東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)38号 判決 1987年4月28日
原告(一八名選定当事者) 伊勢本進
被告 東京都建築主事
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、有限会社種広商店に対してした昭和五九年八月三一日付け建築確認処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 本案前の答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (本件処分の存在)
被告は、昭和五九年八月三一日、有限会社種宏商店(以下「訴外会社」という。)に対して、建築確認番号第七二五八号をもつて建築確認処分(以下「本件処分」という。)をした。
本件処分の概要は、次のとおりである。
(一) 建築主 訴外会社
(二) 建築場所 東京都保谷市富士町四丁目八〇四番一〇及び同所同番一一
(三) 用途地域等 住居地域(容積率二〇〇パーセント、建ぺい率六〇パーセント)、準防火地域、第二種高度地区
(四) 計画概要
敷地面積 一六五・三二平方メートル
建築面積 四九・五六平方メートル
建築物の主要用途 米倉庫
構造・規模 鉄骨造一階建
2 (本件処分の違法性)
本件処分に係る建物(以下「本件建物」という。)の計画敷地は、被告が昭和五三年八月一二日付け建築確認番号七一六八号をもつてした共同住宅武蔵野サンハイツパート2(以下「本件共同住宅」という。)の建築確認処分における計画敷地の一部を二重に使用したもので、本件処分は、一つの敷地が二つの建築物の敷地として重複して使用できないとする建築基準法(以下「法」という。)の原則(一敷地一建築物の原則)に抵触し、建築基準法施行令(以下「施行令」という。)一条一号に違反する。
敷地の重複使用については、建築主事の立場から建築計画が敷地等の実状を無視したものであることが、客観的に明白であり、しかも計画容認が法一条に定める目的に著しく違背するような場合には、建築主事が不適合の決定をしても国家賠償法上違法な行為にならないとする裁判例(東京高判昭和五四年九月二七日判例時報九三九号二六頁)がある。
3 (訴えの利益)
(一) 選定者らは、本件共同住宅の部分について区分所有権を有する者であるが、次のとおり本件処分により、本件共同住宅の建替えが不可能となつた。
すなわち、東京都建築安全条例(以下「条例」という。)一〇条は、安全確保のため、特殊建築物たる共同住宅は、路地状部分のみによつて道路に接する敷地に建築してはならない旨を定めているところ、本件共同住宅の敷地は、本件処分により路地状敷地となり、建替えの際に共同住宅は建築できないこととなつた。
このため、選定者らは、本件共同住宅を他に転売できないばかりか、建替えの際には住居を失うことにもなり、区分所有権を侵害されるので、本件処分の取消しを求める訴えの利益を有する。
(二) また、法八条は、建築物の所有者らに対して、その建築物の敷地等を常時適法な状態に維持するよう努めなければならない義務を課している。それ故、選定者らは、本件共同住宅が本件処分により法違反の建築物にさせられることを防止し、右維持管理義務を果たすべく本件処分の取消しを求めているのであり、選定者らが本件訴えの利益、原告適格を有することは明らかである。
(三) 本件は、二つの建築確認が重なつて違法にされた場合であるから、最高裁判所昭和三七年一月二九日判決及び同昭和四三年一二月二四日判決の趣旨をあてはめれば、選定者らが本件訴えの利益を有することになる。
(四) 被告は、本案前の主張1において、既存の建築物が法違反となるのは建築確認に係る建築物が現実に建築され、その結果、既存の建築物の敷地が法の要件を具備しなくなつた場合であるとして、建築が完成するまでの訴えの利益がないと主張する。
しかし、右主張は誤りである。なぜならば、法は建築主事の確認を受けた建築物の計画についてのみ、建築禁止の原則が例外的に解除され、建築が可能となる手続きを採用したものだからである。仮に建築確認処分が取り消されれば、確認処分の対象たる建築物の建築行為は、工事禁止の法的効果により全く許されないことになるのである。
