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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)6869号 判決 1991年2月22日

原告

株式会社アデランス

被告

大谷春美

主文

一  被告は、原告に対し、二一二万円及びこれに対する昭和62年6月12日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを七分し、その一を被告、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一五四六万六一二一円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有する。

特許番号 第986150号

発明の名称 部分かつら

出願 昭和51年9月30日

出願公告 昭和54年6月25日

登録 昭和55年2月7日

2(一)  本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当項記載のとおりである。

(二)  本件発明の構成要件は、次のとおりである。

A 柔軟性に富む適宜肉厚の材料からなるかつら本体の外面に多数の毛髪を植設するとともに、内面の任意位置に数個の止着部材を有してなる部分かつらにおいて、

B 前記止着部材が反転性能を有する彎曲反転部材と、

C 該彎曲反転部材に櫛歯状に形成連設された多数の突片と、

D 前記彎曲反転部材の反転運動に伴い前記多数の突片と係脱する摩擦部とからなり、

E 各突片が彎曲反転部材の反転に伴い倒伏したとき、摩擦部との間に脱毛部周辺の毛髪を挟圧保持する構成としたことを特徴とする部分かつら。

3  被告は、訴外浅野清人(以下「浅野」という。)と共謀のうえ、昭和59年11月ころから同60年11月ころまでの間、止着部材五六〇個を製造し、浅野をして、これを部分かつらに使用させて、別紙目録記載の部分かつら(以下「被告製品」という。)合計一四〇個を製造販売せしめた。

4  被告製品の構造は、次のとおりである。

a 合成樹脂材で低い凸面状に形成するとともに、中央部に網状に形成したネツト部111(番号は、別紙目録記載のものを指す。被告製品について以下同じ。)を設けて形成した薄肉皮殻12の凸状外面に毛髪14を設け、薄肉皮殻12の内側部を形成する凹状内面の開口周縁近部であつて当該開口周縁をほぼ四等分する位置に、対向して対をなす四個の止着部材13を設け、

b 当該止着部材13を、巾状の薄板金属を長円形に形成するとともに、長軸上にほぼ同一巾板の中枠112を鋲着して形成した止着基台15を設けて形成し、該止着基台15の対向する外枠113、114を同一方向に凸面をなして彎曲する彎曲反転部材に形成するとともに、

c 一方の外枠113に長方形状の角筒に形成した軟質の合成樹脂材からなる摩擦部材17を被覆して設け、

d 対向する他の外枠114の表面に隔接して溶着し、櫛歯状に形成した金属線よりなる九本の突片16を設け、該突片16を外枠114の端縁で立ち上がらせるとともに、中枠112に向いて負の勾配をもつて斜傾して形成するとともに、当該個所で正の勾配をもつて斜傾して形成し、外枠113と相互圧力をもつて接触させ外枠113の外側縁で先端部を負の勾配で折曲し、先端縁に玉状のすべり部115を設けて形成するとともに、

e 前記止着基台15と中枠112の結接個所に軟質の合成樹脂材で形成し、該止着基台15の長軸上の外側に伸延する巾状片に形成した取付部材116を鋲着して設けて形成し、該取付部材116を薄肉皮殻12に糊着して固定するとともに、

f 前記突片16が外枠113、114の反転に伴い倒伏したとき、摩擦部材17との間に脱毛部周辺の毛髪を挟圧保持するように形成した部分かつら。

5  本件発明と被告製品とを対比すると、次のとおりである。

(一) 被告製品の構造aの「薄肉皮殻12」及び「止着部材13」は、本件発明の構成要件Aの「かつら本体」及び「止着部材」に相当する。もつとも、被告製品の構造aの「薄肉皮殻12」は、その材質及び形状が限定されている。また、被告製品の構造aの「止着部材13」は、位置及び数が限定されている。しかし、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、「部分かつら1は、適宜肉厚の軟質合成樹脂材あるいは布材等の柔軟性に富む材料で形成された部分かつら本体2と、該かつら本体2の内面の任意位置に附設された数個の止着部材3とからなつている。」(本件公報一頁2欄九行ないし一三行)、「先ず、各止着部材3の彎曲反転部材5を第3図に示すように、反転させて突片6の各先端部が摩擦部7から仰起離脱させたうえで頭部の所要位置に載置する。」(同二頁4欄一一行ないし一五行)と記載されており、右記載並びに本件発明の特許出願の願書添付の図面中、第1図及び第3図によれば、被告製品の構造aの「薄肉皮殻12」及び「止着部材13」は、本件発明の構成要件Aの「かつら本体」及び「止着部材」に該当するものと認められる。そうすると、被告製品の構造aは、本件発明の構成要件Aを充足するものというべきである。

