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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)4542号 判決 1988年6月28日

原告

破産者株式会社大和破産管財人弁護士

更田義彦

右訴訟代理人弁護士

河野敬

長谷川健

被告

和光機械工業株式会社

右代表者取締役

大和通泰

右訴訟代理人弁護士

湊成雄

主文

一  被告は原告に対し、金二二〇万円及びこれに対する昭和六一年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二二〇万円及びこれに対する昭和六一年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告に対し、別紙物件目録記載(一)の建物から退去して同建物を明渡せ。

3  被告は原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物を収去して同目録記載(三)の土地を明渡せ。

4  被告は原告に対し、昭和六〇年一〇月四日から二項及び三項の明渡がすべて完了するまで一箇月金二〇万円の割合による金員を支払え。

5  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  株式会社大和(以下破産会社という)は、昭和五九年九月七日午前九時四〇分、東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告は、同日その破産管財人に選任された。

2  被告は、昭和四三年一〇月二六日、破産会社の関連会社として設立されたもので、破産会社の前代表取締役大和正弘(以下正弘という)及び現代表取締役近藤眞一郎(以下近藤という)は、いずれも、昭和五九年三月二一日まで被告の取締役を兼ねていた。

3  破産会社は、別紙物件目録記載(一)の建物(以下(一)の建物という)及び同目録記載(三)の土地(以下(三)の土地という)を所有している。

4  破産会社は、被告に対し、(一)の建物を次のとおり賃貸し、引き渡した。

(一) 昭和四三年一二月二一日、別紙物件目録記載(一)1の建物(以下(一)1の建物という)を、期間三年、賃料月額五万八五〇〇円の約束で賃貸した。

(二) 昭和四五年一月、破産会社は別紙物件目録記載(一)2の建物(以下(一)2の建物という)を増築し、これを被告に賃貸し、(一)1の建物と合わせて賃料を月額一二万円とした。

(三) その後、昭和四五年末ころまでの間に、破産会社は別紙物件目録記載(一)3ないし5の建物(以下それぞれ(一)3、(一)4、(一)5の建物という)を増築し、これを被告に賃貸し、(一)1、2の建物と合わせて賃料を月額一三万五〇〇〇円とした(この時点で(一)の建物全部についての賃貸借契約が成立したことになる。以下(一)の建物全部についての破産会社と被告との間の賃貸借契約を本件建物賃貸借契約という)。

(四) 昭和四五年一月、本件建物賃貸借契約に基づく賃料は月額二〇万円となった。

5  被告は、破産会社が昭和五九年三月に手形不渡りを出して倒産したことを奇貨として、以後本件建物賃貸借契約に基づく賃料を支払わないが、被告は、破産会社について破産宣告がなされた昭和五九年九月分及びその翌月分である同年一〇月分を除いては賃料の前払等、破産会社に対して主張できる事由をもって原告に対抗できない。したがって、原告は被告に対し、昭和五九年一一月分から昭和六〇年九月分まで合計二二〇万円の賃料債権を有する。

6  そこで、原告は、被告に対し、昭和六〇年九月四日到達の書面により、右不払賃料を直ちに支払うように催告した。しかし、被告は(三)の土地について被告が賃借権を有する旨一方的に主張するのみで、右催告後相当期間が経過しても、右不払賃料を支払わなかった。

7  そこで、原告は、被告に対し、昭和六〇年一〇月四日到達の書面により、本件建物賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(以下本件解除という)。

8  被告は(三)の土地上に別紙物件目録記載(二)の建物(以下(二)の建物という)を所有し、(三)の土地を何らの権原なく占有している。仮に被告が、一般に建物賃貸借契約において付随的に庭や駐車場の利用が許されているように、本件建物賃貸借契約に基づき、破産会社から(一)の建物の敷地である(三)の土地を付随的に利用することを許されていたとしても、本件解除により(三)の土地の利用権を失った。

9  よって、原告は、被告に対し、次の履行を求める。

(一) 本件建物賃貸借契約に基づき、昭和五九年一一月分から昭和六〇年九月分まで合計二二〇万円の賃料及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年四月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うこと。

