東京地方裁判所 昭和61年(ワ)7031号 判決 1991年9月25日
原告
甲野一郎
同
乙川二郎
右両名訴訟代理人弁護士
鶴見祐策
同
千葉憲雄
同
石崎和彦
同
山本英司
同
羽倉佐知子
同
山本真一
同
鈴木克昌
被告
東京都
右代表者知事
鈴木俊一
右指定代理人
松本雅道
外三名
被告
I
右訴訟代理人弁護士
山本卯吉
同
福田恆二
同
金井正人
主文
一 被告東京都は、原告らに対し、それぞれ金二五万円及びこれに対する昭和六〇年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告東京都に対するその余の請求及び被告Iに対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告らと被告東京都との間においては、これを一〇分し、その一を被告東京都の、その余を原告らの各負担とし、原告らと被告Iとの間においては、全部原告らの負担とする。
四 この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告らに対し、それぞれ二二〇万円及びこれに対する昭和六〇年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 第1項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事件の経過
(一) 原告らは、昭和六〇年六月一六日午後三時五五分ころ、日本共産党中央区議会議員である訴外木藤瑛子(以下「木藤」という。)が訴外古澤工業株式会社(以下「古澤工業」という。)の所有・管理する東京都中央区新川二丁目六番四号所在の同社駐車場(別紙図面記載の「古澤駐車場」とある部分、以下「本件駐車場」という。)の塀に同社代表取締役古澤康秀(以下「古澤」という。)の承諾を得て従前から貼付していた同党の東京都議会議員選挙立候補予定者の演説会告知ポスターがはがれていたため、これを新しい同種のポスターに貼り替えた。
(二) 原告らが右ポスターの貼付を終え、本件駐車場北東側を通り霊岸島交差点と皇居八丁堀線とを結ぶ道路(以下「本件駐車場前道路」という。)を自転車に乗って皇居八丁堀線方向に右貼付場所から約三〇メートル進み、東京都中央区新川一丁目一二番所在の越前堀公園前付近に至ったところ、警視庁中央警察署(以下「中央署」という。)警備課警部補N(以下「N」という。)、同署警備課警部補O(以下「O」という。)、同署警備課巡査部長S(以下「S」という。)、同Y(以下「Y」という。)、同F(以下「F」という。)及び同G某ら少なくとも五名の私服警察官が原告らの行く手前方及び左右を取り囲み、Nが原告らを停止させ、本件駐車場の塀の所有者の承諾を得ずにポスターを貼ったのではないかと質問した。原告らは、ポスターの貼付については右所有者の承諾を得ている旨回答したが、Nらはこれに納得せず、なお質問を継続したため、原告らは、Nらに対し、所有者が承諾していることを一緒に確認に行こうと述べて、Nらとともに本件駐車場から北西約四〇メートルのところにある古澤工業の事務所に向かった。
(三) ところが、原告らが本件駐車場前に至ると、Nらは、原告らの自転車の荷台をつかみ、前方に立ちふさがるなどして原告らの進行を阻止し、「現行犯だ。」、「署に行こう。」などと叫んで、原告らを古澤工業の事務所に行かせようとしなかった。そこで、原告らが、Nらに対し、「なぜ所有者の許可を得たかの確認に行かないのか。」と質問すると、Nらは、「確認に行ったが、いなかった。」などと述べて、確認できない以上解放しないという態度をとり、原告らの前方及び左右に立ちふさがる状態を解こうとしなかった。
(四) その後、近隣住民や連絡を受けた日本共産党中央地区委員会関係者らが現場に集まり、Nらに対し、原告らを解放するよう求めたが、Nらは、「お前たちには関係ない。」、「邪魔をすれば公務執行妨害で逮捕する。」などと叫んで、これらの者を現場から排除しようとした。次いで、中央署警備課長の被告I(以下「被告I」という。)及び数名の制服警察官がパトカーや乗用車数台で現場に到着し、前記Nらと合わせて一〇名近い警察官が原告らを囲んで質問を行った。
(五) 同日午後四時二五分ころ、被告Iの指揮の下に逮捕行為が開始され、Nが右手を挙げて、「四時二五分、逮捕だ。」と指示すると、YとFは、原告乙川の両腕をYが左側から、Fが右側からそれぞれつかんで逮捕し、同原告の身体を持ち上げるようにして同逮捕地点から約一〇メートル離れた別紙図面記載イ地点(以下「イ地点」という。)の車両付近まで移動させ、また、NとOは、Oが右手で原告甲野の右手首をつかみ、左腕を同原告の脇の下に入れ、Nが左手で同原告の左手首をつかみ、右腕を同原告の脇の下に入れて、逮捕し、同原告を引っ張って同図面記載ロ地点(以下「ロ地点」という。)の車両付近まで移動させた。
原告乙川は、イ地点の車両に乗せられまいとして、左後部座席のドアにしがみつき、両腕をドア越しに前に出し、脇でドアを挟むようにして抵抗したが、Fは両手で同原告の腕をドアからはがそうとし、また、Yは身体全体を使って同原告を押し、さらに足で同原告の膝関節の後ろを蹴るなどして、同原告を車内に押し込もうとし、Zも車内から同原告のズボンのベルトをつかんで車内に引き入れ、同原告は、同車両の後部座席に、同原告の左側にYが、右側に制服警察官が座る形で乗車し、中央署に連行された。
NとOは、原告甲野の腕をかかえて引っ張るなどして同原告をロ地点の車両に乗車させようとしたが、同原告はドアの手前で自分の身体がドアの外側になるように右側に体をずらすなどして抵抗し、乗車しなかった。
すると、Nらは、Nが原告甲野の左側から、またOが同原告の右側から、それぞれ同原告の腕やズボンのベルトをつかんで霊岸島交差点方向に引っ張り始めた。原告甲野は、これに対し、両足を突っ張り、あるいは路上に駐車していた車両のバックミラーに抱き着くようにするなどして抵抗したが、Nらに体を持ち上げるようにされて十分な抵抗ができず、途中で力尽き、後はNらに引っ張られるままに霊岸島交差点方向に進み、ロ地点から二〇〇メートル近く離れた霊岸島交差点の新亀島橋寄り路上まで引っ張られていった。右交差点付近にはパトカーが停車しており、N、O及び同車両に乗務していた中央署の二名の制服警察官は、同原告を同車両に押し込んで乗車させようとし、同原告は、同車両のドアにしがみつくなどして抵抗したが、制服警察官が同原告の足を持ち上げるようにするなどして、同原告を同車両内に入れ、同原告は、右車両の後部座席に、同原告の左側にNが、右側に制服警察官の一人が座る形で乗車し、中央署に連行された。
