東京地方裁判所 昭和62年(ワ)12248号 判決 1989年11月10日
原告 徳栄不動産株式会社
右代表者代表取締役 尾島光子
右訴訟代理人弁護士 関根俊太郎
徳田修作
被告 豊栄土地開発株式会社
右代表者代表取締役 沼田達男
右訴訟代理人弁護士 高橋榮
主文
一 原告と被告との間の別紙物件目録(一)ないし(三)記載の建物部分を目的とする昭和四三年一〇月一二日付、昭和四七年五月一日付及び昭和五一年六月一日付の各建物賃貸借契約に基づく各賃料、共益費及び清掃費は、昭和六二年七月一日以降いずれも次のとおりであることを確認する。
賃料 月額一〇四万四一四二円
共益費 月額二二万二三五五円
清掃費 月額二万二二三六円
二 原告と被告との間の別紙物件目録(四)記載の建物部分を目的とする昭和六一年六月一日付の建物賃貸借契約に基づく賃料、共益費及び清掃費は、昭和六三年六月一日以降次のとおりであることを確認する。
賃料 月額七〇万九六五〇円
共益費 月額一四万四〇〇〇円
清掃費 月額一万四四〇〇円
三 原告と被告との間の別紙物件目録(五)記載の建物部分を目的とするショールーム賃貸借契約に基づく賃料は、昭和六三年六月一日以降月額三万四五〇〇円であることを確認する。
四 被告は原告に対し金五二六万六五九〇円及び内金四五一万六五九〇円に対する昭和六二年七月四日から、内金七五万円に対する昭和六三年六月四日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
五 原告のその余の請求を棄却する。
六 訴訟費用はこれを五分し、その四を被告の、その余を原告の各負担とする。
七 この判決は第四項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
〔請求の趣旨〕
一 原告と被告との間の別紙物件目録(一)ないし(三)記載の建物部分を目的とする昭和四三年一〇月一二日付、昭和四七年五月一日付及び昭和五一年六月一日付の各建物賃貸借契約に基づく各賃料、共益費及び清掃費は、昭和六二年七月一日以降いずれも次のとおりであることを確認する。
賃料 月額一一五万八一〇〇円
共益費 月額二二万二三五五円
清掃費 月額二万二二三六円
二 原告と被告との間の別紙物件目録(四)記載の建物部分を目的とする昭和六一年六月一日付の建物賃貸借契約に基づく賃料、共益費及び清掃費は、昭和六三年六月一日以降次のとおりであることを確認する。
賃料 月額七八万円
共益費 月額一四万四〇〇〇円
清掃費 月額一万四四〇〇円
三 原告と被告との間の別紙物件目録(五)記載の建物部分を目的とするショールーム賃貸借契約に基づく賃料は、昭和六三年六月一日以降月額四万円であることを確認する。
四 被告は原告に対し金六四二万四六九〇円及び内金五六七万四六九〇円に対する昭和六二年七月四日から、内金七五万円に対する昭和六三年六月四日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は被告の負担とする。
六 第四項につき仮執行の宣言
〔請求の趣旨に対する答弁〕
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
〔請求原因〕
一 原告は不動産の管理を目的とする会社である。
二 賃貸借契約の存在
1 五階部分について
(一) 原告は昭和四三年一〇月一二日被告に対し別紙物件目録記載(一)の建物部分(以下「五階部分」ということがある。)を次の約定の下に賃貸した。
(1) 期間 一七年
(2) 賃料 月額二五万四七八二円とし、毎月末日限り翌月分を支払う。
(3) 共益費・清掃費
被告は原告が計算する割合の共益費・清掃費を右賃料と同時に支払う。
(二) 原告と被告とは昭和五一年七月一日右(1)の賃貸借期間を三年とすることを合意し、昭和五四年七月一日これを二年とすることを合意した。
2 八階部分について
(一) 原告は昭和四七年五月一日被告に対し別紙物件目録記載(二)の建物部分(以下「八階部分」ということがある。)を次の約定の下に賃貸した。
(1) 期間 一七年
(2) 賃料 月額三二万四二六八円とし、毎月末日限り翌月分を支払う。
(3) 共益費・清掃費
被告は原告が計算する割合の共益費・清掃費を右賃料と同時に支払う。
(二) 原告と被告とは昭和五一年七月一日右(1)の賃貸借期間を三年とすることを合意し、昭和五四年七月一日これを二年とすることを合意した。
3 九階部分について
(一) 原告は昭和五一年六月一日別紙物件目録記載(三)の建物部分(以下「九階部分」ということがある。)を次の約定の下に賃貸した。
(1) 期間二年
(2) 賃料 月額四八万円とし、毎月末日限り翌月分を支払う。
(3) 共益費・清掃費
被告は原告が計算する割合の共益費・清掃費を右賃料と同時に支払う。
(二) 原告と被告とは昭和五四年七月一日右(1)の賃貸借期間を二年とすることを合意した。
4 一〇階部分について
原告は昭和五七年六月一日被告に対し別紙物件目録記載(四)の建物部分(以下「一〇階部分」ということがある。)を次の約定で賃貸した。
(一) 期間 二年
