東京地方裁判所 昭和62年(ワ)382号 判決 1992年3月23日
原告
ワールド証券株式会社
(旧商号 東一証券株式会社)
右代表者代表取締役
福田康之
右訴訟代理人弁護士
堂野達也
同
堂野尚志
同
土方邦男
同
田中富久
被告
甲野茂
右訴訟代理人弁護士
片村光男
被告
乙川敏博
同
丙沢晴宏
右両名訴訟代理人弁護士
菅重夫
主文
一 被告甲野茂は、原告に対し、金一億三三六万五一五円及びこれに対する昭和六二年一月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員(右元金内金四一三四万四二〇六円及び昭和六二年一月三〇日からこれに対する年五分の割合の金員については被告乙川敏博と連帯し、右元金内金四一三四万四二〇六円及び昭和六二年一月三一日からこれに対する年五分の割合の金員については被告丙沢晴宏と連帯して)を、被告乙川敏博及び被告丙沢晴宏は、原告に対し、それぞれ被告甲野茂と連帯して、金四一三四万四二〇六円及びこれに対する被告乙川敏博については昭和六二年一月三〇日から、被告丙沢晴宏については昭和六二年一月三一日から各支払済まで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。
二 原告の被告らに対するその余の各請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の六、被告甲野茂に生じた費用の一〇分の三、被告乙川敏博及び被告丙沢晴宏に生じた費用の各四分の三を原告の負担とし、原告に生じた費用の一〇分の二及び被告甲野茂に生じた費用の一〇分の七を被告甲野茂の負担とし、原告に生じた費用の一〇分の一及び被告乙川敏博に生じた費用の四分の一を被告乙川敏博の負担とし、原告に生じた費用の一〇分の一及び被告丙沢晴宏に生じた費用の四分の一を被告丙沢晴宏の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して、金一億四七六五万七八七八円及び右各金員に対する被告甲野茂及び同乙川敏博については昭和六二年一月三〇日(訴状送達の日の翌日)から、同丙沢晴宏については昭和六二年一月三一日(訴状送達の日の翌日)から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、原告の歩合外務員であった被告甲野が原告の業務命令に違反して客からの株式買い付け注文を受けてこれを執行したため、右客からの支払を受けられなかった買い付け代金及び手数料に相当する額の損害を受けたとして、被告甲野に対しては歩合外務員契約に基づき、被告乙川及び同丙沢に対しては身元保証契約に基づき、それぞれ損害の賠償を求めた事案である。
一当事者
1 原告は、証券業を営む東京証券取引所の正会員たる証券会社である(当事者間に争いがない。)。
2 被告甲野は、昭和五四年ころから原告の歩合外務員となり、昭和六〇年一〇年一日、原告との間で、期間を二年とする歩合外務員契約(本件歩合外務員契約)の更新をした(<書証番号略>)。
3 被告乙川及び同丙沢は、昭和五九年一〇月一日、被告甲野が原告との歩合外務員契約(期間一年)を更新するに当たり、原告に対し、被告甲野の身元を保証し、被告甲野が原告に対して負担する損害賠償責任について被告甲野と連帯して責任を負う旨の書面(本件身元保証書)を差し入れて、身元保証人となった(<書証番号略>)。
二協電株買い付け注文(本件注文)の経過
1 被告甲野は、昭和六一年一〇月二日午前、信川高寛から二回にわたり、大成物産株式会社(大成物産)名義で、協和電設株式会社株式(協電株)二〇万株及び一〇万株を買い付ける注文を受け、さらに同日午後、同じく信川から、大成物産名義で協電株を一〇万株ずつ二回にわたり買い付ける注文を受け、右合計五〇万株の協電株買い付け注文(以下、これを「一〇月二日付け注文」という。)につき、それぞれ買い付け執行をした(<書証番号略>)。
2 被告甲野は、翌一〇月三日午前八時三〇分ころ。上司である原告投資顧問室長三瓶一から、原告が決定した「大成物産名義の一〇月二日付け注文代金合計額の二五パーセント相当額である内金一億五〇〇〇万円(本件内金)が入金されるまでは、大成物産から次の注文を受けてはならない。」旨の業務命令(本件業務命令)を受けた(<書証番号略>)。
