東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)15号 判決 1988年10月18日
東京都大田区南千束一丁目二三番四号
原告
中山正一
右訴訟代理人弁護士
中島皓
同
二瓶修
同
高山泰正
同
湯浅正彦
東京都大田区雪谷大塚町四丁目一二番
被告
雪谷税務署長
根本洋一
右指定代理人
林菜つみ
同
赤穂雅之
同
星野弘
同
龍崎博之
同
鈴木高一
同
梶野研二
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五八年九月三〇日付けでした原告の昭和五五年分所得税の更正のうち分離課税の長期譲渡所得金額九四一二万五〇一四円、申告納税額(納付すべき税額に予定納税額を加算したもの)四一四〇万四九〇〇円及び重加算税賦課決定のうち重加算税の額三九六万〇三〇〇円を超える部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告の昭和五五年分(以下「本件係争年分」という。)所得税につき、原告がした申告並びに被告がした更正処分及び加算税の賦課決定の経緯は、別表一の番号<1>ないし<6>のとおりである(以下、別表一の番号<6>の被告が昭和五五年九月三〇日付けでした更正を「本件更正」といい、同日付けでした重加算税賦課決定を「本件賦課決定」といい、右両処分を併せて「本件処分」という。)。
2 本件処分に対する不服申立ての経緯は、別表一の番号<7>ないし<10>のとおりであり、番号<10>の裁決書謄本は昭和六〇年一一月二六日ころ原告に送達された。
3 しかし、本件更正は、原告の本件係争年分の所得のうちの分離課税の長期譲渡所得金額につき九四一二万五〇一四円を超えて過大に認定した違法があり、これに伴う本件賦課決定のうちの重加算税の額三九六万〇三〇〇円を超える部分も違法である。
4 よつて、原告は、本件処分のうち請求の趣旨1項の範囲で本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2の事実は認め、3の主張は争う。
三 抗弁
1 原告の本件係争分の所得金額
(一) 総所得金額 三二二三万七八九二円
(二) 分離課税の長期譲渡所得金額 一億五一三二万六六二四円
右金額は、次の(1)の金額から(2)ないし(4)の金額を減算した金額である。
(1) 収入金額 一億七七二〇円
右金額は、原告が丸萬商事株式会社(以下「丸萬商事」という。)に対し、昭和五五年七月三一日、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を一億七七二〇万円(契約書上の売買代金額九〇〇〇万円と裏金八七二〇万円)で売却した譲渡収入金額である。
(2) 取得費 二二八七万三三七六円
(3) 譲渡費用 二〇〇万円
(4) 特別控除額 一〇〇万円
2 本件更正の適法性
原告の総所得金額及び分離課税の長期譲渡所得金額はそれぞれ1の一及び二のとおりであるところ、本件更正に係る原告の本件係争年分の総所得金額及び分離課税の長期譲渡所得金額はそれぞれ右の金額と同額であるから、本件係争は適法である。
3 本件賦課決定の適法性
(一) 本件更正により新たに納付すべきこととなつた税額の計算の基礎となつた事実は、原告が本件土地を丸萬商事に対して一億七七二〇万円で譲渡したにもかかわらず、株式会社東洋エステート(以下「東洋エステート」という。)に対して九〇〇〇万円で譲渡したかのごとく売買契約を仮装し、それに基づいて本件土地の譲渡による所得の金額を過少に記載した本件係争年分の確定申告書を提出したという、収入を申告から除外した事実及び取得費の算出過程において三五万四三二二円多く取得費に含めた計算をした誤謬があるという事実であるが、右の収入を申告から除外した事実は、国税通則六八条一項に規定する課税標準等の計算の基礎となるべき事実の一部を隠ぺい、仮装したものであるので、右事実に基づき新たに納付すべきこととなつた税額につき過少申告加算税に代えて重加算税を課したものである。