(二) 賃料 月額四八万円とし、毎月末日限り翌月分を支払う。
(三) 共益費・清掃費
被告は原告が計算する割合の共益費・清掃費を右賃料と同時に支払う。
5 ショールームについて
原告は昭和四七年四月一日被告に対し別紙物件目録記載(五)の建物部分(以下「ショールーム」ということがある。)を賃料月額一万五〇〇〇円で賃貸した。
三 賃料増額の経緯
1 五、八、九、一〇階部分の各賃貸借契約に基づく賃料等は、別紙賃料移動表(備考欄を除く。)記載のとおり増額されてきた。ただし、昭和六〇年七月一日及び昭和六一年六月一日の賃料等の改定は、原、被告間の東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第一〇九七四号建物明渡請求事件について昭和六一年一〇月九日成立した和解によるものである。
2 ショールームの賃料は昭和四九年六月一日以降月額二万一〇〇〇円、昭和五一年八月一日以降月額二万六二五〇円に改定され、また右裁判上の和解により昭和六一年一〇月一日以降月額三万円に増額された。
四 賃料の増額請求
1 右の各賃料は、その後土地価格の高騰、物価の上昇、公租公課の増額により、また近隣の賃料に比較して不相当となった。
2 そこで、原告は被告に対し
(一) 五、八、九階部分につき、昭和六二年二月二六日、同年七月一日から賃料を現行の月額各九〇万七九五〇円(合計二七二万三八五一円)から各一一五万八一〇〇円(合計三四七万四三〇〇円)に増額する旨の意思表示をし、
(二) 一〇階部分につき、昭和六三年三月一五日、同年六月一日から賃料を現行の月額六一万七一〇〇円から七八万円に増額する旨の意思表示をし、
(三) ショールームにつき、昭和六三年三月一五日、同年六月一日から賃料を月額四万円に増額する旨の意思表示をした。
なお、ショールームの賃貸借契約は、被告から広告場所が欲しいと懇請され原告がこれに応じたものであり、本件建物五、八、九階及び一〇階の各建物部分の賃貸借契約に付随し、これと一体をなすものである。したがって、その賃料については借家法七条の賃料増額請求に関する規定が適用される。
五 共益費、清掃費の増額請求
1 原告は被告に対し、
(一) 五、八、九階部分につき、昭和六二年二月二六日、同年七月一日から共益費を現行の月額各一九万九一九三円(合計五九万七五七九円)から二二万二三五五円(合計六六万七〇五五円)に、また清掃費を現行の月額各一万九九一九円(合計五万九七五七円)から二万二二三六円(合計六万六七〇八円)に、それぞれ増額する旨の意思表示をし、
(二) 一〇階部分につき、昭和六三年三月一五日、同年六月一日から共益費を現行の月額一三万五〇〇〇円から一四万四〇〇〇円に、また清掃費を現行の月額各一万三五〇〇円から一万四四〇〇円に、それぞれ増額する旨の意思表示をした。
2 共益費は、本件建物内のエレベーター、ボイラー等の定期点検、機械設備の保守管理等共用部分の維持、管理に要する費用であり、清掃費は本件建物内の清掃に要する費用として、いずれも本件賃貸借契約に基づいて被告を含む本件建物の賃借人が負担する約定になっている。したがって、右共益費及び清掃費は、共用部分ないし本件ビル全体に係るものとして、実質的には賃料であるから、借家法七条の賃料増額請求に関する規定の類推適用がある。
六 保証金の増額請求
1 被告は原告に対し、本件各建物部分の保証金として、五階部分につき六九四万八六〇〇円、八階部分につき九二六万四八〇〇円、九階部分につき一三八九万七二〇〇円、一〇階部分につき一五〇〇万円を支払った。
2 原告と被告とは昭和五四年七月一日、五、八、九階部分の各賃貸借契約につき、賃料の増額があった場合、保証金は在来の賃料と保証金との割合に従い増額し被告は速やかに原告に対して増額分を預託することを合意し、また昭和五七年六月一日、一〇階分の賃貸借契約につき右同旨の合意をした。
3 本件各建物部分の賃料は、前記三のとおり五、八、九階部分については昭和六二年七月一日から、一〇階部分については昭和六三年六月一日から増額されたので、被告は原告に対し右2の約定に従い、速やかに次の保証金を追加預託する義務を負うことになった(別紙保証金計算式参照)。
五階部分 一九一万四四一三円
八階部分 二五五万二五五一円
九階部分 三八二万八八二七円
(小計 八二九万五七九一円)
一〇階部分 三九五万九六四九円
(合計一二二五万五四四〇円)
4 原告は被告に対し、昭和六二年二月二六日、五階部分につき一七三万七一五〇円、八階部分につき一八五万二九六〇円、九階部分につき二〇八万四五八〇円の合計五六七万四六九〇円を、また昭和六三年三月一五日、一〇階部分につき七五万円を、追加保証金として支払うよう通知したので、その支払期は遅くとも、五、八、九階部分については賃料の増額が効力を生じた昭和六二年七月一日以降の賃料の支払期である同年六月三〇日から三日後(右2の「速やかに」は三日以内と解するのが相当である。)の同年七月三日に、一〇階部分については賃料の増額が効力を生じた昭和六三年六月一日以降の賃料の支払期である同年五月三〇日から三日後の同年六月三日に到来した。
