東京地方裁判所 昭和62年(特わ)1783号 判決 1988年9月27日
主文
被告人Aを懲役二年及び罰金一億円に、被告人Bを懲役二年に、被告人Cを懲役二年六月に、被告人Dを懲役一年二月にそれぞれ処する。
被告人Aにおいて右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
被告人Aに対し、この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人A(以下「被告人A」という。)は、東京都東久留米市<住所省略>に居住し、同都小平市内において外車の販売業を営んでおり、実父三郎の死亡(昭和五七年二月一九日)により同人の財産を他の相続人と共同相続した者であり、被告人B(以下「被告人B」という。)は、昭和三七年一一月頃から税理士として稼働してきた者であり、被告人C(以下「被告人C」という。)は、戦後、建設・林業用機械の輸入販売会社、金糸・銀糸等の販売会社、生コンクリートの製造販売会社等の役員として稼働し、その後昭和五八年頃以降は一定の職に就いていなかった者であり、被告人D(以下「被告人D」という。)は、昭和三四年に税理士試験に合格し、翌年、埼玉県熊谷市内に事務所を設けて以来税理士として稼働し、その間、関東信越税理士会埼玉県支部連合会副会長、関東信越税理士会専務理事、日本税理士会連合会常務理事等を歴任してきた者であるところ、被告人Aにおいては、従来、同被告人の税務を担当していた。○○税務会計事務所から、右相続の対象となる財産が約二〇億円であり、これに対する相続税が総額で約一〇億円にのぼる旨を聞き、その支払いのために土地を譲渡すると別途譲渡所得税がかかって、先祖伝来の土地の多くを手放さねばならないと苦慮し、そのころ、紹介された被告人Bに右相続税を一部免れることができないかとの相談を持ち掛け、他方、被告人Bにおいては、かねて、被告人Cから、被告人Cが東京国税局の元幹部らに働きかけて税金を安くさせられるので高額な税金に悩んでいる人があれば紹介してほしいとの話を聞かされていた被告人Dと知り合って、被告人Aの話をしたことから、右被告人Aの話が被告人Dを通じて被告人Cに順次伝わり、被告人B、同D、同Cとも右被告人Aからの申し入れを引き受ける相談がまとまり、ここに被告人四名は、共謀のうえ、架空債務を計上して課税価格を減少させる方法により被告人Aの相続税を免れようと企て、昭和五七年八月一九日、同都東村山市本町一丁目二〇番二二号所在の所轄東村山税務署において、同税務署長に対し、被相続人三郎の死亡により同人の財産を相続した相続人全員分の正規の相続税課税価格は二〇億四八六八万一〇〇〇円で、このうち被告人Aの正規の課税価格は一二億三〇六四万九〇〇〇円であった(別紙(1)相続財産の内訳書及び別紙(2)脱税額計算書参照)のにかかわらず、右三郎には被告人Cに対する借入金三億五〇〇〇万円とその利息分三億五〇〇〇万円の合計七億円の債務があり、右三郎の相続人である被告人Aにおいて右債務を負担すべきこととなったので、取得財産の価格からこれを含む債務及び葬式費用の金額を控除すると相続人全員分の相続税課税価格は一三億五三九万三〇〇〇円で、被告人Aの課税価格は五億四〇二八万七〇〇〇円となり、これに対する同被告人の納付すべき相続税額は三億一二九〇万二四〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書(昭和六二年押第一一〇〇号の1)を提出し、もって不正の行為により同被告人の正規に納付すべき相続税額七億二五三万一〇〇円と右申告税額との差額三億八九六二万七七〇〇円(別紙(2)脱税額計算書参照)を免れたものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
一 罰条
被告人Aにつき 刑法六〇条、相続税法六八条一、二項
被告人B、同C、同Dにつき
いずれも刑法六五条一項、六〇条、相続税法六八条一項
一 刑種の選択
被告人Aにつき 懲役刑及び罰金刑の併科
被告人B、同C、同Dにつき
いずれも懲役刑選択
一 労役場留置
被告人Aにつき 刑法一八条
一 刑(懲役刑)の執行猶予