3 被告甲野は、右同一〇月三日午前九時ころ、新たに信川から大成物産名義の協電株三〇万株の買い付け注文を受け(以下、これを「一〇月三日付け注文」という。)、これを執行した(<書証番号略>)。
三争点
1 (本件業務命令違反の有無)
原告は、被告甲野が本件業務命令に違反して一〇月三日付け注文を執行したために後記の損害を受けたと主張する。
これに対し、被告甲野は、本件業務命令は原告と原告の顧客たる信川との間の商慣習である、取引日の三日目以内に注文代金の一〇パーセントを納入すればよいという特例措置に違反する違法なものであるから、被告甲野がこれに従わなかったことは違法ではないと主張するとともに、仮にそうでなくとも、被告甲野には期待可能性がなかったから違法性が阻却されると主張する。この点について、原告は、本件業務命令を出すに当たり、本件買い付けが大成物産名義を使用した信川による注文であったことを知らなかったので、そもそも信川に対する特例措置を適用するか否かを考える余地はなかったと反論する。
2 (損害額)
原告は、一〇月二日付け注文及び一〇月三日付け注文による買い付け(本件買い付け)の代金及び手数料につき、信川からの支払が受けられなかったので、昭和六一年一一月六日から同月二六日までの間、右本件買い付けにより取得した協電株合計八〇万株(本件協電株)を売却し、その売却代金六億五一二一万八九九〇円を本件買い付け代金及び手数料に充当したが、一〇月三日付け注文分につき、なお一億四七六五万七八七八円の未充当金があり、右相当額の損害を受けたと主張する。
これに対し、被告甲野は、原告が売却したとする協電株八〇万株のうち一〇月三日付け注文分である三〇万株に該当する株式の特定がされていないから、原告の主張する未充当金の算定は不当であり、また、原告の右売却は証券取引法に違反するクロス売買の方法によってされたものであるから、右売却の結果をそのまま被告甲野に帰属せしめるのは不当であると反論するとともに、原告には、信川に特例措置をとったこと、右特例措置を事前の予告なしに一方的に破棄したこと、被告甲野に対し本件業務命令を即時に伝えなかったこと、営業用注文コンピューターの口座閉鎖を行わなかったこと及び被告甲野の一〇月三日付け注文の買い付け依頼が口頭で株式部へ直接注文されたにもかかわらずこれを株式部長の過失で通したことにつき過失があるから、過失相殺すべきであると主張する。
3 (身元保証人の責任)
原告は、被告乙川及び同丙沢は原告との間の身元保証契約に基づき、被告甲野が故意又は過失により原告に与えた損害につき、連帯してこれを賠償する責任があると主張する。
被告乙川及び同丙沢は、本件身元保証書に記載のある責任負担の文言は効力を有しない例文であるから損害賠償義務はなく、また、原告には損害の立証がないと反論し、被告甲野と同趣旨の過失相殺の主張をするとともに、以下のような主張をする。
(一) 被告乙川及び同丙沢が本件身元保証書の差し入れによって身元保証契約に基づく損害賠償債務を負うとしても、被告甲野には義務違反はないから(被告甲野の前記1の主張を援用する。)、身元保証人の責任も生じない。
(二) 被告乙川及び同丙沢の右債務は、主債務者たる被告甲野と原告との間の昭和五九年一〇月一日付け歩合外務員契約が、期間満了により昭和六〇年九月三〇日終了したのに伴って、保証債務の付従性により終了した。
(三) 原告は、被告甲野が顧客信川に特例措置をとっていたことを被告乙川及び同丙沢に対して知らせなかったから、身元保証に関する法律(身元保証法)第三条の通知義務を怠ったというべきである。そのため、被告乙川及び同丙沢は身元保証法第四条の解除権を行使する機会を逸したから、原告が被告乙川及び同丙沢に損害賠償をもとめるのは権利の濫用である。
(四) 被告乙川及び同丙沢の身元保証の範囲について、身元保証法第五条により一切の事情が斟酌されるべきである。
第三争点に対する判断
一争点一(本件業務命令違反の有無)について
前記第二の一、二の事実及び証拠(<書証番号略>、証人三瓶一(第一回)、証人宇田郁夫、証人信川高寛昭和六三年一〇月二六日、被告甲野茂)によれば以下の事実が認められる。
1 (歩合外務員契約等)
(一) 歩合外務員とは、歩合報酬によって、証券会社に代わって有価証券の売買その他の取引を行う外務員であるところ、原告においては、歩合外務員は投資顧問室に配属され、営業担当重役の直属の部下たる投資顧問室長の監督下におかれる。