(二) 被告製品の構造bの「止着基台15」は、本件発明の構成要件Bの「彎曲反転部材」に相当する。ところで、被告製品の構造bの「止着基台15」は、「中枠112」を具備している点において、本件発明の構成要件Bの「彎曲反転部材」と相違している。しかし、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、「この彎曲反転部材5を保持させている反転性能は、本実施例においては、前記薄板を予めU字状に形成しておき、その両自由端を互に内方に索引して両自由端に形成された内向突片を互に重合固定することにより、彎曲状態に形成して反転し得るようにして賦与されたものである。」(本件公報一頁2欄三四行ないし二頁3欄二行)と記載されており、右記載並びに願書添付の図面中、第1図、第2図及び第5図によれば、本件発明の構成要件Bの「彎曲反転部材」は、脚片5aと脚片5bの彎曲線に沿う長さが閉鎖枠に組枠された長軸上の長さよりも長く形成されているものと認められる。これに対して、被告製品の構造bの「外枠113、114'」も、彎曲反転するようにするため、閉鎖枠に組枠したとき、彎曲面に沿う外枠113、114の長さが長軸上の中枠112の長さよりも長くされている。右の対比から明らかなように、被告製品は、彎曲反転するためには、右本件発明のような構成を採りさえすれば足り、中枠112自体、特に具備する必要はないのである。したがつて、被告製品の構造bは、本件発明の構成要件Bを充足するものというべきである。

(三) 被告製品の構造dの「突片16」は、本件発明の構成要件Cの「突片」と同じく「櫛歯状」に形成されている。ただ、その数は、本件発明の「突片」は、「多数」であるのに対し、被告製品の「突片16」は、「九本」である。ところで、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、「突片6は、第2図に示すように、前記反転部材5と同様に金属等の剛性に富む材料例えば鋼線材を屈曲、捻曲加工して櫛歯状に形成し、各先端を自由端として後端部を前記彎曲反転部材5の一方の脚片5aに溶接等の接着方法により固着されている。」(本件公報二頁3欄三行ないし八行)、「櫛歯状に形成された各突片6が彎曲反転部材5の反転運動に伴い、その先端部を起伏させて倒伏状態において、その先端部と摩擦部7との間に介入する脱毛部周辺の毛髪、つまり、自毛を挟持するものである。」(同二頁3欄三三行ないし三七行)、「突片6が摩擦部7との間に介入している自毛を挟圧保持することとなり、部分かつら1が頭部の所望位置に定着固定される。」(同二頁4欄二一行ないし二四行)と記載されており、右記載及び願書添付の全図面によれば、本件発明の構成要件Cの「多数」は、九本ないし一〇本を中心的な本数と想定しているものと認められる。

なお、被告製品の構造dの「突片16」の形状の限定は、「突片16」と外枠の「摩擦部材17」との接触を毛髪の挟持に適したものにするための設計上任意に選択することのできる事項である。したがつて、被告製品の構造dの「突片16」は、たとえ、本件発明の構成要件Cの「突片」と形状の差異があるとしても、その効果上の差異は微細であつて、両者は、均等の域を出ないものである。

以上のとおりであるから、被告製品の構造dは、本件発明の構成要件Cを充足する。

(四) 被告製品の構造cの「摩擦部材17」は、本件発明の構成要件Dの「摩擦部」に相当する。ところで、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、「前記摩擦部7は、第2図に示すように摩擦を生じさせ易いゴム材料からなり、前記突片6の下方にその突出方向と直交する方向に帯状に形成され彎曲反転部材5の反転に伴い、突片6と係脱するようになつている。本実施例にあつては、彎曲反転部材5の他方の脚片5bの上面にゴム板を貼着して形成したものであるが、これに代え、かつら本体2の相応面上に直接ゴム板等を貼着して形成してもよく、また、かつら本体2の相応面を粗面とし直接摩擦部7を形成することとしてもよい。この摩擦部7と突片6との間には彎曲反転部材5の反転運動に伴い、脱毛部周辺の毛髪すなわち自毛が挟持されることになる。」(本件公報二頁3欄一五行ないし二八行)、「櫛歯状に形成された各突片6が彎曲反転部材5の反転運動に伴い、その先端部を起伏させて倒伏状態において、その先端部と摩擦部7との間に介入する脱毛部周辺の毛髪、つまり、自毛を挟持するものである。」(同二頁3欄三三行ないし三七行)と記載されており、右記載及び願書添付の図面中、第1図ないし第3図と、被告製品の構造dの「外枠113と相互圧力をもつて接触させ」る構造とを併せみると、本件発明の構成要件Dの「摩擦部」と被告製品の構造cの「摩擦部材17」との差異は、設計上の微差であつて、両者は、均等の域を出ないものと認められる。したがつて、被告製品の構造cは、本件発明の構成要件Dを充足する。