(二) 本件解除による本件建物賃貸借契約の終了に基づき、(一)の建物から退去して同建物を明け渡すこと。

(三) (三)の土地の所有権に基づき、(二)の建物を収去して、(三)の土地を明け渡すこと。

(四) (一)の建物及び(三)の土地の所有権侵害を理由として、本件解除の日である昭和六〇年一〇月四日から右(二)、(三)の履行が完了するまで、一箇月二〇万円の割合による賃料相当損害金を支払うこと。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4(一)は認める。

3  同4(二)中、破産会社が(一)2の建物を増築し、被告に賃貸したこと及び賃料が月額一二万円になったことは認めるが、その余は争う。

右建物の増築及び賃貸がなされたのは昭和四四年一二月である。また、賃料月額一二万円は、(三)の土地のうち、被告が同年七月ころ建築した別紙物件目録記載(二)3、4の建物(以下(二)3、(二)4の建物という)の敷地を含む約八〇坪の土地の地代を含めたものである。

4  同4(三)中、破産会社が昭和四五年に(一)3ないし5の建物を増築し、被告に賃貸したこと及び賃料が月額一三万五〇〇〇円になったことは認めるが、その余は争う。

右賃貸は昭和四五年六月になされたものである。そして、賃料月額一三万五〇〇〇円は、3記載の約八〇坪の土地の地代を含めたものである。

5  同4(四)中、昭和五四年一月に賃料が月額二〇万円になったことは認めるが、右賃料が本件建物賃貸借契約に基づくものとの点は争う。

右賃料は、昭和四七年七月、被告が破産会社から(三)の土地のうち(一)の建物の敷地を除いた125.39坪の土地(3記載の約八〇坪の土地を含む)を賃借したことによる地代を含めたものである。

6  同5中、破産会社が昭和五九年三月に手形不渡りを出して倒産したこと及び被告は昭和五九年一一月分以降の賃料について破産債権者に対抗できないことは認めるが、その余は争う。

被告は、破産会社の会社再建という強い要望も容れて、昭和五九年四月以降も破産会社に製品を納入し、その売上高は同月分でも一一八万五七一六円に達していたが、右製品納入は、被告の破産会社に対する売買代金債権と破産会社の被告に対する賃料債権を含む債権を対当額で相殺することが前提であった。したがって、被告の賃料不払が破産会社の倒産を奇貨としたものではないことは明らかである。

7  同6、7は認める。

但し、本件解除は、賃料不払を理由とするものではなく、被告が(三)の土地の一部について土地賃借権を主張することが信義則に反することを理由とするものである。

8  同8中、被告が(三)の土地上に(二)の建物を所有し、(三)の土地を占有していることは認めるが、その余は争う。

9  同9は争う。

三  抗弁

1  ((三)の土地のうち、(一)の建物の敷地を除いた部分125.39坪―(二)の建物の敷地―についての賃借権)

(一) 被告は、昭和四三年一二月二一日、破産会社から、(一)1の建物を、一階をランマー(転圧機)等の機械の製造工場、二階を事務所として使用する目的で、期間三年、賃料月額五万八五〇〇円の約束で賃借した。

(二) 被告は、昭和四四年七月ころ、(三)の土地上に(二)3、4の建物を建築し、破産会社から、(三)の土地のうち、右各建物の敷地を含む約八〇坪の土地を賃料月額二万六〇〇〇円で賃借した。

(三) 被告は、昭和四四年一二月、破産会社が増築した(一)2の建物を追加賃借し、破産会社との間で、右約八〇坪の土地の地代を含めて賃料を月額一二万円とする旨合意した。

(四) 被告は、昭和四五年六月、破産会社が増築した(一)3ないし5の建物を追加賃借し(この時点で本件建物賃貸借契約成立)、破産会社との間で、(二)記載の約八〇坪の土地の地代を含めて賃料を月額一三万五〇〇〇円とする旨合意した。

(五) 被告は、昭和四七年七月、破産会社から、(三)の土地のうち、(一)の建物の敷地を除く123.39坪((二)記載の約八〇坪の土地を含む)の土地(以下本件借地という)を賃借し、同土地につき、建物所有を目的とし、地代月額三万五〇〇〇円とする土地賃貸借契約(以下本件土地賃貸借契約という)を締結した。そして、この際、被告と破産会社は、本件建物賃貸借契約に基づく賃料と、本件土地賃貸借契約に基づく賃料を合わせた月額賃料を一七万円とする旨合意した。

