東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)104号 判決 1990年4月13日
東京都豊島区西池袋五丁目二一番六号
原告
株式会社システム商事
右代表者代表取締役
松岡喜久枝
右訴訟代理人弁護士
土方邦男
東京都豊島区西池袋三丁目三二番二三号
被告
豊島税務署長
藤田良一
右指定代理人
藤宗和香
同
横川七七一
同
遠藤家弘
同
白石信明
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が昭和五九年一二月二六日付けで原告の昭和五六年七月一日から昭和五七年六月三〇日までの事業年度(以下「昭和五七年六月期」という。)、昭和五七年七月一日から昭和五八年六月三〇日までの事業年度(以下「昭和五八年六月期」という。)及び昭和五八年七月一日から昭和五九年六月三〇日までの事業年度(以下「昭和五九年六月期」といい、昭和五七年六月期ないし昭和五九年六月期を併せて、「本件各事業年度」という。)の法人税に係る重加算税の賦課決定(以下「本件処分」という。)を取り消す。
第二事案の概要
一 原告の昭和五七年六月期、昭和五八年六月期及び昭和五九年六月期の課税処分等の経緯は別表一の1ないし3記載のとおりである。
二 原告の本件各事業における事業は、日本ユニバツク株式会社(以下「日本ユニバツク」という。)から電子計算機を購入し、その付属プログラムを借り受け、これをセツトにして富士信用組合本店に賃貸し、賃貸収入を得ているという比較的単純なものであるが、極めて高度で専門的知識を必要とする関係上、その運営には原告代表の実弟に当たる木村一嘉(以下「木村」という。)が専ら当たり、経営権も同人が一手に握つているいわゆるワンマン企業と称されるものである。
三 被告は、昭和五九年一一月ころ、原告の本件各事業年度について法人税調査を実施したところ、原告が本件各事業年度の所得を過少に申告し、あるいは欠損金として申告していた事実を把握し、右事実を原告に指摘したところ、原告は、昭和五九年一二月二一日に本件各事業年度の法人税について修正申告書を提出した。
四 原告が所得を過少に申告し、あるいは欠損金として申告した原因は、次のとおりである。
1 昭和五七年六月期
(一) 原告は、日本ユニバツクに電子計算機基本プログラム使用料及び保守料、機械購入代金等合計二九二一万二四一九円を支払つた(以下「本件支払」といい、右支払に係る仕入れを「本件仕入れ」という。)。
(二) 原告の経理処理を担当していた青山公認会計士事務所(以下「青山事務所」という。)の事務員石田かをる(以下「石田」という。)は、右支払に係る振込金受取証(昭和五七年一月三〇日に原告が東洋信託銀行池袋支店から三井銀行本店の日本ユニバツクの当座預金に振り込んだ二九二一万二四一九円と振込手数料八〇〇円について東洋信託銀行池袋支店から交付を受けた受取証。以下「本件振込金受取証」という。)に基づいて別表二の番号1及び2の経理処理を行う一方、日本ユニバツクからの請求書四枚(昭和五七年一月二九日付け請求書ナンバー一一二三三金額二四二万二四一九円、同ナンバー一一二三四金額四二九万円同ナンバー一一二三五金額五万円及び同ナンバー一一二三六金額七六万円、合計金額二九二一万二四一九円。以下「本件請求書」という。)に基づいて別表二の番号3ないし6の会計処理を行つた。
(三) 右のように、本件仕入れ等が二重に計上された結果、原告の所得金額は圧縮されることとなつた。
2 昭和五八年六月期
(一) 石田は、別表二の番号3ないし5のように、二重計上に係る本件仕入金額及び支払手数料の相手勘定を有限会社大庭(以下「大庭」という。)からの短期借入金として会計処理したため、前記において、大庭からの借入金を二九二一万三二一九円過大に計上することとなつた。
(二) 当期において、右借入金に対する支払利息の額が損金に算入されたため、支払利息が過大に計上される結果となり、原告の所得金額は圧縮されることとなつた。
3 昭和五九年六月期
当期の所得金額の計算上、本件仕入れ等の二重計上及び支払利息の過大計上の結果生じた前々期及び前期の欠損金が損金の額に算入され、また、過大に計上された大庭からの借入金に対する支払利息の額が損金の額に算入されたため、原告の所得金額は圧縮されることとなつた。