そして、最高裁判所昭和五九年一〇月二六日判決(判例時報一一三六号五三頁)は、「工事が完了した場合においては、建築確認の取り消しを求める訴の利益は失われるものといわざるを得ない。」と判断し、工事完了前に訴訟する必要があると明確に述べているのである。
そうであれば、本件のように工事が着手されていない場合にこそ、取消訴訟をなす訴えの利益があることは当然である。
そこで、原告は、被告に対し、本件処分の取消しを求める。
二 被告の本案前の主張
選定者らは、以下のとおり本件確認処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有していないから、本件訴えは不適法な訴えとして却下されるべきである。
1 まず、原告は、本件処分により、本件共同住宅が法違反の建築物にさせられ、建替え不能にさせられたので、本件訴えの利益を有すると主張する。
しかし、右主張は以下のとおり失当である。
(一) 行政処分の取消しの訴えは、当該行政処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができるものとされている(行政事件訴訟法九条)。
そして、行政処分を受けた者以外の第三者が、当該行政処分の取消しを求める法律上の利益を有するか否かは、当該行政処分の根拠法規中に、その第三者の利益を個別的具体的に保護する規定があるか否かにより判断すべきものとされている。
(二) これを本件についてみるに、本件確認処分の根拠法規である法及びこれに基づく命令、条例等には、ある土地を建築物の計画敷地とする建築確認処分がなされた場合に、右計画敷地の全部又は一部を別の建築物の計画敷地とする建築確認処分をしてはならないとの規定は全く見当たらず、したがつて、原告主張の利益を個別的、具体的に保護する規定がない以上、本件訴えは、原告適格を欠く不適法なものというべきである。
なお、原告は、施行令一条により一敷地一建築物の原則を指摘する。しかしながら、右規定は、一建築物一敷地の原則というべきであり、用途上可分な建築物は特殊例外的な場合(法八六条による一団地認定がなされた場合)を除いて、それぞれ独立した敷地を有すべきことを意味する。したがつて、右規定は原告の主張する敷地の二重使用を規制したものではない。
更に付言すれば、建築主事は、当該建築物の敷地について、その境界線の正否や使用権限の有無等私法上の法律関係を審査する権限がなく、申請書に基づきその計画が法及びそれに基づく命令、条例等の規定に適合するかどうかを形式的に審査すれば足り、右法令の規定に適合するときは、確認処分をしなければならないのである。
(三) 建築確認は、建築主から申請のあつた建築計画が建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法令に適合することを公権的に確定するに止まり、いわゆる敷地の二重使用の建築計画であつたとしても、既存の建築物を法違反のものとする効果はないし、敷地の使用権限等私法上の法律関係についてまで公権的に確定させるものでもなく、第三者に法律上何らかの侵害を及ぼすものではない。
また、敷地の二重使用に係る建築物の建築確認があつたとしても、既存の建築物の敷地が法の要件を具備している以上、既存の建築物は法に違反することとはならない。既存の建築物が法違反となるのは、建築確認に係る建築物が現実に建築され、その結果、既存の建築物の敷地が法の要件を具備しなくなつた場合である。
そうすると、本件確認処分によつて原告の所有に係る本件共同住宅が法違反の建築物にさせられるという関係にはないのである。
したがつて、原告のいう敷地の二重使用によつて、新建築物が建築された結果、既存の建築物が法違反の建築物となり、あるいは建替不能となつたとしてもそれは建築確認処分によるものではなく、敷地の使用権原の有無等私法上の法律関係の問題として、私法上の法律関係で争えば足りることである。よつて、この点からも建築確認処分の取消しを求める訴えの利益がないものというべきである。
2 第二に、法八条一項の規定を根拠として、原告に訴えの利益があるとすることはできない。
法八条一項は、建築物の所有者に対し、その建築物の敷地を常時適法な状態に維持すべき努力義務を課している。