(六) 被告は、本件借地上に昭和四七年八月、別紙物件目録記載(二)2の建物(以下(二)2の建物という)を、昭和四八年一二月、同目録記載(二)1の建物(以下(二)1の建物という)をそれぞれ建築した。

(七) 被告と破産会社は、昭和五四年一月、本件建物賃貸借契約及び本件土地賃貸借契約に基づく合計賃料を月額二〇万円とする旨合意した。

(八) 本件土地賃貸借契約について賃貸借契約書が作成されなかった理由は次のとおりである。

(1) 破産会社は、大和兄弟が結束して支配する会社であるのに対し、被告はもともと米国で特許をとれる機械技術をもっていた松本及び玉木が、破産会社に機械製品の開発、製造、販売等の協力を求めて設立した会社であった。したがって、大和兄弟が役員に就任したといっても、名目的なものにすぎず、松本や玉木が被告の経営を行っていた。

(2) そのため、破産会社は、地代を調査してその算定の根拠を明示し、地代を受領しながら、借地権の生じる土地賃貸借の存在を故意に明瞭にせず、地代を家賃に含めて受領する方法をとった。

(3) しかし、昭和四七年四月、被告の経営陣が大和兄弟に交代すると、事態が一変し、破産会社は建物賃貸借についても更新契約書を作成せず(それ以前は、一年半の間に三通も契約書を作り変えている)、土地賃貸借についても覚書を作成するのにとどめたものである。

(4) このように、本件土地賃貸借契約においては賃貸借契約書が作成されていないが、(二)1ないし4の各建物はいずれも軽量鉄骨スレート葺であって、仮設建物ではなく、破産会社の代表者は、いずれの建物についても、建築当時からその構造を熟知しており、建築後一〇年以上も本件借地上に右各建物が存在することを承認してきたのであるから、本件土地賃貸借契約が成立していることは明らかである。

2(賃料不払が信頼関係を破壊しない特段の事情)

(一) 被告は、破産会社が倒産したため売上高の三〇パーセントを失い、破産会社等に対する債権合計一億四〇〇万円の回収が不可能となり、支払を停止し、事実上の整理会社となった。

(二) 本来、互いに債権を有する者同志の間では何時でも相殺によってその債権債務関係を決済できる。ところが、被告と破産会社との関係では、破産会社が破産宣告を受けたため、被告は自己の破産会社に対する債務は破産財団に対して完全に弁済しなければならないのに、破産会社に対する債権については破産手続による僅かの配当しか受けられないという甚だしい不均衡が生じている。

(三) (一)の建物はいずれも被告の工場、倉庫または事務所であり、(一)の建物の明渡は被告の事業の解体、労働者の失業等の重大な結果を招来する。

(四) 原告は、(一)ないし(三)のような事情を知りながら、自ら要請した本件借地についての被告の賃貸借の調査結果の回答(本件土地賃貸借契約が存在するというもの)を、即時に信義則違反として本件解除の意思表示をしたものである。

(五) しかも、被告は、原告から賃料支払の催告があった後、原告に対してその支払を申し出たが、原告がその受領を拒否したため、月額二〇万円の割合による賃料を供託中であり、現在被告に賃料の遅滞はない。

3(賃料の供託)

抗弁2(五)記載のとおり、被告は賃料を弁済供託しており、現在被告に賃料の遅滞はない。

四  抗弁に対する認否

1(抗弁1について)

(一)  抗弁1(一)は認める。

(二)  同(二)中、被告が(三)の土地上に(二)3、4の建物を建築したことは認めるが、その時期は不知、土地の賃貸借の成立については否認する。

(三)  同(三)中、破産会社が(一)2の建物を増築し、これを被告に追加賃貸したことは認めるが、その余は否認する。

(四)  同(四)中、破産会社が(一)3なしい5の建物を増築し、これを被告に追加賃貸したことは認めるが、その余は否認する。

(五)  同(五)は否認する。

(六)  同(六)中、被告が(三)の土地上に(二)1、2の建物を建築したことは認めるが、その時期は不知。

(七)  同(七)は否認する。

(八)  同(八)は争う。

破産会社は被告に対し、(一)の建物の敷地である(三)の土地の空き地に仮設建物に限定して建物建築を事実上容認していたにすぎない。

2(抗弁2について)

