東京地方裁判所 昭和62年(ワ)9553号 判決 1990年11月19日
原告(脱退) 高橋幹明
右訴訟代理人弁護士 栄枝明典
原告承継参加人 藤倉興産有限会社
右代表者代表取締役 加藤二郎
右訴訟代理人弁護士 直江孝久
同 浅井和子
同 尾原秀紀
被告 中川貴富
右訴訟代理人弁護士 正田昌孝
主文
一 被告が別紙通行権目録記載の各権利をいずれも有しないことを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一原告承継参加人の請求の趣旨
主文第一項と同旨
第二事案の概要
一 当事者間に争いがない事実
1 別紙物件目録一記載の土地(以下「甲地」という。)及び同目録二記載の土地(以下「乙地」という。)は、もと一筆の土地であり、高橋武美がこれを所有していた。
2 高橋武美は、昭和四八年六月二八日、死亡し、その妻高橋美代並びにその子高橋良知、西岡輝子、岡崎昌代及び原告が、相続により、甲地及び乙地の分筆前の土地の所有権を取得した。
3 右分筆前の土地は、昭和五三年五月一五日、甲地と乙地に分筆され(甲地及び乙地の地形は、別紙図面のとおりである。)、前示高橋武美の相続人間の遺産分割協議により、甲地は原告の単独取得とし、乙地は高橋美代が持分一八〇分の七二(五分の二)、高橋良知、西岡輝子及び岡崎昌代が持分各一八〇分の三六(五分の一)の割合による共有とすることとされ、同月一八日、その旨の登記がされた。
4 高橋良知は、昭和六〇年一月一七日、死亡し、その妻高橋まり子が、相続により、乙地の高橋良知の持分全部及び乙地上に存する同人所有の建物の所有権を取得した。
5 高橋美代は、昭和六〇年一月二二日、死亡し、その子岡崎昌代が、相続により、乙地の高橋美代の持分全部を取得した。
6 岡崎昌代は、昭和六〇年七月一九日、交換により、西岡輝子から、乙地の同人の持分全部を取得した。
7 被告は、昭和六二年五月一日、売買により、高橋まり子から、乙地の同人の持分全部及び乙地上の同人所有の建物の所有権を取得した(その結果、乙地は、岡崎昌代の持分が五分の四、被告の持分が五分の一の割合による両者の共有となった。)。
8 原告承継参加人は、平成元年七月二〇日、売買により、原告から、甲地の所有権を取得した。
二 争点
甲地につき、被告が別紙通行権目録記載の権利を有するか。
なお、この点について、被告は、次のとおり主張する。
1 通行地役権について
甲地と乙地が分筆される前から、甲地に当たる部分は、専ら乙地に当たる部分に存した二棟の建物の居住者である高橋良知や、岡崎昌代らによって公道に出るための通路として使用されてきたし、甲地と乙地の公道沿いにはコンクリート塀があるため、乙地からは甲地を通らなければ公道に出ることができない。そして、甲地と乙地の分筆の際、乙地から公道への出入りについて特段の話はなく、塀を壊す話もなかった。したがって、甲地と乙地の分筆の際、当事者間において、明示又は黙示により、乙地を要役地とし、甲地の全部を承役地とする通行地役権の設定の合意がされたものと認めるべきである。
2 囲繞地通行権について
乙地は、別紙図面表示のとおり、その北東部及び南東部の二箇所において、それぞれ幅一・二メートルの部分が公道に接しているに過ぎず、建築基準法第四三条の規定上、このままではその地上に建物を建築することができないから、民法第二一三条に規定する袋地に該当する。したがって、1のような分筆の経緯にかんがみ、乙地の所有者は、甲地の全部を通行のために使用することができる囲繞地通行権を有するというべきであり、そうでなくても、少なくとも、乙地の北東部及び南東部の二箇所において、それぞれ幅二メートルの部分が公道に接することとなるように、甲地のうち別紙物件目録三の(一)及び(二)記載の部分を通行のために使用することができる囲繞地通行権を有するというべきである。
第三争点に対する判断
一 《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
1 乙地は、その北東部及び南東部の二箇所において、それぞれ幅一・二メートルの部分が公道に接する地形をなしているが、現状においては、甲地と乙地の公道沿いにコンクリートの塀があるため、乙地からは、甲地を通らずに、右幅一・二メートルの部分を通って公道に出ることはできない。
2 甲地と乙地の分筆の前後を通じて、甲地(又は分筆前のこれに当たる部分)は、乙地(又は分筆前のこれに当たる部分)に存する二棟の建物の居住者である高橋良知や、岡崎昌代らによって公道に出るための通路として使用されてきた。
3 甲地及び乙地の付近は高級な住宅地域であり、乙地の地目は宅地であるから、その最も合理的な利用方法は、住宅の敷地として利用することであり、実際、乙地は、かねてから、住宅の敷地として利用されてきている。
