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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)17125号 判決 1992年9月01日

原告

小平信彦

右訴訟代理人弁護士

高山征治郎

山内容

亀井美智子

中島章智

被告

渡邊和男

和久井茂春

小林正美

東洋シュランク労働組合

右代表者執行委員長

矢島光治

被告ら訴訟代理人弁護士

伊東まゆ

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金二九九九万二二〇〇円及びこれに対する昭和六二年一二月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金一億五五八二万八二〇〇円及びこれに対する昭和六二年一二月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実

1  〔当事者〕

(一) 原告は、昭和二九年以降現在に至るまで、訴外東洋シュランク株式会社(以下「訴外会社」という。)の株式一万九三〇〇株(券面額五〇円)を保有している。

(二) 被告渡邊和男(以下「被告渡邊」という。)、被告和久井茂春(以下「被告和久井」という。)及び被告小林正美(以下「被告小林」という。)は、いずれも訴外会社の取締役であり(以下「被告取締役ら」という。)、被告東洋シュランク労働組合(以下「被告組合」という。)は、訴外会社の従業員で組織する労働組合である。

2  〔新株の発行〕

(一) 訴外会社の昭和六一年一〇月一三日時点の発行済株式総数は一八万株、資本の額は九〇〇万円であった。

(二) 被告取締役らは、同日、取締役会で、額面普通株式三〇万株を、発行価額を五〇円、払込期日を同年一二月一三日、申込期間を同年一一月二八日から同年一二月一三日までの間と定めて株主を募集して申込順に割り当てるとの手続によって発行する旨決議し、訴外会社は、右決議に基づき同年一一月二八日付官報で新株発行を公告し、代表取締役の被告渡邊は、同日、被告組合による三〇万株の引受申込み及び申込証拠金一五〇〇万円の払込みに応じて、被告組合に全株を割り当てた。

(三) 同年一二月一三日の右申込証拠金の払込金充当により、翌一四日、新株発行(以下「本件新株発行」という。)の効力が生じ、訴外会社の発行済株式総数は四八万株となった。

(四) 本件新株発行について商法二八〇条ノ二第二項所定の株主総会の特別決議及び同第一項八号所定の取締役会決議はなされていない。

三争点

1  本件新株発行について、被告取締役らとの関係で任務懈怠行為(商法二六六条ノ三)が、被告組合との関係で不法行為が成立するか否か。すなわち、次の各点が認められるか否か。

(一) 特に有利な価額での新株の発行

(二) 違法性

(三) 被告取締役らの悪意、重過失、被告組合の故意、過失

2  被告らに違法性又は責任を阻却する事由があるか否か。

3  原告に損害が生じたか否か。生じたとすれば、その額。(原告は、平成二年三月三一日の株式価額は一株四八四四円であるが、本件新株発行がなかった場合のそれは一万二九一八円になるはずであるから、一株につき八〇七四円の差額が生じており、原告保有の一万九三〇〇株につき合計一億五五八二万八二〇〇円の損害が生じたと主張する。)

第三争点に対する判断

一争点1(一)について

本件新株発行は、以下のとおり、株主以外の者に対し特に有利な発行価額をもって新株を発行する場合に該当すると認められる。

1 商法二八〇条ノ二第一項八号及び第二項の「特ニ有利ナル発行価額」とは、時価を基準とする公正な発行価額を特に下廻る価額をいうものであり、この場合の公正な発行価額とは、旧株主に経済的損失を与えることのないように新株主に旧株主と同等の資本的寄与を求めながら、新株発行による資金調達という目的を達成することのできる価額、言い換えれば、資金調達の目的が達せられる限度で旧株主にとって最も有利な価額をいうと解するのが相当である。そして、その公正な発行価額は、一般には、発行価額決定前の株式価格、売買出来高の実績、会社の資産状態、収益状態、配当状況、発行済株式総数、新たに発行される株式数、予想される新株の消化可能性等の諸事情を総合して、旧株主の利益と資本調達の実現という利益の調和の中に求められるべきものである。ところで、訴外会社は株式を公開していないから(弁論の全趣旨)、その株式は上場株式や店頭登録株式のような市場価額がなく、公正な発行価額を定める決定的な資料はないといわざるを得ないが、当裁判所は、本件に関する限り、時価純資産方式を基本にしながら、会社の資産状態、収益状態、配当状況、株式の流通性などの修正要素を加味して、公正な発行価額を決定するのが適切であると考える。