被告が賃料を供託中であることは認めるが、その効果は争う。被告が賃料を供託したのは、本件解除後の昭和六一年二月二四日以降である。

3(抗弁3について)

被告が賃料を供託中であることは認めるが、弁済供託の効果については争う。被告が賃料を供託したのは、本件解除後の昭和六一年二月二四日以降である。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし3の事実及び被告が(三)の土地上に(二)の建物を所有し、(三)の土地を占有していることはいずれも当事者間に争いがない。

二(一)の建物及び(三)の土地についての被告の占有権原について

破産会社と被告との間に(一)の建物についての賃貸借契約が成立したことは当事者間に争いがないが、被告は、(三)の土地のうち(一)の建物の敷地を除いた部分(本件借地)についても賃貸借契約が成立している旨主張し、原告はこれを争うので、この争点について判断する。

1  次の事実は当事者間に争いがない。

(一)  破産会社は、昭和四三年一二月二一日、被告に対し、(一)1の建物を賃貸した。

(二)  破産会社は、昭和四五年末ころまでの間に(一)2ないし5の建物を建築し、これも被告に追加賃貸した。

(三)  被告は(三)の土地上に(二)の建物を建築した。

(四)  賃貸(原告は(一)の建物の賃料と主張し、被告は途中から本件借地の地代を含んだ賃料となったと主張するので、その趣旨には争いがあるが)は、次のとおり増額された(いずれも月額)。

(1) 昭和四三年一二月二一日((一)1の建物賃貸時) 五万八五〇〇円

(2) 昭和四五年一月(但し被告は昭和四四年一二月と主張)一二万〇〇〇〇円

(3) 昭和四五年六月(但し原告は月日を主張せず) 一三万五〇〇〇円

(4) 昭和五四年一月 二〇万〇〇〇〇円

2  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  破産会社は、昭和二三年に設立された建設機械器具等の製造、加工、販売等を目的とする会社であり、被告は昭和四三年一〇月二六日に設立された土木建設機械の製造等を目的とする会社であるが、被告は、破産会社の取り扱い商品の一部である振動ランマ、振動プレート、振動ローラー等を製造して破産会社に納めさせるために破産会社が大口の出資者となって設立したもので、その役員も破産会社の役員と兼務している者が多く、実質的には破産会社の子会社であった。なお、破産会社は、正弘、その兄である大和章偉(以下章偉という)、正弘の弟である大和通泰(現在は被告代表者。以下通泰という)の兄弟で経営してきた会社であり、被告が設立された当時は、破産会社の代表者は章偉、被告の代表者は正弘であり、通泰は破産会社と被告の取締役を兼務していた。

(二)  破産会社は、被告の事業用の建物として(一)1の建物を建築し、被告が設立された直後である昭和四三年一二月二一日、右建物を、一階は機械の製造に使用し、二階は事務所として使用する目的で、賃料月額五万八五〇〇円、期間三年の約束で被告に賃貸したが、右賃貸の際の契約書には、この賃貸借契約は、破産会社が被告の事業に協力する意図をもって締結されるものであるから、破産会社は被告に対して敷金・保証金を請求しないが、特別の事情により破産会社が必要と認めた場合は、契約期間中でも六箇月間の予告期間をもって賃貸建物の明渡を請求することができるとの趣旨の約定も記載されている。そして、破産会社は右賃貸の際、被告において(一)1の建物周辺の(三)の土地(当時(三)の土地は、(一)1の建物の敷地以外は更地であった)を資材置き場として、あるいは製造された振動機の試運転のために使用することについては、被告の設立の経緯や破産会社と被告との関係から当然のこととして認めていた。