被告人Aにつき 刑法二五条一項
一 訴訟費用の非負担
被告人B、同Dにつき
いずれも刑訴法一八一条一項但書
(量刑の理由)
一 本件は、実父の死亡により莫大な遺産を相続し、その相続税の納税のための家産の散逸をおそれていた被告人Aが、いずれも税理士である被告人B及びDや国税当局への影響力を売物とする被告人Cと知り合い、被告人四名共謀の上、七億円もの架空債務を計上した内容虚偽の相続税確定申告書を期限内に所轄税務署長に提出し、税額において三億八九六二万七七〇〇円にのぼる被告人Aの相続税を免れたという事案である。そのほ脱額は高額で、ほ脱率も55.4パーセントと高率であること、被告人らはそれぞれの自らの思惑にからんで本件犯行に至ったものであるが、その動機は特に同情の余地のないものであること、その犯行は各被告人の知識、経験を結集して架空債務の裏付け工作として金銭消費貸借契約書及び債務確認書を作成し、既に作成済の遺産分割協議書を改ざんし、右債務の弁済の形式で脱税報酬を支払うなど極めて手のこんだ巧妙かつ大胆な手段を伴うものであること、本件申告書提出後も架空債務の裏付けとして内容虚偽の公正証書を作成するなどの工作をしていること、その他本件犯行の性質、社会的影響等を総合勘案すると、被告人らの犯情は極めて悪質であるといわなければならない。
被告人らの弁護人らは、いずれも、本件犯行における乙川元東京国税局長の役割に言及し、同人の関与が被告人らを本件犯行に誘い込む結果を招いたことを情状として斟酌さるべきであると主張する。
なるほど、関係証拠によると、元東京国税局長は、被告人Cに対し不渡手形の手形金回収方を依頼したこと、同被告人から被告人Aの相続税申告に関して被告人Cが右Aの被相続人に対して七億円の債権を有している旨説明されるとともに、後日税務当局の調査が行われた場合には口添えしてほしい旨依頼され、右七億円の債権は水増しされたものではないかとの疑問を抱きながら、この点を追求することもなく被告人Cに「将来問題があれば国税局の直税部長に陳情にいってあげる。」などと申し向けたり、右七億円の債権について可能であれば公正証書を作成したらどうかなどと助言し、又、本件申告についての税務調査が開始された後の昭和五八年一二月二〇日には被告人Cが右七億円の債権の存在を前提として本件申告が正当である旨説明すべく東京国税局直税部に赴いた際これに同行したりなどしたこと、後に返還したとはいえ、被告人Cから昭和五七年一二月に一〇〇万円、同五八年一二月には二度にわたり合計一五〇〇万円を受領していることが認められる。元東京国税局長の右一連の行動が本件犯行の背景となっていたことは否定できず、この点は後に述べるとおり、被告人らにとって同情すべき事情であって、その意味から元東京国税局長の行動は、税法理念を無視した常識を欠く極めて軽率な行動として社会的に強く非難されなければならず、同人も取調においてその点につき自ら深く反省の意を表明しているところである。
とはいえ、右元東京国税局長の行動は、同人が被告人Cの債権について疑問は抱いたものの、それが被告人Cの説明するような形で存在することもありうるとの考えのもとでの行動とみても関係証拠上あながち不自然ではないから、被告人Aの相続税につき虚偽過少申告することを元東京国税局長が事前に承諾していたとまで断定することはできず、同人の責任を被告人らと同レベルで論ずることはできないし、同人を共犯者に準ずる者と見た形で被告人らの刑責が著しく軽減されるということにはならないのである。
二 次に、被告人らの個別的情状について検討する。
まず、被告人Aは、その相続税を納付することにより先祖伝来の土地の多くを手放さねばならないとの事態を回避しようとして本件脱税を決意したもので、相続人を代表していわゆる旧家の財産を守ろうとの心情は理解し得ないわけではないが、これを同被告人のために特段有利な事情として斟酌するわけにはいかず、しかも、同被告人は、○○税務会計事務所に相続税の申告手続を依頼し、同税務会計事務所の事務員Eとともに相続の対象となる不動産を見て回るなどして相続財産の調査をしたり、右Eを通じて相続財産の総額が二〇億円程となり、農地について適用されることが可能な納税猶予分を含め約一