東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)139号 判決 1989年4月12日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、有限会社平野観光に対する滞納処分として、昭和四九年一一月八日付けで別紙物件目録記載の不動産に対してした差押処分は無効であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、訴外有限会社平野観光(以下「訴外会社」という。)に対し、昭和四九年一一月八日付けで訴外会社の滞納国税債権の滞納処分として別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」といい、同目録一記載の土地を「本件土地」、同目録二記載の建物を「本件建物」という。)の差押え(以下「本件差押処分」という。)をし、同月九日、差押登記を経由した。
2 しかしながら、本件差押処分は以下の理由により無効である。
(一) 本件不動産は平井勘右ヱ門が所有していた。
(二) 原告は、平井勘右ヱ門から、昭和一八年三月一一日に本件土地の贈与を受け、また、同年三月一八日に本件建物を買い受け、それぞれ同日付けで原告に所有権移転登記が経由されている。なお、本件建物については、昭和四七年一〇月二〇日に東日本交易株式会社に所有権移転登記が経由されたが、同年一二月八日に真正な登記名義の回復を原因として原告に所有権移転登記が経由されている。
(三) ところが、昭和四七年中に、原告が赤羽信用組合(昭和四九年に大生相互銀行に吸収合併された。)から借入れをしようとしたところ、同組合は原告に対しては貸付けをしない態度をとったため、原告の妻の実弟である平野勝が経営する訴外会社の名義を使用して同組合から借入れをすることにし、その借入れの担保に供する本件不動産の所有名義も訴外会社に移すことにし、同年一二月六日に原告から訴外会社に売買したものとして同月二五日付けで訴外会社に所有権移転登記を経由した。
なお、本件不動産の所有名義は、昭和五〇年四月二四日付けで訴外会社から平野勝に移されたが、その後、原告は、平野勝を相手方として、東京地方裁判所に本件不動産につき真正な登記名義の回復を原因とする仮登記仮処分申請をし、昭和五四年八月七日にその旨の決定を得、同月二一日付けで所有権移転仮登記を経由し、昭和五七年一〇月二〇日、真正な登記名義の回復を原因とする原告への所有権移転登記を経由している。
(四) 本件差押処分は訴外会社への所有権移転登記が経由されている間にされたものであるが、右(三)のとおり訴外会社への所有権移転登記は実体を伴わないものであり、本件不動産は原告が平井勘右ヱ門から取得して以来原告の所有に属するものである。
右の事実は、原告が本件不動産を取得して以降、継続して、本件建物を自宅として使用し、本件土地のうち本件建物の敷地部分を除く約一二〇坪の賃貸部分の賃料を受領し、本件不動産の固定資産税を支払っていることからも明らかである。
また、王子税務署所得税(直税)一部門担当の職員菊地某ほか一名が昭和四八年七月中旬ころ、東京国税局の職員一名が同年八月ころ、それぞれ本件不動産を訴外会社に売買したことに係る譲渡所得税につき原告を訪ねてきたことがあるが、原告は、右売買は、原告が赤羽信用組合から借入れをするための便法であって、実体を伴わないものであり、本件不動産の所有者は原告である旨説明したところ、右各職員はこれを了解し、原告は右譲渡に係る譲渡所得税を課せられておらず、同所得税を支払うことなく済んでいるのである。このように、被告は、本件差押処分当時、右職員を通じて、原告と訴外会社との間の本件不動産の売買が実体を伴わないことを知っていたものである。
(五) したがって、訴外会社に対する滞納国税債権の滞納処分として原告所有の本件不動産に対してした本件差押処分は無効である。
3 よって、本件差押処分が無効であることの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2について
(一) 冒頭の主張は争う。
(二) (一)の事実は認める。
(三) (二)は、本件建物の売主が平井勘右ヱ門であったことは知らず、その余の事実は認める。
