大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和62年(ワ)10287号 判決 1989年8月22日

原告(乙事件原告)

冨田浩章

被告

安田火災海上保険株式会社

乙事件被告

溝井明芳

主文

一  甲事件被告は、甲・乙事件原告に対し、金二四一万円を支払え。

二  乙事件被告は、甲・乙事件原告に対し、金五三二万円八三七〇円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  甲・乙事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、甲・乙事件原告と甲事件被告との間ではこれを二分し、その一を甲事件被告の、その余を甲・乙事件原告の各負担とし、甲・乙事件原告と乙事件被告との間ではこれを四分し、その一を乙事件被告の、その余を甲・乙事件原告の各負担とする。

五  この判決は、甲・乙事件原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  甲事件被告(以下「被告安田火災」という。)は甲・乙事件原告(以下「原告」という。)に対し、金四九七万円を支払え。

2  乙事件被告(以下「被告溝井」という。)は原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 昭和六〇年一〇月一一日午後五時五〇分ころ、神奈川県相模原市上鶴間六丁目一番二七号先路上において、原告の運転する普通乗用自動車(以下「被害車」という。)が赤信号のため停止していたところ、後方から進行してきた被告溝井の運転する普通乗用自動車(以下「加害車」という。)に追突された(以下「本件事故」という。)。

(二) 本件事故により、原告は、頸椎捻挫、左後頭神経障害、左上肢不全麻痺、腰椎捻挫、外傷性視力障害、求心性視野狭窄、調節力障害、輻輳不全等の傷害(以下「本件傷害」という。)を受けた。

2  責任原因

(一) 被告溝井は、加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文に基づき、本件事故により原告が被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告安田火災は、加害車につき、被告溝井との間で本件事故時を保険期間内とする自動車損害賠償責任保険契約を締結していたものであるから、同法一六条一項に基づき、自動車損害賠償保障法施行令(以下「自賠法施行令」という。)二条所定の保険金額の限度において、右損害賠償額を支払うべき義務がある。

3  原告の損害

(一) 治療経過及び後遺障害

(1) 原告は、本件傷害につき次のとおり治療を受けた。

(イ) 相武台病院

昭和六〇年一〇月一一日、一二日通院(通院実日数二日間)

(ロ) 相武台外科

昭和六〇年一〇月一二日から同月二五日まで通院(通院実日数一〇日間)

(ハ) 西村整形外科

昭和六〇年一〇月二六日から同年一二月三一日まで通院(通院実日数二五日間)、昭和六一年四月一五日から同年五月五日まで通院(通院実日数三日間)、同年五月六日から同年七月一日まで入院(入院日数五七日間)、同年七月二日から同年八月二日まで通院(通院実日数九日間)

(ニ) 新井眼科

昭和六一年六月四日から同年一一月二一日まで通院(通院実日数七日間)、昭和六二年二月二一日から同年三月一八日まで通院(通院実日数三日間)

(ホ) 国立相模原病院(眼科)

昭和六三年二月一二日から同年六月二五日まで通院(通院実日数六日間)

(2) 原告は、右のように治療を受けたにもかかわらず、次の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)を残して症状が固定した。

(イ) 整形外科関係(昭和六一年八月二日症状固定)

<1> 自覚症状

左側頭部・後頭部・頸部痛、左上肢の痺れ、同筋力低下、腰痛

<2> 他覚所見

頸部ジヤクソンテスト及びスパーリングテストともに陽性、左大後頭神経圧痛著明、頸性頭痛、腰痛、同局所の神経障害、左上肢の痺れ、同筋力低下

(ロ) 眼科関係(昭和六二年三月二三日症状固定)

<1> 自覚症状

視力低下、色覚低下、眼精疲労症状、視野狭窄のため自動車の運転不能、輻輳不全のため本、新聞等が読めない、ときどき物が二つに見える等

<2> 他覚所見

輻輳不全麻痺、視野狭窄(両眼とも約一五度の求心性狭窄)、視力障害(両眼とも裸眼視力〇・二、矯正視力〇・三)、調節力障害(両眼とも約三ジオプトリーに低下)