(二) 原告と被告甲野との間の本件歩合外務員契約には、次のような趣旨の各規定がある。
① 歩合外務員は、原告に使用され、その指示に従って原告のために証券取引法に定める外務員としての職務を行う。
② 歩合外務員は、証券取引法その他法令規則、証券業協会及び証券取引所が定める諸規則並びに原告が定める営業員服務規程を遵守し、誠実にその職務を遂行する。
③ また、右歩合外務員契約に規定のある原告の営業員服務規程には、営業員は、原告の経営方針にのっとり、管理者の指示に従って業務を遂行しなければならない旨の定めがある。
2 (信川の特例措置)
信川は、昭和五九年七月ころから、被告甲野を担当外務員として、原告との取引を始めたが、自己名義での口座以外にも、河本嘉輔、信川康卓、信川訓卓、青田幹也、三晃物産株式会社など親族や関係会社等の他人名義を使用した取引を行っていた。
ところで、原告における顧客の取引条件は、一般に、買い付け注文代金の三割を内金として注文日の翌日正午までに入金するものとされていたのであるが、原告は、昭和六〇年一〇月ころから、信川の要請により、信川の注文についての内金は、注文を受けた営業日から三日目以内に注文額の一〇パーセントを入金すればよい扱いとすること(特例措置)を認めるようになった。これは、原告投資顧問室長三瓶一によって承認されたものである。
3 (協電株値動きの推移)
協電株の株価は、昭和五九年四月ころから昭和六一年三月ころまでは、ほぼ一株三〇〇円台から四〇〇円台を推移していたが、同年四月二八日に一株五七二円、五月八日に一株六七〇円と上昇した後、六月から九月にかけて急騰し、九月八日には一株一七二〇円の最高値となった。ところが、その直後から株価は再び下がり始め、九月後半から一〇月にかけては急落し、一〇月はじめころには一株一二〇〇円台となった。
4 (一〇月二日付け注文の経過)
(一) 被告甲野は、昭和六一年一〇月二日午前一〇時ころ、信川から電話により、「ダイスエ物産」名義による協電株二〇万株の成り行き買い注文(銘柄と数量のみを指定して直ちに買い付けを求める注文)を受けた。
原告においては、買い付け執行には顧客カードが必要であるが、顧客カードを作成するためのコンピューターの入力は、三瓶又は三瓶の指示を受けた社員によらなければできないものとされていた。そこで、被告甲野は、三瓶に対し、右注文の報告をした上、「ダイスエ物産」名義の顧客コードの作成を受けた。なお、このとき、被告甲野は、信川が従前から他人名義で取引を行ってきていたことから、右「ダイスエ物産」名義の注文も信川の他人名義の注文であると考えており、また、三瓶も右「ダイスエ物産」は信川経営の関連会社と考えていた。
(二) 被告甲野は、右同日午前一〇時九分ころ、右の注文による協電株二〇万株について直接コンピューターに入力する方法により、代金二億四五〇七万円にて買い付け執行し、次いで、右同日午前一〇時四九分ころ、再び信川から、「ダイスエ物産」名義による協電株一〇万株の成り行き買いの注文を受けたので、自らコンピューターに入力する方法により、代金一億二四四四万円でこれを買い付け執行した。
(三) 被告甲野は、右同日前場終了ころ、信川からファックスを受け、それによって、右「ダイスエ物産」の正式名称が大成物産株式会社であること、韓国ソウル市が所在地であり、代表者は尹という韓国人であることが判明した。そこで、被告甲野は、原告においては外貨建てによる株式売買が制限されていることなどから外国会社との取引は不都合があると考え、直ちに三瓶に相談した。
三瓶は、右報告を受け、外国会社には外国為替の問題に加えて株式の受渡しが確実に行われるか等の問題が生じると判断し、被告甲野に対し、大成物産には日本国内に支店があるかどうかを確認するよう指示するとともに、一〇月二日午前中の注文が大きなものであったことから内金の入金を確認するよう求めた。
そこで、被告甲野が信川に連絡を取ったところ、信川は、大成物産の日本支店の住所はすぐにはわからないと答え、日本における連絡先として後に従業員のものであると判明した住所を知らせてきたが、内金の入金に関しては明確な返答はしなかった。
三瓶は、被告甲野から右住所の報告を受けて、これを大成物産の日本国内の住所とし、会社名を大成物産と訂正して顧客の登録をした。