〇億円程相続税を納付することになることや右納税猶予制度の適用や葬儀費用などの外正規に右税額を減額する方法はない旨説明されていながら被告人Bに対して相続税を安く抑える方法はないかと相談を持ち掛け、脱税工作を依頼したもので、被告人Aの同Bに対する右相談の持ち掛けが本件犯行の端緒の一つとなったこと、不正な申告に使われることを承知しながら義兄に指示して前記○○税務会計事務所から相続税申告の関係書類を取り戻させたり、申告当日の同五七年八月一九日には、被告人ともども実妹に指示して相続人間の遺産分割協議書中に被告人Cに対する七億円の債務が存在する旨の記載をさせた後、虚偽過少の申告書を所轄税務署の担当係官に提出するなど、その関与の程度も決して小さいとはいえない。そして本件犯行が共同被告人B、同C及び同Dの主導で行われたことを十分斟酌しても、納税の当事者として脱税により直接の利益を受けるのは被告人Aであり、同被告人の承諾なくしては本件は成立しなかったことを考えると、被告人Aの刑責は重いというべきである。(被告人Aの弁護人は、同被告人が本件脱税を決意するに至ったのは、本件申告の直前であり、それも被告人Bからの執拗な勧誘があったからで、被告人Aの方から進んで脱税工作を依頼したことはないなどと主張し、第五回及び第九回公判調書の被告人Aの供述記載部分中には右弁護人の主張に沿う供述記載がある。しかしながら、関係証拠、特に、被告人Aの昭和六二年七月八日付、同月一三日付(七枚綴りのもの)、同月一四日付け、被告人Bの同月一二日付、Eの同年六月三〇日付検察官に対する各供述調書によると、被告人Aは、遅くとも昭和五七年七月下旬頃には前記のごとく相続財産が総額で二〇億円程にのぼり、相続税額も一〇億円程度になることや正規の方法をもってしては右税額を減額することはできないことを知っていたこと、他方被告人Bからは、同年六月頃から七月下旬頃までの間、数回にわたっていわゆる福田炭鉱事件(国が新潟県内にある福田炭鉱の炭鉱主の税金滞納を理由に石炭鉱を差し押さえて競売に付したところ、後日右税金滞納の事実がないことが判明したが、既に競落人等によって右炭鉱が乱掘されていて炭鉱主が損害を被ったなどと被告人Cらが主張する事件)の話や被告人Cに依頼すれば同被告人が懇意にしている東京国税局の元高官を通じるなどして税を低く抑えられるなどとの話を聞かされ、同月下旬頃に至って被告人Bに対し、同被告人のいう方法で税金を安くできるという話に元国税局長が関係していることでもあるので安心してお願いすることができるなどと申し向けていたこと、同年八月上旬頃には脱税の方法やいわゆる脱税報酬額が一億二五〇〇万円になること及び右報酬を支払っても正規税額より三億円程度低く相続税を抑えることができる旨聞かされ、被告人Aが支払うべき報酬額は右一億二五〇〇万円以外にはない旨被告人Bに念を押していることが認められ、これによると、被告人Aは、同月上旬頃には虚偽過少の税務申告をすることを被告人Bに依頼したことが認められ、これに反する被告人Aの本件脱税工作の依頼時期に関する前記弁解部分は右関係証拠に照らしてにわかに措信することができない。
他方、本件においては、前記のごとく被告人Cと元東京国税局長との関係が存在し、このことは被告人らにとっても誘惑的な情況であったということは否定できず、これが被告人Aをして本件脱税行為に至らしめた要因となっており、この点は被告人Aにとっても同情すべき事情の一つとして指摘しておかざるを得ない。また、被告人Aは、本件脱税行為を依頼したものの、その具体的方法は被告人Bらにおいて決定したもので、被告人Aは直接右決定に関与しておらず、又、架空の金銭消費貸借契約書や債務確認書、相続税申告書への押印、実妹による遺産分割協議書への架空債務の加筆、○○税務会計事務所からの相続税申告関係書類の取戻し、国税当局の係官や叔父から修正申告するよう説得されながら、これに応じなかったことなどの点については、いずれも被告人Bらからの指示に基づくもので、被告人A自身としては本件申告に及ぶまでの間、本件犯行を躊躇し、本件申告後一旦は架空債務の計上を是正して修正申告しようとの態度を示すなどしていたこと、更に、本件架空債務の弁済を装って被告人Cの口