東京地方裁判所 昭和62年(ワ)4869号 判決 1991年2月22日
原告(反訴被告)
有限会社システム第一設計
右代表者代表取締役
松下重利
右訴訟代理人弁護士
嵯峨清喜
被告(反訴原告)
コンピュータ・ハイテック株式会社
右代表者代表取締役
田口和利
右訴訟代理人弁護士
松井宣彦
主文
一 原告(反訴被告)の各請求をいずれも棄却する。
二 反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)に対し、金四二五万円及びこれに対する昭和六一年六月一三日から支払済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。
三 訴訟費用は本訴反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。
四 この判決の第二項及び第三項は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 本訴
1 請求の趣旨
(一) 被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、金六九八万九九五〇円及びこのうち金五五〇万円に対する昭和六一年四月一日から、金一四八万九九五〇円に対する同年五月一日から、各支払済まで年六分の割合による金員の支払いをせよ。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行宣言
2 本訴請求の趣旨に対する答弁
(一) 主文一項同旨
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
二 反訴
1 請求の趣旨
(一) 主文二項同旨
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
(三) 仮執行宣言
2 反訴請求の趣旨に対する答弁
(一) 被告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 本訴
1 請求の原因
(一) 原告及び被告は、いずれもコンピュータソフトウェアの開発等を業とする会社である。
(二) 被告は、訴外ソニー株式会社(以下「ソニー」という。)から受注したキャプテン文字入力システム(以下「本件システム」という。)のプログラム開発を、更に原告に一括して開発させるにつき、昭和六〇年一一月一八日原告との間において、次のような内容の契約を締結した。
(1) 被告がソニーとの間で作成するシステム設計ないしそれに付随するプログラム仕様書に基づき原告が具体的なプログラムを作成する。
(2) 納期は昭和六一年三月末日までとする。
(3) 報酬は一人一月当たり金五〇万円とし、昭和六二年三月迄の分につきトータルで22.2人月とする。
(4) 右(1)の仕様書等の確定案は、遅くとも昭和六〇年一二月二七日までに提出するものとし、これが遅延した場合には、原告の納期にも影響することを予定する。
(三) 右(1)の仕様書等の確定案の提出は、昭和六一年二月二二日まで遅延したが、その提出の際納期は昭和六一年三月二七日とされた。
(四) 右の遅延により、プログラムの完成も遅延することが明らかとなったので、原告がその旨被告に申し入れたところ、被告は、一〇日間の泊り込み体制の合宿をして仕上げたいとのことであった。そこで、原告は、これに協力することとし、同年三月二一日から同月二九日まで原、被告及びソニーの担当者によって合宿が行われたが、その結果システムの完成不能が確定した。
(五) 右事態を受けて、同年四月一日原告と被告とは、協議した結果、前記契約を次のとおり変更する旨合意した。
(1) 開発費用については、二期分(昭和六一年二月分六人月、三月分六人月の合計六〇〇万円)及び合宿実施手当一一〇万六〇〇〇円の合計七一〇万六〇〇〇円を五五〇万円に減額して被告が原告に速やかに支払う。
(2) 同年四月一日以降原告の業務を被告が引き継ぐ。
(3) 文字情報システムの被告による開発については、原告から労務派遣の形式で人員を出向させて実施する。派遣人員は三人とし、単価はうち二人分五五万円、うち一人分三〇万円とする。
(六) 原告は、同年四月三日三人の出向を開始した。
(七) 被告は、同年四月末日頃右労働派遣契約を一方的に解約したが、原告は、それまでの派遣費用として、一四八万九九五〇円を要した。
(八) よって、原告は、被告に対し、右(五)(1)の五五〇万円及び右(七)の一四八万九九五〇円の合計額と、右五五〇万円に対する昭和六一年四月一日から、また、右一四八万九九五〇円に対する同年五月一日から各支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因事実に対する認否
