東京地方裁判所 昭和62年(ワ)6846号・昭63年(ワ)9856号 判決
第一 本訴請求について
一 請求原因事実は当事者間に争いがないので、以下抗弁について検討する。
二 抗弁(一)ないし(三)は当事者間に争いがなく、右争いのない事実と成立に争いのない甲第二号証によれば、本件発明の構成要件は、抗弁(三)の(1)ないし(6)のとおりであると認められる。
三 原告が業として原告製品(一)ないし(三)を製造販売していたことは当事者間に争いがない。そして、原告は、本件判決の結論いかんによつては、原告製品(一)ないし(三)の製造販売を再開する予定であることを自認している。
四 そこで、原告の原告製品(一)ないし(三)の製造販売行為が本件特許権の侵害を構成するか否かについて判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証によれば、(1)本件発明は、頭髪の部分的な脱毛状態を隠蔽する際に使用する部分かつらに関するものであるところ、従来、部分かつらを頭部の所望位置に止着する手段としては、脱毛部分に直接部分かつらを止着する場合と、脱毛部周辺の頭髪に部分かつらを止着する場合とがあつたが、本件発明は、後者に関するものであつて、従来提供されていたものと異なつた、特許請求の範囲のとおりの構成を採用し、これにより、止着部材を反転するだけの簡単な操作で部分かつらを装着することができ、しかも、脱毛部周辺の毛髪、つまり、自毛に保持させるので、激しい運動を行つたり、頭部に汗をかいたりしても、容易に脱落することはなく、また、簡単な操作で、部分かつらを頭部から取り外すことができるので、頭部を洗つたり、あるいは、部分かつらを洗つたりすることが容易に行えるという作用効果を奏するものであること、(2)本件発明の「摩擦部7」に関して、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、「上記止着部材3は、第2図に示すように、かつら本体2の周辺部に取り付けられた彎曲反転部材5と、該彎曲反転部材5の一方の脚片5aに櫛歯状に形成連設された多数の突片6と、上記彎曲反転部材5の反転により多数の突片6と係脱する他方の脚片5bよりなる摩擦部7とで構成されている。」(本件公報一頁二欄一八行ないし二四行)、(前記摩擦部7は、第2図に示すように摩擦を生じさせ易いゴム材料からなり、前記突片6の下方にその突出方向と直交する方向に帯状に形成された彎曲反転部材5の反転に伴い、突片6と係脱するようになつている。本実施例にあつては、彎曲反転部材5の他方の脚片5bの上面にゴム板を貼着して形成したものであるが、これに代え、かつら本体2の相応面上に直接ゴム板等を貼着して形成してもよく、また、かつら本体2の相応面を粗面とし直接摩擦部7を形成することとしてもよい。この摩擦部7と突片6との間には彎曲反転部材5の反転運動に伴い、脱毛部周辺の毛髪すなわち自毛が挟持されることになる。」(本件公報二頁三欄一五行ないし二八行)と記載されていること、以上の事実が認められる。右認定の事実に基づいて考察するに、本件発明の部分かつらに用いられるような部材は、程度の差こそあれすべて摩擦力を有するのであるから、本件発明が特に「摩擦部」なる用語を用いた部材を構成要素としたのは、一般的にいつても、当該部材が他の部材に比較して摩擦力において優るものであることを意味するものと解されるところ、現に、前認定のとおり、本件発明の「摩擦部7」は、実施例にあつては、彎曲反転部材5の他方の脚片5bの上面にゴム板を貼着したものであるが、これに代えて、かつら本体2の相応面上に直接ゴム板等を貼着して形成したものでもよく、また、かつら本体2の相応面を粗面とし直接摩擦部7を形成したものでもよく、この構成とそのほかの構成とが相まつて前認定の作用効果を奏するというのであつて、本件発明にいう「摩擦部7」は、少なくとも他の部材に比較して摩擦力において優るものをいうものと認めるのが相当である。この点に関して、被告は、本件発明の「摩擦部7」は、彎曲反転部材5の反転運動に伴い前記多数の突片6と係脱すること自体をその構成要素とするものであつて、かかる構成を有し、この摩擦部7と突片6との間には彎曲反転部材5の反転運動に伴い脱毛部周辺の自毛が挟持されるような作用を奏するものであれば、形状その他の具体的構成のいかんを問わないから、金属材料で形成した他方の脚片5bそのものでもよい旨主張するが、本件発明の「摩擦部7」の意義は、前説示のとおりであつて、被告の右のような解釈は、本件明細書においてその構成を具体的に明示して本件発明の構成要件とした「摩擦部7」を、構成要件から除外するに等しいものであり、したがつて、被告の右主張は、採用することができない。また、被告は、本件明細書に、「上記彎曲反転部材5の反転により多数の突片6と係脱する他方の脚片5bよりなる摩擦部7とで構成されている」(本件公報一頁二欄二一行ないし二四行)と記載されているとおり、他方の脚片5bは、摩擦部に含まれ、しかも、剛性であつて、ゴム材料又はこれに類するものではない旨主張するが、右の「他方の脚片5bよりなる摩擦部7」の説明として、本件明細書には、前認定のとおり、「前記摩擦部7は、第2図に示すように摩擦を生じさせ易いゴム材料からなり、………本実施例にあつては、彎曲反転部材5の他方の脚片5bの上面にゴム板を貼着して形成したものである」と記載されており、右記載内容によれば、右の「他方の脚片5bよりなる摩擦部7」は、「他方の脚片5bの上面にゴム板を貼着して形成した摩擦部7」の趣旨であることが明らかであり、したがつて、被告の右主張も、採用の限りでない。