(四) 被告甲野は、右同日午後一時四〇分ころ、再び信川から電話により大成物産名義で協電株各一〇万株を買い付ける注文を受け、代金一億二八九六万円でこれを執行し、さらに、午後二時五〇分ころ、同様に大成物産名義で協電株各一〇万株を代金一億三〇五二万円で買い付け執行した。
以上により、一〇月二日付け注文の買い付け代金合計は六億二八九九万円となった。
5 (被告甲野と信川との面会)
(一) 被告甲野は、信川からの右同一〇月二日午後二時五〇分ころの注文の際、午後三時三〇分ころ帝国ホテルに来て欲しい旨の連絡を受けた。そこで、被告甲野は、一〇月二日当日の注文が合計五〇万株となったこと及び信川と帝国ホテルで会うこととなった旨を三瓶に報告した。三瓶は、被告甲野に対し、一〇月二日当日の取引が合計約六億円になるとして、内金として一億五〇〇〇万円の支払いを信川に求めるように指示した。被告甲野は、三瓶の右指示に対して、格別に異議を唱えることはしなかった。
(二) そして、被告甲野は、右同一〇月二日午後三時三〇分ころ、帝国ホテルにおいて信川と面会した。
信川は、本件の大成物産名義での協電株の買い付け注文は協電株買い占めのための外人買いを装ったものであること、右買い占めの代金は大成物産の尹から借入れする予定であること、また、原告においても、外部に対しては外人買いであるように装ってほしい旨の説明をした。そして、被告甲野は、信川に対し、内金一億五〇〇〇万円を支払うようにとの三瓶の指示を伝えた。
(三) 信川は、右一〇月二日午後一一時四〇分ころ、宿泊先の韓国のホテルから被告甲野の自宅に電話をしてきて、翌一〇月三日の朝にも新たな買い付け注文をするなどの連絡をしてきた。
6 (本件業務命令)
(一) 一方、三瓶は、右同一〇月二日午後五時ころ、上司である原告営業担当部重役の宇田郁夫専務取締役に対し、右一〇月二日付け注文の経過を報告した。
宇田は、協電株は、当時、株価が短期間に急騰した後に下落し始めたばかりの不安定な状態にあり、反動で株価が急落することもあり得る危険な株であると判断していたことに加え、大成物産名義の右一〇月二日付け注文の代金合計が約六億円となる大量の買い付けであったことから、「大成物産からの注文は、翌一〇月三日に、本件内金一億五〇〇〇万円が入金されるまでは新たに受けてはならない。」旨の本件業務命令を出した。
(二) 三瓶は、右本件業務命令を被告甲野に伝えようとしたが、被告甲野は、すでに退社しており、これを伝えることができなかった。
そこで、三瓶は、翌一〇月三日の前場取引開始前である午前八時二〇分ころ、被告甲野に対し、「大成物産からの新規の注文は、本件内金の入金までは受けてはならない。」旨の右本件業務命令を伝えた。
被告甲野は、三瓶に対しては格別の異議を唱えることなく、その趣旨を了解した。なお、被告甲野は、三瓶から本件業務命令を言い渡される前に、信川との間の帝国ホテルでのやりとり及び韓国からの電話の内容について、報告をしていた。
7 (一〇月三日付け注文の執行)
被告甲野は、右本件業務命令の内容を信川に伝えるべく、信川に電話をした。すると、信川は、被告甲野に対し、本件内金金額は従前の特例措置に反するものである上、事前の連絡もなかったものであり、本件業務命令の内容には、現時点では到底応じられない旨の返答をした。そして、新たに大成物産名義での協電株三〇万株の買い付け注文をしてきた。
被告甲野は、右信川の言い分は正当であると判断し、業務命令違反であることを承知しながら、右三〇万株の買い付け注文を口頭による電出しの方法(外務員が直接コンピューターを入力することなく電話又は口頭によって株式部に連絡し、株式部においてこれをチェックした上で、株式部の担当から取引場へ注文するという手順をとる買い付け執行方法)により、代金三億九〇〇〇万円にて買い付け執行した。なお、原告の投資顧問室で勤務する歩合外務員は、投資顧問室と株式部とが同じ階にあって簡易な間仕切りで区切られているのみであることから、電出しの方法による場合は、通常、右間仕切り越しに口頭で伝えるという方法によって買い付け執行をしていた。そして、被告甲野の右電出しによる買い付け執行注文は、株式部において受領され、取引場へ通されて執行された。
以上の事実によれば、被告甲野は、原告との本件歩合外務員契約により、原告の営業員として上司の指示に従って業務を遂行すべき義務を負っており、上司である三瓶から、本件内金の支払があるまでは大成物産名義での協電株の買い付け注文を新たに受けてはならない旨の本件業務命令を受けて、その内容を了解していたにもかかわらず、右本件業務命令に違反することを認識しながら新たな一〇月三日付け注文を受注してこれを執行したことが認められる。よって、被告甲野には業務命令違反がある。