(三)  被告が振動機等を製造するためには、機械に塗装する塗料や機械の燃料であるガソリン等を必要とするが、そのような可燃物については製造工場である(一)1の建物とは離れた所に貯蔵する必要があったため、被告は昭和四四年六月ころまでの間に(三)の土地上に(二)3の建物(塗料や燃料の貯蔵庫)を建築した。そこで、破産会社は、同年八月二六日、(三)の土地のうち、当時被告が製造した機械の試運転場、資材置き場、及び(二)3の建物の敷地として使用していた80.1坪につき、土地の賃貸借契約を締結しようとし、地価を一坪当たり四万円とし、地価に対する年一二パーセントの金利相当額の八〇パーセント(これは破産会社の被告の事業に対する協力措置として二〇パーセントを減額したもの)を一二等分した二万六〇〇〇円を月額地代とし、賃貸期間を暫定的に昭和四四年七月一日から昭和四六年六月三〇日までの二年間とする土地賃貸借契約書を作成し(右契約書には、被告は破産会社の事前の文書による承諾なしには仮設建物といえども設置建設してはならず、破産会社が必要と認めたときは契約期間中でも二箇月の予告期間をもって賃貸土地の明渡を請求することができるとの趣旨の約定も記載されている)、被告にこれを交付したが、破産会社と被告とが話し合った結果、(二)3の建物は仮設建物であり、(三)の土地の使用状態は、(一)1の建物を賃貸したところと実質的に異なるものではないという結論に達し、土地賃貸借契約は締結されず、(一)1の建物の賃料も増額されなかった。

(四)  破産会社は、昭和四四年一二月ころ、被告に賃貸する目的で(一)2の建物を建築し、昭和四五年一月、右建物を被告に賃貸すると同時に(一)1、2の建物について改めて賃貸借契約を締結し直した。その内容は、賃貸建物として(一)2の建物が追加された((一)2の建物の使用目的は、一階は製品及び資材の倉庫、二階は倉庫及び更衣室であった)ことと、賃料が月額一二万円に増額されたことを除けば、昭和四三年一二月二一日に締結された(一)1の建物の賃貸借契約とほぼ同一であった。

(五)  その後、昭和四五年五月ころまでの間に、破産会社は、被告に賃貸する目的で(一)3ないし5の建物(3、4は修理工場、5は倉庫)を建築し、これを同年六月ころ被告に追加賃貸したが、賃貸借契約書は同年一一月ころに作成した。右賃貸借契約の内容は、賃貸建物として(一)3ないし5の建物が追加されたことと、賃料が月額一三万五〇〇〇円に増額されたことを除けば(右賃料は、昭和四五年六月に遡って支払われることになった)、昭和四五年一月に締結された(一)1、2の建物の賃貸借契約とほぼ同一であった。なお、被告は、昭和四五年一〇月ころ、(二)4の建物(塗装工場)を建築した。

(六)  その後、被告は、その事業規模の拡大に伴い、さらに事務所や倉庫を必要とするようになり、昭和四七年五月ころ、破産会社に対し、(三)の土地の空き地に事務所や倉庫に使用する建物を建築したい旨申し入れた。破産会社は右申し入れを検討した結果、これまで、地代を徴収することなく被告が(三)の土地を使用することを承認してきたが、被告がさらに事務所や倉庫を建築するとなると、(三)の土地全体の使用が恒常化することになるので、土地賃貸料を(三)の土地全部を使用することを条件として(昭和四四年八月二六日に一度地代の算定はしているが)改めて算定し、(一)の建物の賃貸借関係も含めて破産会社と被告との賃貸借関係を再確認するために契約更改をすることにした。

そして、破産会社は、不動産会社三社に照会して(三)の土地の近隣の土地賃料及び建物賃料について詳細に調査し、その結果、(一)の建物及び(三)の土地の賃料の合算額としては、月額一九万円程度が妥当であるとの結論を得た。その後、破産会社と被告とが話し合った結果、昭和四七年六月初めころ、①破産会社は、(三)の土地の内、(一)の建物の敷地以外の部分全部につき賃貸借を認め、被告において使用することを承認する、②賃料を月額一三万五〇〇〇円から月額一七万円に増額し、土地の賃料相当額を右増額賃料に含める、③被告は、破産会社の承諾を得て、(三)の土地上に被告所有の事業用施設として建設する仮設建物等、将来(三)の土地に普通賃借権を生じない建造物を設置使用することができる、との趣旨の合意(以下本件合意という)が成立した。