第三争点
昭和五八年六月期及び昭和五九年六月期における所得金額の過少申告は、結局のところ、昭和五七年六月期において本件仕入れ等が二重に計上され、大庭からの借入金が過大に計上されたことに起因するから、昭和五七年六月期における本件仕入れ等の二重計上及び借入金の過大計上が国税通則法六八条一項にいう隠ぺい又は仮装に当たるものということができるならば、昭和五八年六月期及び昭和五九年六月期についても、隠ぺい又は仮装したところに基づいて確定申告したということができる。この点について、被告は、隠ぺい又は仮装に当たると主張するのに対して、原告は、石田のミスだと主張するので、本件の争点は、石田が別表二のように会計処理を行い、その結果大庭からの借入金を過大に計上したことをもつて、国税通則法六八条一項にいう隠ぺい又は仮装があつたということができるかどうかという点に絞られる。
第四争点に対する判断
一 証拠(甲一、四の1ないし5、一二ないし一七、乙一ないし五、一二、一三、一四の1ないし4、一六、一八ないし二一、二三、証人青山英男、同木村一嘉、同石田かをる)によれば、以下の事実を認めることができる。
1 大庭は、財団法人相州刀美術館の設立の準備を行う会社であり、木村が代表取締役を勤める個人会社である。その運営資金(常時一億円程度はあつた。)は、木村及びその父が同人ら所有の土地を担保として農協等から借り入れていた。青山事務所の代表者である青山英男税理士(以下「青山」という。)は、武蔵大学のゼミで木村の後輩だつたため、原告、大庭及び木村個人の税務処理を担当することとなつた。また、青山は、財団設立のための資金作りも任されていた。
2 原告は、青色申告法人であつたが、経理担当者がおらず、現金出納帳等の帳簿も全く作成されていなかつたため、青山事務所では、確定申告期限間近になつて木村が持参する預金通帳、請求書、領収書等の基礎資料を整理し、それに基づいて仕訳伝票を作成することから作業を行わざるを得なかつた。
3 青山事務所における原告の本件各事業年度の経理処理及び確定申告の状況は、概ね次のとおりである。
(一) まず、青山は、確定申告期限間近になつて持参された領収証、請求書等のうち木村個人に関するもの、大庭に関するもの等原告の業務と関係ないものを除外し、原告に関係あるものだけを石田に手渡す。
(二) 石田は手渡された請求書の中から日本ユニバツクのものを抜き出して一まとめにし、次に、請求書とそれに見合う領収証を一緒にして綴じ、さらに、普通預金からの支払については相手勘定を普通預金とするために、普通預金の通帳と領収証をチェツクする。なお、領収証に見合わない普通預金の出金については現金引出しとして処理する。
(三) その後、石田は、右領収書等を月別に分け、日付順に並べ変え、これに基づいて、電算機入力用、貸方科目用の三枚綴りになつた仕訳票を起票するが、対応する領収証のない請求書、あるいは対応する請求書のない領収証については、直接、あるいは青山を介して木村に問い合わせ、その指示に従つて、処理する。なお、期末に現金勘定が出金超過となつた場合は、それに見合う金額を短期借入金として計上処理するが、その際には、資金源泉等については木村の指示に従つて仕訳票に記載する。
(四) 石田は、仕訳票の起票が終わつたあと、日付順にナンバーを打ち、そのあと電算機に入力し、試算表、総勘定元帳、決算書を作成する。なお、石田が右のような作業をしている途中に木村から追加の資料が届けられることもあつた。
(五) 試算表、総勘定元帳、決算書の作成が終わると、その後の作業は上司である藤巻が引き継ぎ、あらかじめ原告から交付を受けていた原告代表者印が捺印されただけで、その他は白紙の確定申告書用紙を使つて同人が確定申告書を作成する。
(六) 例年、確定申告書が完成するのは申告期限ぎりぎりとなるため、青山が確定申告の内容を木村に報告するのは、確定申告書を提出した後になつた。
(七) 青山事務所における原告の担当者は、昭和五五年七月一日から昭和五六年六月三〇日までの事業年度までは三木昌雄であつたが、同人が昭和五七年七月に解雇されたため、昭和五七年六月期からは石田が担当者になつた。同女は、昭和四九年八月に青山事務所に入所した経験豊かな職員であり、本件各事業年度当時同事務所の女性事務員の中では一番質が高く、青山の信頼を得ていた。