(二) 本件更正により新たに納付すべきこととなつた税額は、本件更正における原告の納付すべき税額六六九四万〇一〇〇円(別表二の八の欄の番号一三の項の金額)から原告の昭和五八年九月一四日の修正申告(別表一の番号<4>)における納付すべき税額二一五六万二四〇〇円(別表二のイの欄の番号一三の項の金額)を控訴した四五三七万七七〇〇円(別表二のハの欄の番号一四の項の金額)である。
(三) ところで、右一の計算誤謬の事実は、税額の計算の基礎となるべき事実で隠ぺい又は仮装されていないものに基づくことが明らかであるので、右二の本件更正により新たに納付すべきこととなつた税額四五三七万七七〇〇円から国税通則法六八条一項、同方施行令二八条1項の規定により右事実のみに基づいて更正があつたものとした場合におけるその更正により納付すべきこととなる税額一二万三九〇〇円(別表二のロの欄の番号一三の項の金額から同表イの欄の番号一三の項の金額を控除した金額である同表ハの欄の番号一五の項の金額)を控除した四五二五万三八〇〇円が重加算税の計算の基礎となる税額である。
(四) 右の重加算税の計算の基礎となる税額四五二五万三〇〇〇円(ただし、国税通則法一一八条三項の規定により一〇〇〇円未満の端数は切捨て)に同法六八条一項に規定する一〇〇分の三〇の割合を乗じると一三五七万五九〇〇円となり、本件賦課決定に係る重加算税の額は右金額と同額であるから、本件賦課決定は適法である。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1について
一の事実は認める。二の柱書のうち、本件土地の譲渡による所得が分離課税の長期譲渡所得となることは認めるが、その金額は争う。二の(1)の事実のうち、原告が昭和五五年七月三一日本件土地を譲渡したこと、本件土地の譲渡において契約書上の売買代金額のほかに裏金を受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。原告は本件土地を東洋エステートに対して一億二〇〇〇万円(契約書上の売買代金額九〇〇〇万円と裏金三〇〇〇万円)で譲渡したものである。二の(2)ないし(4)の事実は認める。
2 同2の主張は争う。
3 同3について
被告が一で主張する事実を前提にして本件更正をしたことは認めるが、本件土地の譲渡について売買を仮装し、それに基づいて本件係争年分の確定申告書を提出したことは否認し、主張は争う。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 処分の存在等
請求原因1(本件処分の存在)、同2(本件処分に係る不服申立ての経由)の事実は、当事者間に争いがない。
二 所得金額
1 抗弁1(本件係争年分の所得金額))の事実は、二の(1)(分離課税の長期譲渡所得金額に係る本件土地の譲渡収入金額)の事実を除き、当事者間に争いがない。
2 分離課税の長期譲渡所得に係る本件土地の譲渡収入金額については、原告が昭和五五年七月三一日本件土地を売却譲渡したこと、右譲渡に関し、契約書上の売買代金(以下「表の金額」という。)のほかに裏金が支払われたことおよび表の金額が九〇〇〇万円であることについて当事者間に争いがなく、原本の存在及びその成立に争いがない乙第一号証の二、五、七、第一五号証の三、第一六ないし第一八号証、第二九、第三〇号証、証人佐々木敏明の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、表の金額九〇〇〇万円について、昭和五五年七月三一日に手付金分として小切手により一四〇〇万円、同年九月一六日に残金分として小切手により七六〇〇万円、以上合計九〇〇〇万円を受領したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
3 そこで、裏金の金額等について検討する。
前掲乙第一号証の二、成立に争いのない乙第一号証の一、第一〇、第三七、第三八号証、証人佐々木敏明の証言により真正に成立したものと認められる乙第一二ないし第一四号証、同証人の証言により原本が存在し、真正に成立したものと認められる乙第一号証の三、四、八、九、官署作成部分につき成立に争いがなく、その余の部分につき弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第九号証の一、二、大蔵事務官作成部分はその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正に成立したものと推定でき、その余の部分は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第五一号証、弁論の全趣旨により原本が存在し、真正に成立したものと認められる乙第一五号証の一、二、証人佐々木敏明の証言によれば、以下一ないし五の事実が認められる。