したがって、被告は、五、八、九階部分の追加保証金八二九万五七九一円については昭和六二年七月四日以降、一〇階部分の三九五万九六四九円については昭和六三年六月四日以降、いずれも支払を遅滞している。
七 よって、原告は被告に対し
1 五、八、九階部分につき
(一) 昭和六二年七月一日以降、各階分の賃料が月額一一五万八一〇〇円、共益費が月額二二万二三五五円、清掃費が月額二万二二三六円であることの確認
(二) 追加保証金のうち五六七万四六九〇円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六二年七月四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払
2 一〇階部分につき
(一) 昭和六三年六月一日以降、賃料が月額七八万円、共益費が月額一四万四〇〇〇円、清掃費が月額一万四四〇〇円であることの確認
(二) 追加保証金のうち七五万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六三年六月四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払
3 ショールームにつき、昭和六三年六月一日以降賃料が月額四万円であることの確認
を求める。
〔請求原因に対する答弁〕
一 請求原因一は認める。
二 同二は認める。
三 同三は認める。
四1 同四1は争う。
2 同四2のうち各賃料増額の意思表示があったことは認めるが、その余は争う。
ショールームの賃貸借契約は独立の契約であって、他の賃貸借契約に附従一体化しているものではない。したがって、借家法七条の規定は適用されない。
五1 同五1は認める。
2 同五2のうち、共益費及び清掃費の契約上の概念、これらが本件建物賃借人の負担であることは認めるが、その余は争う。
共益費及び清掃費は、実際に要した経費の負担分であり、被告の個別負担分は、契約上原告の計算する割合によって算出されることになっているが、実質的にも賃料ではなく、したがって、借家法七条の規定は適用されない。
六1 同六1のうち、被告が九階部分につき保証金一三八九万七二〇〇円、一〇階部分につき保証金一五〇〇万円を支払ったことは認めるが、その余は争う。
被告は、五階部分については保証金名義で五四二万円、敷金名義で一五二万八六〇〇円を、八階部分については保証金名義で七三一万九二〇〇円、敷金名義で一九四万五六〇〇円を支払ったのである。
2 同六2は認める。
3 同六3は争う。
4 同六4のうち、原告主張の通知がされたことは認めるが、その余は争う。
〔抗弁〕
(請求原因六2に対し)
原、被告間の五、八、九階部分に関する昭和五六年六月二三日付覚書及び昭和五八年六月三〇日付覚書並びに一〇階部分に関する昭和五九年五月一七日付覚書には、いずれも「原契約六条の規定に拘らず賃料は金何円とする」とのみ規定され、敷金ないし保証金の増額分の預託に関する規定は変更削除された。
〔抗弁に対する答弁〕
抗弁は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
鑑定の結果及び弁論の全趣旨によると請求原因四1の事実を認めることができ、同2(一)(二)の事実及び同(三)のうちショールームの賃料につき増額の意思表示がされたことは、当事者間に争いがない。
二 五、八、九階部分の相当賃料額について判断する。
1 本件鑑定は、まず、(一)差額配分方式を採用して、適正賃料額と現行賃料額との差額のうち貸主に帰属させる部分を一定割合によって算出し、これを実際実質賃料(現行賃料と共益費及び保証金運用益の合計)に加算した試算賃料を求め、次いで(二)賃料比準方式により、更に(三)スライド方式により各試算賃料を算出し、最後に右(一)ないし(三)の各試算賃料に修正を加えて本件各賃貸部分の相当賃料額を算出している。
右のような手法は、相当賃料額の算出方法として一般に採用されているものであって、そのこと自体特段問題とすべきところはない。
しかし、差額配分方式の基礎となる適正賃料額すなわち本件各建物部分を新規に賃貸した場合の賃料額を算出するに当たって、賃貸条件を近隣における賃貸事例から判定するという手法を取っていることには、問題がないとはいえない。
すなわち、差額配分方式が、相当賃料額算出のための一方式として、例えば近隣の類似の条件を備えた不動産の現行賃料額と比較して相当賃料額を算出する賃料比準方式(賃貸事例比較法)と異なり、或は当該不動産の従前の賃料額に諸種の値上り要素を勘案して一定割合の率を乗じて相当賃料額を算出するスライド方式などとも異なるとされているのは、それぞれ異なる条件を備えた各種の賃貸事例或は特定の賃借人との間の過去の賃貸借契約に内在する特別の事情等と離れて、当該不動産をその時点において新規に賃貸した場合に客観的に相当とされる賃料額を算出することができれば、他の特殊事情を捨象した適正な、あり得べき賃料額を算定することができると考えられるからである。そして、一般に差額配分方式において基礎とされる適正賃料は、建物及びその敷地の経済価値に即応したものとされているが、これは主として利回り方式(積算方式)に基づいて算出されるものであり、このことが、差額配分方式を他の方式と区別する特色とされているのである。