(七)  そして、昭和四七年七月一日、破産会社と被告との間で、(一)の建物の所在地内の土地に被告がその事業目的のため必要とする施設を新たに建築し、右土地を使用するについて、右合意の趣旨に沿った次のような内容の覚書(以下本件覚書という)が取り交わされた(この当時の破産会社の代表者は章偉であり、被告の代表者は通泰であった)。

(1) 被告は、設置する建物は、仮設建物として設置する。

(2) 破産会社は被告に借地権が生じないことを条件として被告が右(1)の建物を設置使用することを承諾する。

(3) (1)の建物の使用及びこれに随伴する土地の使用に対して被告は破産会社に対して月額三万五〇〇〇円の使用料を支払う。

(4) 賃貸借契約が解除されたときは、被告は直ちにこれを撤去し、原形に復元する。

(5) 本件覚書以外の事項については、破産会社と被告との間の賃貸借契約の定めによる。

(八)  被告は、本件合意及び本件覚書にしたがって、昭和四七年八月二二日ころ、(二)2の建物を、昭和四八年一二月一七日ころ、(二)1の建物もそれぞれ建築したが、その建築費用は、(二)2の建物については一二一万七五〇〇円、(二)1の建物については二六四万七四二二円であった。そして、右(二)1、2の建物については、昭和五九年五月三〇日受付をもって被告名義の所有権保存登記がなされている。

(九)  破産会社と被告は、昭和五四年一月、賃料を月額一七万円から月額二〇万円に増額することを合意したが、右賃料には地代相当額が含まれていた。

以上の事実が認められ、<証拠>中、右認定に反する部分は、前掲各書証に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右2の事実によれば、本件合意が成立し、本件覚書が取り交わされるまでは、被告は破産会社から(一)の建物の賃貸借契約に付随して(三)の土地の空き地をそのまま使用することを認められていたにすぎない(建物賃貸借に付随する使用賃借)が、本件合意及び本件覚書により、(三)の土地のうち(一)の建物の敷地以外の部分につき、建物所有を目的とする賃貸借契約が成立したものというべきである。なお、本件合意及び本件覚書では被告は仮設建物しか建設できない定めになっているが、これは、(一)の建物の賃貸借契約において破産会社が必要と認めた場合は契約期間中でも賃貸建物の明渡を請求できる旨定められているのと同様、破産会社と被告との親子会社関係を表現しているにすぎず、本件合意及び本件覚書の後に被告が破産会社の承諾を得て建築した(二)1、2の建物はその建築費用が多額であり、また、保存登記もなされていることから考えても、破産会社も被告も、実際に被告の建築する建物を仮設建物に限定する意思はなかったものと認められる。

したがって、被告主張の本件土地賃貸借契約の成立を認めることができるが、本件合意及び本件覚書の内容から判断しても、また、(二)の建物があっても(一)の建物がなくては被告の事業の遂行は不可能であることから考えても、本件土地賃貸借契約は、(一)の建物の賃貸借契約(本件建物賃貸借契約)から独立したものではなく、本件建物賃貸借契約と一体となる(被告の事業内容における(一)の建物の重要性、建物の賃料の方が土地の賃料よりもはるかに多額であることなどから判断すると、本件土地賃貸借契約は本件建物賃貸借契約に付随するものと解される)ものと認められる(したがって昭和五四年一月に増額された賃料額も、本件建物賃貸借契約に基づく賃料と本件土地賃貸借契約に基づく賃料が別個に算定されているわけではなく、一体としての賃貸借契約に基づく賃料として算定されている)。

三本件解除の効力について

1 請求原因6、7の事実及び破産会社が昭和五九年三月に手形不渡りを出して倒産したこと、被告は昭和五九年一一月分以降の賃料について破産債権者に対抗できないこと、被告は現在賃料を供託中であることは当事者間に争いがなく、原告が被告に対し昭和五九年一一月分から昭和六〇年九月分まで合計二二〇万円の賃料債権を有することは一、二で判示した事実から明らかである。

