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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)12499号 判決 1991年2月25日

原告(反訴被告)

株式会社メディア・トレイディング・カンパニー

右代表者代表取締役

鈴木政治

右訴訟代理人弁護士

藤村義徳

右訴訟復代理人弁護士

三宅裕

吉木徹

被告

ラクソン株式会社

右代表者代表取締役

林利明

被告(反訴原告)

若竹正樹

右両名訴訟代理人弁護士

鈴木一郎

錦織淳

深山雅也

主文

一  被告らは、原告(反訴被告)に対し、各自金八七〇万円及びこれに対する、被告(反訴原告)若竹正樹は昭和六二年五月五日から、被告ラクソン株式会社は同月七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  その余の原告(反訴被告)の請求を棄却する。

三  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)若竹正樹に対し、金八九万六二〇四円及びこれに対する昭和六二年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  その余の被告(反訴原告)の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告(反訴被告)の負担とする。

六  この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  被告らは、原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、各自金一億円及びこれに対する、被告(反訴原告)若竹正樹(以下「被告若竹」という。)は昭和六二年五月五日から、被告ラクソン株式会社(以下「被告会社」という。)は同月七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は被告若竹に対し金八九万六二〇四円及びこれに対する昭和六二年九月一五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告若竹の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告若竹の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本訴請求原因

1  (当事者)

原告は外国語学院レキシントン(以下「レキシントン」という。)という名称の英会話教室を経営している会社であり(昭和六〇年一〇月ころまでは英語教材販売をも行っていた。)、被告若竹は昭和六一年二月二八日まで原告の取締役営業本部長の地位にあり、配下に部長一名、課長、係長各二名とセールスマン二四名を擁していた者、被告会社は英語教材の販売を業としている会社である。

2  (被告らによる原告従業員の引抜行為)

(一) 被告若竹及びその配下にある部課係長(マネージャーと称されていた。)とセールスマン(いずれも原告の従業員、以下「若竹組織」という。)は、従来は英語教材の販売を、また、昭和六〇年一一月ころからは原告の経営するレキシントンの生徒募集を行っており、原告の営業収益を上げるうえで最も重要な営業組織であった。

(二) 被告若竹は、昭和六〇年一二月ころから原告と競合する被告会社の代表者らと密会を重ねたうえ、被告会社と共謀して、若竹組織を組織ごと被告会社に引き抜くことを企て、まず、昭和六一年一月、若竹組織の部長、課長及び係長といった役職者(以下「本件マネージャーら」という。)に対し、原告代表者から打ち明けられた原告の経営内容を漏洩して被告会社に移籍するよう勧誘し、次に、同年二月二四日、同組織の慰安旅行であると称して、同組織のうち事情を知らない二四名のセールスマンら(以下「本件セールスマンら」という。)を熱海の富士屋ホテルに連れ出したうえ、同日夜、右セールスマンらに対し、原告の経理内容を漏洩したうえで原告が倒産の危機に陥っている等の虚偽の事実を申し向け、若竹組織として全員原告を退職し被告会社に移籍するよう勧誘した。

(三) また、翌二五日には、被告若竹との事前の打合せどおり、同ホテルに駆け付けていた当時の被告会社代表取締役金星三男(以下「金星」という。)、経理部長上別府宗隆(以下「上別府」という。)他一名が、本件セールスマンらに対し、被告会社への移籍を強力に勧誘した。

(四) 右セールスマンらは、原告社内において代表者に次ぐ役職にある被告若竹及び被告会社の役員らによってホテルの一室に軟禁状態にされたうえ、原告が倒産するなどという虚偽の事実を聞かされて移籍を迫られたので、正常な判断ができず、被告若竹のいうがままに同被告と行動をともにすることとなった。

(五) そして、被告らは、翌二六日から、被告会社があらかじめ賃借し用意していた渋谷のビルの七階フロアーを被告会社渋谷支社とし、ここで若竹組織のマネージャー及びセールスマンらに営業活動を開始させ、後日右セールスマンらに原告に対する退職届を郵送させて、原告になんらの予告なしに突然右セールスマンらを引き抜いた(この行為を、以下「本件引抜行為」という。)。

3  (被告若竹の責任)

(一) (主位的主張・取締役の忠実義務違反に基づく損害賠償責任)

被告若竹は、原告の営業部門を担当する取締役として、その部下であるマネージャー及びセールスマンを統括し、原告の経営するレキシントンの生徒募集等の業務を行い原告の営業利益を拡大すべき忠実義務(商法二五四条の三)を負うにもかかわらず、その職務上の地位を利用し、前記2のような方法で自己の統括する若竹組織を組織ごと被告会社に移籍させ、これによって被告会社より契約金の名目で金員をもらい受けて自己の利益を図る一方、原告の営業活動を不能にして原告に多大の損害を与えたものであるから、被告若竹の右行為は、取締役の忠実義務に明白に違反する行為である。したがって、被告若竹は、商法二六六条一項五号により、本件引抜行為によって原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(二) (予備的主張・雇用契約上の債務不履行若しくは不法行為による損害賠償責任)