2(一) 時価純資産方式は、会社資産を時価に評価替えした上、一株当たりの純資産額をもって株価とするものであり、会社に現存する有形無形の財産ないし会社の実態的価値を示す点で優れた評価方式と考えられる。そして、商法が公正な発行価額での新株発行を原則とする理由が、新株主に旧株主と同等の資本的寄与を求めることにあると解する以上は、公正な発行価額すなわち新株主が提供すべき出資額を判断するに当たって、旧株主の出資提供額ないし実質的持分の現在価値を指し示す時価純資産額を基本にすべきことは当然であり、特に、本件では、訴外会社所有不動産の価額高騰による含み資産の増加を株式評価の中に反映させる必要がある(<書証番号略>、証人安久寿)。

さらに、被告らは、昭和六〇年六月から昭和六一年一一月にかけて原告との間で原告保有株式の譲渡、買取りにつき交渉した際、訴外会社の株式が創業以来五〇円以外の価格で取引されたことはないと知っていたにもかかわらず、原告が提示した時価純資産方式による評価額(<書証番号略>)を基礎に売買価額を決定することにつき、何ら異議を差し挾まずに、専ら、右方式を前提とする買受けの可能性を検討したところ、結局は資金不足を理由に買受けを断念したとの事実が認められ(<書証番号略>、被告渡邊本人尋問、弁論の全趣旨)、これによれば、原告はもとより、本件新株発行直前に既に訴外会社の発行済株式の四〇パーセント以上を保有し(被告渡邊本人尋問、弁論の全趣旨)、最大の株主となっていた被告組合など大多数の訴外会社株主は、時価純資産方式の採用には理由があると認識していた事実を推認できるから、右方式による評価は、むしろ、訴外会社の実態を反映しているということができる。

(二)  非上場株式の評価方法としては、右時価純資産方式のほか、一般に、①売買実例方式、②配当還元方式、③類似会社比準方式、④類似業種比準方式、⑤利益(収益)還元方式、⑥時価純資産方式と配当還元方式との併用方式、⑦時価純資産方式と類似業種比準方式との併用方式等が考えられるが(<書証番号略>、鑑定人木下隆史、証人安久寿)、本件では、以下の理由により時価純資産方式に優る評価方式は存しない。

(1) 〔売買実例方式について〕

訴外会社の株式が創業以来本件新株発行まで五〇円以外の価格で取引されたことがないとしても(<書証番号略>、被告渡邊本人尋問)、右実例のすべてが額面の一株五〇円を経済的に合理的な株式価値と認識して取引したものとは認められないし(弁論の全趣旨)、さらに、被告らが挙げる売買実例における買主はすべて被告組合であり、かつ、訴外会社は被告組合によって実質的に支配される極めて閉鎖性の強い会社であること(<書証番号略>、被告渡邊本人尋問、弁論の全趣旨)を併せ考えると、売買価格五〇円による取引実例はいずれも特殊なケースというべきであるから(証人安久寿)、五〇円を公正な発行価額ということはできず、他に適切な売買実例は見当たらない。

(2) 〔配当還元方式、時価純資産方式と配当還元方式との併用方式について〕

被告らは、配当還元方式の採用を主張し、鑑定人木下隆史も、本件新株発行直後の原告保有株式の株式価格については配当還元方式を採用して、右価格を五〇円と鑑定しているが、訴外会社は、昭和四三年から現在に至るまでの二〇年余にわたり無配の状態が続いており(被告渡邊本人尋問、弁論の全趣旨)、将来における配当額予想を前提とする右方式の採用は困難というべきである。すなわち、無配が継続している場合、右方式は理論的正当性を持たず、定説と呼べるような株価算定方法も存在しない(鑑定人木下隆史、証人安久寿)。

また、鑑定人木下隆史、本件新株発行直前の原告保有株式の株式価格については時価純資産方式と配当還元方式との併用方式を採用しているが、本件では配当還元方式の採用が困難であるばかりか、両方式は、依って立つ基盤を異にしており(証人安久寿)、両方式を併用することは理論的にも正当ではない(鑑定人木下隆史)。