2 賃料不払が信頼関係を破壊しない特段の事情について

被告は、本件解除は賃料不払を理由とするものではなく、被告が本件土地賃貸借契約の存在を主張することが信義則に反することを理由とするものである旨主張するとともに、被告の賃料不払には信頼関係を破壊しない特段の事情が存する旨主張するので、この点について判断する。

(一)  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 被告は、破産会社が倒産する昭和五九年三月まで、本件建物賃貸借契約及び本件土地賃貸借契約(以下合わせて本件賃貸借契約という)に基づく賃料を約束どおり現金または小切手で支払ってきており、破産会社と被告との間には右賃料の支払に関する争いはなかった。

(2) 被告は、破産会社が倒産した昭和五九年三月当時、破産会社に対し、被告が製造した機械の売掛代金債権等合計四〇〇〇万円余の債権を有してしたが、破産会社と被告との関係を考慮して、昭和五九年四月まで機械の販売を継続し、破産会社から受け取った手形についても依願返却の手続をとるなど、破産会社の再建に協力した。そして、破産会社(当時の代表者は正弘)と被告(代表者は通泰)は、昭和五九年四月ころ、本件賃貸借契約に基づく賃料は、同月分から被告の破産会社に対する債権と相殺することを約束した。

(3) ところが、破産会社は、昭和五九年五月になって商品を格安の金額で処分しはじめたので、被告は破産会社には再建の可能性はないと判断して破産会社との取引を停止した。その当時、被告の破産会社に対する売上は被告の売上全体の二五ないし三〇パーセントを占めていたので、破産会社の倒産によって被告も経営危機に陥ったが、遊休資産の売却、人員整理、政府資金の借入等によってなんとか経営を維持した。そして、本件賃貸借契約に基づく賃料については、昭和五九年一〇月まで、相殺処理をした。昭和五九年一一月分からの賃料は、相殺処理はできなかったが、被告としては当時これを支払えるだけの余裕がなかったため、賃料不払の状態が継続した。

(4) 原告は、昭和六〇年九月三日、次のような内容の「ご通知」と題する書面を被告に差し出し、右書面は同月四日被告に到達した。

① 被告は、破産会社の倒産後、破産会社に対し債権があると主張して賃料を現実には全く支払っていない。

② 被告は、原告に対し、建物の賃貸借ではなく、建物の敷地を借り受けたかのごとく主張し、未登記建物二棟については、破産会社の倒産後、被告名義で保存登記さえしている。

③ しかし、原告の調査によれば、破産会社が被告との間で土地の賃貸借契約を締結したという事実は全く認められない。

④ もし、被告が建物の賃料を支払わず、かつ、右の主張を維持するのであれば、それ自体建物賃貸借契約の当事者間の信頼関係を著しく損なわせる事由に該当するので、原告としてはこの契約を解除せざるを得ない。

⑤ 滞納賃料を直ちに支払うとともに、よく調査のうえ書面をもって二週間以内に回答されたい。

(5) これに対して、被告は、昭和六〇年九月一九日付の「回答書」と題する書面により、原告に対し、昭和四七年六月に本件土地賃貸借契約が成立しているが、契約書はない旨回答した。しかし、滞納賃料については、その支払をしなかった。

(6) そこで、原告は、昭和六〇年一〇月二日、次のような内容の「ご通知」と題する書面を被告に差し出し、右書面は同月四日被告に到達した。

① 被告は、原告の指摘に対し、昭和六〇年九月一九日付書簡において、(一)の建物の敷地について土地賃貸借契約が存在しないことを認めたうえ、(一)の建物の賃貸借契約が存在することを認めながら、未だに滞納中の約定賃料を支払っていない。

② のみならず、右建物賃貸借契約とは別に、右建物の周囲の土地を賃借したと主張している。しかしながら、破産会社は、従来、いわば関連会社としての情誼上、(一)の建物利用に付随して同建物の敷地の利用を許していたにすぎず、被告の主張するような土地賃貸借契約は存在しない。

③ しかるに、右土地の賃借を主張することは極めて信義にもとるので、原告としては本書面をもって(一)の建物に関する賃貸借契約を解除し、(一)の建物の明渡並びに被告が賃借権を主張する土地につき、同地上の被告所有の建物を収去して明渡すことを求める。