仮に被告若竹が本件引抜行為の当時原告の取締役の地位になかったとしても、同人の前記行為は、原告との雇用契約上の誠実義務に違反した違法行為である。

すなわち、被用者は、雇用契約存続中においては、使用者に労務を提供するに当たり善良なる管理者の注意を用いて誠実にこれを行うべき雇用契約上の義務を負うから、使用者の義務上の秘密事項及び使用者に不利益となる事項を他に漏洩しあるいは自己の職務を利用して私利を図ってはならないのは当然である。ところで、被告若竹は、昭和五七年春に原告と雇用契約を締結して原告の従業員となり、さらに同年七月から昭和六一年二月二四日まで、長年にわたって営業本部長という原告代表者に次ぐ高級幹部の地位にあり、原告の営業を統括していたばかりか、原告が英会話教材販売から英会話学校経営に事業転換を図る際には、これに積極的に賛同し、自ら英会話学校開講に向けて陣頭指揮をとるなどしていた者であるにもかかわらず、前記2のような方法で原告の業務上の秘密事項である経理内容を社員に洩らしたうえ、会社を中傷・誹謗して部下を動揺させ、それに乗じて社員の引抜きを図って自己のために利益を得たものであるから、このような被告若竹の行為が雇用契約上の誠実義務に違反し、原告に対する背任行為となることは明らかである。したがって、被告若竹は、債務不履行若しくは不法行為により、本件引抜き行為によって原告に生じた損害を賠償する責任がある。

4  (被告会社の責任)

(一) 原告及び被告会社はともに日本英語教育振興会(以下「振興会」という。)の会員である。

この振興会は、英語教材等を割賦・訪問販売する企業が協力して業界の健全な発展を図ることを目的として設立された団体であり、昭和五九年九月一二日には、業界の発展のため企業間のセールスマンリクルートを自粛し、セールスマンの新規育成に努力すべき旨の「企業間セールスマンリクルートに関する統一見解」(以下「統一見解」という。)を出し、会員相互間でもこの統一見解を遵守すべき責務を負わせていた。

被告会社は、昭和六〇年七月一二日、その度重なる引抜行為について、振興会から「セールスマンリクルートに関する要望書」により警告を受けていたが、同年一二月一日、右振興会の目的に賛同しその事業に協力すること、振興会及び社団法人日本クレジット産業協会の定める諸規定を遵守することを誓約し、振興会に入会したものである。

(二) しかるに、被告会社は、右統一見解及び振興会入会の際の誓約を無視し、被告若竹が原告社内において代表者に次ぐ幹部職員であって同被告による従業員の引抜行為は違法な行為であること及びこれにより原告が著しい営業上の損害を被ることを十分認識し、あるいは認識することが可能でありながら、敢えて本件引抜行為に加担したものであり、しかもその態様は、被告若竹と事前に密会して引抜きの実行日を謀議し、富士屋ホテルの予約、バスの手配を行い、その費用一切を負担したうえ、前記2(三)のような方法で本件セールスマンらに対し被告会社への移籍を勧誘するという、積極的かつ計画的で極めて悪質なものである。

被告会社の右行為は、原告に対する積極的債権侵害であり、したがって、民法七〇九条及び七一九条により、被告会社は、被告若竹とともに連帯して、本件引抜行為によって原告に生じた損害を賠償するべき責任がある。

5  (損害)

原告は、被告らの違法な本件引抜行為の結果、若竹組織のセールスマンらが一斉に退社したことによる逸失利益として一億円の損害を被った。すなわち、若竹組織が原告に在籍していれば、少なくとも前年同月並の営業利益を上げていたことは確実である。ところで、若竹組織が在籍していた昭和六〇年三月から翌年一月までの原告の利益(売上高から経費を控除したもの)は、合計二億二二六三万八〇〇〇円であるが、若竹組織が右売上げ及び経費に占めていた割合は八〇パーセントを下回ることはなかったから、本件引抜行為によって若竹組織が移籍したことにより、右移籍後の昭和六一年三月から翌年一月までに原告が被った損害は、合計一億七八一一万円となる。

6  よって、原告は、被告若竹に対しては主位的に商法二六六条一項五号、予備的には債務不履行若しくは不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告会社に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して前記損害額のうち金一億円及びこれに対する、被告若竹は昭和六二年五月五日から、被告会社は同月七日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金(起算日は各被告に対する訴状送達の日の翌日)の支払を求める。

二  本訴請求原因に対する認否及び反論

1  被告若竹の認否

(一) 請求原因1のうち、被告若竹が主張の時期まで取締役の地位にあったこと及び部下の課長の人数については否認し、その余は認める。

(二) 同2のうち、(一)は若竹組織のセールスマンが原告の従業員であることを否認し(個々の業務委託契約に基づく販売員である。)、その余は認める。(二)のうち主張の日に若竹組織の慰安旅行を行い、富士屋ホテルに宿泊したことは認め、その余は否認する。(三)ないし(五)は否認する。

