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東京地方裁判所 昭和62年(ヲ)522号 決定 1987年12月04日

申立人 日成造営株式会社

代表者代表取締役 新井保夫

申立人 新井保夫

新井紀行

申立人ら代理人弁護士 木島英一

主文

本件執行異議申立をいずれも却下する。

理由

第一申立の趣旨及び理由

本件執行異議の申立の趣旨及び理由は、別紙各「執行異議申立書」記載のとおりであるが、その要旨は、上記各基本事件については、その申立ての基礎となつた各根抵当権の登記が抹消されている登記簿謄本が提出されており、執行裁判所は民事執行法一八三条一項四号、二項により、既になされた執行処分を取り消さなければならないのに、当裁判所が競売手続の取消しをなすことなく、競売手続を進行させていることは違法である、というにあるものと解せられる。

第二当裁判所の判断

上記各基本事件記録によれば、売却許可決定確定後、共積信用金庫から、その申立ての基礎となつた根抵当権の登記が抹消されている登記簿謄本が提出されていることが認められ、これらの文書は形式的には民事執行法一八三条一項四号、二項のいわゆる取消文書に当たることになるが、これによつて当然に競売手続の進行を阻止することができるかについては検討を要するところである。すなわち、民事執行法上、代金の納付によつて買受人は不動産の所有権を取得するから(法一八八条、七九条)、代金納付後に同法一八三条一項各号のいわゆる停止・取消文書が提出されても他に配当等受けるべき債権者があるときは、執行裁判所は、その債権者のために配当等を実施しなければならないとされているが(法一八八条、八四条三項)、代金納付までは停止・取消文書の提出について、いかなる事情があつても停止・取消しを求められるのか、時的制約はないのかは問題である。民事執行法は、強制競売について停止・取消文書の提出に関する制約を規定し(法七二条、七六条)、これを担保権実行としての不動産競売に準用しているが(法一八八条)、同法一八三条一項各号の停止・取消文書を同法三九条一項各号のどの文書に該当するものと理解するのかが必ずしも明確ではないこともあつて、その準用関係も一義的ではない。したがつて、条文上の整合性に反しない範囲で、執行裁判所の手続を信頼するほかない最高価買受申出人の地位保護の要請と不動産所有者の静的安全保護の要請を衡量しつつ、担保権実行としての不動産競売に応じた解釈がなされなければならず、一般的な解釈としては、担保権不実行・担保権実行申立ての取下げの内容をもつ公文書(法一八三条一項三号前段)を買受けの申出後に提出する場合については、同法七六条の準用により最高価買受申出人等の同意を要するとされており、また、被担保債権の弁済受領・弁済猶予の内容をもつ公文書(法一八三条一項三号後段)を買受けの申出後に提出する場合についても、担保権実行申立ての取下げに準じて、最高価買受申出人等の同意を得なければ停止・取消しの効果を生じないとされているところである。問題は、本件のような担保権の登記の抹消されている登記簿謄本(法一八三条一項四号)が買受けの申出後に提出された場合の取扱いである。この点、民事執行法一八四条、一八二条を根拠に、代金納付の時までに同法一八三条一項四号・二項の取消文書が提出されれば競売手続の取消しを認める見解もあり得るが、同法一八四条は、買受人が代金を納付すれば買受人の不動産の所有権取得は担保権の不存在・消滅によつても妨げられない旨規定しているに過ぎないのであつて、代金納付時点までの担保権の不存在・消滅の主張を当然に許容する趣旨のものと理解すべきではない。当裁判所は、本件のような事情の下においては、このような文書によつても競売手続の進行を阻止することはできず、売却代金の受領等の事後手続を進めるべきものと思慮するものであるが、その理由は以下のとおりである。

1  上記各基本事件記録及び昭和五六年(ケ)第五九六号事件記録並びに本件各執行異議事件記録等によれば、以下のような事実が認められる。

(1)  上記各基本事件の目的不動産(以下、「本件不動産」という。)については、当初、申立債権者を商工組合中央金庫・債務者兼所有者を新井保夫とする昭和五六年(ケ)第五九六号事件(以下、「先行事件」という。また、上記各基本事件を「後行事件」という。)により競売手続が進行していたところ、その最初の期間入札においては適法な入札がなかつたため、昭和六二年三月一八日以降特別売却に付され、同月一九日に長澤勇が買受けの申出をなしたので、同月二五日当裁判所は同人に対し売却許可決定をなした。これに対し、新井保夫は売却価額の低廉等を理由にして執行抗告を申し立てたうえ、本件不動産に係る抵当権等全ての負担を抹消することを株式会社ハウジングハセベ(以下、「ハウジングハセベ」という。)に依頼し、その資金を同社から融資してもらうこととなり、同年六月一〇日には、その旨の「融資契約書」を作成した。