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 請求原因(二)の契約締結の事実は認める。同(1)は否認する。本件システムに関するシステム設計ないしそれに付随するプログラム仕様書も原告において作成する約束である。同(2)は否認する。納期は当初から昭和六一年三月二七日と確定的な日取りが定められていた。同(3)は否認する。当初は、次の段階の高度の処理機能を持つシステム開発まで含めて報酬額が定められたため、現段階のプログラム作成のみについては報酬額は確定していなかった。同(4)は否認する。
(三) 請求原因(三)は否認する。
(四) 請求原因(四)の事実中ほぼ原告主張の頃本件システム開発のため原告が合宿し、それに被告及びソニーの担当者が協力したこと、原告は右システムを開発することができなかったことは認める。
(五) 請求原因(五)は否認する。(1)については、原告から、前渡金として五五〇万円の請求があったが、被告は、システムを完成した後の話としてこれを拒否している。(2)については、本件システム中文字情報システムにつき、原告が一方的にその開発を放棄したことはある。(3)についは、文字情報システムにつき、原告が引き続き開発を続行したいというので、これに暫時協力したことはある。
(六) 請求原因(六)及び(七)は否認する。
二 反訴
1 請求の原因
(一) 原告と被告とは、本訴請求原因(二)記載の契約を締結した。右契約内容は、原告主張と次の点が異なる。
(1) 被告が完成させるシステムは、文字情報システム及び図形情報システムであり、その範囲は、右の具体的プログラム及びその前提となるシステム設計及びプログラム仕様設計である。
(2) 納期は昭和六一年三月二七日
(3) ソニー及び被告の担当者の立会いによる検査により、実用に供しうる完成されたプログラムであることが認定され、被告において、瑕疵のない完成品としてこれを検収すること
(4) 報酬については次の段階の高度な処理機能のシステム開発まで含めて報酬額が定められたため、現段階のプログラム作成のみについては合意されなかった。
(二) 被告は、同年三月五日原告に対し、本件プログラムの開発報酬の内金四二五万円を前渡金として支払った。
(三) 原告は、右プログラムを完成させず、その開発業務を放棄するに至ったので、被告は、昭和六一年六月一二日到達した内容証明郵便により履行不能を理由として前記契約を解除した。
(四) よって、被告は、原告に対し、原状回復請求権の行使として前記前渡金四二五万円の返還と、これに対する右解除の日の翌日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因事実に対する認否
(一) 請求原因(一)の事実中、契約締結の事実は認める。そのうち(1)は、否認する。完成させるべきシステムの内容が原告に明らかになったのは、昭和六一年二月二二日以降である。(2)は、昭和六一年三月末日頃と漠然と定められていたものである。(3)は否認する。このような合意はなかった。(4)は否認する。本訴請求原因に主張のとおりであり、報酬の支払について、プログラムの完成は条件とされていなかった。
(二) 請求原因(二)の事実中金員の受領は認め、その余は否認する。前渡金として支払を受けたのではない。
(三) 請求原因(三)の事実中原告がプログラムを完成させなかったこと及びその主張の解除の意思表示が到達したことは認め、その余は否認する。
3 抗弁
(一) 仮に原告と被告とが締結した契約が請負契約であり、その履行が不能に帰したとしても、被告主張の前渡金は、右契約の報酬第一期分として、仕事の完成の如何に係わらず支払うとの約束であった。
(二) 仮に原告と被告とが締結した契約が請負契約であり、その履行が不能に帰したとしても、それは被告がソニーとの間で作成するシステム設計ないしそれに付随するプログラム仕様書を適時に原告に提出しなかったことによるものであり、被告の責任によるものである。
4 抗弁事実に対する認否
抗弁事実はいずれも否認する。
第三 証拠<省略>
理由
第一本訴について
一原契約変更の合意の有無について
1 被告が、ソニーから受注したキャプテン文字入力システムのプログラムの作成について、昭和六〇年一一月一八日原告との間において、これを更に原告に一括して開発させる契約を締結したこと、納期は昭和六一年三月と定められていたこと、プログラムの完成が遅延したため、原、被告及びソニーの関係者による合宿が行われたこと及び右プログラムは結局原告によっては完成されなかったことは、当事者間に争いがない。
2 原告は、原告による本件システムのプログラムの開発不能が確定した後、昭和六一年四月一日原、被告間において、開発費用については、二期分及び合宿実施手当合計七一〇万六〇〇〇円を五五〇万円に減額して被告が原告に速やかに支払うこと、同年四月一日以降原告の業務を被告が引き継ぐこと及び文字情報システムの被告による開発につては、原告から労務派遣の形式で人員を出向させて実施し、派遣人員は三人として、単価はうち二人分五五万円、うち一人分三〇万円とすることを合意したと主張し、原告代表者尋問の結果は、これに副う。