(三) 同3は否認し、若しくは争う。

(四) 同5は否認若しくは争う。なお、原告の損害算定方法は、それ自体全く合理性がなく、算定方法足り得るものではない。

(五) 同6は争う。

2  被告会社の認否

(一) 請求原因1のうち、被告会社の業務内容は認め、被告若竹が主張の時期まで取締役の地位にあったことは否認し、その余は不知。

(二) 同2のうち、一は不知、(二)のうち二月二四日夜の富士屋ホテルにおける事情は不知、その余は否認する。(三)ないし(五)は否認する。

(三) 同4のうち、(一)の前段及び中段部分は認め、その余は否認若しくは争う。

(四) 同5は否認若しくは争う。なお、原告の損害算定方法は、それ自体全く合理性がなく、算定方法足り得るものではない。

(五) 同6は争う。

3  被告らの反論

(一) 被告若竹の取締役在任時期について

被告若竹は、昭和五七年七月原告の取締役に就任したが、原告代表者の経営能力、経営方針に対する不信から、昭和六〇年三月、原告代表者に取締役を辞任する旨申し出、この時は説得されて一旦右申出を撤回した。しかし、同年末ころから、社員、セールスマンに対する給与や手数料等の支払に遅滞が出始め、被告若竹がその立替えを余儀なくされるなどの事態が生じていたなかで、被告若竹は、同年一二月、原告代表者から原告の経理内容を知らされ、これによると、各種金融機関からの多額の借入金、税金の追徴金や多額の買掛金等で原告の一か月の支払額が二〇〇〇万円にも及んでいた。これは被告若竹にとって到底理解し難いものであり、同被告は改めて原告代表者の経営姿勢に強い不信感を持ったので、同月中に原告代表者に対し、再度取締役辞任の意思表示をし、原告代表者もこれを承諾した。

したがって、本件引抜行為があったと原告が主張する時期には、被告若竹は取締役を辞任しているから、同被告について取締役としての忠実義務が問題となる余地はない。

(二) 被告らの行為の正当性について

被告若竹は、取締役辞任の後も、顧客に対する責任や部下のことを考え、なお原告社内にとどまっていたが、昭和六一年二月辞職の意思を固め、同月二四日朝辞表を提出した。

被告若竹が熱海富士屋ホテルへの旅行を計画したのは、落ち着いた場所で部下に右辞職を決意するに至った胸の内を報告し、併せて長年苦労を共にして来た部下を慰労するためであった。そして、被告若竹は、富士屋ホテルで部下に自分の退社を報告するとともに、部下の将来を思い、「自分は別の会社で一から出直すが、各自自分の将来については自分自身で考えてほしい」旨を告げたのである。

被告会社は、翌日、本件セールスマンらに対し会社説明を行ったが、これは部下の将来を心配する被告若竹の思いを受けて、ごく一般的な会社説明をし、もし被告若竹の移籍に伴って被告会社に移籍を希望する者があれば引き受ける旨伝えたにすぎず、積極的に移籍を働きかけたものではない。

元来被用者の転職の自由は憲法上保証された権利として最大限尊重されなければならないものであり、これとの関連で、せいぜいが単なる転職の勧誘にとどまる被告らの本件の行為を、雇用契約上の信義則に反するとか、積極的債権侵害であるとかいうことはできず、まして、原告の経営状態が前記のようなものであってみれば、部下をこのように不安定な会社に残したまま自分だけ転職することはできないという配慮から出た被告若竹の行為は、何ら違法なものではない。

そして、本件マネージャーやセールスマンらも、原告会社の経営状態、原告代表者の経営姿勢を十分承知していたからこそ、各自の判断でその生計を維持するためそれぞれ転身を図ったのである。なお、実際に被告若竹とともに、被告会社に移籍することを選択した者は、係長二名とセールスマン四名にすぎない。

三  反訴請求の原因

1  被告若竹は、原告に在職中に、本来原告が支払うべき別紙目録記載の住民票閲覧手数料、封筒代及び文房具代等の営業経費相当額の金員について、原告に代わり、各経費を支出した原告の各セールスマンらにその都度立替払をした。

2  よって、被告若竹は、原告に対し、右立替金八九万六二〇四円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和六二年九月一五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  反訴請求原因に対する認否

1  請求原因1は不知。

2  同2は争う。

第三  証拠<省略>

理由

第一本訴請求について

一当事者について

被告会社が英語教材販売を業とする会社であることは当事者間に争いがなく、原告が英会話教室レキシントンを経営する会社であり、昭和六〇年一〇月までは英語教材販売の業務も行っていたこと及び被告若竹が原告の取締役兼営業本部長の地位にあり(但し、取締役辞任時期については後に判断する。)、配下に部課係長のマネージャーとセールスマンを擁していたものであることは、原告と被告若竹との間では争いがなく、被告会社との間では証拠(<証拠略>)により認められる。