(四) (三)は、平野勝が原告の妻の実弟であり、訴外会社を経営していること、赤羽信用組合が昭和四七年に大生相互銀行に吸収合併されたこと、本件不動産につき昭和四七年一二月六日付け売買を原因として同月二五日付けで原告から訴外会社への所有権移転登記が経由されていること、本件不動産につき昭和五〇年四月二四日付けで訴外会社から平野勝に所有権移転登記が経由されていること、原告が平野勝を相手方として東京地方裁判所に本件不動産につき真正な登記名義の回復を原因とする仮登記仮処分申請をし、昭和五四年八月七日にその旨の決定を得、同月二一日付けで所有権移転仮登記を経由し、昭和五七年一〇月二〇日付けで真正な登記名義の回復を原因として原告への所有権移転登記を経由していることは認め、その余の事実は知らない。
(五) (四)は、本件差押処分が訴外会社への本件不動産の所有権移転登記が経由されている間にされたものであること、原告に対し同人が本件不動産を訴外会社に譲渡したことに伴う所得税が課されていないことは認め、原告主張の王子税務署及び東京国税局の職員が昭和四八年中に右所得税に関して原告宅を訪ねたこと、被告が本件差押処分当時に本件不動産の所有者が原告であることを知っていたことは否認し、その余の事実は知らない。
(六) (五)は争う。
三 被告の反論
1 売買による訴外会社への所有権移転
(一) 本件不動産は、昭和四七年一二月ころ、原告から訴外会社に代金三〇〇〇万円で売り渡された。訴外会社は、本件不動産を担保に供して右売買代金の資金調達をすることとし、原告から本件不動産の所有権移転登記を受け、赤羽信用組合板橋支店から三〇〇〇万円を借り入れ、同組合のため本件不動産に債権額三〇〇〇万円の抵当権を設定し、その旨の抵当権設定登記が経由されている。
なお、右売買において、原告のために二〇〇〇万円及びこれに対する利息の支払を条件とする買戻権が留保されていたが、その旨の登記はされなかった。
(二) 訴外会社は、昭和五〇年四月ころ、平野勝に対する貸金債務の弁済に代えて本件不動産を同人に譲渡した。
(三) その後、昭和五四年二月に平野勝の父平野忠右ヱ門が死亡し、同人の遺産につき同人の子であり原告の妻であった亡平井君子と原告との間の子に代襲相続の問題が生じたときに、相続財産を管理していた平野勝と原告との間で、代襲相続分でもって前記買戻権を行使したことにする旨の合意が成立した。しかし、平野勝が本件不動産の所有権移転登記手続に協力しなかったため、原告は平野勝を相手方にして仮登記仮処分申請をし、その決定を得て、所有権移転仮登記を経由した。
(四) 以上のとおり、本件差押処分当時、本件不動産は訴外会社が所有していたものであって、その後にされた未登記の買戻権の実行及び仮登記仮処分によって、本件差押処分時点において訴外会社が有していた本件不動産の所有権を否定することはできないから、本件差押処分は適法である。
2 信託的譲渡
(一) 原告が本件不動産の所有名義を訴外会社に移転した経緯が原告主張のとおりであるとしても、その所有名義の移転は、訴外会社が本件不動産を担保として訴外会社の名義で原告のために借り入れることを目的として、本件不動産の所有権を訴外会社に移転したことに基づくものである。
(二) そうすると、本件不動産の右所有権移転は、訴外会社が赤羽信用組合から原告のために借入れをするためにされたもので、訴外会社はそれ以外の権利行使をしないとの債務を負うことになる信託的譲渡であるから、原告は第三者たる被告に対し、右所有権移転に係る内部関係をもって被告に対抗することができず、対外的にはその所有権は訴外会社に属するものであるから、本件差押処分は適法である。
四 被告の反論に対する認否
1 被告の主張1について
(一)(一)は、訴外会社が赤羽信用組合板橋支店から三〇〇〇万円を借り入れ、本件不動産に同組合のため債権額三〇〇〇万円の抵当権を設定し、その旨の抵当権設定登記が経由されていることは認め、その余の事実は否認する。
(二) (二)の事実は否認する。
(三) (三)は、平野忠右ヱ門が昭和五四年二月に死亡したこと、原告は平野勝を相手方にして仮登記仮処分申請をし、その決定を得て所有権移転仮登記を経由したことは認め、その余の事実は否認する。
(四) (四)は争う。
2 被告の主張2は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一 被告が訴外会社の滞納国税を徴収するため昭和四九年一一月八日付けで本件不動産につき本件差押処分したことは当事者間に争いがない。