もっとも、被告甲野は、本件業務命令は、原告と信川との間の特例措置に反する違法なものであるからこれに従わなくとも違法ではない旨の主張をする。
確かに、原告は、本件当時、信川について、被告甲野の主張するような特例措置による扱いをしており、本件業務命令の内容はその特例措置と異なった取扱いをするものであることは認められる。しかしながら、証券会社とその顧客との間における右特例措置のごときは、これと異なる取扱いをすることが違法であると言い得るほどに商慣習として確立したものであるとは言いがたく、証券会社が本件のような特例措置を認めた場合には当該顧客の注文をいかなる場合にも当該特例措置に従って受注すべき義務を負うものと解することは相当ではない。そして、前記3のとおり、協電株の株価は、本件当時、かなり不安定な状態にあり、しかも、本件一〇月二日付け注文は相当程度の規模を有するものであったから、原告が新たな協電株の大量買い付けに危惧を抱き、代金が確保されるまではこれを抑制しようとしたことは不合理とまでは言えない。そうすると、本件業務命令が従前の特例措置と異なる取扱いをするものであることをもって、これを違法であると解することはできず、被告甲野は、なお、原告との関係においては、本件歩合外務員契約上、本件業務命令に従うべき義務を負っていたものというべきである。そうであれば、被告甲野は、たとえ右本件業務命令が従前の特例措置にそわない内容であったとしても、被告甲野個人の一存によって上司の指示による右命令に反する買い付け執行を実行することは許されなかったものというべきである。よって、被告甲野の右主張を採用することはできない。
なお、証人三瓶は、本件業務命令を出す際、本件買い付けが大成物産名義を使用した信川本人による注文であったことは知らず、大成物産という得体の知れない会社であるとの認識しかなかった旨の証言をしているが、前記認定の事実によれば、信川が従前から他人名義での取引を行っていたこと、本件も従前の他人名義による注文と同様に信川自身の交渉によって行われていること、三瓶は、大成物産の正式名称が判明した時点においても、新規顧客として扱う処置を取っていないこと、被告甲野が信川本人と面会し、信川本人が外人買いを装って本件注文をしていることを確認し、その旨を三瓶に報告したのにこれに対して格別の処理をしていないこと等に鑑みれば、本件注文が信川の注文であることについては、三瓶も了解していたと解するのが相当であり、三瓶の右証言は措信できない。しかし、このことは、被告甲野の本件一〇月三日付け注文の執行が本件業務命令に違反しているという前記の結論を左右するものではない。
二争点二(損害額)について
前示一のとおり、被告甲野は、本件業務命令違反行為に基づき、一〇月三日付け注文によって原告に生じた損害相当額につき賠償責任を負うが、右損害額については争いがあるので検討する。
1 証拠(<書証番号略>、証人宇田平成元年三月二八日、同平成元年五月二三日、証人信川高寛昭和六三年一〇月二六日、鑑定の結果)によれば、原告は本件注文によって取得した大成物産名義の協電株合計八〇万株につき、以下のとおり売却処分したことが認められる。
(一) (空売り)
信川は、原告に対し、右の協電株八〇万株についての買い付け代金(本件代金)を、その受渡し期日を経過しても支払わなかった。
しかし、原告は、信川から、本件代金の資金を調達中である旨の要請を受けていたため、大成物産名義での反対販売を実行してその売却代金を本件代金に充当する手段をとることは留保し、信川の本件注文数量分を保有しつつ、将来、信川からの本件代金の支払を受けられないまま株価が下落した場合に対応するための策として、自己勘定による空売り(証券会社が自己の保有していない株式を売却すること)をすることとした。
そこで、原告は、昭和六一年一〇月一四日から同年一一月一日にかけて、協電株二八万株を自己勘定により空売りした。
(二) (反対売買による売却)
しかるに、信川は、依然として本件代金を入金しないので、原告は、その支払の見込みがないものと判断し、大成物産名義の協電株の反対売買を実行することとした。
そこで、原告は、昭和六一年一一月六日から同月二五日にかけて、大成物産名義の協電株合計二九万七〇〇〇株を売却した。