二本件引抜行為について

1  被告若竹及び若竹組織の原告内における地位について証拠(<省略>)によれば、

(一) 原告代表者と被告若竹は、以前ともに英会話教材販売を業とする訴外ピー・エフ・カリヤー日本支社(以下「カリヤー日本支社」という。)の社員であったが、昭和五六年一二月ころ、カリヤー日本支社の閉鎖を契機に、原告代表者は自己の経営する原告において英語教材販売の業務を始め、その際、カリヤー日本支社で部下であった被告若竹を勧誘して原告に移籍させたこと、

(二) 原告の営業部門は第一事業部と第二事業部に分かれており(営業内容は全く同一であった。)、被告若竹は当初第二事業部次長として入社したが、後に第二事業部の責任者となり、部長以下のマネージャー、セールスマンを率いて営業活動にあたったこと、この第二事業部(若竹組織)は次第に営業成績を伸ばして第一事業部のそれを大きく上回り、昭和六一年初めの時点では、若竹組織による売上が原告の売上全体の約八〇パーセントを占めていたこと、この間の昭和五七年七月ころ、被告若竹は原告の取締役に就任するとともに、営業本部長の地位に就き、原告の経営上極めて重要な地位を占める高級幹部になったこと、

(三) 若竹組織の規模は、セールスマンの流動が激しいため必ずしも一定していないものの、概ね二〇ないし三〇名程度の員数から成っており、昭和六〇年暮から翌年二月ころの時期は、被告若竹を最高責任者として、その下に部長一名、課長、係長各二名及びセールスマン約二四名がいたこと、なお、英語教材販売業界では、セールスマンと会社との関係は雇用契約関係ではなく、業務委託契約関係であるのが一般であり、原告においても以前はそうであったが、昭和五九年暮れころから、右のような業務委託契約方式を廃し、セールスマンを正規の雇用契約に基づく社員とする方針を導入したので、若竹組織の構成員は、マネージャーのみならずセールスマンの一部も、原告と雇用契約を締結した従業員であったこと、

(四) ところで、昭和五八年ないし六〇年当時は、英語教材の販売方法が社会問題となったため英語教材販売業界全体が業績不振に陥っている時期でもあり、原告の営業利益も昭和五九年ころから年々減少する傾向にあったので、原告は、社運をかけて事業内容を英語教材販売から英会話学校の経営に転換することを計画し、営業の実質上の最高責任者であった被告若竹及び若竹組織にレキシントンの企画を一任したこと、レキシントンは昭和六〇年一一月被告若竹及び若竹組織のほぼ全面的な企画に基づき開校し、これによって原告の販売する商品も英語教材から英会話学校の受講へと転換したが、顧客の獲得という点では変わりがなく、若竹組織のセールスマンらの仕事の内容自体はあまり変化がなかったこと、

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  被告若竹の取締役辞任について

証拠(<省略>)によれば、

(一) 被告若竹は、前記のとおり、同被告の率いる若竹組織が原告の上げる営業利益に大きく貢献し、被告若竹自身も取締役営業本部長という高級幹部の地位にあるにもかかわらず、実際には原告の経営自体に参画できず、経理内容も知らされず、しかも、原告代表者が他に経営する関連会社の業績が芳しくないこともあって、若竹組織の良好な営業成績が原告の経常利益に反映しないことなどに不満を抱き、昭和五九年夏ころから取締役辞任を考え始め、昭和六〇年三月ころ、原告代表者には取締役を辞任したい旨口頭で申し出たこと、しかしそのときは、原告代表者に説得され、辞任を思い止まったこと、

(二) しかし、その後前記のとおり、レキシントン経営に事業転換を図ったことも一因となって、もともと減少傾向にあった原告の営業利益がさらに減少し、昭和六一年一月三一日の決算期には経常損失を出すに至ったこと、このような経営状況下で、昭和六〇年後半のころには、被告若竹や本件マネージャーらの給料が数日ないし数週間遅延したり、セールスマンらの支出した営業経費の清算が遅れ、組織責任者である被告若竹が立替えを余儀なくされる事態も生じていたこと、さらに、昭和六〇年一二月、被告若竹は原告代表者から原告の毎月の負債返済計画を知らされたが、その額は、営業面の中心にいた同被告にとって会社存続に不安を抱かせるものであったこと、そこで、被告若竹は、原告代表者の経営に再び不満を抱き、取締役辞任の意思を固め、同月ころ、原告代表者に対し取締役辞任の確定的意思表示をしたこと、