(3) 〔類似会社比準方式、類似業種比準方式、時価純資産方式と類似業種比準方式との併用方式について〕

適切な標本会社ないし標本業種が見当たらず、類似会社比準方式、類似業種比準方式及びこれらと他方式との併用方式を採ることはできない。

(4) 〔利益還元方式について〕

会社の利益、収益の相当部分は配当に充てられることなく社内に留保されることが多いし、直接株主に利益を与えるものではないから、理論的に正当性があるとは考えられない。

(三)  被告らは、原告が再び経営に参加することは考えられず、時価純資産方式を採用すべき根拠としての経営支配力を欠いている旨主張するが、株式自体の属性としてその性質上当然に経営参加の可能性が否定されるというものではなく、それが原告に帰属する限りで経営参加の可能性が乏しいというにとどまり、また、本件において、右方式を採用すべき根拠は経営支配力の点に限られないから、時価純資産方式の正当性は否定されない。

(四) したがって、本件では、時価純資産方式を基本的に採用すべきである。

ただし、企業が継続する以上、株式を取得することによって直ちに取得株式割合に応じた時価純資産を直接的に把握できるという筋合いのものではなく、会社解散による清算の時に初めて具体的持分として現れるにとどまるのであるから、時価純資産方式は、継続企業における株式の評価方式として完全な評価方式ということはできない(鑑定人木下隆史)。一株当たりの時価純資産額がいかに高額であっても、会社の資産状態、収益状態、配当状況及びそれらの将来の見通しが芳しくなければ、時価純資産方式による株式価額そのままでは新株引受を期待できず、右のような事情を考慮して減額修正することが必要となる。また、投下した資本を回収する手段としては、現実には、株式を譲渡するよりほかないから、株式の流通性ないし譲渡可能性の程度も当然考慮しなければならず、この観点からも減額修正を施す必要がある。

3  以下、右のような考え方に基づいて公正な発行価額を求めることにする。

(一) 本件新株発行直前の昭和六一年一二月一三日時点の一株当たりの時価純資産額は、別紙一のとおり、八三〇八円である。

(二)  他方、訴外会社は、繊維業界の不況のために利益を出し得る状態ではなく、昭和四三年以来無配が続いており、本件新株発行当時の経営状態も芳しいものではなかった(被告渡邊本人尋問、弁論の全趣旨)。また、訴外会社は、非上場会社で、株式の譲渡制限もある閉鎖会社であるが、特に、経営状態が極端に悪化して倒産が目前となっていた昭和四四年に被告組合の協力を得て再建を図ってからは、被告組合員が役員として経営参加し、日常の業務は、役員会のほか定期的に開かれる被告組合執行委員会メンバーとの会議の中で決定され、本件新株発行直前には、被告組合が発行済株式の四〇パーセント以上を保有するなど、従業員による管理会社ともいうべき特異な会社であったから(被告渡邊本人尋問、弁論の全趣旨)、その株式の流通性ないし譲渡性は、上場株式や店頭登録株式は無論のこと通常の非公開会社、閉鎖会社の株式と比べても著しく低いことが認められ、右の事情の一切を考慮すれば、本件での公正な発行価額は、時価純資産方式による評価額八三〇八円の三割の二四九二円(一円未満切捨て)とするのが相当である。

(三) 被告らは、訴外会社は無配の状態が続いており、暴力団や総会屋でもない限り、額面五〇円でも取引しない旨主張するが、本件では時価純資産方式を基本に評価すべきであり、右評価に際し、訴外会社の資産状態、株式の流通性等を考慮して減額する必要があるとしても、五〇円(八三〇八円の約0.6パーセントに相当する)まで減額すべき事情は認められない。

また、被告らは、重油タンク改修資金の調達や最低資本金制度対策のため増資の必要があった旨主張するが、本件では、発行価額総額(増資額)が一五〇〇万円の範囲にとどまる限り、一株当たりの発行価額が五〇円を超える場合でも、被告組合による新株引受けを期待できたことが明らかであるから(弁論の全趣旨)、五〇円という低価額で株主を公募する必要性があったとは到底認められない。