座に送金した一億五五〇〇万円のうち、一億二四〇〇万円については返還されておらず、自ら招いた結果とはいえ、いわゆる脱税報酬として右同額の被害を被っており、右事実によると、被告人Aとしては、被告人C、同Bらの謝礼金稼ぎに利用された面もなくはないこと、被告人Aは、本件が発覚するに及んで、改めてその犯行の重大性を認識し、自己の非を悟って捜査に協力する一方、××税理士を通じ所轄税務署に修正申告をし、相続税本税・附帯税合計七億二〇〇〇万円を納付して反省の態度を示していること、妻や親族一同が今後同被告人を厳しく指導監督していくことを誓い、××、○○の両税理士が同被告人個人或いは同被告人の経営する会社の税務会計を指導し、再び過ちを犯さないよう監督していくことを誓っていること、同被告人は、贖罪の意図のもとに日本赤十字社など三箇所に合計二億円の寄付をしたこと、同被告人は二つの会社の代表者として今日まで真面目に稼働してきたもので、これまで前科や犯歴はないことなど、同被告人にとって有利な、又は同情すべき事情が認められる。
次に、被告人Bについてみると、同被告人は、昭和三七年に登録して以来二〇年間にわたり税理士として稼働し、その間、東京税理士会理事の要職を務めたことがあるにもかかわらず本件犯行に及んだもので、税理士法の定める理念を無視し、税理士制度に対する社会的信用を失わしめたとの点からだけでも強い非難に値するというべきところ、その犯行の動機も結局不正な高額報酬や同被告人が国税当局の高官等と交流できる税理士であるとの社会的評価を得ようというものであって酌量の余地はなく、また、被告人Dを通じてなされた被告人Cからの脱税する納税義務者の紹介方依頼を受けていた被告人Bは、被告人Aから前記のとおり高額な相続税を安く抑える方法はないかとの相談を受けるや被告人Dから聞いていた前記被告人Cの話を被告人Aに伝える一方、被告人Dに右被告人Aからの話を持ち掛け、被告人D及び同Cと共に架空債務を計上した内容虚偽の相続税申告書を所轄税務署長宛に提出するという本件脱税の手段・方法について謀議を重ね、右謀議に従い虚偽の金銭消費貸借契約書、債務確認書、相続税申告書を作成し、被告人Aに同人が既に○○税務会計事務所に提出してある正規の相続税申告の一件書類を取り戻すよう指示したり、自ら関係者に指示して遺産分割協議書を改ざんさせ、被告人Aと共に右相続税申告書を所轄税務署長宛に提出するなど、本件において重要な役割を果たしたこと、右申告後においても、知り合いの中野税務署副署長を通じて所轄税務署長宛ことさらに本件申告についての税務調査の促進方を申し入れたり、本件七億円の架空債務について作成した債務確認並びに弁済契約公正証書を所轄税務署に提出して本件犯行の発覚防止を画策したりしていること、更に、被告人Aから前記架空債務の弁済として同Cの預金口座に振り込まれた合計一億五五〇〇万円のうち七〇〇〇万円程にものぼる金員を被告人Cをして被告人A名義を借名した被告人Bの預金口座に送金させるなどし、その多くを同被告人自身の保証債務の弁済、海外旅行、遊興費等に費消し、今日に至るまで返済していないことなどを併せ考えると、被告人Bの刑責は非常に重いといわなければならない。(同被告人の弁護人は、被告人Bが本件に加担したのは、被告人D及び同Cから、国が前記福田炭鉱事件につき被告人Cらその関係者に対し負担している債務を被告人Cの関係する本件相続税と相殺することができるなどと説明され、これを信じたからで、被告人Bとしては架空債務を計上しての相続税申告行為が脱税行為に該当するとの明確な認識はなかった旨主張し、被告人Bも第七、第一〇、第一一回各公判調書中の同被告人の供述記載部分において右弁護人の主張に沿う弁解をし、第六回公判調書中の証人Cの供述記載部分にもこれに沿う記載がある。