(一) 佐々木敏明は、昭和五五年二月一五日、資本金一〇〇万円で不動産の売買、仲介、斡旋等を事業目的とする東洋エステートを設立し、同年三月から営業を開始したが、そのころ、土地ブローカーの新井よしえから本件土地が売りに出されていることを知つた。佐々木敏明は、同年五月ころ、直接原告に売買意思の有無を確認した上、そのころ、トヨタ自動車の不動産部の担当者を原告に引き合わせ、本件土地の売買交渉の仲介をしたが、原告が裏金の支払を求めたことと、裏金を含む売買代金総額の点で合意が得られず、交渉は不調に終わつた。そこで、佐々木敏明は、同年六月ころ、丸萬商事の関連会社である日本拓建株式会社(以下「日本拓建」という。)の常務取締役の室岡廣昭に本件土地を紹介し、また、日本拓建及び丸萬商事両社の代表取締役を兼ねる室岡醇一に、本件土地が売りに出されていることにつき、売買代金には裏金の支払を伴うことを含めて説明したところ、同人は丸萬商事グループで本件土地を購入することを決めた。
(二) 佐々木敏明は、同月末ころ、室岡醇一、室岡廣昭、日本拓建の社員稲葉正敏の三人を連れて原告宅を訪れ、本件土地の売買交渉が持たれた。室岡醇一は本件土地を買い受けたいこと及び及び裏金も準備する意思を表明し、原告は表の金額の二割相当額を手付金として契約時に支払うこと及び表の金額から税金を控除した額と裏金とを合わせて手取りで一億円以上になる金額を要求するという状況であつたが、売買代金額を決定するまでには至らず、その後は、主として原告と丸萬商事側の担当者の間で売買代金額の交渉が行われた。そして、買主は丸萬商事であるが、丸萬商事から原告への裏金の支払を容易にする関係上、形式的に、一旦本件土地を東洋エステートが表の金額で買い受け、これに裏金分を上乗せした金額で丸萬商事へ転売するという形式をとることになつた。
(三) 佐々木敏明は、同年七月二八日、丸萬商事から、同社が本件土地の取得資金を銀行から借り入れるために必要な書類であるとして、右二の売買形式に従う内容の東洋エステートと丸萬商事間の本件土地の売買契約書の作成を求められた。その時点ではまだ売買代金額が決定していなかつたことから、丸萬商事側においてそれまでの交渉経過から予想した表の金額七〇〇〇万円、裏金八九〇〇万円の合計一億五九〇〇万円を売買代金額とする内容の同日付けの売買契約書が作成された。そして、同日、佐々木敏明と日本拓建の経理部社員鈴木は、株式会社第一勧業銀行(以下「第一勧銀」という。)町田支店に赴き、東洋エステート名義の普通預金口座を開設し、同口座に丸萬商事振出の額面三〇〇〇万円の小切手及び額面七三〇〇万円の小切手を入金し、本件土地の取得資金の準備をした。同口座の通帳及び銀行届出印は鈴木が持ち帰り、佐々木敏明がこれを所持したことはなかつた。
(四) 佐々木敏明は、同月三一日、前記の東洋エステート名義の預金通帳と銀行届出印を持参した室岡廣昭に同行して第一勧銀町田支店に赴き、同月二八日に預金した一億〇三〇〇万円を、一四〇〇万円は同支店振出の自己宛小切手で、八九〇〇万円は現金で引き出した後、室岡醇一、稲葉正敏と併せて四人で原告宅を訪れた。
丸萬商事側は、予想していた売買代金総額に合わせて、あらかじめ予想していた表の金額七〇〇〇万円の二割相当額の手付金一四〇〇万円及び裏金八九〇〇万円を用意し、またその旨の内容の売買契約書を用意していたが、原告は右売買代金額では納得せず、原告と丸萬商事側がそれぞれ独自に測量していた本件土地の実測面積の誤差の調整等をした上で、最終的に表の金額を九〇〇〇万円、裏金を八七二〇万円とすることで合意に達した。