(7) 被告は、右(6)記載の書面を受け取って、昭和六〇年一〇月下旬、原告に連絡をとったが、原告の回答は、被告が依頼している弁護士と相談してどうするか決めるようにということであった。そこで、被告は弁護士に相談し、賃料を供託するしかないのではないかと判断したが、資金繰りができなかったため直ちに供託を開始することができず、昭和六一年二月から地代家賃として供託を開始し、現在に至っている。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 右(一)の事実に前記二で認定した事実を総合すると、①本件解除の理由に賃料不払が含まれないとまでいうことはできないが、被告が本件土地賃貸借契約の存在を主張することが本件建物賃貸借契約における当事者間の信頼関係を著しく損なうということがより大きな解除理由であったことは明らかであるところ、これまで判示したとおり本件土地賃貸借契約は被告が主張するとおり真実存在するのであるから、右解除理由は当を得ないものであったこと、②被告は、原告に支払うべき賃料には地代相当額が含まれていると主張し、これに対して原告はこれを強く否定し、右賃料の性質について原・被告間に争いがあったが、この争いについては被告の主張が正しかったこと、③前記(一)(4)記載の書面による不払賃料の催告は、具体的な請求金額を明示していないので必ずしも明らかでないが、原告が本件訴訟において請求している昭和五九年一一月分から昭和六〇年九月分までの賃料のほか、それ以前の昭和五九年四月分から昭和五九年一〇月分までの賃料も請求しているものと解されるところ、この賃料は既に被告の破産会社に対する債権と相殺されていたこと、④被告は、破産会社が倒産するまで、本件賃貸借契約に基づく賃料を約束どおり現金または小切手で支払ってきており、それまで破産会社と被告との間で賃料の支払に関する争いはなかったが、破産会社の倒産により被告は破産会社に対する売掛代金等の支払を受けられなくなり、経営危機に陥っていたため、原告からの賃料支払請求に直ちに応じることができなかったこと、⑤しかし、被告は、原告から本件解除の意思表示がなされた昭和六〇年一〇月の四箇月後である昭和六一年二月から現在まで賃料の供託を続けていること、⑥被告が(一)の建物及び(三)の土地を明け渡せば、被告の事業は解体し、被告の従業員はその職を失うことになるが、その結果は、二二〇万円という不払賃料の金額に比して余りにも重大であること、以上の事実が認められ、これらの事実によれば、原告主張の二二〇万円の賃料不払が本件賃貸借契約の当事者間の信頼関係を破壊するような不誠実なものということはできず、原告が右賃料不払を理由に解除権を行使することは信義則上許されないものというべきであるから、本件解除はその効力を有しない。

四賃料請求について

1 原告が本件賃貸借契約に基づき昭和五九年一一月分から昭和六〇年九月分まで合計二二〇万円の賃料債権を有することは前記三1で判示したとおりである。原告は、右賃料を本件建物賃貸借契約に基づいて請求しているが、前記三3で判示したとおり、本件建物賃貸借契約はそれに付随する本件土地賃貸借契約と一体となって本件賃貸借契約を構成しており、賃料額の算定においても独立性を有しないものであるから、原告の本件建物賃貸借契約に基づく請求は、本件賃貸借契約に基づく請求として理解することとする。

2 被告は本件賃貸借契約に基づく賃料を供託しており、現在被告に賃料の遅滞はない旨主張するが、被告が昭和五九年一一月分から昭和六〇年九月分までの賃料を供託したことについては何ら証拠がないうえ、仮に被告が右賃料の供託をしていたとしても、原告が右賃料の弁済の受領を拒否したことについては何ら立証がない(前記三2で認定したような原告から被告に対する催告の経緯から判断すると、被告が右賃料について弁済の供託をしていれば、原告がその受領を拒絶するとは考えられない)ので、被告の弁済供託の主張はいずれにせよ理由がない。

五結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、本件賃貸借契約に基づき、昭和五九年一一月から昭和六〇年九月分までの賃料合計二二〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六一年四月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がない(被告は(一)の建物及び(三)の土地を本件賃貸借契約に基づき占有することができる)からこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官福田剛久)

別紙<省略>

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