しかしながら、被告人Cら福田炭鉱事件の関係者の国に対する債権の存否やその支払いの問題と被告人Cの被告人Aに対する架空債権を計上した同被告人の相続税申告がほ脱犯を構成するか否かの問題は全く別個の問題であり、右福田炭鉱事件に絡んで被告人Cらが、仮に国に対して債権を有していたところで、その債権の存在が他人の相続税減額の要素となるなどということ自体不合理であり、右のごとき税務処理が許されると信じたなどということは、現職税理士という立場にある同被告人の弁解としては勿論、税務関係法規に精通してない被告人Cの弁解としても不自然であり、このことは、被告人Dが当公判廷(第一二回公判)で指摘するとおりであるのみならず、被告人B自身、第一回公判調書中で本件犯行を自認し、同被告人の検察官に対する昭和六二年七月一二日付供述調書(以下、検察官に対する供述調書は検面調書と略称する。)中においても、被告人Cや同Dのいう高額納税問題の解決が可能であるとの話は、被告人Cが日頃懇意にしている東京国税局の元局長を介して国税当局の幹部に前記福田炭鉱事件の話を持ち出すなどして働き掛けて税務調査を形だけのものにしてもらうことによって、不正の行為による税務申告が国税当局に摘発されずに済ませられるとの話と理解していた旨供述しているのであり、この供述記載部分は、他の関係証拠、なかんずく、被告人Dの当公判廷(第一二回)おける供述、同被告人の昭和六二年七月九日付、被告人Cの同年七月九日付、被告人Aの同年七月八日付各検面調書と対比してみても特段不自然なところはなく信用するに十分であって、右関係証拠に照らして被告人Bらの前記弁解は信用することができない。)
他方、被告人Bは、被告人Cや同Dの本件犯行が発覚することはないとの説明を軽信してこれに加担したもので、みずから本件の発端を作出したのではなく、被告人Cらに引き入られたとみることができ、又、被告人Aに対する架空の金銭消費貸借契約書への押印の指示や架空債務を計上しての虚偽過少の相続税申告書の作成などの行為も、被告人B独自の考えというのではなく、被告人C、同Dとの協議の結果に基づくもので、被告人Bの右行動のみを強調して同被告人一人を非難するわけにはいかないこと、同被告人は、本件容疑で逮捕されて以来、公判段階において前記のごとき弁解をしている点はともかくとして、自己の本件に対する無責任な態度が、被告人Aを本件に巻き込み、同人に多大の迷惑をかけ、又、税理士制度に対する国民の信頼を裏切る結果を招来させた責任の重大さを認め、自ら税理士登録の抹消手続をして謹慎生活を送って自己の非を反省していること、受領した脱税報酬については、長期にわたってでも被告人Aに返済する旨誓っていること、被告人Bは、これまで税理士として真面目に稼働してきたものであり、前科や犯歴も全くないこと、本件により長年にわたって築いてきた実績や信用を失うなど相当の社会的制裁を受けていること、同被告人が服役することにより、家族の生活に大きな支障が生ずることなど、同被告人にとって有利な、又は、同情すべき事情が認められる。
次に、被告人Cについてみると、被告人Cは、知人であるFらに対し、懇意にしている東京国税局の元局長を介して自己がかねて関与した前記福田炭鉱事件を国税当局に持ち出すことにより脱税のいわゆる揉み消し工作が出来るので高額の税金に悩んでいる人物があれば紹介してほしいなどと持ち掛け、右Fに紹介された被告人D、同被告人から紹介された被告人B、同被告人に高額な相続税で悩んでいる旨相談を持ち掛けた被告人Aを順次言葉巧みに右同様の話で誘い本件を敢行したもので、その犯行の動機も、いわゆる脱税請負による不正な報酬を取得せんとしたもので何ら酌むべきところはなく、右目的を達成するためには現職の税理士を引き入れ、国税当局の元高官らとの交友関係や被告人Cのいう過去における国の落ち度を利用することをも辞さない同被告人の法無視の態度は極めて悪質というほかなく、しかも、同被告人は、本件架空債務の債権者となることを承諾して架空の金銭消費貸借契約書に署名・押印し、本件申告後には公正証書まで作成して国税関係者に本件架空債務があたかも真実であるかのごとく装って種々説明を試みるなどして本件犯行の発覚防止を画策するとともに、被告人Aに対し、同人が修正申告しようとするのを断念させるなどしていたもので、本件犯行の要に位置して犯行全般にわたり重要な役割を果たしたのみならず、本件脱税により六〇〇〇万円を超える報酬を取得し、これを自宅の改築資金に充てるなどして費消し、今日に至るまで返済しないのであって、これらを総合勘案すると、被告人Cの刑責は極めて重いといわなければならない。