4  以上のとおりであるから、公正な発行価額二四九二円を大幅に下回る五〇円を発行価額とした本件新株発行は、特に有利な発行価額をもって新株を発行する場合に該当する。

二争点1(二)及び(三)について

1  争いのない事実並びに証拠〔<書証番号略>、被告渡邊本人尋問及び弁論の全趣旨、並びに、以下( )内に掲げる各証拠〕を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、訴外会社と、昭和六〇年六月ころから、原告保有の訴外会社株式一万九三〇〇株の譲渡、買取りにつき交渉していたが(<書証番号略>)、同年七月一八日、その保有株式を訴外株式会社城南手形センター(以下「城南手形センター」という。)に譲渡することの承認及び承認しない場合の相手方指定を書面で請求した(<書証番号略>)。

ところが、右書面には株式の額面金額が五〇〇円と記載されていたため、被告らは、原告が額面金額五〇円を間違えるはずがなく、城南手形センターが原告保有株式を譲り受けた上で右請求をしたものと考えて、城南手形センターにつき調査したところ、城南手形センターは、約束手形、為替手形の割引及び売買、電話加入権の売買及び質権金融、不動産担保融資及び売買、有価証券金融等を目的とする金融業者であり(<書証番号略>)、その親会社と思われる訴外三井ビル株式会社(以下「三井ビル」という。)も、企業に対する業務管理及び経営参加等を目的としていたことから(<書証番号略>)、これらの会社と暴力団との関係を疑い、暴力団による総会荒しや会社乗っ取りのおそれを感じた。そこで、城南手形センターへの譲渡を防止するために専ら手続問題で争うことにし、訴外会社から、原告に対し、同月二四日、原告所持の株券は商法三五〇条一項によって無効となっていることを理由に、右請求には応じられない旨回答した(<書証番号略>)。

これによって、株券の効力と譲渡承認及び相手方指定請求との関係につき紛争を生じたので(<書証番号略>)、原告は、同年九月二四日、訴外会社に対する株券発行の訴えを提起したが(<書証番号略>)、昭和六一年四月三日、原告に対する新株券発行を要旨とする裁判上の和解が成立した(<書証番号略>)。

(二) その後、訴外会社と原告とは、原告保有株式の買取りにつき改めて交渉を行い、原告は、同年三月三一日時点の時価純資産方式による株式評価額を一株当たり三〇一五円とする税理士笹尾弌朗作成の鑑定書(<書証番号略>)を示して、右評価額による買取案を提示したが、被告らは、被告組合が組合費の中から積み立てていた闘争資金を買収資金にしても、原告提示額での買取りは資金的に困難であるとの結論に達し、交渉は決裂した。

被告らは、交渉決裂によって、城南手形センターヘの譲渡を承認せざるを得なくなったので、被告組合以外の株主とも協議し、被告組合に対し新株三〇万株を発行して、原告ひいては城南手形センターの持株割合をあらかじめ低下させることによって、予想される暴力団による総会荒しや会社乗っ取りなど会社経営上の種々の妨害に対処することにした。

そして、原告に新株発行を前もって知られると、所期の目的を達成できなくなるおそれがあるのでこれを避けるため、株式の譲渡制限のある閉鎖会社であるにもかかわらず、株主に新株引受権を与えないで公募することにした上、新株発行事項の公示方法として、株主に対する通知を採らず、実際上公示機能を持たない官報による公告を採ることにし、また、被告組合以外の者が新株を引き受けることのないように、同年一一月二八日を始期とする申込期間中に申し込んだ順に割り当てる旨定めた上、同日、官報による公告をすると同時に、被告組合が全株につき引受けを申し込み、事前に準備しておいた申込証拠金一五〇〇万円を払い込むという段取りを決め、さらに、原告が新株発行無効の訴えを提起できないように、新株発行日から六か月を経過しないうちは、計算書類や登記簿上の記載に新株発行による資本金額、発行済株式総数の増加等が現れないように取り計うことも決めた。

なお、新株の発行価額については、訴外会社株式は創業以来五〇円で取引されていたことから(<書証番号略>)、五〇円を発行価額とすることにした。

(三) 被告取締役らは、株主総会の特別決議を経ないで、同年一〇月一三日、取締役会において、特に有利な発行価額で株式を発行する旨決定せずに、額面普通株式三〇万株を、発行価額を五〇円、払込期日を同年一二月一三日、申込期間を同年一一月二八日から同年一二月一三日までの間と定めて株主を募集し、申込順に割り当てるとの手続によって発行する旨決議した(<書証番号略>)。