2 他方、原告製品(一)及び(二)を示すものとして当事者間に争いのない別紙目録(一)及び(二)の記載によれば、原告製品(一)及び(二)は、ピン本体6´の反転に伴つて該くし部材8´、8´は、その一側面が支脚5´の表面に圧着し、また、該くし部材8´、8´の他側面には上記くし部材7´が圧着し、そして、上記ピン本体6´が反転したとき、上記支脚5´と上記くし部材8´、8´の間9´には、脱毛部周辺において支脚5´と交叉する方向に延びる毛髪が捕捉されて挟圧保持され、また、該くし部材8´、8´と上記くし部材7´の間に10´には支脚5´に沿う方向に延びる毛髪が捕捉されて挟圧保持され、脱毛部周辺の毛髪を縦横に重ねて挟着するよう構成された構造であつて、支脚5´、くし部材7´、くし部材8´、8´が毛髪を挟圧保持するものであるところ、被告は、右支脚5´、くし部材8´、8´が本件発明の構成要件(4)にいう「摩擦部7」に相当する旨主張する。しかしながら、右の別紙目録(一)及び(二)の記載によれば、支脚5´はステンレス薄板で作られ、また、くし部材8´、8´はステンレス細線で作られており、ゴム材料を使用するものでないことはもち論のこと、積極的に摩擦力を高めるための何らかの加工も施されておらず、他の部材と同じ材料で作られているものであつて、特に、他の部材に比較して摩擦力において優るものではないから、本件発明の構成要件(4)にいう「摩擦部7」に相当するものとは認められない。そうすると、原告製品(一)及び(二)は、本件発明の構成要件(4)に相当する構造を具備しないものといわざるをえない。
3 また、原告製品(三)を示すものとして当事者間に争いのない別紙目録(三)の記載によれば、原告製品(三)においては、くし部材29´は、かつら用ピン21´の反転に伴つて外向くし部26´及び折返しくし部28´が支脚の表面にそれぞれ圧着するものであつて、原告製品(三)がかつらの本体内面に取り付けられ、反転したとき、脱毛部周辺の毛髪を外向くし部26´及び折返しくし部28´と支脚23´との間で挟圧保持するよう構成された構造のものであるところ、被告は、右支脚23´が本件発明の構成要件(4)にいう「摩擦部7」に相当する旨主張する。しかしながら、右の別紙目録(三)の記載によれば、支脚23´はステンレス薄板で作られており、ゴム材料を使用するものでないことはもち論のこと、積極的に摩擦力を高めるための何らかの加工も施されておらず、他の部材と同じ材料で作られているものであつて、特に、他の部材に比較して摩擦力において優るものではないから、本件発明の構成要件(4)にいう「摩擦部7」に相当するものとは認められない。そうすると、原告製品(三)も、本件発明の構成要件(4)に相当する構造を具備しないものといわなければならない。
4 以上によれば、原告製品(一)は、本件発明の技術的範囲に属しないものであり、また、原告製品(二)及び(三)は、本件発明に係る部分かつらの製造にのみ使用するものとはいえないから、原告製品(一)ないし(三)の製造販売行為は、いずれも本件特許権を侵害するものではないというべきである。
五 したがつて、被告は、本件特許権に基づき、原告に対し、原告製品(一)ないし(三)の製造販売の差止を求める権利を有しないものである。
第二 反訴請求について
第一で判示したとおり、被告は、原告に対し、原告製品(一)ないし(三)の製造販売の差止を求める権利を有しないものであるから、被告の反訴請求は、理由がない。
第三 結論
よつて、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容し、被告の反訴請求は、理由がないから、これを棄却することとする。
〔編注1〕本件における請求の原因は左のとおりである。
(一) 被告は、原告に対し、主文一項記載の特許権に基づき、原告の原告製品(一)ないし(三)の製造販売行為について差止請求権を有すると主張している。
(二) よつて、原告は、右差止請求権の存在しないことの確認を求める。
〔編注2〕本件における抗弁は左のとおりである。
(一) 被告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有している。
特許番号 第九八六一五〇号
発明の名称 部分かつら
出願日 昭和五一年九月三〇日
公告日 昭和五四年六月二五日
登録日 昭和五五年二月七日
(二) 本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当項記載のとおりである。
(三) 本件発明の構成要件は、次のとおりである。
(1) 柔軟性に富む適宜肉厚の材料からなるかつら本体2(本件発明についての番号及び記号は、本件公報記載のものを指す。以下同じ。)の外面に多数の毛髪4を植設すると共に内面の任意位置に数個の止着部材3を有してなる部分かつらにおいて、
(2) 前記止着部材3が反転性能を有する彎曲反転部材5と、
(3) 該彎曲反転部材5に櫛歯状に形成連設された多数の突片6と、
(4) 前記彎曲反転部材5の反転運動に伴い前記多数の突片6と係脱する摩擦部7とからなり、
(5) 各突片6が彎曲反転部材5の反転に伴い倒伏したとき摩擦部7との間に脱毛部周辺の毛髪を挟圧保持する構成とした、
(6) 部分かつら。
(以下省略)