(3) 自動車保険料率算定会損害調査事務所は、原告の本件後遺障害につき、「局部に神経症状を残すもの」として自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「自賠法施行令二条等級表」という。)の一四級一〇号に該当するとの認定をしたが、本件後遺障害の内容は、前記のとおりであり、視力障害の点は「両眼の視力が〇・六以下になつたもの」として同表九級第一号に、視野障害の点は「両眼に視野狭窄を残すもの」として同表九級三号に、調節力障害の点は「両眼の眼球に著しい調節機能障害を残すもの」として同表一一級一号に、輻輳不全の点は「局部に頑固な神経症状を残すもの」として同表一二級一二号に各該当するものというべきであり、これらを併合して等級を定めるべきものであるから、本件後遺障害は九級を下ることはないものというべきである。

(二) 損害

(1) 治療費等 一六四万二四六三円

相武台病院、相武台外科、西村整形外科、新井眼科及び国立相模原病院(眼科)における治療費等の合計額

(2) 入院雑費 五万七〇〇〇円

西村整形外科に入院中の雑費

(3) 通院交通費 六六六〇円

西村整形外科に通院した際の交通費

(4) 休業損害 一五四万八三四二円

原告は、本件事故当時新冨工業の屋号でブロツク工事の請負業を営んでおり、昭和六〇年一月一日から同年九月三〇日までの間に二六二万九二四四円の収入を得ていたが、本件事故に遭遇したため、昭和六〇年一〇月一二日から同年一二月三一日までの間に六二日間、昭和六一年四月一五日から昭和六二年三月一八日までの間に九七日間(入院日数五七日のほか、通院期間中四〇日就労不能)の合計一五九日間就労することができなかつた。したがつて、右期間中の休業損害は、一五四万八三四二円となる。

(5) 逸失利益 二一五一万二八六八円

前記のとおり、原告は、昭和六〇年一月一日から同年九月三〇日までの間に二六二万九二四四円の収入を得ていたが、本件後遺障害により終身にわたりその労働能力を三五パーセントの割合で喪失したものであるから、前記症状固定日における原告の年齢である満二五歳から就労可能である満六七歳に至るまで四二年間の逸失利益につき、年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除して本件事故当時の現価を算定すると、その額は二一五一万二八六八円となる。

(6) 傷害分慰藉料 一三五万円

(7) 後遺障害分慰藉料 五四〇万円

(8) 損害の填補 二七三万三一五〇円

原告は、本件事故により被つた損害につき、被告らから、治療費及び休業損害の一部として一九八万三一五〇円(自賠責保険金一二〇万円を含む。)の支払を受けたほか、被告安田火災から、後遺障害による損害の一部として七五万円の支払を受けた。

(9) 弁護士費用 九〇万円

(10) したがつて、原告に対し、被告溝井は右損害金の残額二九六八万三八二三円を支払うべき義務があり、被告安田火災は、被告溝井が負担する後遺障害に基づく損害賠償額につき、自賠法施行令二条等級表所定の九級の後遺障害保険金額五七二万円から既に支払ずみの前示七五万円を控除した四九七万円を支払うべき義務がある。

4  よつて、原告は、被告安田火災に対し右損害賠償額四九七万円の支払を求め、被告溝井に対し、損害賠償として、右損害金残額の内金二〇〇〇万円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年一〇月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告安田火災)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3(一) 同3(一)の事実中、(1)及び(3)のうちの自動車保険料率算定会損害調査事務所が本件後遺傷害につき「局部に神経症状を残すもの」として自賠法施行令二条等級表の一四級一〇号に該当するとの認定をしたことは認めるが、その余は不知ないし否認する。

原告には、その脳はもとより、前眼部、中間透光体、眼底等にも器質的な異常がなく、原告が訴える眼科関係の諸症状は、いずれも心因性の障害と考えるのが相当であるところ、労災認定基準においては、「外傷に起因するいわゆる心因反応であつて精神的医学的治療をもつてしても治癒しなかつたものについては一四級九号(自賠責では同級一〇号)に認定する」ものとされているから、仮に原告の主張するとおりの眼科関係の本件後遺障害が存するとしても既に認定を受けた一四級の認定を左右するものではない。

(二) 同3(二)の事実中、(8)は認めるが、(5)及び(7)は争う。

(被告溝井)

