告提出にかかる債権差押命令申立書には請求債権の後に括弧書きで「商法二九五条による先取特権を有する。」と記載し、右は配当要求に準ずる権利行使の申出とみるべきである旨主張する。しかしながら、右申立書が強制執行の申立てをしたものであることはその記載から明らかであり、前掲甲第四号証によれば、右申立書には執行力ある債務名義の正本を添付しただけで、これと別には担保権を証する文書を提出していないことが認められるのであるから、申立書に請求債権に先取特権があることを記載しただけでは、右申立書が配当要求に準じた先取特権を行使する趣旨の申出も併せてなしたと解するのは困難である。けだし、初めから先取特権による優先弁済権を行使する意思であるなら、担保権実行の手続をすれば足りたのであり、強制執行の申立てをしながらそれと同時に担保権実行としての権利行使があったものとは通常考え難いうえ、前述のように執行手続には利害関係をもつ多数の者が関与するのであり、手続的安定が求められるのであるから、権利行使の方法は一義的に明確になされなければならないというべきところ、前記のような記載があることのみをもってしては明確な権利行使の申出とは到底認め難いからである。したがって、前記のように申立書中に先取特権を有する旨記載したとしても、これをもって配当要求に準じる権利行使の申出と解することはできないのであって、原告の右主張も採用できない。
四そうすると、原告は本件配当手続において本件請求債権の先取特権を主張することはできないものであるから、原告の本件請求債権を被告らの債権と平等に扱い、債権額に応じて按分してなした本件配当表にかかる配当は正当というべきであり、原告の本訴請求はその余について判断するまでもなく失当とせざるをえない。
よって、原告の本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官大 弘)