4 本件支払に関する経理処理の状況は、次のとおりである。
(一) 石田は、本件振込金受取証(甲一)に基づいて、借方・仕入高勘定、貸方・現金勘定、摘要・日本ユニバツク様、金額・二九二一万二四一九円とする昭和五七年一月三〇日付けの仕訳票(甲一二。なお、仕訳票については、甲一二の仕訳票というように表示することがある。)及び借方・支払手数料勘定、貸方・現金勘定、摘要・振込料、金額八〇〇円とする昭和五七年一月三〇日付けの仕訳票(甲一三)を起票した。なお、石田が右各仕訳票において貸方を現金勘定としたのは、領収証があれば、一応現金勘定に仕訳することとされていたからである。
(二) 石田は、本件請求書(甲四の1ないし5)に基づいて、借方・仕入高勘定、貸方・短期借入金勘定、摘要・日本ユニバツク様(四〇か月)、金額・二四一一万二四一九円及び七六万円の合計二四八七万二四一九円とする昭和五七年一月三〇日付けの仕訳票(甲一五)、借方・支払手数料勘定、貸方・短期借入金勘定、摘要・振込料、金額・八〇〇円とする昭和五七年一月三〇日付けの仕訳票(甲一六)、借方・機械装置勘定、貸方・短期借入金勘定、摘要・日本ユニバツク様八四一七磁気デイスク装置、金額・四二九万円及び五万円の合計四三四万円とする昭和五七年一月三〇日付けの仕訳票(甲一七)を起票した。なお、右各仕訳票には大庭借入(二九、二一三、二一九の内)と付記されている。
また、石田は、右の仕訳を修正するために、借方・前払費用勘定、貸方・仕入高勘定、摘要・日本ユニバツク様六二一、八一〇×三五、金額・二一七六万円三三五〇円とする昭和五七年一月三〇日付けの仕訳票(甲一四)を起票した。
(三) 石田が仕訳票に付したナンバーは、甲一二が二四六 三六、甲一三が二四七 三七、甲一四が二五二 四二、甲一五が二五三 四三、甲一六が二五四 四四、甲一七が二五六 四六であつた。
(四) 昭和五七年六月期末の現金勘定が出金超過となつたため、借方・現金勘定、貸方・短期借入金勘定、摘要・大庭、金額三二七〇万円とする昭和五七年六月三〇日付けの仕訳票(乙九)が起票されたが、右三二七〇万円の中には、甲一二及び一三の仕訳票における現金出金が含まれている。
5 原告の確定申告書によれば、昭和五四年一二月一日から、昭和五五年六月三〇日まで及び昭和五五年七月一日から昭和五六年六月三〇日までの各事業年度では売上原価は計上されていないが、昭和五七年六月期では三三四六万一四八八円(そのうち二九二一万二四一九円が本件支払である。)が計上されている。
6 富士信用組合からのリース料は月額約三六〇万円で、電子計算機購入のために借り入れた一億三〇〇〇万円の返済金(借入当初で月額二三〇万円)を差し引いても月一三〇万の粗利益が発生していた。
7 木村は、富士信用組合からのリース料が月額三五〇万円で、富士信用組合に対する借入金の返済額が月額二〇〇万円程度であるから、月々の粗利益は一五〇万円程度あり、月額五〇万円程度の返済は十分可能であると説明して、大庭を主たる債務者、木村及び木村絹子を保証人とし、不動産を担保に供して、昭和五七年一月三〇日に東洋信託銀行池袋支店から借り受けた二七〇〇万円を原告に貸し付け、原告は右借入金を本件支払の一部に充てた。
8 確定申告における昭和五七年六月三〇日現在の原告の大庭に対する借入金は、六三六一万三二一九円(このうち、二九二一万三二一九円が二重計上分である。なお、昭和五六年六月三〇日現在では大庭に対する借入金はなかつた。)であつたが、昭和五八年六月期及び昭和五九年六月において、大庭が支払うべき費用を原告の普通預金から出金するなどして返済したため、借入金残高は、昭和五八年六月三〇日現在では三七三五万四三七九円、昭和五九年六月三〇日現在では二八五三万五三三九円となつた。また、原告は、右二重計上分の借入金を含めて、借入金に対する利息を支払つている。
二 右認定の事実及び事案の概要欄記載の事実に基づいて検討する。