(六) Nらは、同署内において、原告らの持物を検査した上、被告Iの指揮の下に引き続き原告らを同署内の別々の取調室に監禁した。この間、原告らは、「不当逮捕である。」、「所有者に確認せよ。」などと訴えたが、Nらは取り合おうとせず、住所氏名やポスター貼付についての塀の所有者の承諾についての質問のほか、「党に入って何年になるか。」、「誰から指示命令を受けたか。」などの質問にまで及んだ。
(七) その後、同日午後五時四〇分ないし四五分ころ、被告Iは、「確認がとれたので帰っていいです。」と述べて、原告らを解放した。
2 警察官の行為の違法性
(一) 被告Iら警察官は、前記のとおり、原告らを軽犯罪法一条三三号違反の嫌疑により現行犯逮捕したものであるが、当時、本件駐車場の塀には、各政党のポスターが数十枚貼られていたこと、原告らは、Nらの質問が開始された当初から、所有者の承諾を得ていると主張していたことからすれば、当時の状況の下で原告らが所有者の承諾を得ずにポスターを貼ったと認めることはできず、したがって、現に罪を行い又は行い終わったという現行犯逮捕の要件が存在しなかったから、右現行犯逮捕は違法である。
(二) 仮に現行犯逮捕ではなく、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)二条の職務質問とこれに引き続いての同行に当たるとしても、次の点で違法である。
(1) Nらは、原告らに対する職務質問を開始した当時、原告らがはがれかかったポスターの張替え中で、本件駐車場の塀には他にも自由民主党、公明党及び日本共産党の各政党のポスターが貼付されていたことを認識しており、原告らが塀の所有者の承諾を得ずにポスターを貼っていたと疑うに足りる相当の理由はなかったのであるから、警職法二条一項の職務質問を開始する要件に欠けていたばかりでなく、原告らは、警察官らの職務質問に対し、ポスターを貼るについては木藤が古澤から承諾を得ていると回答しており、職務質問を継続する要件もなかった。
(2) また、警職法二条二項にいう同行の要件も欠缺していた。すなわち、原告らが中央署へ同行された当時、現場が騒然となってその場で職務質問を継続することが原告らに不利益であるとか、交通の妨害が懸念されるなどの状況はなく、原告らが同行を承諾していない上、原告らの嫌疑は軽犯罪法違反という軽微なものであって、原告らが現場で所有者の承諾があったことを述べ、嫌疑自体も低かったことなどからすれば、任意同行として許容される強制力の程度を超えていたものというべきである。
(3) さらに、Nらの職務質問は、日本共産党に関する情報収集という不法な目的のためにされたものであり、職務質問権の濫用として違法である。
3 被告らの責任
被告I及びその指揮下に原告らに対して違法な暴行、逮捕、監禁行為を行った警察官はすべて警視庁所属の警察官であって、いずれも被告東京都の公権力の行使に当たる公務員であるから、被告東京都は、右違法行為につき、原告らに対し、国家賠償法一条一項による損害賠償責任を負う。また、被告Iは、公務に名を借りて原告らに対し害意に基づく違法行為をしたものであるから、民法七〇九条による損害賠償責任を免れない。
4 原告らの損害
(一) 原告らは、適法に政党の政治活動を行っていた際に、多数の警察官らに取り囲まれて通行を阻止され、白昼公然と衆人環視の中で、反抗を抑圧する程度の暴行及び傷害を加えられて逮捕され、約一時間にわたって監禁されたものであり、その身体・自由・人格に重大な侵害を加えられた。原告乙川は、右暴行により、全治一週間を要する右下腿部打撲傷、左前脛部挫傷、左上腕筋肉痛の傷害を負い、さらに、パトカーに押し込まれる際に警察官によって着用していたズボンのベルトを強くつかまれたため、幅四センチメートルの皮製のベルトを引きちぎられた。原告甲野は、右暴行により、全治一週間を要する右上腕皮下出血の傷害を負った。
その結果、原告らは多大な精神的苦痛を被ったから、これに対する慰謝料の額はそれぞれ二〇〇万円を下らない。
(二) 原告らは、本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に委任し、それぞれ二〇万円の報酬支払約束をして、同額の損害を被った。
5 よって、原告らは、被告ら各自に対し、被告東京都については国家賠償法一条一項、被告Iについては民法七〇九条に基づき、それぞれ二二〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年六月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(一)の事実のうち、原告らが、昭和六〇年六月一六日午後三時五五分ころ、本件駐車場の塀にポスターを貼ったことは認め、その余は否認する。
同1の(二)の事実のうち、原告らが越前堀公園前路上に至ったところで数名の警察官が職務質問をしたことは認め、その余は否認する。
同1の(三)の事実のうち、原告らが警察官とともに本件駐車場前に至ったこと、警察官が原告らに対する職務質問を継続したことは認め、その余は否認する。
同1の(四)の事実のうち、現場に人が集まったこと、警察官が現場に集まった者に対し、邪魔をすれば公務執行妨害で逮捕する旨告げたこと及び警視庁中央警察署警備課長の被告I及び数名の制服警察官がパトカーや乗用車数台で現場に到着し、前記警察官と合わせて一〇名近い警察官が現場にいたことは認めるが、現場に集まった者が近隣住民及び日本共産党地区委員会関係者であったことは知らない。その余は否認する。
同1の(五)の事実のうち、被告Iが、他の警察官とともに、原告らを乗用車及びパトカー内の各後部座席に座らせ、中央署まで同行したことは認め、その余は否認する。