(2)  その後、同年七月一〇日、ハウジングハセベは、商工組合中央金庫に対し代位弁済をなし、同月一四日、同信用金庫の申立ての基礎となつた抵当権の移転の付記登記をなして、その旨を当裁判所に上申し、次いでハウジングハセベは、前記融資金の担保のために、新井保夫から本件不動産の譲渡を受け、同月一四日ないし一七日には所有権移転登記をなしたうえ、同月二二日、商工組合中央金庫の承継人として、長澤勇の同意を得ることなく、先行事件の申立てを取り下げる旨の申し出をなした。

(3)  これに対し、当裁判所は、民事執行法一八八条、七六条一項ただし書により、二重開始決定に係る申立債権者を共積信用金庫とする後行事件を続行するにあたり売却条件に変更がないかの審査をなしたうえ、売却条件に変更がなかつたので、同年九月二五日ハウジングハセベによる先行事件の申立ての取下げが有効であること、先行事件の売却許可決定が後行事件においても有効であること、前記執行抗告は同年八月一七日に抗告棄却となり売却許可決定が確定し、買受人長澤勇に対する代金の納付等の手続を進めるべきことを確認し、その旨ハウジングハセベに連絡した。

(4)  当裁判所は、買受人長澤勇の代金納付期限を同年一〇月二三日として、配当等の準備手続を進めていたところ、新井保夫及びハウジングハセベは、同月一五日、共積信用金庫の根抵当権を含む全担保権者の担保権の登記を抹消したうえ、共積信用金庫を通じて、上記登記簿謄本の提出に及んだ。

2  以上に認定した事実関係からすると、新井保夫及びハウジングハセベは、相謀つて、既に長澤勇が本件不動産について売却許可決定を受けていることを知りながら、その所有権取得を覆し、本件不動産の所有権を取得するため、先行事件における商工組合中央金庫に対しての代位弁済をなし、これのみでは効を奏しなかつたため、さらに、後行事件における共積信用金庫等に対しての弁済をなし、解約等を原因とする抵当権等の登記の抹消登記をなしたことが明らかである。仮にこのような画策行為を許容し、民事執行法一八三条一項四号、二項によつて競売手続を取り消すならば、売却許可決定確定後、売却代金を納付して不動産の所有権を確定的に取得しうるという買受人の正当な地位を侵害し、ひいては不動産競売制度に対する信用を著しく害する結果となる。加えて、本件のように、買受けの申出後に被担保債権の弁済をなして担保権の登記を抹消した場合、その問題状況は弁済受領文書の提出があつた場合と近似しており、前記のとおり弁済受領・弁済猶予文書(法一八三条一項三号後段)を買受けの申出後に提出する場合については最高価買受申出人等の同意を得なければ停止・取消の効果を生じないとされていること(本件においては最高価買受申出人等の同意は得られていない。)等を考慮すると、本件不動産競売事件(後行事件)の申立ての基礎となつた共積信用金庫の根抵当権の登記が抹消されている登記簿謄本を民事執行法一八三条一項四号、二項のいわゆる取消書面として提出することは権利の濫用に当たるというべきである(昭和六二年(ラ)第三六二号、昭和六二年一〇月二七日東京高裁決定参照)。

そもそも、売却許可決定が確定した後は、不動産競売における本来的な意味での換価手続は終了しているともいえるのであつて、以後はこの確定した売却許可決定に基づく買受人の売却代金の履行手続、嘱託登記等を残すのみとなつているに過ぎないともいえるのであるから、買受人が代金支払義務を履行することによつて所有権を取得し得る地位は確定的に保護されねばならないのであつて、本件のように、形式的には民事執行法一八三条一項四号、二項の取消書面に当たる書面が提出されていても、最早競売手続の進行を阻止することはできず、執行裁判所は、以後の売却代金の納付手続等を続行すべきものである。

以上のとおりであつて、申立人らの本件執行異議の申立てはいずれも理由がないからこれを却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 原敏雄)

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