二 原告は、本件差押処分当時もまたその後も原告が本件不動産を所有しており、滞納国税債務者でない原告の所有物に対してした本件差押処分は無効であると主張するので、以下検討する。
1 本件不動産の所有権の移転経過について
(一) 本件不動産は元平井勘右ヱ門が所有していたこと、原告が、昭和一八年三月一一日、平井勘右ヱ門から本件土地を贈与されたことは、当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、原告は、同日ころ、本件建物を平井勘右ヱ門から贈与された原告の兄平井元定から贈与を受けたことが認められる。
(二) <証拠>によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告は、昭和四七年三月七日ころ、本件不動産を東日本交易株式会社に対する貸金債務の担保として提供していたが、同年七月ころから右債務の返済を強く求められ、返済が無い場合には本件不動産を代物弁済として提供するという事態が避けられなくなり、同年一一月ころ、原告の亡妻の実弟である平野勝に返済資金の融通を依頼した。平野勝は、同人が経営していた訴外会社の手持資金からとりあえず三〇〇万円を融通することとし、同月八日に三〇〇万円を原告に貸し渡した。原告は、同日ころ、平野勝を同伴して東日本交易株式会社を訪れ、右三〇〇万円で債務の一部を返済し、残額については約一か月の返済猶予を受けた。原告は、右の残債務の返済資金を工面するため、平野勝を通じて赤羽信用組合に貸付けを申し込んだところ、同組合は、それ以前に同組合と原告との間に生じた貸借上の問題を理由に、原告に対しては貸付けをしないとの態度をとった。そこで、原告と平野勝は、訴外会社が原告に代わって訴外会社の名義で同組合から貸付けを受け、併せて訴外会社自身の貸付けも受けることとし、その貸付けの担保に供するために本件不動産の所有名義を訴外会社に移す旨の合意(以下、「本件合意」という。)をした。なお、その際、別途、原告の借受分を訴外会社に返済すれば、本件不動産の名義を原告に戻す旨の約束がされた(右事実のうち、平野勝が原告の亡妻の実弟であることは、当事者間に争いがない。)。
(2) 訴外会社は、同月六日ころ、赤羽信用組合から、訴外会社自身の借受分一五〇〇万円と原告のための借受分一五〇〇万円の合計三〇〇〇万円の貸付けを受ける旨の契約及び本件不動産につき訴外会社を債務者、債権額を三〇〇〇万円とする抵当権設定契約を締結した。しかし、同組合は直ちに貸付けを行わなかったため、同日、訴外会社は自社の資金から原告に一六八〇万円を交付し、原告は右金員でもって東日本交易株式会社に対する残債務を返済し、同月八日、本件不動産に設定されていた同会社を債権者とする根抵当権設定登記及び所有権移転請求権仮登記を抹消した。一方、原告と訴外会社は、右返済及び根抵当権設定登記等の抹消登記手続をするのと並行して、本件合意の実行として同日付けで本件不動産を原告から訴外会社へ三〇〇〇万円で売却する内容の土地付建物売買契約書を作成し、同年一二月二五日、本件不動産につき同月六日付け売買を原因とする訴外会社への所有権移転登記を経由し、訴外会社は、昭和四八年一月一二日ころ、赤羽信用組合から三〇〇〇万円の貸付けを受け、同日、前記抵当権設定契約に基づき、赤羽信用組合を債権者とする債権額三〇〇〇万円の抵当権設定登記を経由した(右事実のうち、本件不動産につき昭和四七年一二月二五日訴外会社への所有権移転登記が経由されたこと、昭和四八年一月一二日赤羽信用組合のため債権額三〇〇〇万円の抵当権設定登記が経由されたことは、当事者間に争いがない。)。
(3) その後、訴外会社は昭和四九年五月ころ倒産し、本件不動産の所有名義は昭和五〇年四月二四日に一旦訴外会社から平野勝個人に移転され、次いで昭和五四年八月二一日に原告に所有権移転仮登記がされた後、昭和五七年一〇月二〇日に原告に移転された(右事実のうち、右各登記が経由されている事実は、当事者間に争いがない。)。