同1の(六)の事実のうち、警察官が中央署内で原告らの持物を検査したことは認め、その余は否認する。
同1の(七)の事実のうち、原告らを解放した時刻は否認し、その余は認める。原告らを解放した時刻は午後五時二〇分である(被告I)。
2 請求原因2の事実はすべて否認する。
3 請求原因3の事実のうち、被告I及びその指揮下の警察官がすべて警視庁所属の警察官であったことは認め、その余は否認する。被告Iが個人として直接原告らに対して損害賠償責任を負うことはない。
4 請求原因4の事実はすべて否認する。
三 被告らの主張
被告I及びその他の中央署警察官らは、次の経緯で、原告らに対し、適法な職務質問及び任意同行を行ったものである。
1 本件当時、中央署では、昭和六〇年六月二八日告示の東京都議会議員選挙に向け、東京都中央区新川一、二丁目を中心とする地域において公職選挙法違反、軽犯罪法違反、東京都屋外広告物条例違反等の事前運動事犯が頻発していたことから、その警戒取締りに当たっていた。N及びZは、同年六月一六日午後三時ころ、新川二丁目六番四号付近を捜査用自動車で警戒取締り中、本件駐車場前において、原告甲野が周囲を警戒する一方で原告乙川が同駐車場の塀に日本共産党の東京都議会議員選挙立候補予定者の演説会告知用ポスターを貼っているのを現認し、原告らの右行為が軽犯罪法一条三三号に違反する疑いがあったことから、原告らに対して職務質問を行うべく、右地域において警戒取締り中のOらに無線で応援要請をした。
その後、原告らが、相互に周囲を警戒しながら、原告乙川が二枚、原告甲野が一枚のポスターを更に同駐車場の塀に貼った後、同駐車場の中央区立明正小学校側に止めてあった自転車に乗り、同小学校方向に立ち去ろうとしたため、Nは、応援要請に基づいて同所に到着したO、Y、Fとともに、本件駐車場前道路上の越前堀公園前付近において、原告らに質問のため停止を求めた。
2 Nは、原告らに対し、警察手帳を示して身分を名乗った上、本件ポスター貼付の事実を質問すると、原告らが無言でこれに答えなかったため、繰り返し同様の質問を行ったところ、原告乙川は、本件ポスター貼付の事実を認めたものの、管理者の承諾の有無や原告らの住所、氏名は明らかにせず、原告甲野はこの間終始無言であった。Nは、とりあえず、原告らに貼付した本件ポスターを確認させようとして、原告らに本件駐車場への同行を求め、同所でポスターの貼付の事実の有無を確認したところ、原告乙川が三枚、同甲野が一枚のポスターを貼ったことを認めたが、管理者の承諾の有無を質問しても、原告乙川は、木藤事務所で取っている旨の応答に終始し、それ以上に具体的な回答をしなかったため、Nは、Fに対し、塀の管理者の承諾の有無を確認するよう指示するとともに、原告らに対して、管理者に承諾の有無を確認するので、それまで待っていて欲しい旨告げた。
すると、原告らが本件駐車場横に止めてあった自転車を押して霊岸島交差点方向に立ち去ろうとしたので、Nらは、原告らに対し、再度、いま管理者に承諾の有無を確認しているのでそれまでここで待っていて欲しい旨告げたが、原告乙川が「事務所へ行けばわかる。」などと言って、そのまま同方向へ立ち去ろうとしたため、原告らに追随しながら右同様のことを繰り返し告げ、さらに、本件駐車場の北西にある別紙図面記載のライオンズマンション越前堀公園側の路地前において、同様の申入れをしたところ、原告らも自転車を右路地に止めた。そこで、Nが本件駐車場前において再度職務質問を開始したが、原告らの支援者三名が現場に駆け付け、Nらに対し、「共産党を弾圧するのか。」、「ポスターぐらい何だ。」、「他の党も貼ってあるではないか。」などと怒鳴りながら詰め寄り、原告らもこれに呼応して、「共産党に対する弾圧だ。」などと大声で騒ぎ出したため、Nらはこれら支援者を中央区立明正小学校方向へ誘導して排除した。
3 このころから付近住民等が続々と現場に集まり、原告らの支援者と認められる数十名の者がNらを取り囲み、「共産党を弾圧するのか。」などと怒鳴りながら詰め寄ったり、集まってきた者に向かって、「皆さん、中央警察署は不当弾圧を行っています。」などとアピールをしたことから、付近は喧噪状態となった。この間、Fは、古澤駐車場の塀に表示されていた古澤工業の電話番号に電話したがつながらず、その後判明した同社代表取締役古澤の自宅に電話しても不在であったが、その約五分後に再度古澤方に電話した際、同人の妻トモ子から、共産党の人にはポスターの貼付を許可していない旨の回答に接し、そのことをNに報告した。Nは、管理者自身から直接承諾の有無の確認をすることはできなかったものの、原告らの前記行為が軽犯罪法一条三三号に違反する疑いが濃厚となったと判断し、再度原告らに対し、管理者の承諾の有無及び原告らの住所、氏名を質問したが、原告乙川は、「事務所へ行けばわかる。」、「言う必要はない。」などと言って、これに応ぜず、原告甲野は、Nの質問には全く無言であった。
4 その後、被告Iが現場に到着し、Nから経過説明を受けたが、付近には野次馬が多数集まっており、特に、原告らの支援者と認められる二、三〇名の者が、歩車道を区別することなく付近にたむろして、Nらに対し、「不当弾圧だ。」などと怒鳴って詰め寄ったり、職務質問中の警察官と原告らの間に割って入ったりするなどの妨害行為を行い、原告らもこれに呼応して同所から立ち去ろうとするなどの状況が生じたことなどから、これ以上、同所で原告らに対する職務質問を継続することは不可能であると判断し、Nに対し、原告らの職務質問を中央署で行うよう指示した。
5 そこで、Nは、原告らに対し、管理者の承諾の有無が確認できるまで警察署に来て欲しい旨を告げて中央署への同行を求めたところ、原告乙川が突然同所から車道上に出て、霊岸島交差点方向へ立ち去ろうとしたので、Yの協力を得て、同人の腕に手を掛けて引き止め、これとほぼ同時に、原告甲野も歩道上を霊岸島交差点方向へ立ち去ろうとしたので、O及びFは、同人の腕に手を掛けてこれを引き止めた。Nらは、原告らにイ地点に止めておいた捜査用車両のところまで同行を求めたところ、原告らはこれに応じて自ら同車両の方へ向かったので、原告乙川、同甲野の順で同車両に乗車するよう促した。ところが、原告乙川は、左手に所持していた黒色手帳及び財布を近くにいた支援者と認められる者に向かって投げ渡そうとしたので、Yがとっさに同人の左手を押えてこれを制止し、再度同車への乗車を促した。原告乙川がこれを了承したのでY巡査部長が手を離したところ、同原告は、前記黒色手帳及び財布を歩道方向に投げて、右車両に乗車し、同日午後四時四〇分ころ、中央署に到着した。