ところで、《証拠省略》によると、本件鑑定においては、新規に賃貸した場合の適正賃料額を次のような方法によって算出したことが認められる。すなわち、①まず本件建物の敷地につき近隣の取引事例等を参考にして現価を五九億五七〇五万円と算出し、また本件建物につき再調達価格に原価償却を行い現価を二億五二三六万円と算出している。②次に、(a)近隣における約一七棟の中古ビルの事務所につき空室を新規に賃貸した場合の賃貸事例を集め、これに修正を加え、一坪当たりの賃料を一階は三万五〇〇〇円、二階から一〇階までは各階二万五〇〇〇円、地下一階は二万円とし、また一坪当たりの共益費を各階とも四〇〇〇円とし、建物全体の賃料及び共益費の年額合計を一億六八〇二万五九六八円とし、更に一坪当たりの保証金を一階は七〇万円、そのほかの各階はいずれも五〇万円とし、その合計二億四一五三万八〇〇〇円につき年五分の割合により一年間の運用益一二〇七万六九〇〇円を算出し、右賃料及び保証金の年額合計と保証金の運用益との合計一億八〇一〇万二八六八円をもって本件建物全体から得られる年間収入としている。そして、年間支出として減価償却費、公租公課、修繕費、保険料、維持管理費、空室損失等合計三九四六万五四六〇円を計上し、右年間収入の額からこの年間支出の額を控除した一億四〇六三万七四〇八円をもって年間の純収益であるとしている。一方、(b)実際支払賃料による収益を右と同様の方法により算出し、年間の純収益を一億〇五八二万四四七四円としている。そして、(c)差額賃料収益を配分するため、(a)と(b)との差額三四八一万二九三四円の二分の一に当たる一七四〇万六四六七円に階層別効用比(標準階につき〇・〇八六)を乗じて得た一坪当たり月額二六九三円を、実際実質賃料(賃料、共益費、保証金運用益の合計)二万四五二五円に加算し、この価額二万七二一八円から共益費及び保証金(据え置かれるものとする。)を差引き、二万二三〇〇円をもって一坪当たり月額の適正賃料額としている。これにより五、八、九階部分の有効面積(契約面積と同じ。以下「契約面積」という。)各四六・三二四坪につき賃料額を算出すると一〇三万三〇二五円となる。
右の方式は前記のいわゆる利回り方式(積算方式)とは異なるものである。差額配分方式といわれるものが一般に前記のような内容のものであることは、本件鑑定を行った小岩井証人も認めている。しかし、本件鑑定において差額配分方式の基礎とされた適正賃料額は、右にみたように明らかに利回り方式(積算方式)とは異なる方法によって算出されている。この点につき小岩井証人は、一方において本件鑑定で用いた方式も積算方式であると述べているが、他方において、不動産の基礎価格に投資利回りを乗じた収益を求めることは、投資利回りの幅が広く解されていることからすれば妥当性につき問題があるため、近隣の不動産を現実に賃貸するとすればどれだけの収益が上がるかというアプローチをしたものであると述べて、本件鑑定において新規賃料を算出するに当たり積算方式を用いなかったことを認めている。
右にみたところによれば、本件鑑定では、差額配分方式を用いたとはいうものの、それは通常差額配分方式といわれているものとは少なくとも新規賃料の算出方法において明らかに異なるものといわなければならない。本件鑑定において本件建物及び敷地の基礎価格は一応算出されているが、さきにみた理由で、新規賃料額の算出のためには直接は用いられていない。
本件鑑定が、新規賃料、共益費、保証金の額を近隣の賃貸事例から前記②(a)のように算出した根拠は必ずしも明らかでない。小岩井証人は、前記のように近隣における約一七棟の中古ビルの事務所につき新規に賃貸した場合の賃貸事例を集めこれを修正して本件建物を新規に賃貸した場合の賃料額を五、八、九、一〇階部分につき一坪当たり月額二万五〇〇〇円と判定したと述べており、また右賃貸事例の一部についてはビルの名称を明らかにしているが、同証人の証言により成立を認める甲第二三号証及び右証言によると、大部分は財団法人東京ビルヂング協会作成のビル実態調査表及びビルの賃貸を業とするサンコウエステートなる会社の作成した調査資料に依拠したものであって、同証人が鑑定人として実地に調査したのはきわめてわずかであることが認められる。したがって、建物の規模、構造、建築年数、位置等の類似性についての調査がどの程度実質的にされたか疑問の存するところである。
しかも差額配分方式は新規に賃貸した場合の適正賃料を求めるのが目的であるのに、本件鑑定は最初に具体的な賃貸事例から新規賃料を算出してしまい、そこから出発しているのであって、この点に問題がある。なお、鑑定の結果は後記のように相当賃料額を一坪当たり月額二万二三〇〇円としているのであるが、右二万五〇〇〇円という金額を新規適正賃料とした場合に現行賃料額一坪当たり月額一万九六〇〇円との差額五四〇〇円につき二分の一の割合の配分率を適用して二七〇〇円を右現行賃料額に加算すれば、その額は二万二三〇〇円となり、右鑑定の結果と同じ結論に達するのである。したがって、本件鑑定においてことさら前記(a)、(b)のように純収益を算出するなどして同じ結論に達していることにどの程度実質的な意味があるのか理解し難いところである(いわゆる収益分析法とも異なるようである)。