(五) 被告製品の構造fは、本件発明の構成要件Eと一致している。

(六) 被告製品の構造eについて検討する。

本件発明の「止着部材」は、本件明細書の発明の詳細な説明の項の「さらに、止着部材3は、本発明の実施例においては、突片6の先端部がかつら本体2の中央部に向けられるように、かつら本体2の周辺部に附設されているが、これに代え、突片6の先端部がかつら本体2の周縁部に沿うように向きを代えて附設されるものであつてもよい。」(本件公報二頁3欄三七行ないし四二行)という記載からみて、かつら本体の周縁部に附設されるものであるが、その附設手段を具体的なものに限定するような記載はない。したがつて、被告製品の構造eの「取付部材116」のような附設手段を採ることもできるのである。また、仮に被告製品の附設手段が本件発明の附設手段にない特有の取付効果を有するとしても、被告製品の附設手段は、慣用的な手段と認められ、その効果上の差異も、微差にすぎないものと認められる。被告製品は、右(一)ないし(五)のとおり、本件発明の構成要件をすべて充足するのであるから、たとえ、被告製品の構造eの「取付部材116」の附設手段に特有の効果があるとしても、被告製品が本件発明の技術的範囲に属することを左右するものではない。

(七) 以上のとおりであるから、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属する。

6(一)  被告は、本件特許権を侵害するものであることを知りながら、前3のとおり、浅野と共謀のうえ、浅野をして、被告製品一四〇個を製造販売せしめた。ところで、原告は、被告製品と同様の商品を一個当たり五五万円で販売しているところ、被告の右被告製品の販売行為により、原告の商品の売上が七七〇〇万円相当減少した。そして、原告の商品の売上価額に占める利益の率は、一六パーセントであるから、原告は、右売上価額の一六パーセントに当たる一二三二万円の損害を被つた。

(二)  原告は、右侵害事実調査のための費用四万五〇〇〇円、弁護士費用二〇四万円、弁理士費用五五万二〇〇〇円、刑事告訴に伴う出張旅費等五〇万九一二一円、合計三一四万六一二一円相当の損害を被つた。

7  よつて、原告は、被告に対し、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

請求の原因1及び2は知らない。同3は否認する。同4及び5は知らない。同6は否認する。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  成立に争いのない甲第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証によれば、請求の原因1の事実が認められる。

二  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証によれば、請求の原因2の(一)及び(二)の事実が認められる。

三  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三号証、第四号証、第五号証の一ないし四、前掲甲第一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、(一)浅野は、有限会社テンアートの代表取締役として、昭和58年5月6日の同社設立以来、顧客に男性用又は女性用の頭髪の部分かつらの販売業務に従事していたところ、同59年11月ころ、男性かつらの販売等を営んでいた被告に対し、部分かつらの止着部材の購入を申し込んだ、(二)被告は、当初、浅野に対し、止着部材を使用した部分かつらは本件発明の技術的範囲に属するおそれがある旨告げて、浅野の右申込みを断つていたが、同人の懇請に負け、販売によつて生じる責任を負わない旨断つたうえ、止着部材の販売を承諾した、(三)被告は、同年11月ころから昭和60年8月ころまでの間、塩尻エンジニアリングと称する会社から、止着部材を単価六〇〇円で合計五六〇個購入し、これらをすべて有限会社テンアート及び浅野に単価一〇〇〇円で販売した、(四)有限会社テンアート及び浅野は、右止着部材のうち一六七個を同社の部分かつらに取り付けて別紙目録記載のとおりの被告製品四〇個を製造し、単価三〇万円で販売し、その余の止着部材は単体で卸売りしたり、小売販売したりした、(五)有限会社テンアート及び浅野は、原告から、被告ともども本件訴訟を提起されたが、平成元年7月28日、原告との間で訴訟上の和解をした、(六)有限会社テンアート及び浅野は、同人らが販売していたのが被告製品であることを認めている、以上の事実が認められる。右認定の事実によれば、被告の止着部材の販売行為は、少なくとも、有限会社テンアート及び浅野の被告製品四〇個の製造販売行為の幇助に当たるものと認められる。