(一) まず、甲一五ないし一七の各仕訳票の日付が本件請求書の日付ではなく、現実に本件支払がなされた日となつていること及び甲一六の仕訳票に記載された振込料は本件振込金受取証を見ないと把握できないものであること(このことは、青山証言によつて認めることができる。)から考えると、石田が甲一五ないし一七の各仕訳票を起票した時には、同女の手元には本件振込金受取証が存在したというべきである。また、領収証があれば貸方は通常は現金勘定とされるのに、甲一五ないし一七の各仕訳票の貸方が短期借入金となつていること及び右各仕訳票に大庭借入(二九、二一三、二一九の内)と付記されていることからすると、右各仕訳票を起票するより前に、木村から借入金で支払つたとの説明がされたものというべきである。
一方、甲一二及び一三の各仕訳票が起票された時期(なお、右認定の事実によれば、仕訳票に付されたナンバーによつて仕訳票の起票の先後を決することはできず、他に甲一二及び一三の各仕訳票の起票と甲一五ないし一七の各仕訳票の起票との先後関係を認めるに足る証拠はない。)、状況は必ずしも明らかではないが、仮に、甲一五ないし一七の各仕訳票より後に起票されたとするならば、石田は、甲一五ないし一七の各仕訳票の存在、したがつて、甲一二及び一三の各仕訳票を起票すれば本件仕入れ等を二重に計上する結果となることを認識しながら甲一二及び一三の仕訳票を起票したものというべきであるし、仮に、甲一二及び一三の各仕訳票を甲一五ないし一七の各仕訳票より前に起票したとしても、原告の取引内容、事業内容、本件支払金額等を考慮すると、石田は、甲一五ないし一七の各仕訳票を起票する際には、甲一二及び一三の各仕訳票の存在、したがつて、甲一五ないし一七の各仕訳票を起票すれば、本件仕入れ等を二重に計上し、大庭からの借入金も過大に計上する結果となることを認識しながら甲一五ないし一七の各仕訳票を起票したものというべきである。
そして、石田の青山事務所における地位、青山と木村との関係に鑑みると、石田が独断で右のような認識のもとに、仕訳票の起票をしたということは考えられず、本件仕入れ等の二重計上及び借入金の過大計上は木村の指示によるものというべきであり、このことに木村の原告における地位を考えると、本件仕入れを二重計上し、また、大庭からの借入金を過大に計上したことは、国税通則法六八条一項にいう隠ぺい又は仮装に当たるものというべきである。
(二) 原告は、右二重計上等は石田のミスによるものであると主張するところ、原告の経理処理の状況、請求書、領収証等が青山事務所に届けられる状況、石田は、昭和五七年六月期において初めて原告の担当者となつたこと等からすれば、石田がミスを起こしやすい状況の下に経理処理を行つたということは否定しがたいが、原告の取引の状況、本件仕入金額からすれば、本件仕入れは唯一の金額が極めて大きいものであるということができること、過大に計上された借入金についても昭和五八年六月期以降において利息の支払、元本の返済が行われているが、このことについて何らの手当もされていないこと、前記の事実からすると、木村は、富士信用組合との取引において原告は月額一五〇万円程度の粗利益を得ると認識していたということができるところ、昭和五七年六月期の真実の所得金額は一九四五万二九五三円であるのに、本件仕入れを二重計上したため確定申告では九七六万〇二六六円の欠損となり、そのことは青山から木村に報告されているにもかかわらず、木村がそのことについて質問し、あるいは疑問をもつたことを窺うに足る証拠がないこと、石田が経験豊かな事務員であつたこと等の事実に照らすと、前記の原告の経理処理の状況等があつたとしても、石田の単なるミスによつて本件仕入れ等の二重計上等が行われたものということはできない。
したがつて、原告の主張は採用することができない。
第五結論
よつて、原告の請求は、いずれも理由がないものというべきである。
(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 北澤晶 裁判官 三村晶子)
別表一
1 昭和五六年七月一日から昭和五七年六月三〇日までの事業年度
(金額 単位円)
<省略>
2 昭和五七年七月一日から昭和五八年六月三〇日までの事業年度
(金額 単位円)
<省略>
3 昭和五八年七月一日から昭和五九年六月三〇日までの事業年度
(金額 単位円)
<省略>
別表二
なお、所得金額欄の△印は欠損金額を、納付すべき法人税額欄の△印は還付する税額を示す。
(金額 単位円)
<省略>