しかしながら、被告は、そのような合意がなされたことを否定し、原告は、もともと被告から本件システムのプログラム作成を請け負い、これを完成させる義務を負っていたものであって、そのような立場にある者がその完成をせず、プログラムを引き渡すこともできなかったのに、注文者である被告が、原告に以後その作成義務を免除したり、その間に原告が要した費用まで支払ってやるような不合理なことをする筈はないと主張する。確かに、原告が、プログラムを完成する義務を負っていたのであれば、被告の主張するところももっともであるといえる。
3 そこで、まず、本件システムのプログラム開発に関する契約において、原告が、その完成義務を負っていなかったのかどうかについて、検討する。
この点について、原告は、当初は、むしろ原告が右プログラムの完成義務を負っており、ただ、ソニーの仕様書類の提出が遅れたり、そのシステムについての指示が何度も変更されたりしたため、原告がプログラムを作成できなくなったに過ぎないと主張していたが、後に、もともと原告は、本件プログラムの完成義務を負っておらず、右契約は準委任契約に類すると主張しだした。
そこで、証拠をみると、原告が、右契約において、本件プログラムの完成義務を負っていないことを認めることのできる証拠を見出すことはできないのである。被告は、昭和六一年三月五日にキャプテンシステム開発費第一期分と称する原告の請求に応じ、その要求額である四二五万円を支払っている(当事者間に争いがない事実及び成立に争いのない甲第一号証により認められる。)。しかし、この支払の性格は、約定によるものと見ることもできるが、被告主張のように前渡金と見ることも充分可能であって、この支払のあったことのみで右の原告主張事実を認めることはできない。そして、原告代表者もその尋問の結果においては、右契約は、一括受注であって、原告社内でプログラムを開発するものであるとし、原告が、右プログラムの完成義務を負ったことを前提として供述しており、その義務を負っていたことを否定したことは一度もないことが明らかである。書証を見ても、成立に争いのない甲第八号証や甲第九号証の工程表は、原告が、右プログラムを完成する義務を負っていることを前提として、その完成までのスケジュールを記載した趣旨のものであることが認められるのであるから、これによれば、逆に、原告が契約上プログラムの完成義務を負っていたと認めることができるのである。原告は、キャプテンシステムは、大企業が莫大な資金と労力をかけてようやく完成しうるものであり、原告程度の規模の会社がその完成を約束することなどありえないとの趣旨の主張をする。しかし、原告代表者尋問の結果によっても、本件システムはキャプテンシステムのホストコンピュータにデータを入力するための入力装置に関するシステムであるに過ぎず、キャプテンシステムそのものではないうえに、当時原告に求められていたのは、そのうちの更に一部である三月版システムすなわち文字情報及び図形情報を画面上に作成表示する基本的機能を有するシステムであつたことが認められるのであり、<証拠>によれば、その後、被告において、更に高次のシステムをも含めてその開発を完成させたことが認められるのであるから、原告にその完成が期待できないようなものではなかったというべきである。
その他に、原告が、右プログラムの完成義務を負っていたとの認定に反する証拠はないのである。
4 そうであるとすれば、被告が主張するように、完成義務を負ったプログラムの作成をしなかった者は、債務不履行の責任を負うことはあっても、請負代金の支払を要求することのできないのは当然であり、特段の事情がない限り、そのような立場の者に注文者が、その契約上の義務を無条件で免除し、更に、それまでに要した費用を支払ってやるなどという合意をする筈はない。原告代表者は、その尋問の結果において、プログラムが完成していなくとも、発注者の指示に従って作業をしていれば、期限内に一応指示された範囲内の作業は約束を守って行ったのであるから、作業をした分についてコンピュータソフトウェア代金を請求できると考える旨供述するが、請負契約に関する一般の常識に反する発言であり、ソフトウェアの開発を行う原告や被告の業界においては、一般の常識と異なり、請負契約であり、仕事の完成がなくとも、報酬を支払う慣行があるような事実は証人若林勝文及び同本木和男の証言に照らしてもおよそ認めることができないから、右原告代表者の尋問の結果はその独自の見解という他はなく、採用することができないのである。