その意味するところは、既存の建築物の所有者に対し、その建築物の敷地を確保又は維持するよう求めたものと解すべきである。すなわち、建築主事は、敷地の使用権原について審査する権限はなく、形式的に法の定める敷地の要件を具備しておれば、仮に、計画敷地について使用権原がないとしても、そのことのゆえに建築確認をしないわけにはいかない。そのため、建築確認をうけた建築物であつても、その敷地の所有者等が当該敷地の明渡しを求めるなどしたため、建築物が法の定める敷地の要件を欠くに至る場合もある。また、建築確認の際に計画敷地の使用権原を有していても、建築後に当該敷地の一部を売却するなどして、使用権原を有さなくなつたため、当該建築物が法の定める敷地の要件を具備しなくなる場合もありうる。
法は、右のような場合も想定して、建築物の所有者に対して、建築物が法の定める敷地の要件を欠かないよう、努めるべき努力義務を課したものと解され、それ以上に、敷地の二重使用に係る建築確認につき、既存の建築物の所有者をして、その建築確認の取消しの訴えを提起しうる訴えの利益まで認めた趣旨とは解されない。
それゆえ、本件訴えにつき訴えの利益があるとする原告の主張は失当なものというべきである。
3 原告は、本件は二つの建築確認が重なつて違法に処分された場合であるから、最高裁判所昭和三七年一月一九日判決(民集一六巻一号五七頁)及び同昭和四三年一二月二四日判決(民集二二巻一三号三二五四頁)の趣旨をあてはめれば、原告に本件確認処分の取消しを求めるにつき訴えの利益がある旨主張する。
しかしながら、つぎに述べるとおり、右主張も失当である。
まず、右昭和三七年の最高裁判決についてみると、その事案は、既存の公衆浴場業者が、公衆浴場法二条及びこれを受けた条例の定める制限距離内に公衆浴場の新設の許可をしたことに関し、その許可処分の取消しを求めたものであるが、右判決も指摘するように、距離制限をすることにより公衆浴場の濫立による経営の不合理化から既存業者の営業上の利益を守ろうとする具体的な規定(公衆浴場法二条)のある事案である。
ところが、本件の場合は、法及び関係法令には、敷地の二重使用を内容とする建築確認をしてはならないとする規定がなく、また、前述のとおり、本件処分が本件共同住宅を法違反とするものでもないから、右判決の事案とは、前提を異にする事案である。
次に、昭和四三年の最高裁判決についてみると、その事案は、同一周波の電波の免許につき競願関係にたつ場合であつて、拒否処分を受けた者が他方の競願者に対してなされた免許付与処分の取消しを求めたものであるが、右判決も判示するように、拒否処分と免許付与処分とが表裏一体の関係にある事案である。
ところが、本件の場合は、原告と訴外会社の確認申請とは何ら競願関係のような関係にはなく、しかも、本件処分により本件共同住宅を法違反の建築物にさせるものでもないから、右判決の事案と前提を異にする事案であるから、右判決の趣旨をあてはめること自体失当なものというべきである。
それゆえ、原告の右主張も失当である。
4 取消訴訟においては、原告に回復すべき法律上の利益が存しなければならない。そして回復すべき法律上の利益が存するというためには、処分を理由に法令上不利益な取扱いを受ける関係にあり、取消判決によつて処分の公定力を排除しなければ利益回復を図ることができない状態にあることを必要とする。
これを本件についてみるに、前述したとおり、選定者らは、本件処分を理由に法令上不利益な取扱いを受けるという関係にはない。また、建築確認は、敷地の使用権原について公権的に確定するものではないから、既存の建築物の所有者は、当該敷地を二重使用して建築物を建築しようとする者があれば、その者に対して、当該敷地の使用権原を争つて、建築を阻止し、もつて、自己の建築物が法に違反しないようにする有効かつ適切な方法を有しているのである。
そうすると、本件においては、本件確認処分によつて法令上不利益な取扱いを受けるという関係になく、また、仮に万一、法令上不利益な取扱いを受けるという関係にあるとしても、取消判決によらなければ利益回復を図ることができないというものではないから、本件訴えは訴えの利益を欠く不適法なものといわなければならない。
5 以上の次第で、訴えの利益があるとする原告の主張はいずれも理由がないから、本件訴えは不適法なものとして却下されるべきである。
第三証拠<省略>
理由
一 成立に争いのない甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因1(本件処分の存在)の事実が認められる。
二 そこで、本件訴えの原告適格について判断する。