4 乙地上に現に存する二棟の建物は、いずれもその建築後相当長期間が経過し、老朽化が進んでいて、早晩建て替えなければならない時期を迎えると予測される。
5 前示のとおり、乙地は、その北東部及び南東部の二箇所において、それぞれ一・二メートルの幅で公道に接しているに過ぎないため、建築基準法第四三条の規定上、乙地の所有者は、甲地について何らかの通行権を有しない限り、乙地上に建物を建え替えることができないことが明らかであり、したがって、被告主張の通行権がいずれも認められないとすれば、将来、乙地が、その用途に従った利用をすることができない事態が生ずる可能性がある。
二 しかしながら、他方、前示当事者間に争いがない事実に、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 甲地と乙地の分筆の登記の手続は、分筆前の両地の所有者である高橋美代、高橋良知、西岡輝子、岡崎昌代及び原告の五人の合意により、その全員の申請によってされた。
2 甲地の地積は、甲地及び乙地の合計地積の六分の一に相当し、その割合は、高橋武美の死亡による相続における原告の法定相続分の割合と一致している。
3 甲地と乙地の分筆の登記の直後に、甲地について原告のために相続を登記原因とする所有権移転登記がされており、原告は、分筆前の甲地及び乙地について有する相続分に見合うものとして、甲地の所有権を取得したものである。
4 乙地の北東部及び南東部は、それぞれ幅一・二メートルの細長い路地状部分をなしていて、乙地は、同部分を通じて東側の公道に接続するという特異な地形をなしているが、右分筆の際、当事者間に、このような地形になるように分筆をすることについて格別話題になったことはなかった。
5 しかし、右分筆がされた当時、乙地上には、高橋良知所有の建物と、岡崎昌代の夫の岡崎章所有の建物とがあり、その玄関が、一方は北側向きに、他方は南側向きに設けられていたため、分筆に当たり、右両建物の居住者が公道に出るための通路を乙地に残し、甲地の地積を、原告の法定相続分に見合う、全体の六分の一になるようにして、可能な限り地形良く空地部分からそれを取るようにしようとすれば、実際にされたように、分筆前の土地の北東部と南東部(分筆後の甲地を挟んでその北側と南側)に、その通路に当てる部分を確保するのが最も自然であった。
三 以上に認定した事実を総合すれば、甲地と乙地の分筆をした当事者は、甲地を通過しないで乙地から直接公道に出ることができるようにするために、乙地の北東部及び南東部のそれぞれ幅一・二メートルの細長い路地状部分を残したものであり、乙地のための通路としてはこれをもって足りるとする意思であったと解するのが相当であり、したがって、甲地と乙地の分筆の際、当事者間に、別紙通行権目録一記載の通行地役権を設定する旨の明示又は黙示の合意があったとは認められないし、また、乙地は、前示路地状部分を通じて公道に接しているのであるから、民法第二一三条に規定する袋地には当たらないと解すべきである。
前示一の1のとおり、現状においては、コンクリートの塀があるため、右路地状部分を通って公道に出ることはできないが、右の塀は、いつでも取り壊すことが可能である(原告は、その本人尋問において、そのことに異存がない旨供述しており、原告承継参加人もこれに異論がないことは、弁論の全趣旨により明らかである。)から、このことは、右判断を左右するものではない。
また、前示一の2のとおり、甲地が乙地に存する建物の居住者である高橋良知や、岡崎昌代らによって公道に出るための通路として使用されてきたとしても、そのことは、親族間のこととて、事実上許容されてきたに過ぎないと見るのが相当であり、もしも、甲地について被告主張の通行権が認められ、その通行権が甲地の全部を目的とするものであるならばもとより、その一部を目的とするものであっても、甲地の財産価値は、その地積がわずか五四・五四平方メートルに過ぎないところから、原告が分筆前の甲地及び乙地について有した相続分に見合わないこととなり、原告はもとより、分筆の当事者にとっても、全く予測しなかった結果となるであろう。
そして、さらに、被告主張の通行権が認められないならば、その結果として、前示一の3ないし5のとおり、将来、乙地の上の建物の建替えに支障を生ずることがあり得ると予測されるが、それは、甲地と乙地の分筆の当時から客観的な事実として当事者に知れていたことであり、乙地のための通路として前示路地状部分のみを残して分筆をすることとした以上、その当事者及びその承継人がそのような不利益を受けることがあっても、それは止むを得ないというべきである。
第四結論
よって、原告承継参加人の請求は、全部理由がある。
(裁判官 青山正明)
<以下省略>