(三) (クロス売買による売却)
さらに、原告は、右同昭和六一年一一月二五日に大成物産名義の協電株二八万株及び翌日の二六日に同様に二二万三〇〇〇株を売りに出し、これを自ら買い受けて自己保有株式とした。原告が右のとおりクロス売買(証券会社が、同一の売買について売主となり買主となるもの)の方法によって協電株を自己保有株式としたのは、二八万株については、前記(一)のとおり空売りした二八万株の品渡しに使用する必要があったためであり、また、残二二万三〇〇〇株については、これを処理することによって原告の損害額を確定し、信川への損害賠償請求額を確定する必要があったことによる。
なお、原告は、自己取得した右二二万三〇〇〇株については、昭和六一年一二月一日から昭和六二年一月七日にかけて、適宜売却処分した。
そして、原告は、本件注文による大成物産名義の協電株八〇万株全株を右1の(二)、(三)のとおり売却処分することによって合計六億五一二一万八九九〇円の売却代金を取得し、この八〇万株の売却代金のうち三〇万株に割合的に該当する額である二億四四二〇万七一二二円を、一〇月三日付け注文分の未払額(一〇月三日付け注文買い付け代金に手数料及び税金を加えた受渡代金相当額)である三億九一八六万五〇〇〇円に充当されるものとして算出した一億四七六五万七八七八円が、本件損害額であるとする。
2 これに対し、被告甲野は、売却代金による損害金の充当は、一〇月三日付け注文による損害については当該注文によって取得した各株式の具体的な売却代金によってすべきであって、原告の右主張は右の特定を欠いており、また、協電株がその後に高騰することを知りながら不適正な価格で売却した額を充当したものであるから不当であるとの反論をする。
しかしながら、本件のように、同一顧客の数回にわたる注文分が未払いとなり、その未払い分を合わせて売却処分した場合に、そのような売却処分の方法自体が不適当であるとは言い難いし、右のように全体として売却された場合に、いずれの株式がいずれの買い付け注文によって取得されたものであり、かつ、その株式がそれぞれいくらで売却されたかを各株式について逐一対応させて特定しなければ損害額が算出されないとすることもおよそ現実的ではなく、被告甲野の右主張を相当と認めることは困難である。そして、右原告主張の損害額は、一〇月三日付け注文によって取得した株式に逐一対応する売却金額をもって損害額を算出したものではないけれども、前記のとおり、売却した全株式八〇万株のうち三〇万株に割合的に該当する額をもって算出したものであり、その算出方法には一応の合理性が認められる。
また、被告甲野は協電株の株価が高騰する可能性のある優良株であったのに、原告は不適正な価格でこれを売却したと主張するが、本件売却の当時において、協電株の株価が上昇する見込みが具体的にあったにもかかわらず原告があえて低価格で売却したなどの事情が認められるのであれば格別、本件全証拠によっても右のような事情を認めることはできない。そして、株価は日々変動するものであり、その変動を正確に予測することは困難であるから、株式を売却するに当たり、売却処分の必要性及び売却価額の相当性が認められる場合には、その売却の後に株価が上昇したからといって、当該時点での売却を直ちに不適正であったということはできないと解するのが相当である。そうすると前記1の(一)ないし(三)の事実によれば、原告のした協電株売却は売却の必要性並びに売却時期及び売却価額の相当性を認めることができるから、結果として原告の売却後に株価が上昇したからといって、これを不適正であるとすることはできない。
よって、被告甲野の右主張は採用できない。
3 また、被告甲野は、原告が前記1の(三)のとおりしたクロス売買は、証券取引法一二五条一項に違反する違法なものであるから、その結果を被告甲野に帰属させるのは不当であるという。
しかしながら、証券取引法の右条項は、なれ合い的取引によって相場操縦をすることを目的とする売買取引を禁止しようとの趣旨のものであるから、当該売買が外形的に同条項に禁止する形態の売買に該当するからといって、直ちにこれを同条に該当する違法なものということは相当でない。そして、前記1の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告の行ったクロス売買は、売り付けと買い付けが同時に行われた売買ではあるけれども、証券取引法に禁止しているところの相場操縦を目的としたものとは認められないから、被告甲野の右主張は採用できない。