6 この間、原告甲野は、原告乙川の前記行為を制止していたYに対し、背後からつかみかかろうとしたため、NとOの両名が、原告甲野の両手を押さえてこれを制止したところ、その後も右制止を振り切るようにして、Yに対し足蹴りをしようとしたので、Nは、同原告に対し、「これ以上妨害すれば公務執行妨害で逮捕する。」旨警告し、右状況からして、原告甲野と原告乙川を同一車両で中央署に同行を求めることは困難であると判断し、近くに止めてあった別の捜査用自動車への同行を求め、同車への乗車を促した。しかし、原告らの支援者と認められる者が車道にまで出て来て、Oに対し肩で突き当たるなどして原告甲野の同行及び乗車を妨害し、同原告は、霊岸島交差点方向へ歩き出して、N、Oの引き止めに応ぜず、さらに、五、六名の原告らの支援者がNらを取り囲み、その後ろから手を掛けたり、腰に抱きついたり、不当弾圧と怒鳴るなどの妨害をしたことから、被告Iの指示により、NとOが同原告の腕を取り、霊岸島交差点方向に五、六メートル引っ張って、右支援者らから離脱させた。
その後、同原告は、支援者がNらの前に立ちふさがるなどの妨害行為をしたのに対して、反対方向に立ち去ろうとしたため、Nらは同原告を引き止め、霊岸島方向へ行くよう説得したところ、同原告はNらに促されながら霊岸島交差点方向に自ら歩いて行った。さらに、前記五、六名の支援者が再度Nらを取り囲んで妨害行為をしたため、被告Iの指示により、Nらが同原告の腕をつかみ、霊岸島交差点方向に五、六メートル引っ張って、同原告を右支援者らから離脱させた。その後も、同原告はNらに促されながら霊岸島交差点方向に自ら歩いていったので、Nらは、同原告に追随しながら、同交差点まで行ったところ、折からパトカーが同所を通りかかったので、同原告に同車への乗車を求めた。すると、同原告はこれに乗車し、同日午後四時五〇分ころ、中央署に到着した。
7 Nらは、原告らが中央署に到着した後、それぞれ別の同署刑事課調室に案内し、管理者の承諾の有無が確認できるまでの間、職務質問を継続し、この間、原告らの所持品の提示を求めて検査した。他方、被告Iは管理者の承諾の有無を確認していたが、同日午後五時ころ、古澤から、二、三か月前に木藤に許可を与えた旨の電話を受け、承諾の事実の確認が得られたので、被告Iは、原告らに対し、職務質問及び任意同行を求めた事情等を説明し、同日午後五時二〇分ころ、職務質問を打ち切り、原告らを解放した。
第三 証拠<省略>
理由
一事件の経過
請求原因1の(一)の事実のうち、原告らが昭和六〇年六月一六日午後三時五五分ころ、本件駐車場の塀にポスターを貼ったこと、同1の(二)の事実のうち、原告らが越前堀公園前路上に至ったところで数名の警察官が職務質問をしたこと、同1の(三)の事実のうち、原告らが警察官とともに本件駐車場に至ったこと及び警察官が原告らに対する職務質問を継続したこと、同1の(四)の事実のうち、現場に人が集まったこと、警察官が現場に集まった者に対し、邪魔をすれば公務執行妨害で逮捕する旨告げたこと及び被告I及び数名の制服警察官がパトカーや乗用車数台で現場に到着し、合計一〇名近い警察官が現場にいたこと、同1の(六)の事実のうち、被告Iが、他の警察官とともに、原告らを右乗用車及びパトカー内の各後部座席に座らせ、中央署まで同行したこと、同1の(七)の事実のうち、警察官が中央署内で原告らの持物を検査したこと、同1の(八)の事実のうち、その後、被告Iが「確認が取れたので帰っていいです。」と述べて、原告らを解放したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に加え、いずれも成立に争いのない<書証番号略>、いずれも本件現場の状況を撮影した写真であることは当事者間に争いがなく、証人佐久間巌の証言により同人が昭和六〇年六月一六日に撮影したものと認められる<書証番号略>、いずれも原告乙川二郎及び甲野一郎の各本人尋問の結果により右同日原告らの受傷部位を撮影した写真であると認められる<書証番号略>、いずれも原告乙川二郎及び同甲野一郎の各本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる<書証番号略>、証人N、同F、同佐久間巌、同甲野優子及び同張替寿彦の各証言、原告乙川二郎、同甲野一郎及び被告Iの各本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
1 Nは、昭和六〇年六月二八日に告示される予定であった東京都議会議員選挙の事前運動に関連し、東京都中央区新川一、二丁目付近の地域において公職選挙法違反、軽犯罪法違反、東京都屋外広告物条例違反等の事犯が頻発していたことから、同月一六日、右事犯の警戒取締りのため、中央署警備課巡査Z(以下「Z」という。)とともに新川二丁目六番四号付近を捜査用車両に乗車して巡回していたところ、同日午後三時五五分ころ、本件駐車場北東側の別紙図面記載A地点(以下「A地点」という。)付近において、原告甲野が周囲を警戒するかのような素振りをする一方で原告乙川が同地点付近の本件駐車場の塀に東京都議会議員選挙立候補予定者の演説会告知ポスターを貼っている状況を確認した。
そこで、Nは、原告らの右行為が許可なく他人の工作物にはり札をする行為を禁止した軽犯罪法一条三三号に違反している疑いがあると判断し、同じく当時右地域において警戒取締りに当たっていたOらに無線で応援を要請した後、右捜査用車両から降りて、同区新川所在の越前堀公園内南西側の別紙図面記載2地点付近に移動し、同所において右応援要請等により合流したO、S、Y及びFとともに、原告らの行為を視察し、他方、Zに対し、本件駐車場の管理者の住所、氏名、電話番号等を本件駐車場付近を所轄する同署高橋派出所において調査するよう命じた。原告らは、その後も相互に周囲を警戒するようにしながら、本件駐車場北東側の別紙図面記載B地点(以下「B地点」という。)付近の塀に原告甲野が、同駐車場南東側の同図面記載C地点(以下「C地点」という。)及びD地点(以下「D地点」という。)付近の塀に原告乙川が、それぞれポスターを一枚ずつ貼った後、それぞれC地点付近に止めてあった自転車に乗って、本件駐車場前道路を皇居八丁堀線方向に立ち去ろうとした。
