東京地方裁判所 昭和61年(ワ)5523号 判決 1988年2月22日
原告
平井出
右訴訟代理人弁護士
高谷圭一
被告
平井信子
右訴訟代理人弁護士
本田洋司
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金四、九九八、三九九円及びこれに対する昭和五九年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(亡父の遺産)
(一) 原告の父平井秀夫(以下、「秀夫」という。)は、昭和五八年一〇月一八日死亡し、その相続が開始した。
秀夫の相続人は、妻である被告と原告を含む子供三名の合計四名であり、原告の法定相続分は、六分の一である。
(二) 被告は、秀夫の遺産は全て預貯金等の可分債権であり、その額は合計金一一、七〇一、八四九円であるとし、右金額の六分の一である金一、九五〇、三〇八円から原告に対する相続税等の立替金七六六、二六七円を差引いた金一、一八四、〇四一円を、原告が秀夫の遺産から相続により取得するものとして弁済供託した。
(三) 被告は、秀夫の死亡により、秀夫の勤務先であつた東京電力株式会社から退職手当金(以下、「本件退職金」という。)として金二三、九九〇、三九八円を取得したが、本件退職金は被告固有の権利として取得したものであるとし、前記秀夫の遺産額金一一、七〇一、八四九円にはこれを含めていない。
(四) しかし、本件退職金は秀夫の遺産に含まれるべきものである。
すなわち、本件退職金は原告及び原告の母恵子(秀夫の前妻)の犠牲のうえに形成されたものであり、しかも、死亡当時秀夫は被告との離婚を決意していたのであるから、本件退職金は秀夫の遺産として原告にも配分されるべきものなのである。
(五) したがつて、被告は、原告に対し、原告が秀夫の遺産から相続により取得したものとして、前記供託金のほか、本件退職金二三、九九〇、三九八円の六分の一である金三、九九八、三九九円を支払う義務がある。
2(不法行為)
(一) 被告は、原告に無断で、天徳院に預けてあつた秀夫の遺骨の一部分を持ち出した。
これにより、原告は、祭祀供用物の承継者として、精神的苦痛を被つた。
(二) 被告は、原告に無断で、昭和五九年四月三日、被告の婚姻前の本籍地に転籍した。
そのため、被告と同一の戸籍にあつた原告は、回復不能の戸籍の汚点を記され、多大の精神的苦痛を被つた。
(三) 以上、被告の不法行為によつて原告の被つた精神的苦痛を慰謝するためには、少なくとも金一〇〇万円が必要である。
3 原告は、被告に対し、昭和五九年五月二日付同月四日配達の書留内容証明郵便により前記1、2の金員の支払を請求した。
4 よつて、原告は、被告に対し、前記1、2の合計金四、九九八、三九九円及びこれに対する昭和五九年五月五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1について
同1(一)ないし(三)の事実は認め、同1(四)、(五)の主張は争う。
2 請求原因2について
(一) 同2(一)のうち、被告が秀夫の遺骨を分骨したことは認め、その余の主張は争う。
被告は、秀夫の一周忌の法要につき原告の祖母(秀夫の母)・叔父らから無視され疎外されたため、秀夫の供養を原告の祖母らとは別に行うため、住職に頼んで分骨してもらつたのである。
(二) 同2(二)のうち、被告が転籍したことは認め、その余の主張は争う。
なお、原告は、昭和六〇年一二月二三日分籍届出をして元の本籍地に新戸籍を編製している。
第三 証拠<省略>
理由
一秀夫の遺産について
1 請求原因1(一)ないし(三)の事実については、争いがない。
2 <証拠>によれば、本件退職金は、東京電力株式会社の社員就業規則第一五条が「本人が死亡した場合の退職金は、労働基準法施行規則第四二条から第四五条までに定められた範囲及び順位により、その遺族に支払う。」と規定し、労働基準法施行規則第四二条が遺族補償を受けるべき者を労働者の配偶者と規定していることに基づき、同社から秀夫の配偶者である被告に支払われたものであることが認められる。
右認定事実によれば、本件退職金は被告が固有の権利として取得したものであることは明らかである。
したがつて、本件退職金が秀夫の遺産に含まれるとする原告の主張は失当であり、右見解に基づく金三、九九八、三九九円の支払請求は理由がない。
二不法行為について
原告は被告の不法行為として請求原因2(一)、(二)の事実を主張するが、被告が秀夫の妻であることに鑑みれば、原告の右主張事実をもつて不法行為に該当するものと認めることはできない。
したがつて、原告の不法行為に基づく慰謝料請求は理由がない。
三よつて、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官山﨑まさよ)