4 さらに、被告甲野は過失相殺を主張するので検討する。
前記一に認定したとおり、原告が信川に対して特例措置をとっていたこと、三瓶は本件注文が信川の注文であると了解していたこと、三瓶は本件業務命令を直ちに被告甲野に伝達しなかったこと、三瓶は被告甲野から信川との面会及び電話でのやりとりの内容を報告されていたこと、等の諸事実に照らしてみると、原告においても、本件業務命令を徹底するためには、これを被告甲野に伝達するのみでなく、新規の注文を受けないように顧客口座を閉鎖し、それが不可能であっても、他の部門に対しても本件業務命令を周知させておくなどの態勢を取るべき注意義務があったものと認めるのが相当であるところ、前記一に認定した事実によれば、被告甲野の一〇月三日付け注文の買い付け執行は口頭の電出しによって行われたのに、株式部においても右注文が本件業務命令違反であることが看過され、株式部から右注文が取引場へ通されて執行されたことが認められるから、原告が前記損害を被ったことについては、原告にも過失があったものというべきであり、その割合は三割と認めるのが相当である。
5 以上によれば、被告甲野の負担すべき損害額は、前記1のとおりの計算によって算出した原告の損害額について前記4のとおり認められる原告の過失を斟酌すると、一億三三六万五一五円となる。
なお、被告甲野に対する訴状送達の日の翌日が昭和六二年一月三〇日であることは記録上明らかである。
三争点三(身元保証人の責任について)
1(被告乙川及び同丙沢の責任)
前記第二の一の3の事実及び証拠(<書証番号略>、証人三瓶第一回昭和六三年五月一八日、証人宇田平成元年七月一一日、被告甲野昭和六三年八月三一日)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告においては、身元保証人の条件として、持ち家があること及び中流以上の収入があることが大体の基準として設けられていたが、それについて、身元保証人になろうとする者に面接する等の調査はせず、歩合外務員をして身元保証人から身元保証書に署名押印を受けさせて、その提出を受け、その際に歩合外務員に対して身元保証人の勤務先等の確認をする程度であった。
(二) 被告甲野は、被告乙川及び同丙沢とは長年にわたる親しい友人であったので、身元保証人になってもらうことを依頼した。そこで、被告乙川及び同丙沢は、被告甲野の身元保証人となることを承諾し、本件身元保証書への署名押印をした。なお、被告乙川及び同丙沢は、身元保証人となるにつき、被告甲野から謝礼を受領する等はしなかった。
そして、被告甲野は、昭和五九年一〇月一日、原告との間で期間を一年とする歩合外務員契約を更新するに当たり、原告に対し、右のとおり被告乙川及び同丙沢から署名押印を受けた本件身元保証書を提出した。右本件身元保証書には、「万一、過失又は懈怠によって貴社に損害を及ぼしその義務を尽くすことができなかった場合には、私共が連帯して履行の責に任じ貴社のお指図に従って弁償いたします。」、「この身元保証の期間は本証差入れの日(昭和59年10月1日)から満5ケ年といたします。」(数字以外は不動文字)との記載がある。
(三) 原告の定めた歩合外務員契約においては、歩合外務員は契約締結及び更新のときには身元保証書を提出しなければならないと定められていた。しかし、昭和六〇年一〇月一日、原告と被告甲野との間で本件歩合外務員契約が更新された際には、被告甲野は新たな身元保証書の提出を求められておらず、原告から被告甲野に対し、従前の身元保証人に変更はないかとの確認がされたのみであった。そして、被告甲野の上司である三瓶及び宇田らにおいて、被告甲野の身元保証人がどのような人物であるか等の把握をしていたものではなかった。
以上の事実によると、被告乙川及び同丙沢は、被告甲野から、被告甲野が原告との歩合外務員契約を更新するに当たり、身元保証人となることを依頼されて本件身元保証書に署名押印したというのであるから、被告乙川及び同丙沢は、右本件身元保証書に署名押印したことにより、身元保証法にいうところの身元保証人として、被告甲野が原告に対して負担すべき損害賠償責任について、それぞれ被告甲野と連帯して責任を負うものというべきである。