そこで、N、O、F及びYの四名は、中央区新川二丁目一三番四号所在の中央区立明正小学校前付近の別紙図面記載3地点付近において、同図面記載E地点にいた原告らに対し、Nが自らの警察手帳を示し、中央署の者である旨述べて、職務質問をするために停止するよう求め、原告らは、これに応じて停止した。Nは、原告らに対し、「今、あなた達は、あそこにポスターを貼りましたね。」と繰り返し質問したところ、原告らは無言のまま答えず、また、「住所、氏名を言ってください。」と質問を繰り返したのに対しても同様に回答しなかったが、Nが再度「ポスターを貼りましたね。」と質問したところ、原告乙川はその事実を認めた。そこで、Nらは、原告らとともにポスターを貼った事実を確認するため、本件駐車場の塀付近に移動し、同所において、Nが、A、B、C、D各地点付近の塀に貼られていたポスターのそれぞれについて、原告らに対し、貼付の事実を確認し、原告らもこれを認めた。
その後、Nらと原告らは、A地点付近の歩道上に移動し、Nが原告らに対し、ポスターの貼付についての塀の管理者の承諾の有無と原告らの住所、氏名を質問したところ、原告乙川は、管理者の承諾の点について、自らは取ってないが、木藤事務所で取っている旨の回答をした。そこで、Nが更に木藤事務所の誰が、誰から、いつ承諾を得たのかについて質問したところ、原告乙川は、事務所へ行けば分かると言うだけでそれ以上の具体的な回答をせず、住所、氏名についても、答える必要はないと述べて回答しようとしなかった。原告甲野は、この間、無言で何ら回答をしなかった。そこで、Nは、Fに対し、本件駐車場の塀に書かれていた管理者と思われる古澤工業の電話番号に電話をして、管理者の承諾の有無を確認するよう指示するとともに、原告らに対し、警察の方で管理者に承諾の有無を確認しているので待っていて欲しい旨を伝えた。これに対し、原告らは、木藤事務所又は古澤工業の事務所に行き、古澤工業から承諾を得ていることの確認を得ようとして、止めてあった自転車を押しながら、霊岸島交差点方向に歩き始めたため、Nらは、原告らに対し、再度、いま承諾の有無を確認しているので待って欲しい旨告げたが、原告らが、「木藤事務所へ行けば分かる。」などと言って、そのまま同交差点方向へ向かって進もうとしたので、原告らに追随し、本件駐車場の霊岸島交差点側にあるライオンズマンション越前堀公園側の路地前で、管理者の承諾の有無を照会中であるから分かるまで待ってほしい旨述べて停止を求め、さらに、本件駐車場前のA地点付近に再度同行を求めたところ、原告らはこれに応じたため、同地点付近において職務質問を継続した。
Fは、前記Nの指示を受けた後、ライオンズマンションの本件駐車場前の道路を隔てた向い側にある公衆電話から古澤工業に電話したが、相手方が出なかったため、その旨Nに報告した。同じころ、高橋派出所から戻ったZが、本件駐車場の管理者である古澤工業の代表者古澤の住所及び電話番号が判明した旨報告したため、NはFに対し、古澤に電話をかけて承諾の有無を確認することを命じた。Nは、Fが古澤に承諾の有無を確認している間、原告らに住所、氏名及び管理者の承諾の有無を繰り返し確認したが、原告らは、住所、氏名については答える必要がないとし、承諾の有無については事務所へ行けば分かると回答するのみであった。
2 Nらの原告らに対する職務質問が継続されていた同日午後四時二〇分ころ、日本共産党地区委員会事務所に入った連絡により訴外張替寿彦(以下「張替」という。)、同佐久間巌(以下「佐久間」という。)外一名が現場に到着し、Nらに対し、「日本共産党を弾圧するのか。」などと抗議したところ、Nは、「あんた達には関係がない。」などと述べてこれら三名を中央区立明正小学校方向へ誘導して排除した。原告らはなおもNらに対し、ポスターは管理者の承諾を得て貼ったと主張したが、Nらは、許可を取ってあるかないかはわからない、ここでは話ができないから警察へ行こう、警察で話そうなどと申し向けた。その後も、原告らの支援者や近隣住民等が続々と現場に集まり、支援者らは、Nらに対し、「中央署は弾圧するな。ポスター貼りくらい何だ。」などと言いながら抗議したり、集まってきた者に向かって、「皆さん、中央警察署は不当弾圧です。共産党を弾圧しています。」などとアピールするなどしたため、Nらは、これらの者に対し、公務執行妨害で逮捕されることもある旨の警告を発した。
Fは、この間、古澤に電話したが、同人が不在であったため、電話に出た同人の妻トモ子に対し、早急に同人と連絡をつけることを依頼した。その約五分後、Fは、再度古澤方に電話したところ、トモ子からまだ古澤とは連絡がとれない旨の回答があった。その際、Fは、トモ子から用件を尋ねられたのに対して、本件駐車場の塀にポスターを貼ったことを事件として扱っていることを話したところ、どこの政党かを尋ねられたので、日本共産党である旨告げると、トモ子が、「共産党だったら許可していないはずですよ。はっきりしませんけれども。」と述べたため、重ねて古澤に早急に連絡をつけて、中央署に電話して欲しい旨依頼した。Fは、その五、六分後、中央署から、トモ子から古澤とは連絡がつかないが、日本共産党のポスターならば許可していないはずであるとの電話連絡があった旨の連絡を受け、以上の経緯をNに報告した。Nは、管理者自身から直接承諾の有無を確認することはできなかったものの、トモ子の回答内容から原告らのポスター貼付行為が軽犯罪法一条三三号に違反する疑いがあると判断し、再度原告らに対し、管理者の承諾の有無及び原告らの住所、氏名を質問したが、被告乙川は、承諾を得ていることについては木藤事務所へ行けば分かる、住所氏名については言う必要はないなどと言ってこれに応ぜず、また原告甲野は、Nの質問に対して終始無言で答えなかった。