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  本件引抜行為の実行について

証拠(<省略>)によれば、

(一) 被告若竹は、取締役辞任の意思を表示した後、昭和六一年一月上旬ころから被告会社の役員と接触するようになり、そのころから同年二月上旬にかけて、被告会社に移籍することを前提に、当時の被告会社代表者金星をも含めた被告会社の役員と二、三回にわたって会合を持ったこと、右会合では、被告若竹及び若竹組織の被告会社への移籍について、特に若竹組織の移籍の段取りについて話合いが行われたこと、被告若竹は、これと平行して同年一月ころから、若竹組織の中の部長以下のマネージャーらに対して個別的に被告会社への移籍の話を持ち掛け、先に原告代表者から知らされた会社の経理状況を漏らすなどして説得し、その後被告会社との会合に本件マネージャーらを同席させるなどして、右マネージャーらとともにセールスマンの説得の方法等、若竹組織の被告会社への移籍の段取りについて話し合ったこと、その結果、原告には内密に、若竹組織の慰安旅行という名目で本件セールスマンらを同年二月二四日から二五日にかけて箱根のホテルに連れ出し、そこで移籍の話を持ち出して説得するとともに被告会社の役員が右セールスマンらに被告会社の説明をするという段取りになったこと(以下「本件慰安旅行」という。)、

(二) そして、被告若竹及び若竹組織の部長であった訴外鈴木朗(以下「鈴木」という。)は、本件慰安旅行実施日以前の同年二月上旬ころ、被告会社への移籍を前提として、被告会社が以前から事務所として使用していた渋谷の滝沢ビルの七階フロア(登記簿上の床面積は約三〇坪。以下「渋谷事務所」という。)を移籍後の営業所としてあらかじめ決定し、同事務所の鍵も被告会社から被告若竹が預かっていたこと、

(三) さらに本件慰安旅行の当日である同月二四日の午前四時ころ、鈴木を含む本件マネージャーらは、新宿所在の若竹組織の営業所に集まり、同営業所内にあった備品(セールスマンらの個人の持ち物、セールスマンらが所持していた英会話教室受講の契約書等を含む。)を被告会社の渋谷事務所にあらかじめ運搬しておいたこと、

(四) そして、同日午前八時ころには、若竹組織はあらかじめチャーターしていたバスに乗って新宿西口から箱根のホテルに出発する予定であったが、同日早朝に被告若竹らの行動を不審に思って若竹組織の営業所を訪れた原告代表者に本件慰安旅行の計画を察知されたので、被告若竹は、その旨被告会社に連絡するとともに、被告会社の手配で急遽宿泊先を熱海の富士屋ホテルに変更したこと、右旅行先の変更についてはバスに乗車した後に本件セールスマンらに説明したこと(ただし、本件慰安旅行の目的が被告会社への移籍の勧誘にあることは告げなかった。)、

目的地到着後、ホテルでまず通常の宴会が行われたが、被告若竹は、同日午後一一時ころから、同人とともに被告会社に移籍するよう本件セールスマンらを勧誘し、二、三時間かけて説得に成功したこと(なお、その間、本件マネージャーらは別室で待機していた。)、

(五) 翌二五日午前一〇時ころ、本件セールスマンらはホテルの会議室に集められ、従前の打合せどおり同ホテルに来ていた金星、上別府他一名の被告会社の役員らにより、被告会社の営業方針や新商品について具体的な説明を受けたこと、その後、被告若竹、マネージャー及びセールスマンらは一緒のバスに乗車して帰京し、翌日から渋谷事務所で営業を開始することを確認した後解散したこと、なお、本件慰安旅行におけるバスのチャーター及び富士屋ホテルの手配はすべて被告会社が行い、チャーター料、ホテルの宿泊費用もすべて被告会社が負担したこと、

(六) 翌二六日、被告若竹、マネージャー及びセールスマンらは、前述のように事前に用意されていた渋谷事務所において「ラクソン株式会社渋谷営業所」として早速営業を開始したこと(なお、当日渋谷事務所に集合したのは、被告若竹の他、鈴木を含むマネージャー四名、セールスマン一七名であった。)、被告会社は、右移籍に当たり支度一時金として合計五〇〇万円位を被告若竹に支払ったが、その内訳は、部長職は二〇万円、課長及び係長職は各一〇万円、セールスマンは各五万円であり、その余はすべて被告若竹に対する支度金であったこと、

(七) 本件セールスマンらの中には、支度金を受領しても被告会社と業務委託契約を締結しなかった者もいたが、渋谷事務所に集合した者はほとんど被告会社と業務委託契約を締結し、被告会社のセールスマンとして営業を開始したこと、本件セールスマンらはその後になって原告に退職届を郵送したこと、

以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠略>は信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三被告若竹の責任