1 請求原因1の事実中、(二)のうちの原告が本件事故により外傷性視力障害、求心性視野狭窄、調節力障害、輻輳不全の傷害を受けたとの点は否認し、その余は認める。

本件の傷害のうち、外傷性視力障害、求心性視野狭窄、調節力障害、輻輳不全の点については、本件事故と因果関係がない。

2 同2(一)の事実は認める。

3(一) 同3(一)の事実中、(1)及び(3)のうちの自動車保険料率算定会損害調査事務所が本件後遺障害につき「局部に神経症状を残すもの」として自賠法施行令二条等級表の一四級一〇号に該当するとの認定をしたことは認めるが、その余は不知ないし否認する。

(二) 同3(二)の事実中、(8)は認めるが、その余は争う。

第三証拠

証拠の関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一1  請求原因1の事実(本件事故の発生)は、原告と被告安田火災との間においてはすべて争いがなく、原告と被告溝井との間においては、本件事故により原告が外傷性視力障害、求心性視野狭窄、調節力障害、輻輳不全の傷害を受けたとの点を除いて争いがない。

2  被告溝井は、本件事故後原告に生じた症状のうち、外傷性視力障害、求心性視野狭窄、調節力障害、輻輳不全の諸症状については本件事故と因果関係がないと主張するので、以下この点について検討する。

(一)  原告と被告溝井との間において争いのない前記事実及び原告が本件傷害につき請求原因3(一)(1)記載のとおりの治療を受けたとの事実と、原本の存在及び成立に争いのない甲第三ないし第九号証、成立に争いのない甲第一〇、一一号証、同第一二号証の一ないし七、同第一七号証の一ないし五、同第一九号証の一ないし七、証人常岡寛の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故後の原告の受傷状況、医師の診断・治療経過等は次のとおりであると認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 本件事故の態様は、被害車が赤信号のために停止していたところへ、後方から相当の速度で進行してきた加害車が追突したというものであるが、原告は、本件事故時頸部及び腰部を座席で強打し同部位に強い痛みを覚え、本件事故の当日である昭和六〇年一〇月一一日には相武台病院において腰部打撲、外傷性頸椎症候群との診断を受け(同月一二日まで二日間通院)、次いで同月一二日に相武台外科において頸部捻挫との診断を受けたが(同月二五日までの間に一〇日間通院)、一応治癒となつた。原告は、右各病院において注射、投薬等の治療を受けたが受傷部位の痛みが軽減せず、新たに眼精疲労様の症状も出始めたため、同月二六日から整形外科の専門医である西村整形外科に転医し、西村哲医師の頸部捻挫、腰部捻挫、左後頭神経障害、外傷性視力障害との診断を受けて、同年一二月三一日までの間の主に理学療法等による治療を受けたが、症状は軽快せず、結局、頑固な頸部局所神経障害、眼精疲労様症状(視力低下)、腰痛を残して症状が固定したと診断された。

(2) 原告は、本件事故当時新冨工業の屋号でブロツク工事の請負業を営んでいたところ、本件事故後は受傷部位の痛みのため仕事に就くことができず、昭和六一年二月ころ仕事を再開したが、受傷部位が痛み思うように仕事に集中できない状態がしばらく続いたのち、ブロツク工事の作業中にブロツクを落としたり、ブロツクをまつすぐに積み上げられなくなる等の不調も感じるようになつたため、同年四月一五日に再び前記西村整形外科において診断を受け、同年五月五日までの間に三日間通院したのち、西村医師の指示に従つて同月六日から同年七月一日まで同外科に入院し、退院したのちも同年八月二日までの間に九日間通院して前同様の理学療法等による治療を受けたが、症状は軽快しなかつた。

そして、整形外科関係については、左側頭部・後頭部・頸部痛、左上肢痺れ、同筋力低下、腰痛、左肩関節痛といつた自覚症状があるとともに、頸部ジヤンクソンテスト・スパーリングテストともに陽性、左大後頭神経圧痛著明、左上肢痺れ、同筋力低下、眼精疲労、頸性頭痛等の他覚的所見も認められ、同年八月二日に症状が固定したと診断された。