1 行政処分の取消訴訟において原告適格を有する者は、当該行政処分により自己の権利若しくは当該行政処分の根拠法規によつて個別的具体的に保護された利益を侵害され、又は侵害されるおそれのある者に限られるものである。そこで、選定者らが本件処分により右のような権利利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあるかどうかについて検討する。
この点について、原告は、選定者らは、本件共同住宅の部分について区分所有権を有するところ、本件建物(本件処分に係る建物)の計画敷地は、本件共同住宅の敷地を二重に使用したものであり、本件処分により本件共同住宅は、条例一〇条に規定するいわゆる接道義務に違反した建築物となり、選定者らは、その建替えの際に、共同住宅を建築することができず、ひいては区分所有権を侵害されるという不利益を受けると主張する。
まず、法六条一項に規定する建築主事の確認は、建築主事が、建築主の申請に係る建築物の計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築関係規定」という。)に適合していることを公権的に確認する行為であつて、それを受けなければ、建築工事をすることができないという法的効果が付与されている(同条五項)ものである。そうすると、選定者らが本件処分の本来的効果によつてその権利利益を侵害されるものでないことは、明らかである。
次に、原告の主張するような不利益を受けないことが本件処分の根拠法規によつて個別的具体的に保護された利益ということができるかどうかについて検討するに、まず、建築関係規定中には、既存建物の敷地とされた土地を他の建築確認の計画敷地とすること(いわゆる敷地の二重使用)を規制する規定は存しない。のみならず、現行法上、建物とその敷地との関係を公示する制度はなく、建築確認の申請書の保存期間等についても何らの規定は設けられていないのであるから、建築主事が当該申請に係る建物の計画敷地が既存建物の敷地とされているか否かを判断することは制度的に不可能であり、また、建築主事は、もともと、建築計画が申請書類上建築関係規定に適合しているか否かを形式的に審査するのみで、敷地の実体上の利用関係等について実質的に審査する権原を有していないものと解すべきであるから、建築確認においては、建物の計画敷地とされている土地が既存の建築物の敷地の一部として既に建築確認されているかどうかは審査の対象とならないものというべきである。したがつて、原告が主張するような敷地の二重使用により被る不利益を受けないことは、本件建物の建築確認によつて保護された利益ということはできないものというべきである。
そうすると、選定者らは、本件処分により前記のような権利利益を侵害され、又は侵害されるおそれのある者に該当するものということができない。
2 この点について、原告は、施行令一条が一敷地一建物の原則を定めており、敷地の二重使用を規制していると主張するが、同条一号は、個々の建築物について独自の敷地が成立するといういわゆる一建築物一敷地の原則を規定したものであつて、敷地相互間の関係について規定したものということはできないので、原告の右主張は採用することができない。
また、原告は、法八条一項の規定により、訴えの利益があると主張する。
しかしながら、同項は、既存の建物の所有者等に対して、その建物の敷地を維持保全すべき努力義務を課したものにすぎないものであつて、敷地の二重使用に係る建築確認について既存建物の所有者にその取消訴訟の訴えの利益ないし原告適格を認めた規定とは解されないから、右規定を根拠として選定者らの原告適格を肯定することはできない。
なお、原告は、本件は二つの建築確認が重なつて違法にされた場合であるから、最高裁判所昭和三七年一月一九日(民集一六巻一号五七頁)及び同昭和四三年一二月二四日判決(民集二二巻一三号三二五四頁)の各判決の趣旨に照らして、原告には、本件処分の取消しを求める訴えの利益があると主張するが、しかしながら、本件と右各判決とは事案を異にし、右各判決に判示された法理によつて選定者らの原告適格を根拠づけることはできないから、原告の右主張は採用することができない。
3 以上によれば、選定者らは本件訴えの原告適格を有しないものというべきである。
二 よつて、本件訴えは不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宍戸達徳 柳田幸三 金子順一)
選定者目録<省略>