1  取締役としての忠実義務違反について

(一) 前記認定のとおり、被告若竹は、昭和六〇年一二月ころには、原告の取締役を辞任する旨の確定的意思表示をしているところ(会社内部において取締役辞任の効果が生ずるために商業登記簿上の辞任登記の記載はもとより他の取締役の承諾も不要であることは当然である。)、被告若竹と被告会社が接触を開始したのは翌年一月になってからであり、被告若竹及び若竹組織の移籍が具体化したのは、早くとも同月下旬ころであると認められ、他に被告若竹が取締役在任中に若竹組織の移籍を計画していたことを窺わせる証拠はない。

(二) したがって、以上の認定事実から、本件引抜行為が計画されたのは被告若竹が取締役を辞任した後であると認められるから、その余の点について判断するまでもなく、被告若竹には取締役としての忠実義務違反に基づく損害賠償責任を認めることはできない。

2  雇用契約上の債務不履行ないし不法行為について

(一)  およそ会社の従業員は、使用者に対して、雇用契約に付随する信義則上の義務として、就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行し、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務(以下「雇用契約上の誠実義務」という。)を負い、従業員が右義務に違反した結果使用者に損害を与えた場合は、右損害を賠償すべき責任を負うというべきである。

ところで、本件のように、企業間における従業員の引抜行為の是非の問題は、個人の転職の自由の保障と企業の利益の保護という二つの要請をいかに調整するかという問題でもあるが、個人の転職の自由は最大限に保障されなければならないから、従業員の引抜行為のうち単なる転職の勧誘に留まるものは違法とはいえず、したがって、右転職の勧誘が引き抜かれる側の会社の幹部従業員によって行われたとしても、右行為を直ちに雇用契約上の誠実義務に違反した行為と評価することはできないというべきである。しかしながら、その場合でも、退職時期を考慮し、あるいは事前の予告を行う等、会社の正当な利益を侵害しないよう配慮すべきであり(従業員は、一般的に二週間前に退職の予告をすべきである。民法六二七条一項参照)、これをしないばかりか会社に内密に移籍の計画を立て一斉、かつ、大量に従業員を引き抜く等、その引抜きが単なる転職の勧誘の域を越え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合には、それを実行した会社の幹部従業員は雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、債務不履行あるいは不法行為責任を負うというべきである。そして、社会的相当性を逸脱した引抜行為であるか否かは、転職する従業員のその会社に占める地位、会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)等諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。

(二) 以上を前提に以下本件について検討する。前記認定によれば、被告若竹は、原告の営業において中心的な役割を果していた幹部従業員で、しかも本件引抜行為の直前まで原告の取締役でもあったうえ、配下の若竹組織とともに原告が社運をかけたレキシントンの企画を一切任されていたのであるから、被告若竹とともに若竹組織が一斉に退職すれば、原告の営業の基盤であるレキシントンの運営に重大な支障を生ずることは明らかで、しかも被告若竹はこれを熟知する立場にあったにもかかわらず、同被告は本件引抜行為に及んだうえ、その方法も、まず個別的にマネージャーらに移籍を説得したうえ、このマネージャーらとともに、原告に知られないように内密に本件セールスマンらの移籍を計画・準備し、しかもセールスマンらが移籍を決意する以前から移籍した後の営業場所を確保したばかりか、あらかじめ右営業場所に備品を運搬するなどして、移籍後直ちに営業を行うことができるように準備した後、慰安旅行を装って、事情を知らないセールスマンらをまとめて連れ出し、本件ホテル内の一室で移籍の説得を行い、その翌日には打合せどおり本件ホテルに来ていた被告会社の役員に会社の説明をしてもらい、その翌日から早速被告会社の営業所で営業を始め、その後に原告への退職届けを郵送させたというものであり、その態様は計画的かつ極めて背信的であったといわねばならない。右のような事実関係を総合考慮すると、被告若竹の本件セールスマンらに対する右移籍の説得は、もはや適法な転職の勧誘に留まらず、社会的相当性を逸脱した違法な引抜行為であり、不法行為に該当すると評価せざるを得ない。したがって、被告若竹は、原告との雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、本件引抜行為によって原告が被った損害を賠償する義務を負うというべきである。

四被告会社の責任

1 前述三2(一)において述べたことと同様に、ある企業が競争企業の従業員に自社への転職を勧誘する場合、単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合には、その企業は雇用契約上の債権を侵害したものとして、不法行為として右引抜行為によって競争企業が受けた損害を賠償する責任があるものというべきである。

2  そして、証拠(<省略>)によれば、

(一) 昭和五六年ころから、英語教材の訪問販売の方法が社会問題化したことをきっかけに、英語教材販売業界の健全な発展に寄与することを目的として、昭和五七年一二月ころ、振興会が発足したこと、

(二) 同振興会は、昭和五九年九月一二日、必要以上の企業間のセールスマンリクルートを自粛するために「企業間セールスマンリクルートに関する統一見解」を示し、自粛すべきセールスマンリクルートに該当するか否かの判断基準を示したこと、右判断基準によれば、「部下の指導、育成、管理的立場にある者に対し、競争企業等からの働きかけにより、同時多人数であるなしにかかわらず、集団で販売員の移籍があったもの」は自粛すべきセールスマンリクルートに該当するとされていること、