他方、被告人D、同B、同Aを本件犯行に引き入れたのは被告人Cではあるが、被告人D及び同Bは相続税申告実務に精通した現職の税理士であり、被告人Cのいう福田炭鉱事件を利用しての脱税工作が可能であるか否かなどにつき当初疑問を抱き、かかる不合理な税務申告処理の依頼を拒絶しようと思えばできる知識や経験を有しながら、その地位や立場を忘れて本件犯行に加担した右被告人両名の姿勢にも問題があること、被告人Cは、同Dら他の被告人三名を本件犯行に引き入れ、同人らに多大な迷惑や損害を与えたことなど本件の重大性を改めて認識し、自己の非を反省するとともに、特に被告人Aに対しては、その損害を弁償する旨誓っていること、現実にどの程度の費用を出損したのかなどの点についてはともかく、元東京国税局長らの依頼に応じて国税当局と炭鉱主との間に立って同被告人なりに右福田炭鉱事件の解決に向け努力したり、社会福祉施設の建設に協力したりなどしてきたこと、これまで前科や犯歴のないこと、同被告人は、現在、糖尿病に罹患するなど健康状態が優れない情況にあること、服役することにより、同被告人の健康やその家族の生活に支障が生ずるおそれのあることなど、同被告人にとって有利な、又は同情すべき事情も認められる。(被告人Cの弁護人は、同被告人においては、かねて昵懇の間柄であった元東京国税局長から、同人がその知人の経営する会社に融資した際同会社から受け取っていて後に不渡りとなった三〇〇〇万円の手形の額面金額の回収方を依頼されたが、同被告人としては前記福田炭鉱事件の関係者に対する国の損害賠償債務の返済手段として国が承認する同事件関係者への税務関係上の便宜的措置を利用する外に右依頼に応える方法はなく、このことは元東京国税局長も承知していたこと、同被告人にとって右税務関係上の便宜的措置を受けることにより同被告人が右事件解決のために支出した多額の費用を回収することも可能になること等の点を考慮して本件犯行に及んだもので、これらの点は同被告人のために特に有利な事情として斟酌されるべきであるなどと主張している。
元東京国税局長が本件に絡んで執った行動については前記認定のとおりであり、その一連の行動が社会的に強く非難されなければならないことや、それが同被告人にとっても有利な事情となることは、弁護人の主張するとおりではあるが、元東京国税局長が事前に被告人Aの相続税につき虚偽過少申告することを事前に承諾していたと断定できないことについては、前に説示したとおりであって、弁護人の右主張はそのまま採用することができない。)
次に、被告人Dについて検討してみると、同被告人は、昭和三五年に登録して以来二二年間にわたり税理士として稼働し、その間、関東信越税理士会埼玉県支部連合会副会長、関東信越税理士会専務理事等を歴任したもので、その指導的立場をも顧みず本件犯行に及んだ点で、被告人Bにも増して税理士法の定める理念を無視し、税理士制度に対する社会的信用を著しく失墜せしめたといわねばならず、同被告人の本件犯行は厳しい非難に値するというべきところ、その犯行の動機も結局不正な高額報酬の取得をもくろむとともに国税当局の高官等との交流による人脈の形成を図り、関東信越税理士会会長等の要職に就く道の布石としようなどと考え本件に加担したというものであって酌量の余地はなく、また、知人を通じ被告人Cからの脱税する納税義務者の紹介方依頼を受けるや被告人Bに前記被告人Cの話を伝え、被告人B及び同Cと共に架空債務を計上した内容虚偽の相続税申告書を所轄税務署長宛に提出するという本件脱税の手段・方法についての謀議に加わり、被告人Aからの架空債務弁済の形式をとって脱税報酬を取得することにするなどと提案し、又、被告人B作成の架空金銭消費貸借契約書の文案を補正し、同契約書の真実性を装うため古い収入印紙を入手するなどしたほか、本件相続税申告書提出後においても被告人Bを通じ国税関係者に税務調査の促進を働きかけるなど、本件犯行の前後を通じて重要な役割を果たしていたもので、被告人Dの刑責は非常に重いといわなければならない。(被告人Dの弁護人は、本件は、元東京国税局長の関与なくして起こりえなかったこと、又、本件ほ脱税額が多額に及んだのは今日における地価の高騰現象の結果であるという二つの特質をもった犯行であること、被告人Dが昭和五七年八月五日のパレスホテルでの被告人Cらとの会合に参加したのも元東京国税局長の本件に関与する意図の存否を確認するためであり、右ホテルでの謀議も、被告人Dとしては本件犯行は架空債務を計上するとの方法によることや報酬を被告人C、同B、同Dが四対三対三の割合にすることを決定することのみに関与しただけであって他に主要な役割を果たしたことはないなどと主張している。