(四) 原告は、訴外会社に対し、同年一〇月三一日、再度、株式を城南手形センターに譲渡することの承認及び承認しない場合の相手方指定を請求してきたが(<書証番号略>)、被告らは、既に本件新株発行をもって城南手形センターへの株式譲渡に対抗する旨決めていたので、譲渡を承認することにし、訴外会社から、原告に対し、同年一一月一四日、譲渡を承認する旨通知した(<書証番号略>)。これに対し、原告から、同月二〇日、右譲渡を行わない旨通知があった(<書証番号略>)。

(五) 被告組合は、同月一八日、定期預金四件(同年七月二七日満期の六七万四六八〇円、同年七月二八日満期の三五万〇〇〇円、同日満期の四四七万八六五五円、昭和六二年一〇月二七日満期の四七九万一三二二円)を中途解約し(<書証番号略>)、昭和六一年一一月二七日、一五〇〇万円を引き出した(<書証番号略>)。

(六) 訴外会社は、同月二八日付官報で本件新株発行を公告し(<書証番号略>)、被告渡邊は、同日、被告組合による三〇万株の引受申込み及び申込証拠金一五〇〇万円の払込みに応じて、被告組合に全株を割り当て、同年一二月一三日、申込証拠金を払込金に充当して、翌一四日に本件新株発行の効力を生じさせ(<書証番号略>)、訴外会社の発行済株式総数を一八万株から四八万株に、資本額を九〇〇万円から二四〇〇万円にそれぞれ増加させた。

(七) 被告取締役らは、昭和六二年五月二一日開催の第三六回定時株主総会の招集に際し、その招集通知に第三六期事業年度の計算書類を添付せず(<書証番号略>)、原告から右計算書類の交付を請求されたので(<書証番号略>)、同年六月一二日、従来通り資本金を九〇〇万円とし、本件新株発行による一五〇〇万円相当の資産増加を記載していない貸借対照表謄本と、やはり従来通り資本金額を九〇〇万円、発行済株式数を一八万株、被告組合持株数を二万九九五〇株とした同年度分の確定申告書控えを含む右計算書類を交付した(<書証番号略>)。

(八) 訴外会社代理人被告小林は、東京法務局に対し、本件新株発行日から六か月を経過した後である同年六月一七日、本件新株発行による発行済株式総数の変更、資本の額の増加につき変更登記の申請手続を採った(<書証番号略>)。

(九) 原告は、同年一〇月二二日、本件新株発行の事実を知った。

2  右認定事実によれば、被告取締役らには、被告組合以外の者が新株を取得できないような方法で新株を発行した点、計算書類に虚偽の記載をした点、変更登記申請手続を遅滞した点につき取締役としての任務違背があり、かつ、右任務違背につき悪意であったと認められ(敢えて被告組合以外の者が新株を取得できないような手続を採ったことが認められる以上、公募に対する申込順に応じて新株を割り当てたとの事実をもって任務違背がなかっとすることはできない)、また、商法二八〇条ノ二第二項所定の株主総会の特別決議及び同第一項八号所定の取締役会決議を経ずに、特に有利な発行価額で新株を発行した点につき任務違背があり、かつ、被告取締役らは、取締役として公正な発行価額につき当然認識すべきであり、認識できたというべきであるから、右任務違背につき重大な過失があったと認められる。(ただし、本件全証拠によるも、被告取締役らが特に有利な発行価額での新株発行に該当すると明確に認識していたとは認められず、株主総会の特別決議及び取締役会決議を経なかったことにつき悪意までは認められない。)