ところで、本件鑑定は、比準方式による試算賃料を一平方メートル当たり六五六〇円(一坪当たり二万二〇〇〇円)とし、またスライド方式による試算賃料を固定試算税課税標準額の上昇率による場合一坪当たり二万二三〇〇円、家賃変動指数による場合一坪当たり二万〇八〇〇円とし、結論として一坪当たり二万二三〇〇円(五、八、九階部分の前記契約面積につき月額一〇三万三〇二五円)をもって相当賃料額であるとしている。右比準方式及びスライド方式による試算賃料の算定については、本件鑑定につき特段問題とすべきところはない。
2 原告は、不動産鑑定士高野栄作成の鑑定書(以下「高野鑑定」という。)を提出しているので、これについてみることとする。
高野鑑定は、本件建物の敷地の更地としての価格の標準価格を一平方メートル当たり二九〇〇万円とし、個別要因による補正のため一〇〇分の九〇を乗じ一平方メートル当たり二六一〇万円を右土地の基礎価格とし、階層別効用比を考慮して五階部分に相当する土地の価格を五億二五八〇万一〇〇〇円と算出し、一方、本件建物の再調達原価を一平方メートル当たり二七万五二八六円とし、総耐用年数四〇年、経済的残存耐用年数十七年として現価を一平方メートル当たり一一万六九九七円とし、階層別効用比を考慮して五階部分の建物の価格を二四〇一万八六四五円と算出している。そして、土地の期待利回りを三パーセント、建物の期待利回りを六パーセントとし、税負担を考慮したうえ、積算賃料を算出し、昭和六二年七月一日現在における正常賃料の額は一平方メートル当たり月額一万一八七九円であるとしている。そして同鑑定は、この額によって算出した五階部分一五三・一四平方メートルの月額正常賃料一八一万九一五〇円と合意賃料九〇万七九五〇円との開差額九一万一二〇〇円につき配分割合を三分の一として三〇万三七三三円を合意賃料に加算し、配分賃料を一二一万一六八三円としている。
右は差額配分方式の最も典型的、標準的な賃料算出方法を示すもので、その手法は、利回り率として採用した数値とともに、首肯するに足りるものということができる。
また、右の方法によって算出した正常賃料は一八一万九一五〇円で、現行合意賃料九〇万七九五〇円の二倍以上の額となっているが、差額配分方式において基礎価格とされる正常賃料が前述のように具体的な事例における特殊事情を捨象したあり得る賃料額という性質を有するものであることからすると、現行賃料額をはるかに越える額が算出されることはある程度避けられないことというべきである。そこで、差額配分方式においては、現行賃料額との差額を配分する場合に二分の一或は三分の一という配分割合を用いて、抽象的にあり得る正常賃料を多少とも現行賃料に近づけ現実性のある賃料額を算出するための修正がされるわけである。高野鑑定による正常賃料額と現行(合意)賃料額との間には二倍という開差があるので、右配分割合のうち二分の一の数値を採用するのは適当でなく、同鑑定が三分の一の数値を採用したのはその限りにおいて妥当なものということができる。
高野鑑定は、右のほかスライド方式による賃料額を物価指数、家賃指数、地価指数の各上昇割合に応じて算出しており、結論として、差額配分による賃料を中心とし、家賃スライドによる賃料を加味して一一六万五〇〇〇円をもって、相当賃料額としている。
3 以上みたところによると、本件鑑定による相当賃料額は一〇三万三〇二五円、高野鑑定によるそれは一一六万五〇〇〇円であって、そのいずれを採用すべきか、にわかに決し難いところがある。
すなわち、本件鑑定については、さきにみたように差額配分方式において具体的に採られた方法に問題がある。一方、高野鑑定については、差額配分方式の具体的手法自体に右のような問題はないし、その結果算出された正常賃料の額(一平方メートル当たり月額一万一八七九円)についても、同鑑定によれば京橋ないし八重洲地区における新規賃料の事例として右金額を超えるものが三件あることがうかがえることからすると、一概に高額に過ぎるということはできない。しかし、右正常賃料額とされた金額は現行賃料の二倍以上となっていて、いわば現実離れしており、配分割合として三分の一という数値を選択したにしても、なお相当性において問題があるのではないかと考えられる。同鑑定はまた、具体的な賃貸事例によって相当賃料を算出する比準法については、「比準賃料についてはそれぞれについて個性が強いため適切な事情の把握ができず比準が困難であるため参考のみとすることとした。」とし、前掲相当賃料額とされた一一六万五〇〇〇円(一平方メートル当たり七六〇七円)という額については、「比隣の賃料水準と比較するに、特に著しい開差は見受けられずおおむね適性と判定した。」としているが、比隣賃料の具体的な事例として示された継続賃料一一件のうち、右金額を下回るもの九件(そのうち一平方メートル当たり五五〇〇円未満のもの六件)、上回るもの二件という分布になっているのであるから、参考にとどめるにしても、一般事例と比較すると高めの数値といわなければならない。