5 原告は、その主張のような合意が成立した理由として、ソニーからの本件システムに関する仕様書類の提出が遅れ、更に、その指示が度々変わり、その変更のため、従来作成したプログラムが無駄になったりしたことによるとの趣旨の主張をする。しかし、このような事実は、プログラムの作成が遅延したことにつき、その責任を免除するための根拠とはなり得ても、以後プログラムの完成義務自体を免除してしまうということについての根拠となるものでないことは当然である。
6 原告代表者尋問の結果によると、被告は、昭和六一年四月一日には、原告代表者との話し合いで、五五〇万円を支払うと約束していながら、その後何の事情の変更もないのに、同月末にはこれを支払わないと返答するという矛盾した行動をとったことになる。被告が何故そのような矛盾した行動をとったのかについての合理的な説明はないし、またその説明は困難という他はない。
7 前記合意が成立したという主張に副う原告代表者尋問の結果は、以上に示したところと、反対趣旨の<証拠>に照らし到底採用できず、他に右事実を認めるべき証拠はない。
二結論
そうすると、原告の本訴請求は、その根拠とする合意の成立が認められない以上、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却すべきである。
第二反訴について
一請求原因について
1 被告が、ソニーから受注したキャプテン文字入力システムのプログラムの作成について、昭和六〇年一一月一八日原告との間において、これを更に原告に一括して開発させる契約を締結したこと、納期は昭和六一年三月と定められていたが、右プログラムは結局原告によっては完成されなかったことは、前記のとおり当事者間に争いがない。
2 原告は、右契約において、右プログラムの完成義務を負ったものであることは、第一において認定したとおりであり、被告が、同年三月五日原告に対し、本件プログラムの開発報酬の内金として四二五万円を支払ったこと、被告が、昭和六一年六月一二日到達した内容証明郵便により履行不能を理由として前記契約を解除したことは当事者間に争いがない。
3 そうすると、請負契約において、仕事の完成がされないまま契約が解除された以上、請負人は、その報酬を請求することはできないこととなるから、既に報酬として受け取った分があるときは、原状回復義務の履行として、これを返還すべきであり、原告は、被告に対し、その受領した金四五〇万円とこれに対する契約解除の日の翌日である昭和六一年六月一三日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務があることとなる。
二抗弁について
1 抗弁(一)について
(一) 原告は、その受領した報酬は、被告との契約においてその報酬第一期分として、仕事の完成の如何に係わらず支払うとの約束があり、これに基づくものであると主張する。
(二) 成立に争いのない甲第七号証の議事録の(8)には、開発費の支払は二月(三〇%)四月(三〇%)五月(四〇%)の三分割でお願いしたいとの記載がある。この議事録がその作成当時被告に届けられたか否かについては争いがあるが、仮にこれを当時被告側が見ていたとしても、右記載によっては、原告が本件プログラムを完成することを当然の前提として、その場合に支払われる報酬の前払いについて原告が要望したに過ぎないものとみることも充分可能であるから、これをもって、原告の主張の決め手とすることはできない。
(三) 甲第七六号証において原告代表者は、四二五万円は、業務報酬として受領したもので、前渡金などとは聞いていないと記載しているが、原、被告間の契約が請負契約である限り、仕事の完成前に受領した報酬は前渡金の性格を持たざるを得ず、右記載は採用できない。逆に、右金員が仕事の成功如何に係わらず支払われる報酬であることを特に約束したとは原告代表者も記載していないし、その尋問の結果においても、そこまでの合意があったとは述べていない。その他に、原告主張の特約の存在を認めることのできる証拠はない。
(四) そうすると、抗弁(一)は、そこで主張する特約の存在が認められないから、理由がないこととなる。
2 抗弁(二)について
(一) 原告は、本件プログラムの作成業務の履行が不能に帰したのは、被告がソニーとの間で作成するシステム設計ないしそれに付随するプログラム仕様書を適時に原告に提出しなかったことによるものであり、被告の責任によるものであると主張する。
(二) しかし、原告の右主張は、前記のように、本件プログラムの作成が遅延したことの理由付けにはなりえても、およそ本件プログラムを作成することができなかった結果となったことの理由付けになるものではない。証人若林勝文の証言によれば、本件においては、被告は、原告が右プログラムの作成から手を引いた後、相当の日時は要したものの独自にこれを完成してソニーに納入したことが認められるのであり、当初の契約期限が経過したからといって、原告においてその作成をすることが不可能となったというような事情はなかったものといわなければならず、仮に被告側に仕様書の提出の遅延があったとしても、その事由をもって、原告の債務の履行不能についての帰責事由とすることはできないといわなければならない。