3 その後、被告Iと数名の制服警察官がパトカーや乗用車数台で現場に到着し、前記警察官と合わせて一〇名近い警察官が現場に臨むに至った。被告Iは、本件駐車場前の車道上でNからそれまでの経過の説明を受け、管理者の承諾の有無については、直接管理者である古澤から確認を取るべきであると判断し、木藤事務所に赴いてこれを確認することはせずに、古澤からの回答を待つこととしたが、付近には原告らの支援者や近隣住民と思われる者が多数集まっており、公衆の面前で質問することは原告らに不利になること、本件駐車場前の車道を通行する車両もあり、支援者らが右車道に出るため交通の危険もあったことなどから、これ以上、その場で原告らに対する職務質問を継続することは適当でないと判断し、午後四時半過ぎころ、Nに対し、原告らに対する職務質問を中央署で行うため、同人らを同署まで同行するよう指示した。右指示を受けたNは、Zに対し、Nらが使用していた捜査用車両をA地点付近に移動させるよう指示し、A地点において原告らに対し、右指示に基づいてZがイ地点に移動させた右車両による中央署への同行を求めたが、原告らはこれに応ぜず、原告乙川が本件駐車場北東側のガードレールの切れ目から車道方向へ、また同甲野が歩道上を霊岸島交差点方向へそれぞれ移動しようとしたため、YとFは、別紙図面記載山1地点において原告乙川の両腕をつかみ、同原告の身体を持ち上げて運ぶようにしてイ地点の車両付近まで移動させた。また、NとOは、別紙図面記載戸1地点においてOが右手で原告甲野の右手首をつかみ、左腕を同原告の脇の下に入れ、さらに、Nが左手で同原告の左手首をつかみ、右腕を同原告の脇の下に入れて、同原告を引っ張って同じくイ地点の車両付近まで移動させた。
4 被告Iは、イ地点の車両の左後部ドア付近に立ち、ドアを開けて、原告乙川に対し手で乗車を促したところ、同原告は、ドアにしがみつき両腕をドア越しに前に出して車に入れられないように抵抗し、さらに、あらかじめ手にしていた黒色手帳及び財布を本件駐車場前歩道上にいた原告らの支援者に対し、同車両の屋根越しに投げ渡そうとしたため、Y及びFは、同原告の手を押えてそれを制止し、中央署への同行に応ずるよう説得する一方、Yは自らの身体で同原告の身体を車内に押し込むようにして乗車させようとしたが、同原告はこれに抵抗し、乗車しなかった。その後、原告乙川は、隙をみて再度前記黒色手帳及び財布をイ地点の車両の屋根越しに歩道方向にいた原告らの支援者の方に投げ、財布は支援者の手に渡ったが、手帳は同原告の足元に落ちたため、Yがこれを拾い上げた。右行為の後、車の中にいた警察官も原告乙川のベルトをつかんで同原告を車の中に引っ張るなどしたため、同原告は、右車両の後部座席に、同原告の左側にYが、右側に他の警察官が座る形で乗車し、同日午後四時四〇分ころ、中央署に到着した。
5 Nらは、原告甲野に対し、イ地点の車両への乗車を促したが、同原告が抵抗したため、被告Iらは、同原告を原告乙川と同一車両で同行することは困難であると判断し、ロ地点に止めてあった被告Iが現場まで乗車してきた捜査用車両への同行を求め、OとNは、原告甲野の両腕をつかんだまま同車両まで引っ張って移動させた。被告Iは、同車両の右後部ドア付近に立ち、同ドアを開けて原告甲野に乗車を促し、NとOも同原告の腕をかかえて引っ張るなどして同原告を同車両に乗車させようとしたが、同車両付近で、張替がOの前に立ちふさがるなどして同原告の同行及び乗車を妨害し、また、同原告もドアの手前で自分の身体がドアの外側になるように右側に体をずらすなどして抵抗して、結局、同原告は右車両に乗車しなかった。
その後、それまでライオンズマンション前の歩道上で状況を見ていた同原告の妻甲野優子が、Nらに対し、夫が何か悪いことをしたのかなどと抗議すると、Nらは、今度は、Nが同原告の左側から、またOが同原告の右側から、それぞれ同原告の腕やズボンのベルトをつかんで引っ張り、被告Iがその後ろに追随する形で、霊岸島交差点方向に向かった。同原告は、これに対し、両足を突っ張るなどして抵抗しようとしたが、Nらに体を持ち上げるようにされて十分な抵抗ができず、途中で力尽きて、後はNらに引っぱられるままに霊岸島交差点方向に進んで行った。
原告らの支援者のうち日本共産党中央区議会議員の森山一外四、五名は、原告甲野が右交差点に向かう際にも追尾し、抗議したが、Nは公務の執行を妨害すれば、公務執行妨害の現行犯で逮捕する旨を告げてこれを排除しようとした。原告甲野が霊岸島交差点に至ると、ロ地点から二〇〇メートル近く離れた同交差点の新亀島橋寄り路上にパトカーが停車しており、警察官は、同原告を同車両に乗車させようとした。同原告は、同車両のドアにしがみつくなどして抵抗したが、同車両に乗務していた中央署の制服警察官は、一人が同原告の上半身を下に引っ張り、もう一人が同原告の足を持ち上げて、同原告を横に寝かすようにして同車両内に入れ、同原告は、右車両の後部座席に、同原告の左側にNが、右側に制服警察官の一人が座る形で乗車し、同日午後四時五〇分ころ、中央署に到着した。
6 Nらは、原告らが中央署に到着した後、それぞれを同署二階の刑事課の別々の取調室に案内し、管理者の承諾の有無が確認できるまでの間、職務質問を継続したが、この間、原告らが住所、氏名を明らかにしなかったこと、原告ら自身が管理者の承諾を取っておらず、軽犯罪法違反の疑いが強まっていたこと、原告乙川が手帳等を投げる行為をしたことなどから、原告らの所持品の提示を求めて検査し、Nは原告乙川が任意に提出した所持品の内容をメモした。原告乙川は、Nの管理者の承諾の有無についての質問に対しては、自分は取っていないが事務所に行けば分かるとの回答を、住所、氏名については答える必要がない旨の回答を繰り返した。その後、同日午後五時ころ、被告IはFから、古澤より電話があり、同人が二、三か月前に木藤と路上で会い、ポスターの話が出たので許可した旨の確認が得られたとの報告を受けた。そこで、被告Iは、同日午後五時二〇分ころ、原告らに対し、「確認が取れたので帰っていいです。」と述べて、同人らに対する職務質問を打ち切り、原告らを解放した。
7 本件同行の際、原告甲野は全治一週間を要する右上腕皮下出血、同乙川は全治一週間を要する右下腿打撲症、左前脛部挫傷、左上腕筋肉痛の傷害を負った。