そこで、表の金額を九〇〇〇万円、手付金一四〇〇万円と記入した売買契約書がその場で用意されたが、原告の契約違反につき違約金を一億五〇〇〇万円とする特約条項が入つていたため、これについて原告から異議が出され、再度右特約条項のない売買契約書が用意された。そして、裏金を支払う便宜上、先に約束されていた売買形式に従い、原告を売主、東洋エステートを買主、日本拓建を仲介人とする売買契約書を作成し、同日、原告に対し、手付金として前記の第一勧銀町田支店振出の額面一四〇〇万円の小切手が交付され、裏金の八七二〇万円については、用意されていた現金八九〇〇万円から差額分一八〇万円が差し引かれて支払われた。
(五) 同年一一月二五日、佐々木敏明は、丸萬商事から、前記二の売買形式に合致するよう、先に作成した右両者間の売買代金額を一億五九〇〇万円とする売買契約書に代えて、表の金額九〇〇〇万円と裏金八七二〇万円の合計一億七七二〇万円を売買代金額とする売買契約書の作成を求められ、これを作成した。原告はその本人尋問において、裏金は三〇〇〇万円であつたと供述している。しかし、原告は本件土地の売買代金額に関して、本件土地は実測売買であると供述し、右認定のとおり売買代金額を決定する際にも実測面積の誤差について調整がされているにもかかわらず、他方では、当初から売買代金額は一億二〇〇〇万円という端数のない金額を決めていたと供述するなど、その供述間に一貫性がなく、また、売買交渉の状況、特に売買代金額の交渉に関する供述が曖昧であること、さらに、本件土地の譲渡によつて取得した金員の使い道についても、原告は直ちに株式会社辰村組に対する館山の宅地造成工事代金債務の支払いに充てたと供述するが、原本の存在及び成立に争いのない乙第三九、第四二、第四四、第四五号証、弁論の全趣旨により原本が存在し、真正に成立したものと認められる乙第四〇、第四一、第四六号証により認められる、原告と株式会社辰村組との間の右造成工事代金についての訴訟経過、株式会社辰村組の右造成工事代金に係る帳簿、伝票の内容と符合しないことなどからすると、本件土地の売買代金額に関する原告の供述はにわかに措信できず、他に右一ないし五の認定を覆すに足りる証拠はない。
右一ないし五の認定によれば、本件土地の買主は丸萬商事であり、本件土地の譲渡代金額は一億七七二〇万円で、そこから表の金額九〇〇〇万円を差し引いた裏金は八七二〇万円である、ということができる。
4 以上によれば、本件土地の譲渡による収入金額は表の金額九〇〇〇万円、裏金八七二〇万円の合計一億七七二〇万円であるから、分離課税の長期譲渡所得金額は、右金額から本件土地の取得費二二八七万三三七六円、譲渡費用二〇〇万円及び特別控除額一〇〇万円を控除した一億五一三二万六六二四円となる。
三 本件更正の適法性
右二によれば、原告の本件係争年分の総所得金額を三二二三万七八九二円、分離課税の長期譲渡所得金額は一億五一三二万六六二四円であるところ、本件更正に係る本件係争年分の総所得金額及び分離課税の長期譲渡所得金額はそれぞれ右の金額と同額であるから、本件更正は適法である。
四 本件賦課決定の適法性
右一及び二並びに弁論の全趣旨によれば、本件更正により新たに納付すべきこととなつた税額の計算の基礎となつた事実は、原告が本件土地を一億七七二〇万円で譲渡したにもかかわらず、九〇〇〇万円で譲渡したかのごとく売買契約を仮装し、それに基づいて本件土地の譲渡による所得の金額を過少に記載した本件係争年分の確定申告書を提出したという収入を申告から除外した事実と、本件土地の取得費の算出過程において三五万四三二二円多く取得費に含めた計算をした誤謬があつたという事実であることが認められる。そして、右の収入を申告から除外した事実は、国税通則法六八条一項に規定する課税標準等の計算の基礎となるべき事実の一部を隠ぺい、仮装したものといえる。したがつて、右事実に基づき新たに納付すべきこととなつた税額につき、過少申告加算税に代えて重加算税を課したことに違法はない。そして、右の重加算税の額の算出過程は別表二のとおりであり、その額は一三五七万五九〇〇円となるから、これと同額の重加算税の額を賦課した本件賦課決定は適法である。
五 結語
よつて、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 佐藤道明 裁判官 青野洋士)
別表一
課税処分等の経緯
<省略>
別表二
重加算税の計算根拠
<省略>
<省略>
別紙
物件目録
<省略>
(注) 右内容はすべて土地登記簿上の表示に基づくものである。