四  そこで、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて判断する。

1  前掲甲第二号証によれば、本件発明の内容について、(一)本件発明は、頭髪の部分的な脱毛状態を陰蔽する際に使用する部分かつらに関するものである、(二)頭髪が部分的に脱毛しているときに、これを部分かつらによつて陰蔽することはしばしば行われるところであるが、この場合に、平静時はもち論、激しい運動を行う場合にも、部分かつらによる陰蔽状態が確実に維持されなければならないところ、部分かつらを頭部の所望位置に止着する手段としては、従来、脱毛部分に直接部分かつらを止着する場合と、脱毛部分周辺の頭髪に部分かつらを止着する場合があつたが、本件発明は、後者、すなわち、脱毛部分周辺の頭髪である自毛に部分かつらを止着する場合のものに係るものであつて、従来提供されているものとは異つた構成により、取付け、取外し操作が容易で、特に、止着時に激しい動作をしても離脱することのないものの提供を目的としたものである、(三)本件発明は、右目的を達成するため、特許請求の範囲のとおりの構成を採用したものである、(四)そして、本件発明は、右構成を採用したことにより、止着部材を反転するだけの簡単な操作で部分かつらを装着することができ、しかも、脱毛部周辺の毛髪である自毛に保持させるので、激しい運動を行つたり、頭部に汗をかいたりしても、容易に脱落することがなく、また、簡単な操作で部分かつらを頭部から取り外すことができるので、頭部を洗つたり、あるいは、部分かつらを洗つたりすることを容易に行うことができるという効果を奏する、以上の事実が認められる。これに対して、被告製品は、別紙目録記載のとおりであつて、その構造は、請求の原因4のとおりであると認められる。

2  本件発明の構成要件及び被告製品の構造に基づき、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて判断する。

(一)  本件発明の構成要件Aを充足するかどうかについて

被告製品の構造aの「薄肉皮殻12」は、本件発明の構成要件Aの「かつら本体」に相当するものと認められる。ところで、本件発明の「かつら本体」は、「柔軟性に富む適宜肉厚の材料からなる」ものであるが、前掲甲第二号証によれば、右材料は、本件明細書において、具体的には、「軟質合成樹脂材あるいは布材等」(本件公報一頁2欄一〇行)が挙げられていることが認められるところ、被告製品の「薄肉皮殻12」は、「合成樹脂材で低い凸面状に形成する」というのであるから、本件発明の「柔軟性に富む適宜肉厚の材料」に当たるものと認められる。そして、被告製品は、「薄肉皮殻12の凸状外面に毛髪14を設け」ているが、別紙目録の図面の記載上、その毛髪14は、本件発明と同様、「多数」であると認められる。また、被告製品は、被告製品の構造aに記載の位置に四個の止着部材13を設けているところ、本件発明は、「任意位置」に止着部材を設けるというのであり、かつ、前掲甲第二号証によれば、本件発明の実施例の止着部材の数は四個であることが認められるから、被告製品の四個の止着部材13は、本件発明の「数個の止着部材」に該当するものと認められる。なお、本件発明の構成要件Aにおいては、止着部材の構成についての限定はない。以上によれば、被告製品は、本件発明の構成要件Aを充足するものというべきである。

(二)  本件発明の構成要件Bを充足するかどうかについて

被告製品の構造bの「止着基台15」は、本件発明の構成要件Bの「彎曲反転部材」に相当するものと認められる。ところで、本件発明の特許請求の範囲の記載によると、本件発明は、前記止着部材が「反転性能を有する彎曲反転部材」からなることをその構成とするものであるところ、被告製品は、止着部材13を形成している止着基台15が「彎曲する彎曲反転部材」からなるものであり、かつ、その構造に照らし、「反転性能を有する」ものと認められる。したがつて、被告製品は、本件発明の構成要件Bを充足するものというべきである。

(三)  本件発明の構成要件Cを充足するかどうかについて

被告製品の構造dの「突片16」は、本件発明の構成要件Cの「突片」に相当するものと認められる。ところで、本件発明の「突片」は、「彎曲反転部材に櫛歯状に形成連設された」ことをその構成とするものであるところ、被告製品の「突片16」は、別紙目録の記載によると、本件発明の彎曲反転部材に相当する止着基台15に櫛歯状に連設されているものと認められる。また、本件発明の「突片」は、「多数」設けられているとするものであるが、前掲甲第二号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、実施例として、「突片6は、第2図に示すように、……櫛歯状に形成し、」(本件公報二頁3欄三行ないし五行)と記載され、願書添付の図面中、第2図(同三頁第2図)には、突片が一〇本のものが図示されていることが認められるところ、実施例に限定すべき理由も存しないから、被告製品の突片16の「九本」は、本件発明にいう「多数」に含まれるものというべきである。そうすると、被告製品は、本件発明の構成要件Cを充足するものといわなければならない。

