東京地方裁判所 昭和62年(ワ)14150号 判決 1988年2月23日
原告
橋元祐一
右訴訟代理人弁護士
瀬川徹
被告
東京住宅資材株式会社
右代表者清算人
鈴木千秋
右訴訟代理人弁護士
高橋紀勝
同
土井隆
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
三 本件につき当裁判所が昭和六二年一〇月二二日にした同年(モ)第六五三六号強制執行停止決定は、これを取り消す。
四 この判決は、前項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告から原告に対する東京高等裁判所昭和五三年(ネ)第三九二号事件の和解調書に基づく強制執行は、これを許さない。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 被告
主文第一、二項同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 (債務名義の存在)
原被告間には、被告を債権者、原告を債務者とする債務名義として、東京高等裁判所昭和五三年(ネ)第三九二号事件の和解調書がある(以下「本件和解調書」という。)。
2 (本件和解調書の内容)
本件和解調書の第一項は、原告は、被告に対し、二〇七八万五五〇一円及びこれに対する昭和五一年九月一日から支払済みまで年一割五分の割合による金員の支払義務のあることを認める旨の確認条項であり、第二項は、原告は、被告に対し、右金員のうち二四〇万円につき、昭和五三年一一月から昭和六三年一〇月まで毎月末日限り二万円ずつを支払う旨の給付条項であり、第三項は、原告がその支払を三回分以上遅滞したときは、期限の利益を失い、第一項の金員のうち未払分を直ちに支払う旨の給付条項であり、さらに、第四項は、原告が第二項の金員を昭和六三年一〇月末日までに完済したときは、被告は、原告の第一項の債務のうちその余の債務を免除する旨の条項である。
3 (異議の事由)
原告は、本件和解調書第二項の義務の履行を怠っていないから、同第三項の義務につき期限の利益を有する。
4 (結語)
よって、原告は、右異議事由に基づき、本件和解調書の執行力の排除を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし3の各事実を認める。
三 被告の本案前の主張
1 被告は、本件和解調書第三項に基づき、原告所有の不動産に対する強制競売を申し立て(東京地方裁判所昭和六二年(ヌ)第四二八号)、昭和六二年九月二一日に強制競売開始決定を得たが、同年一一月一三日に右申立てを取り下げた。
2 したがって、原告の本訴請求は、訴えの利益を欠くものである。
四 被告の本案前の主張に対する認否
被告の本案前の主張1の事実を認め、同2の主張を争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(債務名義の存在)及び2(本件和解調書の内容)の各事実は、当事者間に争いがない。
ところで、原告の本訴請求は、本件和解調書の執行力を全面的に排除することを求めるもののようでもあるが、同第二項についての異議事由の主張はないから、その実質は、同第三項についてのみその執行力の排除を求めるものであると解される。
そこで、本件和解調書の第三項を見ると、文章上は、その定める給付義務の発生は、原告が同第二項に定める分割金の支払を三回分以上遅滞することを停止条件とするもののようにもみえる。しかし、このような条項を設定する当事者の通常の意思は、債務者が分割金の第一回の支払期日に全額の給付をする義務を負い、各支払期日に遅滞なく分割金を支払うことにより(本件和解調書では、三回分以上遅滞しない限り)、その都度期限が猶予される(そして、本件和解調書では、第四項により残債務が免除される)という趣旨のものであり、本件和解調書についてこれと異なる解釈をすべき特段の事情の主張立証はない。
したがって、原告が本件和解調書第二項に定める分割金の支払を三回分以上遅滞することが執行文を付与するための条件(民事執行法二七条一項参照)となるわけではなく、逆に、原告が三回分以上遅滞することなく分割金を支払うことが全額給付の義務についての解除条件を成就させる事実、すなわち請求異議の事由となる。
二請求原因3の事実(原告による本件和解調書第二項の義務の履行)は、当事者間に争いがない。
したがって、本件口頭弁論の終結時である昭和六三年二月二日現在においては、本件和解調書第三項は、原告に全額を即時に給付させるべき執行力を有しない。
ただし、右の時点以後に到来する分割金の支払期日に原告が支払を遅滞して前記解除条件を成就させることができなくなる可能性が残されており、その場合には、その時点で全額即時給付の執行力を有することになる。したがって、本件和解調書第三項の執行力をいま全面的に排除することは許されず、結局、本件口頭弁論の終結時現在において、その執行力を排除することが許されるにとどまる。
三しかし、右二に検討した限度において執行力の排除を求めることが訴えの利益を有するかどうかは、更に検討を要する。
被告は、被告が本件和解調書第三項に基づく強制執行の申立てを取り下げたことを理由に、本訴が訴えの利益を欠くと主張する。
請求異議の訴えは、債務名義に基づく個別の強制執行を阻止することを目的とするものではなく、債務名義自体の執行力を排除することを目的とするものであるから、個別の強制執行が行われていないとの理由で請求異議の訴えが当然に訴えの利益を欠くに至るものではない。
しかし、本訴においては、右二に検討したように、本件口頭弁論の終結時現在において、本件和解調書第三項に基づく強制執行を許さないとする限度で請求異議が認容され得るにとどまり、その執行力を将来に向かって全面的に排除することは許されない。そして、右の限度での認容の判決は、本件和解調書第三項に基づいて現に強制執行が行われている場合にはこれを阻止する効力を有するものであるが、右の時点以後に開始される強制執行を阻止する効力を有しない。
そうすると、右の被告が強制執行の申立てを取り下げたとの事実は当事者間に争いがなく、本件口頭弁論の終結時現在において本件和解調書第三項に基づく強制執行が行われていないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、結局、原告には、右の限度での認容の判決を得る利益はないものといわなければならない。
本件訴えは、以上の理由で訴えの利益を欠くものと解すべきである。
四以上の次第で、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、強制執行停止決定の取消し及びその仮執行宣言につき民事執行法三七条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官近藤崇晴)