4 次に、現行賃料額と対比した上昇率についてみると、本件鑑定による相当賃料額については一三・七パーセント、高野鑑定による相当賃料額については二八・三パーセントである。
経験上、一般的な観念として、二年間の賃料上昇率が二八・三パーセントというのは異例というべきである。五、八、九階部分の賃料は、昭和五六年七月一日以降七四万一一八四円、昭和五八年七月一日以降八二万二二五一円、昭和六〇年七月一日以降九〇万七九五〇円であり、それぞれの二年間における上昇率は一〇・九パーセント、一〇・四パーセントと推移しているが、このように最近において二年間の上昇率が一〇パーセント台に抑えられて来た経緯を考慮しても、高野鑑定による上昇率は高率に過ぎ、大幅に修正されるべきであると考えられる。
ところで、五、八、九階部分の昭和六〇年七月一日以降の賃料額九〇万七九五〇円及び一〇階部分の昭和六一年六月一日以降の賃料額六一万七一〇〇円が、いずれも裁判上の和解によって定められたことは当事者間に争いがない。一〇階部分の昭和五九年六月一日以降の賃料額は五三万二五〇〇円であったから、昭和六一年六月一日以降の賃料については二年間で上昇率は一五・八パーセントとなる。
5 右にみたところによると、本件鑑定と高野鑑定とが最も著しい差異を示しているのは、差額配分方式によって求める適正賃料額においてであることがわかる。そして、本件鑑定が差額配分方式として実際に採用した方式については前記のような疑問の存するところであり、通常行われているように建物及び敷地の基礎価格からいわゆる利回り方式(積算方式)によって算出した場合には、新規に賃貸した場合の適正賃料額は本件鑑定の示す数値よりは多少とも高額のものが算出されるものと考えられる。
一方、高野鑑定が比準方式による試算賃料を少なくとも参考にするといいながら中心的な数値を軽視した結果になっているのは、その結論について必ずしも十全の信頼を置けないことを示すものといってよく、比準方式及びスライド方式による試算賃料に関する限り本件鑑定中に示されたところを参酌すべきであると考えられる。
ところで、《証拠省略》によると、本件建物のうち被告賃借部分以外の部分の賃借人のうち一階ないし四階及び七階部分の賃借人は、昭和六二年七月一日以降、六階部分の賃借人は昭和六三年六月一日以降いずれも原告からの賃料増額の請求を受け入れていることが認められる。そして、本件のような賃貸ビルにおいて他の賃借人との間に合意された賃料の額は被告との間の賃料額を決定する場合に多かれ少なかれ考慮されて然るべきであると考えられる(《証拠省略》によると本件建物の賃借人のうち被告が最も古いわけではないことが認められるから、被告を特別に扱う理由はない。)。
このようにしてみると、増額の目安としては、上昇率について鑑定の結果による一三・七パーセントを多少上回ったところに設定するのが相当である。
そこで、前項にみた過去数年間の賃料の上昇率のうち最も近い時点におけるものが一五・八パーセントであり、しかもそれが裁判上の和解によって定められたものであることなど諸般の事情を考慮すると、昭和六二年七月一日の時点では少なくとも一五パーセントの限度で増額を認めるのが相当であると考えられる。
6 《証拠省略》によると、本件建物は昭和四〇年三月に建築された地上一〇階、地下二階の鉄骨鉄筋コンクリート造の事務所ビルであるが、定員八名のエレベーターが一基しかなく、駐車場を備えておらず、地下において麻雀クラブが営業されていて、そのことを被告側が不便としかつ建物の品位を害すると思っていることが認められる。しかし、《証拠省略》によると、本件建物は、昭和五〇年に空調設備の取替え及び外装工事の総点検及び工事、昭和五九年に外装の修理工事をし、昭和六三年に空調・冷暖房・衛生設備、電気及び消防施設の充実等の工事を施工したこと、昭和六二年一〇月三一日原告が建築基準法一二条一項の規定により本件建物の敷地、構造、建築設備等について中央区長に報告するため訴外株式会社武建築設計研究所に実施させた調査によれば、本件建物に特段問題はなく、特に、二〇年以上経過しているが全体的にあまり腐食老化等は見られないとの意見が付されていること、エレベーターは毎分九〇メートルの速度で運行するものであって、一般と比較しても性能的に劣るものではないこと、被告が本件建物に入居するときにはエレベーター、駐車場、麻雀クラブ等についての前記のような状況は既に存在していたことが認められるのであって、右のような事情は相当な範囲内の賃料の増額を拒む理由にはならないというべきである。
7 右のとおりであるから、五、八、九階部分の昭和六二年七月一日以降の相当賃料額は、各階につき従前の額一坪当たり月額一万九六〇〇円(契約面積四六・三二四坪につき九〇万七九五〇円)にその一五パーセントに当たる二九四〇円(同一三万六一九二円)を加算した二万二五四〇円(同一〇四万四一四二円)と認めるのが相当である。
三 一〇階部分の相当賃料額について判断する。