(3) また、眼科関係については、原告は、西村整形外科に入院中、新たに物が見えにくい、物がときどき二つに見える等の自覚症状を覚えるようになり、同年六月四日から同年一一月二一日までの間に七日間新井眼科に通院して診察を受け、眼圧、眼球運動、水晶体はいずれも正常と診断されたが、頭重感、こめかみから後頭部への放散痛、上眼窩神経痛、動揺視等の自覚症状があるとともに、視力低下(右左とも裸眼視力〇・五、矯正視力〇・七)、両眼とも約三〇度の求心性視野狭窄、輻輳不全(輻輳近点約四五センチメートル)の諸症状が認められたので、投薬による治療を受けたが症状の改善はみられず、同年一一月二一日にいつたん症状固定との診断を受けた。しかし、昭和六二年初めころから、近くの物を長時間見ることができない、本や新聞を読むことができない等の症状を覚えるようになつたため、同年二月二一日から同年三月一八日までの間に三日間新井眼科に通院して診察を受けた結果、視力が右左とも裸眼視力〇・一、矯正視力〇・五と低下し、視野狭窄、輻輳不全の諸症状も依然として続いており、調節力についても両眼とも七・五ジオプトリーと認められた。原告は、同年三月一八日新井眼科において再度症状固定と診断されたが、更に精密な診断及び治療を受けるため、昭和六三年二月一二日から同年六月二五日までの間に六日間国立相模原病院(眼科)に通院して常岡寛医師の診察を受けた。同医師は、詐病も念頭に置きつつ種々の方法を用いて眼球等の障害について検査を行つた結果、前眼部、中間透光体、眼底に異常はなく、視神経にも萎縮等の異常所見は認められなかつたが、右左とも裸眼視力〇・二、矯正視力〇・三の視力障害が認められたほか、両眼とも一五度の求心性視野狭窄、輻輳不全(輻輳近点約四〇センチメートル)、両眼の調節力障害(約三ジオプトリー、調節近点三五・六センチメートル、左三六センチメートル)の諸症状が認められたので、同医師は同年六月二五日これらの障害を残して症状が固定したと診断した。もつとも、原告は、右診察後、医師の指示に従つて眼鏡を使用するようになつてからは、従来の自覚症状がかなり軽減し、日常生活上の不都合を感じることも少なくなつた。

なお、調節力としては二〇歳代であると一二ジオプトリーないし一三ジオプトリー、輻輳近点は八センチメートルくらいが正常値であり、また、視野は年齢に関係なく、上下五〇度、鼻側七〇度、耳側九〇度くらいが正常であるとされている。

(4) 常岡医師の右検査結果は、その時点における原告の前示自覚症状を説明しうるものではあるが、同医師によれば、視力障害及び視野狭窄の点については、前眼部、中間透光体、眼底等に器質的な異常がなく、かつ、脳や視神経にも異常所見がみられないにもかかわらず、事故後しばらくして視力障害及び視野狭窄が発生し、又はその程度が進行するということは通常は考え難く、原告の視力障害及び視野狭窄についての前示症状は、交通外傷に伴う心因性の反応、すなわち外傷性神経症としてとらえられるとの診断であつたが、調節力障害及び輻輳不全の点については、発生機序は必ずしも明確でないが、事故後しばらくしてからこれらの症状が発現し、又はその程度が進行してくるといつた例は臨床的にも数多くみられるものであり、原告の調節力障害及び輻輳不全についての前示症状は、眼科的には交通外傷との因果関係を肯定しうるとの診断であつた。

(二)  右認定の事実によれば、本件事故後原告に生じた諸症状のうち、視力障害及び視野狭窄の点については、原告自身の心因性の影響があるとはいえ本件事故に基づく外傷性神経症として把握できるものであり、また、調節力障害及び輻輳不全の点については、本件事故に基づく症状として眼科的にも十分理解可能なものというべきであるから、整形外科関係の諸症状のみならず、右眼科関係の諸症状も、本件事故と因果関係があるものと認めるのが相当である。

二  請求原因2の事実(責任原因)は原告と被告らとの間において争いがない。

したがつて、被告溝井は、自賠法三条本文に基づき、本件事故により原告が被つた後記損害を賠償すべき義務があり、また、被告安田火災は、同法一六条一項に基づき、本件事故により原告が被つた後記後遺障害に基づく損害につき、自賠法施行令二条所定の保険金額の限度において、右損害賠償額を支払うべき義務がある。