(三) 昭和六〇年七月一二日、振興会は、被告会社金沢支店における競争企業のセールスマンの移籍問題をきっかけにして、被告会社に対し、他企業のセールスマンをリクルートすることの自粛を要望する「要望書」を送付したこと、

(四) その後、同年一二月一日、被告会社は、振興会の定める諸規定を遵守する旨の誓約書を提出して、準会員として振興会に入会したこと、

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

3  以上の事実及び前記認定の事実によれば、次のように判断することができる。前述のように、被告会社は、昭和六一年一月ころから被告若竹と接触し、被告若竹から原告における同人及び若竹組織の実情を聞き、原告における被告若竹及び若竹組織の役割と、それらが抜けた場合の原告の受ける影響を十分認識していながら、被告若竹と若竹組織の集団的移籍のための方法を協議していたこと、右移籍はあくまで原告に内密に行われることを前提にし、いわば不意打ち的な集団移籍の計画であったこと、被告会社は、本件セールスマンらに移籍の勧誘がされる前に若竹組織が移籍することを前提としてあらかじめ三〇坪の広さを有する渋谷事務所を被告若竹に提供すべく同人に鍵を交付し、また、本件慰安旅行先に出向いて本件セールスマンらに対し会社の説明をすることを右旅行以前に打ち合せていたこと、さらに同年二月二四日朝、本件慰安旅行が原告代表者に発覚したとの被告若竹からの報告を受けると、被告会社は、急遽熱海の富士屋ホテルを手配したり、バスをチャーターし、しかも右ホテル宿泊費及びバスチャーター料をすべて負担するなど、移籍の勧誘のための場所作りに積極的に関与し、そのうえ同月二五日には、本件ホテルの会議室で本件セールスマンらに予定どおり被告会社の説明会を開催したこと並びに被告会社は振興会の準会員としてセールスマンリクルートを自粛するという振興会の統一見解を遵守しなければならない立場にあったにもかかわらず、それに違反する右のような本件引抜行為を実行したことを総合判断すると、被告会社の行為は、単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した引抜行為であるといわざるを得ない。したがって、被告会社は、原告と本件セールスマンらとの契約上の債権を侵害したものとして、被告若竹と共同して本件引抜行為によって原告が被った損害を賠償する責任があるというべきである。

五損害

1  原告は、若竹組織が昭和六一年二月二四日以降も原告に在籍していれば少なくとも前年同月並の利益を挙げていたことは確実であるとして、右退職後の同年三月から翌昭和六二年一月に対応する同六〇年三月から同六一年一月までの粗利益を基礎とし、これに若竹組織の売上比率を乗じた額をもって、本件引抜行為によって原告に生じた損害であると主張するが、以下の理由によりそのような算定方法は合理性がないものというべきである。

(一)  原告の従業員には退職・転職の自由が認められているから(従業員には、せいぜい半月前の予告が要請されるにすぎないのが原則であることは前記のとおりである。)、従業員の自由な意思による退職・転職に伴って原告に発生する損害については、原告が甘受し、その従業員にその賠償を請求することができないのが原則である。大量の従業員が一時期に集中して退職し、それによって原告に大きな損害が発生しても同様である。このような場合には、雇用主としては、適宜の方法でその従業員の補充をし、その損失を最小にすべく努めるのが通例であろうが、元の状態に業績が回復するまでの期間が長く、またそれまでの経費が多かろうと、雇用主としては、これを甘受しなければならないのである。

本件引抜行為が前記したように違法なものであるとしても、右のような原則によると、原告主張のように長期間にわたる損害のすべてを、本件引抜行為と相当因果関係にあるものと認めることはできない。

(二) そして、原告の業種にあっては、必要とするマネージャー、セールスマンは特殊の技能が要求されるものではないから、代替人材の補充、従前の営業体制の回復にさほどの期間を要するものと認めることはできない。この点からも、原告主張のような長期間の損害のすべてを本件引抜行為と相当因果関係にあるものと認めることができない。

(三) ところで、原告の営業実績の約八割が若竹組織によることは前記のとおりであるが、同組織がそれだけの実績を挙げるについては、その組織を統括する被告若竹の個人的資質・能力や、部下掌握の努力によるところが大きい(このことは原告代表者の供述からも明らかである。)。そうすると、本件引抜行為がなく、被告若竹一人が任意に退職した場合でもそれによって原告が営業上少なからぬ打撃を受けたであろうことは容易に推認することができるが、被告若竹にも退職・転職の自由が認められるから、それに伴って原告に発生した損害については被告若竹が責任を問われることはなく、原告において甘受しなければならないものである。

また、若竹組織のマネージャー、セールスマンの中には原告というより被告若竹個人との繋がりの強い者が少なからずおり、これらの者は本件引抜行為がなくとも、被告若竹個人の退職を契機に原告を退職するに至った可能性も強いと推認されるが、このような被告若竹の任意退職に伴うこれらの者の退職によって原告に発生した損害について、被告若竹が責任を問われることのないことも当然である。