ところで、原告らは、被告Iら警察官が原告らを軽犯罪法一条三三号違反の嫌疑により現行犯逮捕した旨主張するので検討する。まず、原告乙川及び同甲野各本人は、Nが「四時二五分逮捕だ。」と右手を上げるようにし、あるいは指を振り降ろすようにして指示するとともに、警察官が原告らの両腕をそれぞれつかんで身体を拘束した旨供述し、証人甲野優子も、逮捕だという声が聞こえて、それと同時に原告らは両腕を拘束された旨証言するが、Nは被告Iの指示を受けて原告らに対し中央署への同行を求めた旨の証人N、同Fの各証言及び被告I本人の供述と対比するとともに、Nをはじめとする警察官は、右時点で原告らに対し罪名ないし被疑事実の告知をしておらず、現行犯逮捕の要件が存在したか疑わしい状況であったことなどを合わせ考えると、にわかに採用することができない。また、原告ら本人は、中央署の取調室において弁解録取書が作成されたかのような供述をするが、その際に前提としての被疑事実の告知、弁護人選任権及び黙秘権の告知が行われた形跡は認められず、右供述も採用できない。さらに、Nが中央署において原告らの所持品の内容に関するメモを作成したことは前記認定のとおりであるが、同メモは必ずしも原告乙川の逮捕を前提として作成されたとはいえないから、右事実をもって逮捕行為があったと認めることもできず、他に原告らの主張する現行犯逮捕行為がされたと認めるべき証拠はない。したがって、原告らの右主張は採用することはできない。
なお、原告乙川は、本件同行時に同原告の着用していたズボンのベルトが引きちぎられたと主張し、その本人尋問の結果中にもこれに沿う部分があるほか、右供述及び弁論の全趣旨により本件同行時に原告乙川が着用していたベルトを原告ら訴訟代理人山本英司が昭和六二年二月二五日に撮影した写真であると認められる<書証番号略>によれば、右撮影時点で本件同行時に同原告が着用していたベルトの留金に接合する部分がちぎれていたことが認められる。しかし、右写真は、本件同行時から一年八か月余り後に撮影されたものであって、これが直ちに本件同行時と同様の状態を示しているとは認め難いから、これをもって原告乙川の前記主張事実を認定することはできないし、前記原告乙川本人の供述も証人Nの反対趣旨の証言に照らしてにわかに採用し難く、他にその的確な証拠はない。したがって、原告乙川の右主張は採用することができない。
他方、被告らは、Nらが原告に対しイ地点の車両への同行を求めた際、原告らはこれに応じて自ら同車両の方へ向かったと主張するので検討するに、証人N及び同Fの各証言並びに被告I本人の供述中には、これに沿う部分もある。しかしながら、原告ら本人の供述によれば、原告らは本件当時、中央署への同行については一貫してこれを拒否する意思であったと認められ、外形的にも、前記認定のとおり、Nがイ地点の車両への同行を求めたのに対して原告乙川が本件駐車場北東側のガードレールの切れ目から車道方向へ、同甲野が歩道上を霊岸島交差点方向へそれぞれ移動しようとし、イ地点の車両付近に至った後も原告らは同行に対して抵抗する姿勢に終始しているのであるから、原告らが自らイ地点の車両に向かったというのは極めて不自然である。したがって、被告らの右主張は採用することができない。
被告らは、さらに、原告甲野はNらに促されながらロ地点の車両付近から霊岸島交差点方向に自ら歩いて向かったと主張し、証人Nの証言及び被告I本人の供述中には、右主張に沿う部分もある。しかしながら、右証言及び供述は、証人佐久間巌、同甲野優子及び同張替寿彦の各証言並びに原告甲野本人の供述と対比するとともに、この時点で原告甲野が右のような行動に出る何らかの必要性があったとは考えられないことにかんがみ、たやすく信用することができず、被告らの右主張は採用の限りではない。
二警察官の行為の違法性
1 原告らは、Nらが原告らを現行犯逮捕したことを前提として、その違法を主張するが、かかる逮捕行為の存在を肯認し難いことは前述のとおりであるから、右主張は採用することができない。
2 そこで、職務質問及び同行の違法性について判断する。
(一) 警察官が警職法二条一項により職務質問をするに当たっては、その対象者が、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者であることを要するところ、前記認定のとおり、原告らは、東京都議会議員選挙の告示を一二日後に控えた時期に、右選挙立候補予定者の演説会告知ポスターを、駐車場の塀に、周囲を警戒するような素振りをしながら貼付していたものであって、原告らについては、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して軽犯罪法一条三三号に違反する行為をしていると疑うに足りる相当の理由が存していたといわざるを得ない。したがって、Nらの職務質問開始時において、同人らが警職法二条一項の要件を充足すると判断し、原告らに対し、強制力を用いることなく停止を求め職務質問をしたことは適法というべきである。
(二) 次に、Nらが職務質問を継続した点について検討する。
前記認定のとおり、原告乙川は、ポスター貼付について塀の管理者の許可を得ているかとのNらの質問に対して、自らは得ておらず、木藤が得ていると回答するだけで、住所、氏名も明らかにしなかったものであるし、また原告甲野はNの質問に対して終始無言であり、いずれも自ら積極的に自己に対する疑惑を晴らそうとしないのみか、かえって挑発的な態度をとることにより、職務質問開始時の嫌疑が一向に解消されるに至らなかったものである。こうした事情からすると、Nらが原告らに対する職務質問を続行する必要があると考え、これに応ずるよう説得しながら追尾したことが違法とはいえないことは明らかであり、その後、Fが本件駐車場の管理者である古澤工業の代表者古澤の自宅に電話し、同人の妻トモ子から共産党には許可していないはずである旨の回答を得たのであるから、この時点ではむしろ原告らに対する嫌疑を深める状況にあったというべきである。もっとも、この間原告らがNらの職務質問を拒否して立ち去ろうとした形跡も窺えないではないけれども、職務質問の相手方がいったん職務質問を拒否したからといって、直ちに職務質問を続行し任意同行を求めることが許されなくなると解すべきではなく、嫌疑が存する限りこれに応ずるよう説得しその翻意を求めることは、職務質問をする際に通常伴う行為として、強制力を用いない限り許されるというべきであって、Nらが何ら強制力を加えていないことは前記認定のとおりであるから、原告らが職務質問を拒否する態度に出たからといってNらの行為が違法となるものではない。