他方、被告組合については訴外会社に対し「公正なる発行価額との差額に相当する金額の支払をなす義務を負う」(同法二八〇条ノ一一)こととは別に、被告取締役らは意思を通じて、被告組合以外の者が新株を取得できないような手続で新株を発行し、原告の持株割合を低下させることに協力した点につき民法七〇九条の故意、違法性が認められ、また、被告組合は、訴外会社の最大の株主、実質的支配者として公正な発行価額につき認識すべきであり、認識できたと認められるから、商法二八〇条ノ二第二項所定の株主総会の特別決議及び同第一項八号所定の取締役会決議を経ていないことを知りながら、不公正な発行価額で新株を引き受けた点につき同様に過失、違法性が認められ(ただし、本件全証拠によるも、被告組合が、訴外会社の独占を図るためあるいは原告に経済的な損失を与えるために本件新株発行に協力したとの事実は認めることができず、原告に株価下落による損害を与えるとの点についてまで故意があったとはいえない。)、結局のところ、被告らの一連の行為は、被告取締役らにつき取締役としての任務懈怠行為、被告組合につき不法行為を構成するものというべきである。

三争点2について

1  〔違法性阻却事由〕

被告らは、原告から暴力団に対する株式譲渡の承認と承認しない場合の原告言い値での買取りを強迫的に求められたので、原告に譲渡承認を与えた後、暴力団対策のために本件新株発行をしたものであるから、正当防衛行為に準じて違法性が阻却される旨主張する。

しかしながら、譲渡の相手方である城南手形センターやその親会社とされる三井ビル株式会社と暴力団との関係を認めるべき的確な証拠はないし、本件全証拠によるも、原告が城南手形センターや三井ビル株式会社と暴力団との関係を示しあるいはほのめかした事実は窺われない。また、原告は、時価純資産方式による評価額に基づき相応の根拠を示した上で買取りを求めている(<書証番号略>)。したがって、原告の行為は到底違法とはいえないから、被告らの主張は前提を欠いており、採用できるものではない。

2  〔責任阻却事由〕

(一) 被告らは、訴外会社株式が一株五〇円以外の価額で取引されたことがないこと、訴外会社所有の不動産は本来被告組合に所有権があるといえるものであって、株式評価の基礎とすべきではないこと、株式評価は配当還元方式によることが相当であって、鑑定人木下隆史によれば配当還元方式による株式価額は一株五〇円であること等を根拠にして、被告らには重過失がなかった旨主張する。

しかしながら、被告らが過去の売買実例に基づき発行価額を五〇円にしたとしても(<書証番号略>、被告渡邊本人尋問、弁論の全趣旨)、前記第三の一2(一)のとおり、被告らが時価純資産方式による評価の正当性を認識していたと認められる以上は、被告らには重大な過失があったというべきである

また、本件全証拠によるも、被告らが、本件新株発行当時、訴外会社所有の不動産を株式評価の基礎から除外すべきであると認識し、あるいは配当還元方式を採用して評価すべきであると認識していたとは認められないし、鑑定人木下隆史の意見は、本件新株発行後に出されたものであるから、これらの事情によって、被告らの責任が否定されることはない。

(二) 被告らは、原告が訴外会社に期待し得るのは配当要求のみであるところ、繊維業界の不況のため無配状態から脱し得る見込みは立っておらず、原告の経済的利益は本件新株発行の前後で変化なく、原告は損害を被っておらず、被告らには原告に損害を被らせる意思は存しなかった旨主張する。

しかしながら、前記第三の一のとおり、本件では株式価額の評価につき修正した時価純資産方式を採用すべきであって、無配状態が継続しているとしても、後記四のとおり、原告には損害が生じると解されるし、被告らが時価純資産方式による評価の正当性を認識していたと認められる以上は、右(一)同様に、被告らの重過失を認めるべきである。

(三) 被告らは、暴力団対策のため、城南手形センターへの株式譲渡を承認した後に本件新株発行をしたのであって、原告に損害を与える意思はなかった旨主張するが、本件新株発行につき取締役会決議がなされたのは、譲渡承認(昭和六一年一一月一四日)に先立つ同年一〇月一三日であり、また、原告から同年一一月二〇日譲渡中止の通知があった後に、公告、申込み、払込み等の手続を採って、敢えて本件新株発行を実行している以上、被告らの主張は前提を欠くといわざるを得ず、右主張は採用できるものではない。