三  そこで請求原因3の事実(損害)について検討する。

1  原告と被告溝井との間では、原告が本件傷害につき請求原因3(一)(1)記載のとおりの治療を受けたこと、そして右治療にもかかわらず、本件後遺障害を残して症状が固定したこと(整形外科関係については昭和六一年八月二日に、眼科関係については昭和六三年六月二五日に症状固定)は、いずれも前示のとおりであり、また、原告と被告安田火災との間では、請求原因3(一)(1)の事実は争いがなく、同(一)(2)の事実については、右一2で認定したと同様の理由からこれを認めることができる。

2  そこで、本件後遺障害の程度について検討するに、前示認定の本件後遺障害の内容に照らせば、まず整形外科関係の障害は、頸部及び腰部に神経症状を残すものとして、自賠法施行令二条等級表の一四級一〇号「局部に神経症状を残すもの」に該当するものと認めるのが相当であり、また、眼科関係の障害のうち、視力障害及び視野狭窄の点は、外傷性神経症(外傷を契機として発生した器質的変化を証明することができない心因反応)として、同じく一四級一〇号「局部に神経症状を残すもの」に、輻輳不全の点は、同じく一四級一〇号「局部に神経症状を残すもの」に、調節力障害の点は、両眼の調節機能が通常人の二分の一以下に減じたものとして、同表の一一級一号「両眼の眼球に著しい調節機能障害を残すもの」に各該当するものと認めるのが相当である。したがつて、これらを併合すれば、原告の本件後遺障害は、少なくとも同表の一一級に該当するものと認めるのが相当である。

被告安田火災は、前示眼科関係の諸症状はすべて心因性の反応としてとらえるべきものであるから、それ自体としては、外傷性神経症として自賠法施行令二条等級表の一四級一〇号に該当する余地があるにすぎず、整形外科関係の諸症状と併合しても、原告の本件後遺障害は一四級を超えるものではないと主張する。

しかしながら、前示のとおり、眼科関係の諸症状のうち、まず視力障害及び視野狭窄の点は外傷性神経症として一四級一〇号に該当するにすぎないものというべきではあるが、調節力障害及び輻輳不全の点は、専ら心因性のみによるものととらえることは相当でないというべきである。なるほど、原告は、本人尋問の時点(昭和六三年一一月二六日)においては、眼鏡を使用するようになつてから日常生活上格別不都合を感じることはなくなつたと述べており、その自覚症状に変化が窺われるようであるが、成立に争いのない丙第一号証及び証人常岡寛の証言によれば、原告のように、調節力障害とともに心因性の視力障害及び視野狭窄を残している患者は、全身状態が改善し、これとともに心因反応としての視力障害、視野狭窄等の症状が軽快してくれば、調節力障害自体の改善、又は眼鏡使用によるその矯正の可能性がないではなく、また、輻輳不全の点についても、これが長期間継続するときには、患者は両眼で物を見ず、片眼で物を見る習性を身につけるに至り、自覚的には、日常生活上格別不都合を感じなくなる場合もあることを認めることができるから、原告の前示のような自覚症状の変化は、症状固定後における機能の回復又は日常生活に対する順応が進んだ結果としてとらえるのが相当であつて、これを原告の損害額算定の際の一事情として斟酌するのは格別、前示一一級の認定を左右するものではないというべきである。

3  進んで原告の損害額について検討する。

(一)  治療費 一五七万三五一三円

原告が本件傷害につき請求原因3(一)(1)記載のとおりの治療を受けたことは前示のとおりであるが、前示のような原告の症状及び治療経過に照らせば、これらの治療を行うことが必要であり、また、その治療内容も相当であつたものと認めることができる。そして、前掲甲第一九号証の一ないし七及び成立に争いのない甲第一八号証の一ないし六によれば、原告が前記各病院における治療費(貸テレビ代一万七一〇〇円、入院雑費五万七〇〇〇円を除く。)として合計一五七万三五一三円の支払を要したことが認められるから、右同額を原告の被つた損害額と認めることができる。

(二)  入院雑費 五万七〇〇〇円

原告が本件傷害の治療のため西村整形外科に五七日間入院したことは前示のとおりであり、原告の症状に照らせば、右入院中の雑費としては一日一〇〇〇円合計五万七〇〇〇円の限度で本件事故と因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(三)  通院交通費 六六六〇円

原告が本件傷害の治療のため西村整形外科に通院したことは前示のとおりであるが、成立に争いのない甲第一九号証の八によれば、原告が右通院期間中の通院交通費として六六六〇円の支払を要したことが認められるから、右同額が損害額となる。