(三) 進んで、被告Iらが原告らに対し中央署への同行を求めた点について考察する。
警職法二条二項及び三項によれば、その場で職務質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害となると認められる場合には、本人の意思に反しない限り、付近の派出所等に同行を求めることが許されているところ、前記認定のとおり、Nらが中央署への同行を求めた時点では、本件駐車場付近には原告らの支援者や近隣住民と思われる者が相当数集まっており、公衆の面前で質問することは本人に不利になる場合であったと認められ、また、本件駐車場前の道路には通行車両もあり、支援者らが車道に出るなどして交通の妨害が懸念される状況にあったものと認められる。
しかしながら、本件同行の態様について見るに、前記認定によれば、原告乙川は、A地点において中央署への同行を求められ、警察官二名によって両腕をつかみ身体を持ち上げ運ぶようにしてイ地点付近まで移動された上、同地点に停車中の捜査用車両への乗車を促されたが、同原告がドアにしがみつき両腕をドア越しに前に出して車に入れられないように抵抗しているのに、警察官の一名が自らの身体で同原告の身体を車内に押し込むようにし、さらに、車中の別の警察官が同原告を車の中に引っ張るなどして乗車させ、中央署へ同行したものである。また、原告甲野についても、当初原告乙川と同様イ地点の車両への乗車を促されて抵抗し、警察官二名に両腕をつかまれてロ地点の車両まで引っ張って移動させられ、これについても抵抗すると、今度は、左右両側から体を持ち上げるようにして二〇〇メートル近く離れた霊岸島交差点に停車中のパトカーまで引っ張られた上、同原告がドアにしがみつくなどして抵抗しているのに、警察官が二人掛かりで横に寝かすようにしてこれに乗車させ、原告乙川と同じく中央署へ同行したものである。原告らは、この間、一貫して同行に抵抗していたことは明らかであって、その過程において前記のとおり傷害を負ったものであるから、このような客観的状況に照らすと、原告らはその意思に反して警察署への同行を強要されたものというほかなく、この間における警察官の行為は、職務質問に付随する同行を承諾させるための手段として許容される限界を逸脱し、違法な有形力の行使に該当するものといわざるを得ない。したがって、原告らに対する本件同行は、警職法二条二項及び三項に違反する違法な行為というべきである。
(四) 原告らは、Nらの職務質問が、日本共産党に関する情報収集という不法な目的のためにされたものであり、職務質問権の濫用として違法である旨主張するが、本件全証拠をもってしても、右職務質問がかかる不法な目的に出たものであることを認めるに足りないから、右主張は、採用することができない。
なお、原告らは、中央署において違法に監禁された旨の主張もするが、前記認定によれば、原告らが同署の取調室において職務質問を受けた時間は、被告Iらにおいてポスターの貼付に関する管理者の承諾の有無の確認が得られるまでの三、四〇分くらいであり、その間における原告らの応対等を考慮すると、同署への同行そのものは前記のとおり違法であっても、そのことから直ちに、右の職務質問をとらえて違法な監禁行為であるということはできず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、右主張も採用の限りではない。
三被告らの責任
1 被告I及びその指揮下に本件同行に関与した警察官がすべて警視庁所属の警察官であったことは当事者間に争いがないから、被告東京都は、その公権力の行使に当たる公務員である右警察官がその職務の執行として行った前記違法行為につき、原告らに対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任を負うというべきである。
2 次に、被告Iの責任について見るに、公権力の行使に当たる公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、当該公共団体がその被害者に対して国家賠償法一条一項に基づく賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないものと解すべきであるから、原告らの被告Iに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
四原告らの損害
1 前記認定の事実によれば、原告らは、被告Iら警察官の違法な行為により肉体的、精神的苦痛を受けたことが認められるところ、本件同行当時の状況、右違法行為の程度・態様その他本件における一切の事情を考慮すると、これを慰謝するには、原告らにつき、それぞれ二〇万円をもって相当と認める。
2 原告らが本件訴訟の提起、追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであるから、本件事案の内容等にかんがみると、弁護士費用としては、原告らにつき、それぞれ五万円をもって本件不法行為と相当因果関係のある損害と認める。
五結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、被告東京都に対し、それぞれ二五万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年六月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、被告東京都に対するその余の請求及び被告Iに対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官篠原勝美 裁判官小澤一郎 裁判官笠井之彦)
別紙<省略>