元東京国税局長が本件に関与した情況や同人の社会的責任の程度については、前記認定・判示したとおりであり、また、弁護人主張のように、地価の高騰が本件ほ脱税額を多額なものにさせた要因となってはいるが、これらが直ちに元東京国税局長が国税庁長官と面接して本件脱税行為が国税当局に摘発されないよう依頼するとの被告人Cの言を軽信して本件に加担した被告人Dの態度を合理化させることにはならない。更に、関係証拠によれば、前記パレスホテルにおける被告人D、同B、同Cによる謀議においては、架空計上する債務額やいわゆる脱税報酬額についての具体的数値まで検討されたことが認められ、これを否定する被告人Dの当公判廷における供述、第六回公判調書中証人Cの供述記載部分は、右両名の捜査段階における供述、第七回、第一〇回各公判調書中における被告人Bの各供述記載部分等に照らしてにわかに措信するわけにはいかないが、仮に被告人Dの弁解するとおりであったとしても、関東信越税理士会の要職にある被告人Dが本件犯行に加わることが被告人Bや同Aをして本件犯行を決意させる要因の一つとなっていることは否定できないところであり、しかも、被告人D自ら本件犯行の手段である架空債務の計上という基本的事項を提案するなどしていた点で重要な役割を果たしたというべきであり、この点についての弁護人の主張はそのまま採用することができない。)
他方、被告人Dは、本件が国税当局に発覚しないよう元東京国税局長を介して働き掛けるとの被告人Cの説明に疑問を抱きながらも、被告人Cのいう脱税報酬や元東京国税局長らを通じて得られるいわゆる人脈形成の話を軽信して本件に及んだもので、被告人Dにおいても、同Cに利用されたとの面がないではないこと、本件架空債務が存在するごとく装うためになされた公正証書の作成などには直接関与してはいないこと、架空債務の弁済を装って被告人Cの口座に振り込まれたいわゆる脱税報酬も、被告人Dにはその支払い情況について具体的な説明がなされないまま被告人C及び同Bによりそれぞれ個人的用途等に費消されてしまい、被告人Dは、結局その分配にあずかるに至らなかったこと、本件発覚後、国税当局の事情聴取の段階においては本件犯行への関与を否定していたものの、身柄を拘束されてからは犯行を認め、事実を積極的に供述して捜査に協力したこと、本件が発覚することにより、多数の顧問先や多くの従業員を抱えて順調に進んでいた税理士業務をはじめ、関東信越税理士副会長、日本税理士会連合会常務理事などの公職を自ら辞し、長年にわたって築いてきた実績や信用を一度に失うなど、被告人Dが本件で支払った代償は極めて大きく、相当の社会的制裁を受けたこと、本件の重大性を悟り、自己の非を反省して謹慎生活を続けていること、これまで前科や犯歴は全くないこと、被告人Dが服役することにより、その家族に大きな支障が生ずることなど、同被告人にとって有利な、又は同情すべき事情が認めらる。
三 以上のような、被告人らにとって、それぞれ有利な、あるいは不利な諸事情を総合勘案すると、被告人Aに対しては、直ちに実刑に処するよりは、相当期間その懲役刑の執行を猶予し、社会内で自力更正のための努力をさせるのが当を得た措置であると思料され、被告人B、同C、同Dについては、右各被告人のために酌むべき諸事情はそれぞれ刑期の点で考慮するのが相当であると判断して、主文掲記の各刑を量定した次第である。
(求刑 被告人Aにつき懲役二年及び罰金一億二〇〇〇万円、同Bにつき懲役二年六月、同Cにつき懲役三年、同Dにつき懲役二年)
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官稲田輝明 裁判官中野久利 裁判官中村俊夫)
別紙(1)
相続財産の内訳
A 昭和57年2月19日 (単位:円)