3  以上のとおり、被告取締役らの任務懈怠行為及び被告組合の不法行為の成立は否定されない。

四争点3について

1  商法二六六条ノ三は、取締役の任務懈怠行為と第三者の損害との間に相当因果関係がある限り損害賠償責任を負うことを規定したものであるから、被告取締役らが賠償すべき損害の範囲については、被告組合の不法行為による損害賠償責任の範囲と同様に、民法四一六条を類推適用して判断すべきである。(仮に損害が間接的なものにとどまるとしても、相当因果関係がある限り、その損害について賠償請求権を認めるべきである。最高裁判所昭和三九年(オ)第一一七五号・昭和四四年一一月二六日大法廷判決・民集二三巻一一号二一五〇頁参照)

2  原告は、株式は自由に譲渡することができるのを原則し、いつでもその譲渡によって投下資本を回収することができ(株式の譲渡制限がある場合でも買取請求制度による投下資本回収の途がある)、株主が任意の時期に時価で株式を売却することについては誰でも当然予見可能なことであるから、本件新株発行時から、本件口頭弁論終結時までの間の最高価額(具体的には平成二年三月三一日時点の株式価額)を損害額算定の基準とすべき旨主張する。確かに、株式価額が高騰し続けている場合には、株式保有者がその保有株式を任意の時期に時価で処分し、時価をもって利益を得ることは容易であり、かつ、その蓋然性があるといえるから、任意に選んだ時価を基準として得べかりし利益を算定することにはそれなりの合理性があり、理由があるといえなくもない。

しかしながら、株式価額が騰貴低落している場合、事後的な観察により特定の時点で最高価額を把握できたとしても、その時点で現実に株式を処分して最高価額をもって利益を得る確実性は乏しく、仮にそのような利益を得たとしても、それは多分に偶発的なものであって、一般的蓋然性があるものではないから、最高価額をもって得べかりし利益の算定基準とするためには、特別の事情として最高価額が現れた時点で株式を処分してその価値を最高価額をもって現実に把握し得たという蓋然性及びこれに対する予見可能性を主張立証しなければならないと考える。

すなわち、本件では、前記第三の一のとおり、時価純資産方式を基本に株式を評価すべきであるから、株式価額は、訴外会社所有不動産の価額を色濃く反映し、不動産価額の動向に応じて変動することになるところ、原告主張の平成二年三月三一日時点の株式価額もまた右不動産価額の高騰を踏まえているが(<書証番号略>、弁論の全趣旨)、本件口頭弁論終結時の右不動産価額は平成二年三月三一日時点のそれよりも低落しているので(<書証番号略>、弁論の全趣旨)、右時点の株式価額を損害額算定の基準とするためには、原告において、本件新株発行がなかった場合に、原告が右時点にその保有株式一万九三〇〇株を処分してその価値を現実に取得し得たという蓋然性及びこれに対する予見可能性を主張立証すべきであるが、原告は、これらの点につき明確な主張立証をしない。

したがって、本件では、被告らの任務懈怠行為時ないし不法行為時である本件新株発行時を基準として、その直前直後の各株式価額を比較して損害額を算定するのが相当である。

3 本件新株発行直前の株式価額は、公平公正な損害額の算定という見地から見て、前記第三の一の公正な発行価額と同額の一株二四九二円であると解するのが相当である。同様に、本件新株発行直後の一株当たりの時価純資産額は別紙二のとおり三一二九円であるから、同時点の株式価額は、三一二九円から前記第三の一3(二)と同様に七割を減じて九三八円(一円未満切捨て)であると認めるのが相当である。よって、本件新株発行の前後で、一株につき一五五四円、原告保有の一万九三〇〇株につき二九九九万二二〇〇円相当の価値の減少を生じたことになる。

なお、鑑定人木下隆史は、①昭和六一年一二月一二日時点の株式価格につき時価純資産方式と配当還元方式との併用方式、②同月一四日時点の株式価格につき配当還元方式をそれぞれ採用している。このような評価手法は、公募による新株発行の場合に採用される方式としては一般的でなく(鑑定人木下隆史)、むしろ例外的な方式であり、経営支配権と関連付けられた持株割合に専ら着目して数式を当てはめた結果、①と②とで異なった評価方式を採用するに至ったものであるが(<書証番号略>、証人安久寿)、旧株主の新株引受権が法律上当然に認められていない以上、議決権の比率の維持等、会社支配面における旧株主の利益を重視することはできず、損害額の算定においても、持株割合を重視した評価手法を採るべきではないから、譲渡制限株式の売買価格の決定(商法二〇四条ノ四)の場合であれば格別、本件で右評価手法を採用することはできない。