なお、本件身元保証書の前記保証期間に関する記載中の「5」という数字が書き込まれた時期については、これを特定するに足りる証拠はないが、仮に被告乙川及び同丙沢が本件身元保証書に署名捺印した際には右の部分が空欄になっており、後に原告がこれを補充したものであったとしても、弁論の全趣旨によれば、被告乙川及び同丙沢は本件身元保証書を作成する際、原告に対し保証期間につき何らの意思表示をしなかったことが認められるから、被告乙川及び同丙沢は、原告によって保証期間の空欄部分が適宜補充されることを容認していたものと推認するのが相当である。したがって、原告と被告乙川及び同丙沢との間には、保証期間を五年間とする身元保証契約が有効に成立したものと認めるべきである。
2(被告乙川及び同丙沢の主張について)
右1のとおり、被告乙川及び同丙沢には身元保証人の責任が認められ、また、原告が被告甲野の本件業務命令違反行為によって損害を負ったことは前記一、二に認定したとおりであるから、被告乙川及び同丙沢の本件身元保証書の文言が無効であるとの主張及び原告に損害の立証がないとする主張並びに被告甲野の義務違反がないとする主張は失当である。
また、被告乙川及び同丙沢は、主債務者たる被告甲野と原告との間の昭和五九年一〇月一日付け歩合外務員契約が期間満了により終了したから、身元保証人の債務も保証債務の付従性により終了した旨の主張をする。しかしながら、歩合外務員契約は数年ごとに更新されながら継続していくものであるところ、昭和五九年一〇月一日付けの歩合外務員契約が期間を一年とするものであるのに、右同日付けの本件身元保証契約の身元保証期間が五年とされていたことに鑑みれば、本件身元保証契約は、歩合外務員契約が更新された場合においても、右保証期間中は効力を有するものとされていたと解するのが相当である。したがって、被告乙川及び同丙沢の右主張も採用することはできない。
さらに、被告乙川及び同丙沢は、原告が身元保証法第三条の通知義務を怠り、被告乙川らに被告甲野が信川に前記のような特例措置をとっていることを知らせなかったために同法第四条に定める解除権を行使する機会を逸したから、原告の損害賠償請求は権利の濫用であると主張する。しかしながら、信川に対する特例措置はそれ自体必ずしも不相当なものであったとはいえないし、また、前記のとおり、これは原告によっても承認されていたのであるから、被告甲野が信川に前記のような特例措置をとっていたことをもって、身元保証法第三条一号にいう「業務上不適任又ハ不誠実ナル事跡」があったとはいえないから、被告乙川及び同丙沢の右主張もまた失当である。
3(事情の斟酌)
そこで、被告乙川及び同丙沢の身元保証法第五条による事情の斟酌の主張について検討する。
前記一、二及び三の1に認定した事実を総合検討すると、被告乙川及び同丙沢は、被告甲野の長年の友人関係にあったことから被告甲野の身元保証人となることにしたのであるが、原告においては、歩合外務員の直属の上司においても歩合外務員にどのような身元保証人がついているかを的確に把握していたものではないこと、また、原告における身元保証契約の方法、身元保証書の提出方法、身元保証人の信用力・財力等の調査方法等が前記のとおりの程度であったことなどに照らせば、原告においては、被告甲野の業務が原告に多大な損害を及ぼす危険性があるにもかかわらず、身元保証をそれほど重視していた形跡は見られず、それゆえ身元保証人たる被告乙川及び同丙沢に対しても、被告甲野の業務の危険性に照らして、身元保証の重要性と責任の重大性について十分な説明をしていなかったことがうかがえる。そうすると、右のような事情に加え、本件損害の発生には前示のとおり原告においても過失が認められること、本件損害額には相場の変動という不確定な事情が加味されていること、その他本件にあらわれた一切の事情を斟酌すると、被告甲野を身元保証した被告乙川及び同丙沢の損害賠償責任は、身元保証法第五条を適用して、損害の公平な分担という観点から、被告甲野の負担すべき損害額の四割に減額するのが相当であり、被告乙川及び同丙沢は、それぞれ被告甲野と連帯して、本件損害額のうち、四一三四万四二〇六円の限度において損害賠償の義務があると認めるのが相当である。
なお、被告乙川に対する訴状送達の日の翌日が昭和六二年一月三〇日であり、被告丙沢に対する訴状送達の日の翌日が同月三一日であることは、記録上明らかである。
(裁判長裁判官宮﨑公男 裁判官井上哲男 裁判官河合覚子)