してみると、本件引抜行為により原告に生じた損害のうち、被告若竹の個人的寄与による業績に対応する部分は、相当因果関係にあるものと認めることはできない。このような被告若竹の個人寄与の部分の割合を判定するのは容易ではないが、少なくとも五割を下回ることはないと認めるのが相当である。

(四) さらに、前述のとおり、英語教材販売業界はもともとセールスマンの定着性が高い業界ではなく(英会話学校の受講を商品とする原告の業務も商品販売という点では変わるところはない。)、条件次第で同種企業間を移動する傾向が強いうえ、昭和六一年二月当時原告の経営状態は必ずしも良好でなく、マネージャーらへの給料の支払が遅滞することもあったから、本件引抜行為がなかったとしても、本件のマネージャー、セールスマンらが継続して原告に在籍していたという保証もない。したがって、本件引抜行為によって原告が被った損害のうち、相当因果関係にある損害を算定するに当たっては、この事情も斟酌することを要する。

(五)  以上の諸事情を考慮すると、本件引抜行為により原告に生じた損害のうち、相当因果関係にあると認められるのは、期間として一か月分に限るのが相当であり、それから被告若竹の個人的寄与五割を控除した残余の部分といわねばならない。

2  そこで、以下、本件引抜行為と相当因果関係のある損害の範囲について判断する。

(一) 証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、

(1) 英語教材販売は主として学生を対象にしていることもあって、その売上高は季節的に増減し、入学・進学の時期である四月から夏休みころまで高く、九月に急激に減少し、一〇月に多少回復するもののその後翌年の三月まで小刻みな変動を続けながら、減少していく傾向にあること、そのうち、二月から三月の傾向としては、例年売上高の大幅な変動はなく、過去三年間を見ても月四〇〇〇万円以上の売上高を計上し、その粗利益(売上高から、売上原価(仕入れ原価及び売上諸掛)及び営業直接経費(給料、コミッション、雑給、リース料、通信費及び募集費)を控除したもの)も月二〇〇〇万円以上であったこと

(2) 原告が英語教材販売から英会話学校レキシントンの経営に事業を転換した昭和六〇年一一月は、例年に比較して売上高の減少が見られるが、翌月には売上高が上昇傾向を示し、翌年二月には例年とほぼ同様の約五〇〇〇万円の売上高を計上し、同月の粗利益はむしろ例年より増加していること

(3) ところが、本件引抜行為の直後の昭和六一年三月の売上高は約一二〇〇万円と落ち込み、粗利益も約二六〇万円にすぎなかったこと

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二) 右事実によれば、本件引抜行為がなければ、原告は、昭和六一年三月にも少なくとも四〇〇〇万円の売上、二〇〇〇万円の粗利益を挙げることができたものと推認することができる。

そうすると、右推認される粗利益二〇〇〇万円と現実の粗利益二六〇万円の差額一七四〇万円から、被告若竹の個人寄与部分五割を控除した八七〇万円が本件引抜行為と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

第二反訴請求原因について

一証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、

1  原告では、セールスマンが営業中に支出した営業経費のうち住民票閲覧手数料・文具代等の必要経費については、従前から原告が本来支出すべき経費として清算をしていたこと、すなわち、各セールスマンが営業するために必要な営業経費についてはとりあえずそのセールスマンが一時的に立て替えて支出し、同人がその支出した分につき一週間に一度原告の会計係に申告し、そのうち原告が必要経費と認めたものを支払っていたこと、

2  被告若竹は、昭和六〇年一〇月末ころから同六一年二月中旬ころまで、本来原告が清算すべきセールスマンの必要経費を原告に代わって一時的に立て替えていたこと、乙第一ないし一三号証の各領収書等は、被告若竹が原告に代わって各セールスマンに立て替えた必要経費の領収書等の一部であって、右立て替えと引換えに各セールスマンから預かっていたものであり、被告若竹退職後の原告代表者と被告若竹との清算のための会合の際に、同人が原告に呈示し、原告から必要経費と認められたものであること、その合計額は、別紙目録記載の総合計額(八九万六二〇四円)であること、

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二したがって、被告若竹の反訴請求には理由がある。ただし、被告若竹は、遅滞損害金として年六分の割合によることを主張するが、同人の原告に対する返還請求権が商行為により生じたものと認めることはできないので、遅延損害金については、民法所定の限度で認める。

第三結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自金八七〇万円及びこれに対する、被告らに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな、被告若竹については昭和六二年五月五日から、被告会社については同月七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の本訴請求はいずれも失当であるから棄却することとし、被告若竹の反訴請求は遅延損害金を年五分とする限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条及び九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中康久 裁判官三代川三千代 裁判官東海林保)

別紙<省略>

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