4  よって、二九九九万二二〇〇円を、被告らの任務懈怠行為ないし不法行為と相当因果関係の範囲内にある損害として認めることができ、被告取締役らの行為と被告組合の行為とが共同不法行為となるか否かを論ずるまでもなく、被告らは各自右金額を賠償すべき責任を負う。(被告取締役ら相互は連帯債務、被告取締役らと被告組合とは不真正連帯債務の関係に立つものである。)

5  なお、被告らは、原告を除く全株主が本件新株発行に賛成しており、株主総会の特別決議が必要であると認識していれば、特別決議を経ることは容易であったから、被告らの任務懈怠行為ないし不法行為がなかったとしても原告の損害は発生した旨主張する。しかし、原告が株主総会に出席して新株発行に反対することによって、特別決議がなされずに新株発行が中止され、あるいは、原告の意見によって時価純資産方式を勘案した発行価額による新株発行に変更されるという可能性は否定できないし、また、特別決議がなされる場合でも、特別決議の手続が適正に実施される限り新株発行に関する詳細が当然に開示されるので(商法二八〇条ノ二第二項、三項)、新株発行の差止(同二七二条、二八〇条ノ一〇)、新株発行無効の訴え(同二八〇条ノ一五)によって保有株式の価値の低下を回避できる可能性があるから、被告らの任務懈怠行為ないし不法行為と原告の損害との間の因果関係は否定されない。

また、被告らは、原告はその保有株式を第三者に譲渡して損害を回避することが可能であった旨主張するが、株主がその保有株式をどのように処分するかは、投下した資本の回収に関わる極めて重要な事項であって、その性質上当然に自由であるべきで、原告に保有株式を処分して損害を回避すべき義務があるといえないことは明らかであるから、右主張は採用できない。

第四結論

原告が、被告渡邊に対し、昭和六一年一二月二六日、被告和久井に対し、同月二四日、被告小林に対し、同月二八日にそれぞれ送達された本件訴状をもって各損害賠償債務につき催告したとの事実は、本件記録上明らかであるから、原告の被告渡邊、被告和久井及び被告小林に対する請求は、前記損害二九九九万二二〇〇円及びこれに対する被告渡邊、被告和久井につき弁済期の経過した後であり、被告小林につき弁済期の翌日である昭和六二年一二月二九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告の被告組合に対する請求は、前記損害二九九九万二二〇〇円及びこれに対する不法行為の日以降である昭和六二年一二月二九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判長裁判官澤田三知夫 裁判官片野悟好 裁判官菅家忠行)

別紙一

一ないし五<省略>

内訳

金額

1

昭和62年3月31日時点の

貸借対照表の純資産額

(a)

33,020

2

株式評価に当たっての修正事項

(1) 時価評価による修正

土地建物評価益

2,900,207

(b)

有価証券評価益

8,246

(c)

簿外資産

571,150

(d)

(b)+(c)+(d)=(e)

3,479,603

(2) 退職給与引当金不足

(f)

78,484

(3) 未払法人税等

((e)-(f))×57%=(g)

1,938,638

3

修正後時価純資産額

(a)+(e)-(f)-(g)=(h)

1,495,501

4

一株当たり純資産額

(h)÷180,000株=(i)

8.308

(単位:千円)

別紙二

一ないし三<省略>

内訳

金額

1

昭和62年3月31日時点の

貸借対照表の純資産額

(a)

33,020

2

株式評価に当たっての修正事項

(1) 時価評価による修正

土地建物評価益

2,900,207

(b)

有価証券評価益

8,246

(c)

簿外資産

571,150

(d)

(b)+(c)+(d)=(e)

3,479,603

(2) 新株発行による資産増加

(f)

15,000

(3) 退職給与引当金不足

(g)

78,484

(4) 未払法人税等

((e)+(f)-(g))×57%=(h)

1,947,187

3

修正後時価純資産額

(a)+(e)+(f)-(g)-(h)=(i)

1,501,952

4

一株当たり純資産額

(i)÷480,000株=(j)

3.129

(単位:千円)

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