以上の事実が認定でき、右認定に反する<証拠>中原告の赤羽信用組合に対する貸付申込状況及び本件不動産の売買に関する証言部分は、前掲証拠に照らし採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 右(一)の争いのない事実及び右(二)の認定事実によれば、原告は昭和一八年三月一一日に本件不動産の所有権を取得したが、昭和四七年一二月、赤羽信用組合から貸付けを受けるに当たり、その借受けを訴外会社の名前で行うことになり、昭和四七年一二月六日ころ本件土地の所有名義を訴外会社に移転する内容の本件合意をした上、同月二五日所有権移転登記を経由したものであるが、訴外会社は、右貸付けを受ける際に、本件不動産につき、本来的にその所有権を有する者でなければできない抵当権設定契約を締結し、抵当権設定登記の義務者となって同登記を経由したものであることからすると、本件合意は、実質的にも本件不動産の所有権の移転を伴うことを内容とするものというべきであり、そうでなければ、本件不動産に赤羽信用組合のため担保権を有効に設定することができない結果となり、これは原告及び訴外会社の真意にそぐわないものとなる。しかしまた、訴外会社は、原告が直接赤羽信用組合から貸付が受けられないため、原告に代わって貸付けを受けるについて本件不動産を訴外会社の名義で担保提供するために本件不動産の所有権の移転を受けたものであるから、原告との内部関係においては、本件不動産を右の担保提供目的以外に利用、処分することはできないという制限(以下「本件内部的制限」という。)が課せられているものと認められ、本件不動産の所有権の移転は、このような内部的制限を伴う信託的な譲渡であると解するのが相当である。
なお、右譲渡に関して原告は不動産譲渡に伴う所得税を支払っていないことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告は、昭和五二年ころ以降の本件不動産にかかる固定資産税を負担し、また、賃貸されていた本件土地の一部に対する賃貸料を継続して取得していたことが認められるところ、右のうち、本件不動産の譲渡に係る所得税が原告に課されていないとの事実については、本件不動産の所有権が原告から訴外会社へ移転したことを主張する課税庁側の態度としては一貫しないところがないとはいえないが、右事実があるからといって、前記の信託的譲渡であるとの判断と全く両立せず、これを直ちに否定しなければならないとまではいえないこと、また、原告が本件不動産にかかる固定資産税を負担していた事実については、前掲証拠によれば、本件不動産の所有名義が訴外会社にあったころは訴外会社がその固定資産税を納付しており、原告は、その後に平野勝に所有名義が移転されて同人に対し賦課された固定資産税を平野勝分として納付していたものであることが認められ、右事実も前記信託的譲渡であるとの判断を否定しなければならない事実とはいえず、さらに、本件土地の一部の賃貸料を原告が継続して取得していたとの事実もまた、前記の信託的譲渡であるとの判断を否定するものではないから、右各事実は前記判断を覆すものではない。
(四) そうすると、本件不動産の所有権は、右(三)に述べた信託的譲渡により原告から訴外会社に移転したものというベきであり、これに伴う本件内部的制限は、譲渡当事者である原告と訴外会社との間における債権的内部関係にすぎないものとみるべきであって、この制限を知っていると否とにかかわらず、第三者である被告に対してはこの制限をもって対抗することができないものと解するのが相当である。
なお、原告は、本件差押処分当時、王子税務署及び東京国税局の職員において本件内部的制限のもとに原告から訴外会社へ本件不動産の所有権が移転されたことを知っており、したがって、被告は本件内部的制限を知っていたといえるので、本件差押処分当時も本件不動産の所有権が原告に帰属していたことを対抗できるとの趣旨にとれる主張をするが、右で述べたとおり、右(三)の信託的譲渡にあたっては、仮に第三者が内部的制限を知っていたとしても、この制限をもって第三者に対抗できないと解されるから、右主張はそれ自体失当というべきである。
3 以上によれば、本件不動産の所有権は、本件差押処分当時、訴外会社に帰属していたものであり、原告は、第三者である被告に対し、訴外会社との本件内部的制限に基づき本件不動産の所有権が原告の所有に属すると主張することは許されず、したがって、本件不動産が原告の所有に属することを理由として本件差押処分が無効であるとする原告の主張は採用することができない。
三 よって、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 佐藤道明 裁判官 青野洋士)