高野鑑定によると、一〇階部分の昭和六三年六月一日以降の相当賃料額は月額七八万五〇〇〇円とされていることが認められる。しかし、同鑑定における右の額については五、八、九階部分についてみたのと同様の問題があり、これを直ちに採用することは相当でない。そして他に参酌すべき資料もないところ、同一建物内に存する五、八、九階部分につき、さかのぼること一年に満たない時点において一五パーセントの増額を認めたことからすると、一〇階部分についても同様の割合による増額を認めるのが相当である。すなわち従前の額一坪当たり月額二万〇五七〇円(契約面積三〇坪につき六一万七一〇〇円)にその一五パーセントに当たる三〇八五円(同九万二五五〇円)を加算した二万三六五五円(同七〇万九六五〇円)をもって昭和六三年六月一日以降の相当賃料額とすべきである。
四 ショールームの相当賃料額について判断する。
前記争いのない事実によると、本件建物一階のショールームにつき原、被告間で昭和四七年四月一日賃料を月額一万五〇〇〇円として賃貸借契約が締結されたこと、右契約は本件建物の五、八、九、一〇階部分の各賃貸借契約とは時期を異にして締結されたこと、ショールームの賃料は右各階部分の賃料と相前後して昭和四九年六月一日以降二万一〇〇〇円、昭和五一年八月一日以降二万六二五〇円と改定され、その後一〇年を経過して昭和六一年一〇月一日以降三万円と改定されたことが明らかである。
《証拠省略》によると、右ショールームは面積約〇・九平方メートルの小部屋の体裁のものであり、被告がその営業に属するマンションの分譲等の広告をするために使用していることが認められる。そうすると、右ショールームの賃貸借契約は、本件建物の前記各階部分の賃貸借契約と別個の契約ではあるが、本件建物において被告が右各階部分を使用して営業するのと目的を一にし、これに付随して存続すべきものであると認めるのが相当であり、したがって、右ショールームの賃料の増減額についても借家法の適用を認めるべきである。
そこで、昭和六三年六月一日以降のショールームの賃料について判断するに、前記各階部分の賃料についてさきにみたところによれば、ショールームについても一五パーセントに増額された賃料をもって右の時点における相当賃料額と認めるのが相当である。すなわち、三万円にその一五パーセントに当たる四五〇〇円を加算した三万四五〇〇円となる。
五 共益費、清掃費の増額請求について判断する。
請求原因五1の事実は当事者間に争いがなく、同2のうち共益費及び清掃費につき借家法七条の規定の類推適用があるとの点を除くその余の事実は当事者間に争いがない。
《証拠省略》によると、五、八、九、一〇階部分を通じ、原、被告間の賃貸借契約には、被告は冷暖房費、電気、瓦斯、給排水、清掃費、町会費及び共益費又は管理費の諸費用を分担するものとし、原告の計算する割合の毎月分の金額を賃料と共に支払うものとするとの約定があることが認められる。そして当事者間に争いのない請求原因三の別紙賃料移動表記載の事実及び《証拠省略》によると、原、被告間においては契約の当初から共益費及び清掃費につき当事者間の合意により実費精算の方法によらず毎月定額をもって請求及び支払がされて来たことが認められる。
共益費、清掃費は、本来実費負担の性質を有するものであるが、事務的便宜等のため、契約上一定額をもって支払義務を定めることは世上普通に行われているところであり、本件における右のような定め及び合意につきその効力を否定する理由はない。そして、共益費、清掃費についても、物価、公共料金、人件費その他の要因によりその増減の必要を生ずることは賃料の場合と変りがないから、本件の共益費及び清掃費についてはその増減の請求につき賃料の増減額に関する借家法の規定の準用を認めるのが相当である。
そうすると、五、八、九階部分についての共益費は従前の額一坪当たり月額四三〇〇円(契約面積四六・三二四坪につき一九万九一九三円)にその一五パーセントに当たる六四五円(同二万九八七八円)を加算した四九四五円(同二二万九〇七一円)をもって相当とすべきところ、本件において原告は四八〇〇円(同二二万二三五五円)に増額を求めているので、その範囲に限定されるべきである。また一〇階部分についての共益費は従前の額一坪当たり月額四五〇〇円(契約面積三〇坪につき一三万五〇〇〇円)にその一五パーセントに当たる六七五円(同二万〇二五〇円)を加算した五一七五円(同一五万五二五〇円)をもって相当とすべきところ、本件において原告は四八〇〇円(同一四万四〇〇〇円)に増額を求めているので、その範囲に限定されるべきである。
清掃費は、従前の増額の経緯(別紙賃料移動表のとおりであることは当事者間に争いがない。)からみて共益費の一割とするのが当事者の意思であると認められるから、五、八、九階部分につき一坪当たり月額四八〇円(契約面積四六・三二四坪につき二万二二三六円)、一〇階部分につき一坪当たり月額四八〇円(契約面積三〇坪につき一万四四〇〇円)とするのが相当である。なお、《証拠省略》によると、この清掃費は共益費中に含まれる共用部分の毎日の清掃に要する費用とは別の、賃貸部分(契約面積分)について月二回定期的に行われる清掃の費用であることが認められるから、清掃費を共益費と別に請求することが妨げられるものではない。