(四)  休業損害 一五三万一三一八円

前示のように、原告は本件事故当時新冨工業の屋号でブロツク工事の請負業を営んでいたところ、いずれも官署作成部分につき成立に争いがなく、その余の部分につき原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一三、一四号証によれば、原告が昭和六〇年一月一日から同年九月三〇日までの二七三日間に合計二六二万九二四四円の収入を得ていたことが認められる。そして、前示のような原告の症状及び治療経過に照らせば、西村整形外科に入院していた期間(五七日間)のほか、同外科等への通院期間中、少なくとも原告主張の一〇二日間は、原告が休業したのもやむを得なかつたものと認められるから、右九か月間の収入を日額に換算し、右合計一五九日間の休業損害を算定すると、その額は一五三万一三一八円(円未満四捨五入)となる。

2,629,244×159/273=1,531,318

なお、原告は、症状固定の日が昭和六二年三月二三日であることを前提とし、同日をもつて休業損害と逸失利益とを区分して請求しているが、症状固定の日が同日より後の日と認定されるときには、この日までの休業分についても休業損害として請求する意思であると認められるところ、前示のように症状固定の日は昭和六三年六月二五日であるが、同日までの休業日数については、本件全証拠をもつてしても明らかでないから、同日までの休業損害は結局、認めることができないものというべきである。

(五) 逸失利益 五九万三〇二九円

前示のように、原告の本件後遺障害は、両眼の調節力障害、輻輳不全を中心に、整形外科関係、眼科関係のすべての障害を併合して自賠法施行令二条等級表の一一級に該当するものというべきではあるが、原告は、当裁判所における本人尋問の時点においては、眼鏡を使用することにより日常生活上格別の不都合を感じない状態になつており、既に相当程度に機能の回復又は日常生活に対する順応が進んでいるものと認めることができるから、これらの事情を考慮すれば、整形外科関係の障害をも含めて、本件後遺障害により原告の労働能力の一部が将来にわたつて失われたとしても、その割合は一〇パーセント程度にとどまるものというべきであり、その期間も症状固定の日から二年程度にとどまるものと認めるのが相当である。そして、原告が昭和六〇年一月一日から同年九月三〇日までの二七三日間に二六二万九二四四円の収入を得ていたことは前示のとおりであるから、右九か月間の収入を年収に換算し、前示眼科関係の症状が固定した日である昭和六三年六月二五日から二年間の逸失利益につき、ライプニッツ方式に従い、年五分の割合による中間利息を控除して本件事故時における現価を算定すると、その額は五九万三〇二九円(円未満四捨五入)となる。

2,629,244×365/273×0.1×(3.546-1.859)=593,029

(六) 慰藉料 三八〇万円

本件事故による原告の受傷内容、入通院期間、治療経過、本件後遺障害の内容・程度等、本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、本件事故によつて原告が被つた精神的苦痛を慰藉するためには三八〇万円(症状固定前の入通院慰藉料として九〇万円、後遺障害慰藉料として二九〇万円)をもつてするのが相当である。

(七) 損害の填補 二七三万三一五〇円

原告が本件事故により被つた損害の一部として、被告安田火災から自賠責保険金一九五万円(傷害分一二〇万円及び後遺障害分七五万円)、被告溝井から治療費及び休業損害の一部として七八万三一五〇円の各支払を受けたことは、当事者間に争いがないから、右金額はその内容に応じて前記損害額に対する填補に充てられるべきである。

(八) 弁護士費用 五〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約しているものと認められるが、本件事案の性質、審理の経過、認容額に照らし、原告が本件事故による損害賠償として被告らに賠償を求めうる額は五〇万円(うち、後遺障害請求分二五万円)と認めるのが相当である。

(九) 以上によれば、被告溝井は原告に対し、本件事故に基づく損害賠償として。右損害金の残額五三二万八三七〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年一〇月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、被告安田火災は原告に対し、被告溝井の負担する右損害賠償額のうちの後遺障害分につき、自賠法施行令二条等級表に定める一一級の後遺障害保険金額である三一六万円から既に後遺障害分として支払つた七五万円を控除した残額の二四一万円の限度で支払義務があるものというべきである。

四  よつて、原告の本訴請求は、被告らに対し、右各金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 長久保守夫 石原雅也)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例