なお、被告製品の「突片16」は、被告製品の構造dのとおりの形状を有するものであるが、本件発明の構成要件Cによると、本件発明の「突片」は、その形状に限定はなく、被告製品の突片16のような形状のものを排除していないのであるから、右の形状の点は、被告製品が本件発明の構成要件Cを充足するとの右判断を左右しない。

(四)  本件発明の構成要件Dを充足するかどうかについて

被告製品の構造cの「摩擦部材17」は、本件発明の構成要件Dの「摩擦部」に相当するものと認められる。ところで、前掲甲第二号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、本件発明の「摩擦部」について、「摩擦部7は、第2図に示すように摩擦を生じさせ易いゴム材料からなり、前記突片6の下方にその突出方向と直交する方向に帯状に形成され彎曲反転部材5の反転に伴い、突片6と係脱するようになつている。本実施例にあつては、彎曲反転部材5の他方の脚片5bの上面にゴム板を貼着して形成したものであるが、これに代え、かつら本体2の相応面上に直接ゴム板等を貼着して形成してもよく、また、かつら本体2の相応面を粗面とし直接摩擦部7を形成することとしてもよい。」(本件公報二頁3欄一六行ないし二五行)と記載されていることが認められる。他方、被告製品の構造cによると、被告製品の「摩擦部材17」は、「軟質の合成樹脂材」からなるというのである。そうすると、被告製品の「摩擦部材17」は、本件発明の「摩擦部」に含まれるものというべきである。また、本件発明の構成要件Dの「摩擦部」は、「彎曲反転部材の反転運動に伴い前記多数の突片と係脱する」ものであるところ、被告製品の構造fによると、被告製品は、「突片16が外枠113、114の反転に伴い倒伏したとき、摩擦部材17との間に脱毛部周辺の毛髪を挟圧保持するように形成した」というのである。したがつて、被告製品は、本件発明の構成要件Dを充足するものというべきである。

(五)  本件発明の構成要件Eを充足するかどうかについて

右(四)の認定判断によれば、被告製品は、本件発明の構成要件Eを充足するものと認められる。

(六)  以上によれば、被告製品は、本件発明の構成要件をすべて充足するものであるから、本件発明の技術的範囲に属するものというべきである。

なお、被告製品の構造eによると、被告製品は、止着部材13の薄肉皮殻12に対する附設手段として、被告製品の構造eの手段を採るものであるが、本件発明は、止着部材のかつら本体に対する附設手段について何ら限定をしていないのであるから、被告製品が被告製品の構造eの附設手段を採つているということは、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するとの前説示を妨げるものではない。

五  被告製品が本件発明の技術的範囲に属することは、前認定判断のとおりであつて、前認定の有限会社テンアート及び浅野の被告製品の製造販売行為についての被告の幇助行為は、本件特許権を侵害するものであるから、被告は、右侵害行為について過失があつたものと推定される。そして、被告は、共同不法行為者として、有限会社テンアート及び浅野と連帯して原告に加えた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

六  原告は、右侵害行為により被告らが得た利益の額を自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができるところ、前認定判断によれば、被告は、被告製品四〇個の販売行為について得られた利益の額について賠償責任があるものというべきである。そこで、右利益の額について審案するに、前認定の事実によると、被告製品の単価は三〇万円であるというのであるから、被告製品の販売額の合計は、一二〇〇万円である。そして、前掲甲第一〇号証によれば、原告の本件発明の実施品の単価は五五万円であり、その額に対する利益の率は一六パーセントであることが認められるところ、他に特段の反証のない本件にあつては、被告製品の販売額に対する利益の率も一六パーセントを下回るものではないと認めることができる。そうすると、被告製品四〇個の販売行為による利益の額は、その販売額の一六パーセントに当たる一九二万円を下らないものと認めることができる。

原告は、侵害事実調査のための費用、弁護士費用その他の費用についても損害賠償を求めているところ、そのうち弁護士費用については、本件事案の難易、請求額、認容額その他諸般の事情に照らし、二〇万円をもつて本件不法行為と相当因果関係に立つ損害と認めることができる。その余の費用については、それらが本件不法行為と相当因果関係に立つ損害であることを認めるに足りる証拠がない。

七  よつて、原告の本訴請求は、二一二万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和62年6月12日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は、理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条及び九二条本文、仮執行の宣言について同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 宍戸充 裁判官 髙野輝久)

<以下省略>

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