六 保証金の増額請求について判断する。
1 請求原因六1のうち被告が原告に対し九階部分の保証金として一三八九万七二〇〇円、一〇階部分の保証金として一五〇〇万円を支払ったことは当事者間に争いがない。《証拠省略》によると、被告は原告に対し五階部分の保証金として六九四万八六〇〇円を支払ったことが認められる。《証拠省略》によると、被告は原告に対し昭和四七年五月一日、八階部分の保証金として七三一万九二〇〇円、敷金として一九四万五六〇〇円を支払ったが、昭和五一年七月一日、右合計九二六万四八〇〇円を保証金として預託することとし、同日付契約書に特約条項として、旧契約書記載の保証金及び敷金については、その合計額を新契約書第二条による保証金として原告に預託することにした旨明記したこと、そして昭和五四年七月一日付契約書においても九二六万四八〇〇円を保証金として預託する旨記載されていることが認められる。
2 請求原因六2は当事者間に争いがない。
《証拠省略》によると、右保証金は実質的に敷金の性質を備えるものであると認められるから、賃料が増額された場合に延滞賃料の担保のため同じ割合で増額された保証金を追加して支払う旨約することは、その合理性を肯認することができ、この点に関する原、被告間の合意の効力を否定する理由はない。
3 被告は、抗弁として、原、被告間の覚書により敷金ないし保証金の預託に関する規定は変更削除されたと主張するが、《証拠省略》によっても、被告主張の覚書の記載は、賃料額を改定するというにとどまることが認められ、保証金の預託に関する規定を変更し削除するとの趣旨までうかがうことはできない。《証拠省略》中には、右覚書を取り交わした際敷金、保証金は増額しない旨原、被告間で合意した旨の供述部分があるが、《証拠省略》に照らし採用することができない。
《証拠省略》によると、前記預託された保証金はその後増額されたことはないが、それは、原告において、従前被告ほかの賃借人に対し保証金の増額を口頭で請求したことはあるものの、賃借人側の事情で同意を得るまでに至らず、賃料の増額の方を重要視したこともあって、保証金の増額を実行することができなかったことによるものであると認められる。そうすると、保証金が過去に増額されたことがないとの事実をもって被告主張のように保証金に関する規定が変更され或は削除されたものとみることは相当でない。ほかに抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、抗弁は理由がない。
4 本件建物部分の賃料は五、八、九階部分については昭和六二年七月一日から一〇四万四一四二円に、一〇階部分については昭和六三年六月一日から七〇万九六五〇円に増額され、その増額の割合は一五パーセントであるから、被告は、前記争いのない請求原因六2の合意に従い、保証金についても同じ一五パーセントの割合により増額した金額を原告に預託すべきものである。その金額は、五階部分につき一〇四万二二九〇円、八階部分につき一三八万九七二〇円、九階部分につき二〇八万四五八〇円、一〇階部分につき二二五万円となる。
5 請求原因六4のうち原告がその主張のとおり被告に対し追加保証金の支払を求める通知をしたことは、当事者間に争いがない。
したがって、被告は原告に対し、五、八、九階部分については前項の金額の範囲内で、一〇階部分については請求にかかる七五万円の範囲内で追加保証金を速やかに支払う義務を負うに至ったものというべきであり、その弁済期は賃料の増額が効力を生じた日以降の賃料の支払期から遅くとも三日以内には到来すべきものであると解するのが相当であり、五、八、九階部分については昭和六二年七月三日、一〇階部分については昭和六三年六月三日がこれに当たる。
そうすると、被告は原告に対し追加保証金合計五二六万六五九〇円及び内金四五一万六五九〇円(五、八、九階分の合計)に対する弁済期の翌日である昭和六二年七月四日から、内金七五万円(一〇階分)に対する弁済期の翌日である昭和六三年六月四日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務のあるものである。
七 以上のとおりであって、原告の本訴請求は、
1 五、八、九階部分につき、昭和六二年七月一日以降、賃料が月額一〇四万四一四二円、共益費が月額二二万二三五五円、清掃費が月額二万二二三六円であることの確認
2 一〇階部分につき、昭和六三年六月一日以降、賃料が月額七〇万九六五〇円、共益費が月額一四万四〇〇〇円、清掃費が月額一万四四〇〇円であることの確認
3 ショールームにつき、昭和六三年六月一日以降賃料が月額三万四五〇〇円であることの確認
4 追加保証金合計五二六万六五九〇円及び内金四五一万六五九〇円に対する昭和六二年七月四日から、内金七五万円に対する昭和六三年六月四日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払
を求める限度で理由があるが、その余は失当として棄却を免れない。
よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 新村正人)
<以下省略>