借方
勘定科目
貸方
差引修正金額
当期増減金額
公表金額
公表金額
当期増減金額
差引修正金額
(総額)
2,550,000
2,550,000
現金
18,761,7211
18,761,721
預貯金
630,000
630,000
有価証券
500,000
500,000
家庭用財産
46,948,653
46,948,653
家屋構築物
2,077,116,856
57,000,000
2,020,116,856
土地
14,459,658
14,459,658
その他の財産
700,000,000
個人借入金
700,000,000
0
銀行借入金
85,649,587
61,922
85,711,509
租税公課
7,302,910
13,647,200
20,950,110
葬式費用
4,602,977
4,602,977
その他の債務
1,015,584
1,015,584
230,000,000
230,000,000
代償分割
230,000,000
230,000,000
課税価格
1,305,395,830
743,290,878
2,048,686,708
2,390,966,888
757,000,000
2,333,966,888
合計
2,333,966,888
757,000,000
2,390,966,888
(A)
2,550,000
2,550,000
現金
18,761,721
18,761,721
預貯金
630,000
630,000
有価証券
500,000
500,000
家庭用財産
46,948,653
46,948,653
家屋構築物
1,489,661,810
4,071,432
1,485,590,378
土地
13,877,658
13,877,658
その他の財産
700,000,000
個人借入金
700,000,000
0
銀行借入金
85,649,587
61,922
85,711,509
租税公課
7,302,910
13,647,200
20,950,110
葬式費用
4,602,977
4,602,977
その他の債務
1,015,584
1,015,584
代償分割
230,000,000
230,000,000
課税価格
540,287,352
690,362,310
1,230,649,662
1,572,929,842
704,071,432
1,568,858,410
合計
1,568,856,410
704,071,432
1,572,929,842
別紙(2)
脱税額計算書
A (単位:円)
区分
総額
相続人A分
実際額
申告額
差額
実際額
申告額
差額
1
取得財産の価額
2,160,966,888
2,103,966,888
57,000,000
1,342,929,842
1,338,858,410
4,071,432
2
債務控除額
112,280,180
98,571,058
13,709,122
112,280,180
98,571,058
13,709,122
借入金
700,000,000
△700,000,000
700,000,000
△700,000,000
3
純資産価額
2,048,686,708
1,305,395,830
743,290,878
1,230,649,662
540,287,352
690,362,310
4
課税価格
2,048,681,000
1,305,393,000
743,288,000
1,230,649,000
540,287,000
690,362,000
5
(法定相続人数)
(8人)
(8人)
基礎控除額
52,000,000
52,000,000
6
相続税の総額
1,123,259,000
642,870,000
480,389,000
702,530,165
312,902,460
389,627,705
7
税額控除額
113,317,654
91,657,650
21,660,004
8
納付すべき税額
1,009,941,200
551,211,900
458,729,300
702,530,100
312,902,400
389,627,700