(三) のみならず、原告が主張する事由自体についても、以下のとおり、その存在を認めることはできない。
すなわち、原告は、その請け負った債務には、具体的なプログラムを作成することのみが含まれ、システム設計及びプログラム設計は含まれておらず、これらは被告側が提供する約束であったところ、その提供が遅延したというのであるが、原告の債務のうちにプログラム設計が含まれていたことは、原告代表者がその尋問の結果において自認するところである。また、システム設計についても、<証拠>によれば、原告は、本件システムの開発工程として、仕様検討、基本設計からプログラム設計、コーディング、デバック、ドキュメント作成までを考えていたことが認められ、このうち仕様検討とは、まさにシステム設計のことなのである(証人若林勝文の証言により認める。)から、これも、原告の請け負った債務に含まれていたと優に認めることができるのである。
そうすると、原告としては、システム設計及びプログラム設計は、その自ら行うべき作業なのであるから、被告側からその提供されるのを待つ等ということは有り得ないものといわなければならない。
(四) もっとも、原告は、システム設計をするための要求仕様自体を被告側が提供しなかったとも主張している。しかし、ソニーは、昭和六〇年一一月一八日ないしこれに近接した日時に「キャプテンITE仕様書」(乙第二号証)、「ITE仕様説明書」(乙第三号証)及び「キャプテン情報入力装置操作法説明書」(乙第四号証)を交付したものであることは原告が争わないところである。原告は、これらが指図として不十分なものであったと主張するのであるが、乙第二号証においては、第1・1項でシステム機能概要の記載がされ、第1・2項において文字情報、図形情報及びACE画面情報の各作成機能について個別の機能毎に「こういうことが実現できる。」という一応の要求が記載されていること、乙第三号証においては、FCU一〇〇〇による図形入力処理についての取決め等について記載がされ、乙第四号証には、日本電気株式会社のキャプテン情報入力装置の操作法手順が詳細に記載されていることがそれぞれ認められる。これらによれば、乙第二号証においては、個々の機能についてどのようなことが実現したいかが一応把握できる程度に記載され、乙第三号証においては、FCU一〇〇〇というソニーのハードウェアに依存する機能の実現に必要な取決めについての説明がされ、乙第四号証においては、個別の機能をどのように組み立てて全体的な処理の流れを構成するかについての一応の要求が示されていると認められるのであり、このことと、証人若林勝文及び同本木和男の証言により、右各資料の交付に際し、詳細な説明が原告側に対し行われたことが認められることに照らせば、右各資料は、これをもって優に本件システムについて開発作業に入るための要求仕様書に当たるものと認められるのである(もっとも、右記載内容は、なお相当に概括的なものではあることを免れないが、およそシステム開発を一括して請け負った者であれば、ある程度概括的なものであっても、それがどのようなことを実現したいのかが把握できる程度のものである限り、注文主に発問し、提案する等してプログラム開発が可能となる程度まで右要求を具体化していくことはその職務内容に属するものというべきである。本件において、原告側が、右の各資料を受け取って後ソニーに対しそうした働き掛けを一切しなかったことは一部原告代表者の自認するところであり、証人本木和男の証言により、これが認められるところでもある。)。
(五) また、原告は、ソニーが仕様変更を頻繁に行い、その為に原告の作業量が著しく増大したことをも履行不能の一因としてあげる。しかし<証拠>によれば、仕様変更があったとの主張のされている多くの項目は、本件三月版システムの開発項目に入っていないものであるし、入っているものについても、各資料間の説明の相違は、これによって機能そのものの仕様の変更を来すものは殆どなく、機能の実現方法における相違が大部分であると認められる。そして、機能をどのように実現するかはシステム設計の内容であり、これは、前認定のように原告の行うべきことなのであるから、原告は、ソニー側からの資料に疑問があれば、これを指摘し、疑問点を解消してシステムの完成を図るべきであったのであり、提供された資料の間に相違があったからといって、被告側が何らかの責めを負わなければならないとはいえない。
3 結論
そうすると、抗弁(二)も理由がないこととなる。
第三結論
以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、被告の反訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官中込秀樹)